レディ・ヴィクトリア ロンドン日本人村事件 [日本の作家 篠田真由美]
レディ・ヴィクトリア ロンドン日本人村事件 (講談社タイガ)
- 作者: 篠田 真由美
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2017/03/22
- メディア: 文庫
<カバー裏あらすじ>
ミカドの持ち物だったと騙る「翡翠の香炉」詐欺。日本人村の火災と焼け跡から発見された死体。そして記憶喪失の日本人青年。
日本趣味(ジャポニズム)が人気を集めるロンドンで起きた日本に関連する三つの事件にレディ・シーモアとチーム・ヴィクトリアの面々が挑む。
ヴィクトリア朝のロンドンを舞台に天真爛漫なレディと怜悧な男装の麗人、やんちゃな奉公人が活躍する極上の冒険物語。
読了本落穂拾いです。
「レディ・ヴィクトリア アンカー・ウォークの魔女たち」 (講談社タイガ)(感想ページはこちら)
「レディ・ヴィクトリア 新米メイド ローズの秘密」 (講談社タイガ)(感想ページはこちら)
に続くシリーズ第3弾です。
先に
シリーズ第4弾の
「レディ・ヴィクトリア 謎のミネルヴァ・クラブ」 (講談社タイガ)(感想ページはこちら)
の感想を先に書いてしまっています。
サブタイトルにもあるように、題材としてロンドンにあった日本人村を扱っています。
1885年。時折しも、ジャポニズムが流行し、サヴォイ劇場でオペラ「ミカド」が上演され、ナイツブリッジで「日本人村」が開催・興行されていた。
当時どう日本が受容され、あるいは受容されなかったか、というのは興味深いです。
当時の日本は、関税自主権の回復や不平等条約の改正に意欲を燃やしていたというのは歴史の授業で学ぶことで、この点をレディ・ヴィクトリアと知人が議論するのは少々作者の勇み足のような気がしますが、ジャポニズム旺盛ななか、それに反発する日本人という構図を溶け込ませるのに一役買っていますね。
勇み足といえば、このストーリーで重要な役どころで出てくる日本人青年山内鹿之助伸直とローズの関係性といのも勇み足でしょうね。この種の物語に必須のといってもいいかもしれない展開ではありますが。
ただ、それがミステリとしてのストーリーにきちんと寄り添うものである点は指摘しておかなければなりませんね。
印象的なのはある主要人物のセリフです。
「それで本当に後悔はなさらなくて?」
「わかりませんわ。いいえ、後悔はきっとすると思います。どの道を選んだとしても。でもわたし、決めましたの。どこかで後悔しなくてはならないなら、自分のしたいことよりも、しなくてはならないと感ずることを選ぼうと。それがわたしの夢の終わりで、旅路の尽きるところでも、そこからまた始まる旅もあるのかもしれませんもの。」(283ページ)
事件は、あらすじにもある3つを撚り合わせたもので、意外性はさほどないのですが、その分地に足の着いたというか、無理のないものになっていまして、これはおそらく、背景が「ジャポニズム」「日本人村」という、当時のイギリス社会から見ればイロモノであることから、対比の意味でもそうしたのだろうな、と思っています。
これでシリーズ第4巻までの感想を終えたので、いよいよ最終巻ですね。
(とは別に、第5巻で途絶えていたこのシリーズですが、出版社を変えて再スタートしたようですね。)
<蛇足1>
奥様が今日のように外出されるのはとても珍しくて、お客様のいないときは毎日書斎で読書をされたり、机に向かって書き物をされている。(14ページ)
やはり「~たり、~たり」と対応していないことが気になります。
守っていない文章の方が多い気もしますので、これが気になるのはもはや病気ですね、我ながら。
<蛇足2>
さもなきゃサーカスについて歩く行商人みたく、派手にショウでもやって盛り上げて、安ピカものをぱあっと売りつけて、翌日はさっと姿をくらますかだよ。(138ページ)
「みたく」という表現も気になりますが、ここは使用人のセリフですから、あえてという解釈も可能ですね。
<蛇足3>
本当に、やけにもつれた話だこと。わたしくの書く小説だって、これほどごちゃついた筋書きにはしないことよ。読者を面白がらせるより、途中でげんなりさせかねないもの(155ページ)
これは、レディ・ヴィクトリアが事件を整理していうセリフですが、メタ的に読めば、作者の自信の表れですね。頼もしい。
<蛇足4>
たぶんご存じないでしょうけれど、イギリスで近年現れた happy dispatch という奇妙なことばがあります。幸いなる処刑、とでも言い換えられるかしら。これは日本のサムライの文化に触れたイギリス人が、切腹につけた訳語なの。
自分の手で自分の体に致命傷を与えるけれど自殺ではない、一種の罰ではあっても不名誉な死刑とは違う。それは主君からサムライにのみ許される『かたじけないご措置』なのだと日本人は説明し、理解できないまま直訳したことばが、一種の逆説と化してしまったのでしょうね。日本という不思議の国の、不思議の観念として。(195ページ)
半月とはいえ、日本に行ったことがある(!)というレディ・ヴィクトリアのセリフです。
とても興味深いですね。もっとこういうのを盛り込んでほしいです。
タグ:篠田真由美 レディ・ヴィクトリア
