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戦争の法 [日本の作家 さ行]


戦争の法 (文春文庫)

戦争の法 (文春文庫)

  • 作者: 佐藤 亜紀
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2009/06/10
  • メディア: 文庫

<カバー裏あらすじ>
1975年、日本海側のN***県が突如分離独立を宣言し、街は独立を支持するソ連軍の兵で溢れた。父は紡績工場と家族を捨てて出奔し武器と麻薬の密売を始め、母は売春宿の女将となり、主人公の「私」は親友の千秋と共に山に入って少年ゲリラとなる……。無法状態の地方都市を舞台に人々の狂騒を描いた傑作長篇。


2024年1月に読んだ5冊目の本です。
「戦争の法」 (文春文庫)
「バルタザールの遍歴」 (角川文庫)で、日本ファンタジーノベル大賞を受賞してデビューした佐藤亜紀の長編第二作。
佐藤亜紀の感想を書くのは「雲雀」 (文春文庫)(感想ページはこちら)以来の2作目。

ミステリ一辺倒の読書傾向なのですが、しばらく日本ファンタジーノベル大賞を追いかけようとしていた時期があり、佐藤亜紀に関しては、その中で「バルタザールの遍歴」 を受賞直後に単行本で購入して読み、正直なんだかよくわからない部分もあったけれどとても心地よく感じ、そのあともちょくちょく読むようになっています。
どの作品も濃厚というか、凝縮された小説という感がします。
内容もそうですし、字面としても、試しにどれか佐藤亜紀の本を手に取ってみてもらえばわかるのですが、字が多い! 空白が少ない印象を受けます。
いずれの作品も、人物の出し入れや構成が考え抜かれている気配が漂っていて(評論家ではないので、詳細に分析する能力を持ち合わせておりませんが)、難しく感じても、わからないと思っても、読んでいてとても楽しいんですよね。
もちろん、登場人物たちや物語そのものも面白い。それに加えて、なんというか、作品を貫く強い意志、作者の意志が感じられるんですよね──ここがわりとミステリを読んでいる時の感覚に近いのかもしれません。

この「戦争の法」も同様です。

ストーリーは、日本から独立した新潟県──いや、そうは書いてありませんね、N***県を主な舞台に、友人とともにゲリラに身を投じた少年の成長を、その少年の視点から描くものです。
地方(というのも失礼かもしれませんが)が日本から独立というと、井上ひさしの「吉里吉里人」(上) (下) (新潮文庫)を連想しますが、あちらは喜劇調であるのに対し、こちらはシリアス路線。
後ろにソ連がいる、という設定がいかにもな感じを醸し出していますよね。ソ連軍が駐留する N***県(N***人民共和国)のありようが妙にリアル(佐藤亜紀なんで、リアルが感じられるのは当たり前なんですが)。
それも一般市民(と言い切れない人もいますが)の日常生活を通して濃密に、主人公がゲリラとなるまでがしっかり描かれます。

一篇の小説としてみたとき、ゲリラの部分がメインになろうかとは思うのですが、それはゲリラ以前の部分があってこそ。
独立前、独立後、ゲリラの戦闘前、戦闘中、戦闘後、いずれの場合であっても、人々は生活をしていくし、ゲリラだって、軍だって、あるいはソ連軍だってそれは同じこと。
そのことが、時に激しく時になだらかに対比されるように、周到に構築されていて、静と動の交錯に眩暈するほど。

「最初に戦争があるわけではないし、戦争によって社会的な関係性が棚上げされるわけでもない。まず傍目にははっきりと見えない関係性があって、その延長線上にたまたま戦争があり、関係性で結ばれた個人の行動様式が戦争によって変更されるだけなのである。ここで戦争はなし崩しに国際政治の原理から切り離されていつの間にか地方風俗に回収され、煮詰められた関係性を次の段階へ進めるための材料となる。」(解説437ページ)
と佐藤哲也が説いていますが、「戦争の法」というタイトルでも、ここで描かれるのは「戦争の法」にとどまらず「人間の法」「この世の法」とでも呼ぶべき真実だと感じます。

ああ今確かな小説を読んでいるという手ごたえを感じられる、充実の読書時間でした。

以下、印象に残ったフレーズのうちのいくつかを(挙げだしたら多すぎて終わらない!)、自分の心覚えのために引用しておきます。 

「極めて知的で、教育もあり、繊細な感性を備えた男であっただけに、戦争が好きだった。にもかかわらず、ではない。大部分の真面目な農民は、ゲリラに身を投じた後も、戦争そのものにはあまり熱心ではない。こんな非常識なゲームに熱狂するのは良識がありすぎるのだ。良識を足蹴にするにはある種の思弁能力と想像力が要る。思弁し想像したことが実際の行動に移されるには、知性と押さえがたい欲望とが癒着していなければならない。知性と欲望が結びつくには、生来ごく繊細で、かつ、よく組織された感性を必要とするだろう。理性で欲望の尻を叩く悪逆の哲学者の誕生である。」(149ページ)

「余程のことでもあれば別だが、人に腹を立て続けたりするには伍長は余りにエゴイストだった。」(225ページ)

「反戦平和で平和は守れるか。もちろん守れると私は確信している。自分の心の平和位なら。武力による世界平和の維持など、どこか余所の戦争好きがやればいいことだ。」(238ページ)

