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新車のなかの女 [海外の作家 さ行]


新車のなかの女【新訳版】 (創元推理文庫)

新車のなかの女【新訳版】 (創元推理文庫)

  • 作者: セバスチアン・ジャプリゾ
  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2015/07/29
  • メディア: 文庫

<カバー裏あらすじ>
金髪のダニーは、社長の新車を空港から社長宅まで回送するよう頼まれた。しかし彼女は南仏への旅を思いつく。真新しいサンダーバードを走らせるダニーの姿は、束の間、女王のようだった。しかし思いも寄らぬ事件が彼女を待ち受けていた。なぜ彼女は襲われたのか? 初めての地で皆が彼女を知っているのはなぜか? 気まぐれの旅にしかけられた恐るべき罠。鬼才ジャプリゾの真骨頂。


「シンデレラの罠」 (創元推理文庫)(ブログの感想ページへのリンクはこちら)のセバスチャン・ジャプリゾの作品です。
こちらも、平岡敦さんによる新訳です。
旧訳は「新車の中の女」 (創元推理文庫)、新訳は漢字を開いて「新車のなかの女」と表記が変わっています。
この作品「シンデレラの罠」 同様に再読になります。
きれいに忘れてしまっていて、初読のようにまっさらな気持ちで楽しめました(苦笑)。

「シンデレラの罠」 と趣は違うのですが、何か独特な手触りの作品ですね。セバスチャン・ジャプリゾの術中にしっかり嵌まっているということでしょう。

原題は「La Dame dans L'auto avec des Lunettes et un Fusil」
英語では、The Lady in the Car with Glasses and a Gun。
直訳すると「眼鏡と銃を持った、車の中の女」となりますね。
目次の章立てを見ると


眼鏡

となっています。ちょっと洒落ていますね。

冒頭、いきなりサービスステーションの洗面所で襲われているシーンからスタートします。
おお、怖い。
それからここにに至るまでの経緯を振り返るわけです。
社長の車を勝手に拝借して、海が見たいと小旅行としゃれこんだ女性が、行く先々で不思議な体験+怖い体験をする。
初めて行った場所ばかりなのに、出会う人々が、昨日会ったと言う。

これ、怖いですよねぇ。
洗面所で襲われるというのも怖いですが、知らないはずの場所で、みんなから知っている人だと言われる、というのは。
主人公がもともと自分に自信がなく、ひょっとして私...と惑い始めるところは、おいおい、と思いましたが、次第に精神状態がグラグラしていくのがサスペンスを高めていますね。

ときおり、主人公の視点ではなくて、主人公が出会う人たちの方に視点が移りますので、その人たちが偽証しているわけではないことがわかりますし、同時に、主人公が自分を見失っているだけなのかも、という不安も芽生えてきます。

ミステリとして、冷静に見てみると、ちょっとこれは無理だなぁ、と思えるのですが、登場人物の性格や小道具によって、(主人公にとって)悪夢のような状況が立ち上がってくるのが素敵ですね。

平岡敦による訳者あとがき、連城三紀彦による解説がどちらも素晴らしいので、ぜひ。


原題:La Dame dans L'auto avec des Lunettes et un Fusil
作者:Sebastien Japrisot
刊行:1966年
訳者:平岡敦

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パラダイス・ロスト [日本の作家 柳広司]


パラダイス・ロスト (角川文庫)

パラダイス・ロスト (角川文庫)

  • 作者: 柳 広司
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2013/06/21
  • メディア: 文庫

<カバー裏あらすじ>
大日本帝国陸軍内にスパイ養成組織“D機関”を作り上げ、異能の精鋭たちを統べる元締め(スパイ・マスター)、結城中佐。その正体を暴こうとする男が現れた。英国タイムズ紙極東特派員アーロン・プライス。結城の隠された生い立ちに迫るが……(「追跡」)。ハワイ沖の豪華客船を舞台にした初の中篇「暗号名ケルベロス」を含む全5篇。世界各国、シリーズ最大のスケールで展開する、究極の頭脳戦! 「ジョーカー・ゲーム」シリーズ、待望の第3弾。


「ジョーカー・ゲーム」 (角川文庫)(感想ページはこちら
「ダブル・ジョーカー」 (角川文庫)(感想ページはこちら
に続くシリーズ第3弾です。

このシリーズの大ファンなので、読めただけでも大満足なのですが、作品も快調なので言うことなし、です。
そういえば先日読んだ岡田秀文「海妖丸事件」 (光文社文庫)の解説で宇田川拓也が、この「パラダイス・ロスト」 (角川文庫)収録の「暗号名ケルベロス」を、船上の事件を扱ったミステリとして紹介していましたね(感想ページはこちら)。

4話収録なのですが、いずれもスパイの騙し合いが知的ゲームとして展開されています。

「誤算」は、パリを舞台にレジスタンスを背景に(前面に?)した作品です。
最後のD機関員のセリフ
「但し、次はもう少し骨のある任務をお願いします。」
というところでニヤリとはしますが、「誤算」で描かれている今回の任務、想定に反して(D機関員としてはこれすら想定の範囲内と言わねばならないのでしょうが)難度が非常に高い物だったように思います。

「失楽園」はシンガポールのラッフルズ・ホテルが舞台ですね。
恋人が殺人容疑で逮捕されてしまった米海軍士官の視点で描かれますので、さて、誰がD機関員なのか、を探す楽しみがあるのかな、と思いつつ読んだのですが、そういう狙いの作品ではありませんでした。
殺人事件の真犯人を突き止める、というストーリーの裏に、D機関員の活躍が忍ばせてあるのが、最後に浮かび上がってくる、という流れを堪能しました。

