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いつまでもショパン [日本の作家 中山七里]

いつまでもショパン (宝島社文庫 『このミス』大賞シリーズ)

いつまでもショパン (宝島社文庫 『このミス』大賞シリーズ)

  • 作者: 中山 七里
  • 出版社/メーカー: 宝島社
  • 発売日: 2014/01/09
  • メディア: 文庫

<裏表紙あらすじ>
難聴を患いながらも、ショパン・コンクールに出場するため、ポーランドに向かったピアニスト・岬洋介。しかし、コンクール会場で刑事が何者かに殺害され、遺体の手の指十本がすべて切り取られるという奇怪な事件に遭遇する。さらには会場周辺でテロが頻発し、世界的テロリスト・通称“ピアニスト”がワルシャワに潜伏しているという情報を得る。岬は、鋭い洞察力で殺害現場を検証していく!


第8回『このミス』大賞を受賞したデビュー作「さよならドビュッシー」 (宝島社文庫)(感想ページへのリンクはこちら)、「おやすみラフマニノフ」 (宝島社文庫)(感想ページへのリンクはこちら)に続く、岬洋介シリーズ第3弾です。
「おやすみラフマニノフ」 を読んだ後、ずいぶん読むのに間が空いてしまいました。
目次をみると、最後に「間奏曲」とあって、あれっと思いましたが、これはボーナストラックのようなもので、短編がおまけについているのですね。

さて、本題の「いつまでもショパン」ですが、ポーランドで開かれるショパン・コンクールが舞台です。
(余談ですが、上で引用したあらすじの冒頭「難聴を患いながらも」と岬洋介に説明がつき、シリーズ読者には周知の事実なので書いてしまっても差し支えない、と言えなくもないですが、この「いつまでもショパン」では視点人物はポーランド人であるヤン・ステファンスであって、岬洋介のことをよく知らない人物で、難聴であることもかなり後まで明かされないのですから、未読の人に対するエチケットとして伏せておくべきではないでしょうか。そしてなにより、あらすじを視点人物でもない岬洋介を主体に書くのもセンスがないなぁ、と思います)

冒頭ポーランド大統領機の墜落事件という大事件で幕が開き、テロを扱い、殺人事件が起こり、とミステリとしての衣装をきちんと纏っていますが、この作品はやはりショパン・コンクールが主役、ピアノが主役です。
ピアニスト(清塚信也さん)が解説を書いているのですが、いや、本当にピアノの描写が、演奏の描写が、音楽の描写が、すごいです。
<ポーランドのショパン>という概念も、なんだかわかった気がします。(実際に聞いてみたところで、わかりゃしないのですが...)
もう、正直、ミステリの部分どうでもいいかな、と思えるくらい。それくらいコンクールの行方と、ヤンその他コンテスタントたちのピアノ演奏の行方が気になるのです。
とはいえ、ミステリ部分はおまけっぽい、と言ってしまってはこの作品に失礼でしょう。
テロリストはかなり恐ろしい人物として迫ってきますし、その正体をめぐるミスディレクションはかなりうまくなされていると思います(だからこそミステリを読みなれた読者には真犯人の見当がつきやすいとも言えますが)。

やっぱりこのシリーズは楽しいですね。
「タイトルに使える作曲家は、まだまだ無数にいますので(!)、ぜひぜひ、続編を次々と書いてほしいシリーズです。」と「おやすみラフマニノフ」 (宝島社文庫)感想に書きましたが、シリーズはちゃんと続いているようですので、楽しみです。


<蛇足>
「ピアニズム」という語を本書で初めて知りました。勉強になりました!




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あなたは誰? [海外の作家 ヘレン・マクロイ]

あなたは誰? (ちくま文庫)

あなたは誰? (ちくま文庫)

  • 作者: ヘレン マクロイ
  • 出版社/メーカー: 筑摩書房
  • 発売日: 2015/09/09
  • メディア: 文庫

<裏表紙あらすじ>
「ウィロウ・スプリングには行くな」匿名の電話の警告を無視して、フリーダは婚約者の実家へ向かったが、到着早々、何者かが彼女の部屋を荒らす事件が起きる。不穏な空気の中、隣人の上院議員邸で開かれたパーティーでついに殺人事件が……。検事局顧問の精神科医ウィリング博士は、一連の事件にはポルターガイストの行動の特徴が見られると指摘する。本格ミステリの巨匠マクロイの初期傑作。

ヘレン・マクロイの作品の見直しが進んでいて未訳作品の翻訳も進んできているのですが、この「あなたは誰?」 (ちくま文庫)が2015年に出たときにはちょっとびっくりしました。なにしろ版元が筑摩書房でしたから。
筑摩書房、偉い! 
この「あなたは誰?」 は、
「死の舞踏」 (論創海外ミステリ)(感想ページへのリンクはこちら
「月明かりの男」 (創元推理文庫)
「ささやく真実」 (創元推理文庫)
に続くヘレン・マクロイの第4作で、ウィリング博士が探偵役をつとめる第4作でもあります。
「月明かりの男」 は既読ですが感想を書けずじまい、「ささやく真実」 は未読で買ってあったのですがイギリスに持ってくるのを忘れてしまいました...
というわけで、この「あなたは誰?」 です。

冒頭のフリーダ宛の脅迫電話から、田舎のお屋敷あたりに舞台を移し、殺人事件が起こり、と典型的な展開を見せ、登場人物が極めて限定された中での犯人捜しとなるのですが、当時としては極めて前衛的な作品だったんじゃないか、と思いました。
別に明かしてしまっても構わないのではないかとも思うものの、訳者あとがきではプロットの特徴に触れると注意喚起されているので、ここでも伏せておきますが、多重人格を扱っているのですね。
探偵役がウィリング博士、というのもぴったりです。
おもしろいのは、幾多の多重人格を扱った作品と異なり、謎解き(犯人当て)を面白くするためのツールとして使われているところでしょうか。
謎解きの直前、第十章「誰も眠れない」で、各登場人物の心理に分け入ってみせるところなんて、予想外の展開にわくわくしてしまいました。確かに、多重人格を前提にすると、自由気ままに登場人物の心理に入っていけるかもしれません。

