阪堺電車177号の追憶 [日本の作家 山本巧次]
<カバー裏あらすじ>
大阪南部を走る路面電車、通称・阪堺(はんかい)電車。なかでも現役最古のモ161形177号は、大阪の街を85年間見つめつづけてきた……戦時下に運転士と乗客として出会ったふたりの女性の数奇な運命、バブル期に地上げ屋からたこ焼き店を守るべく奮闘するキャバクラ嬢たち、撮り鉄の大学生vsパパラッチvs第三の男の奇妙な対決……昭和8年から平成29年の現在まで、阪堺電車で働く人々、沿線住人が遭遇した事件を鮮やかに描く連作短篇集
2024年5月に読んだ4作目(5冊目)の本です。
山本巧次の「阪堺電車177号の追憶」 (ハヤカワ文庫 JA)。
手元にある文庫本の帯には、
「2018年大阪ほんま本対象受賞作」
と書かれています。
「大阪の本屋と問屋が選んだほんまに読んでほしい本!!」とのこと。
冒頭プロローグは、阪堺電車177号の独白。
85年間働いてきて廃車になるということで、思いを馳せる。
その後、第一章、第二章と、冒頭に177号の独白のあと、乗客たちの、あるいは沿線の出来事がつづられる。
そしてエピローグでは、いよいよ阪堺電車が引退し......という流れ。
なので、「阪堺電車177号の追憶」というわけなんですが、各章のエピソード、どう考えても阪堺電車が回想できる内容ではないものが多く(決められた軌道上を走る路面電車では到底知りえないことまで語られるので)、この枠組み自体に無理があるな、と。
自らの経験を、阪堺電車に乗ったときに同乗した知り合いに話したのだ、という解釈はぎりぎり可能かもしれませんが、いくら大阪の人たちが電車の中での話が好きとはいっても(この点、実際に大阪に行って電車に利用すると実感できると思います。東京対比電車の中の会話の量がとても多く、ボリュームも大きいです)無理がありますし、話の内容的にも電車ではしないだろうな、と思えるものがありますので。
この点を置いておくととても快調で、楽しく読めました。
「第一章 二階の手拭い 昭和八年四月」は、阪堺電車の車窓から見える質屋の二階の欄干に干してある手拭いの謎を車掌辻原が追いかけます。いつも白い手拭いなのに、時折柄物に変えられている。
この手拭いの狙いは容易に想像がつくと思いますが、その奥の物語が用意されているのがポイント。
「第二章 防空壕に入らない女 昭和二十年六月」は、阪堺電車の車掌を務める動員女学生雛子が、タイトルどおり防空壕に入らない──というより入れない女性信子に出会って...という話。
これまた、この謎そのものは想像通りなのですが、後々の章につながるのが見事。
「第三章 財布とコロッケ 昭和三十四年九月」は、阪堺電車で美人が落とした財布を持って帰ってしまった小学生典郎を追求するコックの話。この美人とコックの馴れ初めの話であろうことは簡単にわかるのですが、小学生のエピソードの行く末は想像外ではないでしょうか。
いや、でも典郎のしたことも、コックの決着のつけ方も「あかん」やろ。ほほえましいエピソードっぽく書かれていますけど(笑)。
「第四章 二十五年目の再会 昭和四十五年五月」は、第二章に登場した信子が、偶然阪堺電車で雛子と再会して......
なんということもない思い出話のように思われた会話が、ラストでさっと色を変えるのがとてもいい。
第二章で出会っているからこそ、の物語ですね。素晴らしい。
「第五章 宴の終わりは幽霊列車 平成三年五月」は、バブルならではの、地上げ屋をめぐる騒動。
際どい攻め口ですが、バブルが弾けたことを知っている我々には、妙に腑に落ちるところがありますね。
「第六章 鉄チャンとパパラッチのポルカ 平成二十四年七月」は、阪堺電車を撮ろうとする鉄チャンと、アナウンサーのスクープを撮ろうとしているカメラマンが、同じマンションの近くで遭遇したところに、もう一人一眼レフカメラを持った男がそのマンションの三階通路にいて......という話。
話そのものもよく仕組まれていますし、謎が解けるきっかけも鉄チャンならではでありながら、普通の人にも了解しやすいもので、とてもいい。でもそれよりも、登場する人物たちが過去の話の誰とどうつながっているか、ということのほうが大事かもしれませんね。
そして迎えるエピローグは、いよいよ第177号もスクラップか、という引退の模様が描かれるのですが、こちらもサプライズ、ですよね?
