転落の街 [海外の作家 マイクル・コナリー]
転落の街(上) (講談社文庫)
転落の街(下) (講談社文庫)
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2016/09/15
- メディア: 文庫
<カバー裏あらすじ>
絞殺体に残った血痕(DROP)。DNA再調査で浮上した(コールド・ヒット)容疑者は当時8歳の少年だった。ロス市警未解決事件班のボッシュは有名ホテルでの要人転落(DROP)事件と並行して捜査を進めていくが、事態は思った以上にタフな展開を見せる。2つの難事件の深まる謎と闇! 許されざる者をとことん追い詰めていく緊迫のミステリー!<上巻>
ホテルから転落した市議の息子は殺害されたのか自殺だったのか。背後にはロス市警の抱える積年の闇が潜んでいた。一方、絞殺事件は未曾有の連続殺人事件へと発展する。冷厳冷徹に正義を貫き捜査を進めるボッシュ。仲間や愛娘に垣間見せる優しい姿と、陰惨な事件との対比が胸に迫る不朽のハードボイルド小説!<下巻>
2023年6月に読んだ7&8冊目の本です。
マイクル・コナリー「転落の街」(上) (下) (講談社文庫)
前作「ナイン・ドラゴンズ」(上) (下) (講談社文庫)(感想ページはこちら)に続き、作者マイクル・コナリーの看板シリーズであるハリー・ボッシュものです。
未解決事件班にいるボッシュに、ホテルから転落した市議アーヴィン・アービングの息子ジョージの死の真相を探れという本部長からの指示。市議の御指名だという。
アーヴィン・アービングは元ロス市警副本部長ながら警察とは敵対的なポジションをとっており、ボッシュとは過去に遺恨があるというのに......
ハイ・ジンゴ。
「警察と政治の合わさったもののこと」(34ページ)と説明され、「くだらん政治案件」を指すようですが、この語が繰り返し作中に出てきます。
もちろんこの市議の息子の件にかかりきりになれ、という指示のはずですが、とりかかろうとしていた未解決事件の捜査も続けようとするところがボッシュらしい。
事件そのものは複雑ではないのですが、その分決め手に欠けやすいもので、そこに政治的色彩が絡み=いろんな人たちの思惑が絡み、なかなか一筋縄ではいきません。
市議とのやりとりも緊迫しますし、本部長室付きのキッズ・ライダー(ボッシュの元相棒)とのやりとりもピリピリした雰囲気となります。
一方の未解決事件の方は、早々にボッシュが見当をつけてしまうのですが、その途上で、ボッシュは社会復帰訓練施設勤務の医師ハンナと知り合い(というかめぐり逢い、と言った方がよいかも)、仲を深めていきます。
このハンナとのやりとりもそうですが、相棒であるチューとの関係性に変化が訪れたり、ボッシュが衰えを感じ引退のことを考えたり、ボッシュの娘マディが15歳になっていて銃の腕前がボッシュ以上のものになっていたり、シリーズとしての読みどころが、2つの事件の進展とともに描かれていきます。
読み終えてみると、政治的事件の方は関係者の動きのわりに事件が小さい印象ですし、未解決事件の決着がどうにも収まりが悪い印象なのですが、意図的にそうしていると思われます。
いつものことながら、マイクル・コナリーのページターナーぶりを発揮した作品でした。
おもしろい。
<蛇足>
ハンナは笑みを浮かべた。
「ハードボイルドの刑事が言うようなセリフっぽくないな」」
ボッシュは肩をすくめた。
「おれはハードボイルドの刑事じゃないかもしれない。」(下巻17ページ)
マイクル・コナリーは、メタ的手法をとる作家ではないと思いますので、この「ハードボイルドの刑事」うんぬんというやりとりは素直によむべきところなのでしょう。
ハードボイルドが一般的な誤として日常会話に登場するのですね。
原題:The Drop
作者:Michael Connelly
刊行:2011年
訳者:古沢嘉通
真鍮の評決 リンカーン弁護士 [海外の作家 マイクル・コナリー]
<カバー裏あらすじ>
丸一年、わたしには一人の依頼人もいなかった。だが妻とその愛人の射殺容疑で逮捕されたハリウッド映画制作会社オーナーは弁護を引き受けてほしいという。証拠は十分、アリバイは不十分。しかも刑事がわたしをつけまわす。コナリー作品屈指の二人の人気者が豪華共演する傑作サスペンス、満を持して登場。<上巻>
