犬はまだ吠えている [海外の作家 パトリック・クェンティン]
<カバー袖あらすじ>
その日のキツネ狩りの「獲物」は頭部のない若い女の死体だった。悲劇は連鎖する。狩猟用の愛馬が殺され、「何か」を知ってしまったらしい女性も命を奪われてしまう
陰惨な事件の解決のために乗りだしたドクター・ウェストレイク。小さな町の複雑な男女関係と資産問題が真相を遠ざけてしまうのだが……。
2023年6月に読んだ6冊目の本です。
単行本です。パトリック・クェンティン「犬はまだ吠えている」 (ヴィンテージ・ミステリ・シリーズ)。
日本ではパトリック・クェンティンとして紹介されていますが、森英俊の解説によるとこの作品は
ジョナサン・スタッグ名義で発表されたものらしいです。
本書はカバーでは、Patrick Quentin と書かれている一方、巻頭の原題など著作権表示のところは、Jonathan Stagge になっています。
ドクター・ウェストレイクを探偵役に据えたシリーズの第1作ということらしいです。
アメリカでキツネ狩り、というだけで時代を感じてしまったのですが、今でもやっているのでしょうか?
ほかにも時代を感じさせる要素があちらこちらにあり、古き良き探偵小説というイメージを保ってくれています。
扱われている事件はかなり猟奇的というか、首切りですから残忍な感じなのですが、この古典的なイメージのおかげで、あまりどぎつく感じません。
田舎町(と呼んでいいのだと思います)を舞台に、狭い世界の登場人物たちの間で事件を起こす王道の本格ミステリで、連続して第二の殺人や馬殺しが起こる手堅い展開になっています。
最後に物語全体の絵が浮かび上がってくるところでは、勢いよく読んでしまったのでなにげなく読み過ごしてしまったことが手がかりあるいはヒントとして機能していることに満足しました。
犯人当てそのものだけだと難しくはないと思いますが、動機を含めた細かい部分の要素が組み立てられていくところはとても楽しく読めると思います。
このシリーズ、解説によると9作目まであるようなので、残り8作も訳してくれるとうれしいな、と思います。
<蛇足>
「しかし、トミー・トラヴァースの場合、不倫をするとは信じられなかった。アメリカ人の夫なら、似たような立場になれば女漁りを始めるかもしれない。だが、トミーはきわめてイギリス人らしかった。そして──冷血とも、禁欲的とも、そのほか何と呼んでもいいが──イギリス人の夫は結婚の誓いを真面目に受け取る傾向があるのだ。」(174ぺージ)
英米の作品を読んでいると、英米の比較がされることがちょくちょくありますが、ここもその一例かと思います。
当然人によるのだと思いますが、一般的にはこういう観方をされている(あるいは、されていた)ということなのでしょう。
ところで、 ここの「冷血」という語はなんとなくおさまりが悪いですね。原語を確認していませんが、訳しづらい語なのだと思います。
原題:The Dogs Do Bark
著者:Jonathan Stagge
刊行:1936年
訳者:白須清美
八人の招待客 [海外の作家 パトリック・クェンティン]
<カバー裏あらすじ>
『八人の中の一人』……大晦日の夜、マンハッタンの四十階の摩天楼の最上階に集まった株主たちが、会社合併の是非を問う投票をしているところへ、合併を阻止するべく、真夜中までに株主たちを全員抹殺するという脅迫状が舞い込む。階下へのエレヴェーターは止まり、電話も通じず、階段に通じる扉には楔が打たれ、照明のヒューズも飛んで、株主たちは、暗闇の中に閉じ込められてしまう。そして起こる連続殺人……犯人は八人の株主たちの一人なのか? 彼らは閉じ込められた最上階から果たして脱出できるのだろうか?
