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スーツケースの半分は [日本の作家 近藤史恵]


スーツケースの半分は (祥伝社文庫)

スーツケースの半分は (祥伝社文庫)

  • 作者: 近藤史恵
  • 出版社/メーカー: 祥伝社
  • 発売日: 2018/05/09
  • メディア: 文庫

<カバー裏あらすじ>
三十歳を目前にした真美は、フリーマーケットで青いスーツケースに一目惚れし、憧れのNYへの一人旅を決意する。出発直前、ある記憶が蘇り不安に襲われるが、鞄のポケットから見つけた一片のメッセージが背中を押してくれた。やがてその鞄は友人たちに手渡され、世界中を巡るうちに “幸運のスーツケース” と呼ばれるようになり……。人生の新たな一歩にエールを贈る小説集。


2023年5月に読んだ5冊目の本です。
近藤史恵の「スーツケースの半分は」 (祥伝社文庫)

以下の9話収録の連作短編集。
ウサギ、旅に出る
三泊四日のシンデレラ
星は笑う
背伸びする街で
愛よりも少し寂しい
キッチンの椅子はふたつ
月とざくろ
だれかが恋する場所
青いスーツケース

第一話の主人公真美が手に入れた青いスーツケースが狂言回しとなり、真美の友人・知人のエピソードが順々に紡がれていく物語。
ミステリではありません。
タイトルは、旅行を決意した真美がもらう
「スーツケースの半分は空で行って、向こうでお土産を買って詰めて帰っておいでよ」(30ページ)
というメッセージからとられています。

スーツケースは
「たとえぼろぼろになったとしても、スーツケースはパーティバッグよりもいろんな風景を見ることができるだろうと。」(144ページ)
というコメントもある通りで、主人公が変わっていくので、さまざまな旅のかたちが描かれていきます。
決意していく旅、ふらりといく旅、思い立ってふといく旅、慌ただしい旅、旅というにはちょっと長い留学まで、そして......

青いスーツケースを共通点にしながらもいろんなパターン、いろんな登場人物が出てきます。
いつもながら丁寧に描かれていく各登場人物の心のもちようがポイントなのですが、ミステリを離れた分、それぞれのエピソードに作者の主張が色濃く出ているような気がしました。
(男性の描かれ方がちょっと型どおりかな、という気がしないでもないですが、大きな欠点にはなっていないと思います)

コロナ禍で旅行もままならなかった数年、また旅行に行きたくなりました。



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昨日の海と彼女の記憶 [日本の作家 近藤史恵]


昨日の海と彼女の記憶 (PHP文芸文庫)

昨日の海と彼女の記憶 (PHP文芸文庫)

  • 作者: 近藤 史恵
  • 出版社/メーカー: PHP研究所
  • 発売日: 2018/07/09
  • メディア: 文庫

<カバー裏あらすじ>
どちらかがどちらかを殺した?――。夏休みのある日、海辺の小さな町の高校生・光介の家に、母の姉・芹とその娘の双葉がしばらく一緒に暮らすことになった。光介は芹から、二十五年前の祖父母の死が、実は無理心中事件であったと聞かされる。カメラマンであった祖父とそのモデルを務めていた祖母。二人の間に何が起こったのか。切ない真相に辿り着いたとき、少年はひとつ大人になる。


25年前。無理心中だった祖父母。どちらがどちらを殺したのか?
ここだけ見ると、アガサ・クリスティーの「象は忘れない」 (ハヤカワ文庫)ですが、当然違います。

舞台は四国の南側にある海辺の町・磯ノ森。
父母と三人で暮らしていた高校生の光介のところに、伯母芹とその八歳の娘双葉が越してくる。
そして今まで光介には知らされていなかった、祖父母の事件を光介は知ることになる。

祖父母の死の謎を追うというのは、自分探しの一環でもありますが、
「祖父が祖母を殺したのだとしても、祖母が祖父を殺したのだとしても、どちらにせよ、光介には殺人者の血が流れているのだ。」(111ページ)
という厳しいシチュエーションですね。
田舎でのんびり暮らしていた光介にはかなりの衝撃でしょう。

