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カナリア殺人事件 [海外の作家 た行]

カナリア殺人事件【新訳版】 (創元推理文庫)

カナリア殺人事件【新訳版】 (創元推理文庫)

  • 作者: S・S・ヴァン・ダイン
  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2018/04/21
  • メディア: 文庫

<裏表紙あらすじ>
ブロードウェイで男たちを手玉に取りつづけてきた、カナリアというあだ名の美しいもと女優が、密室で無残に殺害される。殺人事件の容疑者は、わずかに四人だが、犯人のきめ手となる証拠は皆無。矛盾だらけで不可解な犯罪に挑むのは、名探偵ファイロ・ヴァンス。独自の推理手法で犯人を突き止めようとするが……。『ベンスン殺人事件』で颯爽とデビューした著者が、その名声を確固たらしめたシリーズ第二弾、新訳・新カバーで登場!


ヴァン・ダインの新訳シリーズです。
今回の新訳で、「カナリヤ殺人事件」から「カナリア殺人事件」へ、微妙に表記が変わっています。
ヴァン・ダインの新訳シリーズ、すごーくゆっくりとしたペースで出ますね。
前作が出たのが2013年2月。この「カナリア殺人事件」 (創元推理文庫)が2018年4月なのでなんと5年ぶり! 「ベンスン殺人事件」感想)で
新訳シリーズの次の刊行、まさか3年後ではないですよね!?
と書いたのですが、3年どころか...

とかく蘊蓄が多くて退屈だ(*)、と言われがちなこのシリーズでしたが、新訳の「僧正殺人事件」 (創元推理文庫)(感想ページへのリンクはこちら)と「ベンスン殺人事件」は退屈しなかったんですよね。
でも、この「カナリア殺人事件」は、いささか退屈してしまいました...
事件捜査の最中に、オペラを観に行ってしまう探偵ってどうなんでしょう...(164ページ。ちなみに演目はジョルダーノの「マダム・サンジェーヌ」。知りません...)

現代の目からみるというのは公平ではないのかもしれませんが、この作品に使われるトリックがあまりにも陳腐なことは大きな欠点だと思います。
2つのトリックが使われていますが、密室トリックの方はあちこちで馬鹿にされる類のものですし、もう一つの方は時代的な技術レベルを考えてもトリックとして機能しない、通用しないのではないだろうかと変な心配をしてしまう内容です。
もっともこちらは、当時は斬新に思われたのでしょうし、現実の未解決事件を下敷きにしていることと相まって評判を呼んだのかもなぁ、とも思えます。

もっと個人的にいただけないなぁ、と思ったのは、ヴァンスの心理的推理。
非常に有名なシーンですが、ポーカーを通して犯人を突き止める(!)というのです。
ヴァンスによれば、
「ポーカーってのはね、マーカム、十のうち九までが心理ゲームなんだ。ゲームを理解してさえいれば、テーブルについた人間の心の内が、一年ばかり打ち解けてつきあうよりもずっとよくわかる」(323ページ)
ということなんですが、確かに賭け事などは人間性が伺えるというのは理解できなくもないですが、それはあくまで一面であって、ポーカーでもって犯人を突き止めるレベルにまでいくとは思えないんですよね。
「確実な賭けをするポーカー・プレイヤーってのはね、マーカム、きわめて巧妙かつこのうえなく有能なギャンブラーに備わっている利己的な自信には欠けるものなんだよ。運まかせに冒険したりとんでもないリスクを冒したりはしない。」
「しかるに、オウデルという娘を殺した男は、たった一度の運にすべてを賭けるたぐいまれなるギャンブラーだ。彼女を殺したのは大博打以外の何ものでもないよ。あんな犯罪をやってのけられるのは、どこまでも自己本位で、絶大なる自信があるゆえに確実な賭けを軽蔑してしまうようなギャンブラーだけだ」(345ページ)
と説明を加えられても、一面はね、と思うだけで、全体としてピンとくるものはありませんでした。
心理的推理を大いに喧伝する癖に、結局のところ決め手は上述のトリックに使った小道具という物理的証拠なのも竜頭蛇尾というか、尻すぼみというか、みっともない感じです(笑)。
「ベンスン殺人事件」と違って、物的証拠と心理的証拠のバランスが崩れてしまっている、と思いました。
でも、これも当時はかなりセンセーショナルだったのでしょうねぇ...

ということで、当時としては話題にもなり受けたのだろうな、と思えるものの、現代の観点から見るとちょっと辛い作品かなぁ、というのが感想です。

次は名作と誉れ高い「グリーン家殺人事件」 (創元推理文庫)ですね!
時間がかかってもいいので、新訳をお願いします!

(*)
ファイロ・ヴァンスが調子よく蘊蓄を披露しているところへ、マーカム検事が、
「行こう! 蘊蓄垂れ流しをとにかくせき止めるぞ」(130ページ)
というシーンがあって要注目です!!
蘊蓄はこの時代の人でもうるさいなぁ、と思う人がいたという証左ですし、作者自身も自覚しているということですよね!

そんな鬱陶しい(失礼!)蘊蓄ですが、おもしろいなと思ったものもあります。
「早く馬を走らせるものは、また早く馬を疲らせもする」(シェイクスピア「リチャード二世」
「分別をもってゆっくりとだ。駆けだすものはつまずくぞ」(シェイクスピア「ロミオとジュリエット」
「急いてはことを仕損じる」(モリエール「スガナレル」)
「うまく急ぐ者は、賢明に我慢できる」(チョーサー「カンタベリー物語」中の「メリペ物語」)
「上出来と大急ぎはめったに両立しない」
「せっかちに災い絶えず」
と、ずらっとならべて見せたところ(185ページ)です。
もっとも、ここに対してもマーカムは
「知ったことか! きみが寝物語を始める前に、ぼくは帰らせてもらう」
と言っていますが(笑)


原題:The Canary Murder Case
著者:S. S. Van Dine
刊行:1927年
訳者:日暮雅通



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