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消えた宝冠(ポプラ社) [海外の作家 ら行]



<カバー裏あらすじ>
ルパンから届けられた一通の犯行予告。今度のターゲットは、グルネイ・マルタンが所有する数千万フランの宝石がちりばめられた宝冠だった。名刑事ゲルシャールは鉄壁の警戒で対抗するが、なぜか宝冠は消え去ってしまった。変装の天才・ルパンが化けているのは一体誰?



2024年10月に読んだ5冊目の本です。
モーリス・ルブランの「消えた宝冠 怪盗ルパン全集シリーズ(13)」 (ポプラ文庫クラシック)

南洋一郎訳のルパンをポプラ文庫で読み返しているうちの1冊です。
原書刊行順に読んでいたつもりが、全然違う順で読んでいました......
本書は、前回読んだ「怪盗対名探偵」 (ポプラ文庫クラシック)(感想ページはこちら)の後、「奇巌城」(ポプラ文庫クラシック)(感想ページはこちら)の前に発表されていたようです。
「この本を読む人に」という訳者による前書きに、F・クロワセットとの合作でアテネ座で上演し好評を博した劇と、それを英国人のE・ジェプソンが合作で英文の小説にしたものを合わせて翻訳した、と書かれています。南洋一郎は、戯曲と小説のいいとこどりをしたわけですね。

この経緯を読むと、一般に本書の邦題が「リュパンの冒険」 (創元推理文庫)(東京創元社は、ルパン、ではなく、リュパン表記です)とされている理由がわかりますね。小説のルパンものを読んできた身からすると、「ルパンの冒険」というのは、なんともしまらないタイトルですが、劇として上演されるものであれば理解できます。

そういう成り立ちの作品だからか、いかにも、ルパンものってこうだよね、と言いたくなるような内容になっていて、満足度高いです。

本書に登場するのは、いつものガニマール刑事ではなく、ゲルシャール部長刑事です。
「名刑事のガニマールも、英国の大探偵シャーロック・ホームズも、フランスの生んだ最大の名探偵といわれるゲルシャール部長刑事まで、いつもルパンに裏をかかれて、みじめな敗北をしてきたのだ。」(21ページ)
という、いささか気の毒な紹介ぶりです。ここにちゃっかりシャーロック・ホームズに言及しているのがおかしいですね。

ゲルシャール部長刑事は名探偵という触れ込みで、マルタンの屋敷にルパンが忍びこんだ現場にやってくると、すぐさま、暖炉の防火ついたての後ろに隠れていた死体を見つけるというエピソードが披露されていますが、これはゲルシャールの明察というより、見つけられなかった予審判事がボンクラなだけな気がします(笑)。
「あなたが見おとすのもむりはないですよ。ついたてがあるんですからね。」(87ページ)
って、ゲルシャールはとりなしますが、無理あるでしょう。

冒頭の前書きに、「これが上演されたとき、観客は、意外な人物がルパンだとわかって、びっくりし、大拍手をしたのでした」と書かれていますが、この人物、ルパンものに慣れた身には意外でも何でもなく、登場した瞬間にこいつはルパンだな、と見当をつけてしまうような設定なのですが、それでもしっかりハラハラ、ドキドキ、とても楽しく読めます。
この正体を知っているうえで本書を読むと、あちこちに、アンフェアではないか、と思われそうな箇所があるのですが、注意して読むと非常に気を使った書き方がされていて、アンフェアとは言い切れないようになっているように思われました。嫌味な大人になってから読み返しての、新しい発見です(笑)。

上にも書きましたが、いかにも、ルパンものってこうだよね、ルパンはこうでなくちゃね、と言いたくなるような内容でとても楽しめましたので、ルパンものを読んだことのない方(そんな人、いるんだろうか? と思えてしまうくらい流布していますが)に数ある作品の中からおすすめかな、と思います。


<蛇足1>
「グルネイ・マルタンは億万長者といわれている。財産が何億万フランもある大金持ちという意味だ。」(17ページ)
「億万長者」ってよく使われる表現ですが、変な表現ですね。百万長者ならすんなり意味が通るのですが。

<蛇足2>
「その頭取のダレイが貯金を横領して、株で大もうけをして、じぶんは財産を倍増し、二千人もの預金者を破産させた。中には自殺したものさえあった。
 その頭取のダレイのやしきへしのびこんで、金庫をからっぽにしたのがルパンだった。かれはその金をぜんぶ預金者に分配してしまった。」(22ページ)
いかにもルパンらしいエピソードですが、前段のダレイ貯蓄銀行事件と呼ばれる事件、ルパンの出番を待つまでもなく、普通に頭取が逮捕されて、お金も(ある程度は)返還されるように思うのですが?

