謎解きはディナーのあとで2 [日本の作家 東川篤哉]
<カバー裏あらすじ>
立川駅近くの雑居ビルで殺された三十代の女性。七年間交際していた男は最近、重役の娘と付き合い始め、被害者に別れを切り出したようだ。しかし、唯一最大の容疑者であるその元恋人には完璧なアリバイが。困った麗子は影山に〈アリバイ崩し〉を要求する。
その後も、湯船に浸かって全裸で死んでいた女性の部屋から帽子のコレクションが消える、雪のクリスマス・イブに密室殺人が起きる、黒髪をバッサリ切られた死体が発見されるなど、怪事件が続発!
令嬢刑事と毒舌執事コンビのユーモアミステリ第二弾。書き下ろしショートショート『忠犬バトラーの推理?』収録。
読了本落穂ひろいで、シリーズで感想が抜けていた「謎解きはディナーのあとで (2) 」(小学館文庫)。東川篤哉の大人気シリーズです。
第1巻と第3巻の感想は既に書いています。
「謎解きはディナーのあとで」 (小学館文庫)(感想ページはこちら)
「謎解きはディナーのあとで 3」 (小学館文庫)(感想ページはこちら)
この「謎解きはディナーのあとで (2) 」は、
「アリバイをご所望でございますか」
「殺しの際は帽子をお忘れなく」
「殺意のパーティにようこそ」
「聖なる夜に密室はいかが」
「髪は殺人犯の命でございます」
「完全な密室などございません」
の6話と、ボーナストラックとして
「忠犬バトラーの推理?」
が収録されています。
さて、このシリーズは探偵役である執事の影山のキャラクターがポイントで、主人であるはずのお嬢様、麗子に対する影山の暴言(?) が売りです。
今回も決め台詞を各短編から抜き出してみます。
「失礼ながら、お嬢様は相変わらずアホでいらっしゃいますね。──いい意味で」(「アリバイをご所望でございますか」)
「お言葉を返すようで恐縮ですが、お嬢様のほうこそ、どこに目ン玉お付けになっていらっしゃるのでございますか」(「殺意のパーティにようこそ」 )
「大変失礼ながら、お嬢様の単純さは、まさに幼稚園児レベルかと思われます」(「聖なる夜に密室はいかが」)
「これだけの情報を得ておきながらまるで真相にたどり着けないとは、お嬢様は頭がお悪いのではございませんか?」(「髪は殺人犯の命でございます」)
「確かに、お嬢様の凡庸な閃きなど、誰かに話すほどのものではございません。聞くだけ時間の無駄でございました」(「完全な密室などございません」)
「失礼ながら、お嬢様、そのような馬鹿げた謎解きは、犬の晩御飯のあとにでもお聞かせくださいませ」(「忠犬バトラーの推理?」)
なお「殺しの際は帽子をお忘れなく」は、麗子以外も謎解きに参加する関係で、麗子に対していうわけではないということで影山のセリフに変化があり、そこも見どころです(笑)。
敬語がいい加減なことも(決め台詞以外でも「お嬢様、三百円、お持ちでございますか──」(44ページ)などでたらめな日本語を話す執事です)、決め台詞にしては切れ味が鈍っていることも、このシリーズの定番。もともと泥臭いミステリを志向されているので、これらはわざとなのでしょう。
ミステリとしての側面に目を向けると....
「アリバイをご所望でございますか」は、謎解きシーンで影山が「今回の事件は、典型的な《返り討ち殺人》でございます」というように、あまりにも典型的な仕掛けなのが残念。
「殺しの際は帽子をお忘れなく」の帽子をめぐるやり取りは読んでいて楽しいのですが、推論が乱暴だなと感じました。あの状況で帽子が出てくるかな?
