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シャーロック・ホームズの生還 [海外の作家 コナン・ドイル]


シャーロック・ホームズの生還 新訳シャーロック・ホームズ全集 (光文社文庫)

シャーロック・ホームズの生還 新訳シャーロック・ホームズ全集 (光文社文庫)

  • 出版社/メーカー: 光文社
  • 発売日: 2006/10/12
  • メディア: 文庫





2024年7月に読んだ10作目の本です。
ホームズ物を大人物で読み直している第6弾で、第3短編集、「シャーロック・ホームズの生還」 (光文社文庫)

「空き家の冒険」
「ノーウッドの建築業者」
「踊る人形」
「美しき自転車乗り」
「プライアリ・スクール」
「ブラック・ピーター」
「恐喝王ミルヴァートン」
「六つのナポレオン像」
「三人の学生」
「金縁の鼻眼鏡」
「スリー・クォーターの失踪」
「アビィ屋敷」
「第二のしみ」
第13編収録。

「空き家の冒険」は、「シャーロック・ホームズの回想」 (光文社文庫)(感想ページはこちら)で無事(?) 葬り去ったはずのホームズを、ドイルがいやいやながら(笑)、ライヘンバッハの滝からよみがえらせた作品。
もうそれだけで感無量というところですが、この作品はモラン大佐が登場する作品でもあって、コミック「モリアーティ」(感想ページはこちら)ファンにとって贅沢な一品。

「ノーウッドの建築業者」は指紋を扱った最初期の作品として有名ですね。あっさり扱われていますが、指紋を決め手にするということから進んで偽造にまで踏み込んでいるドイルの慧眼、さすがです。
「いや、レストレード君、それではちょっとばかりはっきりしすぎているように思えるんだがね。きみにはなかなかりっぱな才能があるが、想像力だけが足りないのが惜しいね。」(「ノーウッドの建築業者」65ページ)
というセリフが印象的な作品でもあります。

「踊る人形」はその暗号の特異さで有名ですね。発想がとてもおもしろいと思います。
「ご存じのとおり、英語のアルファベットのなかでいちばんよく使われるのがEで、ひときわ目立つ存在だから、どんな短い文にだろうと何度もでてくるものなんだ。」(「踊る人形」124ページ)というのは、これで覚えました(もっとも時系列的にはポーの「黄金虫」の方が書かれたのは先のようですが、ぼくの読んだ順としては「踊る人形」が先なのです)。
それにしてもこの暗号、書くのが大変なように思われることだけは、子どものころから気になっています。

「美しき自転車乗り」はタイトルが印象的ですが、日本でつけた意訳なのですね。訳者日暮雅通による解説で触れられています。元は男のことだったなんて、衝撃的(笑)。イメージが狂う!
"The Adventure of the Solitary Cyclist" なので直訳すると「孤高の自転車乗り」あたりでしょうか。
ムリにヴァイオレット・スミス嬢のことだとすると、寂しい、くらいにするのがいいのかもしれません。

「プライアリ・スクール」は、高貴な王侯貴族のお世継ぎが私立学校から失踪するという事件で蹄の話とかも面白いのですが、なにより、
「ホームズは小切手を折りたたむと、そっと手帳にはさんだ。『なにしろ、ぼくは貧乏なものでして』そう言いながら、手帳をポンポンといとおしげにたたき、内ポケットの奥にしまいこむのだった。」(「プライアリ・スクール」230ページ)
とホームズの金銭事情(?) が伺われるのが面白い。こういう場面、ほとんどなかったですよね、ホームズものに。

「ブラック・ピーター」には、「ホームズが大いに期待をかけている若手警部」(「ブラック・ピーター」237ページ)というスタンリー・ホプキンズ警部が登場するのに、おやっと思いました。
われらがレストレード警部は? 
まあ、ロンドン警視庁も大組織ですし、常にいつでもレストレード警部というわけにもいかないでしょうね。
犯人を見つけ出すホームズの方法は一種のばくちで
「おみごと! おそれいりました」
とホプキンズ警部のようにいうわけにはいきませんが、時代を感じさせていいなと思いました。
スタンリー・ホプキンズ警部は、このあと「金縁の鼻眼鏡」、「アビィ屋敷」にも登場します。