<蛇足3>
「そこで、すぐにホームズの住所、ロンドン、ベーカー街二二一番地へ手紙がおくられた。」(119ページ)
Bはどこへ行ったのでしょう?
まあBが欠けていても、ホームズ宛の手紙は届くでしょうけれど(笑)。

<蛇足4>
「この日、パリの市内では二けんの引越しが、おなじ日のおなじ時刻にかちあったので、いやもう大変なごだごだだった。」(227ページ)
パリほどの大都市が、たかが2軒の引越しで......と笑ってしまいました。
おなじ建物に住んでいる2軒ということでしたので、そのビルでは大騒ぎだった、ということですね。




原題:Arsène Lupin/Une Aventure d'Arsène Lupin
作者:Maurice Leblanc
刊行:1909年(Wikipediaによる)
訳者:南洋一郎





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怪盗対名探偵(ポプラ社) [海外の作家 ら行]



<カバー裏あらすじ>
第一次世界大戦で右足を失ったベルバル大尉は、父の墓で、自分と美しい看護婦・コラリーにまつわる深い謎と不思議な運命を知る。やがて二人は、ルパンと敵国ドイツのスパイが「黄金三角」という言葉と、十億ドルもの金貨をめぐっての命がけの戦いに翻弄されていく・・・・・。


2024年9月に読んだ1冊目の本です。
モーリス・ルブランの「怪盗対名探偵 怪盗ルパン全集シリーズ(9)」 (ポプラ文庫クラシック)

まずタイトルがいいですね。
日本では一般に「ルパン対ホームズ」として知られている作品ではあるものの、原題は Arsène Lupin contre Herlock Sholmès。アナグラムになっていて、あからさまにホームズを意識してはいますが、ホームズではないですね。
本書も文中ではホームズと書いてしまっていますが、それでもタイトルにホームズと謳わないのはいいことだと思います。

この物語におけるふたりの初対面のシーンがおもしろいですね。
ホームズとワトソン、ルパンとルブランがパリの北駅近くのレストランで出会います。
逆手を使ってやれ、とホームズに気づいたルパンがホームズの席に挨拶しに行きます。(125ページ)

最初の事件は、老教授が購入した古い机がルパンに盗まれるというものです。
教授が机にしまっていた宝くじがなんと百万フランの大当たり。
ルパンは宝くじを返すから半分の五十万フランを返せ、と言う(机は返さない笑)。

ここまで読んで、変だなぁ、いい加減だなぁ、と思いました。
この宝くじ、ルパンでも賞金引き換えができそうな書き方になっていましたので、今手元にある宝くじを教授に返してやる必要がルパンにはまったくないから、です。
ところが、読み進むと、ルパンがこういう行動をとる理由がちゃんと分かるようになっていました。

ルパンもの、南洋一郎の翻案を少々侮っておりました。失礼しました。
この事件が無事解決 (?) したところで──ルパンたちが現場からどうやって消えたかの謎は残りますが──、次のユダヤのランプ事件となります。
ここでいよいよ、ホームズ招聘です。

ホームズを呼ぶことに軋轢があるかとおもいきや、
「ガニマールもさっぱりしたパリっ子らしい老人だから、男らしく、じぶんの失敗をみとめ、
『ホームズ氏ならかならず成功するでしょう。わたしも喜んで賛成します。けっして、いやな気はもちません』
 と、ちっともこだわらずにいった。」(119ページ)
と、なんだかさわやか。
でも、後になってホームズがちょっとした失敗をすると
「ガニマールはまだ笑っている。署長もにやにやしている。ふたりとも、ホームズが英国からやってきたことを内心こころよく思っていない。」(187ページ)
なんてくだりもあり、やっぱり軋轢あるんだ、ガニマールもパリ警視庁も快く思っていなかったんだ、と笑ってしまいました。

事件の捜査ぶりや、いろいろな言動が、ホームズらしくなく思われ違和感が拭えないところですが、そこはそれ、これはホームズではなく、Herlock Sholmès ですからね。気にしてはいけないのでしょう。

ルパンたちが現場からどうやって消えたかの謎の真相は、通常のミステリであれば禁じ手とされるものですが、ルパンものには似つかわしく思います。まあ、禁じ手といっても容易に読者が想像つけられますしね。ホームズがそれに気づく段取りは少々ぎこちないですが。

全体として読む前に想像していたよりも細部が考えられている印象を受けました。
このあとの作品は心して読むようにします。


<蛇足1>
「ガニマールはホームズのような天才的名探偵ではないが、観察力、推理力はひとなみすぐれていたし」(83ページ)
「人並みすぐれた」というのは正しい表現なのですが、人並み ”以上に” とならないのは不思議ですね。

<蛇足2>
「なにしろ、すばらしい歴史的な青色ダイヤの競売だというので、わんさわんさの人出だった。」(92ページ)
わんさわんさ、という表現、なんだか懐かしい響きです。最近聞かないような。

<蛇足3>
「そこで、すぐにホームズの住所、ロンドン、ベーカー街二二一番地へ手紙がおくられた。」(119ページ)
Bはどこへ行ったのでしょう?
まあBが欠けていても、ホームズ宛の手紙は届くでしょうけれど(笑)。

<蛇足4>
「この日、パリの市内では二けんの引越しが、おなじ日のおなじ時刻にかちあったので、いやもう大変なごだごだだった。」(227ページ)
パリほどの大都市が、たかが2軒の引越しで......と笑ってしまいました。
おなじ建物に住んでいる2軒ということでしたので、そのビルでは大騒ぎだった、ということですね。




原題:Arsène Lupin contre Herlock Sholmès
作者:Maurice Leblanc
刊行:1908年(Wikipediaによる)
訳者:南洋一郎



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黄金三角(ポプラ社) [海外の作家 ら行]



<カバー裏あらすじ>
第一次世界大戦で右足を失ったベルバル大尉は、父の墓で、自分と美しい看護婦・コラリーにまつわる深い謎と不思議な運命を知る。やがて二人は、ルパンと敵国ドイツのスパイが「黄金三角」という言葉と、十億ドルもの金貨をめぐっての命がけの戦いに翻弄されていく・・・・・。


2024年7月に読んだ2作目の本です。
モーリス・ルブランの「黄金三角 怪盗ルパン全集シリーズ(6)」 (ポプラ文庫クラシック)

