動機、そして沈黙 [日本の作家 西澤保彦]
<カバー裏あらすじ>
時効まで二時間となった猟奇犯罪「平成の切り裂きジャック」事件を、ベテラン刑事が回想する。妻と戯れに推論を重ねるうち、恐ろしい仮説が立ち上がってきて……。表題作ほか、妄執、エロス、フェティシズムに爛れた人間の内面を、精緻なロジックでさらけだす全六作品。
2023年9月に読んだ11作目の本です。
西澤保彦の「動機、そして沈黙」 (中公文庫)。
タイトルから、デイヴィッド・マーティン「嘘、そして沈黙」 (扶桑社ミステリー)と何か関連性があるかな、と思いましたが無関係ですね。
「ぼくが彼女にしたこと」
「迷い込んだ死神」
「未開封」
「死に損」
「九のつく歳」
「動機、そして沈黙」
以上6編収録短編集。
西澤保彦といえば、独特のロジックが展開するのが特徴で、非常にアクが強い。
こちらが若い頃はそれでも飲み込んでいましたが、ちょっと読んでいて辛いものがありました。
西澤保彦の初期作に多かった特殊設定下だと、状況を理解していくのにああでもないこうでもないと試行錯誤が必要で、そのために極端なロジックが展開されても理解に役立つ面があり受け入れやすかったのだと思いますが、普通の一般社会の設定だとロジックの極端さが強調されて受け入れにくくなってしまっているのでしょう。
顕著なのが「未開封」なのではないかと。
この作品のロジックを実感を持って受け止められる人、どのくらいいるのでしょうか?
根っこの部分は理解できなくもないのですが、そこから殺人への飛躍振りがついていけないように感じました。
続く「死に損」 も難解です。早々に犯人の見当がつき、動機探し的な物語になっているのですが、肝心の動機が......
「ぼくが彼女にしたこと」はロジックは普通のものですが、その周りに配置されている性的な色彩が強くてちょっとげんなり。
その意味では、迷い込んだ屋敷で展開される悪夢のような一族の物語の裏側が明かされる「迷い込んだ死神」や、ストーカーに付き纏われていたことが判明したことから主人公が思いもよらなかった自らの秘密(?) にたどりつく「九のつく歳」は、どぎつさのバランスが抑え気味なのでとっつきやすいかもしれません。
表題作「動機、そして沈黙」が、長さ的にも一番の力作なのでしょう。定年間近の刑事が、もうすぐ時効を迎える「平成の切り裂きジャック事件」の真相を妻とのディスカッションからつかんでいく。同趣向の作品はあるように感じましたが、なんともいえない余韻が残るのがポイントかと思います。
解説で千街晶之が
「著者の作品群において、本格ミステリとしてのロジカルさと同時に、フェティシズム、人間の記憶の不確実性、家族間の確執、狂気──そして、それらをひっくるめた『異形の妄執』が一貫して描かれ続けていることを意味する。実はロジックもまた、その妄執のかたちを可視化するための道具立てなのだ。」
と指摘しているのに深く頷いてしまいます。
最後に、西澤保彦といえば、難読苗字が連発されるのも特徴ですね。本書でもこの特徴は健在。
吉目木(よめき)、茨田(ましだ)、竹楽(つずら)、伊良皆(いらみね)、紫笛(してき)、乳部(みぶ)、国栖部(くずべ)、陸井(くがい)、壬生(みぶ)、尾立(おりゅう)、津布楽(つぶら)......
<蛇足>
「郷里在住の友人の結婚披露宴に出席するため、列車で海松市へやってきたところだった。ふたりが同じ便に乗り合わせていたのは、別に事前に示し合わせていたわけではなく、単なる偶然だという。」(140ページ)
列車を便というのですね。なんとなく飛行機にしか使わないイメージでしたが、当然列車にも使うべき語ですね。
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スナッチ [日本の作家 西澤保彦]
<カバー裏あらすじ>
昭和五十二年、婚約者に会いに高知を訪れていた二十二歳の奈路充生(なろみつお)は、銀色に輝く奇妙な雨にうたれ意識を失う。再び目覚めたとき、彼は五十三歳になり、体は別の人格に乗っ取られていた。雨の正体は異種生命体だったのだ。人生の最も輝く時代を奪われた喪失感に苦しむ充生を、今度は連続殺人事件が襲う。記憶のない三十一年間にいったい何が!?