『八人の招待客』……過去に公表できない秘密を持つ男女に、奇矯な行動で知られる富豪から、不穏な招待状が届く。富豪の意図は、共通の敵である脅迫者を、招待客と共に始末しようというものだった。ところが、富豪の計画は、招待客の一人の裏切りから、予想外の窮地に追い込まれていく。折からの雪嵐に降り込められ、電話も交通も、そして電力さえも遮断された暗闇の邸宅の中で、邪悪な連続殺人が幕を開ける。
二転三転する展開が、不気味で強烈なサスペンスを生み出す、Q・パトリック真骨頂なオフ・ビートな逸品二本立て。
海外の識者によって、シングル・ロケーションによる『そして誰もいなくなった』の先行作として認定された、Q・パトリックの傑作が、半世紀の時を超えて、ここに新訳で甦る。クローズド・サークルの暗闇の中で嘲笑う作者の奸計を、読者は果たして見破ることができるのだろうか? これを読まずしてクエンティンを語るなかれ!
2022年6月に読んだ2冊目の本です。
単行本です。
原書房から出ていた山口雅也監修の叢書《奇想天外の本棚》、原書房からは打ち止めで、国書刊行会に舞台を移して再出発しているのですね。
この「八人の招待客」(原書房)はリニューアル前のもので、読むのはクレイトン・ロースン「首のない女」 (原書房)(感想ページはこちら)に続いて2冊目です。
あと1冊クリスティーの「アリバイ」 (原書房)があって、こちらは戯曲というので見送っていたのですが、シリーズを揃える意味で買った方がいいのかな??と思うようになりました。
さておき、「八人の招待客」(原書房)です。
二話収録の中編集。
「そして誰もいなくなった」 (ハヤカワ クリスティー文庫)の先行作という触れ込みで、二話とも確かに似た要素がいろいろとあるのですが、読んだ印象はずいぶん違いますね。
『八人の中の一人』はビルの最上階という現代的な舞台がいいですね。
合併をめぐる駆け引きのような中で、社長秘書であるキャロルの恋愛的な話が盛り込まれているのが注目のポイントですね。
非常にサスペンスフルな展開に、この要素が結構大きなインパクトを与えています。
タイトに作り上げられた佳品で、よかったですね。
『八人の招待客』は 脅迫者を根絶(=殺)してしまおうという企みを秘めた招待からはじまる物語。
状況的には、クリスティの別のある作品の裏返しのような感じと思われるかもしれませんが、まるで殺人ゲームのような殺人計画が面白く、予期せぬ来客と予期せぬ出来事で、事態は思わぬ方向へ。
こちらもピリッとツイストが効いた良作だったと思います。
富豪の執事ボウルズのファンになってしまいました。
国書刊行会に版元を移して、《奇想天外の本棚》は再スタートしています。
そちらも楽しみです。
原題:The Jack of Diamonds / Murder on New Year’s Eve
著者:Q Patrick
刊行:1936年 / 1937年
訳者:山口雅也
女郎蜘蛛 [海外の作家 パトリック・クェンティン]
<カバー裏あらすじ>
愛妻アイリスが母親に付き添ってジャマイカへ発った日、ピーター・ダルースはナニー・オードウェイと知り合った。パーティーで所在なげにしていた二十歳の娘は作家修業中だという。ピーターは父親めいた親切心を発揮して執筆の便宜を図ってやる。やがて待ちに待ったアイリスの帰国、喜び勇んで迎えに行くピーターは、とてつもない災難に見舞われることを知る由もないのだった……。
「迷走パズル」 (創元推理文庫)(ブログへのリンクはこちら)
「俳優パズル」 (創元推理文庫)(ブログへのリンクはこちら)
「人形パズル」 (創元推理文庫)(ブログへのリンクはこちら)
「悪女パズル」 (扶桑社ミステリー)(ブログへのリンクはこちら)
「悪魔パズル」(論創海外ミステリ)(ブログへのリンクはこちら)
「巡礼者パズル」 (論創海外ミステリ)(ブログへのリンクはこちら)
「死への疾走」 (論創海外ミステリ)(ブログへのリンクはこちら)
に続くピーター・ダルースもの最終作です。
「巡礼者パズル」で、なんとかアイリスとよりを戻せそうになったのに、次の「死への疾走」 (論創海外ミステリ)でふらふらしていたピーター、この「女郎蜘蛛」 (創元推理文庫)でも最初から、読んでるこちらが冷や冷や。
帯に「ピーター・ダルース万事休す」と書いてあるのに納得です。
まあ自業自得といえばそうなのですが、ピーターの陥る窮地はなかなかのものでして、どうやって切り抜けるのか、非常にハラハラできます。
登場人物が限られているので、真相は必ずしも意外なものといえないかもしれませんが、芸能界(演劇界?)を舞台に、軽やかに綴られる中に、しっかりと本格ミステリの骨格が忍ばせてあります。面白い。
東京創元社さん、ピーター・ダルースものの翻訳はそろいましたので、「わが子は殺人者」 (創元推理文庫)、「二人の妻をもつ男」 (創元推理文庫)、「愚かものの失楽園」 (創元推理文庫)も復刊、できれば新訳をお願いします!!