子どものころ読んでいるのですが、まったく覚えていませんでした。
こういう話でしたか。

タイトルにもなっている「黄金三角」というのは大量の金貨の隠し場所を示すと思われる紙片のはしり書きを指すのですが、この種明かしは衝撃的なほど意味がなく、しかも隠し場所として有効ではなさそうなところがなんとも.......
また、国家の行方を左右する黄金(金貨)というのを大銀行家とはいえ一介のスパイがほぼ独占状態にあったというのも、なかなかな設定です。

とはいえ、スペイン貴族ドン・ルイ・プレンナに扮して大活躍するルパンはとてもかっこいいし、読んでいてとても楽しい。

このドン・ルイ・プレンナ、スペイン貴族なので、フランス国民ではないはずなのですが、
「これは、フランス国家の大秘密です。もし、かれの悪計(わるだくみ)どおりに事がはこんだら、フランスは破滅し、フランス人は敵国のどれいになってしまうのです。ぼくは、それを知って、じっとしてはいられずに、とびだしてきたのです」
「『かれの大陰謀はかならずうちやぶらなければならないのです。ぼくはフランスとフランス人のために、かれとさいごの決戦をするのです』
 ドン・ルイ・プレンナの両眼はらんらんとかがやき、その全身にはすさまじい愛国の闘志が烈火のごとくにもえあがっているのだった。」(ともに188ページ)
とフランス人丸出しのセリフを力説するあたりはご愛嬌でしょうね。
(第一次世界単線中のこと、隣国の人が助けてくれるというのはあり得る話ではあると思いますが......)

物語の構造は単純だけれど、しっかりハラハラ、ドキドキできる、楽しい時間を過ごせました。



原題:Le Triangle d'or
作者:Maurice Leblanc
刊行:1917年(Wikipediaによる)
訳者:南洋一郎








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七つの秘密(ポプラ社) [海外の作家 ら行]



<カバー裏あらすじ>
国宝級の美術品が厳重に警備された屋敷から忽然と消え失せた。はたしてルパンの仕業なのか? 名刑事ガニマールがその謎を解き明かす『古代壁掛けの秘密』、毎年同じ日に古い屋敷に集まる人びとの秘密をルパンが探る『三枚の油絵の秘密』など、七編を収録した傑作短編集。 解説/光原百合


2024年56月に読んだ2冊目の本です。
モーリス・ルブランの「七つの秘密 怪盗ルパン全集」 (ポプラ文庫クラシック)
ポプラ社のこのシリーズとしてはこの前に読んだ「古塔の地下牢―怪盗ルパン全集」 (ポプラ文庫クラシック)(感想ページはこちら)が第4巻で、今回の「七つの秘密」が第10巻なので順番を飛ばしていますが、原著刊行順で読もうとこちらを手に取りました。

大人向けのタイトルは「ルパンの告白」 (新潮文庫)というのが一般的でしょうね。

タイトルからも想像がつきますが、以下の7編収録の短編集です。
日光暗号の秘密
赤マフラーの秘密
古代壁掛けの秘密
三枚の油絵の秘密
空とぶ気球の秘密
金の入歯の秘密
怪巨人の秘密


事件をしっかり解決しつつ、怪盗として自らの利益をしっかり確保するように動くルパンが痛快。
短編なので食い足りないところは多々あるものの(ルパンは長編で大活躍するのが似合うと思うのです)、小技の効いた作品が並んでいて、とても楽しい。

「日光暗号の秘密」の日光暗号、他愛もないといえば他愛もないものなのですが、こういうのワクワクしましたねぇ。
定石通りといっていいような犯人設定も楽しい。江戸川乱歩の怪人二十面相とか、ほとんどこういう感じじゃなかったでしょうか?

「赤マフラーの秘密」は有名な作品ですね。サファイアの隠し場所、面白いとは思うのですが、これはすぐにばれちゃうんじゃないかなぁ、と思ったりして。少なくともガニマール警部が気づかないのは変だなぁ、と思うくらいです。

「古代壁掛けの秘密」も定番中の定番の犯罪を描いています。
ガニマールの上司 (?) の係長が
「うーむ、おどろくべき謀略だ。じつに先の先まで考えたトリックだ。おそろしいやつだ。」(142ページ)
というのですが、いや、それは言い過ぎでしょう。そこまでの仕掛けではありませんよ(笑)。

「三枚の油絵の秘密」は謎がおもしろい。年に一度、同じ日に空き家 (?) となっている古い屋敷の庭に集まって過ごす謎めいた人々。
ルパンが義賊であることをしっかり示してくれています。

「空とぶ気球の秘密」
「航空船」(209ページ)、「大気球」「気球船」(213ページ)、「自由気球」(235ページ)といろいろな名前で呼ばれているのですが、出てくる気球が印象的です。
「自由気球」というのにピンと来なかったのですが、地面につないでいないものをいうのですね。
ルパンではなく、ジム・バルネ私立探偵局長というのが登場して活躍するのですが、ラストには
「まるで、きみはルパンみたいな、すばしこいやつだ」
「ふふっ、わがはいがルパンね……あんがい、そうかもしれんな」(246ページ)
なんて、ベシュー刑事といけしゃあしゃあとした会話をしますが、まあ、どう見てもルパンですね(笑)。
フランス中部の地元の農夫たちのセリフが
「ふんとだ」「ふんとになあ」「ふんとにねえ」「ふんとに」(203~204ページ)
となっていておもしろかったです。