最終章の章題が「大人になるということ」であることからも明らかですが、祖父母の心中事件の謎を追うと同時に、光介の成長物語になっているのがポイントです。

大人と子供、という視点が何度も出てきます。
「子供が思うよりずっと、大人にとっての十年は短いの。」(35ページ)
「双葉を子供だと侮ってはいけない。おべんちゃらを言うことも、建前を取り繕うことも知っている。」(56ページ)
「早く大人になるのは悲しいわ。大人にならなきゃいけないと思うから、大人になるの。子供のままでは対処できないことがあるから、大人になるの」(80ページ)
「でも、子供でいいわよ。いずれ否応なしに大人になるんだし、大人から子供には返れないものね」(81ページ)

「いい子にしていないと、ひどいこと言われるのよ。シングルマザーの子だから。」(57ページ)
などと言う大人びたところもある双葉も、光介の思考に刺激を与えていますね。
『双葉はためいきをつくように言った。
「子供って本当に損。大人の都合にばっかり左右されて」
「早く大人になりたいと思う?」
「まさか。絶対にいや」
 そう。子供も薄々感づいている。大人になったからといって、どんなものからも自由でいられるわけではないのだ。』(227ページ)
などというやりとりもあります。

この一冊の物語の中で、光介が着実に成長していっていることがわかります。

「平凡な人間だって、他人をひどく傷つけたり、簡単に消えない傷を刻むことができる。人と人が関わるということは、もともとそういうことなのだ。」(207ページ)
「光介はもう知っている。
 騒ぎ立てて、なにもかも明らかにするばかりが正しいやり方ではない。
 口をつぐんで、知らなかったふりをすることだってできる。
 正しいということが、なんの力も持たないときだってあるのだ。」(336ページ)

この物語の背骨部分がしっかりしているので、悲しい事件であってもしっかり受け止められるように思いました。


<蛇足>
「ここに活気があって、客がひっきりなしに訪れていたような時代はどんなだったのかと。
 地球上の人口は爆発的に増えているというのに、なぜこの町は寂れていくのだろう。」(15ページ)
過疎という語が似合いそうな磯ノ森について光介が思うシーンで、地球全体との対比という発想に驚くと同時につい笑ってしまいました。





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岩窟姫 [日本の作家 近藤史恵]


岩窟姫 (徳間文庫)

岩窟姫 (徳間文庫)

  • 作者: 史恵, 近藤
  • 出版社/メーカー: 徳間書店
  • 発売日: 2018/02/07
  • メディア: 文庫

<カバー裏あらすじ>
人気アイドル、謎の自殺――。彼女の親友・蓮美は呆然とするが、その死を悼む間もなく激動の渦に巻き込まれる。自殺の原因が、蓮美のいじめだと彼女のブログに残されていたのだ。まったく身に覚えがないのに、マネージャーにもファンにも信じてもらえない。全てを失った蓮美は、己の無実を証明しようと立ち上がる。友人の死の真相に辿りついた少女が見たものは……衝撃のミステリー。


2021年9月に読んだ12冊目の本です。
『このミステリーがすごい! 』大賞・隠し玉2冊が立て続けに(個人的に)大外れだったので、お口直しを求めて、安定の近藤史恵に。

人気女性アイドルや芸能界......もっとも縁遠いといってもいい世界ですが、しっかり浸りました。
自殺したアイドル沙霧の日記に、いじめが原因だと名指しで書かれた蓮美の視点から謎を探っていく物語になっています。

ストーリー展開上、どうしても蓮美が自己を振り返るシーンが多くなるのですが、そのそれぞれが洞察に満ちています。
「でも、今になってわかる。そのコンプレックスはただの言い訳だ。
 うぬぼれ続けるのも苦しいから、息継ぎをするように自分の欠点を数え上げていただけだ。
 背が高いことも、きつい顔も、蓮美の魅力であることはちゃんと理解していた。剛毛なのも、大した欠点ではない。
 欠点だってちゃんとわかっている自分でいることが、心地よかっただけだ。
 自分には嘘をつけないという人がいるけど、それは正しくない。
 人は自分にも嘘をつき続ける。」(129ページ)

沙霧の日記が偽りだと信じて探求を始めた蓮美ですが、途中、あの日記を書いたのが実際に沙霧だったのでは、となるシーンも印象深いです。
「自分の死と一緒に、わたしを引きずり落とすため。
 だとすれば、これ以上探るべき真実はない。すべてがおさまるべきところにおさまってしまう。」(219ページ)
ミステリで使われる逆転の構図が、うまく使われています。
ここ以外でも、逆転の構図はテーマと密接に結びついていて素晴らしい。