洒落た感じの連作長編でした。
愉しい。
<蛇足1>
「二十年近う前かなあ。信用組合、今で言う信用金庫で働いてたとき、知り合うて。」(151ページ)
信用組合と信用金庫は別物なので、「今で言う」という表現は間違いですね。
登場人物のセリフなので、その登場人物がそう思い込んでいただけ、という解釈は可能ですが、この人物信用組合で働いていたというのですから、その解釈にも無理がありますね......
<蛇足2>
「だが、金沢は信子の居場所にはならなかった。北陸の古都の暮らしは、余所者には優しくない。」(160ページ)
以前から不思議に思っているのですが、古都という語は、いわゆる首都、都になったことのない場所にも使われますね。
古い都市という意味でも使われ出しているのでしょうね......本来の意味合いがぼやけていってしまうので、あまり歓迎するべきことではないような気がしています。
タグ:山本巧次
開化鉄道探偵 [日本の作家 山本巧次]
<カバー裏あらすじ>
明治12年。鉄道局技手見習の小野寺乙松は、局長・井上勝の命を受け、元八丁堀同心の草壁賢吾を訪れる。「建設中の鉄道の工事現場で不審な事件が続発している。それを調査してほしい」という依頼を伝えるためだった。日本の近代化のためには、鉄道による物流が不可欠だと訴える井上の熱意にほだされ、草壁は快諾。ところが調査へ赴く彼らのもとに、工事関係者の転落死の報が……。
2023年5月に読んだ2冊目の本です。
山本巧次「開化鉄道探偵」 (創元推理文庫)。
「このミステリーがすごい! 2018年版」第10位。
「大江戸科学捜査 八丁堀のおゆう」シリーズの山本巧次の新シリーズ。
単行本で出版されたときは、「開化鐵道探偵」 (ミステリ・フロンティア)と旧字体が使われていたようです。
富国強兵を目指す文明開化初期の鉄道トンネル工事現場で起こる怪事件、という設定。
探偵役は元同心の草壁。ワトソン役は鉄道技手見習の小野寺。
あらすじは、香山二三郎の解説に丁寧に書かれているのでご参照いただきたいのですが、鉄道工事の現場そのものの様子が興味深いことに加えて、鉄道反対派や薩長の権力争いも背景としてしっかり盛り込まれています。
工事も、寄せ集めに近い藤田商店に差配された工夫と、生野銀山から連れてこられた熟練の鉱夫の対立など見どころが多い印象。(しかし、本当に人の手で掘ったのですね......)
事件は、測量記録の改ざん、落石事故、資材置き場に積み上げた材木の崩壊、削岩機の破壊などなど色とりどり。そこに列車内で起きた殺人事件が絡みます。
先斗町から流れてきた(?) 居酒屋の女将や鉄道反対派の住民の来歴も含め、非常に盛りだくさんの内容が、要領よく読みやすい文体でつづられていくので、楽しく読み進むことができました。
不満をいうとすると、主役である草壁と小野寺のキャラクターが掘り下げ不足のように思われること。一方で、急に草壁が自分のことを語り始めるシーンは、ちぐはぐな印象。
これはシリーズが続いていくとこなれてくるでしょう。今後に期待します。
個人的に、本筋とは関係ないものの気になったのは、機関士のお雇い外国人でイギリス人のカートライト。
「あの英国人も、漢(おとこ)や、ちゅうこっちゃな」(181ページ)
って、ほめ過ぎでしょう。もっともっと嫌な奴のままでいいのに(笑)。
<蛇足1>
「昨夜臨時列車で運んだ怪我人は七条(しちじょう)病院に運ばれ」(182ページ)
京都の七条に "しちじょう" とルビが振ってあります。
七条は ”ななじょう” ではないと教えてもらったことがあります。
また、一条(いちじょう)と紛らわしくならないように、”しちじょう” と発音せずに、”しっちょう” あるいは ”しっじょう” というのだ、と教えてくれたお年寄りもいましたが、この方以外ではそういうのを聞いたことがないので、真偽がわかりません。
<蛇足2>
「ふうん、自腹で不寝番か」(184ページ)
ここの ”自腹” という語の使い方に、おやっと思いました。
自腹というのは金銭的な負担のみを指すと思っていたのに、ここでは特に金銭に限定することなく負担という意味合いで使っているように思われるからです。
雰囲気の伝わるよい使い方だと思いました。
タグ:山本巧次 このミステリーがすごい!