「追跡」は、日本が舞台です。
英国タイムズ紙極東特派員プライスの視点で描かれます。
プライスが取材しようとしている対象がD機関、しかも結城大佐というのですから、豪儀ですね。
相手が結城大佐というだけあって、周到な仕掛けがあるのですが、しかしなぁ、結城大佐って、そんな前からこういう事態を想定していたのでしょうか? 驚くばかりです。

最後の「暗号名ケロべロス」は前篇、後篇に分かれていますが、分ける必要がよくわかりませんでした。
サンフランシスコから横浜へ向かう《朱鷺丸》という豪華客船が舞台です。
一九四〇年六月という時期で、ドイツがポーランドに侵攻し世界大戦がはじまったのが、前年九月で、日本が未だアメリカと開戦していないタイミングです。
“中立国”であるアメリカから、“中立国”である日本籍の船に、ドイツ人が乗っていて、危険な大西洋航路を避け、太平洋をぐるっとまわって母国に帰ろうとしている。
そこへイギリスの軍艦が近づいてきて威嚇。そのさなか、船上で殺人事件が発生。(この段階で被害者の正体は明かされているのですが、エチケットとして伏せておきます)
ここまでが前篇です。
後篇に入って、イギリスの士官が乗り込んでくると同時に、殺人事件の真相究明が行われます。
ここでもD機関員のすごさが発揮されます。
前篇のオープニングで描かれる船の襲撃シーンが、頭を離れないので、非常にスリリングな物語になっていました。

シリーズ第4作「ラスト・ワルツ」 (角川文庫)もすでに文庫化されています。
ラスト、とつくくらいなのでシリーズ最終作なのでしょう......そのあとは出ていませんので。


<蛇足>
「極めつけは二本の釣り竿だ。」(59ページ)
これ、正しくは「極め付き」で「極めつけ」は間違いだと聞いたことがあります。柳広司にしては手抜かりですね。
なお、この文章、作中ではおもしろい意味が込められていまして、ニヤリとしました。




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オシリスの眼 [海外の作家 は行]


オシリスの眼 (ちくま文庫)

オシリスの眼 (ちくま文庫)

  • 作者: R.オースティン フリーマン
  • 出版社/メーカー: 筑摩書房
  • 発売日: 2016/11/09
  • メディア: 文庫

<カバー裏あらすじ>
エジプト学者ベリンガムが不可解な状況で忽然と姿を消してから二年が経った。生死不明の失踪者をめぐって相続問題が持ち上がった折も折、各地でバラバラになった人間の骨が発見される。はたして殺害されたベリンガムの死体なのか? 複雑怪奇なミステリに、法医学者探偵ジョン・ソーンダイク博士は証拠を集め、緻密な論証を積み重ねて事件の真相に迫っていく。英国探偵小説の古典名作、初の完訳。


このところクラシック・ミステリを続けて読み、そしてそれらをおもしろく感じたので、勢いに乗って、「オシリスの眼」 (ちくま文庫)を読みました。
「勢いに乗って」と言ったのは、フリーマンの作品といえば退屈という印象があり、勢いを借りなければ読めないだろうと勝手に思っていたからです。
ほとんど読んだことがないにもかかわらず(「赤い拇指紋」 (創元推理文庫)しか長編は読んでいません)、退屈というイメージは結構強烈で、恐れおののいていたのです。

勢いをかったおかげで、いやいや、作品の持つ本来の力のおかげで、しっかり退屈などせずに読めましたし、むしろ、おもしろいなと思いました。いいじゃん、ソーンダイク博士。

この作品ではソーンダイク博士は、安楽椅子探偵っぽいんですよ。
直接現場に行って調べまわったりしない。
冒頭から新聞記事を題材に話をするシーンですから。もっぱら新聞とか、あるいは視点人物であるバークリー医師からの情報に基づいて推理する。
きわめてフェアプレイ精神に富んだ作品になっています。
「この事件についての私の結論は、ほぼ状況証拠に基づいている。一つの解釈しかあり得ないと言えるような事実はないもない。だが、結論を得るには程遠い事実でも、十分積み重ねれば、決定的な総体になることも忘れてはいけないよ。」(288ページ)
とソーンダイク博士自ら言うように、証拠の積み上げが楽しいですね。

そもそも失踪なので、死んでいるのか(あるいは殺されているのか)どうか、そこから推理しないといけない。
「考えられる仮説は五つある」(195ページ)とソーンダイク博士がいうシーンではかなり首を傾げてしまいましたが(なにしろ、「一、彼はまだ生きている。二、すでに死んでいて、身元不明のまま埋葬されている。三、未知の人物に殺された。四、ハーストに殺され、死体は隠された。五、弟に殺された。」という五つで、なんかしっかり系統立てて整理された五つには到底思えないからです)、こつこつと証拠、というか手がかりを集めていって真相にたどり着くのは、論理的でミステリ本来のおもしろさ、と言えると思いました。