タイトルの「岩窟姫」は当然「モンテ・クリスト伯(巌窟王)」を踏まえたもので、無実の咎に囚われ、そこから抜け出そうと苦闘する主人公蓮美のことですが、蓮美だけを指しているものではありません。

この作品が扱っている事件、題材は、手垢のついたものでしょう。
そんな題材でも、きちんと物語は広がっていく、拡げていくことができる。
プロがプロらしく手腕を存分に発揮した作品だと思います。

ところで、文庫本で読んだのですが、上で引用した書影は持っているものとは違います。
持っているバージョンは、Amazon では kindle版の画像のようですね。
そちらの末吉陽子さんによる装画が印象的だったので、引用しておきます。

岩窟姫 (徳間文庫)

岩窟姫 (徳間文庫)

  • 作者: 近藤史恵
  • 出版社/メーカー: 徳間書店
  • 発売日: 2018/02/07
  • メディア: Kindle版



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私の命はあなたの命より軽い [日本の作家 近藤史恵]


私の命はあなたの命より軽い (講談社文庫)

私の命はあなたの命より軽い (講談社文庫)

  • 作者: 近藤 史恵
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2017/06/15
  • メディア: 文庫

<カバー裏あらすじ>
東京で初めての出産を間近に控えた遼子。だが突如、夫が海外に赴任することになったため、実家のある大阪で里帰り出産をすることに。帰ってみると、どこかおかしい。仲が良かったはずなのに誰も目を合わせようとしないし、初孫なのに、両親も妹も歓迎してくれていないような……。私の家族に何があったのか?


出産を控え、実家へ帰ろうとした主人公が、実家の様子に違和感を覚える、という物語です。
ミステリの読みすぎですね。
「私の家族に何があったのか?」の部分、相当早い段階で見当がついてしまいました。
それでも、この作品は、とてもサスペンスフルに感じました。
すごい。

あとがきで作者は
『この本が出たばかりのとき、何人かの男性にこんな感想を言われた。
「いやあ、女の人ってこわいですね」
 あれれ? と思った。わたしはそんな話を書いたっけ。』
と書いていますが、ぼくもここを読んで、あれれ? と思いました。
女の人がこわい、というストーリーではないから、です。

確かにこの「私の命はあなたの命より軽い」 (講談社文庫)は恐ろしい物語です。
でも、それは女の人の怖さを描いた物語なのではなく、常識とか思い込みとか体面とか、さまざまなことが絡み合った怖さです。
主人公の父や母の気持ちや行動も、はたして責めて良いものかどうか。
タイトルにもある通り、命の重さが、迫ってきます。

そんななか、ラストの怖さは、ちょっと質が違いますね。
このラスト、それまでの物語のトーンと違った手触りになっていて、ぎょっとします。







<蛇足>
さらっとインターネットバンキングで送金したというエピソードが書かれている(214ページ)のですが、高校生って、銀行口座、持っていますか?
持っていてもおかしくはないかもしれませんが、未成年ですので持っていない方が自然ではないかと思います......??




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胡蝶殺し [日本の作家 近藤史恵]


胡蝶殺し (小学館文庫)

胡蝶殺し (小学館文庫)

  • 作者: 史恵, 近藤
  • 出版社/メーカー: 小学館
  • 発売日: 2016/07/06
  • メディア: 文庫

<カバー裏あらすじ>
市川萩太郎は、蘇芳屋を率いる歌舞伎役者。先輩にあたる中村竜胆の急逝に伴い、その幼い息子・秋司の後見人になる。同学年の自分の息子・俊介よりも秋司に才能を感じた萩太郎は、ふたりの初共演『重の井子別れ』で、三吉役を秋司に、台詞の少ない調姫(しらべひめ)役を俊介にやらせることにする。しかし、初日前日に秋司にトラブルが。急遽、三吉を俊介にやらせることに。そこから、秋司とその母親・由香利と、萩太郎の関係がこじれていく。そしてさらなる悲劇が……。幅広いジャンルで傑作ミステリーを発表しつづける著者が、子役と親の心の内を描く白熱心理サスペンス!


