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二つの密室 [海外の作家 F・W・クロフツ]


二つの密室 (創元推理文庫)

二つの密室 (創元推理文庫)

  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2022/01/25
  • メディア: 文庫

<カバー裏あらすじ>
両親亡き後つましく身を立てていたアン・デイは、願ってもない職を得てグリンズミード家に入った。夫人の意向を尊重しつつ家政を切り回しながら、夫婦間の微妙な空気を感じるアン。やがてグリンズミード氏の裏切りを目撃して大いに動揺し、夫人の身を案じるが時すでに遅く……。アンの態度に不審を抱いた検死官がフレンチ警部の出馬を促すこととなり、事件は新たな展開を迎える。


創元推理文庫2016年の復刊フェアの1冊です。
毎年行われているこの復刊フェア、本当に楽しみ。
クロフツは毎年入っていまして、おかげでいろいろと発見があります。昔はあまり好きではなかったのに、よく読むようになったのはまさしくこの復刊フェアのおかげ。
東京創元社には、感謝、感謝です。

創元推理文庫でお馴染みの見開きのところにあるあらすじを今回も引用してみます。上で引用したカバー裏のあらすじと違っているのでおもしろいですね。
平和な家庭には陰があった。病弱な妻、愛人のいる夫、典型的な三角関係から醸し出される不気味な雰囲気。悲劇の進行は、若い家政婦アンの目を通して語られる。――アリバイ・トリックの巨匠クロフツが、こんどは趣向を変えて、密室のトリックを創案した。一つは心理的、もう一つは物理的ともいえるトリックで、この二つが有機的に関連する殺人事件の謎に、わがフレンチ警部が挑戦する。「英仏海峡の謎」につづく怪事件!

あからさまなあらすじに思わず笑ってしまいました。
タイトルも「二つの密室」ですから、その意気込みたるや、と思うところですが、これは邦題で、原題は "Sudden Death"(突然死)。
クロフツは別に密室を売りにしようとは思っていなかったということですね。

確かに密室は二つ出てくるのですが、正直トリックは大したことないのですよ(笑)。

”機械的” トリックのほうはトリックそのものには惹かれないものの、フレンチ警部が例によって丁寧にトリックに迫っていくところをとても楽しく読みました。
こういうのフレンチ警部に似合いますね。

一方で ”心理的” と書かれているほうは、あまりにも知られ渡ったトリックで拍子抜けします。このトリックを使った作品は、日本でも今でも書かれていますね。
乱歩の「類別トリック集成」(最近では「江戸川乱歩全集 第27巻 続・幻影城」 (光文社文庫)に収録されているようです)には、クレイトン・ロースンの作例(1938年)が挙げてありますが、本書は1932年ですからクロフツのほうが早いですね。
この「二つの密室」がこのトリックの最初の作品とは思えないのですが......
このトリックは今となっては陳腐すぎて、現在の視点で見てしまうとちょっと作者がかわいそうなのですが、この作品の場合、アンという視点人物から見た事件の様相に鑑みるに、うまく演出されているなぁ、と思いました。

その意味では、この作品に登場する二つの密室は、どちらもトリックに主眼があるのではなく、それをどう料理するか、どう活かすかという点が大事だということになるように思えます。
アンの目を通したのんびりした世界観(殺人が起こるのにこの表現はどうかと思われるかもしれませんが)と、アンの行く末にハラハラ、とまでは言えないですが、アンの行く末を気にしながら読み進んでいくのが楽しい作品だったと思います。


作品の本筋ではないのですが、フレンチ警部についておやっと思ったのが2点ありました。

フレンチ警部の捜査は、いつもながらの着実なものですが、高名なホームズのセリフが引用されているので、おやっと思いました。
「ここでまたフレンチは、消去法という正規の方法を試みることにした。事件関係者全部のリストをつくって、可能性のないものを除去していく。”不可能なものを消去せよ。そして最後に残ったものが、たとえ考えられそうにないことでも、真実と考えて間違いない”
 これはシャーロック・ホームズの言葉だった。そしてフレンチは、ホームズを称賛することにかけては、人後に落ちぬつもりだったが、その彼にしても、この金言には賛成しかねた。彼が不可能であるとわかっているものを消去していくと、いつもかならず、可能性のあるものがいく人も残ってしまうからであった。そこでフレンチは、いつもこういうことにきめていた。”不可能なものを消去せよ。そうすれば――なにが残るかがわかる”」(281~282ページ)
英語の原文にあたっていないので、なんとも言えないのではありますが、シャーロック・ホームズに対してこれは言いがかりに近いのでは、と苦笑しました。

また、
「この成功で、あの主席警部の椅子が欠員になったときは、同僚のだれよりもさきに自分に回ってくる……しかもマーカムはもう何年もやってきたし、あの海峡事件以来、モーチマー・エリソン卿はなにくれとなく目をかけてくれているし……」(319)
などという独白のくだりもあります。
フレンチ警部って、こういう出世を気にかけていたんだ。意外でした。




<蛇足1>
「シビルはシビルで、一生懸命つとめてきました。」(89ページ)
うーん、一生懸命ですか。
奥付を確認すると1961年が初版。
こんな昔からこの誤用ははびこっていたのですね......

<蛇足2>
「この申しいでのもう一つの面に思いおよばなかったのは、いかにもアンらしいことだった。」(92ページ)
「申しいで」と「出」がひらがなに開いてあるのですが、「いで」?と思ってしまいました。
申し出は、”もうしで” だと思い込んでいたのです。
"もうしで" とも言うのですが、そしてそちらばかりを個人的には使ってきたのですが、"もうしいで" がオリジナルのような気がしますね。
”もうしいで” を漢字で書くと「申し出で」。

<蛇足3>
「アッシュブリッジでそれを思い出させられることに出会った。」(144ページ)
ここでも立ち止まってしまいました。
正しい表現なのですが、「思い出させられる」に違和感を覚えてしまったのです。
「思い出さされる」という言い方もあるなぁ、と思いました。
「る」「らる」は難しいですよね。

<蛇足4>
「子供たちを、二、三週間どこかへつれていけとおっしゃるのよ。ブアンマスがいいだろうって」(231ページ)
ブアンマスって、どこでしょうね? 
ボーンマス(Bournemouth)かな?
舞台となるフレイル荘のあるアッシュブリッジという町は架空の町のようなので、ちょっと手がかりがないですね。アッシュリッジ(Ashridge)ならあるんですけど。

<蛇足5>
「近東向け定期船オラトリオ号の船長で」(291ページ)
近東(near East)という表現を久しぶりに見た気がします。
たいてい中近東となっていることが多いですよね。



原題:Sudden Death
作者:Freeman Wills Crofts
刊行:1932年
訳者:宇野利泰




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