訳者あとがきで(この訳者あとがきが感動ものです!)、
「今日主流の謎解き推理小説は、与えられる手がかりに基づいて説得力のある解決を推理するよう読者に求めるタイプの作品ではなく、むしろ、狡猾なトリックや結末の意外性で読者を欺き、驚かせようとするタイプの作品なのだ。」
「ところが、フリーマンの作品は、クリスティのような結末の意外性、カーやクロフツのような不可能犯罪、アリバイ等のトリックの奇抜さを狙うようなことはしない。」
「フリーマンは、倒叙推理小説の生みの親であることからも分かるように、犯人が誰かという答えを単に当てることではなく、なぜその人物が犯人なのかをプロセスとしてきちんと論証してみせることを重視した作家だった。」
と指摘されていますが、「オシリスの眼」は、まさにそのことが実感できる作品です。

もう一つ、この「オシリスの眼」のポイントと思われる点は、プロットが複雑なことかと思います。
よくこんな複雑なプロットを、説得力ある形で証拠を積み上げていって構築したなぁ、とびっくりします。
それに「トリックの奇抜さを狙うようなことはしない。」といいながら、この作品には結構印象的なトリックが使われています。そこもポイントでしょう。

あとついでに、語り手であるバークリー医師の恋愛模様も、たどたどしくてクラシックな感じがして笑えます。

半ば食わず嫌いだったフリーマン、いけるな、と実感しました。

タイトルの「オシリスの眼」とは、被害者の指輪のデザインです。
「これは“ウジャト”──“ホルスの眼”だ──“オシリスの眼”ともいう。そう呼びたければね。」(359ページ)と作中で考古学者が解説(?) しています。
Wikipedia でみてみる以下の通りです。
「古代エジプトでは非常に古くから、太陽と月は、ハヤブサの姿あるいは頭部を持つ天空神ホルスの両目(「ホルスの目」)だと考えられてきた。
やがて二つの目は区別され、左目(「ウアジェト(ウジャト)の目」)は月の象徴、右目(「ラーの目」)は太陽の象徴とされた。」
こちらも訳者あとがきで懇切に説明されています。

<蛇足1>
「単純さは効率のよさの極意ですよ」ボルトンはお茶の用意に抜かりがないか確かめながらそう応じると、この見事な金言を残して静かに姿を消した。(41ページ)
ソーンダイク博士の使用人のセリフです。含蓄深い!

<蛇足2>
「さほど役に立たない真実ですけど」と私は笑いながら応じた。
「否定できない真実とは、だいたいそんなものさ」彼は言い返した。「真実とは、きわめて一般的なものになりがちだ。というか、ある命題がどこまで真実性があるかは、その一般性の程度にそのまま比例すると言っていい」(159ページ)
語り手であるバークリー医師と、失踪したベリンガム氏の顧問弁護士との会話です。これまた含蓄深いですね。

<蛇足3>
「骨はまっさら--つまり、軟部がすべて消失している状態です」(238ページ)
軟部がすべてなくなってしまっている状態の骨を「まっさら」と言うのでしょうか?
まっさらって、真新しいことを言うのだと思うのですが。
軟部がすべてなくなった状態の骨、白骨は、真新しいと表現するようなものとは思えないのですが。



原題:The Eye of Osiris
作者:R. Austin Freeman
刊行:1911年
訳者:渕上痩平





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追想五断章 [日本の作家 や行]

追想五断章 (集英社文庫)

追想五断章 (集英社文庫)

  • 作者: 米澤 穂信
  • 出版社/メーカー: 集英社
  • 発売日: 2012/04/20
  • メディア: 文庫

<カバー裏あらすじ>
大学を休学し、伯父の古書店に居候する菅生(すごう)芳光は、ある女性から、死んだ父親が書いた五つの「結末のない物語」を探して欲しい、という依頼を受ける。調査を進めるうちに、故人が20年以上前の未解決事件「アントワープの銃声」の容疑者だったことがわかり――。五つの物語に秘められた真実とは? 青春去りし後の人間の光と陰を描き出す、米澤穂信の新境地。精緻きわまる大人の本格ミステリ。


「このミステリーがすごい! 2010年版」 第4位
「本格ミステリ・ベスト10 2010」 第4位
2009年週刊文春ミステリーベスト10 第5位

上で引用したあらすじにも使われている表現ですが、本当に”精緻”に組み上げられた作品です。
読み終わったとき、ふーっ、とため息がでるほど。

父が書いた5つのリドルストーリーを探す。手元には結末となる最後の行だけがわかっている。
故人が20年以上前の未解決事件「アントワープの銃声」の容疑者だった。
ミステリとしては
1) 5つのリドルストーリーに込められた仕掛け・想い
2) 「アントワープの銃声」の真相
という二つのポイントがあると思います。

実はこの2つとも、途中で見当がついてしまいました。
1) の方は細かなところまではさすがに突き詰めて考えてはいませんが、方向性は予想通り。
2) の方は、予想はついたものの、慧眼だろう、と自慢できるようなことではなくて、ある程度ミステリを読み慣れた方なら、ひょっとしたらあらすじを読んだだけでも予想がつくことかもしれません。

でも、真相が見抜けたからといってこの作品がつまらなくなるわけではありません。
非常に精密な絵が仕上がっていくのをリアルタイムに見ていっている感じとでも言いましょうか。また、「追想五断章」 (集英社文庫)を通して描かれる絵の精巧さに、息をつめて見惚れてしまう、という感じです。
面白かったですね。

「儚い羊たちの祝宴」 (新潮文庫)感想に続いて、同じ言葉で締めたいと思います。
米澤穂信、やはりおもしろい。
買いだめ(?) してありますので、読み進めるのがとても楽しみです。