「金の入歯の秘密」もジム・バルネ私立探偵局長が登場。
ベシュー刑事も登場しますが、
「あいつ、しゃくにさわるやつだが、えらいやつだ。あいつににらまれると、どんな怪事件でも迷宮入り事件でも、たちまちかいけつしてしまう。あいつは、わるいやつだが、一種の名探偵だな」(247ページ)
なんて考えてる場合じゃないぞ(笑)。
特に、この事件の仕掛けはあまりにもあからさま過ぎて、真相に気づかないのが不思議なくらいですから。

「怪巨人の秘密」は、まったくもってどう考えたらいいのか悩む怪作で、笑えてきます。
解説で光原百合が「とある歴史的ミステリ作品へのオマージュとして読むべきだろう(そちらを未読の方のため作品名は伏せるが)。」」と書いているように考えるべきなんでしょうね。
子どものころどう読んだのか、思い出せないのが残念です。


<蛇足>
「三枚の油絵の秘密」に共和暦というのが出てきて、説明(訳注)が177ページにあります。
(フランス革命のとき年号を新しくあらためた。それを共和暦という。共和政を公布した日[一七九二年九月十二日]を紀元元年一月一日ときめ、むかしからの暦をはいしした。
 共和暦では毎月の名もあらためた。ブドウ月(一月)、霧月(二月)、霜月(三月)、寒月(四月)、雨月(五月)、風月(六月)、芽月(七月)、花月(八月)、草月(九月)、とり入れ月(十月)、熱月(十一月)、みのり月で(十二月)、一か月を三週間、一週間を十日とし年末にのこった五日を休日ときめた。)
なかなか無茶苦茶な暦ですね。
現在廃止されていてよかったです......


原題:Les Confidences d'Arsène Lupin
作者:Maurice Leblanc
刊行:1911~13年(Wikipediaによる)
訳者:南洋一郎






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古塔の地下牢(ポプラ社) [海外の作家 ら行]


古塔の地下牢―怪盗ルパン全集 (ポプラ文庫クラシック る 1-4 怪盗ルパン全集)

古塔の地下牢―怪盗ルパン全集 (ポプラ文庫クラシック る 1-4 怪盗ルパン全集)

  • 出版社/メーカー: ポプラ社
  • 発売日: 2009/12/01
  • メディア: 文庫

<カバー裏あらすじ>
ルパンの部下ジルベールは、ある別荘から、何の変哲もないガラス栓を盗み出した。しかしその別荘で殺人があり、彼は強盗殺人の容疑で死刑判決を受けることに。部下を救おうとするルパンの前に立ちはだかる代議士ドーブレック。ガラス栓にかくされた秘密とはいったい! ? 解説/中村航


2024年4月に読んだ3冊目の本です。
モーリス・ルブランの「古塔の地下牢―怪盗ルパン全集」 (ポプラ文庫クラシック)
子ども向けのものを改めて読んでいます。

大人向けのタイトルは「水晶の栓」 (ハヤカワ・ミステリ文庫)というのが一般的ですね。

前回の「8・1・3の謎」(感想ページはこちら)がもともと2冊分の話を1冊にまとめるという剛腕でスピーディーだったのと比べるからか、事件の割りにおっとり物語が進む印象。
またルパンも、なんだか後手後手に回っている印象。

ルパン本人は
「いや、なぞだの秘密だのといっても、わかって見ればごくかんたんなことですよ」(233ページ)
なんてうそぶいていますが、失礼ながらどんくさい(笑)。
しかもこのセリフが出た際にルパンが突き止めたものは、所詮偽物だったというのですから......

まあそれだけ敵が手ごわかったということでしょうが、それにしてもねぇ......
悪役というかルパンが戦うべき相手が早々に決まってしまって、「事件はいったいどうなっているのか」という楽しみはありませんが、水晶の栓をめぐる争奪戦は十分楽しめましたし、小説としては邪道だと思うのですが、時折挟まれる
「だが、ルパンは、まだそれほどすごい敵だとは気がつかない。」(58ページ)
「ああ、ルパンも、この奇怪ななぞのかげに、あのおそるべき吸血鬼ドーブレック代議士の魔の手がはたらいていることや、その吸血鬼のために死ぬくるしみをうけて血の涙にくれている、あわれな母や子がいることを、まだ知らない。」(63ページ)
といった作者(訳者ですね)の語り掛けのようなものも、シンプルな筋書きには案外寄り添っていて、なんとも味があってよかった気がします。
こういうわかりやすい道しるべも、子供向けにはいいのかも。

最後に明かされる隠し場所のことをすっかり忘れていましたが、ミステリのトリック集でよく取り上げられるアレでした。
アレはこの作品だったのですね。


<蛇足1>
「問いつめられると、両眼にいっぱい涙をうかべてくちびるをふるわせている」(34ページ)
両眼に”りょうがん” とルビが振られています。”りょうめ” ではないのですね。

<蛇足2>
「こ、こいつらは下っぱの小魚だ。大でかの魚はにげたやつだ。追えっ」(35ページ)
大でかという語があるのですね。
おおでか、と読むのでしょうか? だいでか、でしょうか?

<蛇足3>
「ふとりかえった男だ。ボクサーみたいに、がんじょうな岩のかたまりのような肩からじかに、がっしりした顔がのっかっている」(51ページ)
”ふとりかえった” という語があるのですね。
辞書にはのっていませんでした。
ふとって、そっくり返った、くらいの意味でしょうか?