有罪必至の容疑者はいまだに余裕の笑みを浮かべ続ける。陪審員、検察、容疑者。誰かが嘘をついているのだ。さらに同僚弁護士が遺した事件ファイルに鉄壁の容疑を突き崩す術を見つけたわたしまでもが命を狙われるはめになる──。ハラーとボッシュの意外な関係も明かされ、驚愕のどんでん返しにコナリーの技が光る!<下巻>
読了本落穂ひろい。
手元の記録によると2015年の10月から11月にかけて読んでいます。
マイクル・コナリーの「真鍮の評決 リンカーン弁護士」 (上) (下) 。
さきに
第3作「判決破棄 リンカーン弁護士」(上) (下) (講談社文庫)(感想ページはこちら)
第4作「証言拒否 リンカーン弁護士」(上) (下) (講談社文庫)(感想ページはこちら)
の感想を書いています。
リンカーン弁護士:ミッキー・ハラーとハリー・ボッシュの共演が売りです。
上巻110ページあたりに、チラットダケデスガ、ジャック・マカヴォイも出てきます。
殺された弁護士ヴィンセントが担当していた事件を首尾よく(?) 引き継ぐことになったハラー。
そのなかでも飛び切りの大型案件が映画会社の社長エリオットが妻とその愛人を殺したというもの。
この映画会社、「あと五年もしたら<ビッグ・フォー>とはだれも言わなくなるぜ。<ビッグ・ファイブ>になるんだ。アーチウェイは、パラマウントやワーナーやほかの大手と肩を並べるようになるだろう」(173ページ)
社長自らのセリフですから割り引いて聞く必要があるでしょうが、それでも勢いのあるすごい会社だということがわかります。
ヴィンセントの事務所を調べているときに、ハラーはボッシュと遭遇します。
無難な第一遭遇で、特に激しく衝突したりもしません。
最後にハラーが
「以前なにかの事件で出くわしたことがないかな? あなたに見覚えがある気がするんだ」(上巻90ページ)
とボッシュに語り掛けるのも、意外と重要なポイントなのかも、と思えます。
ヴィンセントはこのエリオットの事件に関し、”魔法の銃弾”を持っていると話していたらしい。
”魔法の銃弾”とは「きみを監獄から出して家に帰してくれるカードのことだ。ドミノのようにすべての証拠を倒してしまうか、陪審団の陪審員全員の心にしっかりと、恒久的に合理的な疑いを刻みつける、ズボンの尻ポケットに隠しておく証人あるいは証拠だった」(上巻254ページ)と説明されています。
ところが、ハラーが調べてもそんな要素は見つからない......
なのに被告は余裕があり、調査の時間などかけずに裁判遅延を起こさず裁判を進めろと言う。
このあとは、法廷シーンも含めて、あれよあれよとコナリーのストーリーテリングに乗せられて結末まで一気に、という次第ですが、いやあ、面白かったですね。
タイトルの意味は、ストーリーをわってしまいかねないので色を変えておきますが、
「何者かが正義を待てないと判断し、自分自身の評決を届けたんだ。おれがパトロール警官をしていたころ単純な路上の正義、つまり、自警行為が殺人にいたってしまったものをわれわれがなんと呼んでいたか知ってるかい?」(下巻363ページ)
ということで、「法廷ミステリというよりは、リーガルサスペンスである」と言いたくなるようなプロットに関係します。
コナリーも未読本が溜まっているので、がんばって読み進めたいです。
原題:The Brass Verdict
作者:Michael Connelly
刊行:2008年
訳者:古沢嘉通
<2024.1追記>
タイトルを、判決破棄としてしまっておりました。訂正しています。
証言拒否 リンカーン弁護士 [海外の作家 マイクル・コナリー]
<カバー裏あらすじ>
ローン未払いを理由に家を差し押さえられたシングルマザーが、大手銀行副社長撲殺の容疑で逮捕された。彼女は仲間を募って銀行の違法性に抗議するデモを繰り返す有名人。高級車リンカーンを事務所代わりに金を稼ぐ、ロスきっての人気弁護士ミッキー・ハラーは社会的注目を集める容疑者の弁護に乗り出す。 <上巻>