大江戸科学捜査 八丁堀のおゆう 千両富くじ根津の夢 [日本の作家 山本巧次]
大江戸科学捜査 八丁堀のおゆう 千両富くじ根津の夢 (宝島社文庫 『このミス』大賞シリーズ)
- 作者: 山本 巧次
- 出版社/メーカー: 宝島社
- 発売日: 2016/12/06
- メディア: 文庫
<カバー裏あらすじ>
史上最高額――根津・明昌院の千両富くじに沸く江戸の町で、呉服商の大店に盗人が忍び込んだ。同心の伝三郎たちは、その鮮やかな手口から、七年前に八軒の蔵を破った神出鬼没の盗人“疾風の文蔵”の仕業に違いないと確信する。一方、江戸と現代で二重生活を送る元OLの関口優佳=おゆうは、長屋の奥さんから依頼された旦那探しと並行して、現代科学を駆使して伝三郎の捜査に協力するが……。
2023年2月に読んだ最初の本です。
山本巧次「大江戸科学捜査 八丁堀のおゆう 千両富くじ根津の夢」 (宝島社文庫 )。
シリーズ第3弾。
このシリーズ、快調ですね。
広く解禁されることになった富くじとして、高額賞金で耳目を集める根津・明昌院の千両富くじが中心テーマです。
それと、江戸を騒がせる大店の窃盗事件がどう絡むのか。七年間遠ざかっていた盗人“疾風の文蔵”はなぜ戻ってきたのか、という謎もついてきます。
富くじをめぐる事件の構図が非常に印象的です。
このアイデアは素晴らしい。
これと比べると窃盗事件の方は底が割れやすくなっていますが、おゆうが近所の奥さんから捜索を頼まれる元錠前師で金物細工師の行方と絡ませるのは手堅いですし、事件全体の構図にしっかり溶け込んでいるのがいいですね。
蔵を守る鍵として、和錠が出てきます。錠前師の出番ですね。
「和錠とは日本独特の錠前で、泰平の世になって失業した刀鍛冶が技術を生かして製作し、江戸時代に発達したものだ。明治以降は手軽な南京錠に取って代わられたが、いかにも日本の匠らしい精緻で凝った作りは、芸術品と言うべき価値がある。」(73ページ)
と説明されていますが、たぶん、見たことないですね。
見てみたい。
このシリーズは、江戸を舞台に科学捜査を持ち込むところが特色ですが、遺留品を手掛かりにする手際も、指紋やDNAといった技術を表立っては説明に使えないことによる限界も、かなりこなれてきて、自然な仕上がりです。
もっとも暗視スコープやスタンガンまで持っていって、立ち回りまで演じるのはさすがにやりすぎで苦笑しますがーーこれはこれで見どころなんですけどね。255ページに、おゆうが活躍できた言い訳(?) が書かれていますが、苦しいですよね。
そして、おゆうを敵視する茂三とのやりとりもいい。
シリーズ第1作の「大江戸科学捜査 八丁堀のおゆう」 (宝島社文庫)で披露されていた設定がここで生きてくるとは。
最後に、伝三郎が少々不穏な独白をするシーンで終わるので、シリーズの今後がますます楽しみになりました。
シリーズは、
「大江戸科学捜査 八丁堀のおゆう」 (宝島社文庫)(感想ページはこちら)
「大江戸科学捜査 八丁堀のおゆう 両国橋の御落胤」 (宝島社文庫)(感想ページはこちら)
「大江戸科学捜査 八丁堀のおゆう 千両富くじ根津の夢」 (宝島社文庫)
「大江戸科学捜査 八丁堀のおゆう 北斎に聞いてみろ」 (宝島社文庫)
「大江戸科学捜査 八丁堀のおゆう ドローン江戸を翔ぶ」 (宝島社文庫)
「大江戸科学捜査 八丁掘のおゆう 北からの黒船」 (宝島社文庫)