<蛇足4>
「そのハンカチから、つよい麻薬のにおいがぷんぷんとしていた」(218ページ)
「おや、そろそろ麻睡がさめてきたらしい。」(220ページ)
麻薬と麻睡(麻酔と今は書きますね)とではずいぶん違うように思うのですが.....同じもの?

<蛇足5>
「(西洋式のホテルでは、お客は各自の鍵を帳場でうけとり、じぶんでドアをあけてはいる。外出するときは、じぶんで、鍵をかけ、鍵は帳場にあずけておく。日本の宿屋のように、出入りごとに番頭や女中が出むかえたり送りだしたりしない。だから、いつお客が外出したか、いつかえったか、わからぬことが多い)」(226ページ)
訳注がついていますが、この内容だと今なら不要ですね。
この訳書がでた昭和33年当時、未だホテルが一般的ではなかったのでしょうね。

<蛇足6>
「もう死刑はかくていして、あしたの朝、ふたりともギヨチーヌ(首切り台)にかけられることになっている」(237ページ)
一般的にはギロチンですね。
当時はギロチンという語は日本で広まっていなかったのでしょうか?

<蛇足7>
第四回(このシリーズでは、章ではなく回が使われています)のタイトルは「ローレンの十字架」で、(☨の形の十字架)と注がついています。
これ、ロレーヌの十字架と言われているものですね。
アシモフの「黒後家蜘蛛の会」で扱われて覚えました。


原題:Le Bouchou de Cristal
作者:Maurice Leblanc
刊行:1912年(Wikipediaによる)
訳者:南洋一郎




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8・1・3の謎(ポプラ社) [海外の作家 ら行]



<カバー裏あらすじ>
ダイヤモンド王・ケスルバッハがホテルで惨殺された。部屋にはルパンの名刺と謎の数字「813」が。事件をめぐって鬼刑事ルノルマン、名探偵ホームズ、そして冷酷無比の殺人鬼が決死の闘争を繰り広げる。そこにはヨーロッパ中を巻き込む大陰謀が隠されていた……解説/池上永一


2024年2月に読んだ4冊目の本です。
モーリス・ルブランの「8・1・3の謎 怪盗ルパン全集シリーズ(3) 」
子ども向けのものを改めて読んでいます。

いやあおもしろい。
味わいというのはありませんが、とにかくスピーディーに物語がどんどん進んでいく快感。

それもそもはず。
本の冒頭、南洋一郎による「この本を読むひとに」という文章に、
この「8・1・3の謎」は、”8・1・3” と ”Les Crimes D. Aresene Lupin” の2冊を1冊にまとめたもの、と書いてあります。
子どもの頃手に取った版にもこの文章はあったはずで、ということはこの文章も読んでいるはずなのですが、記憶にありませんでした。
その後、大人向けの普通の翻訳では、たとえば新潮文庫などでは、「813」 (新潮文庫)「続813」(新潮文庫)と2冊あるのに、子供向けのポプラ社版では続編が見当たらなかったので不思議に思っていました。
2冊を1冊にまとめたんですね──Wikipediaによると原書は、もともと1冊だったものを2分冊にして今の形になっているようですね。

次から次へと繰り広げられる謎また謎の展開の連続に、ハラハラドキドキ。
訳されたのが昔だけに、全般に古めかしい印象な残りますが、それも味わいのひとつ。
今の子供たちも夢中になって読んでくれているといいな、と思いました。


<蛇足1>
「それだとすれば、まるで、キツネとオオカミのだましっこだ。」(99ページ)
キツネとタヌキではないのですね。

<蛇足2>
「ふたりは足音をしのばせて王子ピエール(じつは貧乏詩人ボープレ)の寝室にしのびこみ、カーテンのかげにかくれた。」(104ページ)
「美しいみどりの芝生のベンチに腰をかけているのは、美少女ジュヌビエーブと王子ピエール(じつは自殺しそこなった貧乏詩人ポープレ)である。」(135ページ)
”(じつは貧乏詩人ボープレ)”や”(じつは自殺しそこなった貧乏詩人ポープレ)”という表記に笑ってしまいました。
書かれている内容はその通りなのですが、大人向けの小説ではこういう書き方はしませんよね。

<蛇足3>
『ルパンは、手錠をかけられて引きたてられていきながら、そこに立っていたドードビル兄弟の兄のそばを通りながら、くちびるも動かさず、たくみな腹話術で、
「リボリ街二十七番地……ジュヌビエーブ……たすけろよ」
 と、他人に聞こえない声でささいた。』(169ページ)
腹話術なので唇を動かさず、というのはいいのですが、他人に聞こえない声、というのはどうなんでしょう?
それは腹話術とは違うスキルのように思えます。
最後の ”ささいた” は ”ささやいた” ですね。

<蛇足4>
「その中指は本物の指と色のちがわない、ゴムのうすいサックがかぶせてあるので、毎朝のきびしい身体検査にも、刑務所長の目をごまかせるのだ。」(171ページ)
当時の技術でこんな精巧なものが作れたのでしょうか?
なんとなく疑問に思ってしまいます。

<蛇足5>
「あと三十分だ。一秒おくれても死刑はおこなわれる。いそげ、いそげ……ルパンは両足をばたばたさせた。」(324ページ)
タクシーで急ぐルパンの描写です。
脚をばたばさせるなんて、ルパン、子どもか!? きっと南洋一郎の趣味でしょうね(笑)。