わたしはやってない! 裁判で無実をひたすら訴える容疑者。検察側、弁護側ともに決定的な証拠を欠き、勝敗は五分と五分。住宅差し押さえ代行に絡む莫大な金をめぐり人間たちの欲も蠢く。裁判妨害、血痕、身長差……。刻々と変わる法廷劇の結末は? 名手コナリーの技に脱帽。圧巻のリーガル・サスペンス!! <下巻>
2022年4月に読んだ最初の本です。
「リンカーン弁護士」(上) (下) (講談社文庫)(ブログの感想ページへのリンクはこちら)
「真鍮の評決 リンカーン弁護士」 (上) (下) (講談社文庫)
「判決破棄 リンカーン弁護士」(上) (下) (講談社文庫)(ブログの感想ページへのリンクはこちら)
に続く、シリーズ第4作です。
ふたたび弁護側となった弁護士ミッキー・ハラーが担当するのはローン訴訟の原告であるシングルマザー、リサ・トランメルが罪に問われた銀行員殺害事件。
もともとの住宅ローンをめぐる訴訟を担当していたハラーが、行きがかり上?殺人事件の弁護も引き受けることに。この被告リサが、面倒な人物だったことがポイントです。
圧倒的に不利な状況で、さらに自分勝手な依頼人。
今回ミッキーが取る弁護方針は早い段階で示されていまして、被告人以外に犯人がいることを示唆するというもので、キーとなるのは原題にもなっている五番目の証人(The Fifth Witness)。
この The Fifth Witness にはもう一つ意味がかけてあり、そちらはある意味ネタバレになりかねないもので、邦題の基礎となり、物語終盤近くには明かされるのですが、念のため字の色を変えておきます。
それは、自己に不利な証言を強要されないという合衆国憲法修正第5条に基づき証言を拒否する証人で、事態が明らかになってから、ハラーは検察から「証言拒否をさせられるための証人(フィフスウィットネス)」と糾弾されます。(369ページ)
これは別にマイクル・コナリーの専売特許というわけではありませんが、非常に効果的に使われています。
裁判が終わり、ある出来事が起こります。
それは物語全体の構図としてみると正しいありさまだと思えるのですが、同時に付け足しのような、蛇足のような気もします。
とはいえ、その後ハラーは大きな決断をしますので、シリーズ的には意義あるエピソードといえるかもしれません。
<蛇足1>
「当時、住宅市場は強含みで、抵当商品は豊富にあり、容易に手に入った。」(上巻27ページ)
ここのところ、ちょっとわかりにくい日本語になっていると思います。銀行や金融関係の英語は、商慣行が違うので、日本語にしにくいですよね。
ここでいう抵当商品は、日本風に言うとすれば住宅ローンのことですから、
「当時、住宅市場は強含みで、(さまざまなタイプの)住宅ローンがいくらでも組める(借りられる)環境にあった」
くらいでしょうか?
<蛇足2>
「最後の書類は、弁護人が最初に支払いを受けるよう、そうした取引で金銭が生じた場合の先取(せんしゅ)優先権を保証するためのものだ」(上巻56ページ)
「せんしゅ」とルビが振ってあるのですが、日本の法律用語では「さきどり」と読むのではないかと思われます。
日本とは法律が違いますから、区別のためわざとかもしれませんが。
<蛇足3>
「じゃあ、ほかに飲みたいものがあれば言ってくれ。もっと牛乳を飲むか?」
「いえ、けっこう」(上巻139ページ)
14歳の娘が父親に答えるセリフとは思えないですね(笑)、「いえ、けっこう」。
<蛇足4>
「マシュー・マコノヒーを起用しようと考えていたんだ。彼はすばらしい役者だ。だが、きみは自分の役をだれができると思うね?」(上巻238ページ)
ハラーが映画のプロデューサーから聞かれます。
こういう楽屋落ちのギャグがでてくるとは。
<蛇足5>
「ティワナ一帯やその先の南にはウェスタン・ユニオン銀行の支店がうじゃうじゃあるのを知っていた。」(上巻248ページ)
ウェスタン・ユニオンは銀行ではありませんが、日本ではわかりにくいので銀行として訳したのでしょうね。
<蛇足6>
「彼は六十歳になろうとしているのに白髪がない。TVカメラ用に染めたのだ。」(上巻424ページ)
といったすぐ後で、本人が現在五十六歳と証言します。
五十六歳で既に「六十歳になろうとしている」と言われてしまうのですね......