興味深かったのは、ポルターガイスト。
一般的には、作中でも
「ポルターガイストって、ノックをする霊のことじゃありません?」(171ページ)
と会話されているように、悪さをする霊、なのですが、ウィリング博士はあっさりと
「こうしたいたずらは、かつてなら実体のない死者の精神が引き起こすものとされたのです」
「しかし、今日広く認められている考えでは、こうした悪ふざけは、生きた人間によるもので、その人間に強く根差している異常心理に由来するものなのです」(172ページ)
と通常の意味合いを否定し、人間の仕業=犯人がいるもの、として扱います。
まあ、犯人がいなけりゃ、普通のミステリには仕上がりませんけど、こうもきっぱりと割り切ってしまうのがおもしろかったです。
これと、多重人格が絡み合って、
「異常心理学の研究者には周知のことがありましてね。皆さんにはこれを受け入れていただく必要があります--つまり、このポルターガイストによる一連の行動は、無意識に行われたものだということです」(272ページ)←ここも伏字にしておきます。
という風につながっていきます。
本格ミステリとして現実的な謎解きに美しく仕立て上げられています。

タイトルの「あなたは誰?」というのは、原題の Who's Calling? を訳したものですが、訳者あとがきにもあるように「電話を受けた際に言う『どちら様ですか?』と意味する言葉」です。
しかし、本書の場合、脅迫電話(いたずら電話)に対するもので、電話の受け手であるフリーダの性格からすると、「あなたは誰?」などという丁寧な物言いをするとは思えませんので、日本語では「お前は誰だ?」とか「あんた誰?」とかいう感じが正解かもしれませんね...
それにしても、脅迫電話でいくら声を変えているとはいっても、この作品のシチュエーションで誰からのものかわからないというのは考えにくいのではないかと思えてならないのですが、そのあたりは時代的に電話の性能が悪かったから、とでも考えて納得するしかないのでしょうね...
あとミステリ的には、フリーダの視点となっている部分は、かなり危ない橋を渡っているな、と読後ニヤリとしてしまいました。


<蛇足1>
「その日は涼しくて、ツイードのジャケットを着ていたが、帽子なしで屋外に座る程度には暖かかった」(20ページ)
えっと...帽子なしで屋外で座れない状態となると、涼しいどころか寒くて仕方がないのではないでしょうか? ツイードのジャケットくらいではおさまらず、ダウンのコートとか必要では?

<蛇足2>
「”幸福は自分自身から来る。不幸は他人から来る”というバラモン教も格言の正しさを証明しているみたいだった」(109ページ)
とあります。そういう格言がバラモン教にはあるんですね。興味深いです。

<蛇足3>
「デュミニーの菓子箱は以前に見たことがありますか?」
「あると思います。デュミニーはパリのマドレーヌ広場の一角にある店ですわね」(159ページ)
というやりとりが出てきます。デュミニー、わからなかったのでネットで調べてみましたが、出てきません。Hotel Duminy Vendome というホテルは見つかりましたが、マドレーヌ広場の一角ではありませんので、別物ですね... 今度パリにいくことがあれば、マドレーヌ広場のあたりをうろうろしてみようかな...

<蛇足4>
「ダンス会場を出たのは、金曜の午前三時頃だ。」「二人でハンバーガーショップに立ち寄り、ホットドッグにコーヒーという消化によくない朝食をとった。」(308ページ)
とありまして、こんな時間に食べる食事も朝食と呼ぶのかな? とふと思いました。



原題:Who's Calling?
作者:Helen McCloy
刊行:1942年
翻訳:渕上痩平


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Ψの悲劇 [日本の作家 森博嗣]

ψの悲劇 The Tragedy of ψ (講談社ノベルス)

ψの悲劇 The Tragedy of ψ (講談社ノベルス)

  • 作者: 森 博嗣
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2018/05/09
  • メディア: 新書

<裏表紙あらすじ>
遺書ともとれる手紙を残し、八田洋久博士が失踪した。大学教授だった彼は、引退後も自宅で研究を続けていた。
失踪から一年、博士と縁のある者たちが八田家へ集い、島田文子と名乗る女性が、実験室にあったコンピュータから「ψの悲劇」と題された奇妙な小説を発見する。
そしてその夜、死が屋敷を訪れた。
失われた輪(ミッシングリンク)を繋ぐ、Gシリーズ後期三部作、第二幕!


「χの悲劇」 (講談社ノベルス)(感想ページへのリンクはこちら)に続くGシリーズ第11作です。

作中で引用されているのがエラリー・クイーンの「Yの悲劇」 (創元推理文庫)で、舞台となるおうちが八田家で、失踪した元大学教授が小説を残している、ということなので、きわめてミステリらしい展開を見せてくれるんじゃないか、と期待するところですが、いやいや、まったく違いましたね。

主な語り手は、八田家の執事、鈴木なんですが、この語り口がどうもぎこちない。
そして、「χの悲劇」に続いて島田文子が登場するのですが、ずいぶん印象が違っていて、あれれ? と思ったんですが、それすらも作者の手の内でしたね...

ミステリだとかなんとかではなくて、森作品の過去と未来の橋渡しみたいな感じです。
(引用したあらすじでは、「失われた輪(ミッシングリンク)を繋ぐ」という表現になっています)
Wシリーズの前日譚、と言ったらネタばれかもしれませんね...でも、この程度を明かしても、この作品の価値は微塵も損なわれませんね。大丈夫、大丈夫。

恐ろしい作品です。
何が恐ろしいって、プロットそのものが恐ろしいですが、いちばん恐ろしかったのはエピローグですね。
なんじゃ、これ!? あまりの恐ろしさに、さむけがしました...


