君の隣に [日本の作家 本多孝好]
<カバー裏あらすじ>
孤独な少女・翼と、風俗店「ピーチドロップス」のオーナーで大学生の早瀬。二人をつなぐ“大切な人”が姿を消して以来、同業の女の子が行方不明になる事件が界隈で相次ぐ。常連客、担任教師、元警察官――寂しさを抱えた人々が交錯する場所にかけられた、残酷な魔法とは。切ない余韻が迫る、傑作ミステリー。
2021年9月に読んだ4冊目の本です。
この文庫本の表紙の絵がとてもいいですね。
丹地陽子という方が描かれたようですが、僕が本多孝好の本を読んで抱くイメージに非常に近いです。
Amazon から引っ張ってきている上の書影ではあまりよくわからないかもしれませんが、おそらく車の中から外を見て切り取った、という感じの絵になっていまして、おそらく車の窓に反射した明かりが映っています。
このワン・クッションを置いた感じは、常に本多孝好の作品から受ける印象です。
そしてこの手触りが非常にいい。色合いもまた似つかわしい。
他の作品の絵もこの方に書いてみてもらいたいです。
あと一つ、この絵で惹かれたのは、小さく薄く書かれているのでわかりにくいのですが、
Takayoshi Honda
The place I belong
と書かれていること。
タイトル「君の隣に」を英訳すると、The place I belong (ぼくの居場所、直訳すると私の属する場所)になるんですね。ちょっと意訳が入っていて素敵です。
このタイトルは、物語の最後も最後、389ページ以降に出てくるやりとりから来ていますね。
「これからどうするんです?」
「これから、どうするか、か」「僕はしかるべき場所に帰るよ」
「しかるべき場所?」
「うん。最後にはその場所に帰っている。不思議なくらいに。そういう場所が誰にでもあるんだと思う」(389ページ)
残念なのは、レーベルである講談社文庫が本多孝好に与えたカラーが赤ということ......
このカバー絵のように寒色系が似合うと思うのですが。
さて、物語は、風俗店(デリヘル)を舞台に進んでいきます。
章ごとに視点人物が変わっていく、という構成をとっていまして、話のつながりがわからないので最初の数話は手探りです。
そのうちおぼろげにつながりが予想できるようになり、次第次第に作者の用意した絵が見えてくる......
舞台が舞台ですし、扱われているのがシリアル・キラーですから、非常に酷いことが起こります。
残酷といってもよい。
「夏の夜、喉の渇きを覚えてベッドから起き上がり、キッチンへ向かう。明かりをつけたとき、不意に壁に張りついていたゴキブリと目が合う。それと同じだ。殺したくなんてない。出会わずに済むなら、それが一番良かった。が、出会ってしまった。だとすれば、殺すしかない。一度殺せば、あんただって探すだろう? 二匹目、三匹目がそこにいないか。戸棚の陰、冷蔵庫の裏、机の下。探すだろう? 探して見つけたら、やっぱり殺すだろう?」(278ページ)
こんな恐ろしい独白がさらっと出てきたりもします。
でも、そこは本多孝好の魔術というか、そういう残酷な境遇の人に寄り添う柔らかな視線に乗せられて、絵を見つめることになります。
本多孝好の最良作と比べると、ちょっと人と人とのつながり具合が、ぎくしゃくしているところもあるのですが、この絵を観ることができてよかったな、と思えました。
タグ:本多孝好
dele 2 [日本の作家 本多孝好]
<裏表紙あらすじ>
『dele.LIFE』(ディーリー・ドット・ライフ)は依頼人が死んだときに動き出す。託された秘密のデータを削除するのが、この会社の仕事だ。所長の圭司の指示を受け依頼人の死亡確認をする祐太郎は、この世と繋がる一筋の縁を切るような仕事に、いまだ割り切れないものを感じていた。ある日祐太郎の妹・鈴が通っていた大学病院の元教授から依頼が舞い込む。新薬の治験中に死んだ鈴。その真相に2人は近づくが……記憶と記録をめぐるミステリ、待望の第2弾。
「dele」 (角川文庫)(感想ページはこちら)につづくシリーズ第2弾です。
この「dele2」 (角川文庫)のエンディング、まるでシリーズ完結みたいな感じだったんです。「dele3」 (角川文庫)がすでに出ているので、シリーズが続いていくことについては安心できたのですが。