「頭のいい女というのは不幸なものだ。夥しい数の女たちが戻ってきた亭主たちの首に、人目を憚らず、しがみ付いた。同じくらいの数の女たちが尻を蹴って家から追い出した。それもただ単に帰って来てくれて嬉しかったから、或いは腹が立ったから、というだけだ。これなら気が変わっても言い訳が利く。ところが頭のいい女という奴は、自分の感情をきちんと筋道立てて整理しておくから、後戻りが利かないのだ。女が利口に生きるためには頭など不要である。もっともこれは誰でも同じかもしれない」(369ページ)

「だが残念ながら、麻痺と慣れとの間には微妙で決定的な相違がある。前にも書いた通り、暴力に対する感覚が麻痺したら暴力を効果的に行使することはできなくなる。慣れというのは効果を熟知することだ。麻痺と慣れとがどの程度の割合で入り混じっているかには個人差があるが、とりあえず暴力の効果を熟知した我々にとって、ここでの殴り合いや蹴り合いに簡潔で効果的なコミュニケーション以上の意味はない。要するに純粋で儀礼的な暴力行使なのである。現にここに至るまでの立ち回りでも死人は出ていない。出そうと思えばいつでも簡単に出せるのだが。」(377ページ)



<蛇足1>
「殊更な愛国者でなくとも、今だにN***県出身者と知ると非国民扱いする者は多い」(8ページ)
ここを読んで、大昔(高校生の頃)「”今だに” は間違いで ”未だに” と書かなければならない」と言っていた国語教師を思い出しました。
PCの変換で、”今だに” というのは出ないのですね。






タグ:佐藤亜紀
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償いの椅子 [日本の作家 さ行]


償いの椅子 (角川文庫)

償いの椅子 (角川文庫)

  • 作者: 沢木 冬吾
  • 出版社/メーカー: 角川書店
  • 発売日: 2006/10/25
  • メディア: 文庫

<カバー裏あらすじ>
五年前、脊髄に銃弾を受けて能見は足の自由を失い、そして同時に、親代わりと慕っていた秋葉をも失った。車椅子に頼る身になった能見は、復讐のため、かつての仲間達の前に姿を現した。刑事、公安、協力者たち。複雑に絡み合う組織の中で、能見たちを陥れたのは誰なのか? そしてその能見の五年間を調べる桜田もまた、公安不適格者として、いつしか陰の組織に組み込まれていた。彼らの壮絶な戦いの結末は…?


2023年10月に読んだ4冊目の本。
沢木冬吾の「償いの椅子」 (角川文庫)

沢木冬吾といえば、第三回新潮ミステリー倶楽部賞高見浩特別賞を、「愛こそすべて、と愚か者は言った」 (角川文庫)という、タイトルを見ただけで読む気をなくしそうな作品で受賞しデビューした作家です──といいつつ、読んでいます。
「愛こそすべて、と愚か者は言った」は、至極まっとうなハードボイルド、活劇シーン付きの普通のハードボイルドでした。
この「償いの椅子」も同じ路線。銃撃戦付き。
主人公格の能見が車椅子を使うことも含めて、一つの定型どおりの作品になっており、そこが長所でもあり短所でもあり、という形。

能見は5年間の潜伏生活(?) のあと、車椅子で登場するのですが、本当に車椅子を必要としているのか(偽装なのか?)、慕っていた秋葉は死んでいたとされているが本当は生きているのか?、突然現れた能見の狙いは何なのか?、種々明かされないまま物語は進んでいくのが大きなポイントとなっており、その点で引用したカバー裏のあらすじは、この趣向を無視したかたちでよくないですね。
視点が能見でも、肝心の部分は明かされないまま進んでいきます。
能見のパートは、もう一つ、能見の妹家族の様子が語られます。ろくでもない義弟。義弟に虐待される姪と甥。

同時並行的に財団法人薬物乱用防止啓蒙センターに派遣されている刑事たちの物語が語られます。
秋葉、能見は、このセンターにいた有働警視と協力もしていた。
捜査対象組織が仕掛け、有働、秋葉は命を落とし、能見も車椅子生活を余儀なくされる状態になった、と。
こちらのセンターでも、不正を働くものと、5年間の能見の動きを探れと指示されるものと、さまざまな登場人物の思惑が入り乱れるかたちとなっています。

いろいろな要素を詰め込んだ欲張りな構成になっていて、それらがクライマックスの銃撃戦へ向け収斂していく、という風になっていると素晴らしかったのですが、残念ながらそうはなっておらず、絞り切れなかった要素があちこちに。

あまりにも多くのことをぼかしたまま話を進めようとしたことで、なにより肝心かなめの能見の人物像をいまひとつ把握しきれなかったのが残念。
物語構成上の必要からかと思われるのだけれど、視点が変わってしまうことが主因で、隠すこと明かしておくことをもっと整理しておいてほしかったところ。作風的にサプライズを狙ったわけではなさそうなので、なおさら。
登場人物たちを疑心暗鬼に陥らせるために、読者を五里霧中にしておく必要はないのですから。

と大きな指摘をしたものの、話自体は面白く読めました(なんだかんだでこういう話、嫌いじゃないんです)。
日本で銃撃戦というのもなかなか難しいのですが、きちんとイメージできました。それだけでも立派だと思います。
こういう作風は日本では最近少なくなっているように思いますので、続けてもらいたいです。





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アマルフィ [日本の作家 さ行]


アマルフィ 外交官シリーズ (講談社文庫)

アマルフィ 外交官シリーズ (講談社文庫)

  • 作者: 真保 裕一
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2013/01/16
  • メディア: 文庫

<カバー裏あらすじ>
日本とイタリアによる共同開発事業の調印式に出席するため、ローマ入りする外務大臣を警護せよ。特命を受けた外交官・黒田康作が在イタリア日本大使館に着任早々、大使館に火炎瓶が投げ込まれた。そんな折、母親と観光に訪れた日本人少女が誘拐され、黒田は母親とともにアマルフィへ向かう。周到に計画を遂行する犯人の真の狙いとは?