イヴルズ・ゲート 黒き堕天使の城 [日本の作家 篠田真由美]
<カバー裏あらすじ>
考古学者のルカが姿を消した。ナチス・ドイツの研究機関アーネンエルベで、養父の父親の同僚だった男に招かれ、南ドイツの古城に出かけたという。ルカが勤めるトリノのエジプト博物館から助けを求められた夜刀(やと)は、単身城に乗りこむ。彼を迎えたのは人形のように生気がないルカと、おぞましい秘密を持つ住人たちだった……性格も見た目も正反対の“腐れ縁コンビ”が再びタッグを組む! 多彩な館と謎ときが魅力のミステリ・ホラー。
「イヴルズ・ゲート 睡蓮のまどろむ館」 (角川ホラー文庫)(感想ページはこちら)に続くシリーズ第2作。いまのところこのシリーズはここまでしか出ていませんね。
「イヴルズ・ゲート 睡蓮のまどろむ館」の感想にも書いたのですが、やはり、ちょっと中途半端なイメージです。
今回の舞台は、日本を離れ、ドイツの古城。
ナチスの残党が出てくるのでは、と思ったあなた、正解です(笑)。
「金属的な輝きを放つ金髪に緑がかった青い目をして身長は父親より高い、アーリアン的な美丈夫だ。」(90ページ)って、いかにも、ですよね。
「災厄の年、ノストラダムス・イヤーと俗称される西暦一九九九年から頻発する地震と火山噴火、各地で相継いだ原子力発電所の事故によって、本州の大半が居住不適地域と化した現在の日本」と前作「イヴルズ・ゲート 睡蓮のまどろむ館」に書かれた設定は、引き続きあまり活かされているようには思えません。
ただ、「イヴルズ・ゲート 睡蓮のまどろむ館」では、異界への門といえる、イヴルズ・ゲートについてはもっぱら人間サイドの話で終始していたのですが、この「イヴルズ・ゲート 黒き堕天使の城」 (角川ホラー文庫)では、向こう側にも目がいくようになっているんです。
「人間が汚れたタライを見て、汚水を流して漂白剤をぶっこんで、タワシでこすり上げてやりたいと思うようなものかな。そうすればタライの中に生きている微生物や細菌は死滅するが、別にそういうものを憎んでいるわけじゃない。ただ、清潔なタライは汚いタライよりいいものだという価値観がある」(307ページ)
と夜刀が比喩を用いて説明していますが、こういう世界観(?)おもしろいですよね。
これをもっと深追いすれば、きっと読後の印象も違ったものになったのでは、と思うのですが。
このあとの続刊が刊行されていないので、あくまでも勝手な想像でしかないのですが、このシリーズ、とても長大なものなのではないでしょうか。これまでの2巻ではちっとも全貌がうかがいしれないような。
だから、この2巻だけをみるとかなり中途半端な印象になってしまう。
このままで終わってしまったら、おすすめし難い作品になってしまいますね。
完成形をみたい気がします。
レディ・ヴィクトリア 謎のミネルヴァ・クラブ [日本の作家 篠田真由美]
レディ・ヴィクトリア 謎のミネルヴァ・クラブ (講談社タイガ)
- 作者: 篠田 真由美
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2018/06/22
- メディア: 文庫
<カバー裏あらすじ>
夜になると棺から出てさまよい歩くミイラ。その噂に好奇心を刺激されたレディ・シーモアだが、所有者である伯爵との間には浅からぬ因縁があった。ミイラが安置された別荘でのパーティに招待されたレディは、いわくあり気な人物が集まる中、女性冒険家として名高いナポレオーネ・コルシと旧交を温めるのだが。
19世紀イギリスを舞台に戦う女性たちを描く冒険物語の傑作。
「レディ・ヴィクトリア アンカー・ウォークの魔女たち」 (講談社タイガ)(感想ページへのリンクはこちら)
「レディ・ヴィクトリア 新米メイド ローズの秘密」 (講談社タイガ)(感想ページへのリンクはこちら)
「レディ・ヴィクトリア ロンドン日本人村事件」 (講談社タイガ)
に続くシリーズ第4弾です。
シリーズ第3弾の「レディ・ヴィクトリア ロンドン日本人村事件」の感想は書けていません。
今回は、レディ・シーモアがお屋敷に招待され、お供のローズが事件に巻き込まれる、という構図ですが、タイトルにもなっている「ミネルヴァ・クラブ」という組織との対決、という感じです。
うーん、ちょっとこちらの期待している方向性と違いましたが、それでもしっかり書かれているので、楽しめました。
ヴィクトリア時代の時代の雰囲気、殊に女性をめぐる状況が伝わってきます。
屋敷の持ち主ペンブルック伯爵とその夫人レディ・ペンブルックの関係性なんか、その象徴なのでしょう。
でもなぁ、やっぱり、レディ・シーモアの使用人たちの活躍にあまり触れることができなかったのはとても残念ですね。
いよいよ次の第5巻「レディ・ヴィクトリア ローズの秘密のノートから」 (講談社タイガ)はシリーズ最終巻らしいので、楽しみです。
<蛇足1>
ただお給金が目的ではない、一生懸命働いて、自分が必要とされる嬉しさを知った。(18ページ)
「レディ・ヴィクトリア 新米メイド ローズの秘密」 (講談社タイガ)の感想にも書きましたが、一生懸命は気になります。
でも、もう、一所懸命が正しい、ということの方が間違いなのかもしれませんね......
