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魔術師を探せ! [海外の作家 か行]


魔術師を探せ! 〔新訳版〕 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

魔術師を探せ! 〔新訳版〕 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2015/09/08
  • メディア: 文庫

<カバー裏あらすじ>
英仏帝国による統治が長く続き、科学的魔術が発達した世界。たぐいまれな推理力をもつ捜査官ダーシー卿と上級魔術師のショーンは、彼らでないと解決できない特殊な事件の捜査にあたっていた。隣国の工作員を追っていた国王直属エージェントが失踪した事件、棺の中から青く染められた死体が発見され、秘密結社の暗躍が疑われる事件――架空の欧州を舞台にした名作本格ミステリの新訳版。3篇収録の中篇集。


早川書房創立70周年のハヤカワ文庫補完計画で、2015年に新訳復刊された作品です。
魔術が普通に存在するパラレルワールドを舞台にした本格ミステリ。
「その眼は見た」
「シェルブールの呪い」
「青い死体」
の3編を収録した短編集です。

舞台設定については、解説で山口雅也が要領よくまとめておられますが、さらにはしょって紹介すると......
舞台となるのは、架空の英仏(アングロ・フレンチ)帝国--イングランド、フランス、スコットランド、アイルランド、ニュー・イングランドおよびニュー・フランス帝国。
時代の設定は、作品発表当時の「現代」である一九六〇~七〇年代。
しかし、産業革命は起こっていないようで、照明は燭台かランプかガス灯、自動車も飛行機もなく、移動手段は馬車や汽車、電話もない模様で、代わりにテレソンなる詳細不明の遠隔通信の手段がある。
シャーロック・ホームズが活躍したヴィクトリア朝に世界の雰囲気は似ているが、科学の発達度合いはそれ以前といった有様。
ギャレットが描くパラレル世界の「現代」には、産業革命以降の科学技術に代わって、何と古(いにしえ)の《魔術》が科学的に理論体系づけられ、堂々と社会の中に根付いている。

作品においては、くどくどした説明はないのですが、探偵役である捜査官ダーシー卿と上級魔術師のショーンの捜査の過程において、魔術の効用、限界がきっちり伝わってくるので、本格ミステリとして謎を解こうとしたときに問題はありません。
また、魔術が出てくるからなんでもあり、という展開もきちんと封じられています。
すごいなぁ。
今でこそ、こういう架空世界を舞台にしたミステリは珍しくないですが、当時は斬新でしたでしょうね。

「その眼は見た」は、慎みがなかった伯爵、つまり猟色家だった伯爵が殺されるという事件です。
面白いのは、眼球検査(アイ・テスト)をすることでしょう。
「死の間際--とりわけ激烈な死の間際に、たまに生じる心霊現象を調べるものでして。激情のストレスは、この意味がおわかりかどうかわかりませんが、ある種の逆流を心に引き起こす。その結果、死にゆく人間の心にあるイメージが網膜に反映される。しかるべき魔術を使うことによって、そのイメージを浮かびあがらせ、死者が最後に見たものを引き出すことができるというわけです」(72ページ)
と説されますが、これ、清水玲子の「秘密 トップ・シークレット」と相似形ではありませんか。
特に第一話(感想ページへのリンクはこちら)を思い出させました。

第二話「シェルブールの呪い」は、英仏帝国と敵対するポーランドの工作員が暗躍するシェルブールで、侯爵が姿を消した事件を追います。
侯爵の側近であったシーガー卿が印象に残りました。

最後の「青い死体」は、時代がかった登場人物たちの言動が趣深いですが、ミステリ的には、魔術そのものではなく、魔術が存在するという事実がうまく物語に組み込まれているな、と思いました。

いずれの話も、魔術が存在する世界で、魔術を使えないダーシー卿が、それぞれの家族に救いをもたらすことになっており、そこが意外とポイントなのじゃないかなという気がしました。

ずっと読んでみたかった作品なので読めて幸せです。
解説にもありますが、長編「魔術師が多すぎる」(ハヤカワ・ミステリ文庫)復刊と、本書に続く第二集を期待します。
よろしくお願いします、早川書房さん。



<蛇足1>
「受割礼日--一月一日--の前夜祭のときは、街路がひとの海になったが」(96ページ)
受割礼日? なんじゃそりゃ? と思って調べてしまいました。
「イエス様が誕生から8日目に旧約の律法にしたがって割礼を受け、天使から示されたとおり「イエス」と名付けられたという聖書の記述(ルカ2:21)に基づき、1月1日を「受割礼日」という名称で古くから守ってきました。」(市川聖マリア教会さんのHPから。例によって勝手リンクです、すみません)
イエス・キリストはユダヤ人ですから、割礼しているんですね。
そしてそれが記念日になっている...... ちょっとすごいな、と思ってしまいました。


<蛇足2>
「南へのびる河岸道路(ケとルビが振ってあります)、サント・マリに入った。」(99ページ)
「サント・マリ海岸道路を、ひとりの男がやってくる。」(100ページ)
わずか数行の間で、河岸道路、海岸道路が入り乱れています。
校正をすり抜けたミスですね。
さて、どちらが正しいのでしょうね?

<蛇足3>
「わたしが戸締りをしたのは八時半でございます、卿。まだ外は明るかったですね。」(249ページ)
5月18日のことです。
たしかにイギリスの夏は日が長いですが、5月後半の段階で8時半はまだ明るいだろうか? と思ってしまいました。
舞台となっているカンタベリーの日没を調べると(カンタベリー大聖堂の地点で調べました)、
          日の出    日の入    日長
2020年05月01日 05:26:02 AM 08:19:17 PM 14h 53m 15s
2020年06月01日 04:44:20 AM 09:02:59 PM 16h 18m 39s
となっていまして、8時半だとまだ明るいのも納得です。
そうか...10月に入ってかなり日が短くなってきたので忘れてしまっていました。
(ただし、イギリスは夏時間を採用していますので、午後八時半といっても通常だと7時半です)


<蛇足4>
第一話「その眼は見た」の原題「The Eyes Have It」を見て、ちょっと笑ってしまいました。
イギリスの議会で採決されたあと、賛成多数の場合「The “ayes” have it」と議長が宣言するのを思い出したからです。
ブレグジットをめぐる議会でのやり取りの中ですっかりお馴染みになってしまいました。
ちなみに、反対多数の場合は「The “noes” have it」


原題:The Eyes Have It
作者:Randall Garett
刊行:1964, 1965年
翻訳:公手成幸






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