読了本落穂ひろい。
2015年の12月に読んでいたようです。真保裕一の「アマルフィ」 (講談社文庫)
織田裕二主演映画の原作、と思っていましたが、経緯が郷原宏の解説に書かれていまして、
「初めに映画のために作られたストーリーがあり、映画の公開に合わせて改めて小説として書き直された、というちょっと珍しい経歴を持った作品です。」
とのことです。

この解説に「異色の外交官を主人公にしたワンマンアーミー(一人の軍隊)型のハードボイルド」と一言で簡潔に評されている通りの作品です。
テロリスト対策室のスペシャリストで外務事務次官の特命で各国大使館に送り込まれる特別領事で、格闘技とライフル射撃の名手という設定は出来過ぎ感ありますが、よく考えたな、と思いました。
実際にこういう役職のお役人さんがいらっしゃるかどうかわかりませんが、現在の世界情勢に鑑み、いてもおかしくない、むしろいてほしい気がしますし、こういうミステリの主人公にうってつけではありませんか。

事件もそんな彼にふさわしく(?)、単なる営利誘拐ではなく(単なる誘拐という表現は問題のある表現だと思いますが、意を汲んでいただければ幸いです)、上に引用したあらすじにもある通り、真の狙いがあります。
その内容についてはミステリの感想のエチケットとして控えますが、複雑な背景を持つ事象を持ってきています。
このための手段としてこの誘拐が適切なものだったのかどうか、疑問に思うところがないではないですし、人物配置が犯行に便利なようになされている点も気になりましたが、主人公の設定に釣り合うものとして捉えました。

しっかり続編がでそうなエンディングになっていますし(実際に出てシリーズ化されています)、こういう作風は好きなのでまた読んでいきたいですね。真保裕一も読み続けていることですし。

ところで、余談ですが、タイトルのアマルフィ、あんまり出てこないんですよね、物語の舞台として。
映画は観ていませんが、しっかりアマルフィが映し出されていたのでしょうか。
世界的な観光名所ですが、小さな町なのでそこを物語の中心にはしづらかったのでしょうが、映画のため人を惹きつけるような舞台が必要だったということでしょうか。
ローマでも十分な気がしますけれど......



<蛇足>
「このイタリアでは、時として誘拐の犠牲者が、イタリア半島の爪先に当たるカラブリア州の山中で発見されることが多かった。」(102ページ)
「時として」と「多かった」というのが並立できるとは思いませんでした。
真保裕一で文章にあれっと思うことはほぼなかったのですが......
(この102ページの隣の103ページに「国情を鑑みたうえで」とあり、続けてあれっと思いました)



タグ:真保裕一
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スイッチ 悪意の実験 [日本の作家 さ行]

スイッチ 悪意の実験 (講談社文庫)

スイッチ 悪意の実験 (講談社文庫)

  • 作者: 潮谷 験
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2022/09/15
  • メディア: 文庫

<カバー裏あらすじ>
私立大学狼谷(ろうこく)大学に通う箱川小雪は友人たちとアルバイトに参加した。1ヵ月、何もしなくても百万円。ただし──《押せば幸せな華族が破滅するスイッチ》を持って暮らすこと。誰も押さないはずだった。だが、小雪は思い知らされる。想像を超えた純粋な悪の存在を。第63回メフィスト賞受賞の本格ミステリー長編!


2023年5月に読んだ4冊目の本です。
潮谷験のメフィスト賞受賞作「スイッチ 悪意の実験」 (講談社文庫)
上で引用したあらすじ、微妙に違和感があります。
むしろネット通販のページ上に書かれている下のものの方がしっくり。

夏休み、お金がなくて暇を持て余している大学生達に風変わりなアルバイトが持ちかけられた。スポンサーは売れっ子心理コンサルタント。彼は「純粋な悪」を研究課題にしており、アルバイトは実験の協力だという。集まった大学生達のスマホには、自分達とはなんの関わりもなく幸せに暮らしている家族を破滅させるスイッチのアプリがインストールされる。スイッチ押しても押さなくても1ヵ月後に100万円が手に入り、押すメリットはない。「誰も押すわけがない」皆がそう思っていた。しかし……。
第63回メフィスト賞を受賞した思考実験ミステリが文庫化!

