SSブログ

猿の悲しみ [日本の作家 樋口有介]

猿の悲しみ (中公文庫)

猿の悲しみ (中公文庫)

  • 作者: 樋口 有介
  • 出版社/メーカー: 中央公論新社
  • 発売日: 2015/07/23
  • メディア: 文庫

<裏表紙あらすじ>
弁護士事務所で働く風町サエは、殺人罪で服役経験を持つシングルマザー。十六歳で不登校の息子がいる。表向きは事務員だが、実際には様々な手口で依頼主の要望に応える調査員。プロ野球選手とモデルの離婚慰謝料を巡り動くサエだったが、同時にある殺害事件についての調査も言い渡される。歪んだ愛の発端は三十四年前に遡り――。


樋口有介の新シリーズです。
続く「遠い国からきた少年」 (中公文庫)(単行本のときのタイトルは「笑う少年」)もすでに文庫化されていますね。

女性が主人公で探偵役...
正直読み始めるまでは不安がありましたね。
樋口有介はやはり男の子が主人公をつとめる作品がよい、と個人的に信奉しているので。(その意味では、樋口有介の看板シリーズである柚木草平シリーズですら、個人的には劣後します)
しかし、杞憂でした。いつもどおりの樋口節ともいうべき物語を楽しめました。
柚木草平が娘、加奈子に対して抱く感情・感想と、風町サエが息子、聖也に対して抱く感情・感想を比べてみるのもおもしろいかもしれません。どちらも、表立った行動にはなかなか出しませんが、溺愛していることに違いはありませんし。

サエを取り巻く周りの人物が彩り豊かなのがポイントかと思います。
いわゆるハードボイルド、私立探偵ものの王道ですね。
息子、聖也もそうですし、サエを雇っている弁護士羽田愁作の事務所の面々(若手弁護士・島袋智之、事務員?・雪原玲香)も一癖も二癖もある面々。
サエを手伝うフリーターでオタクの大野克好、大野と会う場所であるサエの行きつけのスナック「鼻歌まじり」のママ・横内亜季奈(サエの昔の不良仲間)もいい感じ。
そうそう、柚木草平シリーズに出てくる山川刑事も活躍しますよ。
そういえば、愁作とサエが寄る新宿二丁目のゲイバー「クロコダイル」で、草平もカメオ出演というのでしょうか? ちらっとだけ出てきます(243ページ)。

今後シリーズが展開していくにつれて、息子の父親である(とほのめかされている)政治家(の息子で出馬が噂されている)・深崎朋也が物語に絡んでくるのでしょうか??

ミステリ的には、急成長した家電の量販店。高級官僚。巨額の資金が動く慈善事業団体と揃った道具立てとそれを追う編集者たちの死、という枠組みで、これがなだらかに語られていくところがポイントなんだなと思います。
ハードボイルド、私立探偵ものの王道といえば...本書を読み終わったとき、ふた昔ほど前(世紀が変わる前あたりでしょうか)に流行ったハードボイルドの一つのテーマを思い出したんですよね。たとえば真保裕一のあれとかです。
落ち着いて考えると、違うのでは、と思いましたが、それでもあれの変奏曲という連想が働いてしまったんですよね。
この作品のラストであるサエとの対決シーンはすごく静かに行われるのですが、かなり強烈に怖いですよ。だからかもしれません。

ラストがかなり思わせぶり、というか、はっきり書いていないところがあって、さて、どうこうことなんだろう、と考えるわけですが、そして個人的にはこういう(血の繋がった兄妹であることを知りつつ男女の関係に持ち込んだ)ことかな(ネタバレにつき色を変えています)、と思っていることはあるのですが、
「まさか、いくら〇〇でも……」(390ページ。はっきり名前がさらしてあるので伏字にしています)
とサエが言うのとちょっとそぐわないかな、とも思っています。
どなたか、はっきりわかっている方がいらっしゃったら教えてほしいです...

タイトルの「猿の悲しみ」。
その意味するところもこれまたはっきりとは書いてありませんが、サエが収監中に弁護士羽田愁作が差し入れてくれたデズモンド・モリスの文庫本「裸のサル」を念頭に置いたものです。
『内容的には人間をただの猿とみなした生物学の解説書で、善だの悪だの愛だの倫理だのを「猿としての人間」という観点から一蹴している。』
『全体としてはすっきりと、人間をただの動物時限へおとしめている。』
『今でもつまらない人間特有の感情に流されそうになると「私なんかしょせんはただの猿」と自分に言い聞かせる』(63ページ)
とサエが語るところがありますが、そうやって抑えようとしても出てくる悲しみを指すのだろうな、と考えました。



nice!(26)  コメント(0) 
共通テーマ:

nice! 26

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。