<蛇足>
「暮坂さんは、刑事だったんですね?」
「うん、辞めたのは、もう十年以上まえのことだから、すっかり世間擦れしてしまった」(244ページ)
とあったので、おやおや「世間擦れ」の意味を間違ってるんじゃないかなぁ、と余計なことを考えたのですが、
「世間擦れ? 警察では、どんな仕事を?」
「私は、公安だった。ずっとね。自分はほとんど官僚、相手も官僚、あるいは政治家だ。世間擦れというのはね、あれだ、一般市民に仲間入りした感じだよ」
と続いていまして、まったく正しい使いかただったことがわかりました。失礼しました。
それにしても、こういう使いかたをしたほうが、「世間擦れ」という単語は映えますね。






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五覚堂の殺人 Burning Ship [日本の作家 周木律]

五覚堂の殺人 ~Burning Ship~ (講談社文庫)

五覚堂の殺人 ~Burning Ship~ (講談社文庫)

  • 作者: 周木 律
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2017/03/15
  • メディア: 文庫

<裏表紙あらすじ>
放浪の数学者、十和田只人は美しき天才、善知鳥神(うとう かみ)に導かれ第三の館へ。そこで見せられたものは起きたばかりの事件の映像――それは五覚堂に閉じ込められた哲学者、志田幾郎の一族と警察庁キャリア、宮司司の妹、百合子を襲う連続密室殺人だった。「既に起きた」事件に十和田はどう挑むのか。館&理系ミステリ第三弾!


第47回メフィスト賞受賞「眼球堂の殺人 ~The Book~」 (講談社文庫)(感想ページへのリンクはこちら)から始まった堂シリーズの第三作です。
第二作「双孔堂の殺人 ~Double Torus~」 (講談社文庫)も読んでいるのですが、感想を書けずじまいです(最近、こんなのばっかりですが)。

ああ、今でもこういう作品を書く作家がいて、ちゃんと受け入れられているんだなぁ、という感想を抱きます。
奇矯な登場人物に、奇矯な建物。
館ミステリにつきものの図面(と数学的なものを説明する図面)が今回もふんだんに盛り込まれています。
しかも、今回は
「五覚堂は『回転する』。大ヒントでしょう?」(32ページ)
などと真相を知ると思われる善知鳥神から冒頭に示唆されるんですよね。

この「回転する」トリックは、この種のミステリにつきものと言ったら叱られるかもしれませんが、ばかばかしいもので、これは笑って流すべきところなんでしょうねぇ。
(数学的なことはわかりませんが、このトリックを「回転する」と表現するのはちょっと違うんじゃないかなぁ、と思いました。)
付随して、いくつかの手がかりをちりばめてあるのはご愛敬ですね。

館をめぐってはもう一つ大きなトリックが仕掛けられているのですが、これもねぇ...
笑ったらいかんのでしょうねぇ。でも425ページの図11で示された(文字通り)絵解きには苦笑してしまいました。
作者も
「滅茶苦茶な仕掛け(トリック)」(426ページ)
と登場人物の一人に考えさせていますが。
それにしても東北って、こんなに土地余っているんですか!?
館ものでは、電気とか水道とかどうしたんだ!? とかも思ったりしますよねぇ。そんなことを言っては興ざめなのはよくわかっているんですが。特にこの「五覚堂の殺人 ~Burning Ship~」 (講談社文庫)では特に。

数学をめぐる蘊蓄は正直うるさいくらいですし、上述の通りトリックにも難点が多いし、過去の因縁が...というあたりの手際もごたごたしているし、登場人物の一人(百合子の友人志田悟)をめぐるエピソードもなんだか蛇足っぽいし、とこう並べるとだめだめな作品のように思えますが、でも、楽しく読めちゃいました。
おそらく、あからさまな手がかりがちりばめられていて、作者の仕掛けをたどっていく楽しみがあふれているから、なのではないかと思います。
個々のトリックや仕掛けは、正直前例がある、ミステリではありふれたものばかり、と言っても構わないくらいのものですが、それらがかえってこの作品を読者にとって「見抜く」楽しさにあふれた作品に仕立て上げてくれているのだと思います。



<蛇足1>
冒頭、善知鳥と十和田の会話で
「7π/3ぶりですね。」
「三百六十五分の四百十八か」(9ページ)
というやりとりがあるのですが、わかりませんでした。
十和田の「三百六十五分の四百十八か」は、四百十八日ぶりだ、ということだとわかるんですが、善知鳥の方がまったく...なんでこんなところに無理数が出てくるんでしょうか!? 天才の言うことはわかりません。

<蛇足2>
いつもいつも噛みついている一生懸命ですが、
「何をそんなに一生懸命に調べているのか気になって」(50ページ)
と登場人物のセリフで出てきた分には、ぎりぎりOKかなと思います。

<蛇足3>
「百合子はきっと、大学の仕事中で」(196ページ)
ここでちょっとあれっと思いました。百合子は大学院生という設定なんですね。
大学院生が仕事!? と思ったわけです。
「彼女がゼミでさまざまな仕事を任され、それらに忙殺されているのは知っている」(257ページ)
とあとで補足のような記述が出てきます。
たしかに、大学生や大学院生の視点から見ると、十分”仕事”なのでしょうね。



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スケアクロウ [海外の作家 マイクル・コナリー]

スケアクロウ(上) (講談社文庫)スケアクロウ(下) (講談社文庫)スケアクロウ(下) (講談社文庫)
  • 作者: マイクル・コナリー
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2013/02/15
  • メディア: ペーパーバック

