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先導者 [日本の作家 は行]


先導者 (角川ホラー文庫)

先導者 (角川ホラー文庫)

  • 作者: 小杉 英了
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA/角川書店
  • 発売日: 2014/10/25
  • メディア: 文庫

<カバー裏あらすじ>
15歳のとき、ある組織から「先導者」として認可された“わたし”。死者に寄り添い、来世でも恵まれた人間として転生できるように導く役割を託されていた。突然の命令に戸惑いながらも、寡黙な世話人、曾祢(そね)の献身に支えられ、“わたし”は過酷な訓練を積んでいく。そしてついに最初の任務を果たすときが来たが……。葛藤しながら生きるひとりの少女の自我の芽生えを、繊細かつ鮮烈に描いた、第19回日本ホラー小説大賞大賞受賞作!


2023年12月に読んだ7冊目の本です。
第19回日本ホラー小説大賞短編賞受賞 小杉英了「先導者」 (角川ホラー文庫)

ホラーはあまり得手ではないのですが、独特の世界観に引き込まれました。
と、伴名錬の「少女禁区」 (角川ホラー文庫)感想と同じ書き出しになってしまいましたが、しっかり構築された世界観に浸れます。

描かれているのは、死後の世界、というか、死んだ直後の世界。
当然ながら死後の世界など想像するしかないわけですが、きわめて想像しがたい世界。
それが作者の手によってとてもリアルに感じられます。
語り手を務めるのは、死者たちを恵まれた来世へと導く役割を担う先導者である ”わたし”。
この ”わたし” が少女という設定なのが大きなポイントになっています。
死者そのものではないけれど、死の仕組みを目の当たりにする先導者という設定が秀逸。

死後の世界と同時に、先導者たるべく研修を受ける先導者の様子や、その日々の暮らしが描かれることで、リアルなはずのない設定がリアルに感じられます。
先導者をめぐる世界も周到に設計されていまして、物語の最終盤で明らかになる設定に到着したときには、本当に感じ入りました。

気になる点をあえて挙げるとすると、宗教に触れた部分でしょうか。
死生観というのは、宗教観へとつながりやすいもので、わかりやすくしようと書き込まれたと思うのですが、宗教という枠組みなしでも、死後の世界を構築しきった世界観をこの作品は持っているので、いらないのでは? と感じました。

「古の時代、人間社会における道徳の源泉は、宗教が教える死後の公正なさばきにありました。それが、この世を生きる人間の規範になっていたのです。
 たとえば仏教なら因果論と六道輪廻の思想、ユダヤ=キリストきょう及びイスラム教なら神の戒律と審判などがその典型で、人は己を超えた大いなる法(ダルマ)や存在の厳正極まるさばきを畏れて、日々の振る舞いを律してきたのですが、時代が下がるにつれて、宗教は形骸化し、人々の信仰心は薄れていきました。
 現代になるともう、神も仏も心から信じる人は稀になり、誰もがみな、人間は死んだら終わりで、死後の世界など抹香臭い連中がしがみつく旧弊な妄想にすぎない、とひていするまでになったのです。
 しかしながら、この世を生きる人間の死後の世界に対する信念なしに、あの世が独立して存在するのではありません。死後の世界というものは、この世を生きる人々の真摯な信仰を礎石にして成り立っていたのです。
 それ故、近代以降、現実に生じたのは、文明化された人々の心の中で死後の世界が崩壊する、そのプロセスとまったく軌を一にした、死後の世界の全面的な零落でした。信仰を捨てるとは、すなわち、その人にとっての死後の世界を、まさに現実において破壊することだったのです。」(140ページ)
非常におもしろい着眼点で、死後の世界と現世が相互に影響しあうのはとても興味深いのですが、その前段、人類は宗教を旧弊な妄想として切り捨てた、というところには疑問を感じざるをえませんでした。
あくまで個人的な感想ですが、日本はかなりこう書かれているような状況になっているとは思いますが、世界的にみてこう言い切れるかどうかは疑問なのでは、と思ってしまいます。
このあたりはもう少し用心深く記述してもらえるとよかったのにな、とは思います。

とはいえ、気になったのはこれくらいで、圧倒的な死後の世界の存在感に浸りきることができましたし、少女の成長物語が、この死後の世界の崩壊とリンクし、作者が用意した世界を打ち破る動きへと向かうラストは、さまざまな感情の入り混じった、複雑な読後感をもたらしてくれます。
いい作品を読んだな、と思いました。



<蛇足>
「人が何をどう信じようとそれはそいつの勝手で、あたしの知ったこっちゃない、あたしのいったことをまるまる信じる阿呆もいれば、あたしの説いた処世術を実践して、もしもの場合を考えて別な道を用意しておく賢児もいるということさ、と高笑いです。」(154ページ)
賢児には "かしこ" とルビが振ってあります。
"かしこ" を漢字でこう書くというのは存じ上げませんでしたが、久しぶりに "かしこ" という語を聞いた(見た?)気がします。
驚いたことに、漢字の変換で、賢児とでるのですね。






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完本 妖星伝〈2〉神道の巻・黄道の巻 [日本の作家 は行]


完本 妖星伝〈2〉神道の巻・黄道の巻 (ノン・ポシェット)

完本 妖星伝〈2〉神道の巻・黄道の巻 (ノン・ポシェット)

  • 作者: 半村 良
  • 出版社/メーカー: 祥伝社
  • 発売日: 1998/10/01
  • メディア: 文庫


<カバー裏あらすじ>
歴史上、つねに退廃と戦乱の陰に暗躍してきた異能の集団、鬼道衆。彼らは今、徳川政権を混乱、腐敗させるため田沼意次の台頭に加担し始めた。折しも全国に蔓延する大飢饉と百姓一揆の数々。この世に地獄を見せるのが目的か、それらも彼らの陰謀だった。時が満ち、やがて復活した盟主外道皇帝こそ、人類の歪んだ進化を促した創造主か 伝奇文学の最高傑作第二弾!