<蛇足>
「いかにも無教養なむさ苦しい男の口から李白や欧陽修の詩がすらすらと出てくるのに面食らった。なんでもこの街に所縁(ゆかり)があるというが、それにしても意外に思い憮然としていると」(115ページ)
ここに出てくる「憮然」に立ち止まりました。
「憮然」という語は、よく「腹を立てている様子」だと誤用されることで知られています。文化庁の調査でも裏付けられていますね。
本来の意味は、「失望してぼんやりするさま。失望や不満でむなしくやりきれない思いでいるさま。」と思っていましたが、そうすると引用した部分にそぐいません。
調べてみると、「意外なことにおどろくさま。」という意味もあるんですね!
勉強になりました。
ちなみに、欧陽修は欧陽脩とも書くようですね。

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泥棒たちの十番勝負 [日本の作家 赤川次郎]

泥棒たちの十番勝負 (トクマ・ノベルズ)

泥棒たちの十番勝負 (トクマ・ノベルズ)

  • 作者: 赤川 次郎
  • 出版社/メーカー: 徳間書店
  • 発売日: 2018/10/06
  • メディア: 新書

<表紙袖あらすじ>
不動産営業マンの太田は、念願の土地を売ってもらうために倉橋の家を訪れた。しかし倉橋が殺されているのを発見。そして思わず逃げ出してしまったために指名手配をされてしまう。殺人現場となった家へやって来た淳一と真弓は、地下にお宝が隠されているのを見つける。どうやら倉橋は淳一の同業者である泥棒のようだった。小心者の太田が犯人ではないと考えた淳一は、犯人をおびき出すためにある仕掛けをするが。「夫は泥棒、妻は刑事」シリーズ最新刊!

「夫は泥棒、妻は刑事」シリーズ最新刊で、第21弾。
このシリーズ、前回感想を書いたのは、第18弾の「泥棒たちの黙示録: 夫は泥棒、妻は刑事 18」 (徳間文庫)(ブログの感想ページへのリンクはこちら)で、6年も前になりますね。
間の「泥棒教室は今日も満員:夫は泥棒、妻は刑事19」 (徳間文庫)「泥棒たちのレッドカーペット :夫は泥棒、妻は刑事20」(徳間文庫)の2冊は読んでいますが、感想を書けていません。

物語の冒頭に登場し、物語の駆動力となる太田のキャラクターがいかにも赤川次郎という設定になっています。
業績とかいう意味では冴えない(プラス、見た目もさほどだ)けれど、誠実で、苦境に陥っても(たいがい殺人の濡れ衣だったり......)、ひそかに思いを寄せていてくれて助けてくれる若い女性が身近にいる。
そんなに都合よく助けてくれる女性がいるものか、と、まあ、ある意味平凡な中年男性の夢のような物語となるわけですが(もちろん、苦境に陥るのは嫌ですけれどね)、ひょっとしたら赤川次郎の作品は、中年男性向けハーレクインといった性格も帯びているのかもしれませんね(笑)。ただし、赤川次郎の読者層は中年男性ではありませんが......

また田舎から出てくる被害者の妻と孫もいかにも、な感じですね。
孫がアイドルになっちゃったりしないのが不思議なくらい(笑)。

なかなか家を売ろうとしなかったのに急に気を変えた老人。その家には地下に隠し資産があったにもかかわらず。
これ、ミステリ的には魅力的な謎になり得ると思うのですが、さらっと扱われています。
ちょっともったいない気がします。

今回は、道田君が誘拐されたりと活躍’(?)するのが印象的でした。

ところで、タイトルの十番勝負の意味が今ひとつピンとこなかったのですが......




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消えたボランド氏 [海外の作家 は行]

消えたボランド氏 (論創海外ミステリ 180)

消えたボランド氏 (論創海外ミステリ 180)

  • 作者: ノーマン・ベロウ
  • 出版社/メーカー: 論創社
  • 発売日: 2016/10
  • メディア: 単行本


単行本です。
論創海外ミステリ180。
「魔王の足跡」(国書刊行会)「本格ミステリ・ベスト10〈2007〉」第1位を獲得したノーマン・ベロウの邦訳第2作です。
今年6月に3作目となる「十一番目の災い」 (論創海外ミステリ)が訳されていますね。

メインの謎は人間消失です。
訳者あとがきから引用します。
「高い断崖絶壁の上から目撃者の目の前で飛び降りたはずの人間が、忽然と姿を消すのだ。当時、崖の下にも釣り人がいたが、何ひとつ落ちてこなかったと言う。目の前は一面の海、崖の下には大きな一枚岩、崖の途中には引っかかるような穴や裂け目などは一切ない。はてさて、どんな奇術あるいは魔術を使えば、人間をすっかり消失できるものなのか?」
すごく魅力的な謎ですね。
このあとがきには書かれていませんが、現場の状況で特筆すべきことがあります。
「それ以外は、何もかもが濃い霧にかすんでいたのだ。
 そう、濃い霧に……。
 正確に言えば、それは本物の霧ではなかった。強烈に圧縮された濃密な大気、巨大な煙霧だ。
 この季節になるとシドニーを含めた東海岸沿いに見られる現象で、この巨大な煙霧は夜明け前頃に現れ、正午には晴れる。だが、ときには一日じゅう居座ることもあり、刻一刻と濃さを増したかと思うと夜になってから、急に現れたのと同じく忽然と消え去る。それでもまた夜明けになると、新たに生まれた煙霧が取って代わることもある」(27ページ)
という状況です。
実はここを読んでちょっとびっくりしました。そんなに塵の多そうでない海沿いが舞台ですから。
普通の霧ではなく、煙霧ですか......
「シドニーを含めた東海岸沿い」ということですから、シドニーあたりでは今でもみられる光景なのでしょうか?
2013年に東京で煙霧が発生したときはとてもびっくりしたのを覚えています。
さて、その煙霧からノーマン・ベロウはトリックを考えたのかもしれませんね。