<裏表紙あらすじ>
人員整理のため二週間後に解雇されることになったLAタイムズの記者マカヴォイは、ロス南部の貧困地区で起こった「ストリッパートランク詰め殺人」で逮捕された少年が冤罪である可能性に気づく。スクープを予感し取材する彼を「農場(ファーム)」から監視するのは案山子(スケアクロウ)。コナリー史上もっとも不気味な殺人犯登場!<上巻>
有能な犯罪心理分析者レイチェルが導き出した案山子(スケアクロウ)の人物像は、女性の下肢装具に性的興奮を覚える倒錯者(アベイショフィリア)。マカヴォイは、情報強者の案山子が張り巡らした幾重もの危険な罠をどうやってかいくぐるのか? 大スクープのゆくえは? 巧妙なストーリー展開で、読む者を一瞬も飽きさせない究極の犯罪小説!<下巻>


マイクル・コナリーの作品は、以前感想を書いた「死角 オーバールック」 (講談社文庫)(感想ページへのリンクはこちら)のあと、リンカーン弁護士シリーズの「真鍮の評決 リンカーン弁護士」(上) (下) (講談社文庫)を読んでいますが、感想を書けないままです。

この「スケアクロウ」(上) (下) (講談社文庫)は、ボッシュ・シリーズでも、リンカーン弁護士シリーズでもなく、新聞記者であるジャック・マカヴォイを主人公にした作品です。
ジャック・マカヴォイは「ザ・ポエット」〈上〉 〈下〉 (扶桑社ミステリー)以来の登場です。
「ザ・ポエット」が出版されたのが1996年、「スケアクロウ」は2009年ですから、13年ぶりの登場、ということになります。
「ザ・ポエット」の内容はちっとも覚えていないのですが、そんなことは心配無用、「スケアクロウ」の世界にすっと入り込むことができました。
しかし、いきなり解雇宣告を受けるというのですから、マカヴォイもたいへんですね。
しかもネット事情にも詳しい後任の若い女性記者アンジェラの教育係までやらされる。と思っていたら、このアンジェラがなかなか食えないやつで、抜け目なくマカヴォイを出し抜き、のしていこうとするような...

ストーリーは、マカヴォイの視点と、犯人であるスケアクロウの視点で交互につづられます。
ネットを自由に動き回り種々システムを自在にあやつるスケアクロウに対して、かなりのアナログぶりを発揮するマカヴォイとの対決、というわけですが、こんなの勝負にならないよというレベルのスケアクロウの攻め込みぶりに嘆いていると、マカヴォイのところにはFBIのレイチェルが現れて対決ものの構図がしっかり整う、という流れです。

それでも、まだまだスケアクロウの方が優勢に思える、というのがこの種のお話では定番で、この作品も同じで、そこからどうやってマカヴォイたちが巻き返していくのかがポイントになります。
巻き返すきっかけというのが、スケアクロウ・サイドのミス、というのがちょっと惜しいところだと読んでいる途中は思っていたのですが、読後振り返って考えてみると、確かに安直なミスもあるものの、もともとスケアクロウの戦術がカウンターアタック型であることに鑑みると、当然の結果とも言え、むしろマカヴォイの方が幸運に恵まれているのが気になってきました...
スケアクロウの視点部分が効果的に挿入されますので、この連続殺人犯の不気味さが強調されていますので、これくらいマカヴォイ・サイドにハンデが必要だったのかもしれません。

どのシリーズでも、マイクル・コナリーの作品はジェットコースター・サスペンスで、充実の読書を保証してくれるのですが、この「スケアクロウ」も夢中で読みました。

1. 「ナイトホークス」〈上〉 〈下〉 (扶桑社ミステリー)
2. 「ブラック・アイス」 (扶桑社ミステリー)
3. 「ブラック・ハート」〈上〉 〈下〉 (扶桑社ミステリー)
4. 「ラスト・コヨーテ」〈上〉 〈下〉 (扶桑社ミステリー)
5. 「ザ・ポエット」〈上〉 〈下〉 (扶桑社ミステリー)
6. 「トランク・ミュージック」〈上〉 〈下〉 (扶桑社ミステリー)
7. 「わが心臓の痛み」〈上〉 〈下〉 (扶桑社ミステリー)
8. 「エンジェルズ・フライト」〈上〉 〈下〉 (扶桑社ミステリー)
9. 「バッドラック・ムーン」〈上〉 〈下〉 (講談社文庫)
10. 「夜より暗き闇」(上) (下) (講談社文庫)
11. 「シティ・オブ・ボーンズ」 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
12. 「チェイシング・リリー」 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
13. 「暗く聖なる夜」(上) (下) (講談社文庫)
14. 「天使と罪の街」(上) (下) (講談社文庫)
15. 「終決者たち」(上) (下) (講談社文庫)
16. 「リンカーン弁護士」(上) (下) (講談社文庫)
17. 「エコー・パーク」(上) (下) (講談社文庫)
18. 「死角 オーバールック」 (講談社文庫)
19. 「真鍮の評決 リンカーン弁護士」 (上) (下) (講談社文庫)
20. 「スケアクロウ」(上) (下) (講談社文庫)

ここまでの20作品、個人的にはハズレなし、でした。今のところ翻訳されている残りの以下の作品も、きっとハズレなしでしょう。

21. 「ナイン・ドラゴンズ」(上) (下) (講談社文庫)
22. 「判決破棄 リンカーン弁護士」(上) (下) (講談社文庫)
23. 「証言拒否 リンカーン弁護士」(上) (下)(講談社文庫)
24. 「転落の街」(上) (下)(講談社文庫)
25. 「ブラックボックス」(上) (下) (講談社文庫)
26. 「罪責の神々 リンカーン弁護士」(上) (下)(講談社文庫)
27. 「燃える部屋」(上) (下) (講談社文庫)