2023年11月に読んだ7冊目の本です。
半村良の「完本 妖星伝〈2〉神道の巻・黄道の巻」 (ノン・ポシェット)
もともと全7巻の妖星伝を3巻に編集しなおして文庫化されたものの巻の二です。
前の「完本 妖星伝〈1〉鬼道の巻・外道の巻」 (ノン・ポシェット)(感想ページはこちら)を読んだのが2022年10月でもう1年以上になるので、話を覚えていなくて入り込めないのではと懸念していたのですが、杞憂でした。
物語世界が堅固なので、忘れていた箇所も、この「完本 妖星伝〈2〉神道の巻・黄道の巻」を読みだせば思い出しましたし、なんの違和感もなく世界へ入っていけました。

〈1〉に続き、とても楽しい。

その鬼道たちの話から宇宙人(補陀洛[ポータラカ]と呼んでいます)へ至った話が、さらにさらに進展。
田沼意次の出世とか、一揆の煽動とか、江戸時代を背景とした物語もしっかり語られます。

「神道と対立する鬼道は、本来漂泊をもって暮らしを保っている異民たちの宗教なのである。そのような人々は表の社会から迫害され締め出され、人知れぬ裏道を往還して生きるより方法がない。つまりこの世の裏側に棲むことをよぎなくされているのである。
 そのような立場に追い込まれている人々が、表の世界と変わらぬ仏を信じ、同じ神を敬えるわけもなかろう。彼らの仏は破戒仏であり、彼らの神は鬼の姿で現れざるを得ない。
 逆にいえば、彼らを追ったのはその時々の権力者によって公認された神であり、権力擁護を約束した仏たちなのである。それらの神仏はしだいに彼らの領域へ入りこみ、彼らの生活基盤をなし崩しに奪っていく。それでいて、彼らは鬼だ蛇だとそしられる。実際に鬼の役割を果たしているのは、表の社会で認められている神や仏たちなのであった。」(152ページ)
裏の勢力である鬼道衆の活躍(暗躍?)は続くのですが、このあたり、高田崇史の諸作を思わせますね。

同時に風呂敷はどんどん広がっていっていて、テーマとして、時(時間)が浮上しつつあるようです。

「白視。
 あるは昇月法とも謂う。それこそ鬼道において外道皇帝においてのみ許されるという最高術であった。伝えられるところによれば唐・天竺においては第三の眼とも称されるらしい。
 一種の時間透視術であろう。熟達すれば過去未来の双方を自在に見渡すことができるという。ただしいわゆる千里眼とはまったく別のものである。千里眼とは要するに遠隔三法のうちの遠視に類似し、同一時間における遠隔地の事象を能く視る術である。
 昇月法は時間を超えてしまう。術者は超常感覚の中で白視界を得るという。白視界とは黒白明暗のみの視界である。したがって過去未来の事象は月面の模様のごとく灰絵となって見えるので昇月法と呼ばれている。鬼道によれば、月こそは総ての魔力の源泉であり、鬼のみが住む世界とされている。しかも月ははじめこの世に無く、後に他からこの世に引き移されたものであるとされているのだ。」(194ページ)

こちらの面は日円と青円という二人の僧が読者の一次的な案内役を務めています。

「陽が東から昇り西に沈む。そのひとめぐりを一日ときめ、人の暮らしに都合よく、当分に割ったのがいわゆる時刻だな」
「だがそれはあくまで人の暮らしのためのものだ。時の実体はほかにあろう」
「時によって太陽の位置が変わる。月や星々もだ。そして二度とあとには戻らぬ。草の芽はその太陽の位置の変化のあいだに、それだけふくらんでしまう。人も僅かだが老いる。割れた茶碗は元に戻らない。つまり、これは儂の考えでは、物の変化のことではないか」
「かりに、物のまったくない場所を考えてみよう。そこで果たして時がうつろうであろうか。かりに時がうつろうたとしても、いったい何によってそれをたしかめるのだ」
「儂は思うのだが、星と星の間には、何の物もない空がひろがっているのではあるまいか。風もなく、音もなく、そして熱もない……そこでは物の変化がなく、したがって時は流れていないのだ。」
という日円を受けて
「物の濃い所では、時は早く流れ、物の薄い所では、時は遅く流れるというわけですか」(403ページ)
と答える青円。
作者からは
「たしかに、その議論は幼稚ではあった。しかし、時間の本質については、正しく見抜いているようであった。」(403ページ)
と ”幼稚” といなされてしまっていますが、同時に本質を見抜いている、とされているように、とても頼りになる!

「頌劫(じゅこう)とは」
「劫の偈(げ)である。劫は永遠の時の流れをいう言葉だ。人智の及ばざるもの、先ず劫なりという。劫こそはすべてのもとにして、万物みな劫の内に在る。その夢幻のときについて述べたのが頌劫であると同時に、頌劫は大いなる時そのものを指す場合にも用いられる。また、呪陋とは陋の呪である。陋は極小の時を指し、劫に比する場合卑小なるものをいう。この世のあらゆるものは陋の外にあり、したがってすべてのものは陋の中へよく入ること能わずとされる。すなわち、時には大いなる流れの劫と、飛翔にしてとざされた陋があるということだ。」
「沈時術は劫に支配されたこの世に、極小の時を作り出すわざである。儂の作り出した極小の時、すなわち陋において、時の流れがとまり、儂はそれを利用する。劫の中に、かりそめに時の流れのとまった陋を作り上げるのである。しかし、陋の内で時がとまったからといって、とじこめられた者の時が外界と食い違うということはない。儂の術が解ければ、とじこめられた者は一瞬の意識を失った者の如くに、元の劫の中で僅かに失われた時の経過を奇異に思うにすぎない。」(566ページ)
というのも、物語を理解するうえで重要ですよね。