近藤史恵のこの作品、ミステリではありませんね。
タイトルは「胡蝶殺し」と「殺し」ですが、殺人が出てくるわけではない。人も、冒頭で役者:中村竜胆が急逝してしまうことを除くと、死なない。
でも、この作品は「胡蝶殺し」というタイトルがとてもふさわしい。
さらにいうと、事件らしい事件も起こらない。
あらすじには「白熱心理サスペンス」とありますが、サスペンス、というのもちょっと違う気がします。

この作品、市川萩太郎という歌舞伎役者が主人公です。萩太郎の息子が俊介。
先輩中村竜胆の忘れ形見が秋司。
この二人の子役(というか子役候補というか)が物語の中心なのですが、この二人に視点が設定されていないのがポイントだと思います。というのも......

メインは萩太郎。彼の心の動きが、しっかりと描かれる。
歴史を背負う歌舞伎役者の気持ちは、かなり縁遠いものですが、自然にすっと入ってきます。
俊介と秋司の立ち位置(とぼかして書いておきます)をめぐって、秋司の母由香利に引っ掻き回されて、萩太郎が煩悶していくのだな、と考えて読み、確かにその通りにストーリーは進んでいくのですが、秋司に大きな運命が襲い掛かり、思わぬ形で第一章が終わります。
人は死にませんが、胡蝶が殺されて終わります。

続く第二章の趣向を明かしてしまうのは、ミステリではないとはいえ、重大なエチケット違反だと思うので避けますが、第二章でも引き続き萩太郎が視点人物ではあるものの、メインが俊介、秋司にうつったかのように読めました。どちらかというと、俊介よりも秋司に比重がかかっています。秋司はあまり登場しないというのに。
視点人物ではない登場人物、あまり登場しない人物がメインというのもおかしな話かもしれませんが、確かに話の中心は秋司であるように思いました。
第二章だけではなく、振り返ってみるとこの「胡蝶殺し」全体が第一章を含めて秋司の物語といえるように構成されていることがわかります。
すごいなー、と思いました。

その意味では、俊介は脇役なのですが、個人的には俊介にとても共感しました。
あまりおもしろいストーリーにはならないかもしれませんが、俊介を中心に据えた物語も読んでみたいですね。


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さいごの毛布 [日本の作家 近藤史恵]


さいごの毛布 (角川文庫)

さいごの毛布 (角川文庫)

  • 作者: 近藤 史恵
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2016/10/25
  • メディア: 文庫

<カバー裏あらすじ>
犬の最期を看取る「老犬ホーム」で働くことになった智美。初日から捨て犬を飼うことになってしまったり、脱走事件があったりと、トラブル続きの毎日だ。若い犬を預ける飼い主を批判してオーナーに怒られたり、最期を看取らない飼い主や、子供に死を見せたくないと老犬を預けた親に憤り……。ホームでの出来事を通じ、智美は、苦手だった人付き合いや疎遠な家族との関係を改めて考え直し始める。世知辛い世の中に光を灯す、心温まる物語。


近藤史恵のこの作品、ミステリではありません。
あらすじにもありますとおり、人付き合いが苦手だった(世の中の九十五パーセント近い人が苦手!)主人公智美が、老犬ホームで働くことで成長していくというストーリーです。
その老犬ホームの名前がブランケット。毛布ですね。老いた犬にとって、さいごの毛布。

「この仕事、すごく犬が好きだときついから」
というセリフが、読んでいると折に触れて思い出されるのですが、一方でさいごまで面倒を見ないのが悪い、と簡単に飼い主を断罪してしまわないところがポイントですね。

薄情だなと飼い主のことを思った智美が、
「お客さんの悪口は言わないで」
とオーナーに叱られるシーン(100ページ)も、単に商売だからというわけでもなさそうなことが、次第にわかってきます。

同様に、飼い主が会いに来ない犬のことを
「ノノが可哀想……」といった智美(オーナーからチビちゃんと呼ばれています)にオーナーがいうセリフも考えさせられます。(152ページ)
「可哀想かどうかを決めるのは、いつも傍観者よね」
「犬は自分が可哀想だなんて考えたことないわ。目の前にうれしいことがあったら夢中になって、寂しければ落ち込んで。そのときの感情だけで生きている」
「チビちゃんがノノを可哀想だと決めつけるのは勝手だけれど、それはあなたの感情に過ぎないわ。それで人を裁かないで」

