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沸点桜 ボイルドフラワー [日本の作家 か行]


沸点桜(ボイルドフラワー)

沸点桜(ボイルドフラワー)

  • 作者: 真理, 北原
  • 出版社/メーカー: 光文社
  • 発売日: 2018/02/15
  • メディア: 単行本

<帯あらすじ>
私たちは負けない。永遠に。
新宿歌舞伎町でセキュリティをするコウは、生きるためなら手段を選ばないしたたかな女。元情夫のシンプの指示で、風俗店〈天使と薔薇〉から逃亡した淫乱で狡猾な美少女ユコを連れ戻しに成城の豪邸へと向かう。そこには敵対する角筈の殺し屋たちが待っていた。窮地を躱したコウはユコを連れ、幼いころに暮らした海辺の団地に潜伏する。束の間の平穏、団地の住民たちとの交流、闇の世界から抜け出し、別人に生まれ変わった危ない女とやっかいな女の奇妙な共同生活。幼いころから虐待され、悲惨な人生を歩んできた二人に、安息の日々は続くのか――。


2021年9月に読んだ9冊目の本で、単行本で読みました。
第21回日本ミステリー文学大賞新人賞受賞作。

もう既に文庫化されています。

ボイルドフラワー: 沸点桜 (光文社文庫)

ボイルドフラワー: 沸点桜 (光文社文庫)

  • 作者: 真理, 北原
  • 出版社/メーカー: 光文社
  • 発売日: 2020/03/12
  • メディア: 文庫


こうしてみると、文庫化にあたって、漢字とカタカナのタイトルを逆転させて、小幅ながら改題したのですね。

帯に
「抗え。生きろ。それが運命ならば。
 女たちのデュエル」
と書いてありまして、デュエル? と思いました。
対戦とか決闘とかいう意味ですね。
映画「最後の決闘裁判」(感想ページはこちら)の原題が「The Last Duel」でしたね、そういえば。

正直ミステリーとしてそれほど優れているとは思いませんでした。
それどころか、さらに失礼を顧みずいうと、小説としても決してうまくはないな、と。文章も変なところが多いです。
なんですが、最後まで、作者の力に引きずられるようにして読みました。腕力というのでしょうか。

いろんな要素をごちゃごちゃと盛り込みすぎですし、プロットもストーリーもきちんと整理できていないようなとっちらかりぶりです。
いかにもなヤクザな世界に、いかにもなヤクザな登場人物たち。
開巻早々ポンと殺人現場に巻き込まれて、あれよあれよの逃避行。ちょっといびつな形のバディ物としての逃避行です。
あまり好きなタイプの作品ではないし、かなりぎくしゃくしているのですが、なんだかわからない力を感じました。

どんどん作品を積み重ねていけば、こなれていくのでしょうか? あるいは力を失ってしまうのでしょうか?


<蛇足1>
待った。待った。待ちわびた。
だが、案ずるよりも生むが易し。父は来なかった。(7ページ)
ここの「案ずるよりも生むが易し」の使い方が理解できません。どういう意味なんでしょうか?

<蛇足2>
「〈天使と薔薇〉。ゴチック趣味の看板が光っている。」(9ページ)
作者がおいくつのかたか存じ上げませんが、未だ「ゴチック」という人がいるんですね。

<蛇足3>
「さらさらと庭木の葉ががなり、」(15ページ)
「さらさら」と「がなる」というのがどうしても一致しません。
ぼくとは違った言語感覚を持った作者のようです。
「一三〇〇ccの車体に似合わない排気量のエンジンが立ち上がる。」(46ページ)
エンジンが「立ち上がる」という表現もあまり見ませんね。

<蛇足4>
「防波堤沿いに積み上げられたテトラポッドの端から、海面をのぞき込んだときだった」(125ページ)
テトラポッというのは登録商標で一般名称は消波ブロックだと聞いたことがあります。
aikoさんのおかげで、今ではテトラポッの方が流布しているかもしれませんね。

<蛇足5>
 トリガーを引いた。
 第二関節の腹が、固まったトリガーに喰い込んだ。ジャミングだ。こんな馬鹿な。見えていれば、わかることだった。指先で遊底をなぞると、スライドが前に出ていない。思わず笑ってしまった。こんなこすいことは十三年ぶりだ。(211ページ)
ここの「こすい」もまったく意味が分かりません。

<蛇足6>
「神経症のように何度もばらしては、鋼の獲物を組みなおした。」(295ページ)
ここは「獲物」ではなく「得物」でしょうね......