<蛇足6>
「ルパンはほっとした。おれは無実の人間のいのちを助けたのだ。なんともいえない、いい気持だった。」(325ページ)
いやいや、自分で捕まえて死刑に追い込んだくせに、ぎりぎり死刑執行を食い止めたからって「なんともいえない、いい気持」だなんて、ちょっとルパン勝手すぎませんか(笑)。
これ助けられていなかったら、怪盗紳士なのに、実質殺人に手を染めたことになりますよね。




原題:8・1・3 / Les Crimes D. Aresene Lupin
作者:Maurice Leblanc
刊行:1910年(Wikipediaによる。1917年に分冊化)
訳者:南洋一郎











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怪盗紳士(ポプラ社) [海外の作家 ら行]



<カバー裏あらすじ>
フランスの豪華客船に、怪盗ルパンが紛れこんでいるという知らせをうけ、乗客たちは騒然となる。金髪で、右腕に傷あとがあり、変名の頭文字はR──高慢な大金持ちから金品を盗み、貧しい人には力をかす、英雄的大泥棒・怪盗紳士アルセーヌ・ルパンが初めて登場した作品! 解説/貫井徳郎


2024年2月に読んだ4冊目の本です。
モーリス・ルブランの「怪盗紳士 怪盗ルパン全集シリーズ(2) 」(ポプラ文庫クラシック 怪盗ルパン全集(2))

2023年10月に「奇巌城 怪盗ルパン全集シリーズ(1) 」(ポプラ文庫クラシック)(感想ページはこちら)を読んで、懐かしく、面白く感じたので、このシリーズを一気に大人買いしました。
ポプラ社からはこのあと版を改めたバージョンも出ていまして、この文庫本在庫が少なくなっているものもあるようですね。結構探して買いました。

タイトルからもわかりますように、「怪盗紳士ルパン」 (ハヤカワ文庫 HM)(感想ページはこちら)と同じ作品ですね。
子供向けの翻案なので、ページ数の関係でしょう、全9話中6話が収録されています。
題して
大ニュース=ルパンとらわる
悪魔(サタン)男爵の盗難事件
ルパンの脱走
奇怪な乗客
ハートの7
大探偵ホームズとルパン

オリジナルの方のタイトルは、 ハヤカワ文庫版ではそれぞれ
アルセーヌ・ルパンの逮捕
獄中のアルセーヌ・ルパン
アルセーヌ・ルパンの脱獄
謎の旅行者
ハートの7
遅かりしシャーロック・ホームズ
ですね。なかなか趣深い(笑)。

これらのタイトルもそうですが、非常にのびのびと、というか、好き勝手に翻案している感じがとても心地よい──といっても、でたらめというわけではなく、原作に対するリスペクトはちゃんとあるんですよね。
「あんがい、かれは日本にのがれて、講道館あたりですきな柔道のしあげをしえているのではないだろうか。」(184ページ)
なんて、南洋一郎ならでは、という脱線ではないでしょうか。
子どもの頃はそのまま素直に読んでいたと思うので、こういう風に読むのは大人になったからこその愉しみのような気がします。
解説でも貫井徳郎が
「ぼくがわくわくしたルパンは、モーリス・ルブランが創造したルパンではなく、南氏のルパンだったのだな、と今になって思ったりもします。」(323ページ)
と書いているように、南洋一郎の自由奔放に見えるところが大きな魅力になっているのでしょう。

それと、ハヤカワミステリ文庫版の感想にも書いたことですが、この短篇集はもともとかなりトリッキーでして、子供向けで原稿枚数が絞られる関係でしょう、そのあっと驚く部分が集中して強調して取り上げられているので、シンプルに驚きを大きくさせる効果が出ているようにも思えました。

大人買いした残りを楽しみに読んでいきます。



<蛇足1>
「ぼくは、船長やロゼーヌがのみとりまなこで、船のすみずみまで探しても、時間をむだにするだけだと思いますね。」(31ページ)
「のみとりまなこ」ですか。もう死語ですね。
子どもはわからないのではないでしょうか?

<蛇足2>
「あいつは頭のするどい、神経が金線のようにこまかい男だ。」(106ページ)
金線というのが、細やかなもののたとえに使われるのですね。




原題:L'aiguille Creuse
作者:Maurice Leblanc
刊行:1909年(Wikipediaによる)
訳者:南洋一郎








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ラリーレースの惨劇 [海外の作家 ら行]


ラリーレースの惨劇 (論創海外ミステリ 157)

ラリーレースの惨劇 (論創海外ミステリ 157)

  • 出版社/メーカー: 論創社
  • 発売日: 2015/10/01
  • メディア: 単行本




2024年1月に読んだ9冊目の本です。
ジョン・ロードの「ラリーレースの惨劇」 (論創海外ミステリ)
単行本で、論創海外ミステリ157です。

自動車ラリーでの殺人事件というと、どうしてもスピードを競うレースを想像してしまうのですが、ここで描かれているレースはスピードを競うものではないのがポイントですね。
王立自動車クラブが主宰するこのレース、コースは緩やかに決められていて、決められたポイントを一定の時間内に通過していくことで、最終目的地まで走り抜けるというもののようです。出発地点もバラバラ。
「平均時速を保つのが大事なんですよ。スピードを出しすぎても意味はありません。予定時刻よりも五分以上前にゴールしたら、ペナルティを課せられます」(32ページ)
という説明もあります。
これ、どうやって勝敗を決めるのでしょうね?
廣澤吉泰の解説に「公道上を走行して区間タイムの正確さや運転の技術を競う者である」とされていますが、それでもよくわかりませんね。

