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出星前夜 [日本の作家 あ行]


出星前夜 (小学館文庫)

出星前夜 (小学館文庫)

  • 作者: 飯嶋 和一
  • 出版社/メーカー: 小学館
  • 発売日: 2013/02/06
  • メディア: 文庫

<カバー裏あらすじ>
寛永十四年、突如として島原を襲った傷寒禍(伝染病)が一帯の小児らの命を次々に奪い始めた。有家村の庄屋・鬼塚甚右衛門は旧知の医師・外崎恵舟を長崎から呼ぶが、代官所はあろうことかこの医師を追放。これに抗議して少年ら数十名が村外れの教会堂跡に集結した。折しも代官所で火事が発生し、代官所はこれを彼らの仕業と決めつけ討伐に向かうが、逆に少年らの銃撃に遭って九人が死亡、四人が重傷を負う。松倉家入封以来二十年、無抵抗をつらぬいてきた旧キリシタンの土地で起こった、それは初めての武装蜂起だった……。第35回大佛次郎賞受賞の歴史超大作。


はるか以前2005年に感想を書いた「雷電本紀」 (小学館文庫)(ブログの感想ページへのリンクはこちら)の作家飯島和一の作品です。
ミステリではありません。この作品も時代小説です。
「神無き月十番目の夜」 (小学館文庫)
から読みはじめ、
「始祖鳥記」 (小学館文庫)
「雷電本紀」 (小学館文庫)
に続き、読むのは4冊目になります。
「雷電本紀」 のあと、「黄金旅風」〔小学館文庫〕が出ているのですが、買ってはあるものの日本にうっかり置いてきてしまったので、その次の「出星前夜」を今回手に取りました。


カバー裏側の帯に大佛次郎賞の選考委員のコメントが書いてあるのですが、そのうち
「たしかにここに歴史があった」という実感--傑作である。
という井上ひさしのコメントがとてもしっくりする歴史大作です。

扱っているのは、島原の乱。
キリシタンの反旗、キリシタン弾圧の最期の一撃、鎖国の完成への一大里標。
この程度の知識しかありませんでしたので、いや、もうびっくりすることの連続でした。
だいたい、名前からして(呼び名からして、というべきか)明らかなのに、天草四郎が島原出身ではないことにびっくりしているくらいですから、いかに当方がとんちんかんな知識しかなかったは明らかです......
物語の始めのころに、島原の有家(ありえ)で寿安(ジュアン)と呼ばれる若者矢矩鍬之介(やのりしゅうのすけ)が旧教会堂に立て籠もり事件(?) を起こすのですが、こいつが後の天草四郎なのかな、と勘違いするくらい、島原の乱に認識がない状態でした。

そういった愚かな勘違いを、「出星前夜」は、圧倒的な迫力で次々と打ち破ってくれました。
だいたい、島原の乱はキリシタンの反乱という単純な図式で捉えること自体が愚かなことですね。

長崎の医師外崎(とのざき)恵舟、長崎代官末次平左衛門、有家の庄屋鬼塚甚右衛門......印象的な登場人物が次々と出て来ます。
特に、有家の庄屋で、朝鮮出兵にも参加し勇将として知られた鬼塚甚右衛門=鬼塚監物(けんもつ)ですね。
耐えて、耐えて、耐え抜いた末の島原の乱ということが、鬼塚監物のおかげで鮮やかに迫ってきます。
思いどおりにならないことは世の常であり、最善を尽くしても惨憺たる結果を招くこともある。最善を尽くすことと、その結果とはまた別な次元のことである。しかし、最善を尽くさなくては、素晴らしい一日をもたらすことはない。(277ページ)
こういう心持ちの人物を追い込んでしまうほど、島原藩松原家の苛政は民を顧みないものだったわけですね。

印象的、といえば、原城に立て籠もってからの鎮圧部隊のでたらめさ。
圧倒的な兵力でありながら、連戦連敗。次から次への悪手を繰り出して蜂起勢にやられてしまうさまは、残酷ながら、ある意味快哉を叫びたくなるひどさ。
結果的には蜂起勢は鎮圧されてしまうことを歴史的事実として知っているので、こういったシーンに余計反応してしまうのかもしれません。
散りゆくものたちの覚悟、哀しみがあふれた戦いであったように感じました。

読了して考えてしまったのが、タイトル、出星前夜。
ミステリではないので、ネタバレを気にする必要はないのかもしれませんが、ラストを明かしてしまうので気になる方はこの後は読まないようにお願いします。

ここでいう星とはなんだろう?
いろいろあって原城にはいかず、長崎にいた寿安が、医家として逃禅堂(とうぜんどう)北山友松(ゆうまつ)と名乗って大坂で開業したというエピソードが最後の最後にあります。
長い本書の最後は以下です。
 病児を抱える親たちが、とある星を「寿安星」と呼び、その星に快癒を願う姿が見られるようになったのは、北山寿安が世を去って間もなくのことだった。  その星は、北斗七星の杓(ひしゃく)の柄の二番目に当たる開陽星脇に、小さく見える星だった。それまでは、正月に寿命占いとして使われていたところから寿命星と呼ばれていた。「寿安星」と呼び名が代えられたその小星に祈れば、児の病は必ず治ると信じられ、その星に救いを求める親たちの姿がいつまでも絶えなかった。

とすると、ここでいう星は、寿安、ですね。
タイトルは出星前夜ですから、島原の乱などは、寿安星が世に出る前の物語ということになり、主客どちらかなど、なかなか考えさせるものがありますね。



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