「殺意のパーティにようこそ」 は、推理クイズで出てくるようなアイデアと、パーティでのあるある敵事象とを結びつけて展開しているところがおもしろい。どちらもミステリに仕立てるのは難しそうなアイデアであるのに、きちんとミステリが成立しているのがすごいです。
「聖なる夜に密室はいかが」の雪の密室トリックは想像するだけでも楽しいものなのですが、作中で言われるような効果は得られない気がしてならないのですが。
「髪は殺人犯の命でございます」は、被害者の頭髪が無残に切り取られていたという事実から導き出される推理に飛躍があるのを飛躍と感じさせない作者の手腕に感心しました。
「完全な密室などございません」のトリックは、さすがにアウトだと思います。怒り出す人もいておかしくはない。だけれども、このシリーズの中に置くと、収まりがいいような気がしてくるから不思議です。
また、風祭警部と麗子のエピソードを物語に搦めている点はベテラン作家の腕だな、と。
「忠犬バトラーの推理?」のメインのネタをトリックと呼んではいけないのかもしれませんが、このアイデアはいいですね。好きです。応用も効きそう。
全然違うものなのですが、東野圭吾のある作品を連想してしまいました。
<蛇足1>
「風祭警部は腑に落ちたとばかりに深々と頷いた。」(16ページ)
「腑に落ちない」と否定形でよく見る表現ですが、こういう風に肯定形で使われるのは珍しいように思います。
<蛇足2>
「『ん、三階と四階!? 両方とも空き部屋だよ。不況のせいでかれこれ二ヶ月も空いたままさ』
権藤ビルは極めて稼働率が悪いビルらしい。
(16ページ)
会話の仕方にもよりますが、テナントが出た後2ヶ月空いていたくらいでは、不況のせいとはいいがたいように思います。
5階建てのビルで、2フロアが空いているというのは確かに稼働率は悪いですが、全体のテナント数が少ないので悪いと言い切るのはかわいそうな気がします。
<蛇足3>
「宝生清太郎は鉄鋼、造船、航空機産業から情報通信、電気ガス、果ては映画演劇、本格ミステリまで一手に牛耳る巨大財閥『宝生グループ』の創設者にして会長である。」(45ページ)
本格ミステリを牛耳るとは、宝生グループ見どころがありますね!
タグ:謎解きはディナーのあとで 東川篤哉
中途半端な密室 [日本の作家 東川篤哉]
<カバー裏あらすじ>
テニスコートで、ナイフで刺された男の死体が発見された。コートには内側から鍵が掛かり、周囲には高さ四メートルの金網が。犯人が内側から鍵をかけ、わざわざ金網をよじのぼって逃げた!? そんなバカな(^-^; 不可解な事件の真相を、名探偵・十川一人が鮮やかに解明する。(表題作)謎解きの楽しさとゆるーいユーモアがたっぷり詰め込まれた、デビュー作を含む初期傑作五編。
2023年8月に読んだ本の感想が終わりましたので、読了本落穂ひろい。
2016年1月に読んだ東川篤哉の「中途半端な密室」 (光文社文庫)。
「中途半端な密室」
「南の島の殺人」
「竹と死体と」
「十年の密室・十分の消失」
「有馬記念の冒険」
の5編収録の短編集で、東川篤哉の初期作品を集めたもの。
引用したあらすじに「デビュー作を含む」とあり、後ろの<初出>欄を見ると「中途半端な密室」がデビュー作のようです。
「中途半端な密室」
金網に囲まれたテニスコートの中心で発見された死体。屋根がないので、中途半端と言っているものかと思われます。
というと、カーの「テニスコートの殺人」 (創元推理文庫)(感想ページはこちら)を連想しますが、短編ということもあってかあちらよりはシンプルな解決にしているところがミソでしょうか。
新聞記事からすらすらと謎が解かれる手際がよかった。
「すなわちこれは『不可能ではない。だが不可解だ』ということですよ」(16ページ)という探偵役十川一人(かずひと)のセリフは気に入っています。
「南の島の殺人」
南の島のS島で起こる殺人。
「全裸殺人の舞台でSといえばスペインのSに決まってる。」(48ページ)というのは、もちろんエラリー・クイーンの「スペイン岬の謎」 (創元推理文庫)を念頭においたものですね(中村有希さんによる新訳を待っています)。
としながら、このS島は桜島、というのが人を食っています(笑)。
灰を前提とした謎自体は手垢のついたものと言わざるを得ないような古典的な解決を見せるのですが、(ゆるいところはあるものの)要所をきちんと押さえた作りになっています。
「竹と死体と」
昔の新聞に記された、竹に吊るされた地上十七メートルの首吊り死体というのが謎で、容易に想像されるトリックをさらっと否定して見せるのがポイントで、否定のポイントとして新聞の日付がクローズアップされるあたりが鮮やかに思えました。
真相自体は失礼ながらあまり面白いものとはいえず(否定されるトリックの方がおもしろい)、なのが残念ですが、作者の安楽椅子探偵感が披露されるのがとても興味深いです。
「そもそも、新聞記事等から得られる情報に限りがあるのは当然のこと。その少ない情報量を推理力で補って結論を導き出すのが安楽椅子探偵の腕前(あるいは作家の腕前)なのだが、なかなかそううまい具合に物語は進んでいかない。」(99ページ)
「安楽椅子に座った探偵役の隣で、事件に精通した刑事が、現場のっ状況、凶器の種類、被害者の服装、死体の解剖結果、果ては容疑者のアリバイや交友関係に至るまで事細かに説明して聞かせてあげたところで、ようやく探偵役が解決を述べるというのであれば、それこそ《たんてい》が 安楽椅子に座っているだけ」のことであって、普通のミステリと大差ないというものだ。」(99ページ)
この点でいうと、新聞記事であることそのものが謎解きに奉仕している点、会心の作、ということなのかもしれません。
「十年の密室・十分の消失」
本作品の消失トリックについて、解説で光原百合が ”大仕掛けなトリック” と評していて、こういうのは好物なのですが、どうしてもこの種のトリックはリアルなのかどうか気になってしまいますね。
さすがにこのトリックは無理なんじゃないかな?