読了本落穂ひろいです。
西澤保彦の「スナッチ」 (光文社文庫)
2018年3月に読んだようです。
西澤保彦お得意の特殊設定もの、といえるでしょう。
身体を、異種生命体 ”僕” に乗っ取られた主人公 "ぼく"。(表記で区別されています)
この状態をベツバオリと呼び、そうなると基本的にはもとの人格は喪われるのだが、なにかの拍子で(?)戻ってくることがある。それがサシモドシ。
主人公奈路充生は、31年ぶりにサシモドシで戻ってきた、もとの人格。
西澤保彦の作品では、登場人物たちはディスカッションを繰り返す傾向がありますが、この作品ではディスカッションは、主人公奈路充生と異種生命体の間で交わされます。
これ、便利ですよね。人と人を集める必要がない。主人公の身体さえあればよい。
しかも発声するわけではないので、いつでも、どこでも、自在にディスカッションできます。
アポロ陰謀論とか癌についての議論とか、少々怪しいところもありますが、SF的設定の中で消化可、というところでしょうか。
サシモドシたぼくの周りで(厳密にはぼくの周りと言い難い部分もあるのですが)巻き起こる連続殺人。
一種のミッシング・リンク的な要素もありまして、ちょっと強引な謎解きも、理解しづらい犯行動機も、西澤保彦ならば普通のことなので敢えて欠点と指摘することもないでしょう。
ただ、このリンクも動機もベツバオリに基づいて展開し、ベツバオリに基づいて謎が解かれることに注目すべきかと思います。
<蛇足1>
「高知は、NHK以外は民放がひとつしかないはず。いや、テレビ高知が開局して、ふたつになったんだっけ。」(68ページ)
田舎あるある、という感じでしょうか?
とはいえ東京(とその周辺)が異常なのであって、ここに書いてあるようなことは驚くようなことではありませんね。
<蛇足2>
「粗悪な水や、食材、化学調味料などを使っている店は、すぐに判るんです。その場では、どんなに美味しくいただいても、帰宅してから体調を崩して、ひと晩、へたしたら数日、苦しみますから」(395ページ)
こういう「いただく」の使い方、気になるんですよね。ここでは誰に敬意を表しているのでしょうか?
「食べる」でいけないのでしょうか?
<蛇足3>
「例えば、仮にぼくが身心ともに普通の状態であれば」(383ページ)
普通は ”心身” かと思いますが、ここでは ”身心”。
調べてみると、”身心” もあるのですね。 身心一如とか身心不二という仏教用語も出てきました。
タグ:西澤保彦
腕貫探偵、残業中 [日本の作家 西澤保彦]
<裏表紙あらすじ>
有能な公務員探偵はオフタイムも大忙し!
「市民サーヴィス臨時出張所」で、市民の相談に乗る腕貫着用の男。明晰な推理力を持つ彼のもとへは、業務時間外も不可思議な出来事が持ち込まれる。レストランに押し入った強盗の本当の目的は? 撮った覚えのない、想い人とのツーショット写真が見つかった? 女教師が生前に引き出した五千万円の行方は? “腕貫男”のグルメなプライベートにも迫る連作ミステリ6編。
「腕貫探偵」 (実業之日本社文庫)に続くシリーズ第2弾。前作の感想ページへのリンクはこちら。
この「腕貫探偵、残業中」には、
「体験の後」
「雪のなかの、ひとりとふたり」
「夢の通い路」
「青い空が落ちる」
「流血ロミオ」
「人生、いろいろ」
の六話収録。
いかにも公務員然として登場した前作「腕貫探偵」 の諸作と違い、残業中、という名のもとに(?) オフタイムというか、通常勤務時とは違う腕貫探偵と出会えます。
うん、こっちの方がいいかな。
もう一つ、冒頭の「体験の後」で腕貫探偵と知り合った(?) 女子大生住吉ユリエがポイントですね。
喰い道楽で美貌の女子大生。ヴァレンタインデーのチョコレートを渡そうと、「雪のなかの、ひとりとふたり」で腕貫探偵を探し回った、という役どころ。
いいですねえ。一転、このシリーズがグルメ・ミステリっぽくもなったりして。
いや、あくまでグルメ・ミステリ「っぽい」。
西澤保彦の本領、嫌な(登場人物の)思考回路とへんてこりんな事件は、健在です。
解説で関口苑生が「数ある西澤保彦作品のなかでも、これぞロジカル超絶技巧の傑作と誰もが認める《腕貫探偵》シリーズ」と書いていますが、ちっともそんな風には感じません。
西澤保彦の作品で繰り広げられるものは、通常のロジックとは違うからです。このあたりは「腕貫探偵」の感想に書きました。
たとえば、「青い空が落ちる」の5千万円の行くえ、こんなこと、普通、考えますか?