状況的に、どうやって人間消失を実現するか、と考えるとミステリを読み慣れた読者ならすぐに一つの方法が浮かぶかと思います。
とするとすぐに犯人まで特定されてしまうんですよね。
さてさて、真相はどうなのか? と予想を抱えつつ読み進むわけですが、ノーマン・ベロウ、飽きさせません。
探偵役が老俳優ベルモアで、名探偵を演じることを意識しつつ推理を進めていく、というのがおもしろいですし、場面展開も素早く、小刻みにいろいろと事件や動きが盛り込まれているので、読みやすかったですね。
また、それほど登場人物が多いわけではないのに(少なくもありませんが)、かなりプロットが錯綜しているので充実感もあります。

「魔王の足跡」の記憶がないので(読んだのは確かです!)、比べることはできないのですが、「消えたボランド氏」はすごくすっきりした作品で、読めてよかったな、と思いました。
「十一番目の災い」 が楽しみですし、ほかの作品もどんどん訳してもらえればと思います。


<蛇足1>
『「彼が、何をする前ですって?」ミス・バッグは険しい声で訊き返し、モンティには彼女がデルの発言の内容を尋ねているのか、“うっちゃる”という表現を非難しているのかがわからなかった。』(80ページ)
個人的には「うっちゃる」という表現を日常的には使わないので(また、周りの人も使いませんね。相撲で「うっちゃり」という語を耳にするくらいでしょうか)、ミス・バッグならずとも、読む際につまづいて、見返してしまいました。
「うっちゃる」かぁ、おもしろい表現を使うなぁ、と思ったのですが、原語はどうなっているのでしょうね? ふと気になりました。

<蛇足2>
「四十歳に近く、炊き付け用の薪をその上で割りたくなるような顔の“お嬢さん”は、いったん退がり」(215ページ)
な、なんという表現! 炊き付け用の薪をその上で割りたくなるような顔って、どんな顔でしょうか? 平べったい? それこそ日本人みたいに??



原題:Don't Jump, Mr. Boland!
作者:Norman Berrow
刊行:1954年
訳者:福森典子





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ドラマ:時は待たない [ドラマ ジョナサン・クリーク]

Jonathan Creek: The Complete Colletion [Region 2]

Jonathan Creek: The Complete Colletion [Region 2]

  • 出版社/メーカー:
  • メディア: DVD


「奇術探偵ジョナサン・クリーク」の、シーズン2 第2作目「時は待たない」 (Time Waits For Norman)です。

日本語タイトルは「時は待たない」で、原題は Time Waits For Norman。
日本語と英語で「待つ」「待たない」と逆の言葉の選び方になっているのがおもしろいですね。

このシリーズ密室状況を扱うことが多いのですが、今回はアリバイ?
そのときにニューヨークにいたはずの人物が、ロンドンのハンバーガー屋で目撃される、という謎です。

このハンバーガー屋さん、WIMPYという実際にあるチェーン店を舞台にしていますね。
劇中、マデリンが店員の証言を得るために、男子トイレにまでついていくシーンに笑ってしまいました。
トイレで手を洗っていた男性がびっくりするシーンもあるのですが(かつマデリンが捨て台詞みたいなものまで言うのですが)、そりゃびっくりしただろうなぁ、と思います(笑)。
男子トイレに女性がいるケースというのは掃除くらいに限られると思うのですが、日本と違い、男子トイレの掃除を女性がすることはありませんので、男子トイレで女性を見かけることはほぼ100%ありません。

謎解きは常識的なもので、納得できるものでしたが、謎はすっきり解けても、人間関係はすっきりといかないのが印象的でした。
まあこのストーリーだとこの後の人間関係が心配......心配も何も、すっかり壊れてしまっているような気もしますけどね。

トリックは割とよくあるものを使っています。
このトリック、小説で読むとこんなにうまく行くのかな、と思うところはあるのですが、このドラマを見ていると、これならうまくいくかも、と思えました。かなり限定的な状況かもしれませんが。

シリーズ的には、ジョナサンがついに(?) 本格的に浮気します。浮気、というか、ことに及んでしまいます、というべきですかね?
しかもそれを、ぺらぺらとマデリンに話してしまうんですよね......かなり詳細に。キッチンのテーブルでって、そんなことまで言わなくても......(根掘り葉掘り聞きだされたのかもしれませんが)
当然、定番のマデリンがやきもちを焼くシーンもしっかり出て来ますが、今回は、まあそりゃぁね、SEXまでしちゃってるんだから、やきもちも焼くよな、というところ。
でも一方でジョナサンもマデリンもお互い好きだと確かめあったわけではないので、ジョナサンを一方的に責めるのはかわいそうかもしれませんが。
そうそう第1話「闇からの銃弾」の感想で「この第1作を見る限り、童貞という設定なんじゃないかとも思えました。」と書きましたが、これが童貞卒業だったのかな(笑)? 映像的には(!) 違う気がしましたが。



いつも通り「The Jonathan Creek homepage」という英語のHPにリンクを貼っておきます。
「時は待たない」 (Time Waits For Norman)のページへのリンクはこちらです。
ただし、こちらのHP、犯人、トリックも含めてストーリーが書いてあるのでご注意を。写真でネタばらしをしていることもあるので、お気をつけください。


