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エンドレス ファイト [日本の作家 あ行]


エンドレスファイト (新潮文庫)

エンドレスファイト (新潮文庫)

  • 作者: 淳, 井上
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2023/11/13
  • メディア: 文庫

<カバー裏あらすじ>
中国大物政治家の訪問で沸きかえるサンフランシスコで、停まっている車から日本人実業家と黒人浮浪者の射殺死体が発見された。日本人の名は江崎。帝国陸軍の諜報機関にいた男だ。かつての上官・狩野は、その死の謎を追ってサンフランシスコに飛ぶ。ジャーナリストを装って事件を追う狩野の前に、国際的な暗殺計画が次第に明らかにされていく…。スケール大きく描く本格サスペンス。


2023年11月に読んだ3作目の本です。
井上淳「エンドレス ファイト」 (新潮文庫)
古い本を積読から引っ張り出してきました。
カバー裏にバーコードがついていません。奥付は昭和六十三年(!) 九月二十五日発行。

作者の井上淳は「懐かしき友へ―オールド・フレンズ」 (新潮文庫)で第2回サントリーミステリー大賞読者賞を受賞してデビューした作家です。
「懐かしき友へ―オールド・フレンズ」 以外では、新潮ミステリー俱楽部から出た「赤い旅券(パスポート) 」を読んだことがあります。
日本人作家では少ない、国際謀略小説の書き手でしたね。

冒頭のプロローグは御殿場でのマッカーサー。
そして朝鮮戦争さなかに移り、その後は現在のサンフランシスコへ。
毛沢東や金日成の意に逆らって朝鮮戦争を休戦に導いた後、さっさと故郷の吉林省に引きこもってしまったあと復活を遂げた中国大物政治家劉の訪米が計画されている。
そのサンフランシスコで殺された日本人江崎。つながりのある財界の黒幕辻の依頼を受け、主人公狩野俊作は渡米する。
劉の活躍を快く思っていない中国やソ連の動向も描かれます。

タイトルの「エンドレス ファイト」とは、
「われわれも、あれで戦争が終わるものだと思っていた。しかし、そうではなかった。三十年のあいだ、われわれの知るよしもないところで、静かに戦争が続いていたんだ」(383ページ)
というセリフにあるように、朝鮮戦争から続く長い権力をめぐる争いを指しますが、同時に、主人公狩野の個人的な闘いでもあります。
個人レベルに落とし込んでいるところがミソ。

闘いの行方とともに、そもそもの発端ともいえる劉の朝鮮戦争当時の行動の理由、
「しかし、劉にとっては、中国の運命や彼の名誉とひきかえにしても、守りとおさなければならないものがあったのだ」
「そんなものが、この世にあるのかね」(383ページ)
と会話されるような「守りとおさなければならないもの」の正体が読者の興味の焦点となります。
この部分、拍子抜けというか、そんなこと? と思う読者もいるかとは思うのですが、個人的には妙な説得力を感じました。

粗いところが多々あり(というか、そもそも国際謀略小説というのは粗いものだという気もします)、万人向けするお話ではないとは思いますが、こういう作風はあまりないので貴重だと思います。
最近はこういうのは受けなさそうで難しいとは思いますが、井上淳の諸作など復刊してほしい気がします。


<蛇足1>
「なにもおなじ場所に、別べつのタクシーで行くことはない。いっしょなら経済的ですし、広い意味では、貴重なエネルギー資源の節約……になるかもしれません」(140ページ)
本書は時代的には、日本でバブル華やかなりしころだったと思いますが、エネルギー資源の節約がさらっとセリフで出てくるのですね。

<蛇足2>
「ウェスティン・セント・フランシスは、ユニオン・スクエアの西側に聳やぐ、この皆なに愛される田舎町(エヴリワンズ・フェイヴァリト・タウン)を代表するホテルである。」(141ページ)
「聳やぐ」という語は初めて見ました。辞書にも載っていないですね。聳えるという意味でしょうけれど。

<蛇足3>
「ケージが、ワイアをつたって昇りはじめる。」(194ページ)
エレベーター(本書の表記ではエレヴェータ)についての文ですが、エレベーターはワイアを「つたって」いくものではないような気がします。
そういう仕組みでしたっけ?






タグ:井上淳
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沈黙者 [日本の作家 あ行]


沈黙者 (文春文庫)

沈黙者 (文春文庫)

  • 作者: 折原 一
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2004/11/10
  • メディア: 文庫

<カバー裏あらすじ>
埼玉県久喜市で新年早々、元校長の老夫婦とその長男夫妻の四人が惨殺された。十日後、再び同市内で老夫婦の変死体が発見される。そして一方、池袋で万引きと傷害で逮捕された男が、自分の名前を一切明かさぬままに裁判が進められる、という奇妙な事件が語られていく。この男は何者か? 巧緻を極める折原ミステリーの最高峰。


2023年9月に読んだ2作目の本です。
折原一の「沈黙者」 (文春文庫)
ずいぶん長く積読にしていました。
折原一を読むのは「チェーンレター」 (角川ホラー文庫)(感想ページはこちら。現在は改題されて「棒の手紙」 (光文社文庫))以来ですね。