時間以外の要素についても、日円の洞察力は重要です。
「鬼道は世の本質を不幸としておる。この世は否定さるべきものなのだ。その否定さるべき世において幸福を得ている者には実に大いなる不幸が到ると考えるのだ。」
「仏は欲心を去れと説いている。── 略 ── 心を肉から解脱させるためには、生きる欲すら棄てよと説いているのだ。生きながら生命を否定することは至難のわざだが、仏はその必要を教えている。恐らく仏はこの世の秘密を解明した人なのであろう。その大いなる秘密の扉の向こうにあったものは、たぶん、生命は悪、という原理なのではなかろうか」(692ページ)

この部分は第1巻からくりかえし表れているこの星(地球)のあり方とも関わってきます。
「この星に生を享けてしまった者の悲惨さを考えてみろ」
「殺さねば死ぬ」
「そうだ。この星に生まれたら、他を殺さねば一刻も生きられないのだ」
「だからこの星の者は神を作った」
「憐れだ。全宇宙でも、これほど悲しい命はないぞ」
「あり得ぬ神にすがりながら、なおかつ殺し続けて生きている」(230ページ)

しかし、
「ポータラカでは、この星のことをナラカと名づけているそうです」
 捺落迦。
 地獄の意である。那落迦、那羅柯、とも書き、苦具、苦器と訳している。捺落迦を受苦の処とし、那落迦をその人とする場合もある。(739ページ)
というのは少々ひどいですね。地獄ですか......

物語は加速しており、ワクワク感は維持どころか、拡大しています。
第三部・神道の巻のラストで
「その時すでに、広大な宇宙の一角で、そのような考えをまったく覆す、異常なものが発生していたのであった。
 それは、意志を持った時間、であった。」(403ページ)
なんて、とても気になる地の文があるのに、第四部・黄道の巻で触れられていないし、期待がどんどん膨らみます。


<蛇足1>
「不当に裁く者を儂は裁く。おのれに人を裁くほどの価値があると信じていれば、それは異常人だろう。価値がないことを知ってなお裁くのは、おのれの利益のために違いない。いずれにせよ、人を裁く者こそこの世で最もいかがわしい人間だ。」(98ページ)
”悟った” 蛇上人のセリフですが、印象的でした。

<蛇足2>
「だが、亜空間ならばとうに発見できている。世界線を追跡すれば簡単に割り出せる」(746ページ)
「世界線の解析は可能だ」(748ページ)
「世界線」というのは、現在パラレルワールドのような意味合いで使われていますが( Official髭男dism の「Pretender」にも使われていますね)、もともとは相対性理論から来ている語で、ここでは本来の意味で使われているようです。

<蛇足3>
「ここはその陋の中、薄伽梵(バガボン)と申します」
「薄伽梵。破浄地のことか」
 薄伽梵は婆伽婆とも記し、破浄地と訳すほかに、自在、熾盛、端厳、吉祥、尊貴などの意を与えられ、時には阿弥陀仏の異称とされることもある。また薄伽は徳、梵は成就を意味する。(739ページ)
一瞬 ”バカボン” と読んでしまって、!? となりました(笑)。
井上雅彦の「バガボンド」でも同じことになったなぁ、と思い出して苦笑しました。「



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一万両の長屋 [日本の作家 は行]


一万両の長屋ー大富豪同心 (3) (双葉文庫)

一万両の長屋ー大富豪同心 (3) (双葉文庫)

  • 作者: 幡 大介
  • 出版社/メーカー: 双葉社
  • 発売日: 2010/08/11
  • メディア: 文庫

<カバー裏あらすじ>
五年前、一万両にものぼる大金を盗み、大坂に逃げた大盗賊の夜霧ノ治郎兵衛の一党が江戸に舞い戻った。南町奉行所あげて探索に奔走するが、見習い同心の八巻卯之吉だけは、吉原で放蕩三昧。そんなとき、卯之吉は貧乏長屋の大家殺しの探索を筆頭同心から命じられる。大好評シリーズ第三弾。書き下ろし長編時代小説。


2023年11月に読んだ6冊目の本です。
幡大介「一万両の長屋ー大富豪同心 (3) 」(双葉文庫)
シリーズ第3弾です。

主人公は、豪商三国屋の若旦那にして、見習い同心の卯之吉。
どう考えても同心として活躍できそうもないキャラクターなのに、そして本人はたいしたことをしないのに、周りが勝手に動いたり、勝手に勘違いしたりして、剣豪で腕利きだと思われてしまう、という設定のシリーズです。
どう考えてもだめだめなのに、周りが勘違いしてくれてなぜか大物感漂う、というおかしさが炸裂。

「うっかりとちょっかいをかけた黒雲の伝蔵一家は、八巻の逆鱗に触れて壊滅させられた。博徒の一家をたった一人で叩き潰したのである。想像を絶する剛腕だ。比肩しうるのは洛外下り松の宮本武蔵か。鍵やノ辻の荒木又右衛門か。高田馬場の堀部安兵衛か。」(127ページ)

なんてなかなか言われることではないですよね。
今回は、さらに、卯之吉の祖父徳右衛門(卯之吉を無理から同心にした張本人)まで加勢しますから、みなの勘違いにも拍車がかかります。