<蛇足2>
そして自分が出会った災難、頭から袋をかぶされて息が詰まりそうになったり、血まみれの体の上に尻餅をついて悲鳴を上げたこと、そして他の悲惨な目に遭った他の人のことも、口にしたいとは思わない。(278ページ)
~たり、~たり、と対応していないことも気になりますが、自分に降りかかった災難を「出会う」というかなぁ、と不思議に思いました。
タグ:レディ・ヴィクトリア 篠田真由美
イヴルズ・ゲート 睡蓮のまどろむ館 [日本の作家 篠田真由美]
<裏表紙あらすじ>
奇妙な外観の埃及(エジプト)屋敷に、心霊科学実験のため集まった4人の男女。戦時中、密かに持ち込まれたエジプト遺物がひしめく地下で、館の主は首無し死体で発見されたという。本人たち曰く“腐れ縁”で結ばれたトリノのエジプト博物館学芸員のルカと、比較宗教学者の御子柴は、館に渦巻く不穏な空気と、不可思議な現象に立ち向かう。だがそれは忌まわしい悲劇の始まりにすぎなかった……謎と恐怖が織りなす美麗な館ミステリ・ホラー。
篠田真由美の2016年に始まった新シリーズの第1作。
といいながら、この「イヴルズ・ゲート 睡蓮のまどろむ館」 (角川ホラー文庫)の次の「イヴルズ・ゲート 黒き堕天使の城」 (角川ホラー文庫)しか出ていませんが...
うーん、シリーズ第1作ということで、小出しにされているのだろうと思いますが、ちょっと中途半端なイメージを抱きましたね。新しさ、というのもあまり感じません。
まず舞台設定です。
冒頭に、「災厄の年、ノストラダムス・イヤーと俗称される西暦一九九九年から頻発する地震と火山噴火、各地で相継いだ原子力発電所の事故によって、本州の大半が居住不適地域と化した現在の日本」(23ページ)と書かれています。
でも、こういう異世界を舞台にする意味が、少なくともこの「イヴルズ・ゲート 睡蓮のまどろむ館」 (角川ホラー文庫)を読んだだけではわからないんですよね。
トリノのエジプト博物館学芸員のルカと、比較宗教学者の御子柴の関係性も、はっきりしていません。あらすじには「心霊科学実験のため集まった4人」と書かれていますが、御子柴は招待されてもいないのに、ルカについてきた(!) だけ、という特殊ぶり。ついでに言っておくと、あらすじではいかにもこの2人が主役という書き方で、確かにそれはそうなのだと思いますが、視点人物の中心はこの2人ではなく、衿という、子供の頃超能力少女としてTVをにぎわせていた女性なんですよね。
この衿のキャラクターは母に支配される娘、という典型をフォローするものではあるものの、おもしろいと思いましたね。当時TVに一緒に出ていた鏡子との関係もなんだかリアルです。
登場するルカとともにいる犬が、常ならぬものという設定のようですが、いい感じです。
物語は、北軽井沢の洋館(?) 埃及屋敷が舞台。戦前・戦中のエジプト学者呉日向(くれひゅうが)が、「エジプト政府の許可を得ないまま、大量の発掘品を日本に持ち帰って」(9ページ)、コレクションを収蔵するために作った住居兼私設博物館。アル・アシュムーナインの祭祀遺跡(このアル・アシュムーナインというのも、由緒ある怪しげな地名のようですね)から、崖に彫られた岩窟神殿の岩をすべて切り取って持ち帰った、というのですから豪儀です。
ここまででお分かりいただけると思いますが、すべてが思わせぶり、なのです。
そしてこうした思わせぶりな登場人物、舞台設定で、まさにいかにもなホラーが展開します。
様式美、ということでしょうか。
館で起こる怪異(とひとくくりに言ってしまいますが)も、お馴染み(?) のものばかりですね。ホラー、あるいはゴシック・ロマンという観点からいうと新しいものが盛り込まれているのかもしれませんが、そちらのジャンルには明るくないのでよく見分けがつきません...