密室トリックの反則振りには逆に微笑んでしまいますが。
「有馬記念の冒険」
この作品、とてもおもしろいと思いました。
アリバイトリックに使われているものはとても陳腐で、悪い言い方をすれば誰でも思いつきそうなもの。あまりに安易すぎて、ミステリに組み込むのは逆に難しい。
このトリックをミステリとして成立する状況を作りあげたところがとても面白いと思いました。
偶然に頼ったものなのは減点かもしれませんが、成立させるために、<以下ネタバレにつき伏字>犯人以外が仕掛けるトリックにしているのがとても面白かったです。
タグ:東川篤哉
私の嫌いな探偵 [日本の作家 東川篤哉]
<カバー裏あらすじ>
男が真夜中の駐車場を全力疾走し、そのままビルの壁に激突して重傷を負った。探偵の鵜飼杜夫は、不可解な行動の裏に隠された、重大な秘密を解き明かしてゆく。(「死に至る全力疾走の謎」)烏賊神神社の祠で発見された女性の他殺死体が、いったん消失した後、再び出現した! その驚きの真相とは?(「烏賊神家の一族の殺人」) 何遍読んでも面白い、烏賊川市シリーズ傑作集!
2023年2月に読んだ6冊目の本です。
「私の嫌いな探偵」 (光文社文庫)。
東川篤哉の烏賊川市シリーズの短編集で
「死に至る全力疾走の謎」
「探偵が撮ってしまった画」
「烏賊神家の一族の殺人」
「死者は溜め息を漏らさない」
「二〇四号室は燃えているか?」
の5編収録。
「私立探偵、鵜飼杜夫。黎明ビルの四階にて《トラブル大歓迎》のキャッチフレーズとともに、探偵事務所の看板を掲げる彼こそは、街いちばんの名物探偵、略して、名探偵である。」(63ページ)
とは言い得て妙。
名探偵とは言い難いけれど、それでもこの鵜飼杜夫、数々の事件を解決してきてはいますね。
「死に至る全力疾走の謎」は奇抜なトリックが特徴ですが、このトリックでこの作品のような状況になるでしょうか?
すくなくとも「壁に向かってもの凄い勢いで走っていく姿」(18ページの目撃者の証言)のようには見えないと思います。
「探偵が撮ってしまった画」は連続した写真が不可能状況を解き明かすきっかけになるという話ですが、うーん、この段取りに切れ味がないのが残念。トリックの解明はできたとしても決め手にはならないし、トリックそのものがあまりにも凡庸で写真がなくても解明できそうです。
「烏賊神家の一族の殺人」は現場の状況がわかりにくいのが難点。まあ、はっきり書いてしまうとトリックが露骨になりすぎるからだと思いますが、ずるい印象をぬぐえません。
ただ、剣先マイカというゆるキャラには注目すべきではあるマイカ(笑)。
「死者は溜め息を漏らさない」は、エクトプラズムを見た中学生という謎がおもしろい。
ただ解明された状況を見て、エクトプラズムと思うことはないのではないかと感じてしまうのが難点です。
「二〇四号室は燃えているか?」での小道具(と書いておきます)を利用したトリックがあまりにも陳腐なのでびっくりできますが、作中に書かれているような流れで手がかりが捜査で見過ごされることはあり得ないと思うので、さらにがっかり。
ベタな笑いにくるまれた本格ミステリというのがこのシリーズの(というか東川篤哉の)売りだと思うのですが、どうもこの短篇集ではユーモアというのを隠れ蓑にして詰めるべき点を詰めないでいるように思えてならないですね。
はやく名探偵になりたい [日本の作家 東川篤哉]
<カバー裏あらすじ>
人をイラつかせる無神経な言動と、いいかげんに展開する華麗な(?)推理。鵜飼杜夫は、烏賊川市でも知る人ぞ知る自称「街いちばんの探偵」だ。身体だけは丈夫な助手の戸村流平とともに、奇妙奇天烈な事件解決へと、愛車ルノーを走らせる。ふんだんに詰め込まれたギャグと、あっと驚く謎解きの数々。読めば読むほどクセになる「烏賊川市シリーズ」初の短編集。
現在日本を代表するユーモア本格ミステリシリーズと言ってもよいと思います、東川篤哉の烏賊川市シリーズの短編集です。
「藤枝邸の完全なる密室」
「時速四十キロの密室」
「七つのビールケースの問題」
「雀の森の異常な夜」
「宝石泥棒と母の悲しみ」
の5編収録。