「アンチェインド・メロディ」
「ファントム・ガールズ」
「チェイシング・シャドウズ」
の3編収録の連作短編集です。
「アンチェインド・メロディ」の依頼者が削除してほしかったものは楽曲データ。依頼者の弟が売れてるバンド「コリジョン・ディテクション」のギター&ボーカルの横田宗介で、データは「コリジョン・ディテクション」の曲のものだった。
最後に圭司が解き明かす真相を、いいな、いい話だなと思ったのですが、いま考えるといい話と思ったのは間違い、いい話と思ってはいけない話なのかもしれませんね。
ミステリとして派手に仕立てることも可能なプロットですが、さらっとこういう形に落とし込んであるのは、やはり本多孝好ならではですね。
「ファントム・ガールズ」は事務所に女子中学生ナナミが乗り込んでくるところから始まります(厳密には乗り込んでくる少し前から、ですが)。ナナミは、今回の依頼人波多野愛莉(24歳)の隣人で、唯一の友人だった、と。
愛莉が消したかったのは何か、ナナミはそれとどう関係があるのか、などはエチケットとして触れません。
この作品60ページほどなのですが、話の展開が見事です。
コンパクトに、テンポよく、淀みなく、話が進んでいって、ああ本多孝好いいなぁ、と思える着地にたどりつきます。
最後の「チェイシング・シャドウズ」は本書の半分以上を占める中編で、言ってみれば、祐太郎自身の事案。
そしてこの事案は、祐太郎と『dele.LIFE』の、そして祐太郎と圭司の関係を変容させてしまう......
この作品もド派手な展開に持ち込むことが可能なプロットなのですが、非常に落ち着いた、静謐、とでも呼びたくなるような雰囲気を湛えています。
祐太郎のたどり着く境地こそが本多孝好を読む楽しみなんだと思えますが、同時にとても淋しい気持ちにもなります。淋しいけれど、決して嫌な感覚ではない。
このあと、どうやって「dele3」 (角川文庫)が成立するのか見当もつきませんが、とてもとても楽しみです。
MEMORY [日本の作家 本多孝好]
<裏表紙あらすじ>
葬儀店のひとり娘に産まれた森野、そして文房具店の息子である神田。同じ商店街で幼馴染みとしてふたりは育った。中学三年のとき、森野が教師に怪我を負わせて学校に来なくなった。事件の真相はどうだったのか。ふたりと関わった人たちの眼差しを通じて、次第に明らかになる。ふたりの間に流れた時間、共有した想い出、すれ違った思い……。大切な記憶と素敵な未来を優しく包みこんだ珠玉の連作集。
このあらすじ、書きすぎだなぁ......
さておき、この本、出ていることを完全に見逃していて、今年に入って気づいて慌てて買ったものです。本多孝好の本なら、絶対、ですから。
とか言いながら、うかつなことに、
「MOMENT」 (集英社文庫)
「WILL」 (集英社文庫)
に続く連作短編集だということに、この感想を書く時点まで気づいていませんでした。
タイトルの付け方、というか、佇まいというかが、「MOMENT」 や「WILL」 に似てるなぁ、出版社もみんな集英社だしなぁ、と思っていながら......耄碌してきました。
シリーズ、というわけではありませんが、登場人物やエピソードが共通している部分があるそうです(もう前の2冊をすっかり忘れてしまっているし、現物も手元にはないので、確認できません...)。
だから、かもしれませんが、きわめて本多孝好らしい作品になっており、手触りというか雰囲気がなんだか懐かしかったですね。
いつもながら、うまいなぁ、と本多孝好には感心するのですが、この作品もそうです。
森野、神田というのが主役級の人物なのですが、この「MEMORY」 (集英社文庫)では脇役なんですよね。
いや、この説明は違いますね。
彼らは視点人物にはならないので、主役ではないように思えますが、脇から眺められるだけで、主役は森野と神田だと思いました。
もちろん、エピソード、エピソードには視点人物がいて、彼らが主役なわけですが、すべてのエピソードを通して、森野と神田の物語が伝わるようになっている。
折々、森野や神田のセリフで語られる部分はあるものの、視点人物にならないのに、この二人の姿が、思いが、どれほどしっかりと浮き上がってくることか。
小説推理新人賞でデビューしたのに、ミステリ味がごくごく薄味だなぁ、というところですが、本多孝好はこれでいいんですよね。