ちょっと初心者には地味な作品に仕上がってしまっているのかもしれません。
シリーズ続編である「イヴルズ・ゲート 黒き堕天使の城」 (角川ホラー文庫)でどう展開するのか、確かめてみたいです。
<蛇足>
「まあ。そんな、いきなり悪魔なんてものを、ここでいきなり持ち出さなくても」(231ページ)
校正してないんでしょうか?
会話なので、そんなにうるさく言う必要はないのかもしれませんが、いきなりが重なって少々...見苦しいです。
<蛇足2>
PCの動作がおかしくなるシーンがあるのですが、電源ボタンを押しても変わらないので、
「デスク下の電源コードの束を荒っぽく掴んで引き抜く。ブチッと鈍い音とともにディスプレイがブラックアウトした。」(325ページ)
というシーンがありますが、電源と切り離してもすぐにはブラックアウトしないんじゃないかな、と思ったり...
アルカディアの魔女 北斗学園七不思議3 [日本の作家 篠田真由美]
<裏表紙あらすじ>
中等部三年生になるアキ、ハル、タモツは、寮の引っ越しに大忙し。そんな中、森で妖精の宴を目撃したという生徒が現われ、その一方で奇妙な暗号文が発見される。これらは果たして学園の七不思議と関係があるのか。しかし調査にかかる前に、突然タモツが学校を辞めると言いだして……。森に隠された学園創立期に遡る意外な秘密とは。そして三人を襲う最大のピンチ。謎が加速する大人気学園ミステリー第三弾。
「王国は星空の下 北斗学園七不思議1」 (PHP文芸文庫)(感想ページへのリンクはこちら)
「闇の聖杯、光の剣 北斗学園七不思議2」 (PHP文芸文庫)感想ページへのリンクはこちら。
い続く北斗学園七不思議シリーズの第3弾です。
理論社のミステリーYA!という叢書でこの「アルカディアの魔女」まで出ていたシリーズで、理論社が倒産して途絶していたのを、PHP文芸文庫で再刊なって再出発ということだったはずですが、2014年5月に「アルカディアの魔女」を復刊したあと再度途絶えています。
売り上げが優れなかったのでしょうか...
悪い点から言っておくと、毎回言っていますが、アキの語り口には違和感が拭えません。中学生の文章とは思えないジジ臭さ。そういう古臭い言葉を使うキャラクター設定にもなっていませんし、謎です。
「えーと。のっけからドタバタやかましくって失礼をば。」(22ページ)
「変に邪推するのだけは勘弁な」(191ページ)
「タイトルは刺激的だけど、中身はすごく真面目でいい本だから、そこんとこよろしくな」(191ページ)
「えいコンチクショウ、タモツの馬鹿」(225ページ)
「そのままおっ死んだ(おっちんだ)とは、誰も思わないだろ」(364ページ)
このあたりも、売れ行きに影響したのではないでしょうか? なんて考えてしまいます。
冒頭、昔のエピソードでスタートするのは、第1作、第2作と同じで、かっこいいですね。
タイトルのアルカディアは、「古代ギリシャのペロポネソス半島にあった国」で「古代ローマの詩人ウェルギリウスが、『牧歌』っていう詩集を書いて、その中でアルカディアを理想化したんだ。遥か昔の黄金時代の田園として。だからアルカディアということばには、過去への郷愁や失われたものを嘆く感傷の匂いがまとわりついている」(290ページ)と説明されていまして、温室の名前として使われています。
前作「闇の聖杯、光の剣 北斗学園七不思議2」では人狼が出てきましたが、今回は魔女。
前作同様、古き良き冒険小説を、学園ものの衣を着せて差し出してもらっているようです
温室で魔女で集会ときますから、雰囲気は抜群ですね。猫が活躍するのもポイント高いかも。
ということでシリーズは快調と思われるのに(語り口を除いて)、続巻が出ていないのが残念です。
あとがきで「セイレーンの棲む家」とタイトルまで予告されているというのに...
なんとか続きを出してもらえないものでしょうか?
