境界の扉 日本カシドリの秘密 [海外の作家 エラリー・クイーン]
<カバー裏あらすじ>
日本育ちの女流作家カレンが、ニューヨーク中心部の邸宅で殺された。カレンは癌研究の第一人者マクルーア博士と婚約中で幸福の絶頂にいるはずだった。唯一犯行が可能だったのは、マクルーア博士の20歳の娘エヴァ。だがエヴァは無実を主張し、事件は第一次大戦前夜の日本での出来事へとつながっていく・・・・・。エラリーが父クイーン警視と対立しながら推理に挑み、ついに意外な〈真犯人〉を突きとめる! クイーン本格ミステリの傑作!!
2024年7月に読んだ5冊目(6冊目)の本です。
エラリー・クイーンの「境界の扉 日本カシドリの秘密」 (角川文庫)。
「ニッポン樫鳥の謎」 (創元推理文庫)というタイトルだった創元推理文庫版で昔読んでいます。
もともと本書は国名シリーズの一冊として日本では売られてきましたが、巻末の飯城勇三の解説によると、雑誌掲載時のタイトルが「ニッポン扇の謎」だったということはなく、雑誌掲載時から "The Door Between"(境界の扉)だったようですね。
国名シリーズに日本を入れておきたいという日本の強い願望がなせるわざだったのでしょうか(笑)。気持ちはわかりますね。
「ローマ帽子の謎」が永遠の都ローマと関係がなく、「フランス白粉の謎」がフランスとも花の都パリとも関係がない、と西村京太郎の「 名探偵なんか怖くない」 (講談社文庫)でポワロが嘆いたように(手元に本がないのでうろ覚えです)、国名シリーズは、タイトルに使われている国との関係性が非常に薄いことが特徴なので、日本趣味が溢れた異色作であるこの「境界の扉」は逆説的に日本を冠した国名シリーズにしては坐りが悪いかもしれません(笑)。
昔読んだ記憶というのは、いつものようにいい加減なもので、密室トリックは覚えていたのですが、それ以外の部分は初読感覚で読みました。
たしかにこのトリック、重要な要素なのですが、これのみを中心に据えた物語ではないというのに、これしか覚えていないとは......
「フォックス家の殺人」 (ハヤカワ・ミステリ文庫)(感想ページはこちら)同様、最終盤の展開を覚えていないという体たらく。いかにトリック偏重の読み方をしていたのか、我ながらあきれてしまいますね。
この終盤の展開、個人的には無理があると思われ納得感は少ないのですが、それでも物語を振り返ったとき、それを前提としてうまく仕組まれた場面が忍ばされていたことが明かされ、大満足。
ミステリはこうでなくては。
そして迎える衝撃のラスト。
まさかエラリーが神の役を演じるとは。(ネタ晴らしとは言えないと思うのですが、勘のいい方のため念の為色を変えておきます)
ホームズをはじめ古今の名探偵が折々やってきたことではありますが、国名シリーズを経て、確実に変化を遂げていることに衝撃を受けました。
<蛇足1>
「そう、肌の色は白だったが、その内側は黄色だった。」(358ページ)
日本で育った人物を指していうセリフで、
「あまりにも長く日本に住み、あまりにも深く日本の事象を愛していたので、その半分以上が日本人になっていた。」と続きます。強烈。
<蛇足2>
ネタ晴らしになりますので、色を変えておきます。
「これらの三つの要素が──宝石で飾られた刀を使うこと、喉を切り裂くこと、キモノを着ることが──古来、日本に伝わる ”ハラキリ”の儀式で不可欠だからだよ。 」(359ページ) 「ぼくはしっかり調べた。日本人の男は腹部を切り開くが、女の場合には喉を切るんだ」(360ページ)
半端なジャポニズム満開、といったところでしょうか。
<蛇足3>
これまたネタ晴らしになりますので、色を変えますが、257ページでさらりと書いてある日本からの帰国のくだり、アメリカの入国管理はどうなっていたのでしょうか? パスポートはいらなかったのか、とかいろいろと考えてしまいますね。
原題:The Door Between
作者:Ellery Queen
刊行:1937年
訳者:越前敏弥
太陽の下、三死体 [海外の作家 さ行]
<カバー裏あらすじ>
海水浴客でごった返す南仏の避暑地カシス。ヌーディスト村やカジノで賑うこの小さな街で、三件の連続殺人事件が発生した。照りつける太陽の下、捜査の指揮をとるのは28歳の女性警視ミュリエル。彼女に思いをよせる医学生ピエール、被害者の共通の愛人だったソランジュらの協力で、事件は解決するかと思われたが・・・・・太陽と海の香りに満ちた本格ミステリー。フランス推理小説大賞受賞作。
2024年7月に読んだ 4作目(5冊目)の本です。
ジャック・サドゥール「太陽の下、三死体」 (新潮文庫)。
積読本サルベージです。
奥付をみると昭和六三年九月。36年前ですか...