「恐喝王ミルヴァートン」の主役ミルヴァートンも、コミック「モリアーティ」に出てきましたね。
レストレード君の頼みをホームズが袖にするのが見どころでしょうか。

「六つのナポレオン像」は、子どものころとてもワクワクして、興味深く読んだことを思い出しました。これ、楽しいですよね。
でも考えてみたら、一つ目であたりを掴んでいたら、こういう展開にはならないわけで......ホームズたちの運がよかった、正義は勝つ、ということですよね。

「三人の学生」は大学を舞台にした試験問題盗み見事件を扱っています。用務員バニスターのエピソードが印象的で、ホームズの目のつけどころもさすがでした。

「金縁の鼻眼鏡」は、手がかりとなる眼鏡から導き出すホームズの推論が見事ですね。
アレクサンドリアに特注して作らせた煙草をもらって、次々にものすごい勢いで吸うホームズがおかしかったです。

「スリー・クォーターの失踪」は、ケンブリッジ大学ラグビーチームの主力選手がオックスフォード大学との試合の前日に行方不明となる事件。
おおごとだと騒ぐ依頼人であるキャプテンに、生きている世界が違うので知らない、というホームズが愉快──哀しい結末には心痛みますが。

「アビィ屋敷」はケント州きっての財産家が殺された事件。
結末でホームズが見せる差配は、粋な計らいというべきなのでしょうね。こういうパターンもホームズが先鞭をつけたということでしょうか。

「第二のしみ」では、せっかく復活させたホームズを「サセックスの丘で探偵学の研究と養蜂に専念する生活を送るようになった」(511ページ)として引退した、と再び表舞台から消し去ろうとしているドイルのあがきが見られます(笑)。そうまでして葬り去りたかったのか・・・・・
事件は、国際関係を揺るがす書簡が紛失した、という大事件ですが、タイトルにもなっているしみに着目して真相を見抜くホームズが見事ですね。

しつこくホームズを闇に葬ろうとするドイルの努力にもかかわらず、まだホームズ物は続きますので、大人向けでの読み返し、続けていきます。


<蛇足1>
「とにかく、殺人未遂にはならなくとも、陰謀罪の容疑で逮捕する」(「ノーウッドの建築業者」90ページ)
陰謀罪というのがあったのですね。

<蛇足2>
「それは愛ではなくエゴイズムじゃないだろうか?」
「その二つは切り離せないんじゃないでしょうか。」(「美しき自転車乗り」167ページ)
さらっと深いことが書かれていました。

<蛇足3>
「根っからの貴族にとっては、家庭内の話題を見知らぬ人間とのあいだにもちだすことは何よりもおぞましかったのだ。」(「プライアリ・スクール」192ページ)
こういう貴族の性質が説明されていくのも興味深いですね。

<蛇足4>
「ひとりで出かけたホームズが、十一時を過ぎてからやっと帰ってきた。陸地測量部製のこの近辺の地図を手に入れていた。」(「プライアリ・スクール」192ページ)
イギリスで地図といえば、なんといっても ”London A to Z” だな、と思いつつ、そういえばイギリス全土だと、と思い、陸地測量部をネットで調べたら、日本陸軍にも「陸地測量部」という外局があったことに行き当たりました。

<蛇足5>
「その後のこの地方はわが国最初の鉄工業の中心地となり、鉱石を溶かす火のために樹木がごっそり切り倒され、あまりに広い範囲が切り開かれてしまった。」(「ブラック・ピーター」
247ページ)
”てっこうぎょう” というと鉄鉱業という字を連想したのですが、ここでは鉄工業ですね。

<蛇足6>
「現場はテムズ川とウェストミンスター寺院の中間、ほぼ議事堂の高い塔の陰になる部分。十八世紀ふうの家が並ぶ、古風で人通りの少ない住宅街にある。」(「第二のしみ」524ページ)
テムズ川とウェストミンスター寺院の間で、議事堂の塔(エリザベス・タワーのことかと)の影が及ぶようなところには、いまは住宅街はないですね......


原題:The Return of Sherlock Holmes
作者:Arthur Conan Doyle
刊行:1905年(原書刊行年はwikipediaから)
訳者:日暮雅通


<2024.9.6追記>
原題や刊行年を「バスカビル家の犬」のもののままだったのを修正いたしました。



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