主人公であり視点人物である箱川小雪の考え方や行動についていけず、個人的には物語に乗りそびれた感が強いのですが、それでも最後まで興味深く読みました。
予想外の展開に持ち込んで見せる技を堪能したと言えます。

あらすじに書いてある設定ですが「自分達とはなんの関わりもなく幸せに暮らしている家族を破滅させるスイッチ」(具体的にはそのスイッチが押されると、金銭的な援助が打ち切られてしまう)を押すかどうかという実験に主人公たちが参加するという物語になっているのですが、この出だしから、どうミステリに持ち込むのだろう、と思っていました。
押すにせよ、押さないにせよ、ミステリにはなりにくいな、と。
ところが物語半ばのあるページに来て、なるほど、その手があったか、と。

謎そのものは平凡というかありふれた設定ではありましたが(ここで提示される謎の絵解きに期待してはいけません)、ここですっと謎解き物語に転化するのは見事だなぁ、と思いました。

作者はさらに手が込んでいて、その後さらに物語は形を変えます。
謎解きが具現化するのですが、こういう展開になろうとは予想していませんでした。
ただ、それよりも物語の比重は、宗教観、あるいは主人公たちの人生観に重きが置かれるようになってしまいます。

「純粋な悪」研究のための実験だった、ということですから、もとより宗教観のようなものが打ち出されてもおかしくはなく、力の入れ方からして作者もここが書きたかったのだろうなと思われるのですが(各登場人物の設定も、このテーマに沿う形となっています)、ミステリ好きのこちらからすると、ここはあまりしつこくせずに、ミステリとしての側面をがんばってほしかったところ。
考え方や行動に違和感を覚えているだけに、余計そう感じてしまいました。

とはいえ、物語を転換させていくのは面白いなと感じましたので、またまた注目の作家ができてしまいました。

ちなみに「純粋な悪」というのは
「ようするに僕の考える悪とは、他者を傷付ける行為、という単純なもの。その衝動を解放させる状況によって評価が異なってくる。戦争のような、ルールで許されている他害行為は純度が低い。あいつが憎いとかあいつが持っているアレが欲しいという理由で振り降ろされる暴力は、それに比べるとマシだけどまだまだ濁っている。そして悪行機械のように、理由も躊躇もなく実行される他害行為こそが」「僕の求める、純粋な悪だったのさ。」(156ページ)
と実験を主宰する心理コンサルタントに説明されます。


<蛇足1>
「音楽とは、基本的に情景を呼び起こすものだと私は思う。歌詞の存在を問わず、激しい楽曲は嵐を、柔らかい音楽は優しい花園のような形を聞く者の頭に浮かび上がらせる。」(100ページ)
主人公のコメントです。
音楽というものに対するイメージは人それぞれかと思いますが、この受け止め方は面白いですね。
歌詞の効用についても聞いてみたくなります。

<蛇足2>
「僕に限らず社会学とか心理学系の研究者って、論証を疎かにすることも多いしねえ」(156ページ)
心理コンサルタントのコメントです。
個人的に大学のジャンル的には文系出身となりますが、ここで述べられていることは、社会学、心理学に限らずいわゆる文系一般に当てはまるように思いますね(こんなことを言うと叱られるかもしれませんが)。そもそもそれ以前として、使う用語の定義が定まっていないことも多いように思います。




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セオイ [日本の作家 さ行]


セオイ (ハヤカワ文庫JA)

セオイ (ハヤカワ文庫JA)

  • 作者: 丈 武琉
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2013/10/10
  • メディア: 文庫

<カバー裏あらすじ>
「セオイ」──それは、悩める人々が最後に頼ると噂される謎の伝承技である。技の使い手の鏡山零二と助手の美優は、西新宿の裏路地に居を構え、人知れず老若男女を救っていた。だがある時、有名作家の事故死との関連でベテラン刑事に目をつけられ、執拗につきまとわれる。必ずしも無関係とは言いがたいのだが……。鏡山はやがて、美女連続殺人事件に絡んだ恐ろしい陰謀の渦中にのみ込まれていく──衝撃のデビュー長篇!


2023年3月に読んだ5冊目の本です。
丈武琉の「セオイ」 (ハヤカワ文庫JA)
第3回クリスティー賞の候補作が出版されたもの。
ちなみにこのときの正賞は三沢陽一「致死量未満の殺人」 (ハヤカワ文庫JA)(感想ページはこちら)。

冒頭、鏡山零二が新宿駅で、周囲から作家の堀井次郎だと指摘されつつ、飛び込み自殺をします。
ところが続く第一章では、鏡山零二は「セオイ」の事務所で「背負い人」として登場。
あれ? 冒頭のシーンと時点が違うのかな? と思っていると、「セオイ」の事務所のテレビで、新宿駅で絵作家の堀井次郎が電車に轢かれて死亡したというニュースが流れる。

読者はよくわからない状態にさらされますが、次第に「セオイ」の説明とともに事情が明かされていきます。
この人の人生を “背負う” という設定が魅力的で、引き込まれてとても楽しく読みました。快作だと思います。

登場人物たちも興味深かったです。
背負われる人たちの物語も魅力的に思えました。
震災後の写真を撮る写真家のセリフ
「あの子は両親を亡くしておばあちゃんと二人で暮らしている。あんたが抱き上げた女の子は父親と姉さんが津波に飲まれて遺体も出ていない。さっき集まった子供達の誰もが、何かしらを失っているんだ。子供ってそういうことにじっと耐える。大人みたいに器用に言葉にできないし泣けない。心が砕け散りそうでも愚痴ひとつ言わない。」(162ページ)
が印象的でした。ありふれた意見かもしれませんが、折々思い返すべき言葉のような気がします。
これ以外の物語も様々です。
いろいろなエピソードを盛り込めるので、これをメインに据えた連作も作れそう。