ロジックとは別物だと思います。
ただし、ロジックではないからつまらない、と言いたいのではありません。ロジックとは異なる魅力を持った作品だと。
「夢の通い路」は、記憶、に逃げ込む悪い癖(?) が出てつまらないですが、「流血ロミオ」なんて、もう、あり得なくて無理筋すぎて、かえって強い印象を残します。
ということで、やはり、非常に西澤保彦らしいシリーズだと感じました。
収穫祭 [日本の作家 西澤保彦]
<裏表紙あらすじ>
一九八二年夏。嵐で橋が流れ孤立した首尾木(しおき)村で大量殺人が発生。被害者十四名のうち十一人が喉を鎌で掻き切られていた。生き残りはブキ、カンチ、マユちゃんの中学生三人と教諭一人。多くの謎を残しつつも警察は犯行後に逃走し事故死した外国人を犯人と断定。九年後、ある記者が事件を再取材するや、またも猟奇殺人が起こる。凶器は、鎌だった。 <上巻>
事件後、村や母の記憶を失ったブキは、東京の大学院を中退して帰郷し高校で英語を教えていた。そこで起こった同僚の殺害。凶器は鎌。同一犯による連続殺人の再開か、模倣犯か? 母のポルノ写真から、ブキが記憶を取り戻し欲望を暴走させた時、カンチ、マユちゃんと運命が再び交錯、事件から二十五年後、全貌を現す! 殺人絵巻の暗黒の果て――。 <下巻>
西澤保彦の大作です。上下巻でして、上巻が598ページ、下巻が470ページもあります。
あらすじにもありますが、オープニングは一九八二年に小さな村落を襲った惨劇。猟奇的といってもよいくらいの大量殺人です。これが中学生伊吹省路の視点で描かれます。そのため軽やかですいすい読めますが、中身は結構強烈です。
第二部はその九年後の一九九一年。省路の同級生で事件の当事者でもあったマユコの視点に移ります。で、このマユコ、一部記憶を失っている、という設定です。
残虐な事件でしたし、衝撃も大きかったでしょうから、トラウマのようになったり、記憶喪失になったりするのもおかしくないように思いますが、うーん、がっかり。
ごく少数の例外を除いて、ミステリで記憶喪失が出てくると、もうそれだけでがっかりしてしまいます。
現実の記憶喪失は知らないのですが、ミステリではあまりにも作者とって都合よく、登場人物が記憶を喪ったり、取り戻したりすることが多く、記憶喪失は要警戒です。西澤保彦の場合、記憶喪失でなくても、記憶違いとか、考え違いとかがぼろぼろ出てくるケースがあり、この作品もそういうパターンかな、とちょっと嫌な気分。
中身は、九年前に罪を着せられた外国人の遺族が記者とともに真相究明にあたる、というもので、それがとんでもない大活劇に転化していくのにはびっくり。うーん、そう来ましたか、という感じ。派手でいいではないですか。都合よく記憶が戻ってくる点はその通りだったのですが、この展開だとまあOKかなぁ、と。
ここまでが上巻で、このあと下巻は一体どうするのかなぁ、と思ったら、第三部は一九九五年になっていて、再び省路に視点が戻りますが、彼も記憶喪失! おいおい...