<蛇足7>
「この二十数年、毎日、常同行動のように繰り返した格闘技の鍛錬も、今日で最後だ。」(295ページ)
常同行動がわからず、調べました。
「まるで行動の時刻表があるかのように決まった時刻に同じようなことをすること」のようです。
とすると、常同行動のようにというのは変ですね。常同行動そのものなのですから。

<蛇足8>
タイトルのボイルドフラワー、沸点桜、となっていますが、boiled flower だと茹で上がった花、ですね。沸点というニュアンスはまったくないような。
それに、桜は、フラワーではなく、ブラッサム blossom ですね。



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深泥丘奇談・続 [日本の作家 あ行]


深泥丘奇談・続 (幽ブックス)

深泥丘奇談・続 (幽ブックス)

  • 作者: 綾辻 行人
  • 出版社/メーカー: メディアファクトリー
  • 発売日: 2011/03/18
  • メディア: 単行本



単行本で読みました。
今となっては、角川文庫から出ています。末尾に書影を掲げておきます。

『幽』編集長の東雅夫さんが、帯に紹介文を書かれています。
長いですが、引用しちゃいます。

誰もいない閑寂な境内で、社殿の鈴が鳴り響く不思議を追う「鈴」、
カニやエビといった甲殻類に対する苦手意識が、刻々と真正の恐怖へ高まってゆく「コネコメガニ」、
同窓会の酒席で語り手が直面する薄気味悪い事態を描いて、あの名作『Another』を彷彿せしめる珠玉の都市伝説風ホラー「狂い桜」、
世にも奇妙な外科手術の顛末を軽妙に描いてアッと云わせるナンセンス・ストーリー「心の闇」、
熱烈なホラー映画マニアとして知られる著者の本領が前回の「ホはホラー映画のホ」、
地蔵盆の郷愁に満ちた光景が、いつしか土俗的怪異の幻景に変貌を遂げてゆく「深泥丘三地蔵」、
誰もが一読呆然とするに違いない、集中髄一の怪作「ソウ」、
クトゥルー神話的なるものとの聯関をいよいよ予感させる異色の猟奇譚「切断」、
人ならざる幽霊に翻弄される「夜蠢(うごめ)く」、
奇絶怪絶のラストシーンに圧倒される「ラジオ塔」
……記憶の深みへ、地霊の奥処へ、読む者を妖しく誘う連作集、変幻自在の第二弾!


架空の京都の町、深泥丘(みどろがおか)を主要な舞台としたホラー?連作中。
前作「深泥丘奇談」 (角川文庫)を読んだ時も、ホラーというのかなんというのか、実に奇妙な手触りの作品で、どう解釈していいものやら悩んだのですが、その傾向はこの「深泥丘奇談・続」 (角川文庫)も同じ。
ホラーではあっても、緊張感高まる、ハイテンションのホラー、来るぞ来るぞ、出るぞ出るぞと脅してくるホラーではなく、肩の力を抜いたホラー?

だいたい舞台となる深泥丘からして変ですよね。
実在の地名、深泥池(みどろがいけ)からアイデアを拝借した知名なわけですが、池や沼だからこその深泥であって、深泥が丘になるって、どういうこと!?
まさに、帯にある通りで、「この京都、面妖につき」です。

さらなる続刊もあるんですよね。
きっと読みます。(というか買ってあります)

<蛇足>
「近隣の大阪や滋賀も含め、こちらの地方ではごく一般的な行事として慣れ親しまれている地蔵盆だが、これが他の地方に広まることはなかったらしい。今でもだから、たとえば東京の人間に『地蔵盆』と云ってみても、往々にして『何ですか、それ』と問い返されたりするのである。」(135ページ)
今まで気づいていませんでしたが、そういえば、地蔵盆って東京では見ないですね......


角川文庫の書影です。

深泥丘奇談・続 (角川文庫)

深泥丘奇談・続 (角川文庫)

  • 作者: 綾辻 行人
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA/角川書店
  • 発売日: 2014/09/25
  • メディア: 文庫


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名探偵コナン (2) [コミック 青山剛昌]


名探偵コナン (2) (少年サンデーコミックス)

名探偵コナン (2) (少年サンデーコミックス)

  • 作者: 青山 剛昌
  • 出版社/メーカー: 小学館
  • 発売日: 1994/07/18
  • メディア: コミック

<カバー裏あらすじ>
GF・毛利蘭の父・小五郎の探偵事務所に居候しながら、謎の組織の行方を追うコナン。
世間の目を欺くために、小学校に通いつつ、迷探偵・毛利小五郎を陰で支える小さな迷探偵・コナンの推理が冴える