背負い人である鏡山零二と赤星美優の関係性もおもしろかったですし、他人の人生を背負うという物語が、次第に背負い人鏡山零二自身物語になっていく展開もよかった。

ただ、物語の終盤で、この設定がよくわからなくなった、というか、「セオイ」で何ができて何ができないかが物語に都合よく後出しジャンケンされたような気になりました。
「セオイ」同士の対決的物語へと至るので、通常モードの「セオイ」と、プロ対プロとしての究極の「セオイ」とは違うのだ、ということかもしれませんが、このあたりを事前に説明しておいてもらえればいっそう感心できたのにと少し残念。
それでもとても面白い作品でした。

このときは正統派本格ミステリ「致死量未満の殺人」が受賞作でしたが、この「セオイ」 (ハヤカワ文庫JA)のような作品が受賞してもおもしろかったかも、と思えました。



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キネマ探偵カレイドミステリー ~再演奇縁のアンコール~ [日本の作家 さ行]


キネマ探偵カレイドミステリー ~再演奇縁のアンコール~ (メディアワークス文庫)

キネマ探偵カレイドミステリー ~再演奇縁のアンコール~ (メディアワークス文庫)

  • 作者: 斜線堂 有紀
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2017/08/25
  • メディア: 文庫

<カバー裏あらすじ>
日常は映画より奇なり
 火事で家が燃え、嗄井戸(かれいど)が住む銀塩荘の一階に引っ越した奈緒崎(なおさき)は、嗄井戸の部屋に入り浸る日々を過ごしていた。
 夏休みが終わり、大学に赴いた奈緒崎は同級生にかけられた『スタンド・バイ・ミー』窃盗容疑を晴らすため、嗄井戸のもとへ向かうが――。
 実力派女優の家に残されたピンク色の足跡、中古ビデオ屋の査定リストに潜む謎……圧倒的な映画知識で不可解な事件を解決してみせる引きこもりの秀才・嗄井戸。その謎解きの中には彼自身の過去が隠されていて――?!


2023年2月に読んだ8冊目の本です。
「キネマ探偵カレイドミステリー」 (メディアワークス文庫)(感想ページはこちら)に続く、斜線堂有紀の第2作。
「キネマ探偵カレイドミステリー ~再演奇縁のアンコール~ 」(メディアワークス文庫)

第一話「再演奇縁のオーバーラップ」(『スタンド・バイ・ミー』)
第二話「自縄自縛のパステルステップ」(『アーティスト』)
第三話「正誤判定のトレジャーハント」(『バグダッド・カフェ』)
の三話からなる連作短編集、『バグダッド・カフェ』観てないなぁ。
なんですけど、このエンディングはずるいよ、斜線堂さん。
嗄井戸の過去につながりそうな、とても怖いシーンで終わるだなんて!

巻頭に、探偵役を務める嗄井戸高久と語り手である俺・奈緒崎との牧歌的とも言えるやりとりが掲げられているので、安心していたら、なんという終わり方。
続きが気になって仕方ない。

さておき。各話みていくと、
「再演奇縁のオーバーラップ」は、奈緒崎の同級生が『スタンド・バイ・ミー』を盗んだ疑いをかけられるという物語ですが、盗みそのものから話の焦点がずれていくところがおもしろかったですね。しかし、この同級生は運のいいやつだ。
「自縄自縛のパステルステップ」は、白い敷石につけられたピンク色のペンキの足跡の謎なのですが、正直無理があると思います。実物を見たわけではないので、そういうものだと言われたらそれまでなのかもしれませんが、登場人物は絶対気づくと思いますし、心理的にもありえないと思うのですが(登場人物が状況に慣れていなかったというのがギリギリ可能な解釈でしょうか)。
同種のアイデアを使った作品は、ミステリではいくつか先例がありますが、いずれも鮮やかというよりはミスが目立つので、使いにくいアイデアなのかもしれませんね。
とはいえ、舞台女優である荒園杏子が印象的だったのと、束(たばね)と奈緒崎の話というのがなかなか味わい深かったので、楽しみましたが。
「正誤判定のトレジャーハント」は、遺産が一千万単位で少なかったので、死後に処分されたDVD、VHSコレクションの中にお宝が隠されていたのではないか、という謎で、目のつけ処が面白いなと思いました。でも、簡単にできるのかな、これ?
そして最後にねぇ.....こんな爆弾シーンで締めくくるなんて、斜線堂さん、いじわるです。

この「キネマ探偵カレイドミステリー ~再演奇縁のアンコール~ 」(メディアワークス文庫)は、嗄井戸の影が薄いわけでは決してありませんが、語り手である奈緒崎のキャラクターがどんどん浮き彫りになっていく感じがしてとても楽しかったです。
さて、「キネマ探偵カレイドミステリー ~輪転不変のフォールアウト~」 (メディアワークス文庫)をなるべく早く読まなきゃ。


<蛇足1>
「フィルム・アーキビストです。いわば、映画の保存師ですね。映画を後世に残す為、フィルムの劣化を防ぎ、全ての映画を守る仕事です。」(21ページ)
そういう職業があるのですね。
非常に重要な仕事だと思います。

<蛇足2>
「トーキーってなんだ?」
「そのまま、無声映画に対して音声のついた映画のことだよ。麗しくも喋るもの。Moving Picture が movie になるんだから Talking picture が Talkie になるのも自明だろう?」(153ページ)
なるほど。トーキーという語は知っていましたが、語源的にムービーと相似形ということは意識していませんでした。

<蛇足3>
「終幕だ。……愁作(ゆうさく)だったな」(184ページ)
嗄井戸の決めゼリフで、一話目が奇作で、三話目が「感涙必至の秀作」だったのですが、この第二話の「愁作」がわかりませんでした。まあ、「愁い」という字で雰囲気はわかるんですけど、愁の字を「ゆう」と読んだら伝わらない気がします。
小説ならではの表現ということでしょうか?