ところで、本書の原題はBlack Widow。黒後家蜘蛛ではありませんか!!
原題:Black Widow
作者:Patrick Quentin
刊行:1952年
訳者:白須清美
死への疾走 [海外の作家 パトリック・クェンティン]
単行本です。
「迷走パズル」 (創元推理文庫)(ブログへのリンクはこちら)
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に続くピーター・ダルースもの第6作で、ついに「パズル」とつかなくなりました。
「巡礼者パズル」で、なんとかアイリスとよりを戻せそうなピーターなのに、この「死への疾走」 (論創海外ミステリ)ではふらふらしています。
こらっ、ピーター、しっかりせんかいっ。そんなことでは、アイリスからまた愛想を尽かされるぞ!
今回の舞台は
第一部 ユカタン
第二部 メキシコシティ
第三部 ニューオリンズ
となっています。
ピーターが振り回される感じがよく出ていまして、おいおい、と思いつつも、ニタニタしてしまいました。
舞台を転々としつつ、にぎやかに物語が進んでいきますし、人物の出し入れも派手です。
メキシコのように喧騒に満ちたストーリーに乗せられて、あれよあれよという間に結末のニューオリンズへ。
主人公であるピーターが混乱したまま物語がどんどん進んでいくのも、読者を乗せるのに役立っていますね。
クレイグ・ライスの「大はずれ殺人事件」 (ハヤカワ・ミステリ文庫)が重要な小道具として使われているのも楽しいですね。(単なる小道具でしかないですけど)
「目の前の砂糖入れに立てかけてあるのは、橙色の表紙が目を惹くメキシコ版ポケットミステリだ。メキシコではミステリを読むのがおしゃれなのだ。」(145ページ)
なんて記載もあります。
もっとも、解説にも書かれているように、「大はずれ殺人事件」を使う理由はわかりませんね。
当時、よく売れていて、メキシコでも売っている(あるいは売っていそうな)作品だった、ということなのでしょうね。
「巡礼者パズル」に続き、本書も飯城勇三の解説が素晴らしく、お勧めです。
<蛇足1>
「へっぴり腰で階段をのぼってきた黄色い犬は少し離れた場所で立ちどまると」(45ページ)
へっぴり腰の犬って、どんな感じなのでしょうか?
わからないなりにイメージして笑ってしまいました。
<蛇足2>
「だれもが遅かれ早かれべつの顔を見せるこの状況を鑑みれば」(243ページ)
を鑑みれば、ねぇ......
