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牧神の影 [海外の作家 ヘレン・マクロイ]


牧神の影 (ちくま文庫)

牧神の影 (ちくま文庫)

  • 出版社/メーカー: 筑摩書房
  • 発売日: 2018/06/08
  • メディア: 文庫

<カバー裏あらすじ>
深夜、電話の音でアリスンは目が覚めた。それは伯父フェリックスの急死を知らせる内線電話だった。死因は心臓発作とされたが、翌朝訪れた陸軍情報部の大佐は、伯父が軍のために戦地用暗号を開発していたと言う。その後、人里離れた山中のコテージで一人暮しを始めたアリスンの周囲で次々に怪しい出来事が……。暗号の謎とサスペンスが融合したマクロイ円熟期の傑作。


ヘレン・マクロイの長編第8作です。
前回マクロイ作品の感想を書いた「小鬼の市」 (創元推理文庫)(ブログの感想ページへのリンクはこちら)では、なかなかウィリング博士は登場しませんでしたが、この「牧神の影」 (ちくま文庫)では最後まで登場しません(笑)。

あらすじに「円熟期」とあるので、あれっと思ってしまいました。
ヘレン・マクロイのデビューは「死の舞踏」 (論創海外ミステリ)(ブログの感想ページへのリンクはこちら)で1938年、最後の作品が「読後焼却のこと」 (ハヤカワ・ミステリ)で1980年ですから、この「牧神の影」 は1944年刊行と初期に書かれた作品といってもいいのでは、と思ったからです。
「円熟期」ってなんとなく晩年近いものを連想してしまいませんか?
(なお「小鬼の市」感想で、何冊目かというカウントを間違えていたので訂正しました)

ただ、タイミングの問題はあるにせよ、「牧神の影」の内容は円熟という単語で形容してもいいかな、と思えました。

いつも暗号が出てくるとその部分は飛ばしてしまうのですが(暗号がメインといえる竹本健治の「涙香迷宮」 (講談社文庫)(感想ページへのリンクはこちら)ですら暗号部分は飛ばし読みしていた体たらくです)、今回はヘレン・マクロイの作品ということで、ちゃんと(?) 普通に読みました。

がんばって読んだのですが、暗号部分の真価はわかりません......
正直、この暗号だったら、専門家がわからない、あるいは思いつかないということはないのでは? と思ってしまいました。
コロンブスの卵的な感じも受けませんでしたし。
暗号についてのエピソードもかなりの量を占めているので、力が入っていることは想像できるのですが。

お馴染みのウィリング博士が出てこないから、というわけではないですが、サスペンス調です。
(ひょっとしたら精神科医であるウィリング博士に暗号というのは...と思ったのかもしれませんね。「牧神の影」で暗号を解読するのは素人の若い女性ですけれども。)
しかしなぁ、本当に人里離れた山の中のコテージで若い女性が一人で過ごそうと思うかなぁ、という点はかなり気になりますが、作者も女性ですし、そういうものなのでしょうね。
もっとも、そのおかげで、主人公アリスンが不安に襲われる部分がとてもサスペンスフルになっています。
原題「Panic」(パニック)通りですね。それを「牧神の影」と訳しているのはとても美しくて素晴らしいですね!
このサスペンス部分がとてもよかったですね。

戦争(第二次世界大戦)が色濃く反映された物語になっていまして(そもそも暗号も軍のためですし)、舞台は山奥のコテージなのに、背景が複雑なものになっています。
怪しげな登場人物、不安を掻き立てる山中の描写.......
主人公アリスンの心細さが一層掻き立てられるものがたくさんあります。
サスペンス旺盛な一方で、謎解きはちょっとあっけなく感じられますが、それだけサスペンスが強烈ということなんだと思いました。

<2020.10.27追記>
この作品は、「2019 本格ミステリ・ベスト10」第5位でした。



<蛇足1>
「なにかを膝に投げれば、女なら膝を開いたまま、スカートで受け止めようとする。だが、男なら、膝に投げられれば、反射的に膝を閉じる。でないと、物はズボンの脚の間に落ちてしまうから。」(161ページ)
おもしろい着眼点ですが、当時は女性はスカートを履くもので、ズボンを履くことはなかったのでしょうね......

<蛇足2>
「彼は集産主義の調和の美に惹かれた経済学者の一人だった。」(323ページ)
集産主義がわからなくて調べました。Wikipedia ですけれど。
生産手段などの集約化・計画化・統制化などを進める思想や傾向。対比語は個人主義(個人主義的自由主義経済、自由放任経済など)。主な例は社会主義やファシズムなど。



原題:Panic
作者:Helen McCloy
刊行:1944年
翻訳:渕上痩平




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