折原一の作風については、「失踪者」 (文春文庫)感想)にも書いたとおりで、初期の一般的な叙述トリック(変な言い方ですが)から、多重視点、多重文体を用いたものに変遷してきていて、この「沈黙者」も多重視点、多重文体にあてはまります。
昔、この手法はさほど楽しめなかったのですが、「失踪者」に続いて「沈黙者」も楽しめました。

タイトルの沈黙者とは、一貫して名前を告げることを拒否する少年犯(犯した罪は、万引きと強盗致傷で、比較的軽微なもの)のことを指しています。
被告人 氏名不詳
として裁判にもかけられます(200ページ)。
和久峻三の赤かぶ検事シリーズに、「被告人・名無しの権兵衛」 (角川文庫)というのがあったなぁ、と思いだしたりしました。

まず本書は、五十嵐友也という作家(ルポライター?)による序で幕を開けます。
犯人が殺人の犯行の及ぶシーンと、沈黙者に語りかけるシーンによるプロローグが続きます。
そして事件発見から本編です。

久喜市で発生した田沼家一家惨殺事件と、その十日後に発見された吉岡家の殺人事件。
どうやらこの2つの事件は連続して起こっていたらしく、犯人も同一である可能性が高い。
そしてこの沈黙者。
どう絡むのか? と思いながら読み進みます。

構築された事件の構図が興味深かったですね。
解説がわりに収録されている佐野洋の推理日記でも
「『氏名をずっと黙秘している男がいる』というニュースから、『沈黙者』という長編を書き上げた、折原さんの想像力、小説の構成力に対しての驚き」
と書かれています。まったく!

この沈黙者は誰か、という点について作者(折原一)が仕掛けた罠(?) はある程度想像がつくもので、日本のある有名作品のアイデアの相似形のようにも思われましたが、アイデアの出発点は異なるでしょうし、あえて結びつける必要はないのかも。
もちろんここ以外にも仕掛けはいろいろと張り巡らされており、楽しい読書でした。



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星詠師の記憶 [日本の作家 あ行]


星詠師の記憶 (光文社文庫)

星詠師の記憶 (光文社文庫)

  • 作者: 阿津川 辰海
  • 出版社/メーカー: 光文社
  • 発売日: 2021/10/13
  • メディア: 文庫

<カバー裏あらすじ>
被疑者を射殺してしまったことで、一週間の自主謹慎に入った刑事の獅堂(しどう)は、故郷の村を訪れている。突然、学ランの少年・香島(かしま)が、彼の慕う人物が殺人事件の犯人として容疑をかけられている、と救いを求めてきた。殺人の一部始終が記録されている証拠の映像は、紫水晶の中にあり、自分たちはその水晶を研究している〈星詠会〉の研究員であると語るのだが──。


2023年8月に読んだ6冊目の本です。
阿津川辰海の「名探偵は嘘をつかない」 (光文社文庫)(感想ページはこちら)に続く長編第2作、「星詠師の記憶」 (光文社文庫)
「名探偵は嘘をつかない」に痛く感じ入ったというのに、2作目を手に取るのがとても遅くなりましたが、それは450ページほどというそこそこ分厚い本であることと、またあの濃密なミステリ世界に浸るのが、それはそれで快感といいながら少々おじけづいたところがあった(しっかり楽しむにはこちらも落ち着いて浸りきれるような環境にあった方がよいと考えた)からです。
今回もしっかり構築されたミステリ世界を堪能しました。

特殊設定ミステリに入るのでしょう。
未来予知が可能な世界を舞台としています。
しかもこの未来予知、紫水晶の中に映像として記録され、予知する本人だけではなく第三者にも確認できるという優れモノ。
そして「水晶に映された未来は、どうあがいてもその通りになる」(126ページ)

面白いな、と思ったのは、未来予知が可能となると、すぐに宗教的な団体に発展していく、と(読者として)考えてしまうところですが、この作品では企業が目をつけ、予知に不可欠な紫水晶の産地あたりを買い取り、研究所を設立している、というところ。
それでもやはり宗教的匂いはするのですが、幻想的ではなく理知的な雰囲気を醸すのに役立っています。

未来予知できる人が星詠師。研究所が紫香楽電機のイメージングメディア事業部内「クリスタル研究所」、通称<星詠会>。
余談ですが、星詠師は ”せいえいし” と読むのですね。”ほしよみし” と読むのだと思っていました。

ミステリとしての注目は、いわゆる後期クイーン問題でしょうか?
探偵がそれに自覚的に推理を進める、というのが面白いです。
「もし犯人が<星詠師>だったとする」
「それで、これを犯人に当てはめてみたら、恐ろしい可能性を思いついたんだ──もし犯人が未来を見て、俺たちの推理をすべて先回りしていたらどうなるだろう、ってな」
「俺たちの掴む証拠は、全て犯人が予測してバラまいた偽証拠かもしれない」(いずれも316ページ)
このあとあまり深入りはしないのですが、それでも全編にわたって探偵役の推理が難航することを予感させてくれる重要なポイントだと思います。