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届け物はまだ手の中に [日本の作家 石持浅海]


届け物はまだ手の中に (光文社文庫)

届け物はまだ手の中に (光文社文庫)

  • 作者: 石持 浅海
  • 出版社/メーカー: 光文社
  • 発売日: 2015/10/08
  • メディア: 文庫

<カバー裏あらすじ>
楡井和樹は恩師の仇である江藤を殺した。しかし裏切り者であるかつての親友・設楽宏一にこの事実を突きつけなければ、復讐は完結しない。設楽邸を訪れた楡井は、設楽の妻、妹、秘書から歓待を受ける。だが息子の誕生パーティーだというのに設楽は書斎に篭もり、姿を見せない。書斎で何が起きているのか……。三人の美女との探り合いの果て明らかになる、驚愕の事実とは!?


いいです! この本。面白かったです。お気に入り。
ただし、石持浅海のことですから、相当変ですので、そこはお気をつけて。

主人公で視点人物である楡井が、殺人犯、です。
まあ、そこはいいとして(普通はこれだけでも相当変なのですが)、恩師益子の仇を討ったあと、裏切った友人設楽に復讐を遂げたことを告げに行く、というのが、まず、おかしい。
設楽宅に着いたものの、息子大樹の誕生パーティーといいながら、設楽は書斎にこもって出てこない......
設楽の妻さち子、設楽の妹真澄、そして設楽の秘書遠野の三人と会話を進めながら、設楽に会うチャンスを待つ楡井。
さまざまな違和感を受けて、あれこれ考えをめぐらせる楡井が描かれるのですが、これがとても面白い。石持浅海らしさ全開!

帯に「殺人者と三人の美女の駆け引きと探り合い。」と書いてあるのですが、まさにそんな感じで話が進みます。
この過程だけでも十分おもしろいです。

帯には続けて「この結末は石持浅海にしか書けない!」と書いてあるんですが、真相の予想ついちゃいました......
この真相の予想がついたということは、自分も相当変だということですよねぇ......ちょっと落ち込むことにしますか......(笑)。

この作品、エンディングがまたいいんですよね。
ネタバレなので色を変えて伏字にしておきますが
いい? 一人だけ逮捕されて楽になろうなんて、思わないでね。あなたの破滅はここにいる全員の破滅につながるんだから。
なんてセリフが飛び出して来ようとは......
あと、本当のラストの一行、大樹に向かっていうセリフ
みんなが幸せになる方法を考えていたのよ
というのも傑作ですよね。

大満足の一冊でした。


<蛇足>
『「美少女」と「美女の少女時代」は、似て非なるもの--そんな話を聞いたことがある。美少女とは、子犬のような丸っこさを伴うかわいらしさのことだ。だから往々にして、成長すると平凡な顔だちになる。一方美女は、細い分、幼い頃は貧相に見えるらしい。』(32ページ)
これ、本当ですかね?
美少女の定義が違うのかもしれませんが。



タグ:石持浅海
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海妖丸事件 [日本の作家 岡田秀文]


海妖丸事件 (光文社文庫)

海妖丸事件 (光文社文庫)

  • 作者: 岡田 秀文
  • 出版社/メーカー: 光文社
  • 発売日: 2018/02/08
  • メディア: 文庫

<カバー裏あらすじ>
杉山潤之助の上海出張に、新婚旅行へ出向くという旧知の探偵・月輪龍太郎が同道することになった。彼らの乗る豪華客船・海妖丸が出発する直前の横浜港で、船客の政商らに宛てて奇妙な予告状が届く。絢爛な船旅の途上、仮面舞踏会や沙翁(シェークスピア)劇の最中に起こる殺人、そしてまた殺人。息を潜める犯人を見つけ出せるか。本格ミステリの醍醐味を堪能できる、傑作推理小説。


「伊藤博文邸の怪事件」 (光文社文庫)
「黒龍荘の惨劇」 (光文社文庫)(ブログの感想ページへのリンクはこちら
に続く、岡田秀文の月輪龍太郎シリーズ第3作です。

上海行の豪華客船で起こる殺人事件を扱っています。おお、クローズド・サークルですね。
船上の事件というのは、ミステリでは定番で、解説で宇田川拓也が数多くのタイトルを挙げています。
いわく、
アガサ・クリスティー「ナイルに死す」 (ハヤカワ クリスティー文庫)
ジョン・ディクスン・カー「盲目の理髪師」 (創元推理文庫)
C・デイリー・キング「海のオベリスト」 (ヴィンテージ・ミステリ・シリーズ)
ボリス・アクーニン「リヴァイアサン号殺人事件」岩波書店)
ピーター・ラヴゼイ「偽のデュー警部」 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
マックス・アラン・コリンズ「タイタニック号の殺人」 (扶桑社ミステリー)
若竹七海「海神の晩餐」 (光文社文庫)
内田康夫「貴賓室の怪人 「飛鳥」編」 (講談社文庫)
山口芳宏「豪華客船エリス号の大冒険」 (創元推理文庫)
柳広司「パラダイス・ロスト」 (角川文庫)収録の短編「暗号名ケルベロス」
豪華絢爛、と言いたいところですが、海外と日本でだいぶ落差があるような......作例が足りなかったのか、短編まで担ぎ出していますしね(苦笑)
さて、この「海妖丸事件」 (光文社文庫)はギャップを埋める作品となりますかどうか......