<蛇足>
「けどさ、それって穴--なんとかいうやつだろ?」
「アナグラム。穴は関係ない。」(120ページ)
これ、会話では成立しないやりとりですよね。文章化されている小説だからこそ、ですね。
レディ・ヴィクトリア 新米メイド ローズの秘密 [日本の作家 篠田真由美]
レディ・ヴィクトリア 新米メイド ローズの秘密 (講談社タイガ)
- 作者: 篠田 真由美
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2016/08/18
- メディア: 文庫
<裏表紙あらすじ>
デヴォンシァの田舎町からロンドンへやってきた新米メイドのローズ。奉公先は使用人も働き方も型破りで、毎日が驚きの連続。なぜかご主人のレディ・シーモアは、顔も見せてくださらない。
仕事のかたわら、消息不明の兄を捜そうと、うさんくさい探偵の手を借りてイーストエンドの阿片窟へ飛び込んだローズ。ただの人捜しのはずが、待ち受けていたのは思いもよらぬ事件だった!
「χの悲劇」 (講談社ノベルス)の感想を間に挟みましたが、「ダマシ×ダマシ」 (講談社ノベルス)の次に読んだ本で9月4冊目です。
講談社タイガで始まった、篠田真由美のシリーズの「レディ・ヴィクトリア アンカー・ウォークの魔女たち」 (講談社タイガ)(感想ページへのリンクはこちら)に続く第2弾です。
いやあ、まいりました。
前作「レディ・ヴィクトリア アンカー・ウォークの魔女たち」 の感想に書いたこと、まったくの見当はずれでしたね...
この「レディ・ヴィクトリア 新米メイド ローズの秘密」ではタイトル通り、レディ・ヴィクトリアのところに新米のメイドであるローズがやってくる、というお話なんですが、なんとこのシリーズのヒロインは、レディ・ヴィクトリアではなく、ローズだというのです!!
あとがきでびっくりです。
「一巻目には敢えてヒロインを出さず、この奇妙なヴィクトリアン・レディ、先代シーモア子爵未亡人と、彼女の周辺の一癖も二癖もある人々を語る、長めのプロローグにしてしまう」(313ページ)
ひゃーーーー。なんて充実したプロローグだったことでしょう...
ローズによる兄捜し、というのがメインのお話ですが、貴族社会の病巣ともいうべき実態が描かれています(って大袈裟か...)。
詳細は読んでください、というところですが、
「身も蓋もなくいっちまやあ、ここはそういう国だ」(151ページ)
という点に、どう落とし前をつけるか、という話ですね。悪代官をどう成敗するか、と言い換えてもいいかもしれません。
まず、この本を読んで感心したのは、阿片窟のイメージが変わったこと、です。このあたりはあとがきでも触れられていますね。これだけでも得した気分です。
貴族と従兄弟の確執とか要素をいくつか盛り込んでもすっきりと仕上がっています。さすが篠田真由美。
薄い本ですが、しっかりとヴィクトリア朝のイギリスに浸れました。
続刊「レディ・ヴィクトリア ロンドン日本人村事件」 (講談社タイガ)も出ていて楽しみです。
<蛇足>
しつこいようですが、
「一生懸命お仕えします」(180ページ)
ってやめてほしいですね。一所懸命でないと。
あと、
「弑する」(311ページ)
って会話で使いますか? このあたりちょっと篠田真由美らしくないかなと思いました。
燔祭の丘 [日本の作家 篠田真由美]
『僕は――ヒトゴロシ』。謎の詩を残して姿を消した桜井京介は、久遠アレクセイの名に戻り、14歳まで育った屋敷にいた。神代宗の話を聞いた蒼は、京介を捜し歩き、20年前の忌まわしき事件を知る。久遠家のルーツが明らかになった時、父グレゴリの狂気が京介を襲う!「建築ミステリ」の金字塔、ついに完結!
