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ロマンス [日本の作家 柳広司]


ロマンス (文春文庫)

ロマンス (文春文庫)

  • 作者: 柳 広司
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2013/11/08
  • メディア: 文庫

<カバー裏あらすじ>
ロシア人の血を引く白皙の子爵・麻倉清彬は、殺人容疑をかけられた親友・多岐川嘉人に呼び出され、上野のカフェーへ出向く。見知らぬ男の死体を前にして、何ら疚しさを覚えぬ二人だったが、悲劇はすでに幕を開けていた……。不穏な昭和の華族社会を舞台に、すべてを有するが故に孤立せざるを得ない青年の苦悩を描いた渾身作。


2022年8月に読んだ4冊目の本です。

ロシア人の血を引く白皙の子爵・麻倉清彬が主人公で、タイトルが「ロマンス」というと、華やかな華族の世界での華麗なる恋愛を想像してしまいますが、カフェーで捕まっている友人を見受けに行くという、ロマンスをまったく感じさせないオープニング。
この友人の妹との恋模様も描かれますが、この作品で言うロマンスは通常のロマンスとは少し毛色が違うようです。

「人が何かを完全に確信している時、それは決して真実ではないのです」
「それが古今東西の人間の歴史が証明してきた信仰の致命的な欠陥です。そして同時に……」
「それがロマンスの教訓なのです」(149ページ)

こう主人公清彬が言うシーンがあります。

「華族は皇室の藩屏なり。ノーブレス・オブリージュ。高貴なる者には高貴なる義務があるべし。」(22ページ)
新聞記事の引用として書かれていることですが、貴族社会のきらびやかな表層と表裏一体の窮屈さを端的に表した言葉でもありますね。
不穏な世情にも、相互の人間関係にも、疲れるところは当然あるでしょう。

この対極として象徴的に描かれるのが、八歳だか九歳だかの頃に飲まされたアブサンのおかげでみた
「目の前に見たことがない程美しい青空がどこまでも広がっていた。」(36ページ)
という世界感。

「みんな本当は、肩や、肘や、手首の先に目に見えない糸が結ばれていて、誰かが操っているのではないか。自分で喋っているようでいて、本当は誰かの指示で唇が上下に動いているだけなのではないか。頭の上には人々を操る目に見えない何本もの糸が伸びていて、手を伸ばしさえすれば、その目に見えない糸に触れられるのではないかーー。」(221ページ)

「清彬はふいに何事かを理解した。
 その特別な一本の糸を断ち切った瞬間、自分を搦め捕り、窒息させているこの世界は跡形もなく瓦解する。そして後には――。
 幼い頃、アブサンが見せたあの青い空だけが残る。」
「これが、見えない糸に雁字搦めにされた自分に唯一残された一篇のロマンスなのだと。」(224ページ)

とつらなる清彬の述懐は「ロマンス」の意味が凝縮されたものと言えるのでしょう。
いわゆる通常の「ロマンス」と地続きになっている点がポイントかと思います。

冒頭のエピグラフが
「ロマンスとは手の届かないものに憧れ、両手を精一杯差し伸べた姿だ。(E・M・フォスター)」
というのもこのことと照らし合わせていろいろと考えてしまいます。

ミステリとしての枠組みは、古典的とも言えそうで、ある意味様式美に沿ったものです。そのため読み慣れている人には意外性はあまりないものと言えるかと思います、描かれる「ロマンス」と呼応し合うパターンが意識的に選ばれているものだと感じました。



タグ:柳広司
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