「名探偵コナン (1)」(少年サンデーコミックス)(感想ページはこちら)を読んでからずいぶん経ちましたが、ようやく第2巻を。

FILE.1 割のいい尾行
FILE.2 完璧なアリバイ
FILE.3 写真は語る
FILE.4 行方不明の男
FILE.5 かわいそうな少女
FILE.6 大男を追え!
FILE.7 悪魔のような女
FILE.8 恐怖の館
FILE.9 消える子供達
FILE.10 地下室の悪夢
の10話収録。
FILE1~3、FILE4~7、FILE8~10でそれぞれ1つの事件を扱っています。

今回も、正直いずれの事件もミステリとしてみたら他愛もないものが多く、ミステリのネタを使って遊んでいる印象です。
FILE1~3のアリバイトリックなんて子供だまし(この表現、子供に失礼ですね)で出てきた瞬間にばれそう。警察だってこれに騙されるほど馬鹿ではないでしょうし。
FILE4~7の犯人は、おそらくほとんどの読者が出てきた瞬間にこいつが犯人だと思ったことでしょう。
FILE8~10は設定自体に無理があります。
この段階では、ミステリとしての高みよりはむしろ少年向けとしてのアレンジの方向に力点があったのでしょうか?
阿笠博士がコナンのために作ってやる小道具群が楽しくて、ちょっと007っぽく(映画の)おもしろいので、この点はずっと続けてほしいな、と思います。

裏表紙側のカバー見返しにある青山剛昌の名探偵図鑑、この2巻は明智小五郎です。




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映画:ナイトメア・アリー [映画]

ナイトメア・アリー (2021).jpg


映画の感想を続けて、今日は「ナイトメア・アリー」です。

シネマトゥデイから引用します。

---- 見どころ ----
ウィリアム・リンゼイ・グレシャムの「ナイトメア・アリー 悪夢小路」を原作に描くサスペンス。ショービジネスの世界で成功した野心家の青年の運命が、ある心理学者との出会いによって狂い始める。メガホンを取るのは『シェイプ・オブ・ウォーター』などのギレルモ・デル・トロ。『アメリカン・スナイパー』などのブラッドリー・クーパー、『ブルージャスミン』などのケイト・ブランシェットをはじめ、トニ・コレット、ウィレム・デフォー、リチャード・ジェンキンス、ルーニー・マーラが出演する。

---- あらすじ ----
1939年、カーニバルのショーを観終わったスタントン(ブラッドリー・クーパー)は、マネージャーのクレム(ウィレム・デフォー)に声をかけられる。そこで出会った読心術師のジーナ(トニ・コレット)に気に入られたスタントンは、彼女の仕事を手伝い、そのテクニックを身につけていく。人気者となった彼は一座を離れて活動を始めるが、ある日精神科医を名乗る女性(ケイト・ブランシェット)と出会う。


原作はウィリアム・リンゼイ・グレシャムの「ナイトメア・アリー 悪夢小路」 (扶桑社ミステリー文庫)で映画を観る前にあわてて(笑)読みましたが、感想はいずれ(いつになることやら)。

150分と映画としてはまあまあの長さなのですが、原作のエピソードを大きく絞っています。
かなり刈り込んでいるので、物語の起伏が原作比小さくなりました。
サーカス小屋(厳密にはサーカスではないのでしょうが、イメージは物語の中のサーカスです)を出発点に猥雑な雰囲気は残っていますが、ノワール色は薄れてしまっている感じです。

主人公スタントンの成功と挫折(転落)を描くのですが、成功の高みはあまり感じ取れません。
共に成功の階段を駆け上がるモリ―との仲も、原作では大きなポイントですがあっさりしています。
主人公スタントンに絡むもう一人の女性、精神科医リリスの方はそれなりに描かれ、さすがケイト・ブランシェットというべきか、原作よりも強烈な印象を残してくれましたが、そのせいか、スタントンの自業自得という面、自ら堕ちていったという面よりも、なんだか巻き込まれた感が前に出てきてしまったようにも思います。

とこれは原作を読んで比較するからの話で、映画は映画で面白かったんですよ。
ストーリーを絞ったのでラストシーンへ向けてすごくわかりやすく構成されていて、原作を読んでいてオチを知っているのに、あぁとため息が出てしまいました。
観てよかったです。


製作年:2021年
製作国:アメリカ
原 題:NIGHTMARE ALLEY
監 督:ギレルモ・デル・トロ
時 間:150分






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映画:アンチャーテッド [映画]

