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風は青海を渡るのか? [日本の作家 森博嗣]


風は青海を渡るのか? The Wind Across Qinghai Lake? (講談社タイガ)

風は青海を渡るのか? The Wind Across Qinghai Lake? (講談社タイガ)

  • 作者: 森 博嗣
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2016/06/21
  • メディア: 文庫


<裏表紙あらすじ>
聖地。チベット・ナクチュ特区にある神殿の地下、長い眠りについていた試料の収められた遺跡は、まさに人類の聖地だった。
ハギリはヴォッシュらと、調査のためその峻厳な地を再訪する。
ウォーカロン・メーカHIXの研究員に招かれた帰り、トラブルに足止めされたハギリは、聖地89以外の遺跡の存在を知らされる。
小さな気づきがもたらす未来。知性が掬い上げる奇跡の物語。


Wシリーズの第3作です。
「気づき」という無神経な語をあらすじに使うのは勘弁してください、講談社さん。

さておき、前作「魔法の色を知っているか? What Color is the Magic?」 (講談社タイガ)で見つけた(?) 聖地に一ヶ月ほどで戻ってくるところからスタートです。

冒頭、ハギリとヴォッシュ教授が会話します。
真賀田四季(と思しき)存在について「矛盾を抱えてこその天才」という表現をとった後で、
「生命が、それだ。」「エントロピィ的に考えても、存在自体が矛盾ではないか、違うかね?」(20ページ)
この第3作は、スタートから思索に富んでいます。

54ページからの、ハギリとヴォッシュとツェリンとの会話なんか、もうすごくてクラクラします。
意識とは、生命とは、生きているとは...
ウォーカロンと人間の差異というのが、とりもなおさず、人間とは何か、という点を突きつけてくるので、このシリーズの中心課題ですね。
動きが少ない作品ですが、その分、考えるところが多いです。

またウォーカロンにも異常が発生することが明らかにされます。
「ウォーカロンは、全体でリンクしています。それは、メインのプログラムがすべての頭脳のインストールを司るからです。ある意味で、全体として一つの生体のようなものです。ウォーカロンの個体は、その大きな生物の一つの細胞にすぎません。これは、おそらく人間でも同じです。今やネットで世界中がリンクしていますからね。」
「人間よりも、思考回路のリンクが密接なのです。そのため、拒絶反応も生じやすい。また、生体内で異常な細胞が突然生じるような変異の発生率も高くなります。かつて人類を悩ませた癌と同じメカニズムです。それが、全体思考回路において起こる。そのために、一部のウォーカロンが異変を来す。具体的には、現実離れした妄想を抱くのです。夢を見るような現象のようです」(200ページ)
生殖機能を持つウォーカロン開発に携わっていて、で会社をやめた技術者(科学者?)が日本人で、タナカというのも興味深い設定ですし
「メーカが、逃げたウォーカロンとタナカさんを追わなかったのは、何故でしょう?」
「おそらく、良心だろう」「失敗の責任を取ったものと、むしろ好意的に捉えたのではないかな」(207ページ)
なんてやりとりも出てきます。

そして最後のほうで、ハギリは
「人間の思考の方がランダムで、他回路へ跳びやすい。
 その不規則な運動は、白昼夢に似ている。
 忘れることにも似ている。
 間違えるのも、勘違いも、似ているのだ。
 ぼんやりしてしまうのも……、同じ。
 ウォーカロンの人工頭脳は、それをしない。
 整然としすぎている。
 効率がよく、合理的すぎる。
 だが、もしかして、それは単に……。彼らが新しすぎるからなのではないか。
 古くならなければならない?
 あるいは……。
 歴史を持たなければならないのか?
 人間は、遺伝子によって結ばれた系列の中で、古くなったのだ。
 歴史を育んだのだ。
 我々の頭脳は、いわば腐りかけている。
 もう少し綺麗に言えば……、
 そう、熟成している。
 ということは……。
 今の識別システムによって、人間になりつつあるウォーカロンを判別できる。」(222ページ以降)と考え、
「気まぐれ。
 人間にしかないものだ。
 もしかして、頭脳全体が、その回路の異変を拒否するのではないか。
 そうか。
 拒絶反応か。
 ハードではなく、ソフト的な拒絶
 それは、明らかに、信号からなる論理の世界における拒絶だ」
「ウォーカロンの頭脳には、その遊びがない。」
「ウォーカロンが暴走するのは、それかもしれない。」
と流れて行って、新しい研究に取り掛かります。

百十三年間眠っていたコンピュータも起動しますし、今後の展開がますます楽しみになりました。


英語タイトルと章題も記録しておきます。
The Wind Across Qinghai Lake?
第1章 月下の人々 Sublunary people
第2章 月下の営み Sublunary working
第3章 月下の理智 Sublunary intellect
第4章 月下の眠り Sublunary sleep
今回引用されているのは、アルフレッド・ベスター「虎よ、虎よ!」 (ハヤカワ文庫 SF)です。

<蛇足>
「まるで、空中に向かって塗装のスプレィを吹くような感じだ。どこにも色がつかないうえ、塗料が無駄になる。」(40ページ)
ウグイとの会話を受けて、ハギリが思うのですが、そして確かに二人の会話はそんな感じではあるのですが、「ウグイは空気なのか、と思ってしまった」と続けるのはウグイがかわいそうです。



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