原題:The Fifth Witness
作者:Michael Connelly
刊行:2011年
訳者:古沢嘉通
判決破棄 リンカーン弁護士 [海外の作家 マイクル・コナリー]
<裏表紙あらすじ>
24年前の少女殺害事件に対して出された有罪判決破棄および差し戻し。DNA鑑定で被害者のワンピースについていた精液が服役囚とは別人のものだとわかったのだ。刑事弁護士ミッキー・ハラーは、ロサンジェルス郡地区検事長の要請で特別検察官として勝算皆無の再審を引き受ける。息詰まる法廷劇が始まった! <上巻>
無罪を訴える服役囚が犯人であることを確信して、ボッシュ刑事は調査員としてハラーのチームに加わり、新たな証人を見つけ出す。少女が連れ去られる瞬間を目撃していた姉の劇的な証言。保釈後、夜な夜なひとりで公園にたたずむ服役囚。冤罪か有罪か。殺害は偶発か計画的犯行か。思いがけない顛末が待つ! <下巻>
「リンカーン弁護士」(上) (下) (講談社文庫)(ブログの感想ページへのリンクはこちら)
「真鍮の評決 リンカーン弁護士」 (上) (下) (講談社文庫)
に続く、シリーズ第3作です。
第2作「真鍮の評決 リンカーン弁護士」 (上) (下) は感想を書けていません。
この第3作では、リンカーン弁護士:ミッキー・ハラーがハリー・ボッシュと共演します。
今回ミッキーは、検察側に!
不利な裁判の準備を元妻マギーと進めるミッキーのパートと、証人探しをするボッシュのパートが交互につづられていきます。
扱うのは、24年前の事件の再審。
アメリカは陪審制で、予断のない陪審員を選ばないといけない。
再審事件であることが知れると、それが予断となるので、再審であることを知らない人を選ぶ.....
本当ですか!? これは大変ですね。
だって、再審事件って、結構ニュースで騒がれると思うんですけどね......
なので、裁判の進め方もかなり特殊な感じがしましたね。
以前の裁判や証拠を尋問(証言?)をどう扱うのか、なかなか興味深い。
再審が認められたということは、直感的に弁護側に有利な状況とも思われるのですが、ミッキー率いる検察側と、弁護側双方の戦術が危なっかしい、というか、博打っぽいものなのも興味深い。
これはドキドキしますねぇ。
双方にとってキーになるのが、被害者の姉セーラの証言。当時十三歳。
ここをめがけて双方が博打を打つ構図です。
特に主人公サイド、ミッキー側のやり方は、最初は地に足のついた感じである一方決め手に欠けるオーソドックスなものだったと思われるのですが、だんだん型破りというか掟破りなものになっていく。
ここにボッシュが絡んで、なかなか読者にもそのやり方がわからないものになっているのがポイントですね。
しかしなぁ、こんな方法よく判事が認めたなぁ。いや、認めたわけじゃないんでしょうけれど(笑)。
さらに裁判の行方がとんでもない方向へ行ってしまって、法廷ミステリを期待した人は不満を抱くかもしれませんね。でも、広い意味のリーガル・サスペンス、エンターテイメントとしては見処の多い展開だと思いました。
ミッキーとマギーの仲って、どうなるんでしょうね? どうもならないのかな??
<蛇足>
「自分の鍵は持っているな?」
「持っとるわい!」(137ページ)
ボッシュと娘の会話なんですが、14歳の娘が、「持っとるわい!」なんて言うかなぁ??
原題:The Reversal
作者:Michael Connelly
刊行:2010年
訳者:古沢嘉通
ナイン・ドラゴンズ [海外の作家 マイクル・コナリー]
<カバー裏あらすじ>
かつて暴動が起きたエリアで酒店を営む中国人が銃殺された。ロス市警本部殺人事件特捜班のボッシュは、事件の背後に中国系犯罪組織・三合会(トライアッド)が存在することをつきとめる。報復を恐れず追うボッシュの前に現れる強力な容疑者。その身柄を拘束した直後、香港に住むボッシュの娘が監禁されている映像が届く。<上巻>
娘を助け出すべく香港に飛んだボッシュは、前妻と彼女の同僚の力を借りて街中を血眼で探し回る。監禁映像の背景にあったのは九龍(カオルン)半島の繁華街、尖沙咀(チム・サー・チヨイ)であることが判明。しかしボッシュの人生最大にして、最悪の悲劇が起こる。娘は救えるのか?裏で糸を引いているのは誰だ。コナリー作品、成熟の極み!<下巻>
前作「スケアクロウ」(上) (下) (講談社文庫)(ブログの感想ページへのリンクはこちら)は新聞記者であるジャック・マカヴォイを主人公にした作品でしたが、マイクル・コナリー21作目のこの「ナイン・ドラゴンズ」(上) (下) (講談社文庫)は、看板シリーズであるハリー・ボッシュものです。
タイトルからして、香港が舞台になるのだな、と思い、あれれ? ハリー・ボッシュ香港に行くのか、休暇でも取るのかな? でもハリー・ボッシュが休暇を取るなんて考えられないな、と思っていたら、香港が舞台というのは当たっていましたが、それ以外は大外れでしたね。
あらすじに書いてしまってあるので明かしてしまいますが、ボッシュの娘が香港にいて誘拐されるのですね。
(なお、ボッシュは以前にも休みをとって娘に会いに香港にも行っていたようですね......子煩悩?)