「大江戸科学捜査 八丁堀のおゆう 妖刀は怪盗を招く」 (宝島社文庫)
「大江戸科学捜査 八丁堀のおゆう ステイホームは江戸で」 (宝島社文庫 )
「大江戸科学捜査 八丁堀のおゆう 司法解剖には解体新書を」 (宝島社文庫)
と順調に続いています。
読み進めるのが楽しみなシリーズです。おすすめです。
<蛇足1>
「はい、ちょっと拝見させていただきます」
おゆうは鷹揚に告げると、ざっと店の中を見渡した。(180ページ)
「拝見」が敬語なので「拝見します」が正しい。まあ、「させていただきます」自体があまりよろしくはないのですが......
江戸時代にこれはないでしょう、と普通ならいうところですが、この話者は、おゆう=現代人の関口優佳ですから、問題ないのですね。現代人ならよくある間違いですから。
ただ、こう言われた店の者は、ぎょっとしたと思います。
そういえば、古文の授業で二重敬語は天皇にしか使わないと習ったのですが、江戸時代将軍にも使ったのでしょうか? ふと気になりました。
<蛇足2>
途中、伝三郎が謹慎となった際、勝手な行動を奉行所が見て見ぬふりしようとするくだりがあります。
「そうか。処分を出した浅川の立場もあるので、奉行がそれを取り消すわけにもいかない。さりとて、明昌院も放置できない。そこで謹慎を逆手に取って、利用することにしたのだ。さすが切れ者と評判の、筒井和泉守だ。」(214ページ)
でも、これ、切れ者の判断でしょうか?
現代の感覚でコンプラ意識というつもりは毛頭ありませんが、そもそもそれほどの妙手とも思えないのですが。
一方で、伝三郎に相当の信を置いていることの証ではありますね。
<蛇足3>
「その午後、おゆうは大番屋の一室で、他の目明したちと座って伝三郎と境田を待っていた。」(268ページ)
さらっと書いてありますが、十手を渡されているので、こういうオフィシャルな場(今でいうと捜査本部の会議ですね)にもしれっとおゆうは参加できるのでしょうか? 今だと考えられない気がしますね。
この場には引退した茂三も参加しています。
<蛇足4>
「目明したちから控えめな失笑が漏れた。」(269ページ)
言葉本来の意味からすると、控えめな失笑というのは変らしいですね。
調べてみると失笑というのは「(笑ってはならないような場面で)おかしさに堪えきれず,ふきだして笑うこと。」ということですから。
文化庁が毎年やっている調査で知りました。
<蛇足5>
「大宮宿を経て、粕壁には明日にも着くだろう。日光街道を行けば真っ直ぐ粕壁だが、江戸所払いは三カ所ある大木戸で執行と決まっているので、少し遠回りでも中山道を行くことになる。」(360ページ)
春日部は粕壁と書いたのですね。
「埼玉県の粕壁町が町村合併で春日部町になったのは、昭和十九年の四月」と作中に説明があります。
軍艦探偵 [日本の作家 山本巧次]
<カバー裏あらすじ>
短期現役士官制度に応募して海軍主計士官となった池崎幸一郎は、戦艦榛名に配属された。山本五十六連合艦隊司令長官の視察を控え、運び込まれたはずの野菜の箱が一つ紛失したことが彼に報告される。銀蠅(海軍での食糧盗難)かと思われたが、食材箱の総数は合い、破壊工作の疑いが生じる(第一話)。一方、駆逐艦岩風が救助した陸軍兵士の行方不明事件(第五話)はやがて他の事件と結びつき――。鋭い推理力で軍艦内事件を解決し、図らずも「軍艦探偵」と呼ばれた海軍士官の活躍を描く軍艦ミステリーの登場!!