犬の話に加えて、智美だけではなく、ホームのオーナー麻耶子にも、同僚(先輩)の碧にも、それぞれの事情があり、徐々に明らかになっていきます。

これらを通して、智美が成長していく物語となっています。
それにしても、近藤史恵さん、犬がお好きなんですね。
でも、犬にのめりこんで物事を捉えるのではなく、一歩引いたというか、冷静に客観的に、犬や飼い主の事情を眺めているところが作家のすごさなんだろうな、と思いました。



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土蛍 猿若町捕物帳 [日本の作家 近藤史恵]

土蛍: 猿若町捕物帳 (光文社時代小説文庫)

土蛍: 猿若町捕物帳 (光文社時代小説文庫)

  • 作者: 近藤 史恵
  • 出版社/メーカー: 光文社
  • 発売日: 2016/03/11
  • メディア: 文庫

<カバー裏あらすじ>
南町奉行所の定町廻り同心・玉島千蔭は、猿若町の中村座から三階役者が首を吊ったと知らせを受ける。早速かけつけた千蔭は、骸があった場所でその死に不審を抱く。調べを進める千蔭の前に明らかになってきたのは、芝居の世界に横たわる漆黒の「闇」だった(表題作「土蛍」)。人気シリーズ、待望の第五弾は、珠玉の短編四編を収録。読者を唸らせる時代推理小説の大傑作。

「巴之丞鹿の子 猿若町捕物帳」 (光文社時代小説文庫)
「ほおずき地獄 猿若町捕物帳」 (光文社時代小説文庫)
「にわか大根 猿若町捕物帳」 (光文社時代小説文庫)
「寒椿ゆれる 猿若町捕物帳」 (光文社時代小説文庫)
に続くシリーズ第5弾。
「むじな菊」
「だんまり」
「土蛍」
「はずれくじ」
の4話収録です。

「むじな菊」は、するっと最後に下手人を玉島千蔭がつきとめるところがすごいですが、人情話というには怖い話だなぁ、と思いました。

「だんまり」は、賭博狂いの兄とそのために苦労する妹の話なのですが、ラストの妹のセリフ、客観的には、いいラストではあるのですが、ちょっと唐突感があって納得しにくい感じがしました。伏線を読み落としたでしょうか? パラパラと見た感じではそれらしいものはわかりませんでしたが。

「土蛍」は、梅が枝の身受け話という、ある意味シリーズ的には爆弾投下のエピソード。さて、さて、どうなりますことやら、という感じではあるのですが、芝居の世界、武家の世界そして遊女の世界というまったく異なった世界3つを切り結んで、納得のいく着地にたどり着きます。なるほど。
しかし、巴之丞が役者稼業について語るセリフ
「ときどき、あまりの業の深さに、ぞっとすることがあるのです。生きていくには充分すぎる金を手に入れ、女には好かれ、客には拍手喝采を浴びる。なのに、喉が渇いてならぬ気がするのです」
「そして、喉の渇きを覚えるものだけが、役者として大成できるのかもしれない、とも……」(230おページ)
というのが怖い。

「はずれくじ」は、切れ味するどい、と言いたいところですが、これはちょっとアウトでしょうねぇ。被害者のモノローグで始まるのですが、ちょっとあざとすぎる気がします。このシリーズのトーンに似合っていません。

ということで、シリーズの中ではちょっと落ちる出来かな、と思えましたが、近藤史恵のこと、しっかり楽しく読むことができました。
シリーズ次作が楽しみです。早く書いてくださいね。



<蛇足>
「大変申し訳ございません。まさかそんな恐ろしいことだとは……」(76ページ)
「まことに申し訳ございません……」(78ページ)
「滅相もございません!」(79ページ)
わずかな間に、3連発。さすがに気になりました。
「申し訳ございません」という表現、正しい表現だ、という方もいらっしゃるようですが、違和感は否定できません。
少なくとも、時代小説には似つかわしくない表現だと思います。
「滅相もございません」というのは初めて目にしましたが、こういう言い方もするんですねぇ。
「とんでもございません」というのも使ってもらえれば、制覇したということになったのかもしれませんね。



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キアズマ [日本の作家 近藤史恵]

キアズマ (新潮文庫)