『ナイン・ドラゴンズ』は形にするまで長い時間がかかった。ハリー・ボッシュの人生という旅において極めて重要な物語である。わたしにしてはいつもよりアクション多めの本であるだけでなく、(中略)人物造形に大きく重点を置いた物語でもある。
--マイクル・コナリー(「わたしが『ナイン・ドラゴンズ』を書いた理由(わけ)」より)
と帯に書かれているように、ハリー・ボッシュシリーズとしてはかなり大きなポイントとなる作品となっています。
ハリーを襲う運命の過酷さにも震える思いです。
また、確かにアクションも多く、いろいろと楽しみどころ、読みどころの多い作品です。
でもね、と否定的なことを書いてしまいますが、ミステリとして見た場合、ちょっとどうかな、と思いました。
まず、物語の根底に横たわる大きな大きな偶然の要素。
かなり致命的な偶然ではなかろうかと思います。
また、肝心の(?) 香港での捜索行があまりにもラッキー。さほど苦労せずに(強烈なアクションシーンはありますが)見つかります。
元FBI捜査官の妻やその恋人の用心棒が手伝ってくれるので徒手空拳ではありませんが、三十九時間という限られた時間で見つかってしまうというのは少々運が良すぎる、というものでしょう。
香港での捜索行は写真を手がかりに娘の居所を探し出すというものですが、遠い昔に読んだ草野唯雄の「見知らぬ顔の女」 (角川文庫)と同じ趣向だなぁ、と思いながら読んでいました(脱線しますが、「見知らぬ顔の女」は最初に発表された時のタイトルが「大東京午前二時」というらしく、なかなかかっこいいいな、改題しなけりゃよかったのにな、なんて思いました)。
おもしろい趣向なのですが、同時にこの部分、ものすごくボッシュ達が幸運にみえるところでもあります......ラボで分析するところはかなりわくわくしたんですが......香港に行ってからがねぇ。
ボッシュ達が運がいいといえば、ラストの犯人をおいつめる取り調べのシーンもそうです。
マイクル・コナリーの作品らしいジェットコースター・サスペンスで、ドキドキワクワクして読み進むことができ、とてもおもしろかったのですが、ミステリとしてはちょっとボッシュに運が味方をしすぎているのでちょっと残念です。
<蛇足1>
「なぜ百八ドルなんだ? 守料に税金を乗せているのか?」(上巻68ページ)
守料(もりりょう)がわかりませんでした。みかじめ料のことなんですね。
<蛇足2>
空港の入国審査のシーンで、係官を「審査員」(202ページ)と訳してありました。
確かに入国審査というのですから、係官は審査員でおかしくないのでしょうが、なんとなく違和感がありました。
日本での呼称を調べてみたら入国審査官と書いてありますから、員と官で印象が違う気もしますが、審査員で正しいのですね。
原題:The Scarecrow
作者:Michael Connelly
刊行:2009年
訳者:古沢嘉通
スケアクロウ [海外の作家 マイクル・コナリー]
<裏表紙あらすじ>
人員整理のため二週間後に解雇されることになったLAタイムズの記者マカヴォイは、ロス南部の貧困地区で起こった「ストリッパートランク詰め殺人」で逮捕された少年が冤罪である可能性に気づく。スクープを予感し取材する彼を「農場(ファーム)」から監視するのは案山子(スケアクロウ)。コナリー史上もっとも不気味な殺人犯登場!<上巻>
有能な犯罪心理分析者レイチェルが導き出した案山子(スケアクロウ)の人物像は、女性の下肢装具に性的興奮を覚える倒錯者(アベイショフィリア)。マカヴォイは、情報強者の案山子が張り巡らした幾重もの危険な罠をどうやってかいくぐるのか? 大スクープのゆくえは? 巧妙なストーリー展開で、読む者を一瞬も飽きさせない究極の犯罪小説!<下巻>
マイクル・コナリーの作品は、以前感想を書いた「死角 オーバールック」 (講談社文庫)(感想ページへのリンクはこちら)のあと、リンカーン弁護士シリーズの「真鍮の評決 リンカーン弁護士」(上) (下) (講談社文庫)を読んでいますが、感想を書けないままです。
この「スケアクロウ」(上) (下) (講談社文庫)は、ボッシュ・シリーズでも、リンカーン弁護士シリーズでもなく、新聞記者であるジャック・マカヴォイを主人公にした作品です。
ジャック・マカヴォイは「ザ・ポエット」〈上〉 〈下〉 (扶桑社ミステリー)以来の登場です。
「ザ・ポエット」が出版されたのが1996年、「スケアクロウ」は2009年ですから、13年ぶりの登場、ということになります。
「ザ・ポエット」の内容はちっとも覚えていないのですが、そんなことは心配無用、「スケアクロウ」の世界にすっと入り込むことができました。
しかし、いきなり解雇宣告を受けるというのですから、マカヴォイもたいへんですね。
しかもネット事情にも詳しい後任の若い女性記者アンジェラの教育係までやらされる。と思っていたら、このアンジェラがなかなか食えないやつで、抜け目なくマカヴォイを出し抜き、のしていこうとするような...