このタイミングであらためて連続殺人が起こると同時に、省路の推理というか推測ではありますが、八二年の事件の真相が突き止められます。やっぱり記憶喪失は都合がいいなぁ、と思わせられてしまいましたが、捻った真相はなかなか良かった。
第四部は二〇〇七年で、視点人物は意外にも(?)、ここまであまり表舞台には出てこなかった、でも一応八二年の事件に登場した、高校生だった鷲尾嘉孝。
この第四部に至る変調ぶりがすごいですね。第三部で、一応事件の真相は明かされるので、第四部はつけ足し的なものになっても不思議ではないところ、いわゆるどんでん返しではないものの、すごーい癖球が飛んできて、びっくりします。そもそも、急に視点が事件と関係の薄そうな人物に変わったので、どうなるのかな、とは思うのですが、第四部で明かされる事件の背景--ではないです--後日談は、かなり想定外なものだと思います。
そして最後の第五部は、一九七六年に遡ります。ここで、「収穫祭」という言葉の意味がわかる仕掛けになっています。第二部、第三部や癖球と呼んだ第四部あたりを考え合わせると、ちょっとニヤリとできます(かなり黒いニヤリですが)。ただ作品全体となると、ちょっと感覚的にずれているように思いました。八二年の事件は「収穫祭」とは言い難いのではないでしょうか。この作品のメインは、やはり八二年の事件だと思われますので、作品全体のタイトルとしてはあまりふさわしくないような...
気になるところが多々あれど、力のこもった作品だと思いました。
<蛇足>
本筋とは全く関係のない蛇足です。
上巻351ページ、剣道のシーンで 「左足の踵で後ずさりしながら竹刀の先端が自分の臀部にあたるほど大きく振りかぶり、そして右足の爪先で前ににじり出ながら」 とあります。
剣道のときって、左足の踵って、常に浮かせておく-床につけない-のではなかったでしたっけ?
あれれ?
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春の魔法のおすそわけ [日本の作家 西澤保彦]
<裏表紙あらすじ>
ある朝、作家・鈴木小夜子は桜の舞う歩道橋の上にいた。ひどい二日酔いに見舞われ、昨晩の記憶はない。手には札束が入った見知らぬバッグ、そして現れる不思議な美青年……。謎と酒に酔いしれる、一夜限りのファンタジックなミステリ。
西澤保彦の作品に上品さなど求めてはいませんが、オープニングのこのお下劣さというか、下品さは、ちょっと耐え難いレベル。なにもここまでしなくても...
タイトルはなんだか素敵なのに。
下品なことを除くと、不思議な現象はおきますし、それなりに合理的に解決されますので、まずまずの作品。そういう評価もできると思います。
でも、個人的にはあまり評価できません。
まずなによりも、謎解きのもっとも重要な部分が、要するところ「酔っていたから。しかも強烈に」というのでは、興ざめです。いくら現実に起こりうることであろうとも、ミステリでは白けるだけです。わりとするするといろんな変な事象や腑に落ちないことも、それなりに合理的に説明されるのに、この部分がひっかかるせいで、すんなり納得できません。
せっかくラストは優しく終わるのに(そうなんです。オープニングのお下劣さとは異次元といっていいような着地を見せます)、もったいない。
個人的に、当たり外れの激しい西澤保彦。この作品は、残念ながらはずれ、でした。
タグ:西澤保彦
夢は枯れ野をかけめぐる [日本の作家 西澤保彦]
<裏表紙あらすじ>
四八歳、独身。早期退職をして静かな余生を送る羽村祐太のもとには、なぜか不思議な相談や謎が寄せられる。「老い」にまつわる人間模様を、シニカルな語り口と精緻なロジックで本格ミステリに昇華させた、西澤ワールドの一つの到達点。
西澤保彦のこの作品のテーマは「老い」です。
ボケだ、介護だ、孤独死だ...テーマがテーマだけに明るい話にはなりませんが、哀しみを帯びたラストにはひとつの救いというか、落ち着きどころが描かれていてほっとします。
西澤作品の特徴(とぼくが考えている)異常な思考回路、というのは健在です。
たとえば3話目の「その日、最後に見た顔は」の心理状況はまったく理解できません。この第3話は老いを扱っていないので適切な例ではありませんが、あちこちにうかがわれるその歪みがこのテーマにふさわしく思えてくるから、それだけ「老い」の抱える問題は深刻かつ重大ということなのでしょう。
ラストの「夢は枯れ野をかけめぐる」を読み始めると違和感を感じるように書かれていて、そこにはよくみられる手法が使われているわけですが、そういう趣向なくあっさり書かれていたほうがよかったのではないかな、とミステリ好きにはあるまじき感想を抱いてしまいました。
いわゆるボケというのは、通常とは違う認識を抱く状況を指すわけですから、そのものがミステリというか、ミステリらしい状況になっているということでもあるわけで、扱いようによっては複雑怪奇な事件創出が可能ですけれど、客観的に見ればボケはボケなので、その視点での状況はミステリとして捉えてはもらえず、真相がぼけていたから、認識相違だったから、では本をぶん投げられるのがおちでしょう。
かなり危ない橋を渡っている作品だと感じました。
全般的にミステリ味を薄くしているので、これはぎりぎり「あり」かと思います。
エンディングでの
「失うものがあるからこその人生じゃないですか。失ってしまったら、そのときは大声で泣けばいいんだわ」
というセリフがなかなか、こう、迫ってくるものがありました。
ミステリ味は薄い異色作として、手に取ってみていただければと思います。
P.S.