キアズマ (新潮文庫)

  • 作者: 近藤 史恵
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2016/02/27
  • メディア: 文庫


<カバー裏あらすじ>
ふとしたきっかけでメンバー不足の自転車部に入部した正樹。たちまちロードレースの楽しさに目覚め、頭角を現す。しかし、チームの勝利を意識しはじめ、エース櫻井と衝突、中学時代の辛い記憶が蘇る。二度と誰かを傷つけるスポーツはしたくなかったのに――走る喜びに突き動かされ、祈りをペダルにこめる。自分のため、そして、助けられなかったアイツのために。感動の青春長編。


「サクリファイス」 (新潮文庫)(感想のページへのリンクはこちら
「エデン」 (新潮文庫)(感想のページへのリンクはこちら
「サヴァイヴ」 (新潮文庫)(感想のページへのリンクはこちら
に続いて自転車ロードレースを描いた作品です。
シリーズとして捉えてよいのかどうか、ちょっとよくわかりませんが、シリーズに出てくる人物もちょこっと顔を出したりするので、シリーズと言ってしまってよいのでしょうね。

シリーズとして初めて、素人が主人公になっています!

待ってました!
今までの3作は、いずれも自転車競技をすでにやっている、いわばプロが主人公だったんですね。
それでも十二分に伝わってきましたし、とてもおもしろく読んできたのですが、この「キアズマ」 (新潮文庫)の主人公は素人。
より読者である自分に近い視点で物語が進んでいきます。
これがおもしろくないわけがない!!
もう、すっかり自分が主人公正樹であるかのように読み進みました。
(でもね、この主人公正樹はかなりのスーパーマンなんですよ。自転車競技に才能ありあり。この点、自分とは全然違うんですが、登場人物になり切れるというのも小説の醍醐味なので、お許しを)

タイトルの「キアズマ」 ですが、扉に大辞林からの引用がなされています。
「減数分裂の前期後半から中期にかけて、相同染色体が互いに接着する際の数か所の接着点のうち、染色体の交換が起こった部位。 X 字形を示す。」
直接的に作品中でこの単語が触れられることはなかったと思いますが、接点が生まれ、交換がなされ、ということで、人と人をたとえて使われている語かと思いました。
その意味では、正樹が出会うチームの面々との出会いで、新しいものが生まれている、そして正樹も成長していく、ということを象徴しているタイトルなんだろうな、と。

シリーズ次作「スティグマータ」 (新潮文庫)もすでに文庫化されています。
とても楽しみです!


<蛇足>
これまでは位置取りで、いい位置を取ろうとすると睨み付けられた。今はすっと俺のための場所が空けられる。先輩や後輩という順位付けとは違う、強い選手への尊重がそこにある。(298ページ)
これ、本当ですか!?
やっぱり、すごいスポーツですね、自転車。





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はぶらし [日本の作家 近藤史恵]

はぶらし (幻冬舎文庫)

はぶらし (幻冬舎文庫)

  • 作者: 近藤 史恵
  • 出版社/メーカー: 幻冬舎
  • 発売日: 2014/10/09
  • メディア: 文庫

<裏表紙あらすじ>
脚本家として順調に生活する鈴音(36歳)が、高校時代の友達・水絵に突然呼び出された。子連れの水絵は離婚し、リストラに遭ったことを打ち明け、再就職先を決めるために一週間だけ泊めてほしいと泣きつく。鈴音は戸惑いつつも承諾し、共同生活を始めるが……。人は相手の願いをどこまで受け入れるべきなのか?  揺れ動く心理を描いた傑作サスペンス。


近藤史恵のこの作品、サスペンスフルではありますが、サスペンスというジャンル分けがふさわしいかどうかは甚だ疑問ですね。
また、ミステリ味はありません。

長らく音信不通だった高校時代の友人が子連れで家にやってくる、その顛末を描いた物語です。

友人・水絵の設定が、たとえばサイコパスとか病的、あるいは狂気というレベルではなく、単にずれているというレベルであるように描かれていて、その点が秀逸ですよね。
個人的には、普通と思えるレベルからは大きくはみ出している女性だな、と思いましたが、それでも異常者と言い切るほどのものではないと思いました。程度の差こそあれ、こういう人、結構いるんじゃないかな、なんて。
そして子供が一層問題を複雑にする。