ストーリーは、マカヴォイの視点と、犯人であるスケアクロウの視点で交互につづられます。
ネットを自由に動き回り種々システムを自在にあやつるスケアクロウに対して、かなりのアナログぶりを発揮するマカヴォイとの対決、というわけですが、こんなの勝負にならないよというレベルのスケアクロウの攻め込みぶりに嘆いていると、マカヴォイのところにはFBIのレイチェルが現れて対決ものの構図がしっかり整う、という流れです。
それでも、まだまだスケアクロウの方が優勢に思える、というのがこの種のお話では定番で、この作品も同じで、そこからどうやってマカヴォイたちが巻き返していくのかがポイントになります。
巻き返すきっかけというのが、スケアクロウ・サイドのミス、というのがちょっと惜しいところだと読んでいる途中は思っていたのですが、読後振り返って考えてみると、確かに安直なミスもあるものの、もともとスケアクロウの戦術がカウンターアタック型であることに鑑みると、当然の結果とも言え、むしろマカヴォイの方が幸運に恵まれているのが気になってきました...
スケアクロウの視点部分が効果的に挿入されますので、この連続殺人犯の不気味さが強調されていますので、これくらいマカヴォイ・サイドにハンデが必要だったのかもしれません。
どのシリーズでも、マイクル・コナリーの作品はジェットコースター・サスペンスで、充実の読書を保証してくれるのですが、この「スケアクロウ」も夢中で読みました。
1. 「ナイトホークス」〈上〉 〈下〉 (扶桑社ミステリー)
2. 「ブラック・アイス」 (扶桑社ミステリー)
3. 「ブラック・ハート」〈上〉 〈下〉 (扶桑社ミステリー)
4. 「ラスト・コヨーテ」〈上〉 〈下〉 (扶桑社ミステリー)
5. 「ザ・ポエット」〈上〉 〈下〉 (扶桑社ミステリー)
6. 「トランク・ミュージック」〈上〉 〈下〉 (扶桑社ミステリー)
7. 「わが心臓の痛み」〈上〉 〈下〉 (扶桑社ミステリー)
8. 「エンジェルズ・フライト」〈上〉 〈下〉 (扶桑社ミステリー)
9. 「バッドラック・ムーン」〈上〉 〈下〉 (講談社文庫)
10. 「夜より暗き闇」(上) (下) (講談社文庫)
11. 「シティ・オブ・ボーンズ」 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
12. 「チェイシング・リリー」 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
13. 「暗く聖なる夜」(上) (下) (講談社文庫)
14. 「天使と罪の街」(上) (下) (講談社文庫)
15. 「終決者たち」(上) (下) (講談社文庫)
16. 「リンカーン弁護士」(上) (下) (講談社文庫)
17. 「エコー・パーク」(上) (下) (講談社文庫)
18. 「死角 オーバールック」 (講談社文庫)
19. 「真鍮の評決 リンカーン弁護士」 (上) (下) (講談社文庫)
20. 「スケアクロウ」(上) (下) (講談社文庫)
ここまでの20作品、個人的にはハズレなし、でした。今のところ翻訳されている残りの以下の作品も、きっとハズレなしでしょう。
21. 「ナイン・ドラゴンズ」(上) (下) (講談社文庫)
22. 「判決破棄 リンカーン弁護士」(上) (下) (講談社文庫)
23. 「証言拒否 リンカーン弁護士」(上) (下)(講談社文庫)
24. 「転落の街」(上) (下)(講談社文庫)
25. 「ブラックボックス」(上) (下) (講談社文庫)
26. 「罪責の神々 リンカーン弁護士」(上) (下)(講談社文庫)
27. 「燃える部屋」(上) (下) (講談社文庫)
<蛇足1>
「状況を鑑みて自分で答えを見つけだせるくらいの頭はレスターにある、と踏んだ」(68ページ)
ここにも、「~を鑑みて」が。あ~、がっかり。
<蛇足2>
「一年まえ、リンカーン・タウンカーの後部座席を事務所代わりにして働いている弁護士を取り上げた記事を連載したことがある」(44ページ)