このレースに、ロバート・ウェルドン、リチャード・ゲイツマンがハロルド・メリフィールドとともに参加。霧のせいでビリになりよたよた(失礼)走っていたところで、レースに参加している車が事故を起こし炎上しているのを見つけて......という展開。
(ちなみに幹線道路を外れ集落からも離れると本当に真っ暗です。街灯などはありませんし、路肩も日本とは比べ物にならないくらい貧弱です。車はヘッドライトを搭載しているとはいえ、運転には注意が必要ですね)
ハロルドがプリーストリー博士の秘書だったことから事件をプリーストリー博士に相談。

今回(今回も?)プリーストリー博士は、安楽椅子探偵とまではいきませんが、現地にはなかなか行かず、あれこれ指示するだけという時間が長く、そのせいかかなり嫌味な人物のように思えました──というか、もともと嫌味な人物なのですよね、きっと。
一方で、このようなスタイルで謎解きが進んでいくので、議論を通じ段階的に真相に迫っていく手つきを楽しむことができました。
プリーストリー博士に操られるかのように、右往左往するハロルドたち(と警察)が楽しい。

背景となるレースシーンがあっさりしているのも、時代を感じさせて逆にいい感じという気がしました。
現代のミステリであれば、謎解きに直接的な関係が薄くても、登場する事物や人物を細かに書き込んでいく、というスタイルが取られることが多く、この作品も今書かれるとしたら相当みっちりレースシーンが描かれるように思います。その点昔のミステリは謎解きと関係が薄ければさっと飛ばされることが多い印象で、この点で時代を感じさせるように思いました──そしてそれがとても好ましい。

ジュリアン・シモンズのせいで ”退屈派” などと呼ばれるジョン・ロードですが、ぜんぜん退屈などしませんでした。むしろ面白かったですよ。


<蛇足1>
「遺体は安置所に運んで、車は詳しく調べるためにガレージへ牽引しました。」(41ページ)
このブログでなんども言っていることですが、「ガレージ」だと日本では一般的には駐車場の意味だと思うので、修理場とか整備場とかいう風に訳すべきではないかと思います。

<蛇足2>
「そうそう、死因審問は一一時からの予定です。」(54ページ)
日本では一般的に検死審問と訳されていますね。
パーシヴァル・ワイルドに「検死審問―インクエスト」 (創元推理文庫)という傑作ミステリもあります。
なにか訳者にこだわりがあったのでしょう。

<蛇足3>
「田舎の人間というのは鈍感で、足元に雷が落ちても気づきませんからね」(160ページ)
「ニワトリが嫌いなんですよ──平均的な役人程度の頭脳しかないくせに、口数だけは多い。」(161ページ)
どちらもえらい言われようですね。

<蛇足4>
「博士は一種の美食家であり、ウエストボーン・テラスで供する料理は常に素晴らしかった。」(169ページ)
「一種の美食家」というのは日本語として意味がわかりません。
ここの「一種の」の原語はおそらく「a kind of」だと思います。であれば意味合いとしては「美食家のようなもの」あるは「いわば美食家」になるのではないかと思います。

<蛇足5>
「アール・コートの近くにある安宿ですから。」(203ページ)
これはアールズ・コート (Earls Court) でしょうね。
いまでもB&Bが数多く存在する地域です。




原題:The Motor Rally Mystery
著者:John Rhode
刊行:1933年
訳者:熊木信太郎







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奇巌城(ポプラ社) [海外の作家 ら行]


([る]1-1)奇巌城 怪盗ルパン全集シリーズ(1) (ポプラ文庫クラシック)

奇巌城 怪盗ルパン全集シリーズ(1) (ポプラ文庫クラシック)

  • 出版社/メーカー: ポプラ社
  • 発売日: 2009/12/24
  • メディア: 文庫

<カバー裏あらすじ>
深夜の伯爵邸を襲った怪事件。秘書が刺殺され、ルーベンスの傑作絵画が盗まれた。事件の裏で暗躍するルパンを追って、奔走する高校生探偵イジドール。大怪盗VS名探偵の推理合戦は、海に浮かぶ古城でついに対決を迎える。莫大な秘宝とともに待ち受ける悲しい結末とは! ?  解説/モンキー・パンチ


2013年2023年10月に読んだ8冊目の本です。
モーリス・ルブランの「奇巌城 怪盗ルパン全集シリーズ(1) 」(ポプラ文庫クラシック)
モーリス・ルブランのルパンものといえば、「怪盗紳士ルパン」 (ハヤカワ文庫 HM)感想で森田崇のコミック『アバンチュリエ(1)』 (イブニングKC)(感想ページはこちら)に触れながら、
「原作の翻訳も改めて読んでみようかな、という気になりました。」
と書いているように読んだものの、1冊で止まっている状態でした(何冊かハヤカワミステリ文庫は買ってあるのですが)。

そんなとき本屋さんでポプラ文庫から、昔懐かしい南洋一郎訳のシリーズが出ていることを発見。
このポプラ文庫版は、カバーの絵が昔図書館で借りて読んだものと同じなのがいかしています。
たしか瀬戸川猛資だったか、ルパンものは大人向けの翻訳で読むとつまらないけれど、南洋一郎訳だとおもしろい、といったようなことを書いていたような記憶があり、懐かしさも相まって買ってみました──といいつつ早川文庫版の大人向けの翻訳も個人的には楽しく読みました。念のため。