やはり予知が記録される紫水晶というのが大きな要素になっていて、ここが前提となって推理も物語も進められていきます。
その意味では、紫水晶の中の記録そのものを偽造する、ということには触れられていませんので、この記録は作品世界の中の絶対真実として扱われています。
記録と矛盾するからこの推理は間違い、記録にあるからこうだったに違いない、というように進んでいきます。
探偵役の獅堂は香島から、石神真維那の容疑を晴らすように頼まれた、というのが導入部ですので、物語の進み方として、紫水晶に犯行の様子が記録されているのにもかかわらず、真維那が犯人ではないことを証明しなければならない、というふうになっています。

豊富なアイデアを贅沢にちりばめられた作品で、作者の剛腕ぶりを楽しめますし、ステンドグラスのようにミステリのさまざまな要素がキラキラ輝いて惹きつけてくれます。
特に素晴らしいと思ったのは、推理、あるいは犯人指摘のところで、紫水晶の記録を縦横に使いこなしていることです。
推理の軛となる記録をつかって罠を仕掛け犯人を追いつめたくだりとか、わくわくしました。

とても複雑なプロットを内包し、登場人物の思惑が輻輳しています。
作者の手つきとして、これは手がかりですよ、というのをかなりあからさまに示してくれているのですが(たとえば絨毯)、それらの数々の手がかりを組み合わせて真相に辿り着くのは容易ではないと思います(直感的に犯人の見当はつくのですが)。
冷静に考えると無理なところが目立つ気もするのですが、”予知” の存在を前提とすると、思考形式や行動形式が変わってしまうのかもしれないな、”予知” があればこういう風に考えるのかな、と想像してしまうくらいには人物が書き込まれているので、強い不満にはなりません。この点については、解説で斜線堂有紀が明晰に分析しています。

阿津川辰海、いいですね。
積読をしっかり消化していきたいです。








タグ:阿津川辰海
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145gの孤独 [日本の作家 あ行]


145gの孤独 (角川文庫)

145gの孤独 (角川文庫)

  • 作者: 伊岡 瞬
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2009/09/20
  • メディア: 文庫


<カバー裏あらすじ>
プロ野球選手として活躍していた倉沢修介は、試合中の死球事故が原因で現役を引退した。その後、便利屋を始めた彼は、「付き添い屋」の仕事を立ち上げる。最初の依頼は「息子のサッカー観戦に付き添ってほしい」という女性からのもの。しかし当の息子はサッカーに興味がないようだった。違和感と共に倉沢が任務を終えると、彼女からまたも付き添いの依頼が……。消せない罪を負う男と奇妙な依頼人たちのハードボイルドミステリ。


2023年8月に読んだ5冊目の本です。
「いつか、虹の向こうへ」 (角川文庫)で第25回横溝正史ミステリ大賞を受賞した伊岡瞬の受賞第1作、「145gの孤独」 (角川文庫)

「いつか、虹の向こうへ」は端正なハードボイルドという印象で、あらすじにもハードボイルドミステリと書いてあるので、この「145gの孤独」もそういう作品だと思って読み始めました。

主人公は、死球で友人西野を再起不能にしてしまい、その後自分もまったく振るわず引退した元プロ野球選手倉沢。
糊口をしのぐための今の仕事は便利屋。西野の妹の晴香が手伝ってくれている。
ハードボイルドのテンプレをなぞったかのような設定に苦笑するかたもいらっしゃるかもしれませんが、こちらはそういういかにもなハードボイルドも楽しいと思うので、歓迎。

ところが、事件らしい事件が起こらない。
少年の付添や老婦人の家の整理という便利屋の仕事も、事件らしくなるかと読み進んでも尻すぼみ。
あれ?
ハードボイルド調の日常の謎という感じとも違う。
倉沢を便利屋に引き込んだ(?) 戸部や晴香が組んで、何やら便利屋の仕事には裏の事情がありそう、という展開でちょっとおやっと思うものの、安易ですぐに見当がついてしまうなぁ、と思っていたら、西野をめぐるエピソードが、こちらの嫌いな内容。
そして戸部自身の事情で、戸部の娘との4人の東北行と変な風に話はねじれていく。

戸部の事情も含め、便利屋としてのそれぞれの仕事は緩やかながら関連付けられていましたが、読み終わった感想は、ミステリではない、というもの。
ミステリ的展開に持ち込めそうな要素はちりばめられているのに、いずれもそういう展開を回避してくる。

横溝正史の名を冠したミステリの賞を受賞した後の受賞第一作にこういう作品を持ってくるとは、大胆だな、と思いました。

「プロの選手は、シーズンオフ中は次の春を目標に走り込みや筋力トレーニングをこなす。投手にとって意外に困るのが指先だ。指先が軟な皮膚に戻ってしまえば、マメができる。春先にマメをつぶして投げられないようでは、一軍スタートの切符がもらえない。シーズンオフの間も指先を硬くしておくために、いつも利き腕の人差し指と中指を叩いたりこすりつけたりする癖がつく選手がいる。」(230ページ)
など、細かな部分でおっと思わせてくれ、話にはどんどん引き込まれ、面白く読みました。
でも、ミステリとは思えないという事実にとても戸惑っています。