「藤枝邸の完全なる密室」は倒叙ミステリで密室トリックを使って叔父を亡き者にし、鵜飼杜夫と戸村流平により犯人は追い詰められるという流れです。
この追い詰め方は冴えてはいないのですが、密室トリックについて問われた鵜飼杜夫の最後のセリフが効いています。
「そんなもん、僕は知りませんよ。きっとなにか、上手いやり方があったんでしょ――」(念のため色を変えた伏字にしています)
「時速四十キロの密室」は「走行中のトラックの荷台というのは殺人劇の舞台としては魅力的ではある。不可能犯罪をテーマにした百枚程度の短編を書くように依頼されたミステリ作家ならば、喜んでそのような場所を舞台として選ぶことだろう。」(81ページ)と作中に書かれている通りの事件の謎で魅力的です。
ただ、この真相は無理じゃないかなぁ。
「七つのビールケースの問題」はタイトルにもなっているビールケースが利用されるのですが、このトリックは無理でしょうねぇ。
「リアリティ リアリティだって! 君いまリアリティっていった?」
「リアリティなんぞクソ食らえってんだあぁぁぁ――ッ!」(179ページ)
と鵜飼杜夫が吼えていますが、一定のリアリティは確保してほしいところ。
(念のため、このセリフはトリックそのものに対して投げかけられたものではありません)
「雀の森の異常な夜」はなんだか既視感の強いトリックで少々びっくり。しかも、ネタバレになるので詳しくは書けませんが、少々安直な方法で状況を成立させてしまっているのが残念です。
「宝石泥棒と母の悲しみ」は、視点人物がペット(人物ではないですが)という異色作。ちょっとした仕掛けとも相まって、手垢のついたようなトリックも見せ方次第なのだなぁ、と感心しました。
笑いの要素は短編になっても泥臭くいつもながらのテイストです。
今回は短編だからでしょうか、ミステリの要素が空振り気味だったように感じました。
<蛇足1>
「最高の音質が約束された最高の空間の中、大音量で昭和のムード歌謡を聞くのが、喜一郎の最大の趣味だった。」(13ページ)
趣味は人それぞれですが、贅沢ですね。
昭和のムード歌謡で音質を気にする必要はないような気がしますが......
<蛇足2>
141ページに現場周辺の手書きの地図(依頼人が描いたもの)が掲げられているのですが、図版の作成者の記載がどこにもありませんので、作者の直筆だったのでしょうか?
謎解きはディナーのあとで3 [日本の作家 東川篤哉]
<カバー裏あらすじ>
恋ヶ窪の住宅街に建つ屋敷の寝屋で、老人の死体が発見される。枕元にあったのは、ペットボトルと湯呑み。死の直前には、飼い猫が行方不明になっていた。ペットロスによる自殺なのか、他殺なのか――事件は迷宮入りしていく。宝生邸に眠る秘宝が怪盗に狙われる、体中から装飾品を奪われた女性の変死体が見つかるなど、相次ぐ難事件に麗子はピンチ。そしてついに麗子と執事の影山、風祭警部の関係にも変化が訪れて……!? 令嬢刑事と毒舌執事コンビの国民的ユーモアミステリ第三弾。文庫版特典として、『名探偵コナン』とのコラボ短編小説『探偵たちの饗宴』収録。
「謎解きはディナーのあとで」 (小学館文庫)(ブログの感想ページへのリンクはこちら)
「謎解きはディナーのあとで (2)」 (小学館文庫)
に続くシリーズ第3弾です。
前作「謎解きはディナーのあとで (2)」は2017年6月に読んでいるのですが、感想は書けずじまいになっています。
この「謎解きはディナーのあとで 3」 (小学館文庫)は、
「犯人に毒を与えないでください」
「この川で溺れないでください」
「怪盗からの挑戦状でございます」
「殺人には自転車をご利用ください」
「彼女は何を奪われたのでございますか」
「さよならはディナーのあとで」
「探偵たちの饗宴」
の7編収録です。最後の「探偵たちの饗宴」はボーナストラックという感じなので、六話収録+おまけ、といういい方がふさわしいのかもしれません。
さて、このシリーズは探偵役である執事の影山のキャラクターがポイントで、その影山が吐く、主人であるはずのお嬢様、麗子に対する暴言(?) が売りです。
今回も決め台詞を各短編から抜き出してみます。
「なぜ、お嬢様は数多くの事件を経験しながら、一ミリも進歩なさらないのでございますか? ひょっとして、わざとでございますか?」