結論から言うと、海外の諸作と肩を並べるレベルとは言えません。敢闘賞といったところでしょうか。←なんだよ、お前、偉そうに。
昔ながらのクローズド・サークルものの、きわめてオーソドックスな展開を見せるんですよね。
だから、というわけではないのかもしれませんが、中だるみするんです。
ミステリの趣向としてもぜいたくに殺人予告、密室殺人、宝石盗難事件、衆人環視の中の毒殺、アリバイと盛りだくさんですし、作者も意識しておられるのでしょう、仮面舞踏会や素人劇、さらには月輪夫妻の夫婦喧嘩(!) まで取り入れて工夫を凝らしておられるのですが、なんだか平板な印象になってしまいました。

一方で申し上げたように、ミステリとしての趣向はかなりいろいろと盛り込まれています。
そして、おそらく本作のいちばんのポイントとなる真犯人をめぐるトリックは(解説では「シリーズならではの大胆不敵な大技」と書かれています)、印象的です。
これ、無理なんじゃないかなぁ、と思ったりもしますが(物理的に、という懸念もありますが、同時に犯人の心理的に無理じゃないかなぁ、と)、ミステリとしてはぎりぎり、あり、と思いました。
このトリック、海外のある作品の裏返しなのではないかな、と思ったりもしたのですが......

前作「黒龍荘の惨劇」感想にも書きましたが、登場人物が「内面を欠いたゲームの駒みたいに描かれ」るので、もったいないな、と思えました。
ここを書き込んでいれば、全体の印象もずいぶん違ってくるのでは? と。
そのほうがこのトリックが映えるようにも思います。

ところで、豪華客船である「海妖丸」。「妖」という文字を使うものなのでしょうか?

シリーズはこのあと短編集の「月輪先生の犯罪捜査学教室」 (光文社文庫)が出ているだけで、長編は書かれていないようです。
いろいろケチをつけてしまいましたが、たくらみの多い本格ミステリシリーズとして期待しますので、ぜひまた長編も書いてください。

<蛇足1>
「これも主への供養だと思って一生懸命努めますよ。」(237ページ)
明治時代の人が、一生懸命......
このシリーズは杉山潤之助の手記を現代口語文に訳したもの、という体裁を取っていますので、作者が代えたのだという説明も可能ですが、一生懸命はないですよねぇ......
まさか一生懸命という誤用は明治時代からあったのでしょうか!?

<蛇足2>
「父は~略~、私が高等商業学校の予科に通っている時に亡くなりました。」(271ページ)
いつも迷うのですが、「亡くなる」という表現、身内に使ってよいものでしょうか?
「お亡くなりになる」という敬語表現があるので、「亡くなる」は敬語表現ではなく普通に身内にも使ってよいような気もしますし、一方でなんとなく「亡くなる」自体に敬意入っている気もしますし......




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悲しみのイレーヌ [海外の作家 ら行]


悲しみのイレーヌ (文春文庫 ル 6-3)

悲しみのイレーヌ (文春文庫 ル 6-3)

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2015/10/09
  • メディア: 文庫

<カバー裏あらすじ>
異様な手口で惨殺された二人の女。カミーユ・ヴェルーヴェン警部は部下たちと捜査を開始するが、やがて第二の事件が発生。カミーユは事件の恐るべき共通点を発見する……。『その女アレックス』の著者が放つミステリ賞4冠に輝く衝撃作。あまりに悪意に満ちた犯罪計画――あなたも犯人の悪意から逃れられない。


「その女アレックス」 (文春文庫)が、2014年週刊文春ミステリーベスト10 と「このミステリーがすごい! 2015年版」と本屋大賞翻訳小説部門第1位、2015本格ミステリベスト10第10位とものすごーく話題になっていたころ、そのランクの作品なので購入はしたもののあまり気乗りせず、積読のままにしているうちに他の作品の翻訳が進み、デビュー作であるこの「悲しみのイレーヌ」 (文春文庫)も訳されました。
これまた積読だったのをようやく読みました。
シリーズは「その女アレックス」の次の「傷だらけのカミーユ」 (文春文庫) に加えて、番外編ともいうべき?「わが母なるロージー」 (文春文庫)も今年9月に訳されています。
「その女アレックス」を読むと、「悲しみのイレーヌ」のネタバレになってしまうらしいので、のんびりしていて、「悲しみのイレーヌ」を先に読むことができてよかったかもしれません。

この「悲しみのイレーヌ」 も、「その女アレックス」に続き大好評で、「このミステリーがすごい! 2016年版」第2位、2015年週刊文春ミステリーベスト10 第1位になっています。
また、ミステリ賞4冠に輝くとのことですね。もっともこの4つがなんという賞なのかわかりませんでした。コニャック・ミステリー大賞だけは解説で名前が挙がっているのですが......