タグ:斜線堂有紀
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アンダーリポート [日本の作家 さ行]


アンダーリポート (集英社文庫)

アンダーリポート (集英社文庫)

  • 作者: 佐藤 正午
  • 出版社/メーカー: 集英社
  • 発売日: 2011/01/20
  • メディア: 文庫

<カバー裏あらすじ>
単調な毎日を過ごしていた検察事務官・古堀徹のもとに突然・かつての隣人の娘・村里ちあきが現れた。彼女の父親は15年前に何者かによって殺され、死体の第一発見者だった古堀に事件のことを訊ねにきたのだ。古堀はちあきとの再会をきっかけに、この未解決の事件を調べ始める。古い記憶をひとつずつ辿るようにして、ついに行き着いた真相とは――。秘められた過去をめぐる衝撃の物語。


2022年10月に読んだ最後の本です。6冊。
佐藤正午はミステリ作家ではないのですが、ジャンル的に隣接するような小説を書かれていまして、何作か読んでいます。


あらすじではなだらかに書かれていますが、この小説の叙述の順番は少々異なります。
冒頭の第一章「旗の台」で主人公はカフェを訪れ、そこの女主人と過去をめぐって会話を交わします。
この第一章の最後の不穏です。
「彼女に視線をとらえられたまま、それをひといきに飲む。自ら殺人を認めた女に、十五年前、人ひとり撲殺した女に、自分よりもずっと背の高いひとりの男を金属バットで殴り殺した女に、目を見つめられたまま」
というのですから。
そして第二章「大森海岸」では、主人公が想像する十五年前の光景が描かれます。若い母娘と若い女性が遭遇するシーン。
第三章があらすじにも書かれている、元隣人の娘が主人公のもとを訪れるシーン。

いったいどういう物語が展開されるのだろう、と想像するのがいつも佐藤正午の小説を読む楽しみなのですが、この作品はいわゆる「真相」の見当が簡単についてしまいます。
第一章、第二章の書き方、配置からして、読者に「真相」の見当をつきやすくしたのも、作者の手の内のはずです。

最終的に時効が成立する事件が起こったことは明らかで、その「真相」へ向けて主人公はゆっくりと過去を回想していきます。
読者もそれとともに当時の状況、事件を追体験します。

この手法、ミステリでいうとルース・レンデルの「ロウフィールド館の惨劇」 (角川文庫)を連想しました。
連想しましたが、違いが結構あります(当たり前ですが)。
なにより、事件や登場人物に対する作者のまなざしが違いますね。
佐藤正午のまなざしには、レンデルのような意地の悪さは感じられません。
といって、温かい目を注いでいるというわけでもない。

実は語り手である主人公に共感できなかったんですよね。
一つには、この小説が何人かの女性を軸にした物語であるということが影響しているでしょう。
そして重要なのは、作者のまなざしの正体を未だに見抜けていないことにあると感じています。

ぼくにとっては、何年か後に読み返してみる必要がある小説なのかもしれません。

最後に、この小説、手に取った集英社文庫版は品切れ状態で、今は小学館文庫で手に入るようです。
こちらには後日譚の短編「ブルー」も収録されているようで、こちらも読んでみる必要があるのでしょうか。


アンダーリポート/ブルー (小学館文庫)

アンダーリポート/ブルー (小学館文庫)

  • 作者: 佐藤 正午
  • 出版社/メーカー: 小学館
  • 発売日: 2015/09/08
  • メディア: 文庫





タグ:佐藤正午
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東京結合人間 [日本の作家 さ行]


東京結合人間 (角川文庫)

東京結合人間 (角川文庫)

  • 作者: 白井 智之
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2018/07/24
  • メディア: 文庫

<カバー裏あらすじ>
生殖のために男女が身体を結合させ「結合人間」となる世界。結合の過程で一切嘘が吐けない「オネストマン」となった圷は、高額な報酬に惹かれ、オネストマン7人が孤島で共同生活を送るドキュメンタリー映画に参加する。しかし、道中で撮影クルーは姿を消し、孤島の住人父娘は翌朝死体で発見された。容疑者となった7人は正直者(オネストマン)のはずだが、なぜか全員が犯行を否定し……!? 特殊設定ミステリの鬼才が放つ、狂気の推理合戦開幕!