巻末に
「この作品は、昭和三十三年にポプラ社より刊行されました」
とあります。昭和三十三年!
この本、古い翻訳ということで、なかなか最近ではお目にかかれない表現が頻出で、そこも楽しめます。
たとえば「泉水池(せんすいいけ)」(17ページ)とか「半長靴」(33ページ)など最近では目にしない表現のように思えます。
「けれどそれまでが不安心だ」(264ページ)
の「不安心」もいまでは「不安」としか言わない気がしますね。
でも、こういうのを読むのはとても楽しい。

ミステリとしてみた場合、書かれた年代を考慮に入れたとしてもあまりにも雑(失礼)で甘々なので評価しづらいのですが、でもこの作品は、すこぶる面白い。
わくわくできますし、本当に面白いんですよね。

高校生探偵イジドールが大活躍、というか、持ち上げすぎ。
ガニマール刑事をはじめ大人たち、果てはアルセーヌ・ルパンに至るまで、
「じつのところ、おれはきみがおそろしいのだ。過去十年間、おれは、きみみたいな相手にぶつかったことがない。きみはおそろしいやつだ。
 ガニマールもホームズも、おれから見たら子供の手をねじるみたいあった。ところが、きみはおれをどたんばまで追いつめ、おれをあぶなくやっつけるところだった。おれは、もうすこしで、しっぽをまいて逃げるところだった。」(130ページ)
なんてイジドールのことを褒めちぎりますが、彼の推理の内容などをみてもとてもとてもそこまでのレベルとは思えない(笑)。物語の牽引役として立派に務めを果たしてはいますけれど......

伯爵家の強盗から、殺人事件、ルパンの消失、医者の誘拐騒ぎに暗号解読、フランス王家の秘密、隠された財宝まで、まさに波瀾万丈のスピード感あふれる物語展開はおもしろい。
子どもの頃にこんな面白い話を読むことができてよかったです。

ルパンものの再読、南洋一郎版で進めるか、大人向けの翻訳で進めるか......悩みますね。


<蛇足>
「きみ、すばらしいことをやっつけたね。大成功だ。われわれ商売人もすっかり鼻をあかされた形だ」(267ページ)
これはガニマール刑事がイジドールを褒めるセリフです。
警察官が商売人というのはちょっと変ですね(笑)。
フランス語の商売人という語には、プロフェッショナルに近い意味があるのでしょうか?


原題:L'aiguille Creuse
作者:Maurice Leblanc
刊行:1909年(Wikipediaによる)
訳者:南洋一郎






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精神病院の殺人 [海外の作家 ら行]


精神病院の殺人 (論創海外ミステリ)

精神病院の殺人 (論創海外ミステリ)

  • 出版社/メーカー: 論創社
  • 発売日: 2018/12/05
  • メディア: 単行本



2023年8月に読んだ3冊目の本。
ジョナサン・ラティマーの「精神病院の殺人」 (論創海外ミステリ)
単行本です。論創海外ミステリ221

作者、ジョナサン・ラティマーの作品を読むのは
「赤き死の香り」 (論創海外ミステリ)(感想ページはこちら)、
「サンダルウッドは死の香り」 (論創海外ミステリ217)(感想ページはこちら
についで3冊目ですが、この「精神病院の殺人」がデビュー作だったようです。

探偵役は私立探偵ビル・クレインで、酔いどれでそれなりに腕っぷしも強い(はず)なので、いかにもハードボイルドに出てきそうな探偵役なのですが、内容は本格ミステリだと思いました。

酔いどれ探偵ビル・クレインが、精神病院に潜入捜査する、というのが入り口で、そこで連続殺人の幕が開きます。
入院の手続きのときに医者に職業を聞かれて、
「実は、おれは名探偵なんだ」(34ページ)
と答えるのが笑えますし、拘禁棟に連れられようとするときには
「『おれを閉じ込めるなんて、大きなまちがいだ』彼は真剣に訴えた。『おれはC・オーギュスト・デュパンなんだぞ』」(38ページ)
と言ったりもします。デュパンですよ、デュパン。
ハードボイルドを目指しているなら、ここはもっと違う名前になりそうです。

事件も、鎖されたような精神病院を舞台に、限られた登場人物内で起こる連続殺人、ですから、いかにも本格ミステリ。
金庫の盗難騒ぎ(?) から始まって、精神病院ならではの騒ぎを繰り返しながら(という表現は、コンプライアンス的にアウトな気がしますが)酔いどれ探偵が真相を突き止めていく。
騒がしいやりとりや出来事にくらまされるところは多々ありながら、しっかり手がかりは撒かれていますし、ビル・クレインも酔っ払っていてもしっかりその手がかりを回収していきます。
密室状況的な謎も、きわめて常識的な解決を提示してみせるなど、なかなか小技が効いています。
それに勘ぐりすぎかもしれませんが、ハードボイルド調の要素すら一種のミスディレクションとして機能しているように思いました。


ジョナサン・ラティマーの旧訳作品たちを復刊あるいは改訳してくれないでしょうか?


<蛇足1>
「テニスコートと、クロケットのフィールドと、ゴルフのパッティング用のグリーンがあって」(18ページ)
クロケットとあるのは、croquet のことだと思われます(クリケットのタイポではないでしょう)。
日本語では普通クロッケー(あるいはクロケー)と呼ばれているものでしょうね。

<蛇足2>
「八十万ドルの債権入り貸金庫の鍵と四十万ドルの債権が入った手提げ金庫の行方」(325ページ)
笹川吉晴による解説ですが、ここは債権ではなく債券ですね。
本文ではちゃんと債券になっているんですけどね。




原題:Murder in the Madhouse
作者:Jonathan Latimer
刊行:1935年
翻訳:福森典子









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