アンチャーテッド (2022).jpg


映画の感想です。
「スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム」(感想ページはこちら)を観たついでに(?) 、同じくトム・ホランド主演のこの映画を。

シネマトゥデイから引用します。

---- 見どころ ----
ゲームシリーズ「アンチャーテッド」を原作にしたアクションアドベンチャー。トレジャーハンターからスカウトされた青年が、50億ドル相当の財宝を探し求める。メガホンを取るのは『ゾンビランド』シリーズなどのルーベン・フライシャー。『スパイダーマン』シリーズなどのトム・ホランド、『マイル22』などのマーク・ウォールバーグ、『ペイン・アンド・グローリー』などのアントニオ・バンデラスのほか、ソフィア・アリ、タティ・ガブリエルらが出演する。

あらすじは映画のHPから引用します。
ネイサン・ドレイク(通称:ネイト)は海洋冒険家フランシス・ドレイクの末裔だが、 幼い頃、唯一の肉親である兄のサムと生き別れ、今はNYでバーテンダーとして働いている。
ボトルを扱うその器用な手さばき、そして類まれなるスリの能力を見込まれ、 トレジャーハンターのサリーから50億ドルの財宝を一緒に探さないかとスカウトされる。
信用の置けないサリーだが、消息を絶ったサムの事を知っていたことから、 ネイトはトレジャーハンターになることを決意する。
早速、ネイトとサリーはオークションに出品されるゴールドの十字架を手に入れる為、会場に。
この十字架は財宝に辿り着く為の重要な“鍵”で、モンカーダ率いる組織も狙っていた。
オークション会場での争奪戦の末、なんとか十字架を手に入れたネイトとサリーは、 500年前に消えたとされる幻の海賊船に誰よりも早く辿り着く。
しかしその海賊船ごと吊り上げられてしまうが―― アメリカ、ヨーロッパ、アジア、世界中を駆け巡り、 果たして二人は50億ドルの財宝を手に入れることができるのか?
そしてネイトは兄サムと再会できるのか?トレジャーハンターとしての冒険が始まる。



この種の宝探しゲーム的なストーリーの映画は、定期的にハリウッドで作られていますね。
過去何作も観ました。
いずれも、まあよくある映画になっていて、取り立てて優れているということはないようなものですが、なんとなく好きでよく観ています(笑)。
あくまでも肩の凝らない娯楽作を目指して作ってあれば、そこそこちゃんと楽しめます。
本作も、そういう伝統(?) にしっかり沿っていました。

主人公をトム・ホランド演じる若者に設定し、そのまわりに、相棒となる怪しげな兄さん格のマーク・ウォールバーグ、敵役としておじさん格のアントニオ・バンデラス、そしてそして惑わす美女を配して鉄壁の布陣です。
冒険活劇として、戦うシーンがさまざまに仕込まれています。
着飾ったオークション会場もあれば、地下迷路のような場所が都市の下に用意されていたり。
そして特徴的だなと思ったのが、空中戦。
輸送機での戦闘もあれば、見つけた海賊船ごと宙づりにされてのファイトまで。
しっかりと楽しめる娯楽作になっていました。おもしろかったです。


製作年:2022年
製作国:アメリカ
原 題:UNCHARTED
監 督:ルーベン・フライシャー
時 間:116分





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江戸萬古の瑞雲 [日本の作家 な行]


江戸萬古の瑞雲 多田文治郎推理帖 (幻冬舎文庫)

江戸萬古の瑞雲 多田文治郎推理帖 (幻冬舎文庫)

  • 作者: 鳴神 響一
  • 出版社/メーカー: 幻冬舎
  • 発売日: 2018/12/06
  • メディア: 文庫

<裏表紙あらすじ>
祝儀能殺人事件を解決した労を称えられ、稲生下野守から茶会に誘われた多田文治郎。世に名高い陶芸家・沼波弄山が主催する茶会は趣向を凝らした宴席へと続いたが、山場となった江戸では珍しい「普茶料理」の最中、厠に立った客が何者かに殺される。犯人は列席者の中に? 手口は? 文治郎の名推理が始まった。人気の時代ミステリ、待望の第三弾!