気にしているのはぼくだけなのかもしれませんね。
原題:Run to Death
作者:Patrick Quentin
刊行:1948年
訳者:水野恵
巡礼者パズル [海外の作家 パトリック・クェンティン]
<カバー袖あらすじ>
従軍で精神を病んだダルースは一時的に妻アイリスと離れることを決意。それが功を奏して復調したダルースは、妻のいるメキシコへと発った。アイリスに新しい恋人がいるとも知らずに……。愛と金が絡み合う人間関係に否応なく巻き込まれていくダルース。愛する者のために奮戦する彼を待っている結末とは。本格ミステリ・ファン待望の<パズル・シリーズ>最後の未訳作、ついに登場。
「迷走パズル」 (創元推理文庫)(ブログへのリンクはこちら)
「俳優パズル」 (創元推理文庫)(ブログへのリンクはこちら)
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に続くシリーズ第6作です。
論創海外ミステリ98。単行本です。
ピーター・ダルースもので、「パズル」とつく最後の作品になります。
完全なる余談、与太話ですが、せっかくだったら邦題を、巡礼者パズルではなく、巡礼パズルにしておいてもらえたら、漢字二文字+パズルで統一されてよかったのにな、なんて思いました。
「悪魔パズル」の感想で、エピローグでのピーターとアイリスの会話に不安を感じたと書きましたが、不安的中、この「巡礼者パズル」の冒頭、アイリスとの仲が壊れていることが明かされます。
ああ~。ピーター可哀そうに。いいやつなのに。
舞台はメキシコでして、そこで、アイリスが想いを寄せるイギリスの作家マーティン(両想いです)、マーティンの妻サリー、マーティンの妹マリエッタ、それにどこか怪しげ?なジェイクが絡みます。
主要人物はこれだけで、ほぼこれだけの人間関係の中で物語は進行していきます。
ピーターが落ち込んでいるところに、人間関係がややこしく絡み合っていることもあり、非常に重苦しい雰囲気で話が進んでいきます。
メキシコという土地も、明るい中米という位置づけよりは、混沌の町、といった趣きで、その重苦しさに拍車をかけているみたいです。
この中で、くるくると多重解決のように疑わしい人物が変わっていくという趣向がとられていまして、ミステリとして大満足。
そして真相が、いわゆる「意外な犯人」(ネタバレとは言えないかも、と思いましたが、念のため伏字にします)の1パターンとなっていまして、これにも個人的にはいたく感心しました。ステキです。
ラストシーンも、これ、期待してもいいんですよね。
解説で飯城勇三が、次々作の「女郎蜘蛛」 (創元推理文庫)で、「本作で破局したはずのアイリスと、よりを戻しているのだ。」と書いてありますしね!
よかったよかった。
本書は飯城勇三の解説も素晴らしく、お勧めです。
<2020.10.27追記>
この作品、「本格ミステリ・ベスト10〈2013〉」第1位でした。
1位なのに書き漏らしていてすみません。
原題:Puzzle for Pilgrims
作者:Patrick Quentin
刊行:1947年
訳者:水野恵
悪魔パズル [海外の作家 パトリック・クェンティン]
<カバー袖あらすじ>
ふと目覚めると、見知らぬ部屋のベッドに寝ている。自分の名前も、ここがどこかも、目の前の美女が誰かもわからない。記憶喪失。あなたはゴーディよ、わたしの息子よ、と言う女。自分はゴーディという名らしい。だが、何かがおかしい。なぜ女たちは自分を監禁し、詩を暗唱させようとするのか……。幾重にも張りめぐらされた陰謀。ピーター・ダルース、絶体絶命の脱出劇。〈パズル・シリーズ〉第五作、待望の邦訳!