<蛇足1>
「状況を鑑みて自分で答えを見つけだせるくらいの頭はレスターにある、と踏んだ」(68ページ)
ここにも、「~を鑑みて」が。あ~、がっかり。

<蛇足2>
「一年まえ、リンカーン・タウンカーの後部座席を事務所代わりにして働いている弁護士を取り上げた記事を連載したことがある」(44ページ)
とさらっとリンカーン弁護士が取り上げられていて、にやりとしました。


原題:The Scarecrow
作者:Michael Connelly
刊行:2009年
訳者:古沢嘉通



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ドラマ:闇からの銃弾 [ドラマ ジョナサン・クリーク]

Jonathan Creek: The Complete Colletion [Region 2]

Jonathan Creek: The Complete Colletion [Region 2]

  • 出版社/メーカー:
  • メディア: DVD



イギリスに来てから観だした「名探偵ポワロ」のDVDもようやく1枚目を見終わったばかりというのに、別のDVDセットを買ってしまいました。
25ポンド以下で手に入れましたが、日本で輸入版を買うとは本日の Amazon.co.jp だと7,000円くらい。日本で買うと倍以上になりますね。

この「奇術探偵ジョナサン・クリーク」というのは、BBCで1997年から2004年まで放送された、ジョナサン・クリークを探偵役にした不可能犯罪満載のミステリドラマ(のはず)です。
大昔、ミステリマガジンで紹介されていて気になっていたもので、買っちゃいました。

1作目の「闇からの銃弾」 (The Westlers Tomb)を観ました。
例によって、英語の字幕をつけてヨタヨタと観たのですが、これ無茶苦茶面白いではないですか!!

ジョナサン・クリークは、マジシャンのもとでマジックの仕掛けを作っている青年、明らかに変わり者、ですね(ジョナサンが住んでいるのは、風車の中!)。この第1作を見る限り、童貞という設定なんじゃないかとも思えました(笑)。

「闇からの銃弾」は、画家が殺され、愛人でもあるモデル・フランチェスカが目隠しされ縛られた状態で発見される、というもので、画家の妻セリーナが疑わしいが強固なアリバイがあって...というもの。
ジャーナリストのマデリン(マディ)が奇術観劇中のフランチェスカに身分は隠して突撃取材。
フランチェスカは素人参加パートに選ばれ舞台へ。そこで舞台裏にいたマジックの仕掛けをよく知るジョナサン・クリークと知り合う。
翌日、フランチェスカのところへ訪れたマデリンと、マジシャンからのプレゼントをフランチェスカに届けに行ったジョナサンが知り合う、そして、マデリンがジョナサンに捜査に知恵を貸してほしいと頼む、という流れになっています。

ドタバタ、という感じで捜査をする二人を見るのが楽しいですし(ところどころ笑えるシーンが盛り込まれています)、セリーナのアリバイは崩せることを示してみせたあと、でもこのトリックは使われていない、と言ってのける段取りも◎。
真相のトリックも、奇術味あふれるもので、観ていて楽しかったです(でもさすがにあれではピストル撃てないんじゃないかと思いましたけどね。それでもあのトリックが好きです。犯人の方がマジシャンみたい...)。
それにしっかりと伏線がばら撒かれているのもポイントで、語学力のせいもあって手紙の伏線は強烈にあからさまなものなのにスルーしてしまいましたが、そのほかにも見返すとあちこちに手がかりがあって満足度大ですね。

シリーズの続きを見るのがとても楽しみです。

The Jonathan Creek homepage」という英語のHPを見つけましたので、リンクを貼っておきます。
第1作「闇からの銃弾」(The Westlers Tomb)のページへのリンクはこちらです。
ただし、こちらのHP、犯人、トリックも含めてストーリーが書いてあるのでご注意を。写真でネタばらしをしていることもあるので、お気をつけください。




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煙に消えた男 [海外の作家 マイ・シューヴァル ペール・ヴァール]

刑事マルティン・ベック 煙に消えた男 (角川文庫)

刑事マルティン・ベック 煙に消えた男 (角川文庫)

  • 作者: マイ・シューヴァル
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA/角川書店
  • 発売日: 2016/03/25
  • メディア: 文庫

<裏表紙あらすじ>
夏休みに入った刑事マルティン・ベックにかかってきた一本の電話。「これはきみにしかできない仕事だ」。上司の命で外務大臣側近に接触したベックは、ブダペストで消息を絶った男の捜索依頼を受ける。かつて防諜活動機関の調査対象となったスウェーデン人ジャーナリスト。手がかりのない中、「鉄のカーテンの向こう側」を訪れたベックの前に、現地警察を名乗る男が現れる―。警察小説の金字塔シリーズ・第二作。


「ロセアンナ」(角川文庫)(感想ページへのリンクはこちら)に続く、マイ・シューヴァル ペール・ヴァールーによる、マルティン・ベックシリーズ第2作です。旧訳のタイトルは「蒸発した男」だったようです。
(新訳タイトルの「煙消えた男」というのは、煙の中に消えていったわけではないのだから、「煙消えた男」とすべきなんじゃないかと思います。)

マルティン・ベックシリーズは、ロンドンで読み進めようと船便で送ってきた、はずだったのですが、この「煙に消えた男」が見当たらず、日本に置いて来てしまったようです。仕方ないので、日本から遊びに来るという知人の家宛にネットで買って送って、持ってきてもらいました。

今回の事件は失踪人の捜索なのですが、休暇返上で捜査にあたるマルティン・ベックが可哀そうです。奥様とも険悪になってるみたいだし...
「あなたはわたしと子どものたちのことはぜんぜんかまわないわけね」
「あなた以外に警察官がいないわけじゃあるまいし。なんであなただけがすべての事件を引き受けなければならないの?」(50ページ)と非難されちゃっています。
とはいえこれは、
「最悪なのは、自分が衝動からこの仕事を引き受けたのではないと知っていることだった。それは、彼の言わば警察官としての本能が引き受けさせたものだった」(97ページ)
と説明されていて、この頃から仕事人間としての警察官が印象的に描かれているわけですね!