<蛇足>
「その……、その何て言うか、ポークは本当に連れていくんですか?」(361ページ)
ペット(?) のハナという仔豚を指して言うところですが、ポークは食肉になった段階の呼び方ですね。
生きて動いている豚なら、pig でしょうね。
ただこのあと倉沢はハナのことを取り上げて「食う」というネタの寒いジョークを連発するので、あえてポークかもしれませんが(笑)。




タグ:伊岡瞬
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キョウカンカク 美しき夜に [日本の作家 あ行]


キョウカンカク 美しき夜に (講談社文庫)

キョウカンカク 美しき夜に (講談社文庫)

  • 作者: 天祢 涼
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2013/07/12
  • メディア: 文庫

<カバー裏あらすじ>
死体を燃やす殺人鬼・フレイムに妹を殺された天弥山紫郎(あまやさんしろう)は、音が見える探偵・音宮美夜(おとみやみや)と捜査に乗り出す。美夜は殺意の声を見てフレイムを特定するも、動機がわからない。一方、山紫郎は別の人物を疑い……。ホワイダニット(動機のミステリ)の新たな金字塔が登場! 第43回メフィスト賞受賞作を全面改稿。


読了本落穂ひろい。
天祢涼のデビュー作「キョウカンカク 美しき夜に」 (講談社文庫)
メフィスト賞受賞作です。

タイトルのキョウカンカクは、共感覚。
「文字に色が見えたり、音に匂いを感じたりする、特殊な知覚現象のこと。普通の人が刺激を受けると反応する感覚に付随して、別の感覚も反応するの。」(22ページ)
と音宮美夜が天弥山紫郎に説明しています。
共感覚と言われた山紫郎が、
「『きょウカンかク?』
初めて聞く単語に戸惑い、異国語のようにしか発音できない。」
というシーンはとても優れた表現方法だと思いました。

さておき、共感覚で人の感情を色で知覚できる音宮美夜が殺人鬼・フレイムを突き止めていくのですが、物語中盤(159ページ)で
「フレイムは、たった今、見つけました。」
と相手に言い放ってしまう展開にはびっくり。
ということは、証拠固めというか、犯人をどう追いつめていくかという興味に移るんだろうな、と思って読むと、そこから展開は捩れていきます。おもしろい。

引用したあらすじではホワイダニット(動機のミステリ)に焦点が当てられており、そこは確かに本書の大きな特色です。「キョウカンカク」ならではのものですから。
そして、ネタバレを覚悟で書くと、「キョウカンカク」が共感覚ではなくカタカナで書かれている所以が明らかになるシーン(366ページ)から始まる、音宮美夜と主人公山紫郎の対峙は、なかなかに感動的なシーンだと思いました。

ところで主人公天弥山紫郎は ”あまやさんしろう” で、同じ漢字ながら作者天弥涼は ”あまねりょう” なんですね。


<蛇足1>
「ここで拒否しては、一部のマスコミがパパラッチと化し、執拗につき纏ってくるかもしれない。」(14ページ)
パパラッチというのはセレブを追いかけまわすカメラマンを指しますので、この場合にはふさわしくないかな、と思ったのですが、悪名高い連続(無差別)殺人事件の被害者遺族というのはある意味有名人であり、無神経なマスコミを指すのにぴったりの表現かもしれませんね。

<蛇足2>
「X県の慣習では、通夜、告別式が終わってから、死者を荼毘に付す。しかし花恋の遺体はあまりに悲惨な状態だったので、数日にわたる警察の検査、解剖の末、既に荼毘に付されていた。」「遺骨が入った骨壺を見つめていると」(15ページ)
日常的に使う語ではないのですが、ここを読んで「荼毘に付す」というのは一般的に火葬することを指す語ですが、どこまでを言うのだろう、と思いました。具体的には埋葬まで言うのかどうかを考えてしまいました。

<蛇足3>
「わたしが一番好きなミステリはアガサ・クリスティーの『邪悪の家』だから。」
音宮美夜のセリフです。
音宮美夜、わかってんじゃん。いいやつだな(笑)。



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ロートケプシェン、こっちにおいで [日本の作家 あ行]


ロートケプシェン、こっちにおいで (創元推理文庫)

ロートケプシェン、こっちにおいで (創元推理文庫)

  • 作者: 相沢 沙呼
  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2015/01/29
  • メディア: 文庫

<カバー裏あらすじ>
せっかくの冬休みなのに、酉乃初と会えずに悶々と過ごす僕を、クラスメイトの織田さんはカラオケへと誘う。当日、急に泣きながら立ち去ってしまった彼女にいったい何があったの? 学内では「赤ずきんは、狼に食べられた」と書き残して不登校となった少女を巡る謎が……。僕は酉乃に力を借りるべく『サンドリヨン』へと向かう。女子高生マジシャン・酉乃初の鮮やかな推理、第二集。


読了本落穂ひろい。なのですが、手元の記録から漏れていまして、いつ読んだのかわかりません......
相沢沙呼「ロートケプシェン、こっちにおいで」 (創元推理文庫)
鮎川哲也賞受賞作である「午前零時のサンドリヨン」 (創元推理文庫)に続くシリーズ第2作です。
タイトルのロートケプシェンというのは赤ずきんちゃんのこと(ちなみに前作のサンドリヨンはシンデレラ)。
文庫カバーのイラストにも赤ずきんが描かれています。
早い段階で出てくる単語なのですが、最初のうちは説明されず、「スペルバウンドに気をつけて」249ページで、ケーキの名前をきっかけとして説明されます。