「お嬢様はわたしくと比べて目だけはよろしいものと思っておりましたが、どうやら見当違いでございました。目の前にあるヒントにまるでお気づきにならないとは……わたくしお嬢様には心の底からガッカリでございます」
「お嬢様、いま少しばかり脳みそをご使用になられてはいかがでございますか?」
「どーでもいいアリバイ崩しに血道を上げる警部も警部ですが、それにお付き合いするお嬢様も風祭警部とどっこいどっこいでございますね」
「この程度の謎で頭を悩ませておいでとは、お嬢様は本当に役立たずでございますね」
「失礼ながら、お嬢様は無駄にディナーをお召し上がりになっていらっしゃいます」
これでお分かりになります通り、決め台詞の切れ味がすっかり鈍っています。
この影山のせりふが日本語としておかしいことは相変わらずですが、その上切れ味まで鈍ってしまっては......。
敬語をちゃんと使えない、という執事、だけでかなり興醒めなのに。
敬語が怪しい点では、麗子に加えて話題に麗子の父が出てくると顕著です。
「お嬢様がそのような軽薄な振る舞いをなさったと知れば、きっと旦那様が嘆き悲しむに違いございません」(272ページ)
まあ、このシリーズにこのような点を指摘しても詮無いことですので、ミステリとしての側面に目を向けることにしましょう。
「犯人に毒を与えないでください」では、小味ではありますが、行方不明の猫と現場にあったペットボトルを絡めて推論を立てるところがおもしろく、特に同じ手がかりから2つの切り口を導き出すところは冴えていますね。
「この川で溺れないでください」は、死体移動したことがあからさまな状況から(なにしろ風祭警部すら気づくくらいです)どう捌くのかな、と思っていたら、なかなか気が利いた処理をしています。花見シーズンらしい手がかりとともに楽しめます。
「怪盗からの挑戦状でございます」は、怪盗に宝生家の秘宝が狙われます。秘宝が「金の豚」「銀の豚」というのが笑えますが、ちょっとしたミスディレクションが仕掛けてあるのがポイントでしょうか。
「殺人には自転車をご利用ください」は、子供用の椅子に座らされていた被害者、という謎が魅力的ですね。自転車を使ってアリバイ崩し! としてストーリーが進んでいくのをさらっとうまく処理して見せたところが面白かったです。
「彼女は何を奪われたのでございますか」は、被害者が身につけていた小物類を全て奪われているという状況で、犯人の狙いは何だったのか、という謎が味があります。なかなかおもしろい発想で仕立てられているのですが、ちょっと無理があるのが残念です。
本編最後の「さよならはディナーのあとで」は、空き巣狙いが家人に見つかり殺人に及んだか、と思われた資産家殺しを扱っていますが、おおかたの読者が想定する展開となり、かなり既視感(既読観)ある解決になるのが致命的です。とはいえ、凶器の木刀を出発点とする手がかり(アイデア)は目の付け所がいいな、と思いましたし、なにより本編は、あの宝生警部に関して驚愕のラストが訪れますので、まあ、事件の方なんかどうでもいいのでしょう。
このあとシリーズ新刊は出ていません。
おまけ編の「探偵たちの饗宴」は、名探偵コナンとの共演という趣向ですが、ダイイング・メッセージとされる「カムサハムニダ」には大笑いさせてもらいました。
東川篤哉は、このシリーズが終わったとしても、ほかに数多くのシリーズを抱えていて、新刊はじゃんじゃん出ています。
ミステリと笑いのバランスの取れた作品に出会えるのを楽しみにしています。
タグ:東川篤哉 謎解きはディナーのあとで
放課後はミステリーとともに [日本の作家 東川篤哉]
<裏表紙あらすじ>
探偵部副部長の涼は、推理よりギャグの方が得意だった?
霧ケ峰涼が通う鯉ケ窪学園高校にはなぜか事件が多い。校舎から消えた泥棒、クラスメートと毒入り珈琲一族との関わり、校外学習のUFO騒動、密室状態の屋上から転落した女子…etc.それらの謎を解くはずの涼だが、ギャグが冴えるばかりで推理はなぜか発展途上。解決へ導くのは探偵部副部長なのか、それとも意外なあの人か? ユーモア学園推理の結末は?