今回の事件は、ブダペストでの捜査という異色ぶり。
勝手のわからない異国での失踪人捜査など、どうやってやるんだろう。しかも、東西冷戦さなかのブダペストで... このあたりも当時としてはかなりキャッチーな要素だったんでしょうね。
プロの捜査官同士の紐帯、ということでしょうか、首尾よくハンガリーの警察官であるスルカ少佐と親しく(?) なります。なにしろスルカ少佐といっしょにパラティヌス浴場!(ネットで検索しても出てきませんでした)にいくくらいですから。
このブダペストでの捜査行が、ゆったりと時代色をもって描かれているところが読みどころ、なのだと思います。
あまたの後続作品が出たことできわめてありふれたように感じられる展開をたどるわけですが、短い中でも印象的なエピソードが書き込まれているので、退屈はしませんでした。むしろ興味津々で読み進むことができました。

ジャーナリストの失踪、しかも共産主義国で、というとどうしても連想してしまうタイプのストーリーがありますが、そのまま進むのか、それともそらしていくのか、作者の腕の見せどころですね。
登場人物が少ないので真相の見当がつきやすくなってしまっていますが、事件の構図は説得力がありますし、安直に思えるところもあるものの(特に、パスポート[ネタバレにつき文字の色を変えています]の取り扱いは本当かな、と思えてしまいますが、しっかり伏線がはってありますし、時代を考えるとそんなものかもしれません)、スウェーデンとのつながりもしっかり担保されているのがいいなと思えます。

「ロセアンナ」ではヘニング・マンケルが献辞を寄せていましたが、今回はロースルンド&ヘルストルムが献辞を寄せています。
また訳者あとがきで、作者のひとりであるマイ・シューヴァルとの会話が紹介されているのもポイントです。

シリーズ次作は「バルコニーの男」 (角川文庫)で、楽しみです。


<蛇足1>
「部屋にはストーブが一つ、家具らしきものが六個、絵が一つある」(5ページ)
とみすぼらしい部屋の描写が1ページ目にあって、しばらく考え込んでしまいました。
「家具らしきもの」?
このあとテーブルや椅子なども出てくるのですが、テーブルや椅子だと「家具」そのものであって、「家具らしきもの」とは言えないからです。「家具らしきもの」というからには、本来は家具ではないのにどうやら家具として使われていると推察されるもの、とか、使いかたはまったくわからないけれど形状や大きさからして家具としか考えられないもの、であるはずだからです。
でも、そんなものは登場しません。なんだろな?
個人的理解は「家具といえるものが六個」くらいにすべきところじゃないかと思うのですが...

<蛇足2>
「デッキは屋根付きで、うるさいジーゼルエンジン付きの」(96ページ)
という船の説明があります。普通は「ディーゼル」ですよね...

<蛇足3>
被害者の持ち物をあらためているところで
「マウスウォーター Vademecum」(198ページ)
というのが出てきます。Vademecum というのはブランド名だと思われますが(ネットで検索すると出てきます)、マウスウォーター? 普通はマウスウォッシュ、ですよね...
この訳者、本文や ↑ の蛇足でも触れたように、ところどころに変な日本語や表記が出てきます...
一つ一つは大したことがないものですが、重なっていくと作品としてダメージになりうると思うのですが。せっかくのスウェーデン語からの翻訳なのですから、編集者も含めてもっと気を使ってほしいところです。


原題:Mannen som gick upp i rok
作者:Maj Sjowall & Per Wahloo
刊行:1966年
訳者:柳沢由実子







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黒龍荘の惨劇 [日本の作家 岡田秀文]

黒龍荘の惨劇 (光文社文庫)

黒龍荘の惨劇 (光文社文庫)

  • 作者: 岡田 秀文
  • 出版社/メーカー: 光文社
  • 発売日: 2017/01/11
  • メディア: 文庫

<裏表紙あらすじ>
明治二十六年、杉山潤之助は、旧知の月輪(がちりん)龍太郎が始めた探偵事務所を訪れる。現れた魚住という依頼人は、山縣有朋の影の側近と噂される大物・漆原安之丞が、首のない死体で発見されたことを語った。事件現場の大邸宅・黒龍荘に赴いた二人を待ち受けていたのは、不気味なわらべ唄になぞらえられた陰惨な連続殺人だった―。ミステリ界の話題を攫った傑作推理小説。


岡田秀文の作品としては、「秀頼、西へ」(光文社文庫)(ブログへのリンクはこちら)のあと、この月輪シリーズの前作「伊藤博文邸の怪事件」 (光文社文庫)を読んでいますが、感想は書けずじまいになっています。
本書「黒龍荘の惨劇」 (光文社文庫)「2015本格ミステリベスト10」第5位。

「伊藤博文邸の怪事件」を楽しく読んだ記憶があるので、期待して読み始めたところ、うーん、お屋敷ものの常道的展開に、中盤かなり退屈してしまいました。
探偵役の月輪に、警察も常駐するようになったのに繰り返される殺人、というのは構わないのですが、病弱な若い女性とか、座敷牢に閉じ込めてある精神を病んだ男、とか道具立てが揃っており、わらべ唄への見立て殺人に、繰り返される首なし死体という意匠はいいはずなんですが、どうも単調に感じられたんですね。