事件の方は、盗賊が盗んだ一万両を貧乏長屋に埋めて隠しているのをめぐる大騒動。
大坂からわざわざやってきた盗賊の頭をはじめ一味が、卯之吉のせいで──いや、卯之吉のせいではないと言うべきなのでしょうね。勝手に──きりきり舞いするさまがとてもおかしい。
ミステリとしての興味で読めるものではありませんが、事の次第が愉快ですし、最後の決着のつけ方も、卯之吉らしいというか、わりと洒落た着地になっているように思いました。
ミステリではないし、3冊読んだところでシリーズを読むのをやめようかとも思っていたのですが、楽しいので、やはり読み進んでいってみようと思いました。


<蛇足1>
「五年ぶりに江戸に下って参りましたんや。」(71ページ)
大坂から江戸に来た治郎兵衛のセリフです。
京都からならともかく、大坂からも江戸は ”下る” だったのだろうか? と思いましたが、あちらは上方、ですから、これでよいのですね。

<蛇足2>
「この屋敷にいる男たちは念友(同性愛者)ではない。艶冶な息づかいが感じられない。
 見た目が強面でも、実は念者という者はいる。そういう男たちはいざその場に臨むと、外見とは似ても似つかぬ艶かしい息づかいをするものだ。」(166ぺージ)
江戸時代には、念友とか念者と言ったのですね。知りませんでした。



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サロメの夢は血の夢 [日本の作家 は行]


サロメの夢は血の夢 (光文社文庫)

サロメの夢は血の夢 (光文社文庫)

  • 作者: 貴樹, 平石
  • 出版社/メーカー: 光文社
  • 発売日: 2020/07/08
  • メディア: 文庫

<カバー裏あらすじ>
ドアを開けたら首が転がっていた! ―やり手の会社社長、土居楯雄の首が、切断されて発見された。現場の壁に留められていたのはビアズリーのサロメの複製画。警察の聴取が始まるが、楯雄の娘、帆奈美と連絡がつかない。家族が心配していると、死体が見つかったという連絡が入った。彼女は、ミレーのオフィリアのような姿で発見されたのだった──。


2023年11月に読んだ2作目(3冊目)の本です。
平石貴樹「サロメの夢は血の夢」 (光文社文庫)

冒頭に作者のことばとして「内的独白」の手法をミステリで試みた作品であることが述べられます。
村上貴史の解説の説明をひくと「それぞれの登場人物が見聞きしたことをありのままに読者に示すのである。それだけではない。心の内側までも、読者に包み隠さずさらけ出してしまうのである。」ということで、ミステリには極めて困難をもたらす手法です。

この行き方の場合、犯人の視点をとる場合は、自分が犯人であることを前提とした発言や感想がない場面でなければならないということになり、かなり限定されてしまいます。
一方で、あまりに視点になることが少ないと、かえって読者に怪しまれてしまうという弱点を抱えてしまうことになり、バランスのとり方が難しいのでしょう。

一方探偵の視点をとるケースで、あまりにあけすけに考えていることがさらされると、まだまだ読者に隠しておきたい(解決の)方向性が早々にばれてしまうという問題も出てきます。

このためか、この作品では犯人であるなしにかかわらず、隠し事を抱えている登場人物が多数──というか、ほとんどになっています。

こうした制約のせいか、いつもの平石貴樹作品のような、謎解きの切れ味はあまり感じられませんでした。
そのかわり(?)、ずっと曖昧模糊とした展開だったものが急展開し、バラバラだった要素が集まってすっと全体像としてまとまる様子を楽しむことができます。
とすると、そうしてできあがる絵面が勝負のポイントとなろうかと思うのですが......

サロメから連想されるように、首切り死体で、通常とは逆に首だけ見つかって体の部分が見つからない、という事件。
オフィリアと併せて、見立て殺人になっています。

見立て殺人であること、首切り事件であるということ、ともに「内的独白」の手法を採用した影響を受けているように感じました。また動機についても、おそらく影響があったのでしょう。
その点で、「内的独白」の手法を採ったことがミステリとして好影響を与えたかどうか、というとちょっと疑問かな、と。
作者が事件を組み立てるときに、制約が多すぎたのかな、と思ってしまいました。
この作品ほど意識的ではないにせよ、クリスティはいくつかの作品で似たような手法を取っていたかなという気がします。意識的でない分、もっともっと緩い制約でクリスティはプロットを組み立てていたようにも思います。

こうした欠点を抱えていても、とても興味深い実験に作者が挑んでいることには間違いなく、わくわく読めました。
あと、さらりと更科ニッキがゲスト出演していて楽しかったです(名乗るのが180ページ)。


<蛇足>
「それでおれは駅の近くで映画を観た。『ローズ家の戦争』さ。いい映画だったよ。」(178ページ)
ダニー・デヴィート監督、マイケル・ダグラス、キャスリーン・ターナー主演の1989年の映画ですね──そんな前なのか......
この映画、いい映画でしたっけ(笑)?


タグ:平石貴樹
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少女禁区 [日本の作家 は行]


少女禁区 (角川ホラー文庫)

少女禁区 (角川ホラー文庫)

  • 出版社/メーカー: 角川書店(角川グループパブリッシング)
  • 発売日: 2010/10/23
  • メディア: 文庫

<カバー裏あらすじ>
15歳の「私」の主人は、数百年に1度といわれる呪詛の才を持つ、驕慢な美少女。「お前が私の玩具になれ。死ぬまで私を楽しませろ」親殺しの噂もあるその少女は、彼のひとがたに釘を打ち、あらゆる呪詛を用いて、少年を玩具のように扱うが…!?
死をこえてなお「私」を縛りつけるものとは──。哀切な痛みに満ちた、珠玉の2編を収録。瑞々しい感性がえがきだす、死と少女たちの物語。第17回日本ホラー小説大賞短編賞受賞。


2023年5月に読んだ2冊目の本です。
第17回日本ホラー小説大賞短編賞受賞 伴名練「少女禁区」 (角川ホラー文庫)
表題作と、「chocolate blood, biscuit hearts」の2編収録ですが、非常に薄い本ですね。

ホラーはあまり得手ではないのですが、独特の世界観に引き込まれました。
両作とも、恐ろしい内容ながら淡々とつづられる物語のうちに、こちらではない、あちらの世界が浮かび上がる不思議な世界観です。
リリカルな残酷物語?