プロローグ
アウトオブサイトじゃ伝わらない
ひとりよがりのデリュージョン
恋のおまじないのチンク・ア・チンク
スペルバウンドに気をつけて
ひびくリンキング・リング
帰り道のエピローグ

という構成になっていまして、連作短篇集に近い長編ですね。

冒頭に
一、奇術を演じる前に、現象を説明してはならない。
二、同じ奇術を二度繰り返してはならない。
三、トリックを説明してはならない。
というサーストンの三原則が掲げられています。
カッコいい。
なんですが、別に作中で使われるわけではないんですね......
前作にも掲げられていたでしょうか? 確認しなきゃ。

メインは酉乃初と僕の物語で、その部分は Blue Back と銘打たれています。
もう一つ、Red Back と銘打たれたパートが各話の冒頭に掲げられており、あたしの一人称で、トモという女子の視点で語られます。

各話はいわゆる日常の謎的な謎解きものになっています。
いずれも、謎解きの場面では酉乃初などがマジックを関係者に披露してみせることがアクセントになっています。

Blue Back と Red Back に直接的なつながりがないことから、全体を通して、トモの物語が浮かび上がる、という趣向であることが予測できます。
文芸部が発行している「十字路」という冊子が繰り返し出てくることも、そのことを裏付けてくれているようです(トモは文芸部に所属している模様)。
となると、まずなんらかの仕掛けが忍ばされているだろう、という推測が容易に立つわけで、この点の受け手にとっての成否で作品の印象は大きく変わるでしょう。
個人的には不発、というか、少々小手先のテクニックでかわそうとしている、というような印象を受けてしまいました。

すこしずつ僕が、そして酉乃初も成長していく、というのがミステリ部分を除いたメインとなっているシリーズですが、この二人の関係がどうも読んでいて落ち着かない。
青春時代特有の過剰な自意識がうまく描かれているからこそ、だとは思いますが、少々僕の感覚や行動になじめない点があることもその要因ですね。
このあたりは、読む人によって感じ方が変わってくるのでしょう。

ところで、各話のタイトルにカタカナが目につきますが、いずれもマジックの名称のようです。
作中で説明されているものもありますが、説明されていないものもあります。
チンク・ア・チンクやリンキング・リングは聞いたことがあったのですが、その他のものは知りませんでした。
アウトオブサイトやデリュージョンは普通の英語の語句として一般的に使われるので、マジックの名前と気づきませんでした。
スペルバウンドという語を知らなかったので、調べてみたら、”魔法のような力で(人)の心をとりこにする”というような意味の単語で、312ページあたりから、この単語を念頭においたかのようなくだりがあることに符合します。
でも、それだと全体としてちぐはぐだなと思って、もう少し調べてみたら、すべてマジックの名前と判明。
不親切といえば不親切なのでしょうが、こういう趣向は楽しいですよね。



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GOTH番外篇 森野は記念写真を撮りに行くの巻 [日本の作家 あ行]


GOTH番外篇 森野は記念写真を撮りに行くの巻 (角川文庫)

GOTH番外篇 森野は記念写真を撮りに行くの巻 (角川文庫)

  • 作者: 乙 一
  • 出版社/メーカー: 角川書店
  • 発売日: 2013/07/25
  • メディア: 文庫

<カバー裏あらすじ>
12月のある日の午後。森野夜は雑木林の地面に横たわっていた。死や恐怖など、暗黒的な事象に惹かれる彼女は、7年前、少女の死体が遺棄された場所に同じポーズで横たわって、悪趣味な記念写真を撮るつもりだった。まさかそこで出会ったのが本物の殺人犯だとも知らず、シャッターを押してほしいと依頼した森野の運命は? 「なぜか高確率で殺人者に出会い、相手を魅了してしまう」謎属性をもつ少女、森野夜を描いたGOTH(ゴス)番外篇。


2023年3月に読んだ最後の本です。わずか6冊しか読めませんでした。低調。
これは、乙一「GOTH―リストカット事件」(角川書店)の番外編という位置づけのようです。

本書成立の経緯はあとがきに書かれていますが、「GOTH―リストカット事件」が2008年に映画化された際、それと連動する形で新津保健秀による写真集「GOTH モリノヨル」が出版され、そのときに寄稿されたものを独立して文庫化したものとのことです。

ちなみに「GOTH―リストカット事件」は文庫化に際して以下の2分冊となっています。表紙がかっこいい。

GOTH 夜の章 (角川文庫)GOTH 僕の章 (角川文庫)

GOTH 夜の章 (角川文庫)
GOTH 僕の章 (角川文庫)

  • 作者: 乙一
  • 出版社/メーカー: 角川書店
  • 発売日: 2005/06/25
  • メディア: 文庫


登場人物が極めて少なく、女子高生の死体遺棄現場である落葉樹林を主要舞台に、なんともいえない不思議な物語が展開されます。
主人公(?) である森野という高校生の少女(?) の設定が ”変” なのですが(それを言うと、全登場人物が ”変” ですが)、この味わいをしっかり感じ取るには本編を読んでおいた方がよいと思いました。
一方で、予備知識なく番外編であるこの「GOTH番外篇 森野は記念写真を撮りに行くの巻」 (角川文庫)をいきなり読んだときにどういう感想になるか気になるところです。
それはそれで楽しい読書体験のような気もします。