でも、真相はちょっとイケるな、と思いました。
おいおい、皆殺しかよ、というくらい殺人が繰り返される事件について
「芸術ともいうべき殺人歌劇」(385ページ)
と犯人自らが自賛するのですが、犯人の狙いはミステリ的に素晴らしい。
ただ、この芸術(?) を支えるには相当の筆力がいったのではないかと思います。
「わらべ唄に見立てた連続首切り殺人、複雑怪奇な建築群を擁する旧大名屋敷、座敷牢の囚人、不可解な遺言状、たび重なる犯人消失の不可能状況……といった道具立ては、戦後の横溝正史作品を思わせるけれど、おどろおどろしい怪奇趣味の演出は控えめである。次々と殺されていく漆原家の住人たちは、内面を欠いたゲームの駒みたいに描かれ、邸内に漂う恐怖の気配も、がらんどうのようにつかみどころろがない。これはもちろん、相次ぐ事件のデータを整理して、効率よく伝わるように計算された書き方で、英米黄金時代(一九二〇~三〇年代)のゲーム探偵小説のスタイルを手本にしたものだろう」
と解説で法月綸太郎が書いていますが、この真相は、がらんどう、では納得感を持って伝わってこないですね。
なので、この素晴らしい真相も、やられた!と快哉を叫ぶというふうにはいかず、地味~。
中盤退屈だと思ったのも、ひょっとしたらこの書き方が原因かもしれません。作者の岡田秀文は、「秀頼、西へ」をみても人物描写がだめな作家ではないので、意識的にしたものなのだと思いますが、ちょっとこの真相とはミスマッチだったのではないでしょうか。と言いながら、同時に、この真相はかなり腕のいい作家をもってしても成功させるのが難しい難物ではなかろかと思ったりもしますので、これを作品化した作者の蛮勇(これも褒めているつもりです)に拍手!です。

<蛇足>
物語の途中ではあるのですが、犯人について
「独自のゆがんだこだわりというか、価値観を持っていますから、その行動のすべてを合理で割り切ろうとすると、どうしてもおさまりがつかない端数が出てくるのは仕方ないでしょう」(340ページ)
と月輪が言うシーンがあるのですが、これ探偵がいっちゃだめなんじゃなんですかね(笑)。
犯人が狂人というなら狂人なりの論理を突き止めてもらわないと...




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盲目の理髪師 [海外の作家 ジョン・ディクスン・カー]

盲目の理髪師【新訳版】 (創元推理文庫)

盲目の理髪師【新訳版】 (創元推理文庫)

  • 作者: ジョン・ディクスン・カー
  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2018/05/31
  • メディア: 文庫

<裏表紙あらすじ>
大西洋上の豪華客船で重大な盗難事件と奇怪な殺人事件が発生する。なくなったはずのエメラルドがいつの間にか持ち主のもとにもどったり、被害者が消えたあとに“盲目の理髪師”が柄にあしらわれた、血まみれの剃刀が残っていたり。すれ違いと酔っ払いの大騒ぎに織り込まれる、不気味なサスペンスと度肝を抜くトリック。フェル博士が安楽椅子探偵を務める本格長編、新訳で登場。


カーの新訳です。
この作品とは相性が悪いのか、旧訳版で2度ほど読んでいるはずですが2度とも楽しめなかった記憶があります。
新訳で再TRYといったところです。
で、結果はどうだったかというと、やはり相性が合わないな、というところ。
帯に
「大西洋の豪華客船で起きる奇怪な事件と酩酊者たちの大騒動」
とあるのですが、この酩酊者たちの大騒動をまったく楽しめなかったのが敗因です。
解説で七河迦南も書いていますが、この「盲目の理髪師」は『乱歩が挙げる三大特徴の一つ「ユーモア」の部分が全面に押し出され、カー全作品の中でも最大の笑劇(ファルス)作品であることは衆目の一致するところかと思います。』ということなのですが、この「ユーモア」「ファルス」ぶりが、ちょっと合わなかったんですね。

ただし、いくら肌に合わないといっても、ミステリとしてはよく企まれた作品であることはきちんと認めておかねばと思います。
名探偵・フェル博士が、今回は安楽椅子探偵の役をつとめるのですが、フェル博士が語り手である探偵作家モーガンの話を聞いて、前半、後半にそれぞれ8つずつ合計16の手がかりがあると指摘するのもわくわくしますし、謎解きシーン(353ページ~)では根拠となるページを示しながら順に手がかりをたどって真相を指摘するシーンはとても素晴らしい。(このあたりになると、ファルスの要素がなくなっているので、素直に読めました)
この手がかりをめぐる点については、七河迦南の解説が素晴らしいですね。
『「なぜ現場に被害者の帽子がなかったのか」に始まり、厳密な論理のもとあらゆる可能性を消去していって「故に犯人は~である。QED」宣言に終わるクイーンのフェアプレイを直列的とすれば、カーのそれはいわば並列的なのです。何気ない描写に示された情報やちょっとした矛盾、それらは手がかりというより伏線という方が適当な場合が多く、一つ一つは必ずしも犯人に直結するとは限らない。しかしひとたび視点を切り換えてみると、至る所の描写が皆その意味を変え、作品の全体・各登場人物の人間像全てが有機的に結びついて初めから一つの方向を向いていたことがわかる。それこそがカーのフェアプレイなのです。』
なんかこの指摘を読んですっきりしました。

タイトルの「盲目の理髪師」は、現場で見つかった剃刀の柄のデザインとして描かれていた絵に基づきます。(138~139ページ)



原題:The Blind Barber
著者:John Dickson Carr
刊行:1934年
訳者:三角和代








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鐘楼の蝙蝠 [海外の作家 E・C・R・ロラック]

鐘楼の蝙蝠 (創元推理文庫)

鐘楼の蝙蝠 (創元推理文庫)

  • 作者: E・C・R・ロラック
  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2014/03/22
  • メディア: 文庫