とさらっとリンカーン弁護士が取り上げられていて、にやりとしました。
原題:The Scarecrow
作者:Michael Connelly
刊行:2009年
訳者:古沢嘉通
死角 オーバールック [海外の作家 マイクル・コナリー]
<裏表紙あらすじ>
深夜、ロスの展望台で発見された男の射殺体。後頭部に二発。怨恨か処刑か――。殺人事件特捜班での初仕事に意気込むボッシュだが、テロリストが関与している可能性が浮上。FBIの捜査介入に阻まれながらも、ボッシュはひたすら犯人を追う。十二時間の緊迫の捜査を描く、スピード感溢れる傑作サスペンス。
シリーズ第13弾となる本書「死角 オーバールック」 は、シリーズ1 の異色作だと思います。
まずもって、本が薄い! (笑)
上下本ではなく1巻本で、400ページ以下。海外ミステリのなかではかなり短い長編です。
次に、あらすじにも書いてありますが、物語の中で流れる時間が、わずかに12時間ちょっとであること。
「コナリー版『24 ―― Twenty Four』の評もある」と訳者あとがきに書かれていますが、緊密な時が流れています。
そして、もともとは新聞連載であったということ。ニューヨーク・タイムズ・マガジン(日曜発行)で16回分載だったらしいです。
海外で(新聞)連載って、最近では珍しいですよね。おもしろいなと思ったのは、連載だから短くなっている、ということでしょうか。日本の場合、連載物はだらだらと(失礼!)長くなってしまっているケースが多いように思われるのですが、逆なんですね。
単行本にあたって書き直しを行い、最終的には三割前後分量が増えたとのことですが、1回三千語という制約のもと書いていたそうです。
連載物だと、切れ目切れ目で毎回山場を作るのが大変だったでしょうね。そこはコナリー、難なくこなしていますが。
ボッシュは、前作「エコー・パーク」(上) (下) (講談社文庫) (ブログの感想へのリンクはこちら)のあと、未解決事件捜査班から殺人事件特捜班へ異動しています。
普通の刑事に戻ったわけですね。
事件の方は、被害者が医学物理士で、放射性物質を扱う職業であったため、セシウム放射性物質をめぐるテロのおそれがあるとやらでFBIが介入してきます。なかなか派手でいいです。
おお、FBIの介入。アメリカにおける警察小説の定番中の定番ではありませんか。ボッシュも何度も経験していますね。
いつも通り、そして読者の期待通り、ボッシュは突っ張ってくれます。ちょっと突っ張り過ぎかなぁ、とも思うところもありますが、まあ、それでこそボッシュということで。
目まぐるしくスピーディーにストーリーは展開し、ラストの意外な解決まで(ミステリ好きにはわりと見抜きやすい真相ではありますが)一気に突っ走ります。
この勢いを楽しんでください。
エコー・パーク [海外の作家 マイクル・コナリー]
<裏表紙あらすじ>
ロサンジェルスのエコー・パーク地区で、女性二人のバラバラ死体を車に乗せていた男が逮捕された。容疑者は司法取引を申し出て、死刑免除を条件に過去九件の殺人も自供するという。男の口から語られるおぞましき犯罪。その中に未解決事件班のボッシュが長年追い続ける、若い女性の失踪事件も含まれていた。 <上巻>
ボッシュが探り続ける未解決事件は、ホシとにらむ男とは別人が自供した。初動捜査のミスも浮上し、苦悶するボッシュ。さらにパートナーのライダー刑事に悲劇が襲う。事件が急展開を見せるなか、自宅待機を命じられた彼はFBI捜査官レイチェルとともに動き出すが……。警察小説の頂点に君臨する傑作シリーズ。 <下巻>
前回マイクル・コナリーの作品をとりあげたのは「リンカーン弁護士」(上)(下) (講談社文庫)(ブログへのリンクはこちら)でしたが、今回は、看板シリーズであるハリー・ボッシュものです。
「ナイトホークス」〈上〉 〈下〉 (扶桑社ミステリー)
「ブラック・アイス」 (扶桑社ミステリー)
「ブラック・ハート」〈上〉 〈下〉 (扶桑社ミステリー)
「ラスト・コヨーテ」〈上〉 〈下〉 (扶桑社ミステリー)