「猿島六人殺し 多田文治郎推理帖」 (幻冬舎文庫)(感想ページはこちら
「能舞台の赤光 多田文治郎推理帖」 (幻冬舎文庫)(感想ページはこちら
に続くシリーズ第三作です。

今回も限られて容疑者の中で展開する本格ミステリになっており、楽しめます。
これまでの三作の中ではいちばんおとなしい謎ですが、細かな犯行の段取りが合理的にできていて納得感アップです。

知らなかったのですが、沼波弄山という陶芸家は実在の人物なのですね。
このことを知っていれば、新井白石も出てきますし、虚実入り混じった作者の技巧をもっと強く楽しめたのかもしれません。
ラストの処理でもわかりますが、シリーズ登場人物たちの関係性もこなれて来て、あうんの呼吸で事態を捌いてみせます。

シリーズの今後に期待、なのですが、現在のところ続刊は出ていないようです。
シリーズをたくさん抱えておられる鳴神響一なので、ご多忙なのだと思いますが、時代物に大胆な謎解きを盛り込んだこのシリーズも、ぜひぜひ続けていただきたいです。


<蛇足1>
「あたしが一所懸命おつとめに励んでいるのは、先生に喜んでほしいからなのに」(137ページ)
今となっては少数派と思われる由緒正しい日本語「一所懸命」が使われていますね。
うれしい限りです。

<蛇足2>
「なるほど、重縁か。金持ち同士は円がつながるものなのだな。」(145ページ)
「重縁」という語を知りませんでした。
親戚/婚姻の関係にある家と重ねて婚姻・縁組を行うことをいうのですね。

<蛇足3>
『「貧の盗みに恋の歌……」
 文治郎は考えに行き詰ったときに口にする言葉をつぶやいた。
 貧しさに耐えられなくなれば盗癖のない者も盗みを働くし、恋に迷えば歌心のない者も歌を詠む。追い詰められればどんなことでもする、人という生き物の悲しい性をよくあらわしたことわざである。』(189ページ)
なるほどねー。
ただ、盗みと恋の歌の並列具合にちょっと違和感のあることわざですね。





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珈琲店タレーランの事件簿 5 この鴛鴦茶がおいしくなりますように [日本の作家 岡崎琢磨]



<カバー裏あらすじ>
アオヤマが理想のコーヒーを探し求めるきっかけとなった女性・眞子。11年ぶりに偶然の再会を果たした初恋の彼女は、なにか悩みを抱えているようだった。後ろめたさを覚えながらも、アオヤマは眞子とともに珈琲店《タレーラン》を訪れ、女性バリスタ・切間美星に引き合わせるが……。眞子に隠された秘密を解く鍵は――源氏物語。王朝物語ゆかりの地を舞台に、美星の推理が冴えわたる!


2021年9月に読んだ6冊目の本です。

「珈琲店タレーランの事件簿 また会えたなら、あなたの淹れた珈琲を」 (宝島社文庫)(感想ページはこちら
「珈琲店タレーランの事件簿 2 彼女はカフェオレの夢を見る」 (宝島社文庫)(感想ページはこちら
「珈琲店タレーランの事件簿 3 ~心を乱すブレンドは」 (宝島社文庫)(感想ページはこちら
「珈琲店タレーランの事件簿 4 ブレイクは五種類のフレーバーで」 (宝島社文庫)(感想ページはこちら
に続くタレーラン5冊目。

タイトルになっている鴛鴦茶(えんおうちゃ)とは「コーヒーと紅茶を混ぜ、無糖練乳と砂糖を加えて作る香港のお茶」らしいです。帯から引用しました。
うーん、これだけだと、あまりおいしそうじゃない......

章という構成なので長編の体裁ですが、ゆるやかにつながって長編をなす連作短編集という感じでしょうか。

冒頭
「良いコーヒーとは、悪魔のように黒く、地獄のように熱く、天使のように純粋で、そして恋のように甘い」(12ページ)
という、タレーランの残した格言?が出てきます。
言ったのは、アオヤマの初恋の相手眞子、言われたのは中学生のアオヤマ。
この初恋の相手と再会し、まつわる謎を解いていきます。
こういう存在を美星に会わせるという流れになるのですが、なかなか難しいシチュエーションですね。

美星の謎解きの切れ味はいつも通り鋭いわけですが、美星はどちらかといえば「勘ぐる」ことで謎を解くタイプだと思っているので、恋敵?をめぐる謎はうってつけなのかもしれませんね。
ただ、このシチュエーションだからか、最後は落ち着くところに落ち着くのに、どことなく歯切れが悪いというか。
眞子の行く末と、アオヤマと美星の仲が進展したように思えることとの対比が気になってしまったからかもしれません。

シリーズは快調に続いていて、今年第7弾が出たんですよね。
当然買ってあります。読みます!