タイトルどおり、陽光溢れる南仏で三連続殺人が起きる。
その捜査を若いミリュエル・ルダイヨン警視が行う。
彼女は捜査過程で知り合った医学生ピエールと恋仲に。また被害者たちの共通の愛人(!) だったソランジュと友情をはぐくむようになる。
物語は犯人の視点(ただし最初のうち誰かは読者にわからないようになっています。途中でわかります)のシーンを折々はさみ、ミリュエルの捜査を追って進んでいきます。
ミリュエルの行動も、なんかフランスっぽい(←偏見ですよね、これ)。
第一部から第三部まで犯人の計画通り3人が殺され、ミリュエルの捜査が行き詰ったところで最後の第四部となります。
第四部で驚いてしまいました。
これもツイストと呼ぶのでしょうか?
これ、ミステリとしてのサプライズではないですね。それでもとても楽しく読めました。
こういうひねり、先例はあるように思いますが(これだと作品名を挙げることができません。記憶力が......)、個人的にはサプライズとなりました。
この作品で、事件を捜査するミリュエルを物語の中心に据えている作者は、とてもいじわるですね。
まあ、でも、ミリュエルは幸せになりそうだから、いいか。
一風変わったミステリがお好きな方、どうぞ(と言いながら絶版品切ですが)。
<蛇足1>
「ピエールは立ち止まって、眼下にひろがる入り江の峡湾(フィヨルド)を指さした。」(34ページ)
フィヨルドというと氷河によって作られる地形です。南仏にフィヨルド? と思いましたが、アルプスも近く、フィヨルドがあってもおかしくないですね。
<蛇足2>
「笑止の沙汰だ。だれがぼくを殺そうというんだ?」(126ページ)
「笑止の沙汰」という言い回し、初めて出会った気がしますが、一般的な使われ方のようですね。
原題:Trois Morts au Soleil
作者:Jacques Sdoul
刊行:1986年
訳者:長島良三
タグ:ジャック・サドゥール
ミステリと言う勿れ (11) [コミック 田村由美]
<カバー裏あらすじ>
同級生のレンに怪しげなバイトに誘われた整。その仕事内容とは…
一方、姉の死の真相を追うガロ達は、謎の心理カウンセラー・鳴子に迫る──!!
新たな展開を迎える11巻!
シリーズ11冊目です。
「ミステリと言う勿れ (11) 」(フラワーコミックスα)。
episode15 失われた時を重ねて
episode16 果報の塩梅
episode14.5 気がつけば潮目
番外編 ある結婚の風景
を収録しています。
episode15 は、旧函館区公会堂を模して建てた学校跡でのアルバイトに整はレン君と出かけます。
「一緒に変なバイトしない?」というなんとも妙な誘い方がGOOD(笑)。
「こんなのダメですよ 肝心の何をするかが書いてない 殺し合いさせられるのがオチですよ」
と言いながらつきあう整も〇。
30年前にその学校で埋められたタイムカプセルを探す、というストーリーで、なかなか大胆な真相が待っています。
episode16 は、ライカと会うまえに整が買ったフルーツサンドの袋の中に入っていた「け」と書かれた赤い玉の謎を追います。
ガロくんの仕業かもと思った整に
「ガロくんてのはそういうややこしい人なんだな?」
と聞いたライカに対して
「そうなんですよ」
と答える整(笑)。お前の方がややこしいよ。
でも、
「僕ら…僕が見つけてよかったです」「あの人が亡くなって それをけいたさんが発見するんじゃなくて 本当によかったです」
という整、素敵ですね。
また、この日はバレンタインデーということでラストシーンはそういう話題になるのですが、113ページの最終コマで、セリフではない整の心の声がよかった。
episode14.5 は、ライカとガロくんが遭遇する──というのではないですね。ガロくんがライカに会いに来ます。
「どうしても会ってみたかった 整くんが夢中の人に」
って、それはもう恋ですよ(笑)。
本題は、ガロくんは、第6巻に名前が出てきた心理カウンセラーの鳴子巽を探っていて、命の危険にさらされます。なんと!