「トランク・ミュージック」〈上〉 〈下〉 (扶桑社ミステリー)
「エンジェルズ・フライト」〈上〉 〈下〉 (扶桑社ミステリー)
「夜より暗き闇」 (上) (下) (講談社文庫)
「シティ・オブ・ボーンズ」 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
「暗く聖なる夜」 (上) (下) (講談社文庫)
「天使と罪の街」 (上) (下) (講談社文庫)
「終決者たち」 (上) (下) (講談社文庫)
と、こうして並べてみるとこのシリーズもいっぱい出ていますね。次の「死角 オーバールック」 (講談社文庫)まで翻訳されています。
ジャンル分けすると、ハードボイルドとか警察小説とかになるのだろうと思いますが、このシリーズはミステリとして見た場合のプロットや事件の構図がきちんと考えられている点がいちばん気に入っているポイントです。
「西のコナリー、東のディーヴァー」なんて呼ぶ人もいるみたいですね。
この作品は、その構図がちょっと見通しやすくって、シリーズ最高作とはいえないとは思いますが、それでもさすがはコナリーというか、余裕の出来栄えで、充実した作品だと思います。
ライダー刑事を見舞う悲劇のエピソードは、ちょっとそんなことしなくてもいいじゃないか、とコナリーに文句を言いたいところですが、そこからの怒涛のような展開は、堪能してしまいました。
ボッシュの苦悩(? 屈折?)がシリーズ中でも色濃く出ているのも特徴だと思います。
安心して手に取れる、信頼印のシリーズです。
リンカーン弁護士 [海外の作家 マイクル・コナリー]
<裏表紙あらすじ>
高級車の後部座席を事務所代わりにロサンジェルスを駆け巡り、細かく報酬を稼ぐ刑事弁護士ミッキー・ハラー。収入は苦しく誇れる地位もない。そんな彼に暴行容疑で逮捕された資産家の息子から弁護依頼が舞い込んだ。久々の儲け話に意気込むハラーだが……警察小説の名手が挑む迫真のリーガル・サスペンス。 <上巻>
多額の報酬が約束された事件を調べるハラーは、かつて弁護を手がけたある裁判へと辿りつく。もしかしたら自分は無実の人間を重罰に追いやってしまったのではないか。思い悩む彼の周囲に、さらに恐るべき魔手が迫る。絶体絶命の状況下で法廷に挑む彼に勝算はあるか? コナリーワールドの新境地を拓く意欲作。 <下巻>
「このミステリーがすごい! 2010年版」第10位、週刊文春ミステリーベスト10第9位の作品です。
「ナイトホークス」〈上〉 〈下〉 (扶桑社ミステリー)ではじまるボッシュ・シリーズで有名な作者がはじめた新シリーズです。
なんとリーガル・サスペンス。
マイクル・コナリーがリーガル・サスペンス!? と思いましたが、さすがはマイクル・コナリー、とってもおもしろい一級品に仕上がっています。
なによりも、必要なところに必要な登場人物がぴたりと配置されていて、それでいてそのそれぞれの登場人物が作者の操り人形のような駒としてプロットの必要性のためだけにいるのではなく、ちゃんと普通に(自然に?)行動しているようになっているところが素晴らしい。
下巻で展開される主人公の法廷戦術も、あまたの登場人物像に合致するものです。かなりの綱渡りですが、納得させられました。
そもそも主人公のハラーが、「いい人」という造型ではなく、欠点もあるかたち-というか欠点だらけ?-になっているのが好感度大。金のために割り切って、というスタートがいい効果をあげていると思いました。この主人公がどう変わっていくか、あるいは変わっていかないのか、に注目して読むのも楽しいかも。
ミステリー的には、不穏な依頼人、というのが大きなポイントなのですが、真相を追うハラーにどーんと迫ってきて、いったいどうやってこの窮地(?)から抜け出すのか、ハラハラできます。ミステリー的な要素とサスペンスがうまく不可分に絡まっていて、さすがコナリーだなぁ、と。
振り返ってみると、展開や真相が、典型的なハードボイルドのスタイルに沿っているように思えました。かっこいい。
映画化もされていますので、映画もたのしみかも。