「化学探偵Mr.キュリー4」 (中公文庫)(ブログへのリンクはこちら)に続いて今年3月に読んだ本、6冊目です。
引用したあらすじにも書いてある通り、まさしく、ついに完結、です。
ここまでくると、建築探偵とか本格ミステリとかあんまり関係なくなってきていますね。
前作「黒影の館 建築探偵桜井京介の事件簿」 (講談社文庫)で過去に遡ってみた物語は、現在時点に戻ってきます(解かれる謎は過去のものにせよ)。
『僕は――ヒトゴロシ』という京介は本当に人殺しなのか、という謎は、ミステリ読者なら当然「実は違った」という着地を想定して読むわけですが、さて、篠田真由美はどう料理したか、さすがに究極のネタバレになるので実際に読んでみてください、としかここでは書けませんが、なるほどそう来ましたか、という読後感でした。
たぶん、シリーズもここまで続いてくると、ミステリとしての解決云々もさることながら、シリーズのレギュラー登場人物たちがどうなるのか、にも読者は相応に興味を持つので、その意味でも意義深い完結編となっていると思いました。
作中、神代教授が振り返って
「血の繋がらない、だが心は結ばれた疑似家族」(439ページ)
と考えるシーンがありますが、まさにこれこそがシリーズのポイントだったのでしょう。
京介=アレクセイとの対決の相手であるラスボスたる久遠グレゴリは、親子なわけで、上で引用した部分とは対比になっている、と考えるのはさほど見当外れではないのでは、と思います。
言ってみれば
「血はつながっている、だが心はまったく結びついていない家族」
というわけですね。
とすると、この「燔祭の丘」で明かされる真相は、かなり印象に強く残りますね。
それにしても、グレゴリ、すごすぎ。
「お父様は人間ではないわよ!」
「お父様は疾うに、人間の限界を超えておられる」(660ページ)
なんてセリフも出てきますが、いやあ、本当に、人間を超えていますよ。
シリーズ番外編、スピンオフがいろいろと出ているようです。
文庫化を待って読み進めていきたいと思っています。
<次のブログにトラックバックしています>
MIDNIGHT DRINKER
黒影の館 [日本の作家 篠田真由美]
<裏表紙あらすじ>
一九八〇年秋、突然の義父の死。神代宗は傷ついた心を埋めるため訪れた北の町で、殺人の罪を着せられてしまう。そして、疑惑が晴れぬまま土地を支配する久遠家の「館」に軟禁され、血塗られた過去を目撃する。謎の美少年・アレクセイが悲劇の真相を語りはじめたとき、銃声が轟いた! 大人気シリーズ第14弾。
建築探偵シリーズも残り1冊となりました。
ちなみにタイトルは「黒影」に「かげ」とルビが振ってあります。
前作「一角獣の繭 建築探偵桜井京介の事件簿」 (講談社文庫)(感想ページへのリンクはこちら)のラストで急展開があったので、さて、続きはどうなる!? と勢い込んだりもしましたが、この「黒影の館 建築探偵桜井京介の事件簿」 (講談社文庫)では、さっと物語は過去に遡ってしまいます。
若かりし日の神代宗、そして桜井京介!!
シリーズ大団円の(はずの)次作「燔祭の丘 建築探偵桜井京介の事件簿」 (講談社文庫)前にちょっと過去を振り返っておきましょう、という感じ?
22年前の、神代宗と桜井京介の出会いが描かれます。
で、あらすじ読んでいただくとわかりますし、みんながみんな想像すると思うので書いてしまうと、謎の美少年・アレクセイというのが京介です。
舞台となるのは、タイトルにもなっている館で、地元ではお館と呼ばれている、と(156ページ)。
「お館様というと特定の個人を指し示しているようですが、それはむしろ一個の抽象的な概念です。お館は共同体の内部にあるのではなく、しかし外部でもない。閉ざされた世界の中心に存在し、支配はせぬがその上に燦然と君臨している。」(157ページ)
と登場人物のひとりに解説されますが、いいではないですか。
いかにも、ミステリの舞台に似つかわしい、素晴らしい舞台。
登場人物もいいですよ。
屋敷に住む久遠(くどお)家の面々が、呉でグレゴリ、叡でアレクセイ、珠でモイラ、衿でエレナ、そして庵でイオイリ。
ロシアの高貴な血を引いている、って貴種流離譚ですか。京介にふさわしいではありませんか。
館の主グレゴリが、この世のものとは思われない怪物で権力と魔力の持ち主ってのも、いいですね。
で、当然これが、京介=アレクセイの敵なわけですよ。
シリーズの最終盤に向けて、いよいよ対決ものの素地完成といったところですか。
そういう構図なので、読者の興味は京介に集中してしまうのですが、この「黒影の館」 で描かれている事件は、きちんと本格ミステリのセオリーに則って展開されて、いわゆる意外な犯人も、見抜く読者が大半だとは思いますが、きちんと演出されています。
アレクセイがやはりとっつきにくすぎる性格に描かれている点、子どもには甘いにせよ、もう少し神代教授がアレクセイに肩入れする理由をわかりやすくしてもらえるとよかったかも、とは思いましたが、若き日の神代教授がいいやつだ、ってのもわかりましたし、よかった、よかった。
残りは、いよいよ「燔祭の丘 建築探偵桜井京介の事件簿」 (講談社文庫)です。
<蛇足>
194ページに、ポーの詩「大鴉」の翻訳をめぐるやり取りがあるのですが、
「西条八十」
とあって、ちょっとびっくり。西條だと思い込んでいたからです。
さっとネットで調べてみると、どちらの表記もあるんですねぇ。
「森鷗外」と「森鴎外」みたいなもんだったんですね。
<次のブログにトラックバックしています>
MIDNIGHT DRINKER
まじょ。のミステリブロ愚
レディ・ヴィクトリア アンカー・ウォークの魔女たち [日本の作家 篠田真由美]
レディ・ヴィクトリア アンカー・ウォークの魔女たち (講談社タイガ)
- 作者: 篠田 真由美
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2016/02/18
- メディア: 文庫
<裏表紙あらすじ>
アルヴァストン伯爵家で行われた晩餐会の夜、「エトワール」と讃えられるダイヤモンドの耳飾りが片方だけ、忽然と消えた。
スコットランド・ヤードも手を焼くその事件は、噂話には事欠かないヴィタ・アメリ・シーモア元子爵夫人に持ち込まれることに。
天真爛漫なレディと笑顔ひとつ見せない美貌で有能なメイド。19世紀ロンドンを舞台に自由な女性たちの冒険が、はじまる!