「chocolate blood, biscuit hearts」は、あたかも囚われているかのように幽閉状態で育てられている富豪姉弟の脱出行(?) 。
近未来と思われる設定で、五感のうち皮膚感覚以外を配信者から受け取るサイネットという仕組みが出てきます。
タイトルからマザー・グースの "「chocolate blood, biscuit hearts」" を連想しましたが、あまり関係ないですね。作中で言及されているのは「ヘンゼルとグレーテル」。
「あたしたちはとどのつまり、子どもでしかなかった。チョコレートの血が流れてて、ビスケットの心臓で動いてた。すべてが甘かったのよ、あたしたちは。」(51ページ)
というセリフもあります。
対する大人は「本物の血と肉をもった大人たち」と表現されています。

「少女禁区」は、時代設定がよくわからないのですが、近過去のように思われます。
冒頭に出てくる「施療所」という単語や出てくる文物からそう判断したのですが、なにより呪詛が一般的で人柱が必要な世界で和という風情ということでそう思ってしまったのかもしれません。
呪術を使いこなす最強の少女と、その僕(しもべ)のような主人公という設定の残酷物語(いじめ、というレベルを超えております)から、人柱をキーに世界をガラッと変えて見せるのが印象的。
ラストの一行がかなり趣深いのですが、ここだけが急に西洋的になっているのが少々気になりました。


<蛇足1>
2023年5月22日の段階で、この本を amazon でチェックしてみたら、もう出版社品切れ状態のようで、古書価がものすごいことになっていますね。
9,680円! 手元にある文庫の定価は 438円です。

<蛇足2>
タイトル「少女禁区」の中にある「禁区」。
「禁区」といったら中森明菜の楽曲なのですが(笑)、当時「禁区」の意味がわからず辞書で調べたら載っていなくて困惑したことを思い出しました。
PCの漢字変換でも出てきませんね。
中国語では「禁区」という語はあるようですが、「禁区」という語は字面のイメージ喚起力があるので、なんとなく意味がわかるのがすごいですね。



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双蛇密室 [日本の作家 は行]


双蛇密室 (講談社文庫)

双蛇密室 (講談社文庫)

  • 作者: 早坂 吝
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2019/06/13
  • メディア: 文庫

<カバー裏あらすじ>
援交する名探偵・上木(かみき)らいちの「お客様」藍川刑事は「二匹の蛇」の夢を事あるごとに見続けてきた。幼い時に自宅で二匹の蛇に襲われたのが原因のようだが、その裏に藍川の両親が関わった二つの密室事件が隠されていた。らいちが突き止めた前代未聞の真相とは? 「本格」と「エロ」を絶妙に融合した人気シリーズ!


2023年5月に読んだ最初の本です。
早坂吝「双蛇密室」 (講談社文庫)
「2018本格ミステリ・ベスト10」第5位です。

早坂吝だし、上木らいち物だし、身構えて読むわけですよ。
エロだろうし、強烈だろうし。
読んでみて、確かにエロでした。強烈でした。
「らいちは絶頂に至ると同時に、事件の真相にも至った。」(215ページ)
なんて書くくらいですからね。
でも、それを受けて明かされる真相がさらにすごいのですよ。
いや、もう強烈という言葉では言い表せないと感じるくらい、強烈でした。

ミステリで蛇といったらなんといってもシャーロック・ホームズものの某作で、だから(笑)密室と蛇は相性がいいのですが、いや、もう、この作品の第二の事件での蛇の使い方には何と言ったらよいのか......

でもこんなの序の口で、第一の事件はもっともっとすごい。
「最初に言っておくけど、今から話す推理には証拠がない。だから信じるかどうかはあなたたち次第。でも私はこれが真相だと思っている。」(252ページ)
とらいちが謎解きの前に言っているのですが、本当に信じがたい。
江戸川乱歩の類別トリック集成の意外な犯人のところに果たしてこの項目があったかどうか。きっとないです。新たな項目として付け加える必要があるくらい斬新なのですが、でもこれ、採用されない気もする......

解説で黒田研二が
「援助交際を生業とする女子高生・上木らいちが名探偵となって活躍するこのシリーズは、どの作品も物語の根底に下ネタがはびこっている。エロではない。下ネタだ。」
としているのは、言葉の定義の問題なので異論があるかもしれませんが、
「作中、過激なセックスシーンも頻繁に登場する。しかし、不思議なことにちっともエロくはない。あっけらかんと明るく、どことかくユーモラスな、まさしく酒の席でエロ親父たちが下ネタを言い合っているような、あるいは中学生が休み時間に猥談で盛り上がっているような、そんな感覚と似ている」
と言っているのは卓見だという気がします。



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ビッグデータ・コネクト [日本の作家 は行]


ビッグデータ・コネクト (文春文庫)

ビッグデータ・コネクト (文春文庫)

  • 作者: 藤井 太洋
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2015/04/10
  • メディア: 文庫

<カバー裏あらすじ>
京都府警サイバー犯罪対策課の万田は、ITエンジニア誘拐事件の捜査を命じられた。協力者として現れたのは冤罪で汚名を着せられたハッカー、武岱。二人の捜査は進歩的市長の主導するプロジェクトの闇へと……。行政サービスの民間委託計画の陰に何が? ITを知りつくした著者が描くビッグデータの危機。新時代の警察小説。