「迷走パズル」 (創元推理文庫)(ブログへのリンクはこちら)
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「人形パズル」 (創元推理文庫)(ブログへのリンクはこちら)
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に続くシリーズ第5作です。
論創海外ミステリ91。単行本です。
冒頭プロローグで、日本へ3ヶ月の慰問に行くアイリスを、ダルースはバーバンク空港で見送ります。
第1章にはいると、一転して記憶喪失の男。これがピーター・ダルースだと(読者には)すぐわかるのですが、記憶喪失である本人にはわからない。
(それでも、帯に「記憶喪失のダルース監禁される」と書くのはマナー違反だと思いますが。)
面白いのは、記憶喪失のピーターのまわりにいる家族が、母親、妻、妹と女しかいないという状況であること、でしょうか。
もちろん男性も登場します。家族の医師クロフト先生。
日に焼けた顔はハンサムすぎていやでも人目を引くし、トルコの踊り子ばりの長いまつ毛とつぶらな黒い瞳は、やり手の仲買人を思わせるツイードの上着とまるで釣り合っていない(20ページ)
もうひとり、雑用係の使用人ジャン。
身体が八フィートもあって、たくましい体をしているのよ。健康雑誌の表紙を飾れそうなくらい--もちろん、いかがわしい雑誌じゃないわよ。いつもにこにこして、身につけているのは水泳パンツ一枚。(50ページ)
身長は二メートル近くあるに違いない。水泳用のトランクスに、袖なしのポロシャツといういでたち。セレナと同じ光輝くブロンドの髪が、ひたいに垂れかかっている。むきだしの腕も脚も筋骨隆々として、日に焼けた肌は明るいアプリコット色だ。白い歯をむき出しにして、輝くような笑みを浮かべている(67ページ)
基本的に美男美女集団となっていまして、映画化を意識したのかな、と思ってしまったくらい。
隠されていたような謎の老婆が登場し、ピーターも自分が周りにいわれているようなゴーディーではないと意識し始める、という流れです。
記憶喪失ものって、わりといつも楽しく読めますが、この「悪魔パズル」は、記憶喪失者の正体があらかじめわかっているという点が興味深い点ですね。
ピーターに、ゴーディになりすまさせようということですから、基本的には全員グルなわけですね。
富豪の放蕩息子になりすます、富豪は死んだばかり、となると、狙いは一つで、単純なのですが、これがなかなか飽きさせない。
タイトルは、ゴーディの妹であるマーニーが、家族のことを悪魔と呼ぶことから来ていると思われます。
「どうしてって、悪魔だからよ。あの人たちはあなたを人間として扱っていなかった。自分たちの都合で切っても焼いても構わない肉の塊だと思っていたのよ。」(198ページ)
と悪魔と呼んだ理由をピーターに説明するシーンがあります。
最後のどんでん返しにあたる部分が、きわめて定型通りというか、わかりやすいですが、登場人物も少ないことですし、この程度がすっきりしてよいかもしれません。
シリーズとして気になったのはエピローグ。
ある意味ネタバレになってしまいますが、シリーズものであることが明らかなので書いてしまうと、エピローグでピーターは無事アイリスと再会します。
でもね、そこでの会話がちょっと不安な感じがするんですよね......
シリーズの続きが気になります。
<2020.10.27追記>
この作品、「2011 本格ミステリ・ベスト10」第6位でした。
原題:Puzzle for Fiends
作者:Patrick Quentin
刊行:1946年
訳者:水野恵
悪女パズル [海外の作家 パトリック・クェンティン]
<裏表紙あらすじ>
大富豪ロレーヌの邸宅に招待された、離婚の危機を抱える三組の夫婦。仲直りをうながすロレーヌの意図とは裏腹に、屋敷には険悪な雰囲気がたちこめる。翌日、三人の妻の一人が、謎の突然死を遂げたのを皮切りに、一人、また一人と女たちは命を落としていく……。素人探偵ダルース夫妻は、影なき殺人者の正体を暴くことができるのか? 『女郎ぐも』『二人の妻をもつ男』の著書の初期を代表する「パズル」シリーズ第四作、ついに本邦初訳。
「迷走パズル」 (創元推理文庫)(ブログへのリンクはこちら)
「俳優パズル」 (創元推理文庫)(ブログへのリンクはこちら)
「人形パズル」 (創元推理文庫)(ブログへのリンクはこちら)
に続くシリーズ第4作です。
前作「人形パズル」 の感想で、『シリーズ次作「悪女パズル」 (扶桑社ミステリー)は昔読んでいるのですが、忘れちゃっているので読み返した方がいいかな??』と書いたのですが、その通り、再度購入し読み返しました!
「人形パズル」 に続いて、ダルースは海軍の休暇中です。
大富豪ロレーヌの屋敷に招待されて、今度こそゆっくり休暇をアイリスと楽しむはずが...