いつものように乙一は、ジャンルの壁を軽やかに越えて、独特の世界観に引き込んでくれます。
この ”境地” と呼びたくなるような独特の世界観を表現する語彙を持ち合わせていないのが残念ですが、緊迫感なく緊迫感、(変な表現ですが)といった風情を感じます。

乙一は別名義での作品が多くなり、乙一名義の作品は少なくなっていますが、また乙一名義のものでも楽しませてほしいです。




タグ:乙一
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同志少女よ、敵を撃て [日本の作家 あ行]


同志少女よ、敵を撃て

同志少女よ、敵を撃て

  • 作者: 逢坂 冬馬
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2021/11/17
  • メディア: 単行本

<カバー袖あらすじ>
独ソ戦が激化する一九四二年、モスクワ近郊の農村に暮らす少女セラフィマの日常は、突如として奪われた。急襲したドイツ軍によって、母親のエカチェリーナほか村人たちが惨殺されたのだ。自らも射殺される寸前、セラフィマは赤軍の女性兵士イリーナに救われる。「戦いたいか、死にたいか」──そう問われた彼女は、イリーナが教官を務める訓練学校で一流の狙撃兵になることを決意する。母を撃ったドイツ人狙撃手と、母の遺体を焼き払ったイリーナに復讐するために….同じ境遇で家族を喪い、戦うことを選んだ女性狙撃兵たちとともに訓練を重ねたセラフィマは、やがて独ソ戦の決定的な転換点となるスターリングラードの前線へと向かう。おびただしい死の果てに、彼女が目にした“真の敵"とは?


2023年2月に読んだ7冊目の本です。
単行本で読みました。
第11回アガサ・クリスティ―賞受賞作。
逢坂冬馬「同志少女よ、敵を撃て」(早川書房)
ついでに、第19回本屋大賞受賞作です。
また、「このミステリーがすごい!2023年版」第7位、
「2022年 週刊文春ミステリーベスト10 」第7位です。

この作品がアガサ・クリスティ―賞なのか、という思いは正直あります。
選考委員である法月綸太郎は選評で「アガサ・クリスティ―賞の名にふさわしい傑作」と書いていますが、冒険小説は広義のミステリに含まれるようなので、戦争冒険小説もミステリに入るということでOKなのでしょう。かなりミステリの枠を拡げないといけませんが。

でもね、ミステリかどうか、ジャンル分けは読者が勝手にすればよいこと。
むしろ逆に、アガサ・クリスティ―賞を応募先に選んでくれたことを、クリスティー賞サイドが感謝すべきかも。
間違いなく、この賞を代表する受賞作になるだろうからです。これまでのこの賞のベスト作品。それもダントツぶっちぎりのベスト。
(正直、これまでの受賞作には突き抜けたものがなかったように思えます)

ああいい、おもしろい小説を読んだなという充実の読書体験でした。
なにより、この小説の構図が美しい。
小説というものが本来持つべき堅牢な構成の美しさに圧倒されました。
構成の美しさを堪能するためにも、あらすじなどには目を通さずに直接本文へ進まれることをお勧めします。

狙撃手になる少女の成長物語です。
小説や映画で何度か読んだり観たりしてきていますが、改めて狙撃手の特殊性が浮き彫りにされています。
「まったく、狙撃兵というのは薄気味悪い手を使う」(275ページ)
「狙撃兵に好意的な歩兵は少ない」「国を問わず、歩兵と狙撃兵は相性が悪い」(343ページ)
「ママを撃った狙撃兵がことさらに残忍なのではない。
 ただ敵を冷徹に撃つ職人としての狙撃兵は、そこに撃てる敵がいれば撃つ。」(396ページ)

途中、物語に重要な人物として少年狙撃兵ユリアンが出てきます。彼のセリフも印象的。
「けれど、だからもっと敵を倒したい。きっと高みに達すれば、そこで分かるものがあるのではないかな。丘を越えると地平が見えるように、狙撃兵の高みには、きっと何かの境地がある。旅の終わりまで行って旅の正体が分かるように、そこまでいけば分かるはずだよ。そうでなければ、僕らはただ遠くのロウソクを吹き消す技術を学んで、それを競っているようなものだ」(290ページ)

イリーナの元同僚(?)で赤軍の英雄、先輩狙撃手リュドミラ・パヴリチェンコが要所に登場し、強い印象を残します。
「彼女が精神に関わる事柄を話したのは、ただ一度、狙撃兵は動機を階層化しろ、と言ったときだった。愛国心、ソ連人民に対する思い、ファシストを粉砕しろという怒り。それは根底に抱えて己を突き動かすものとして維持しつつ、戦場にいるときは雑念として捨てろ、というものだった。」(362ページ)
「射撃の瞬間、自らは限りなく無に近づく。極限まで研ぎ澄まされた精神は明鏡止水に至り、あらゆる苦痛から解放され、無心の境地で目標を撃つ。そして命中した瞬間から世界が戻ってくる。….覚えがあるだろう、セラフィマ」(373ページ)