2023年4月に読んだ本の感想が終わりましたので、読了本落穂ひろいを何冊か。
2015年12月に読んだ藤井太洋の「ビッグデータ・コネクト」 (文春文庫)

藤井太洋は、「オービタル・クラウド」(上) (下) (ハヤカワ文庫JA)で日本SF大賞を受賞している作家でSF畑の方という認識でした。
SFということならいつもはスルーなのですが、どことなく気になっていたところに、この「ビッグデータ・コネクト」はサイバー・ミステリということで興味を抱きました。

買ってよかった。とてもおもしろかったです。

警察官である万田と、ある事件の容疑者で万田が取り調べたこともあるが起訴取り下げとなった経歴を持ち、故あって協力者となったエンジニア武岱(ぶだい)という組み合わせがまずいいですね。
王道といえば王道の設定ですが、この物語にもっともふさわしい捜査コンビであると思えました。
捜査仲間となる捜査一課仕込みの綿貫のキャラクターもわかりやすいし、警察経験五ヶ月のセキュリティのプロ小山もいい感じでした。
武岱の弁護士として登場する赤瀬も、捜査の邪魔をする存在のような描かれ方が続くのですが、いい存在感を示しています。

あらすじに先走って書かれちゃっていますが、行政(大津市長という一地方自治体というのが驚きです)が作り上げようとしている情報システム《コンポジタ》をめぐる不正という、というのは、開発に携わっていたエンジニアの失踪(誘拐?)という事件からしてあからさまなので、(あらすじで)隠す必要がないのかもしれません。

陰謀の内容自体は想定の範囲内、というか、個人データというとそういう使い方くらいしか思いつかないのですが、さまざまな当事者の思惑が絡み合うところが醍醐味だと感じました。
素人のこちらにも楽しく読めて、かつ問題点も明らかになる、というエンターテイメント。
ITエンジニアの実態とか、知らないことが多く、でも実感として迫ってくる書き方がされていました。

マイナンバーカードをめぐっていろいろと議論がされている昨今、この作品が改めて耳目を集めるようになればよいのかもしれません。

おもしろかったので、「オービタル・クラウド」(上) (下) も買っちゃいました。
読むのはいつになるかわかりませんが......

<蛇足>
「防音壁だから言うたねん。」(283ページ)
京都府警サイバー犯罪対策課を扱っているだけに、作中に関西弁(と大くくりに言うことをお許しください)が飛び交っています。
自在に操る田辺聖子や黒川博行のような大御所がいますが、関西弁は小説中の文字にするのが難しいと常々感じております。
藤井太洋さんは、鹿児島出身とのことですが、非常にナチュラルに書き込まれていて感じ入りました。
そんな中で気になった表現。
「だから」は「やから」の方が雰囲気が出るでしょうね(ただし、「だから」を使わないということではありません)。
「ねん」に疑問を感じました。
「せやから間違いやねん」(286ページ)とすぐ後にも使われていますが、こちらには違和感を感じません。形容詞、形容動詞に「やねん」がつくのはナチュラルです。
「ねん」は念押し、強調で使われる語ですが、過去形につける用例を耳にしたことはありません(当然口にしたこともありません)。ここはいうとすれば、「言うたんや」でしょうか。






タグ:藤井太洋
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殺意の対談 [日本の作家 は行]


殺意の対談 (角川文庫)

殺意の対談 (角川文庫)

  • 作者: 藤崎 翔
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2017/04/25
  • メディア: 文庫

<カバー裏あらすじ>
人気作家・山中怜子と、若手女優・井出夏希。新作映画の原作者と主演女優の誌上対談は、表向きは和やかに行われたのだが、笑顔の裏には忌まわしい殺人の過去が……。同様に、ライバル同士のサッカー選手、男女混成の人気バンド、ホームドラマの出演俳優らが対談で「裏の顔」を暴露する時、恐るべき犯罪の全貌が明らかに!? ほぼ全編「対談記事+対談中の人物の心の声」という前代未聞の形式で送る、逆転連発の超絶変化球ミステリ!


2023年4月に読んだ6冊目の本です。
「神様の裏の顔」 (角川文庫)(感想ページはこちら)で横溝正史ミステリ大賞を受賞した藤崎翔の長編第二作。

目次を見ると
「月刊エンタメブーム」 9月号
「SPORTY」 ゴールデンウィーク特大号
「月刊ヒットメーカー」 10月号.....
というように、雑誌名が並んでいます。
ページをめくると
「 この小説は、ほぼ全編にわたり『雑誌の対談記事+対談中の登場人物たちの心の声』という、たいへん奇抜な形式で書かれています。
 慣れるまでは多少読みづらいかと思いますが、どうか最後までお付き合い頂けますと幸いです。」
という著者のことばが載っています。
この形式の成否やいかに、ということかと思います。

著者も書いているように、確かに読みにくい(笑)。
ただ、最初の「月刊エンタメブーム」の対談者である作家・山中怜子と女優・井出夏希が二人とも殺人経験者、というところでおやっと思います。

次の「SPORTY」では、がらりとかわって、日本代表の座を狙うサッカー選手の対談となり、あれ? と思うのですが、次第に登場人物につながりがあることがわかってきます。
とすると、その後も様々な人物が出てくるのですが、登場する人物たちのつながり具合、絡み具合を予想して楽しむ作品ということなのでしょう。

この点では、かなり入り組んで凝った人間関係が用意されていますし、途中サプライズもそこそこ仕掛けてあって、楽しんで読めました。
ただ、いかんせん、やはりこの形式は読みにくいですし、対談中にしては心の声が長すぎるのが興ざめ。こんなに長々と述懐していたら対談が成立しないですよ。
対談でなければできない仕掛けというのもなかったと思われますし、対談と心の声ということで、ホンネとタテマエ、あるいは表の顔と裏の顔の落差を楽しめるということはありましたが、別の形式にした方がインパクトがあったのではないかと思います。
しかし、こういう変なことを考える作家は大好きなので、いろんな作品を書いてみてほしいです。


<蛇足>
「登録された目的地や行き先の履歴を見ると、青山の『Paul Smith』とかいう服屋と、新宿の『BAR NEW COMER』とかいう飲み屋に、特によく行っているようだった。どっちも気取った名前で、俺は店にまで腹が立った。」(74ページ)
実在するブランド名が使われていますが、Paul Smith って気取った名前なんでしょうか?