番外編は、エレベーターに閉じ込められた整が、乗り合わせたカップルと交わす会話が描かれます。
久しぶりによくしゃべる整、という感じがして、本領発揮でしょうか。
この話、episode16 で整が、フルーツサンドを買ったおしゃれビルのエレベーターが止まって20分くらい閉じ込められたと語っていたその時のエピソードですね。
さて、ガロくんもいよいよ登場シーンが色濃くなってきました。
愉しみ。
タグ:田村由美
かにみそ [日本の作家 か行]
<カバー裏あらすじ>
全てに無気力な20代無職の「私」は、ある日海岸で小さな蟹を拾う。それはなんと人の言葉を話し、小さな体で何でも食べる。奇妙で楽しい暮らしの中、私は彼の食事代のため働き始めることに。しかし私は、職場で出来た彼女を衝動的に殺してしまう。そしてふと思いついた。「蟹……食べるかな、これ」。すると蟹は言った。「じゃ、遠慮なく……」。捕食者と「餌」が逆転する時、生まれた恐怖と奇妙な友情とは。話題をさらった「泣けるホラー」。
2024年7月に読んだ3作目(4冊目)の本です。
第20回日本ホラー小説大賞優秀賞受賞作。
倉狩聡の「かにみそ」 (角川ホラー文庫)。
あわせて「百合の火葬」を収録しています。
表題作であり受賞作でもある「かにみそ」は、なんか、とんでもない小説を読んだな、という気分でした。もちろん、褒め言葉です。
そんなバカな、と言いたくなる話なのですが、心地よく読んでいるうちに世界になじんでしまいます。
蟹が人を食う、というかなり怖い話なんですが、あっさり読み進めてしまいます。
構成がカチッと考えられていて、タイトな小説だと感じました。
雰囲気は、上で引用したあらすじで十分掴んでいただけると思われます。
やはりなんといっても、蟹。この蟹が、なんともチャーミング。
また、蟹が紡ぎ出す言葉に、さまざまなことを考えてしまいます。
『今までおれが食べたひとたちって、みんな理由もなく・・・・・や、あるのかもしれないけど、イライラ怒ってる感じだったんだよねぇ。なんでだろうね、そういうやつ見るとさ、ふふ、食べたくなるの。・・・・・でもさ、そういうやつらさ、おれが嚙んだとたん、すぅって力が抜けて、怒りが別の何かに置きかわるんだ。何にかわるか、わかる?』
続けて
『おまえ、死ぬのなんか怖くない、って思ってるでしょ。考えてみなよ。きっとわかるよ。おれ、本当の悟りってきっとアレだと思うんだ。おれもいつか味わうんだろうな。きっとね。ちょっと楽しみなんだよね』(「かにみそ」69ページ)
というあたりとか、含蓄深そうですよね。
(蟹のセリフはかならず二重括弧『』になっているのも、単なる区別にとどまらずなにかを表しているのだと思うのですが、これという回答を思いつきません)
『おれは、腹が減ったら色んなもの食べるけど、ともだちは食わないよ』(「かにみそ」91ページ)
というのも、主人公との間・関係を保つためのセリフにとどまらず、とても大きな意味を持ったセリフで、ラストの主人公の感慨と併せて、しみじみ考えてしまいました。
この妙な読後感、いろんなかたに味わってみてもらいたいと思いました。
同時収録の「百合の火葬」も独特で、こちらはかなり気持ち悪い話(あっ、「かにみそ」も普通にいったら、相当気持ち悪い話なのですが、そう感じませんでした)。
父親の死後、幼い頃に分かれた母親のような体で急に現れ住み込んでしまう清野も気持ち悪ければ、タイトルにもなって、徐々に本領(?) を発揮してくる百合も気持ち悪い。
こちらも、物語の構成がとてもしっかり組み立てられていて、すごいなと思いました。
倉狩聡という作家さんは、「いぬの日」 (角川ホラー文庫)という作品も書かれているようなので、こちらも読んでみたいな、と思いました。
<蛇足>
「この石は那智黒という高直なものだと、自慢げに語った誰かの声が、つい昨日のことのように思い出される。」(「百合の火葬」135ページ)
「高直」は知らない単語でした。
黄金三角(ポプラ社) [海外の作家 ら行]
([る]1-6)黄金三角 怪盗ルパン全集シリーズ(6) (ポプラ文庫クラシック る 1-6 怪盗ルパン全集)
- 出版社/メーカー: ポプラ社
- 発売日: 2010/03/01
- メディア: 文庫
<カバー裏あらすじ>
第一次世界大戦で右足を失ったベルバル大尉は、父の墓で、自分と美しい看護婦・コラリーにまつわる深い謎と不思議な運命を知る。やがて二人は、ルパンと敵国ドイツのスパイが「黄金三角」という言葉と、十億ドルもの金貨をめぐっての命がけの戦いに翻弄されていく・・・・・。
2024年7月に読んだ2作目の本です。
モーリス・ルブランの「黄金三角 怪盗ルパン全集シリーズ(6)」 (ポプラ文庫クラシック)。
子どものころ読んでいるのですが、まったく覚えていませんでした。
こういう話でしたか。
タイトルにもなっている「黄金三角」というのは大量の金貨の隠し場所を示すと思われる紙片のはしり書きを指すのですが、この種明かしは衝撃的なほど意味がなく、しかも隠し場所として有効ではなさそうなところがなんとも.......