映画の感想を長く続けましたが、本の感想に戻ります。
2021年8月に読んだ12冊目の本です。
「大江戸科学捜査 八丁堀のおゆう」シリーズの山本巧次の単発作品で、軍艦探偵と呼ばれることになった海軍士官を探偵役に据えた連作短編集です。
戦艦榛名、重巡最上、航空母艦瑞鶴、給糧艦間宮/航空機運搬艦三洋丸、駆逐艦岩風、駆逐艦蓬を舞台とする6つの話に、昭和二十九年のプロローグ、昭和三十年のエピローグがついています。
目次に続いて、海軍階級表がついていて助かります。
いわゆる常識の部類に入る知識なのだと思うのですが、いつもこんがらがるんですよね。
戦艦榛名での事件は、野菜を詰めた箱の紛失事件。
おっ、戦時中の軍艦の中で日常の謎!? と一瞬虚を突かれた感じがしましたが、
「軍艦の中だろうと戦時だろうと、そこに人が居るからには、生活があるのだ。軍隊としての課業だけで、人は生きているわけではない。だから娑婆の町と同じように、ここでもいろんなことが起こるのだ。」(116ページ)
と主人公である池崎が考えるように、当たり前のこと、なのでしょう。
後半の話で人が死ぬ事件が起こり、日常の謎から離れていきます。
軽やかに進められる中で、なめらかに話の比重が重くなっているところがポイントなのだと思いますが、ひょっとしたらチグハグという印象を持たれる方もいるのでは、と懸念します。
作者の手によるものではありませんが、この本のカバーの絵や題字も、戦時中ならではの重々しい感じがするのに対し、中身の筆致と主人公の性格付けが軽やかであることも、こうした感想を生みやしないかと心配になります。
また、これは個人的な意見にすぎませんが、現在の視点から戦争を取り扱ってしまう以上仕方のないことなのでしょうが、”反戦” 思想が登場人物の根底に流れているのが気になります。
今から見れば当然「戦争反対」なのですが、当時の人たちの間では「戦争反対」という思想がいきわたっていたとは思えないからです。むしろ、積極的にせよ消極的にせよ、戦争を支持していた人が多かったのではないでしょうか。
敗戦を迎えた戦後に転換した、というのならともかく、戦時中に反戦に転換するとなると、かなり大きなきっかけを用意してもらわないといけないような気がします。
これはこの作品に限ったことではありませんが。
話がそれました。
単独の物語としてこの「軍艦探偵」 (ハルキ文庫)は完結してしまっていますが、池崎の活躍をもっと読んでみないなと思いました。
楽しく読めた作品です。
<蛇足>
「上陸のときは水兵服(ジョンベラ)」(42ページ)
「ふと先を見ると、商店街からの道を歩いてくる水兵服(ジョンベラ)姿の三人連れの姿が見えた。」(254ページ)
ジョンベラという語には馴染みがなかったのですが、いわゆるセーラー服のことらしいですね。
Wikipedia のセーラー服の項 によると『イギリス人を意味する「John Bull」から「ジョンベラ」とも呼んでいた。』とのことで、意外な語源でした。しかし、「John Bull」がジョンベラに聞こえますかね?