タグ:本多孝好
dele [日本の作家 本多孝好]
<裏表紙あらすじ>
「死後、誰にも見られたくないデータを、その人に代わってデジタルデバイスから削除する」。それが『dele.LIFE』(ディーリー・ドット・ライフ)の仕事だ。淡々と依頼をこなす圭司に対し、新入りの祐太郎はどこか疑問を感じていた。詐欺の証拠、謎の写真、隠し金――。依頼人の秘密のデータを覗いてしまった2人は、思わぬ真相や事件に直面してゆく。死にゆく者が依頼に込めた想い。遺された者の胸に残る記憶。生と死、記録と記憶をめぐる、心震わすミステリ。
本多孝好の本を読むのは、「ストレイヤーズ・クロニクル」 ACT-1 、 ACT-2 、 ACT-3 (集英社文庫)(感想ページへのリンクはこちら)以来です。実に5年ぶり。
この「dele」 (角川文庫)は山田孝之、菅田将暉出演でドラマ化されたようですね。好評のようで、続編「dele2」 (角川文庫)も今年の6月に出ています。
ドラマ化された、という表現は正確ではないですね。詳細はドラマの方のHPで、金城一紀、本多孝好に山田プロデューサーの3人の対談(鼎談?)を見ていただくとして、アイデアの元を本多孝好が出して同時にドラマ化、小説化したみたいですね。
『本多孝好による小説版「dele」 「dele2」 ドラマとは異なるオリジナルストーリー』とも書かれています。
文庫本 の帯には「ドラマの原案・脚本を手掛けた著者自らによるオリジナル小説!」と。
おもしろい試みだと思います。
「ファースト・ハグ」
「シークレット・ガーデン」
「ストーカー・ブルース」
「ドールズ・ドリーム」
「ロスト・メモリーズ」
の5編収録の連作短編集です。
「死後、誰にも見られたくないデータを、その人に代わってデジタルデバイスから削除する」という仕事、確かにニーズありそうですよね。デジタル遺品、という語も割と目にするようになりましたし。
この作品集で気になったのは、いずれの話もわりとあっさりと、依頼人が見られたくないはずのデータを主人公たちが見てしまうことでしょうか。祐太郎(や圭司の姉)に引きずられて圭司も仕方なく、という流れには一応なっていますが、それにしてもさらっと見てしまいすぎな気がします。
もっともそうでないと、個人の想いに届くことがかなり難しくなるので、ストーリー要請上やむを得ないのだとは承知しても、気になるポイントですね。
ドラマは観ていませんが、この点どう処理していたのでしょうか?
各話それぞれ、本多孝好らしい話が展開しますが、一番の好みは「ドールズ・ドリーム」。
依頼人の家族が巻き起こす騒動(?) も取り入れてうまくストーリーが組み立てられていますし、データを祐太郎・圭司が覗き見たときのシーンも印象に残ります。依頼人の願いが浮かび上がってくるラストは、依頼人がするささやかな勘違い(?) も含めて納得感があります。連作的には、デジタル遺品の枠を拡げる作品、とも捉えることができるかもしれません。
ラストの「ロスト・メモリーズ」は、もっともミステリに近づいた作品だと思われますが、ミステリ定番のストーリーのその後を本多孝好テイストで描くものとして捉えることができ、なかなか興味深いです。
<蛇足1>
タイトルのdele。
英単語の delete から派生したものですね。
delete の発音を、どちらかというと「デリート」(「デュリート」に近いですが、日本語っぽく書くと「デリート」)という感じで覚えていたので、dele に「ディーリー」とふってあって「あれっ」と思ったりもしましたが、発音記号的には弱母音なのでデだろうと、デュだろうと、ディだろうと、どうとでも聞こえますね。多数派はディーリー(あるいはディリー)。今後気をつけるようにします!
<蛇足2>
「大手ゼネコンの大堂建設で取締役。その後、相談役まで務めた人だ。」(79ページ)
とあります。取締役、となっていますが、常務や専務までいったとすると常務取締役、専務取締役というでしょうから、平取止まりだったということでしょう。
これも会社によって違うかもしれませんが、平取が相談役になるって、通例なんでしょうか? 感覚的に相談役ってもっと偉くならないと就けないポジションではないかと思うんですが...