また、国家の行方を左右する黄金(金貨)というのを大銀行家とはいえ一介のスパイがほぼ独占状態にあったというのも、なかなかな設定です。
とはいえ、スペイン貴族ドン・ルイ・プレンナに扮して大活躍するルパンはとてもかっこいいし、読んでいてとても楽しい。
このドン・ルイ・プレンナ、スペイン貴族なので、フランス国民ではないはずなのですが、
「これは、フランス国家の大秘密です。もし、かれの悪計(わるだくみ)どおりに事がはこんだら、フランスは破滅し、フランス人は敵国のどれいになってしまうのです。ぼくは、それを知って、じっとしてはいられずに、とびだしてきたのです」
「『かれの大陰謀はかならずうちやぶらなければならないのです。ぼくはフランスとフランス人のために、かれとさいごの決戦をするのです』
ドン・ルイ・プレンナの両眼はらんらんとかがやき、その全身にはすさまじい愛国の闘志が烈火のごとくにもえあがっているのだった。」(ともに188ページ)
とフランス人丸出しのセリフを力説するあたりはご愛嬌でしょうね。
(第一次世界単線中のこと、隣国の人が助けてくれるというのはあり得る話ではあると思いますが......)
物語の構造は単純だけれど、しっかりハラハラ、ドキドキできる、楽しい時間を過ごせました。
原題:Le Triangle d'or
作者:Maurice Leblanc
刊行:1917年(Wikipediaによる)
訳者:南洋一郎
双面獣事件 [日本の作家 な行]
<カバー裏表らすじ>
2つの顔と4本の手を持ち、目から殺人光線を出し、口からは毒ガスを吐く、途轍もなく醜い化け物が島民全員を虐殺した──。地図にも載っていない南海の孤島で第二次大戦末期に起きた凄惨な事件を語る女性の話は本当なのか? 旧日本軍の密命によって生み出された魔獣によって今再び悪夢が繰り返される!<上巻>
奄美大島の医療施設で患者と職員全員が惨殺され、隣島では魔獣が出現して多くの島民が殺されたという報せに、ラビリンスの足跡を追う二階堂蘭子も現場に到着する。現実離れした惨劇を冷静に精査し推理を組み立てていく蘭子は、ラビリンスの恐るべき野望を打ち砕けるか? 名探偵蘭子シリーズの力作長編。<下巻>
2024年7月に読んだ最初の作品です。
二階堂蘭子が探偵役をつとめる長編第8作です。
「双面獣事件」 (上) (下) (講談社文庫)。
二階堂蘭子が探偵をつとめるシリーズは、どの作品も時代がかっていて(舞台設定は昭和四十年代初期)大仰ですが、今回はいつもにまして大仰です。
なにしろ
「この世のものとは思えない醜悪かつ巨大な怪物が暴れ狂い、多くの人間を虐殺して、その命と血肉を貪り食ったのだ──それほど途轍もなく、凄惨で、不気味な事件であった。」(上巻104ページ)
というのですから。
「『地獄の奇術師』から始まる二階堂蘭子シリーズが、江戸川乱歩の通俗長篇を現代に復活させるべく書かれたものであることは、既に知られているところだ。」
と解説で北原尚彦が書いており、作中にも
「その昔、江戸川乱歩が著した『人間豹』の中では、名探偵・明智小五郎と人外の怪物──豹と人間の混血という野獣──が、血で血を洗う闘争を行なった。」(上巻104ページ)
と乱歩の作品が例に出されています。
上下巻で1,100ページ近い大長編で、確かに通俗長篇が復活した趣きは強いのですが、「名探偵対魔獣」(下巻495ページ)とエピローグ的な章で作者自身が端的に要約しているのがすべてで、それ以上でもそれ以下でもない作品です。
タイトルにもなっている、双面獣と呼ばれる、日本軍が作ったという化け物が登場し、殺戮を繰り広げます。
恐怖を煽るためなのでしょうが、この場面が(ミステリとして考えると)必要以上に執拗に出てきます。
これに加えて、下巻455ページにベリヤーエフ「ドウエル博士の首」の名前が出てくるように、驚くべき(残虐な)人体実験も綴られます。
繰り返しも多く、ちょっとげんなりしてしまいました......