物語の終盤は史実に沿って、ドイツの敗色が濃厚です。その流れの中で
「戦後、狙撃手はどのように生きるべき存在でしょうか」
と問われパヴリチェンコは答えます。
「私からアドヴァイスがあるとすれば、二つのものだ。誰か愛する人でも見つけろ。それか趣味を持て。生きがいだ。」(364ページ)
「今度こそ、私には何も残されてはいない。分かったか、セラフィマ。私は言った。愛する人を持つか、生きがいを持て。それが、戦後の狙撃兵だ」(374ページ)
一方で、未だ戦いは終結していないので、
「同志セラフィマ。今はただ考えずに敵を撃て。そして私のようになるな」(377ページ)
とも。
狙撃兵の不安定なありようが強く印象づけられます。

パヴリチェンコだけではなく、主人公であるセラフィマも、ある意味因縁の教官イリーナも、数々の考えさせてくれる言葉を発します。
この二人の関係性も、本書の大きなテーマの一つなので詳細は書きませんが、
「『たいしたもんだ』とイリーナが笑った。『私にはなぜああいう部下がいないのか』
『人徳の違いじゃないですか』
投げやりに答えると同時にドアが開いて、再び護衛兵士が現れた。」(366ページ)
というあたりなど、単なる鬼教官と生徒・部下という位置づけでないことが伺われていいシーンだと思います。

ある程度の戦果を収めたセラフィマが、新聞記者の取材を受けるシーンも、ややありきたりながらいいですね。
「新聞に載る言葉は自分のものではなく、常に、自分の言葉を聞いた新聞記者のものだ。」
「彼の綴る記事。その世界の自分は、きっと目の前で戦友が肉塊になったこともなければ、浮き足だって看護師に殴られたこともない、無敵の戦士なのだろう。変性的な意識のもと、現実から逃れようと歌いながら狙撃したことも、記事は愛国者の美談へと昇華させる。」(330ページ)

描かれるのは戦場が中心で、第二次世界大戦を描くとつきもののドイツの非業はあまり触れられませんが、
「ポーランドに攻め込んだ赤軍兵士たちは、ドイツがユダヤ人を虐殺していることは百も承知であったが、虐殺収容所を用いて何百万人を殺害し、摘発、輸送、収容から抹殺に至るまで社会機構とでも呼ぶべきシステムを構築して、ユダヤ人をヨーロッパから消滅させようとしているとは知らなかった。
 ナチス一党や軍人のみならず、広くドイツ国民の加担なくして成立し得ない大虐殺。」(357ページ)
とさらりと書かれているあたりは、特に、ナチスに限定せずドイツ国民全体に投げかけているところがかえって恐ろしく感じました。

戦争における非情な戦いを描いていますが、
そもそも戦争自体が非人道的なもので、
「この戦争には、人間を悪魔にしてしまうような性質があるんだ。」(356ページ)
というセリフを言う人物とセラフィマが迎える結末は、その象徴的なシーンであり、この小説の構成の美しさを示す箇所です。
また、パヴリチェンコの箇所もそうですが、戦後も視野に入っていることが、戦争を通した少女の成長物語の構成を確固たるものにしているように思えました。

物語の構成という点であえて疑問を呈するとすると、ドイツ側の狙撃手の視点になる箇所が数ヶ所あり、そこも読み応えのあるシーンになってはいる(さらに言うと、女性狙撃手を取り上げ、戦争、戦場における女性をテーマとするうえで、大きなピースとなる箇所となっているので入れておきたい要素・エピソードであることは重々理解できる)のですが、全体を通してみた時に、セラフィマたちの物語とのアンバランスさが気になりました。
もっとも書き込みすぎるとこの小説自体が長すぎることになってしまったかもしれません(今でも少々長い気がします)。

とはいえ、全体として非常に堂々とした構造を持つ戦争冒険小説で、ロシアによるウクライナ侵攻とタイミングが合ってしまったことといい話題性十分で、広くお勧めしたいです。


<蛇足>
「だが少佐の意思など、この際問題ではない。」(274ページ)
「意思」という用字、気になります。学校で習う「いし」は「意志」だったかと思います。
「意思」は法律用語のような気がしてならないのです。



<2023.8.3追記>
このミステリーがすごい!と週刊文春ミステリーベスト10のランキングを追記しました。




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盤上に死を描く [日本の作家 あ行]


盤上に死を描く (宝島社文庫 『このミス』大賞シリーズ)

盤上に死を描く (宝島社文庫 『このミス』大賞シリーズ)

  • 作者: 井上 ねこ
  • 出版社/メーカー: 宝島社
  • 発売日: 2019/02/06
  • メディア: 文庫

<カバー裏あらすじ>
71歳の老婆が自宅で殺された。片手に握っていたのは将棋の「歩」、ポケットに入っていたのは「銀」の駒。その後、名古屋市の老人が次々に殺害されるが、なぜか全ての現場には将棋の駒が残されていた。被害者の共通点も見いだせず行き詰まるなか、捜査一課の女性刑事・水科と佐田はある可能性に気がついて――。事件が描く驚愕の構図とは? 被害者たちの意外な繋がりとは? 衝撃のデビュー作!『このミステリーがすごい!』大賞第17回優秀賞受賞作。