ストレイヤーズ・クロニクル [日本の作家 本多孝好]
<裏表紙側帯あらすじ>
驚異的なスピードで動く、遠距離の音も聞き分けられる、見たものすべてを記憶する――。常人とはかけ離れた能力を持つ昴、沙耶、隆二、良介。彼らは同じ施設で育った仲間で、特別な絆で結ばれていた。理由あって、大きな野心を抱く政治家・渡瀬浩一郎のために裏の仕事をしている。ある日、渡瀬から家出中の大物政治家の娘を追え、と命令される。目的は彼女が持ち出した秘密ファイル。謎の殺人集団「アゲハ」も絡み、彼らの運命は大きく動き出す。 〈ACT-1〉
運動能力、聴力、記憶力…に常人とはかけ離れた能力を持つ昴、沙耶、隆二、良介。政治家・渡瀬浩一郎のために裏の仕事をするなか、殺人集団アゲハの創造主である大学教授リムの来日を知る。リムに復讐したいアゲハと、「アゲハを狩れ」と命じられた昴。彼らのスリリングな攻防に、若きセキュリティー会社社長・神谷昌樹が仕掛ける“ゲーム”、アゲハに部下を殺された警備会社社長・井原卓の報復作戦が重なる。混乱を極める死闘を制するのは――! 〈ACT-2〉
運動能力、聴力、記憶力…に常人とはかけ離れた能力を持つ昴、沙耶、隆二、良介。仲間の亘を人質にとられ、政治家・渡瀬浩一郎のために裏の仕事をしていた。世間を賑わす殺人集団アゲハを捕まえろと命令を受けるが、攻防の中、彼らが同じプロジェクトの別ラインの能力者であることを知る。呪わしい宿命をかした渡瀬に復讐を遂げようとするアゲハ。恐るべき計画を始動させ、不要となった昴の命を狙う渡瀬。そして、亘を取り戻すために、渡瀬が潜む陸自の演習場に向かう昴。最後の熾烈な戦いの幕があがる――。 〈ACT-3〉
単行本3冊です。
表紙は、上の写真でわかるかもしれませんが、田島昭宇です。
2012年の4月から半年ごとに順に出版されたのですが、2013年4月に最終巻であるACT-3が出るのを待って、ACT-1 から ACT-3 まで一気に読みました。
本多孝好の作品は大好きで、ずっと読んでいます。
本多孝好といえば、小説推理新人賞を受賞したデビュー作「眠りの海」を収録した「MISSING」 (双葉文庫)をはじめとして「ALONE TOGETHER」 (双葉文庫)や、「MOMENT」 (集英社文庫)とその続編「WILL」 (集英社文庫)といった、動と静でいえば、明らかに静に属する作品のイメージが強いですが、この「ストレイヤーズ・クロニクル」シリーズはあらすじからもおわかりいただけるように、動。
さて、さて、どういう仕上がりになるのか、期待半分、不安半分で読みました。
常人とはかけ離れた能力を持つ、という設定なので、それを活かした戦闘シーンが見どころではあるのですが、それに加えて、持てる者の哀しみが描かれるところが日本風(?)。宮部みゆきの諸作や小野不由美の「屍鬼」〈1〉 〈2〉 〈3〉 〈4〉 〈5〉 (新潮文庫 文庫版はなんと5分冊なんですね)に共通するポイントです。派手なアクションが加わっても、このあたりはやはり本多孝好ですね。
ちょっとトリッキーなSF的な発想をベースにした、常人とかけ離れた能力を持つにいたった経緯と悪役・渡瀬の狙いがおもしろいですね。ああ、そっちを狙っていましたか、という感じ。このあたりはミステリとしてのミス・ディレクションの応用なのでしょうか?
また、物語のラストで主人公の昴が選ぶ選択、これって、いわゆる「セカイ系」に対する、本多孝好の一つの答えなのかもしれませんね。(いや、もちろん、「セカイ系」は答えを求めるような性格のものではないことは重々承知しておりますが、本多孝好なら「セカイ系」に触発されてこう処理してみせるんだ、という解釈は可能かと思います)
本多らしさは抑え気味ですが、じゅうぶんおもしろかったですね。
次回作にまた期待します。
<2015.06追記>
2015年の3月から5月にかけて、文庫化されました。
書影を追加しておきます。
タグ:本多孝好