屋敷にはロレーヌの3人の友人、ドロシー、ジャネット、フルールが既にいたのですが、ロレーヌの迷惑な思いつきで、3人の夫たちも招待されて後からやってきます。この3組の夫婦が離婚寸前、仲が非常に悪くなっている、というのがポイント。
この「悪女パズル」、すっかり内容は忘れてしまっていて、まるで初読のように楽しめたのですが、この3人の夫たちが3人の妻たちとまみえるシーン(27ページ)は読んだら強烈に蘇ってきました。ああ、この話、確かに読んだな、と。
第一部 ドロシー
第二部 ジャネット
第三部 フルール
第四部 ミミ
第五部 ロレーヌ
第六部 アイリス
となっていまして、順に殺されていきます。
おいおい、アイリスまでかよ、と思わせてくれるのがまた楽しい
(この本、目次がないのが残念です。あったほうが絶対おもしろかったのに)
最初の毒殺も、その次の溺死も殺し方としてはちょっと現実的ではないなと思ってしまいますが、複数の夫婦関係を錯綜させて人間関係の緊張を生み出し、ミステリならではの雰囲気が出来上がっているのはさすがですね。
だからこそ動機を軸にしてアイリスとピーターの推理がくるっとまとまっていく流れが光るのだと思います。
突出したトリックとかがあるわけではないですが、かっちり仕上がっていて、再読してよかったですね。
それにしてもこの本、翻訳がひどいです。いくつか挙げておきます。
「ロレーヌは運転そっちのけでゴール人のようなジェスチャーをした。」(50ページ)
ゴール人? 普通日本語ではガリア人といいますね。ちょっとひねってケルト人と訳すこともあるかもしれませんが。
「リノには見るべき何かがある」(50ページ)
中学生の英文和訳を見ているみたいな訳です。
「世界最大の小都市だ」(51ページ)
も言いたいことはわからなくもない気がしますが、苦笑するしかありません。
「アイリスは不正に手に入れた金銭をかき集め」(57ページ)
アイリスがスロット・マシーンでジャック・ポットをとるシーンなんですが、カジノのスロット・マシーンで手に入れたお金は、不正、ではないでしょう。
せいぜい、日本語でいうと、あぶく銭(悪銭)、程度ではないでしょうか。
「襟元が大きくくれた、中世王朝風の袖のついた栗色のロングドレス」(215ページ)
大きくくれた? 辞書を引いても意味がわかりませんでした。くくれる、でしょうか? でも、大きくくくれたでも意味がわかりません。
「しかし私の知るかぎりで、そんな人間はまったくいやしないーー略ーーそんなやつはね」(290ページ)
「そんな」とまず言ってから、その内容を後から説明するなんて使いかた、日本語ではありません。
本当に中学生の和訳みたい...
「厚ぼったい、法定紙幣の束だった」(360ページ)
原語逐語訳なんでしょうねぇ。法定紙幣なんて普通の文章で使いませんね。
<蛇足>
「そのことでミセス・ラッフルズの振りをする必要はないよ」(320ページ)
とアイリスにピーターが言うシーンがあり、ミセス・ラッフルズに「英国の小説家E・W・ホーナングの探偵小説の主人公」と注がついているのですが、なぜミセス・ラッフルズなのでしょうね?
「二人で泥棒を―ラッフルズとバニー」 (論創海外ミステリ)を皮切りに翻訳もありますが、義賊ラッフルズ=男なんですよね。
そもそも、ラッフルズ夫人って、いたかな?