2023年も5月になりました。
2022年9月の感想をよたよたとアップしてきていますが、しばらく感想を書き溜めていたので、ここからしばらくは書き溜めた分を使って毎日更新していきたいと思います。
よろしくお願いします。

2022年9月に読んだ3冊目の本です。
「人間の顔は食べづらい」 (角川文庫)(感想ページはこちら)が第34回(2014年)横溝正史ミステリ大賞候補作となり同作でデビューした白井智之の第2作。

「人間の顔は食べづらい」もとんでもない設定の作品でしたが、今度の「東京結合人間」 (角川文庫)もすごいですよ。よくこんなこと考えつくなぁ。

プロローグで結合人間のメカニズムが読者に提示されます。
「ぼくたち人間は、哺乳類のなかでも極めて特殊な生殖を行っている。人間が子孫を残すには、オスとメスが生殖器を使って交尾するのではなく、互いの身体を結合させなければならない。」(17ページ)
「二人分の体細胞が合わさった巨大な骨格を手に入れることで、赤ん坊の脳が肥大化しても出産に困らなくなったわけだ。おまけに二人の男女が結合すれば、一個体の脳の容量は倍になるし、身体能力も大幅に向上する。」(17~18ページ)
「一般的な結合であれば、前頭葉や記憶海馬を含む大脳は女の神経細胞が基礎になって、脳幹や小脳は男の神経細胞が基礎となる。ざっくる言うと、感情や記憶をつかさどる部分は女の細胞がもとになって、身体機能や動作をつかさどる部位は男の細胞がもとになるってわけ。
 ところが数千組に一度という割合で、この結合に異常が起こる。男の神経細胞をもとにした大脳と、女の神経細胞をもとにした脳幹や小脳を持つ、脳機能が逆転した結合人間が生まれてしまうんだ」
「脳機能が逆転してしまった人々は、例外なく、あるコミュニケーション障害を背負わされることになる。詳細なメカニズムは解明されていないんだけど、どういうわけか、一切嘘が吐けないんだ。これがオネストマン──つまり正直者という言葉の由来でもある」(19~20ページ)

こんなこと思いつきます? すごい。
最後のところだけ読むを、いわゆる正直村、嘘つき村の設定のようにも思えますが、そこに ”結合” という概念を持ち込んだところがこの「東京結合人間」 (角川文庫)のミソ。
結合シーンはエロよりはグロでして、想像するだけで嫌な気分になれます。かなり読者を選ぶ設定。

ところが、プロローグに続く「少女を売る」と題されたパートはもっとグロい。
章題からわかると思いますが、この世界における売春組織の顛末が描かれます。
ミステリファンにはここで投げ出さずに読み進めてほしいです。

そして最後の「正直者の島」にいたって、オネストマンたちが集まった島での連続殺人劇の幕が切って落とされます。
ここからがミステリとしての本領発揮です。
いままでの恐ろしくグロい部分は、このための伏線。
足跡、潮の満ち引きといった定番の手がかりも、包丁や人影といった小道具も、しっかり立体的に謎解きに関わってきます。
なにより、嘘のつけない結合人間(オネストマン)という設定を、うさんくさいというか懐疑的に見えていたのですが、見事な使い方に参りました。素晴らしい。
341ページで図(と呼んでよいと思いますが)で示されるロジックなんかも、冴えていて楽しいと思いました。

独特な世界で、非常に読者を選ぶ恐ろしい作家ですが、惹きつける魅力があります。


<蛇足1>
「実験的な作風ゆえに資金集めに苦労しており、映画の製作費を捻出するために、名を伏せて猥雑なオカルト雑誌に記事を書いていた。」(234ページ)が撮った映画が「彼が貯金をはたいて撮った」(235ページ)と形容されているのですが、この状態はあまり「貯金をはたく」という形容がふさわしいとは思えませんね......

<蛇足2>
「きみも睡眠薬を飲んでるんだって?」
「ええ、飲んでます。ときどき猛烈な不安に襲われて眠れなくなるんです」
「仲間だね。ぼくも飲んでるよ。酒と一緒に飲んで寝ると、願ってもない効果があるんだ」
「願ってもない効果?」
「悪夢だよ。そりゃもうとんでもない悪夢を見るんだ」(234~235ページ)
睡眠薬とアルコールでこんな効果があるのですか......

<蛇足3>
「羊歯病の症状ゆえに全身を虫に噛まれ血だるまになった少年が『軟膏を貸してくれませんか』と言って門を叩くシーンは、圷の脳裏にもくっきりと染みついている」(235ページ)
これ蛇足1で触れた映画監督が撮った映画の説明です。
このシーン、なんだか既視感があるような気がするのですが、具体的なタイトルが思い浮かびません。作者の幻術にとらわれてしまったでしょうか?


<2023.8.3追記>
「2016本格ミステリ・ベスト10」第8位です。


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薬喰 [日本の作家 さ行]


薬喰 (角川文庫)

薬喰 (角川文庫)

  • 作者: 清水 朔
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2022/07/21
  • メディア: 文庫

<カバー裏あらすじ>
ジビエで町おこしを狙うU県北篠市二桃地区には、子どもの神隠し伝説がある。その取材に同地を訪れた作家・籠目周(かごめあまね)は、近くの小学生が山で行方不明になっったと聞く。現場を散策中、包丁を振り下ろし一心不乱に何かをしている男と遭遇。気圧されて後退った先に発見したのは、切株のうえの小さな「右手」だった――。驚異的な舌を持つ名探偵と直感(のみ)が冴えるイケメン作家、相性サイアクのバディが現実事件を追う。痛快民俗学ミステリー。


映画の感想が続きましたが、本の感想に戻りまして、2022年9月に読んだ8作目(9冊目)の本です。
清水朔さんというのは初見の作家で、通常だとスルーしてしまうところなのですが、帯に民俗学ミステリーと書かれていたことと帯に京極夏彦の名前が見えたことで、気になって購入しました。
京極夏彦のコメント
「つぎつぎと“謎”が死んでゆく。その先にあるものは、果たして何か。」
というもので、特段褒めているようには思えませんが(笑)。