もうこのシリーズの次作「探偵部への挑戦状 放課後はミステリーとともに」 も文庫化されていますね。
この「放課後はミステリーとともに」 は、連作短編集で、8話収録です。
チラシがはさまっていまして、それから写しておくと、
「霧ヶ峰涼の屈辱」
鯉ヶ窪学園高等部のE館で発生した盗難事件。涼が先輩や警備員と犯人を追いかけたが、その姿が館内で消失してしまった。
「霧ヶ峰涼の逆襲」
学園芸能クラス出身の女優の部屋を張り込む芸能カメラマン。涼がカメラマンの愚行を止めようとした時、当の女優が現れたが……。
「霧ヶ峰涼と見えない毒」
涼は親友にしてクラス委員の高林奈緒子居宅を訪れた。奈緒子の居候先の祖父が、珈琲毒殺未遂事件に巻き込まれたというのだ。
「霧ヶ峰涼とエックスの悲劇」
流星雨観測の夜、国分寺上空にUFOらしき飛行体が出現。UFO愛好家・地学の池上先生と涼はその物体を追いかけることに。
「霧ヶ峰涼の放課後」
体育倉庫から煙草の煙が。涼と奈緒子は体育倉庫の掃除道具入れで不良の荒木田を捕まえたが、肝心の煙草はどこに?
「霧ヶ峰涼の屋上密室」
学園裏門近くで、女生徒が突如落下。運悪く教育実習生に当たってしまった。居合わせた涼が、女生徒がいたらしき屋上で見たものは。
「霧ヶ峰涼の絶叫」
陸上部の自称スーパースター、走り幅跳び選手の足立が砂場で倒れていた。だが、砂場には足立以外の足跡がなかったのだ。
「霧ヶ峰涼の二度目の屈辱」
またもE館で事件発生。涼が美術室で昏倒している荒木田を発見。逃げる犯人は学生服姿だから間違いようがないはずだが……。
冒頭の「霧ヶ峰涼の屈辱」はミステリとしてはかなり常識的な解決を見せますので、喰い足りないといえば喰い足りないのですが、作者と編集部が「第1話『霧ヶ峰涼の屈辱』からお読みいただくようお願いいたします」という由縁の仕掛けがあるので、つかみはOKですね。(まあ、その仕掛けも他愛ないといえば他愛ないですが)
で、第2話の「霧ヶ峰涼の逆襲」が、平凡そうな舞台装置でツイストを効かせてあって〇。これがこの作品集の中では個人的にベスト。第1話「霧ヶ峰涼の屈辱」のあとに、この「霧ヶ峰涼の逆襲」が置いてあるというのも、いいではないですか。
次の「霧ヶ峰涼と見えない毒」のトリックは、正直つまらない。一転して「霧ヶ峰涼とエックスの悲劇のトリックは、その絵面のばかばかしさに和みますが、UFOと絡ませてあるのは優れているなぁ、と。
「霧ヶ峰涼の放課後」がまたつまらないトリックでがっかりするところへ、「霧ヶ峰涼の屋上密室」のシチュエーションがトリックそのものというような設定に少し感心。
「霧ヶ峰涼の絶叫」は、ちょっと作品にしたことを後悔してほしいくらいの無理さ加減ですが(砂場でのこのトリック? はないなぁ)、ラストの「霧ヶ峰涼の二度目の屈辱」は、第1話「霧ヶ峰涼の屈辱」と同じ設定の謎を違う形で解決し、そのほかにも第1話と呼応するところをちりばめた趣向に満足できる。
というように、1冊の中でアップダウンの激しい作品集なわけですが、どことなく、なんとなく愛すべき短篇集のような気がしました。
シリーズ第2作も、きっと読みます。
<蛇足>
アルファベットのEの書き順、
「よっぽどのひねくれ者でないかぎり、横、縦、横、横、横の順に棒を引いたはずである」(13ページ)
と書かれているのですが、アレ? 僕、違う書き順で書いてますね....
タグ:東川篤哉
殺意は必ず三度ある [日本の作家 東川篤哉]
<裏表紙あらすじ>
連戦連敗の鯉ヶ窪学園野球部のグラウンドからベースが盗まれた。われらが探偵部にも相談が持ち込まれるが、あえなく未解決に。その一週間後。ライバル校との対抗戦の最中に、野球部監督の死体がバックスクリーンで発見された! 傍らにはなぜか盗まれたベースが……。探偵部の面々がしょーもない推理で事件を混迷させる中、最後に明らかになる驚愕のトリックとは?