それにしても、登場人物の名前が普通なのに驚きました。
羽村、膳場、三留、弓削、小谷野。
いずれもありふれた名前とは言えませんが、まあ普通ですよね。
タグ:西澤保彦
腕貫探偵 [日本の作家 西澤保彦]
<裏表紙あらすじ>
大学に、病院に、警察署に……突如現れる「市民サーヴィス課臨時出張所」。そこに座る年齢不詳の奇妙な男に、悩める市民たちはついつい相談を持ちかけてしまう。隣人の遺体が移動した? 幸せ絶頂の母がなぜ突然鬱に? 二股がバレた恋人との復縁はあり? 小さな謎も大きな謎も、冷静かつ鋭い洞察力で腕貫男がさらりと解明! ユーモアたっぷりに描く連作ミステリ7編。
西澤保彦の人気シリーズのようです。
このあと、
「腕貫探偵、残業中」 (実業之日本社文庫)
「モラトリアム・シアターproduced by腕貫探偵」 (実業之日本社文庫)
「必然という名の偶然」 (実業之日本社文庫)
と続刊が次々と出ています。
それにしても、今回も難読苗字のオンパレードです。
第1話の「腕貫探偵登場」が蘇甲(そかわ)、第2話「恋よりほかに死するものなし」が筑摩地(つくま)に田還(たがつり)、第3話「化かし合い、愛し合い」が門叶(とかない)に完利(しとり)。第4話「喪失の扉」の武笠(むかさ)が普通すぎてちょっとびっくりし、練生川(ねりかわ)で持ち直したな、なんて考え、第5話「すべてひとりで死ぬ女」に出てくる刑事が氷見(ひみ)に水谷川(みやかわ)で、うーん、だいぶ普通になってきたかぁ、と油断していたら被害者の名前が兎毛成(ともなし)で、やっぱりなぁ、と思い、第6話「スクランブル・カンパニー」では螺良(にしら)に、檀田(まゆみた)に、目鯉部(まりべ)、最終話「明日を覗く窓」では泰地(たいち)。
いやあ、すごいなぁ。
さて、内容ですが、西澤保彦の作品は、ロジックというよりは、人間の思考の限界というか、境界をみせてくれていると思っています。
ミステリを読んでいて、登場人物の考え方について、「そんなこと考えるかなぁ」「そういう風には考えないんじゃないかなあ」と思うことはたびたびあると思いますが、西澤保彦の作品の場合は、ほぼすべての作品で、登場人物の考え方についていけないものを感じます。それに近いことを考えることはあるかもしれないけれど、どうもずれている。ちょっとずれているのが、大きな断絶を感じさせる。
つまり、そんなこと考える人いないよな、というところを常に突き続けている作家なのだと思うのです。おそらく、普通の人の考えとの分岐点は小さなものだと思うのですが、それが進んでいって、ずれがどんどん大きくなって、たどり着いて起こる事件はとんでもないかたち。少し変なことを考えても、常識が邪魔(?) をして思いとどまらせてくれるところを、そのままの方向で思考が、行動が暴走(?) してしまう。そういう事態を描いているのだ、と。
帯に「安楽椅子探偵に新ヒーロー登場!」とありまして、このシリーズ、趣向としては安楽椅子探偵になるらしい。
たしかに、依頼人の話を聞くだけで解決に導いてしまうので、安楽椅子探偵の結構を整えてはいますが、でも読んでいる間、そういうことはまったく感じませんでした。
安楽椅子探偵って、勝手な印象ですが、意外な手がかり、というか、思い付かないような観点で事件の謎を名探偵が解いていく、というのが醍醐味と思っているのですが、それに対してこの「腕貫探偵」の場合、意外な(というか、正直感想は異常な)思考パターンで解決が導かれるので、ずれた印象が残るからだと思います。