軽いタッチで描かれていましてスラスラ読めました。
でも、軽いタッチとはいっても、いわゆる民俗学ミステリのある意味王道をいく作品だと思いました。

語り手はミステリ作家の籠目周(かごめあまね)。
作品のタイトルが「早起きはサーモンの得」「イスカの嘴のスレ違い」「周期的なオコジョ」というのだから、どういう作風なのだか不明ですが(笑)。
子どものころ、神隠しにあった経験を持つ、というのがポイントですね。
対する探偵役は、地元のローカルテレビで、隔週で珍しい食材や調理法、お店などを紹介する「タヌキ先生の珍食(ちんしょく)バンザイ!」という自分のコーナーを持っているという祝(いわい)秋成。名探偵ミステリでは定番と言える奇矯な主人公です。

神隠しについて取材していた籠目が現地で祝と会うという流れですが、この二人出会いからして相性が悪く、ことあるごとに角突き合わせる感じです。このやりとりを通して食に関する蘊蓄が繰り広げられます。
身土不二(「人と土地とは二つならず――つまり密接に結びついた関係」(129ページ))とか三里四方(「三里四方で取れる食べ物を食べていれば病にならないという昔からある俗諺」(130ページ))とかの語がさらりと出てきます。

タイトル「薬喰」も
「古来、食べ物は薬と同義でもあったんだ。滋養をつけるための方便を『薬喰(くすりぐい)』て言ってな」
「普段は忌んでいたとしても、病人には滋養をつけるために肉食が必要ならば、薬として食べればいい。つまり方便だ。そうやって搔い潜ってきた者たちがいるからこそ、牡丹や柏、紅葉などと言った暗喩が今も使われているんだ。山くじらなんてそのままじゃないか。」(131ページ)
とその中で簡単に説明されています。
作品を読んでいただくとわかりますが、そのままのようでいて鋭い、いいタイトルだと思いました。

籠目自身の神隠しの謎の解明は、当時のビデオ録画を通して祝が真相を提示するのですが、かなり無理が多く、あまり感心できません。
一方でメインの事件の方は、ちょっと雑なところもあるのですが、テーマに寄り添っていて、いわゆる民俗学ミステリのある意味王道をいく作品と思ったゆえんです。

気になる作家になりましたので、他の作品もいずれ読んでみたいと思います。



タグ:清水朔
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風鈴教授の優雅な推理 [日本の作家 さ行]


風鈴教授の優雅な推理 (徳間文庫 さ 3-18)

風鈴教授の優雅な推理 (徳間文庫 さ 3-18)

  • 作者: 佐野 洋
  • 出版社/メーカー: 徳間書店
  • 発売日: 2023/01/22
  • メディア: 文庫

<カバー裏あらすじ>
地方都市の大学で講義をする風見の楽しみは、地元の喫茶スナック「ポルト」のママ・門倉須美とのひとときである。新聞記者時代から軽い評論を書いていたこともあり、学内でも風流教授といわれている風見だが、彼女は、夫が命名した風流ならぬ“風鈴”教授という呼び名が気に入っている。風見には隠れた特技があり、その“技”を駆使しながら、さまざまな事件を推理してゆく。洒落た都会感覚ミステリー連作集。


2022年6月に読んだ8作目(10冊目)の本です。
本棚に眠っていた積読です。奥付を見ると1999年7月。

佐野洋は多作家で、数多くの作品を残していますが、もう新刊書店では手に入らないのではないでしょうか。
非常に短編が多い印象で、星新一がショートショート1000作で話題になりましたが、佐野洋は短編を1000作以上書いています。

都会感覚かどうかはともかくとして、技巧派として知られていて、洒落た印象が残るのが佐野洋作品の特徴と理解しています。
怨念とか情念とは程遠い世界。その意味ではあっさりしている、と言ってもいいかもしれませんが。

しかし、この作品はどうでしょうか。
引用したあらすじにも書いてありますが、主人公は不倫をしています。その意味では、風流教授ならぬ風鈴教授でもなく、単なる不倫教授。
おそらくは掲載誌からの要請だったのでしょうけれど、エロ的な部分を盛り込んでいるのですが、この部分はおそろしく泥臭い。
各話のエピソードにも、技巧派らしいひねりが見られるものもありますが、失礼ながら書き飛ばした感がします。

エロというほどのこともないのですが、佐野洋には密会の宿シリーズがあり、近いといえば近いです。
あちらは、二人の関係も描かれてはいるものの、解かれる事件の方に主眼があるのに対し、こちらは事件が主ではあるものの、二人の関係性に比重が比較すると大きく盛り込まれている点が違うかもしれません。
佐野洋は、エロは不得手だった、ということなのでしょう。

どうしてこの本買っちゃったのかな?
昔の自分よ、反省しなさい。


<蛇足>
「私は、真っ先に考えたのは、風見に電話をかけることであった。
 しかし、送受器に手を伸ばしかけて、私は躊躇した。」(241ページ)
携帯はまだそれほど一般的ではなった頃で、主は固定電話でしたが、送受器というのは珍しいですね。
一般的には受話器と呼んでいたものです。
たしか「推理日記」で、電話のあの部分は受話機能だけではないのだから、送受器と言うべきと佐野洋が書いていたことを思い出しました。




タグ:佐野洋
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