タグ:藤崎翔
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殺生関白の蜘蛛 [日本の作家 は行]

殺生関白の蜘蛛 (ハヤカワ文庫JA)

殺生関白の蜘蛛 (ハヤカワ文庫JA)

  • 作者: 日野 真人
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2017/11/21
  • メディア: 文庫

<カバー裏あらすじ>
「松永弾正が蔵した天下の名器・平蜘蛛の茶釜を探せ」豊臣家に仕える舞兵庫は、太閤秀吉と関白秀次から同じ密命を受ける。太閤への恐懼か、関白への忠義か……。二君の狭間で懊悩する男の周囲を、石田三成が暗躍し納屋助左衛門が跳梁する。吹き荒れるのは後嗣を巡る内紛の嵐。果たして権力者達が渇望する平蜘蛛の禁秘は何をもたらすのか? 茶器に潜む密謀と秀次事件の真相に迫る歴史ミステリ。第7回クリスティー賞優秀賞。


2023年4月に読んだ5冊目の本です。
第7回クリスティー賞優秀賞受賞作。
このときの受賞作は村木美涼「窓から見える最初のもの」(早川書房)でした。

冒頭から主人公舞兵庫が秀吉に呼びつけられるという緊迫した話で、タイトルにもある蜘蛛を探せ、と命じられ、そのあと秀次にも同じことを命じられる、という展開。
あれよあれよという間に窮地(と思われる状況)へ追い込まれていく主人公に、出だし好調と思いました。
ここでの蜘蛛は「蜘蛛の形をした釜」(32ページ)。どんな形なのかさっぱりわからないのですが、そんなことは読む上での支障にはなりません。形よりも、秀吉、秀次がなんとしても探し出したいという茶釜にどんな謂れがあるのかが気になるはずです。
ちなみに207ページにその姿がしっかり記述されます。

この茶釜探しから話がねじれ、広がっていくのがポイントの話だと思いました。
茶釜をめぐって、人の思惑が複雑に交差するところがおもしろい。
松永弾正、秀吉、秀次、石田三成に納屋助左衛門(=呂宋助左衛門)。いずれも一癖も二癖もある怪人物というのがいいですね。
物語の途中100ページにもならないうちに明らかとなるので(呂宋助左衛門も出てきますし)ここで書いてしまってもよいと思いますが、キリスト教が出てくるのも、時代背景を考えると非常に興味深い。

また秀次の家臣である大山伯耆(ほうき)と舞兵庫とのバディもの、のような色彩があるのも見どころかと思います。
最初は必ずしも信頼し合う仲ではなかったのに
「互いの命を預け合って修羅場を潜ってきたではないか。それで相手の人となりがわからぬのなら、仕方がない。騙されても本望というもの。違うか。」(194ページ)
などという会話を交わす仲へと変わっていきます。

ところで、タイトル「殺生関白の蜘蛛」 (ハヤカワ文庫JA)の蜘蛛、別に殺生関白(豊臣秀次)のものではないのです。秀吉のものでもない。
「殺生関白の蜘蛛」は、松永弾正が持っていた茶釜のそれぞれの思惑を秘めた争奪戦を描いているんですよね。

応募時のタイトルは「アラーネアの罠」だったらしく、
「アラーネアとはラテン語を語源とする言葉で、蜘蛛を意味するそうだ。そして蜘蛛は古くから神の使いとして尊ばれている。」(124ページ)
と説明されていますが、その方が内容にはふさわしいような気がします。
ただ、時代小説が盛んになっていることもあって、「アラーネアの罠」ではわかりづらく、はっきりと時代物であることがわかる「殺生関白の蜘蛛」というタイトルに改題されたのでしょうね。

平蜘蛛の正体(?) は物語の後段で明らかになるのですが、非常に興味深いものでした。
かなり強烈なアイデアで作者の想像力に敬服。
123ページで述べられる事項など、本当だとしたら相当強烈な内容です。
想像するしかないのですが、怪しい面々が蠢いてもおかしくない気がします。
一方で、どの程度力があるものなのか疑問に感じることも確かで、この点にしっかり対応したかのような物語の展開には納得感を覚えました。

謎解きミステリではありませんが、謀略小説風の冒険時代小説に伝奇もののテイストがつけられており、おもしろく読みました。
大賞受賞作の「窓から見える最初のもの」のミステリ色が極めて薄かったので、こちらが大賞でもよかったんじゃないかな? と思ってしまいました。



<蛇足1>
「着地するなり、右の賊に体当たりして転(こ)かす。」(97ページ)
「こかす」って、こう書くんだと思って調べてみたら、転かす/倒かす、と2通りあるようですね。

<蛇足2>
「茶の湯でキリストの心を伝えて頂けませんか。」(120ページ)
澳門(マカオ)にいるキリスト教の司祭のセリフです。
おもしろい考え方だと思いました。実際に日本でのキリスト教の布教に茶の湯は使われたのでしょうか? ヴァリニャーノの「日本巡察記」が引用されており、確かに茶の湯の記述もありますから、事実なんですね。とてもおもしろいと思います。

<蛇足3>
「死と背中合わせの戦場往来を続けると、生死を分けるのは武術や胆力ではなく、ただ神仏の思し召しに過ぎぬと思うことがある。」(195ページ)
武士の正直な述懐なのだろう、と思いますが、本書のラストシーンと重ね合わせると、なかなかの感慨を覚えます。

<蛇足4>
「昨夜からの雨は霧へと変わった。吶喊(とっかん)の声と銃声が各所でする。」(306ページ)
吶喊がわからず、調べてしまいました。
読み方ですが、振られているルビが「とっかん」ではなく「とつかん」に見えるんですよね......