原題:Puzzle for Wantons
作者:Patrick Quentin
刊行:1945年
訳者:森泉玲子
人形パズル [海外の作家 パトリック・クェンティン]
<裏表紙あらすじ>
時勢ゆえ戦争に駆り出され、海の男になったピーター・ダルース。久方ぶりの休暇を愛妻アイリスと水入らずで、と思いきや好事魔多し。宿の手配に右往左往、大事な軍服を盗まれ、あげく殺人の容疑者に仕立てられる始末。軍務復帰まで三十時間、警察に引っ張られるなんて冗談じゃない。私立探偵コンビの助力を得て逃避行と真相究明が始まり……。謎が謎を呼ぶ、パズルシリーズ第三作。
「迷走パズル」 (創元推理文庫)、「俳優パズル」 (創元推理文庫)に続くシリーズ第3作です。
創元推理文庫ではちょくちょくあることですが、表紙をめくった扉のところのあらすじを引用しておきたいと思います。
プロデューサー業をしばし離れて、ピーター・ダルースは海軍中尉。ようやく取れた休暇が、愛妻の誕生日と重なった。アイリスも撮影を抜け出し久々の逢瀬を楽しむはずが、不案内な土地で宿が見つからない、軍服を盗まれる等災難続き。それが序の口だったとわかるのは、アイリスの従妹を訪ね、胸に刺さった短刀を見たときだった。現場にはピーターを犯人に擬する工作が施され、さては軍服盗難もその一環かと気づいたが後の祭り。気にいい私立探偵コンビの手を借りつつ人目を忍んで真犯人探しに奔走するダルース夫妻に、水入らずの時は訪れるのか。
うん、こちらの方がわかりやすいぞ。
12月に読んだ5冊目の本です。
ダルース、海軍中尉になっちゃったのか...と、まずはそこに驚きました。対日戦争で頑張ったんだねぇ...ちょっと複雑な気分。
まあ、そんなことは作品の出来栄えにはまったく関係がないので、おいておくとして...
すごくスピーディーに話が進んでいくのが素敵な作品で、東京から新大阪までの新幹線で一気読みしました。巻き込まれ型サスペンスとしてとても楽しめました。
なんとかホテルが確保できたとおもったら、サウナで軍服を盗難されるとは。
「支配人が飛んできて、その後にロッカー係のボーイがついてきた。わたしは不機嫌にいきさつを説明した。いつの間にかタオルをどこかへやっており、素っ裸で支配人に文句をいうのはいささか具合が悪かったが、どうしようもなかった」(30ページ)
この情景だけで十分おかしい。
「アイリスは面白おかしく思っただけのようだ。わたしが素っ裸で支配人を叱責している場面を想像して遠慮なく笑ったが」(39ページ)
そりゃあ、笑うでしょうねぇ...
このあとも次から次へとほぼ休む間もなくいろいろなことが勃発し、ラストのサーカスの場面までずーっと疾走している感じです。
「迷走パズル」、「俳優パズル」に出てきたレンツ博士が出てこないので本格ものではなくなりましたが、真犯人の見当がつきやすかったって構いません、こういうサスペンスも大好きなので満足です。
シリーズ次作「悪女パズル」 (扶桑社ミステリー)は昔読んでいるのですが、忘れちゃっているので読み返した方がいいかな??
<蛇足1>
「わたしは確かにそういった。馬鹿馬鹿しいと。
ミセス・ラインハートの永遠の決まり文句はこうだ。“もし私が知っていたら……”。」(21ページ)
という文章が出てきます。おお、ラインハート。「螺旋階段」の M.R.ラインハートですね。なんと懐かしい名前...
<蛇足2>
「そして誰もが、音楽的才能の差はあれど、高らかに結婚行進曲を歌っていた」(171ページ)
とあります。結婚行進曲って、歌詞があるんですね。それも誰もが歌えるほどポピュラーな...