「学ばない探偵たちの学園」 (光文社文庫)に続く、恋ヶ窪学園探偵部シリーズ第2作です。
サイン本が本屋にあったので、それを買いました。
ベースが盗まれる、という捻った謎からスタートするものの、あらすじにもある通り、読者の感想はやはり野球場での殺人事件のトリックに向うんじゃないかと思うんですが、いやあ、相変わらず無理のある豪快なトリックですねぇ。あっ、豪快、というのとはちょっと違うかも。
文庫本で299ページに図入りで説明されていますが、これ、無理ですよ。絶対ばれますって。
でもね、ミステリ的にはとっても興味あるトリックで、発想は好きです。
途中の恐ろしく滑るギャグは相変わらず好みではないものの、探偵側から見た事件が、ベース盗難から野球見立て殺人へと(これ、書いてしまってもネタバレというほどのことはないと思います)、すーっとつながっていくあたりは見事です。
それともう一つ、恋ヶ窪学園探偵部ならではと言いたくなる探偵たちの勘違いは、前例がたくさんあるものの、いいな、と思えました。ミスディレクションとして非常に有効に機能しています。
<蛇足>
野球はちゃんと見ていないので、捕殺と補殺、見事にわかっていませんでした。
やはり、おもしろいんですね、野球用語は。
ここに死体を捨てないでください! [日本の作家 東川篤哉]
<裏表紙あらすじ>
妹の春佳から突然かかってきた電話。それは殺人の告白だった。かわいい妹を守るため、有坂香織は事件の隠蔽を決意。廃品回収業の金髪青年を強引にまき込んで、死体の捨て場所探しを手伝わせることに。さんざんさ迷った末、山奥の水底に車ごと沈めるが、あれ? 帰る車がない!! 二人を待つ運命は? 探偵・鵜飼ら烏賊川市の面々が活躍する、超人気シリーズ第五弾!
積読している間に、新しいカバーになっていますね。
Amazon.co.jp の画像的には、Kindle版がぼくの持っているのと同じ図のようです。
鵜飼杜夫、戸村流平、二宮朱美の3名が活躍する烏賊川市シリーズ第5弾です。
「密室の鍵貸します」 (光文社文庫) |
「密室に向かって撃て!」 (光文社文庫) |
「完全犯罪に猫は何匹必要か?」 (光文社文庫) |
「交換殺人には向かない夜」 (光文社文庫) |
と来て、この
「ここに死体を捨てないでください! 」
になります。
みんな表紙がかわいくなっていますね。
遅れながらもずっと読んできていますが、いやあ、ベタですね。
ユーモアミステリというよりは、コメディ、あるいは、ドタバタ、と言うべき作風です。
冒頭、死体をコントラバスケースで運ぶ、というくだりがあって、ミステリファンとしてはニヤリとするところですが、いつもながら展開がちょっと強引すぎますね。
非常に豪胆なトリックが使われていて、映像で見たら凄そうなんですが、これも無理が...
こういうトリック、大好きなんですが、かなり派手に痕跡が残りそうなトリックなんですよね。なのにそれらしいことにはあまり触れられておらず、大げさに言うとアンフェアですよね。
ギャグのなかにも骨格正しいミステリが忍ばせてある、というのが東川作品によくつけられる宣伝文句ですが、どうもこの「ここに死体を捨てないでください! 」の場合は、ミステリの無理をギャグで誤魔化してしまったような感が強いですね。
このあとも、
「はやく名探偵になりたい」 (光文社文庫) |
「私の嫌いな探偵」(光文社) |
と快調に出ていますので、のんびり読んでいきたいです。
謎解きはディナーのあとで [日本の作家 東川篤哉]
<裏表紙あらすじ>
国立署の新米刑事、宝生麗子は世界的に有名な『宝生グループ』のお嬢様。『風祭モータース』の御曹司である風祭警部の下で、数々の事件に奮闘中だ。
大豪邸に帰ると、地味なパンツスーツからドレスに着替えてディナーを楽しむ麗子だが、難解な事件にぶちあたるたびに、その一部始終を相談する相手は“執事兼運転手”の影山。「お嬢様の目は節穴でございますか?」――暴言すれすれの毒舌で麗子の推理力のなさを指摘しつつも、影山は鮮やかに事件の謎を解き明かしていく。二〇一一年ベストセラー一位のミステリ、待望の文庫化。書き下ろしショートショート『宝生家の異常な愛情』収録。
この作品から、3月に読んだ本です。
大ベストセラーですね。今頃読みました。
2011年本屋大賞第1位です。
ちなみに、2010年週刊文春ミステリーベスト10 第10位。
櫻井翔、北川景子のキャスティングでドラマ、映画にもなっています。
ドラマのおかげで、探偵役である執事の影山のキャラクターは広く知られていますね。
主人であるはずのお嬢様、麗子に対する暴言(?) がポイントの連作です。
六話収録されているのですが、決め台詞のない作品もあるのですねぇ。水戸黄門の印籠みたいに、必ず出てくる方がいいと思うんですが...