講談社タイガで始まった、篠田真由美の新シリーズです。
ヴィクトリア時代で、上流階級をめぐる事件で、かつ、メイドや使用人の世界も描く、というとなにやら流行に乗った作品のようです。
あとがきにも
「リアルなヴィクトリアン・メイドが活躍するミステリはありだろうか。」
と書かれていますので、それっぽい。
でもね、篠田真由美がそんなひょいと流行に乗っかったような話、書くわけないっしょ、ということで注意しながら読み進めます。
第1章でレディ・ヴィクトリア、先代シーモア子爵の未亡人ヴィクトリア・アメリ・シーモア(通称? ヴィタ)が登場するのですが、そもそも異色の貴族、です。
アメリカ出身で、お召し物もなかなか奇抜。
第2章で持ち込まれた謎が絵解きされるわけですが、いやあ、ここでニヤリとしてしまいました。
レディ・ビクトリアって、「貴族探偵」 (集英社文庫)なんですか!?
ヴィタのレディスメイドであるシレーヌがカギを握っていそうです。
で、ここで読者としては思うわけです。レディ・ヴィクトリアをめぐる使用人たちとの関係からして、本書で描かれるのは、ちっとも「リアルなビクトリアン・メイド」ではないのでは? と。
確かに、レディ・ヴィクトリアと使用人の関係の特異性と対比するかのように、それこそダイヤモンド消失事件の舞台となったアルヴァストン伯爵家のように、伝統的な? 正統派の? メイド、使用人も登場しますが、物語の比重はやはりレディ・ヴィクトリアでしょうからねぇ。
登場の仕方からして、レディ・ヴィクトリアは謎めいた人物として描かれているのですが、徐々に徐々にレディ・ヴィクトリアの謎が明らかになってくるので、より一層そう思いますね。
シリーズの展望は、レディ・ヴィクトリアがいかに敵(正体は、この第1巻「レディ・ヴィクトリア アンカー・ウォークの魔女たち」 で明らかになりますが、ここでは伏せておきます)と闘うかにあるのでしょう。
とすると、メイドたち云々というのは、背景、ということになると思います。
篠田真由美のことですから、リサーチも行き届いていると思われますし、ディテールは十分楽しめます。贅沢な感じ。
レディ・ヴィクトリアを読者に見せていくやり方も凝っています。
第1章、第2章では依頼人となる人物からの視点を中心にしてありますが、第3章からは野次馬とでもいうべき、お向かいさんの視点(!)。そしてさらっとレディ・ヴィクトリア視点が導入されたりもします。
このあたりの呼吸が、読者によっては読みやすい、あるいは読みにくいという感想につながりそうです。
ミステリ的には、冒頭の、晩餐会で消えたダイヤモンドの行方を推理するエピソードが一番ミステリっぽい。
舞台設定からして「盗まれた手紙」なんだな、と推察できてしまうので、謎解きには意外感はないものの、手段と動機が混然一体となっているので、ああうまく仕込んだなぁ、と感心できます。(真相の手がかりを大胆にさらしてある点も高ポイントなのですが、当時の人、殊に貴族だったらすぐに気づくんじゃないか、と思えるのは難点です)
以降の謎ときには、金持ちはなんでもできる、的な匂いが少しする点気になりますが、シリーズ全体のトーンが対決物なのだとしてら、これはOKということなのでしょう。
その、レディ・ヴィクトリア対敵の対決、というパターンになっていくシリーズだと思われますが、キャラクターからして、もってまわったような対決となりそうなのが、逆に期待度大です。
次の「レディ・ヴィクトリア 新米メイド ローズの秘密」 (講談社タイガ)も出ていますし、どういう風に展開するのか、楽しみですね。
<蛇足>
ヴィクトリア時代のレディスメイドが
「とんでもございません」(16ページ)
「申し訳、ございません」(34ページ)
なんていうのは、とんでもないことだと思うんですが...