<蛇足1>
出町柳駅の説明で
「地下は京阪電鉄の、地上は叡山電鉄のそれぞれターミナルにあたる交通の要所だが」(55ページ)
とあります。
なるほどねー。確かにターミナル駅ではありますね。
ただ、個人的イメージとして交通の要所といった感じはまったくしないのですが......

<蛇足2>
「京都御苑の近くに蘆山寺というお寺があって、そこは紫式部の邸宅址なのよ。」(58ページ)
ここを読んで京都御苑かぁ、と思いました。あまりあの場所を京都御苑と呼んだことはないなぁ、という感慨。あの一帯は「御所」と呼んでいました。

<蛇足3>
「ひと月くらいかけて、世界中を回ったな。各国の評判のいいコーヒーショップを探して、二人で足を運ぶんだ。」(129ページ)
婚前旅行と称した旅の説明ですが、贅沢な旅ですね。うらやましい。
でも、こういう感じの旅作りだと、ひと月では到底世界など回れないと思いますね......



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奇商クラブ [海外の作家 た行]


奇商クラブ【新訳版】 (創元推理文庫)

奇商クラブ【新訳版】 (創元推理文庫)

  • 作者: G.K.チェスタトン
  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2018/11/30
  • メディア: 文庫

<カバー裏あらすじ>
巨大な蜂の巣のようなロンドンの街路の中で「奇商クラブ」は扉を開かれる時を待っている――この風変わりな秘密結社は、前例のない独創的な商いによって活計を立てていることが入会の条件となる。突然の狂気によって公職を退いた元法曹家のバジル・グラントが遭遇する、「奇商クラブ」に関する不可思議な謎。巨匠が「ブラウン神父」シリーズに先駆けて物した奇譚六篇を新訳で贈る。


チェスタトンの感想を書くのは、「木曜日だった男 一つの悪夢」 (光文社古典新訳文庫)(感想ページはこちら)以来ですね。
本書も南條竹則さんによる新訳です。

旧訳で昔読んでいますが、楽しめなかった記憶。
今回はちゃんと楽しめました。新訳さまさまです。

「ブラウン少佐の途轍もない冒険」
「赫々たる名声の傷ましき失墜」
「牧師さんがやって来た恐るべき理由」
「家宅周旋人の突飛な投資」
「チャド教授の目を惹く行動」
「老婦人の風変わりな幽棲」
の6編収録の短編集。
”奇商クラブ” という「何か新しくて変わった金儲けの方法を発明した人間だけからなる結社」にふさわしい、新奇な職業を集めています。

”奇商クラブ” の参加資格?は
自分が生計を立てる方法を見つけていなければならない
です。
そして
第一に、それは既存の商売の単なる応用とか変種とかであってはいけない
第二に、その商売は純然たる商業的収入源、それを発明した人間の生計の資でなければならない。

この視点で見ると、たとえば「家宅周旋人の突飛な投資」など ”奇商クラブ” たる資格を満たしていないんじゃないかと思われますし、「チャド教授の目を惹く行動」は職業ではないですし、さすがのチェスタトンもこの趣向を満たすアイデアをそんなにたくさんは思いつけなかったのでしょうね。

それでも「ブラウン少佐の途轍もない冒険」あたりはニーズはそんなになさそうな気もするけれど、楽しい職業のように思いましたし、「赫々たる名声の傷ましき失墜」や「牧師さんがやって来た恐るべき理由」あたりは実際に職業として成立しそうな気がします(笑)。
そして最後の「老婦人の風変わりな幽棲」では、いかにもチェスタトンらしいというか、いや逆にストレートすぎるというべきか、奇商クラブの内幕を垣間見せてくれます。

チェスタトンも近年南條竹則さんにより新訳がわりと出ていて重畳ですね。
読み進んでいきたいです。
(そういえば、ちくま文庫のブラウン神父の新訳も読んだのに感想を書いていませんね......ただ続巻が途絶えているので気になっています。残りも新訳してほしいです。)


<蛇足1>
「彼が黒体文字の二折り判本の山のうしろにしまっている贅沢なバーガンディーをいっぱいやっていた。」(17ページ)
バーガンディーとあるのは新訳ならではだと思いますが、未だブルゴーニュの方が一般的ではないでしょうか?

<蛇足2>
「我々四人はたちまち拱道(きょうどう)の下で身をすくめ、硬くなったが」(37ページ)
拱道の意味がわからず調べました。
アーチ道と出ます。??
アーチ型の門、アーチのある通路という説明もありました。なるほど。

<蛇足3>
「とくに力強い、奇警なものだと思いますよ。」(47ページ)
今度は ”奇警” がわかりません。文脈から見当はつくのですが、「思いもよらない奇抜なこと。」ということのようですね。

<蛇足4>
「こうした習慣への干渉に痛烈な抗義を加えていた。」(164ページ)
抗義とありますが、これは抗議の誤植でしょうか?