ということで、非常に西澤保彦らしいシリーズだと感じました。
聯愁殺 [日本の作家 西澤保彦]
<裏表紙あらすじ>
大晦日の夜。連続無差別殺人事件の唯一の生存者、梢絵を囲んで推理集団〈恋謎会〉の面々が集まった。四年前、彼女はなぜ襲われたのか。犯人は今どこにいるのか。ミステリ作家や元刑事などのメンバーが、さまざまな推理を繰り広げるが……。ロジックの名手がつきつける衝撃の本格ミステリ、初の文庫化。
奥付を見ると文庫になったのは2010年9月なのでもう2年以上も前なのですが、あたらしい帯をつけて本屋さんに山積みになっていますね。あたらしく買ったのではなく、積読を引っ張り出して読みました。
西澤保彦は、現実にはありえない設定を前提にミステリを繰り広げる初期の作品(「七回死んだ男」 (講談社文庫)や「人格転移の殺人」 (講談社文庫)など)が大好きで、結構読みましたが、そのあとの作品があまり好きではありません。「幻惑密室―神麻嗣子の超能力事件簿」 (講談社文庫)から始まる神麻嗣子シリーズも、「彼女が死んだ夜」 (幻冬舎文庫)から始まる匠千暁シリーズ(タック&タカチシリーズというべき??)も、正直あまり楽しんでいません。なんだか人間の厭らしい部分をデフォルメして見せつけるような部分が多く、ちょっと辟易してしまうんですね。
それでも、初期の作品の魅力が忘れられなくて、またやってくれるんじゃないかと期待がふくらんで、ずっと読み進めています。「ストレート・チェイサー」 (光文社文庫)みたいな作品とか、また書いてくれないものかなぁ。
で、この「聯愁殺」ですが、ひさしぶりに素直に楽しめました。シリアル・キラーものではあるので、人間の冥い部分を描くところもあるのですが、全体の仕掛け(?)というか枠組みのピースとして機能しているので、不快には感じませんでした。
最初は、不安いっぱいだったんですよね。また嫌なところ満載の作品ではないか、と。
いつもの西澤作品どおり、一礼比(いちろい)とか双侶(なるとも)とか矢集(やつめ)とか丁部(よぼろべ)とか、難読苗字ばかり(普通の苗字の人は一人も出てきません) ですこぶる読みにくく (最初の1回だけ振り仮名をつけるのではなく、最後まで何度でも何度でも振り仮名を振っておいてほしいです)、ちょっとねちっこい感じの文章もあいまって、本当に不安でした。
ああでもないこうでもないという推理合戦が繰り広げられること自体は西澤作品ではよくあることで、匠千暁シリーズ(タック&タカチシリーズ)などでもおなじみの趣向ですから、ちょっと無茶苦茶な推論も含め、繰り出されるロジック(?)を楽しんで読んでいったわけですが、いやぁ、作者の企みがどこになるのか、なかなか明らかになりません。
途中、やはり人間の陰の部分が色濃く出てくるのですが、投げ出さず、読み続けてよかったです。
半ば以降で、うすうす犯人の見当がつきまして、やったね!、とちょっぴり優越感(?)に浸りつつ読んだのですが、着地がそれどころではない地点まで連れて行ってくれまして、大満足。犯人の見当がつくだけじゃぁ、この作品が見えたことにはなりません。ダークな結末、という声もありますが、ダークであっても、厭な結末ではない、と思いました。
西澤作品、個人的に、ひさびさのヒットです。
読後、氷川透による解説を読んで、感動(?)を深めました。
この解説、絶品です。
ぜひ、ぜひ、解説まで読んで、「聯愁殺」の素晴らしさを再確認していただければ、と思います。
ちなみにこの作品、「本格ミステリ・ベスト10 2003」第9位です。