タイトルである「はぶらし」というのは、その象徴的ともいえるエピソードからとられています。
転がり込んできた水絵母子に、歯ブラシを渡した鈴音。
翌日夜、新しいのを買ってきたから、と使った歯ブラシを返してくる水絵。(自分たちは)買ってきた新しいのを使っている、と......
ああ、(個人的には)これは理解を超えているなぁ、耐えられないなぁと思いました。こういう人と一緒にいたくはないですねぇ......
でも、こういう人いるな、とも思いました。
以前、なにかの折にお箸を忘れてきた人に、割り箸が余っているのであげたのですが、その人は、なんと(と思いました)洗ってその割り箸を返してこようとした、ということがあったので。
歯ブラシは、ラストでも、改めて印象的な登場をします。

タイトルはひらがなで「はぶらし」ですが、本文中の表記は「歯ブラシ」なんですよね。
この違いが何を意味するのかはちょっとわからないのですが......
でも、ひらがな表記と漢字+カタカナ表記では、受ける印象が違います。ひらがなの方がやわらかい。ひょっとすると、物語自体が激しい激突の連続ではなく、一つ一つは小さめの積み重ねがじわじわと効いてくることを表しているのかも、などと考えました。

水絵と鈴音の高校時代のエピソードや、水絵の息子・耕太をめぐるエピソードが効果的に配置されています。

ラスト近くで鈴音は大きな決断をするのですが(その内容はミステリでなくても伏せておくのが適当だと思うのでここでは書きません)、最終章でのフォローが見事だな、と思いました。
いろいろな議論、考え方はあると思うのですが、こういう決着があったのなら、鈴音の決断はよかったのかあ、と。


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シフォン・リボン・シフォン [日本の作家 近藤史恵]

シフォン・リボン・シフォン (朝日文庫)

シフォン・リボン・シフォン (朝日文庫)

  • 作者: 近藤史恵
  • 出版社/メーカー: 朝日新聞出版
  • 発売日: 2015/08/07
  • メディア: 文庫

<裏表紙あらすじ>
乳がんの手術後、故郷に戻ってランジェリーショップをひらいたオーナーのかなえ。彼女のもとを訪れる、それぞれの屈託を抱えた客たちは、レースやリボンで飾られた美しい下着に、やさしく心をほぐされていく。地方都市に生きる人々の希望を描く小説集。


近藤史恵のランジェリーショップをキーにした連作集です。
余談ですが、男なのでブラジャーを身に着けたことがなく、「シフォンチュールレースが」(163ページ)とか言われても何のことやらなのですが、たとえば女性の読者なら、162ページから書かれているような感想、共感できるんでしょうか? そうするとこの作品をもっともっと楽しめるのかも。
あっ、でも、知らなくても楽しめますよ。そのあたりは安心印の近藤史恵さんの作品ですから。

ただ、引用しておいてなんですが、裏表紙側のあらすじは読まないほうがいいですね。
それよりは帯の
「地方都市のさびれた商店街に花ひらいたランジェリーショップ。そこに出入りする人々の屈託と希望を描く小説集。」
くらいの知識のみで読み進めたほうが心地よいと思います。

それこそ繊細な下着のような(とここは想像ですが)、柔らかな手触りにくるまれてはいるものの、物語の芯にあるのは、近藤史恵らしく重いテーマだったりします。
乱暴にまとめてしまうと家族が一番面倒くさい、でしょうか......
そしてそこに、まっすぐ前を向いて生きていく知恵が忍ばせてある。
でも家族だ、ということ。

ミステリ味はほぼないですが、すんなり楽しく読めました。




<蛇足1>
「テレビに映る東京は、なにもかも華やかで新しく、ぺかぺかと輝いているように見えた。」(12ページ)
ぴかぴか、でなく、ぺかぺか、なんですね。

<蛇足2>
「そりゃあ、大変なことも多いだろうけどさ。やっぱり一国一城の主がいいよ。雇われて、だれかの下で働くよりもさ。」(105ページ)
父から米穀店を継いだ兄に、会社員になった弟がいうセリフです。
よく言われる話ですし、どちらにも一長一短、善し悪しがあると思いますが、確かに、自分で決めて自分で引き受けることのできる立場は、サラリーマンからするとうらやましくなりますね。




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