<蛇足2>
アンカー・ウォークというのは、チェルシー河岸近くの小路、という設定ですが、架空の地名のようです。
一角獣の繭 [日本の作家 篠田真由美]
<裏表紙あらすじ>
六月の緑の森の、白い花の咲く木の下で、ぼくは君と出会った。人の姿をした美しい一角獣(ユニコーン)と――。放火殺人事件の生き残りの少女に心惹かれていく蒼。しかし少女の母は、眼窩をイッカクの牙に貫かれて無残な死を遂げた! すべてが明らかにされたとき、桜井京介の下した決断とは!? 大人気シリーズ第13弾。
『最後の「燔祭の丘 建築探偵桜井京介の事件簿」 (講談社文庫)が文庫になる前に追い付いておきたいです。』
と前作「聖女の塔 建築探偵桜井京介の事件簿」 (講談社文庫)の感想で書いたのですが(リンクはこちら)、今月、その「燔祭の丘」が文庫化されたので、だめでしたね。間に合いませんでした。
蒼の初恋!? とシリーズ的に大注目の巻なんですが、いやいや、それどころではなくて、ラストにはびっくり。
そういう風にこのシリーズ展開するんですね。
京介~
先走ってはいけませんね。
この「一角獣の繭」では、京介と対決する相手との闘いから逃れて(?)、長野県の山奥へ潜む蒼が恋に落ちます。
で、事件は、その蒼の相手である七座晶那の家族に起こった事件となります。回想の殺人、という枠組みになっていますが。
晶那の父とその愛人と祖母が殺された事件。晶那の母と晶那には、確たるアリバイがあった。
こういうストーリーの場合、ミステリーでは、生き残り的少年・少女が犯人であることが多いので(おいおい)、読者は晶那が犯人じゃないか、と疑いながら読み進めることとなるわけですが、作者は慎重に慎重に、晶那が犯人というのは無理があることを述べていきます。すると、まあ、ひねくれもののミステリファンは、一層晶那を疑うようになるのですが...
実際にどうだったかは読んでお確かめください、というところですが、447ページでさらっと明かされるトリック(?) にはニヤリとしてしまいました。
これ、怒る人いますよ、きっと。でも、いいんです。
クリスティのあれを思い出しました(ある意味ネタバレなので、伏せておきます。amazon にリンクを貼っていますので、確かめる方はどうぞ)。あれを初めて読んだときは、フェアじゃないなぁ、と子供心に少し怒りを覚えたことを思い出しましたが、「一角獣の繭」のこの部分を読んでも腹は立ちませんでした。大人になった???
小道具である一角獣の牙などの使い方もおもしろいです。こっちのトリックはあんまりいただけないですが。
目を突き刺される、というのは想像しただけで怖いです。
前作「聖女の塔 建築探偵桜井京介の事件簿」 (講談社文庫)もそうでしたが、同じ人物が登場することもあり、ミステリ的には、あれれ? と思うような趣向が盛り込まれていますが、本格ミステリという枠組みよりは、むしろ、対決もの、という枠組みと捉えて、よし、とすべきものなのだと思います。京介を目の敵にする人物との対決という枠組みも底流に流れていますので。
(その趣向を除く部分では、本格ミステリとして閉じるようにできていて、そこはそれなりに上述のとおり楽しめます)
しかしなぁ、
「彼(注:蒼のことです)が僕の最大の弱点だとは、いまさら隠しようがないし」(34ページ)
なんて京介のセリフ、いかがなもんでしょうか...
裏返しの蒼からの見方は、166ページから縷々とつづられるのですが、こっちもなぁ...
「親や庇護者に対する子供の思いと『恋』は、どんなふうにどれだけ違うものなのだろうか。」(168ページ)と付け加えられてもなぁ...
でも、まあ、蒼が恋をした、というのはいいことです。きっと。
文庫でそろったことですし、残り2冊
「黒影の館 建築探偵桜井京介の事件簿」 (講談社文庫)
「燔祭の丘 建築探偵桜井京介の事件簿」 (講談社文庫)
を楽しみに読んでいきます。
<蛇足>
我が仏、隣の宝、婿舅、天下の戦、人の善悪(108ページ)
室町時代の連歌師、牡丹花肖柏がとなえた、茶事の席で口にしてはならない話題の一覧だそうです。
知らなかった。
含蓄深くってよいですね。
<次のブログにトラックバックしています>
MIDNIGHT DRINKER