タグ:山本巧次
大江戸科学捜査 八丁堀のおゆう [日本の作家 山本巧次]
大江戸科学捜査 八丁堀のおゆう (宝島社文庫 『このミス』大賞シリーズ)
- 作者: 山本 巧次
- 出版社/メーカー: 宝島社
- 発売日: 2015/08/06
- メディア: 文庫
<カバー裏あらすじ>
江戸の両国橋近くに住むおゆうは、老舗の薬種問屋から殺された息子の汚名をそそいでほしいと依頼を受け、同心の伝三郎とともに調査に乗り出す……が彼女の正体はアラサー元OL・関口優佳。家の扉をくぐって江戸と現代で二重生活を送っていたのだ――。優佳は現代科学を駆使し謎を解いていくが、いかにして江戸の人間に真実を伝えるのか……。ふたつの時代を行き来しながら事件の真相に迫る!
読了本落穂拾い、続けます。
この「大江戸科学捜査 八丁堀のおゆう」 (宝島社文庫)は、第13回「このミステリーがすごい!大賞」隠し玉で、作者のデビュー作です。
シリーズ第2作である「大江戸科学捜査 八丁堀のおゆう 両国橋の御落胤」 (宝島社文庫)(感想ページはこちら)の感想を先に書きましたが、ちゃんと(?)順に読んでいます。
「大江戸科学捜査 八丁堀のおゆう 両国橋の御落胤」 (宝島社文庫)の感想に書きましたがこのシリーズの特徴は、江戸時代を舞台にしながら、主人公であるおゆうは現代人で、タイムトンネルを使って江戸と東京を行き来している、というところにあります。
そして現代の科学の知識を用いて、江戸時代の事件を解決する、という枠組みです。
ただし、現代の科学は「江戸時代には通用しない。
さて、どうやって周りを説得していくのか......
扱われる事件は、現代風の科学捜査が遺憾なく発揮されるようなものになっていて、楽しいですね。
なにより気に入ったのは、解説で膳所善造が「二転三転どころか四転五転する」と書いている通り、事件の構図が複雑であること。
帯にあっさり「薬種問屋をめぐる殺人事件と闇薬の裏流しについて」と書かれていますが、なかなかどうして複雑です。
これは、現代の科学に、江戸の知識を組み合わせないと解けない。
それで登場するのが、南町奉行所定廻り同心鵜飼伝三郎。
お似合いのカップル、という設定のようです。
そして個人的にいいなと思ったのは、このミステリとしての枠組みに加えて、最後の最後に明かされるエピソード。
エチケットとしてここでは書きませんが、驚きました。
これ、明らかにシリーズ化をもくろんだ形になっていまして、新人賞に応募する作品としては、赤川次郎「幽霊列車」 (文春文庫)並みの大胆さですね。
また、触れる必要のないタイムパラドックスについても簡単に触れてあって、おそらく、シリーズの構想に関係してくるのでしょう。
いいではないですか。
シリーズは、
「大江戸科学捜査 八丁堀のおゆう 両国橋の御落胤」 (宝島社文庫)
の後
「大江戸科学捜査 八丁堀のおゆう 千両富くじ根津の夢」 (宝島社文庫)
「大江戸科学捜査 八丁堀のおゆう 北斎に聞いてみろ」 (宝島社文庫)
「大江戸科学捜査 八丁堀のおゆう ドローン江戸を翔ぶ」 (宝島社文庫)
「大江戸科学捜査 八丁掘のおゆう 北からの黒船」 (宝島社文庫)
「大江戸科学捜査 八丁堀のおゆう 妖刀は怪盗を招く」 (宝島社文庫)
と順調に続刊が出ています。
読み進めるのが楽しみなシリーズです。
大江戸科学捜査 八丁堀のおゆう 両国橋の御落胤 [日本の作家 山本巧次]
大江戸科学捜査 八丁堀のおゆう 両国橋の御落胤 (宝島社文庫 『このミス』大賞シリーズ)
- 作者: 山本 巧次
- 出版社/メーカー: 宝島社
- 発売日: 2016/05/10
- メディア: 文庫
<カバー裏あらすじ>
江戸と現代で二重生活を営む元OLの関口優佳=おゆうは、小間物問屋の主人から、息子が実の子かどうか調べてほしいと相談を受ける。出生に関して、産婆のおこうから強請りまがいの手紙が届いたのだという。一方、同心の伝三郎も、さる大名の御落胤について調べる中で、おこうの行方を追っていた。だが、やがておこうの死体が発見され――。ふたつの時代を行き来しながら御落胤騒動の真相に迫る!