2022年11月に読んだ7作目(8冊目)の本です。
井上ねこ「盤上に死を描く」 (宝島社文庫)
第17回『このミステリーがすごい! 』大賞の優秀賞受賞作

扱っているのはシリアルキラーで、そこに将棋が絡んできます。
絡むのは、将棋は将棋でも詰将棋。
本文中にも棋譜が出てきて雰囲気を盛り上げますね。

現場に残される将棋の駒、連続殺人の被害者たちをつなぐ糸は? という謎なのですが、104ページからの第二部で主役である刑事・水科が見抜く構図、それより前になんとなく(読者に)わかってしまう気がしますが、それはおそらくタイトルのせい。
『このミステリーがすごい! 』大賞応募時点のタイトルは「殺戮図式」だったそうで、それよりははるかに今のタイトルの方がいいタイトルだと思うのですが、若干ネタバレ気味のタイトルかもしれません。

しかし、このアイデアで実際に連続殺人を起こすとはすごい犯人だなぁと思いますが、同時にこのアイデアを作品に仕立てた作者にもびっくり。
史上最年長での受賞とのことで、それを反映してか、ちょっと乾いた落ち着いた文章がそれをカバーしているということでしょうか。
ちょっと個人的にはやりすぎ感があり、あくまで虚構を描くミステリとしてもちょっと踏み外しているという印象だったのですが、みなさまどう読まれますでしょうか?

主役となる女刑事水科とコンビをつとめる「中年女性相手のホストクラブにでもいるほうがよほど似合っている」(19ページ)佐田の二人の関係性が今一つピンと来なかったのは残念ですが、奇想といっていいアイデアを描き切った蛮勇は素晴らしいと思うので、ぜひ次作をお願いします。


<蛇足1>
「南区は犯人の庭であって、土地勘があり、被害者を選び出すためいんはここじゃないとダメということかもしれませんね」(94ページ)
言葉の意味からして、土地「勘」としやすいのですが、正しくは土地鑑だという指摘がありますね。佐野洋の推理日記で読んだのだったかな?

<蛇足2>
「正解手順は5四銀、5二玉、4三銀打、同衾、4一銀以下……4二成香迄の二十一手詰である。」(217ページ)
将棋はやらないので読み飛ばすところですが、同衾には笑ってしまいました。ありがちなミスプリントですね。




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ブルーローズは眠らない [日本の作家 あ行]


ブルーローズは眠らない (創元推理文庫)

ブルーローズは眠らない (創元推理文庫)

  • 作者: 市川 憂人
  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2020/03/12
  • メディア: 文庫

<カバー裏あらすじ>
ジェリーフィッシュ事件後、閑職に回されたフラッグスタッフ署の刑事・マリアと漣。ふたりは不可能と言われた青いバラを同時期に作出したという、テニエル博士とクリーヴランド牧師を捜査することに。ところが両者と面談したのち、施錠されバラの蔓が壁と窓を覆った密室状態の温室の中で、切断された首が見つかり……。『ジェリーフィッシュは凍らない』に続くシリーズ第二弾!


2022年10月に読んだ4冊目の本です。
市川憂人「ブルーローズは眠らない」 (創元推理文庫)
「2018 本格ミステリ・ベスト10」第5位

「ジェリーフィッシュは凍らない」(創元推理文庫)(感想ページはこちら)に続くシリーズということで、警戒して読みますよね。
2つの視点から綴られるストーリーということである程度想像がつくのですが、作者は一段上手でした。
記憶力が悪くて覚えていないだけかもしれないのですが、これ世界初の試みではなかろうかと思うのです。
ここまで周到に組み立てるのは大変だっただろうな、と驚嘆。
ネタばれになるので、詳細を書けないのが残念なほどです。


ただ、ちょっとズルくないですか?←負け惜しみ
アンフェアとまでは言えないとは思うのですが、ズルいです←負け惜しみ。

負け惜しみついでに。
舞台は80年代のパラレルワールド的世界で、U国(地名などからしてアメリカ合衆国ですね)。探偵役がアリスと漣で、漣の出身はJ国(アサガオの話も出てきますが、明らかに日本)。
実は前作「ジェリーフィッシュは凍らない」を読んだ時も感じていたのですが、この設定だと会話は英語ですよね。
こうやって我々日本の読者に向けて出版されていますから、当然日本語で綴られているわけで、英語で会話や記録が行われていることを前提に考えると、(ミステリとしての本筋を離れたところが多いですが)突っ込みどころがあちこちにあるのです。それはある程度やむを得ない。
なので、それを逆手に取ってあると、ズルいと感じてしまうんですよね。

と、さんざんズルい、ズルいと騒いでおきながら、ですが、それでもこういう方向性の作品は大好きです。
快調に作品を発表されているようなので、追いかけていきます。

ところで、福井健太の解説によると、前作「ジェリーフィッシュは凍らない」の感想で伏せておいた日本の某有名作の名前が、同書の文庫本の帯には書かれているそうですね。
無駄なことをしていたな、と我ながら笑ってしまいました。





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