<蛇足3>
こういう巻き込まれ型で、あんまり論理的に考えずに行動する主人公の一人称は、「わたし」ではなく「ぼく」の方が向いていると思ったのですが。
「わたし」は「ぼく」よりも少しは思慮深い一人称のような気がします。
原題:Puzzle for Puppets
作者:Patrick Quentin
刊行:1944年
訳者:白須清美
俳優パズル [海外の作家 パトリック・クェンティン]
<裏表紙あらすじ>
出色の脚本を得て名プロデューサー復活の狼煙を上げるはずが、誤算続きのピーター・ダルース。忌まわしい噂のある劇場をあてがわれ、難点だらけの俳優陣を鼓舞してリハーサルを始めたが、無類漢の乱入に振り回されたあげく死者まで出る仕儀と相成った。真相究明か興行中止の憂き目に遭うか、初日は目前に迫っている!謎解きとサスペンスの興趣に満ちた、パズルシリーズ第二作。
「2013本格ミステリ・ベスト10」 第6位です。
前作「迷走パズル」 (創元推理文庫)に続くシリーズ第2作で、半世紀ぶりの新訳らしいです。
帯に「シリーズ最高傑作」とあります。シリーズ最高傑作かどうかは、シリーズの他の作品を読んでから判断したいと思いますが、楽しい作品になっています。
古い作品だと愉しめないかというと全然そんなことはなく、快調に読めます。
と、「迷走パズル」 の感想(リンクはこちら)とおなじことをここでも書いておきます。
読んだのが2月で、もう3ヶ月以上経っていてずいぶん忘れてしまっていたのですが、あらすじを読み返すと、かなり鮮やかに記憶がよみがえってきました。
ピーター・ダルースをはじめとする登場人物たちの人物像がくっきりしているからでしょう。
劇場を舞台にしたミステリというのは、海外ミステリの一つの定番ともいえるのではないかと思いますが、いわくつきの劇場という背景で独特の緊張感と狂騒ぶりが程よく伝わってきます。
復活を期すピーター・ダルースにとって、ちゃんと上演にこぎ着けられるのか、というのが非常に大きなことで、トラブル続発にひやひや。
クライマックスは、この上演に向けて盛り上がるところと、ミステリ的に真相が解明されるところが重なって、印象深い。満足しました。
次の「人形パズル」 (創元推理文庫)が楽しみです。
原題:Puzzle for Players
作者:Patrick Quentin
刊行:1939年
訳者:白須清美
<2016.1訂正>
タイトルを「迷走パズル」としちゃっていたのを訂正しました。
迷走パズル [海外の作家 パトリック・クェンティン]
<裏表紙あらすじ>
アルコール依存症の治療もそろそろ終盤という頃、妙な声を聞いて恐慌をきたしたピーター。だが幻聴ではなく療養所内で続いている変事の一端とわかった。所長は言う―ここの評判にも関わる、患者同士なら話しやすいだろうから退院に向けたリハビリを兼ねて様子を探ってもらいたい。かくして所長肝煎りのアマチュア探偵誕生となったが……。パズルシリーズ第一作、初の書籍化。
「2013本格ミステリ・ベスト10」 第4位です。
ちなみに、この年は、パトリック・クェンティンの当たり年(?) で、同ベスト10では、1位が「巡礼者パズル」 (論創海外ミステリ)で、6位が「俳優パズル」 (創元推理文庫)でした。
原書は1936年。
解説によると1959年に「癲狂院殺人事件」として<別冊宝石>に訳されたっきりだったようで、東京創元社偉い! よく刊行してくれました。
古い作品だと愉しめないかというと全然そんなことはなく、快調に読めます。
この「迷走パズル」 (創元推理文庫)の場合、古いことはかえってプラスかも知れません。というのも、あらすじでもおわかりかもしれませんが、舞台が精神病の療養所。
今、この舞台でミステリを書いたら、非常に重苦しい作品になってしまうような気がしますし、そもそもポリティカル・コレクトネスとか言って、舞台にすること自体アウトとされるような可能性もあります。
でも、この作品は、カラッとしています。これは大きな特長でしょう。
ミステリ的な仕掛けも周到でした。
細かなトリックがいろいろと盛り込まれていて、それがミス・ディレクションにもなっている。
大技のトリックはありませんが、小ざっぱりした小粋なミステリ、といった趣です。
ピーターのアマチュア探偵ぶりも、見事といえば見事で、終盤さらりとクラーク刑事が活躍するのも、なんだかしゃれています。
そもそも所長がピーターに探偵を頼んだ理由もふるっています。
そして、帯に
「療養所内で続発する変事
解決すれば恋人もついてくる」
とあるように、ピーターとアイリスとのロマンスまで!
短いのに、盛りだくさん。
満足しました。
創元推理文庫でこの後出たシリーズも買い込んでいるので、本当に楽しみです。