「大江戸科学捜査 八丁堀のおゆう」 (宝島社文庫)に続くシリーズ第2弾です。
「大江戸科学捜査 八丁堀のおゆう」 (宝島社文庫)の感想を書けずじまいなのですが......
江戸を舞台にしているのですが、主人公であるおゆうは、現代のOLでタイムトンネルを経由して現代と江戸をいったりきたりしているという......
なんとも人を食った設定ですが、これがとてもおもしろい!
第13回「このミステリーがすごい!」大賞の隠し玉「大江戸科学捜査 八丁堀のおゆう」 から始まったシリーズは好評のようで、次々と続刊が出ています。
この後
「大江戸科学捜査 八丁堀のおゆう 千両富くじ根津の夢」 (宝島社文庫)
「大江戸科学捜査 八丁堀のおゆう 北斎に聞いてみろ」 (宝島社文庫)
「大江戸科学捜査 八丁堀のおゆう ドローン江戸を翔ぶ」 (宝島社文庫)
「大江戸科学捜査 八丁掘のおゆう 北からの黒船」 (宝島社文庫)
「大江戸科学捜査 八丁堀のおゆう 妖刀は怪盗を招く」 (宝島社文庫)
と毎年出ているようですね。
本書の帯に
「チャーミングでユニーク。掟破りの小説だ」
という池上冬樹のコメントが載っていますが、まさにその通り。とてもチャーミングです。
掟破りというのは、おそらく、現代のOLを主人公にしているので、時代考証をさほど厳密にする必要がない、ということを指しているのでしょうね。
たとえば
『「あらま、源七親分。また留守している間に玄関番してくれてんですか」
「よお、おゆうさん。また勝手に入っちまって悪いな。しかし、武家屋敷じゃあるまいしこれを玄関と呼ぶかい」
源七はわざとらしく周りを見回してニヤニヤした。そうだった。江戸時代では式台のある立派な入口しか玄関とは言わない。あらゆる家の表口を玄関と言うようになるのは明治以降だ。平成と江戸時代のこういう感覚の違いは、口に出すとき充分気を付けないといけない。』(194ページ)
なんてところがあって、ここは十分時代考証を意識した部分ではありますが、これ以外の場所で少々変なことがあっても、平成のOLが見たこと、感じたことですからね、という言い訳が成立するようにできています。
また、推理ものという観点でいうと、掟破りというのは、DNA鑑定とか指紋とか、こっそり現代の技術で捜査を進めるところもそうですね。大胆な捕り物帳だこと。
それをどうやって江戸の人の納得するかたちに落とし込んでいくか、というのが見どころになる、というなかなかおもしろい狙いが出てくる作品です。
今回もDNA鑑定とは違う方向へ進めていってしまう伝三郎はじめとする江戸の捜査陣にやきもきする、という展開に。
(そういえば、余計なことですが、指紋の取り扱いには、不手際があるような気がします。ついているはずの指紋がなかったりします。まあ、これは簡単に修正がきくミスかとは思いますが)
事件そのものは、大名の御落胤、お家騒動、赤ん坊のすり替え、と来たうえで、DNA鑑定で(読者とおゆうには)決着がついているので、なんとなく作者の狙いに見当がつくようになっていまして、黒幕?の正体含めてさほど意外感はないのですが、物語が転がっていく面白さを十分に堪能できるようになっています。
もうちょっと単純なプロットにしたほうが効果的な気がしなくもないですが、さっと読めて楽しい。
好調なシリーズを追いかけていきたいと思います。
<蛇足>
「江戸で指折りの小間物屋と言えば、せいぜい数軒です。」(121ページ)
間違っていないというか、まさにその通りなんですが、「指折り」が「せいぜい数軒」って、当たり前すぎて言わないだろうな、と思って笑ってしまいました。