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花を追え 仕立屋・琥珀と着物の迷宮 [日本の作家 は行]


花を追え――仕立屋・琥珀と着物の迷宮 (ハヤカワ文庫JA)

花を追え――仕立屋・琥珀と着物の迷宮 (ハヤカワ文庫JA)

  • 作者: 春坂 咲月
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2016/11/22
  • メディア: 文庫

<カバー裏あらすじ>
仙台の夏の夕暮れ。篠笛教室に通う着物が苦手な女子高生・八重はふとしたことから着流し姿の美青年・宝紀琥珀(とものりこはく)と出会った。そして仕立屋という職業柄か着物にやたらと詳しい琥珀とともに、着物にまつわる様々な謎に挑むことに。ドロボウになる祝着や、端切れのシュシュの呪い、そして幻の古裂《辻が花》……やがて浮かぶ琥珀の過去と、徐々に近づく二人の距離は果たして──? 第6回アガサ・クリスティー賞優秀賞受賞作。


2023年3月に読んだ4冊目の本です。
第6回クリスティー賞優秀賞受賞作。
このときの正賞は受賞作なしでした。

あらすじから、またもや日常の謎かぁ、と思いました。正直、食傷気味なので。
篠笛教室に通う女子高生が主人公。そこで出会う和装の美形が探偵役、というのも型どおり。
着物を題材にしたのは目新しく面白く感じましたが、柄の扱いという方向だと「こじつけ」感が出てきてしまいますね。
普通は禁じ手だけど逆の意味が込められている「吉祥柄として尊ぶ人がいる一方で、縁起が悪いといって忌避する人もいる。そういう柄です」(149ページ)なんてパターンが出てくると、素人にはまったく判断がつかないし、興趣がわくという風にはなりません。
「着物は雄弁なんですよ」(86ページ)
という極めて印象的な好セリフがあるのですが。
まあ、蘊蓄ミステリで、そういう楽しみ方をすべきなのでしょう。

後半は物語のトーンが変わって、辻が花をめぐる騒動(?)となります。
したがって本書「花を追え――仕立屋・琥珀と着物の迷宮」 (ハヤカワ文庫JA)は日常の謎とはいいがたい構成になっています。

《辻が花》は
「露草の汁で下絵を描き、下絵に沿って並み縫いをして、その糸をぎゅっと絞る。出来上がった帽子ふうの突起は、中に染料が入らないように、さらにビニールで──昔は竹で──覆う。それを染料に浸してもう一度ほどくと、覆われていた部分が白く残る。それが《縫い締め絞り》の染色技法だ。そうやって染められた平織の布に、描絵や摺箔、刺繡などを加えたものが《辻が花》なのである。」(194ページ)
と説明されているのですが、同時に
「実は近現代の研究で、本来の《辻が花》とは、縫い締め絞りではなかったことが指摘されているんです」(197ページ)
とも言われて混乱します。

古裂コレクターの間で、主人公である八重の家に《辻が花》の古裂があるという噂が立ったことがある、とか、八重が「辻が花の娘」と父親や周りから言われていた、とか、怪しいコレクターがうごめく、八重自身の事件ともいうべき話へと進化していきます。
主人公自身の事件と絡めて、《辻が花》の真の正体をさぐる物語なのか、と予想して読み進むことになります。

主人公自身の事件となる流れ自体は王道なのでこれでよいと思うのですが、そのせいで《辻が花》の正体を探る物語としての性格がぼやけてしまったように思います。
そのため、明かされる真相が意外なはずなのに意外感がないのが不思議です。

日常の謎仕立ての前半と、主人公自身の事件の後半が分離してしまっている点は、巻末の選評で選考委員が指摘しています。探偵役の紹介、推理能力のお披露目という位置づけもあるのだと思いますが、さほど効果的とは思いませんでしたし、本書はそういう段取りが必要な設定となっていないのが気になります。
前半の謎解きに使っている要素が後半に響いてくると面白かっただろうなと感じました。

と全体として批判的な感想になってしまっていますが、この作者、複数の登場人物を重層的に絡め合うことに長けていらっしゃるようにお見受けしましたので期待しています。


<蛇足1>
「マフラーはどんどん伸びていく。まるで増え続ける借用証書みたい。」(179ページ)
マフラーを伸びていく様を借用証書に譬えるでしょうか? なかなかイメージがわきません。
それにこの譬え、高校生が使うのですが、あまりにも似つかわしくなくてびっくりしました。

<蛇足2>
「──RAY、英語のレイがフランス語の発音だとヘになるんだよ」(188ページ)
RAY、フランス語でも「へ」にはならないように思うのですが。
いわゆる「口蓋音」というのでしょうか? フランス語のRはとても発音が難しく、日本語の「ラ」行の音とは似ても似つかない音ではありますが、「ヘ」とは程遠い気がしてなりません。

<蛇足3>
「もじもじしていると、琥珀さんはしゅっと膝行して」(369ページ)
「膝行(しっこう)する」って初めて見た気がします。意味はすぐにわかるんですが。




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