原題:The Club of Queer Trades
著者:G. K. Chesterton
刊行:1905年
訳者:南條竹則






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君の隣に [日本の作家 本多孝好]


君の隣に (講談社文庫)

君の隣に (講談社文庫)

  • 作者: 本多 孝好
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2018/09/14
  • メディア: 文庫

<カバー裏あらすじ>
孤独な少女・翼と、風俗店「ピーチドロップス」のオーナーで大学生の早瀬。二人をつなぐ“大切な人”が姿を消して以来、同業の女の子が行方不明になる事件が界隈で相次ぐ。常連客、担任教師、元警察官――寂しさを抱えた人々が交錯する場所にかけられた、残酷な魔法とは。切ない余韻が迫る、傑作ミステリー。


2021年9月に読んだ4冊目の本です。

この文庫本の表紙の絵がとてもいいですね。
丹地陽子という方が描かれたようですが、僕が本多孝好の本を読んで抱くイメージに非常に近いです。
Amazon から引っ張ってきている上の書影ではあまりよくわからないかもしれませんが、おそらく車の中から外を見て切り取った、という感じの絵になっていまして、おそらく車の窓に反射した明かりが映っています。
このワン・クッションを置いた感じは、常に本多孝好の作品から受ける印象です。
そしてこの手触りが非常にいい。色合いもまた似つかわしい。
他の作品の絵もこの方に書いてみてもらいたいです。

あと一つ、この絵で惹かれたのは、小さく薄く書かれているのでわかりにくいのですが、
Takayoshi Honda
The place I belong
と書かれていること。
タイトル「君の隣に」を英訳すると、The place I belong (ぼくの居場所、直訳すると私の属する場所)になるんですね。ちょっと意訳が入っていて素敵です。

このタイトルは、物語の最後も最後、389ページ以降に出てくるやりとりから来ていますね。
「これからどうするんです?」
「これから、どうするか、か」「僕はしかるべき場所に帰るよ」
「しかるべき場所?」
「うん。最後にはその場所に帰っている。不思議なくらいに。そういう場所が誰にでもあるんだと思う」(389ページ)

残念なのは、レーベルである講談社文庫が本多孝好に与えたカラーが赤ということ......
このカバー絵のように寒色系が似合うと思うのですが。

さて、物語は、風俗店(デリヘル)を舞台に進んでいきます。
章ごとに視点人物が変わっていく、という構成をとっていまして、話のつながりがわからないので最初の数話は手探りです。
そのうちおぼろげにつながりが予想できるようになり、次第次第に作者の用意した絵が見えてくる......

舞台が舞台ですし、扱われているのがシリアル・キラーですから、非常に酷いことが起こります。
残酷といってもよい。

「夏の夜、喉の渇きを覚えてベッドから起き上がり、キッチンへ向かう。明かりをつけたとき、不意に壁に張りついていたゴキブリと目が合う。それと同じだ。殺したくなんてない。出会わずに済むなら、それが一番良かった。が、出会ってしまった。だとすれば、殺すしかない。一度殺せば、あんただって探すだろう? 二匹目、三匹目がそこにいないか。戸棚の陰、冷蔵庫の裏、机の下。探すだろう? 探して見つけたら、やっぱり殺すだろう?」(278ページ)
こんな恐ろしい独白がさらっと出てきたりもします。
でも、そこは本多孝好の魔術というか、そういう残酷な境遇の人に寄り添う柔らかな視線に乗せられて、絵を見つめることになります。

本多孝好の最良作と比べると、ちょっと人と人とのつながり具合が、ぎくしゃくしているところもあるのですが、この絵を観ることができてよかったな、と思えました。



タグ:本多孝好
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赤い収穫 [海外の作家 は行]


赤い収穫 (ハヤカワ・ミステリ文庫 ハ 6-2)

赤い収穫 (ハヤカワ・ミステリ文庫 ハ 6-2)

  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 1989/09/01
  • メディア: 文庫

<カバー裏あらすじ>
私、コンチネンタル・オプがこの鉱山町に来たのは、町の改革を目指す新聞社の社長の依頼によるものだった。だが、その依頼人は路上で何者かに射殺されてしまった。その犯人探しの途中、私は町の最高実力者である彼の父親から新たに依頼を受けた。ドブネズミどもを残らず追い出してくれという。私は町の実力者たちを対立させ、血の抗争の末の共倒れを画策する。荒々しい暴力と犯罪の世界を描く記念碑的名作。新訳決定版