これだけ綺羅星のように輝かしい実績を持っている作品なので、ちょっと言うのに躊躇してしまいますが、結論から申し上げると、ぼく、この作品だめです......
なによりラストが受け付けられない......ぼくの限界を超えちゃっています。
シリアル・キラー物や異常心理物を通して、かなり免疫がついてきたとは思うのですが、それでもこの作品はリミットオーバーでした。

ミステリとして見た場合、まず、第一部から第二部への切り替えがポイントになろうかと思うのですが、これ、個人的には不発でした。
で? だから、どうした!? という感じ。

もう一つのポイントは、ミステリのタイトルが次々と出てくるということ。
ハドリー・チェイス「ミス・ブランディッシの蘭」 (創元推理文庫)
ジェイムズ・エルロイ「ブラック・ダリア」 (文春文庫)
ウィリアム・マッキルヴァニー「夜を深く葬れ」 (ハヤカワ・ミステリ)
ブレット・イーストン・エリス「アメリカン・サイコ」〈上〉 〈下〉 (角川文庫)
ジョン・D・マクドナルド「夜の終り」(創元推理文庫)
マイ・シューヴァル&ペール・ヴァールー 「ロセアンナ」 (角川文庫)
こういう趣向は好きです。

ミステリのタイトルといえば、ほかにも
「たとえば、ハーバード・リーバーマンの『死者の都会(まち)』は傑作ですが、まだ古典とは言えません。アガサ・クリスティーの『そして誰もいなくなった』はその逆です。一方『アクロイド殺し』は傑作であり、古典でもあります。」(250ページ)
なんて語られています。
とすると、『そして誰もいなくなった』は古典だけど、傑作ではないのですね......なんかかなりの人間を敵に回しそうな言説ですが......あるいはフランスではこういう評価が定着しているのでしょうか?

ミステリ的には、ラストの見当が割と早い段階でついてしまう、ということは大きな欠点ではないかと思います。
グロテスクなラストの見当がついてしまう。
そういうラストじゃないといいな、なにか仕掛けがあるといいな、と思いながらこわごわ読み進んでいくと、なんの工夫も芸もなく(というとさすがに言い過ぎかもしれませんが、そういう印象を持ちました)想定通りのラストになだれ込んでいって、読者の嫌悪を催す......
嫌いな作品でも、よくできているな、と思えることはありますが、この作品の場合はそう言えません。
筆力があることは、嫌というほど伝わってきましたが。

あと、これは作者の責任ではありませんが、邦題がひどいと思いました。
原題はTravail soigné。Google翻訳で日本語にしてみると「丁寧な仕事」。
もちろん邦題は原題からかけ離れたものにして構わないとは思いますが、「悲しみのイレーヌ」はないだろう、と。
もう次作「その女アレックス」が訳されていて、「悲しみのイレーヌ」 の内容もある程度読者から想定されちゃうのでタイトルなんかどうでもいいとでも思ったのでしょうか?

ということで、これほどの世評の高さと自分の感想との落差にちょっとしょんぼりします。
けれど、こういう作品を楽しめる人間になりたいとも思わないので、感覚の違いと割り切らないといけませんね。
残虐、残酷なものが苦手は方は遠ざけておくのがよい作品かと思います。

ところで、amazon の商品紹介が、上に引用しているカバー裏のあらすじとは違うものなんですが、驚くほどストーリーを割っていて、ネタバレが激しいんですよね。こういうのって、売り上げに悪影響を及ぼすのではないでしょうか?
色を変えて下に引用しておきます。読み終わった後ご覧ください。
『その女アレックス』のヴェルーヴェン警部のデビュー作。 奇怪な連続殺人をめぐる物語がたどりつく驚愕の真相。 若い女性の惨殺死体が発見された。パリ警視庁のヴェルーヴェン警部は、裕福な着道楽の部下ルイらとともに捜査を担当することになった。殺人の手口はきわめて凄惨で、現場には犯人のものと思われる「おれは帰ってきた」という血文字が残されていた。 やがて過去の未解決事件とのつながりが浮かび上がる。手口は異なるものの、残虐な殺人であることは一致していた。これは連続殺人なのだ。そして捜査が進むにつれ、犯人は有名なミステリ作品に登場する惨殺死体を模して殺人を繰り返しているらしいことが判明した。ジェイムズ・エルロイの『ブラック・ダリア』、ブレット・イーストン・エリスの『アメリカン・サイコ』……ほかにも未解決の事件があるのではないか? ヴェルーヴェン警部らは過去の事件のファイルを渉猟し、犯人の痕跡を探る。 しかし警部は知らなかった――犯人の魔の手が、自身の身重の妻イレーヌへと伸びていることを。 強烈なサスペンスとともに語られてゆくサイコ・キラーとの対決。だがそれは第二部に入るや、まったく違った相貌を読者にみせつけることになる! 『その女アレックス』の殺人芸術家ルメートルの衝撃的デビュー作。


<蛇足1>
『つまり頭は切れるのだが、世にいう「ピーターの法則」のとおり、管理職になって能力の限界まで昇進したことで結果的に無能になっただけなのだ。』(131ページ)
恥ずかしながら、「ピーターの法則」知りませんでした。
(1)能力主義の階層社会では人は能力の限界まで出世し、有能なスタッフは無能な管理職になる
(2)時が経つにつれ無能な人はその地位に落ち着き、有能な人は無能な管理職の地位に落ち着く。その結果、各階層は無能な人で埋め尽くされる
(3)ゆえに組織の仕事は、出世余地のある無能レベルに達していない人によって遂行される
怖いっ。

<蛇足2>
「あのな、メフディ、フランス人の半分は作家のなりそこないで、残りの半分は画家のなりそこないなんだ。」(258ページ)
笑ってしまいました......

<蛇足3>
「百二十!」「まさにミステリの珠玉のコレクションで、このジャンルの基礎固めをしたい人間には理想的だが、犯罪捜査の資料としては手に余る。」(261ページ)
この百二十冊のリスト、見てみたいですね!


原題:Travail soigné
作者:Pierre Lemaitre
刊行:2006年
訳者:橘明美


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