さておき、決め台詞を各短編から抜き出してみます。
「失礼ながらお嬢様--この程度の真相がお判りにならないとは、お嬢様はアホでいらっしゃいますか」
「失礼ながらお嬢様」「ひょっとしてお嬢様の目は節穴でございますか?」
「失礼ながらお嬢様」「こんな簡単なこともお判りにならないなんて、それでもお嬢様はプロの刑事でございますか。正直、ズブの素人よりレベルが低くていらっしゃいます」
「失礼ながらお嬢様、やはりしばらくの間、引っ込んでいてくださいますか」
戯画化した設定のユーモア・ミステリなので、目くじらを立てるのもどうかとは思いますが、この影山のせりふ、正直ひっかかりました。
日本語としておかしくないでしょうか?
標準語の語彙にはない「アホ」を使っている、とか、侮蔑するような表現に敬語はふさわしくない、というのをおいておくとしても、お嬢様のことを指して「ございますか」ということはない。
慇懃無礼な執事、という設定なら、日本語はあくまで清く美しいものを使ってこそ、だと思います。たとえば、ジーヴスのように(英語の翻訳ですけど)...
以前「もう誘拐なんてしない」 (文春文庫)の感想にも書きましたが(ブログへのリンクはこちら)、デビュー作「密室の鍵貸します」 (光文社文庫)から一貫して、泥臭い、ベタな笑いを持ち味にされているので、言っても詮無いことかもしれませんが、ギャグが狙いにしてもねぇ。
ミステリとしての側面に目を向けると、大ネタはなくても、各話それぞれ、ちょっとした思い付きが盛り込まれています。
もっとも「ちょっとした」思い付きですから、ギャグ満載の設定にあわせたミステリの難易度、と捉えるか、あるいは、ミステリの難度が高くないことをギャグで誤魔化している、と捉えるか読者の意見が分かれるところかもしれません。安楽椅子探偵ものとしては、まずは基本のポイントを押さえたレベルにはなっていると思います。
ただ、物足りないのも事実で、好評につき続編が次々と書かれているようですが、安楽椅子探偵ものらしく論理のアクロバットを見せてくれることを期待します。
もう誘拐なんてしない [日本の作家 東川篤哉]
<裏表紙あらすじ>
大学の夏休み、先輩の手伝いで福岡県の門司でたこ焼き屋台のバイトをしていた樽井翔太郎は、ひょんなことからセーラー服の美少女、花園絵里香をヤクザ二人組から助け出してしまう。もしかして、これは恋の始まり!? いえいえ彼女は組長の娘。関門海峡を舞台に繰り広げられる青春コメディ&本格ミステリの傑作。
「謎解きはディナーのあとで」(小学館)で大ブレークした東川篤哉の作品です。
東川篤哉は、ユーモアミステリで知られていますが、あらすじにも書いてある通り、ユーモアというよりはコメディといったほうが近いかもしれません。ユーモアミステリといっても、たとえば赤川次郎や天藤真のようなものではなく、もっとあからさまな、ベタな笑いを特徴にしています。ギャグという用語が似つかわしいかも。
笑いというのは好みがそれぞれ分かれるので難しいと思うのですが、東川篤哉の笑いは、ちょっと泥臭い感じがして手放しで喜んで読むわけにはいきません。
一方で、その笑いのなかで、トリッキーな作風を展開しているので、ミステリファンとしては見逃せない。もうちょっとさらりとした、さわやかな笑いに移ってもらえるとこちらの好みにはぴったりくるのですが。
その意味では、傾向として、折原一の黒星警部シリーズに近いのかもしれませんね。
さて、この作品は誘拐もの。扱っているのは狂言誘拐。
誘拐ものには名作・傑作がひしめきあっていますが、この作品は誘拐を背景にして、本格ミステリを展開してみせたところが新しいのではないかと思います。
もちろん、関門海峡を舞台にしたからこその身代金受け渡しトリックなど、誘拐ものの勘所はきちんとおさえられていますが、正直、そのトリックそのものはローカル色豊かでよいと思うものの、想定の範囲内というか、あまり意外性はありません。でも、それはおそらくわざとというか、作者の計算で、本格ミステリの設計図をちゃんと引いて作品が作られているところが最大の長所ではなかろうかと思います。
東川さんには一度、ギャグの要素を抑えた作品を書いてみてほしいところです。