言わずと知れたハードボイルドの古典。
丸善150周年記念復刊ということで購入しましたが、しばらく積読にしていました。
その後今では創元推理文庫からも田口俊樹さんの新訳「血の収穫」【新訳版】 (創元推理文庫)が出ていますが、その前の旧訳版で読んだことがあります。

ハードボイルドもついつい普通の謎解きミステリと同じ読み方をしてしまうので、ハードボイルド読みとしては甚だ未熟である点はご承知おき願いたいのですが、以前読んだ時はちっとも楽しめなかったような記憶です。
しかしこの新訳は違いました。
いろいろと読んできてハードボイルド読者として少しは成長した結果ならうれしいのですが。

「パースンヴィル」俗称 “ポイズンヴィル” にやってきたオプが町の悪を一掃するという物語なのですが、
「さてこれからは、こっちのお楽しみの時間です。お遊びのカネも、あなたがくれた一万ドルがあります。ポイズンヴィルの町を、のど首から足首まですっぽり切り裂くために使うつもりです。」(97ページ)
とオプがかなり早い段階で自らの意向を町の”帝王” (と読者)に明らかにしている点に驚きます。
同じようなことを他でも言ってしますし、
「ポイズンヴィルは穫り入れの時期を待って熟れきっている。わたし好みの仕事だし、よろこんでやるつもりさ」(102ページ)
というあたりは、タイトルの由来でもありますね。
終盤近く、16人死んだところで、
「これまでにも、必要とあれば都合のいいときに、人殺しのひとつやふたつはおぜん立てしてきた。だが、熱病にとりつかれたのはこれが初めてだ。みんな、この町のせいだ。」(227ページ)
と言ったりもしています。
続けて
「殺し合いに馴れっこになると、落ちつくさきは二つに一つだ。胸くそが悪くなるか、好きになってしまうか」(227ページ)
そしてさらには
「しかし、連中を抹殺してしまうほうが、手としてはずっとたやすい。たやすいし、確実だ。そのほうが納得がゆくと、いまは自分でもそう感じている。」「このいまいましい町のせいだ。毒の町(ポイズンヴィル)とはよくいったもんだ。おれはその毒を盛られちまった」(230ページ)
と流れていきます。

そして忘れてはならないのが女の存在。
「あんたは、ボーイフレンドたちを殺人に駆りたてる天与の資質をもってるようだ。」(234ページ)
とオプが評するダイナこそ、もう一人の中心人物ですね。

この毒と女にやられたオプの物語を、オプの一人称で綴っていきます。
冒頭に申し上げた通り、ハードボイルドも普通の謎解きミステリと同じ読み方をしてしまうからかもしれませんが、この皆殺しに近い物語でも、きちんと謎があり、最後に解き明かされます。素晴らしい。

以前旧訳で読んだ際は、相次ぐ殺人(というか殺戮?)に気をとられ、盛大に読み飛ばしてしまったのでしょう。
この記念碑的名作を、新訳できっちり楽しめて本当に良かったです。


<蛇足1>
「とっととフリスコへ帰りな」(103ページ)
オプが言われるセリフです。
文脈から簡単にわかることではありますが、”フリスコ” がサンフランシスコの俗称だというのはどの程度日本で広まっているのでしょう?

<蛇足2>
「こんろでワッフルとハムとコーヒーをこしらえるのに、三十分ほど費やした。」(136ページ)
オプがワッフルを食べている! 
時代的には、オプが作っている!ということに感嘆すべきなのかもしれませんが。

<蛇足3>
「彼女はうまい料理人ではなかったが、おたがいにそんなふりをして食べた。」(197ページ)
ぼくが学んだ高校の英語教師だと和訳でバツをつけるところですね(苦笑)。
"cook" という語が職業がコック(料理人)ではない人を評する場合には、日本語としては、"料理人"ではなく単に"料理をする人"と解すべきで、「料理はうまくなかった」と訳さないといけないというのがその先生の主張でした。

<蛇足4>
「私は相手の顎に一発お見舞いした。百九十ポンドの重みをかけた。」(257ページ)
190ポンドというと86キロくらいです。
オプはもっと大きいと思っていました。



原題:Red Harvest
作者:Dashiell Hammett
刊行:1929年
訳者:小鷹信光


赤い収穫 (ハヤカワ・ミステリ文庫 ハ 6-2)



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