<裏表紙あらすじ>
作家ブルースは、ドブレットと名乗る謎の男に身辺に付きまとわれて神経をとがらせていた。彼を心配する友人の頼みを受けて、新聞記者グレンヴィルはドブレットの住みかを突き止めるが、件の人物は翌日行方をくらませ、空き家からはパリに出立したはずのブルースのスーツケースが発見される。そして部屋からは首と両手首のない遺体が……。謎に次ぐ謎、黄金期本格の妙味溢れる傑作。


「悪魔と警視庁」 (創元推理文庫)(感想ページへのリンクはこちら)に続いて邦訳されたロラックの作品で、マクドナルド主席警部が探偵役をつとめますが、原書は「鐘楼の蝙蝠」の方が先なんですね。

最初の数十ページはちょっと読みづらかったですが、そのあとは快調。事件の様相が二転三転するところが大きな読みどころかな、と思いました。
また、あっさり扱われているのですが、首なし死体の使いかた(首の使いかた、というべきか?)が斬新で、ちょっと同じような例が思いつきません。これはおもしろいなぁ、と。
ミステリとしてとらえた場合、うまく(犯人を)隠したな、というよりはむしろ、ずるいな、騙しやがったな、という感想になってしまうところが残念ですが、非常にバランスの取れた、ウェルメイドなミステリになっていると思います。
短い中にも、それぞれの登場人物のキャラクターがしっかり際立っていることも、この時代のミステリからするととても立派なことだと感じます。


タイトルの「鐘楼の蝙蝠」というのは、正気を逸していることを意味する口語表現「鐘楼で蝙蝠を飼う」から来ているようです。(36ページ)
本作品の場合は、舞台となる隠れ家(?)であるアトリエ (死体安置所(モルグ)と名付けた人もいるくらいの奇妙な場所)には塔があり、蝙蝠もいるということですが。
(ところで、このアトリエ、作中でもアトリエとかモルグとか呼ばれているのですが、71ページになって突然マクドナルド警部が「ベルフリー・スタジオ」と呼びます。ベルフリーというのが鐘楼なので、鐘楼スタジオ、ということでしょうけれど、何の説明もないのでびっくりします。)

残る邦訳「曲がり角の死体」 (創元推理文庫)にも期待します。



<蛇足1>
かなり最初の方に、アトリエ探索に出かけたグレンヴィルがパブ〈テンプル騎士団員亭〉に行くシーンがあります。
「いったん店にはいると、グレンヴィルはすぐさま、ここはパブとしてはいい店だと結論を下した。そして、ダブルのウィスキーが腹に収まると~」(34ページ)
とあります。
パブというとどうしてもビールを連想してしまいがちですが、アルコールはいろいろと豊富に取り揃えてあるところが多いので、グレンヴィルのようにウィスキーを飲む人もいますね。

<蛇足2>
死体の発見されるアトリエのある場所は、ノッティング・ヒル駅の近くのようなんですが、
「ウェストエンドのネオンの明かりを受けて空は明るく、低く垂れこめる雲を背景に不気味な塔が浮かびあがっている」(37ページ)
というのです。ウェストエンドのネオンの明かりが届きますでしょうか? 距離的に厳しいのではないかと思うんですが。
また、
「もの思いにふけっているうちに、遠くで深夜零時の鐘が鳴った。ビッグベンかもしれないとフラーは思ったーー直線距離で五キロ近く離れているが、たぶん南風なのだろう」(120ページ)
というシーンもあります。
これも、聞こえませんよねぇ...きっと。もっと近くに教会があるんじゃないでしょうか...


<蛇足3>
アトルトンの足取りとして、まずヴィクトリア駅へタクシーで行って、そのあとさらに別のタクシーでチャリング・クロス(駅)かどこかへ向かった、とされているのですが(73ページ)、ちょっと理解できませんでした。駅から駅へタクシーを変えて向かうでしょうか? 一気にチャリング・クロスへ行けばいいのに...

<蛇足4>
「わたしも推理小説は好きです。笑わせてくれますから」(96ページ)
とマクドナルド警部が言うシーンがあります。
推理小説は、笑わせてくれるもの、なんですね。

<蛇足5>
「完璧に釣りあう椅子と書きもの机はシェラトン式の紫檀製で」(141ページ)
とありまして、シェラトン式?。知らなかったので調べました。
検索するとホテルのページばかりが出てきて閉口しましたが、
『「チッペンデール様式」「ヘップルホワイト様式」と並ぶ、18世紀イギリス家具の3大流行様式の1つをさします。18世紀後半から19世紀前半にかけて、イギリスの家具デザイナーであるトーマス・シェラトン(1751年~1806年)に代表される家具様式のことです。』と書いてあるページを見つけました。なるほどー。

<蛇足6>
前にも何かの作品で突っ込んだと思うんですが、この作品にも「法定紙幣」(166ページ)という訳がありました。時代背景的にはひょっとしてまだ兌換紙幣も流通していたのでしょうか? それでなければわざわざ「法定」とつけなくてもよいと思うのですが。

<蛇足7>
「彼は少しためらってからもう一度受話器を取りあげ、ロンドン市警察に電話した」(215ページ)
とマクドナルド警部がロンドン市警察に連絡するシーンに少しにやりとしました。
スコットランドヤード=ロンドン警視庁なので、ロンドン市警察って? と思われるかもしれませんが、いわゆる ”シティ” は自治が認められている独自の地域なのでロンドン市警察がスコットランドヤードとは別の組織として存在しただろうなぁ、と思えたからです。

<蛇足8>
「くびすを返して大急ぎで走り去った」(217ページ)
とあって、あれれと思ったんですが、きびす、とも、くびす、とも言うんですね。勉強になりました。







原題:Bats in the Belfry
作者:E.C.R. Lorac
刊行:1937年
翻訳:藤村裕美


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