ミステリ的な興趣、謎解きの興味もほとんどなく、二階堂黎人の紡ぎ出す壮大な怪奇物語に身を委ねるしかないのですが、うーん、どうなんでしょう? こういう作品に、ニーズが(たくさん)あるものなのでしょうか?
前作「魔術王事件」 (上) (下) (講談社文庫)の感想にも書いたのですが、こういうのを楽しむにはこちらが歳を取りすぎたようで、もっと早く読んでいればな、と強く感じました。
<蛇足1>
「『鍵のない家 』は、原題を『THe House Without a Key』といい、一九二五ねんの作品だ。チャーリー・チャンという中国人探偵が出てくる推理小説である。ハワイを舞台にした、資産家殺人事件を扱ったもので、ここと同じような廃屋が重要な舞台となっている。」(上巻143ページ)
とE・D・ビガーズの『鍵のない家 』(感想ページはこちら)が引き合いに出されています。
あまり内容的に直接的な関係はないのですが、こういう風にもっともっとミステリの作品名をちりばめてもらえると楽しいのに、と思いました。
<蛇足2>
「冷たいようですが、命が失われるのが決まっているのなら、その前に、彼の口から情報を聞き出す必要があります。具合を見ながらでけっこうですから、覚醒できるかどうか試してください。」(下巻256ページ)
時代を反映しているのでしょうか?
いくら重大なことであっても、このような状態で病人・怪我人から無理やり事情聴取をしようというのは、今では無理でしょうね......
<蛇足3>
「しかも、〈双面獣〉を大量に産むだけの医学的あるいは生物学的技術が確立すれば──今でいうクローン技術ですが──兵力の補充の心配もなくなるわけです」(下巻307ページ)
この作品の時代に、クローンという語が一般的だったのかなぁ、とちょっと不思議に思いました(事実関係は未確認です)。
クローンという語は、世界初のクローンである羊ドリーが誕生した1997年くらいから広まった語のように思いましたので。
タグ:二階堂黎人
名探偵コナン (13) [コミック 青山剛昌]
<カバー裏あらすじ>
本当は楽しい高校生活がオレを待っていたはずなのに。実際のところは…血なまぐさい殺人事件ばっかりが、オレの心を悩ませる!?甘い恋の悩みなんてのが、あって当然なんだけど…。
おっと蘭ねえちゃん、どこ行くの!?
名探偵コナン第13巻 (少年サンデーコミックス)。
FILE.1 本当の姿
FILE.2 目撃者は…
FILE.3 三つ子の容疑者
FILE.4 哀しき兄弟の絆
FILE.5 落ちる死体
FILE.6 疑惑の自殺
FILE.7 花と蝶
FILE.8 逃亡者
FILE.9 怪獣ゴメラの悲劇
FILE.10 去りゆく後ろ姿
の10話収録。
FILE.1は、第12巻(感想ページはこちら)の続きです。
このアリバイトリック(?) 、うまくいくでしょうか? 動機もなかなか納得しにくいものが設定されていますし。
でも、本エピソードには事件よりももっと重大な事態が。それは服部くんがコナンの正体に気づいている、ということ!!!
コナンのピンチにハラハラしますが、落ちつくところ(?) に落ちついてよかったね。
それにしても、服部くんをダシに推理を披露するコナンですが、やはりでたらめ極まりない関西弁が......
服部くんはネイティブ関西人なのでありえないですよ~。
あと、服部くん(を操るコナン)の犯人指摘シーンで、指さされた方向にいた毛利探偵が
「え? オレ?」
というシーンには爆笑してしまいました。
FILE.2~4は、園子に誘われていった別荘で殺人事件に巻き込まれます。
園子の姉の婚約者富沢雄三が富沢財閥の三男という設定で、財閥の当主が殺されます。
雄三が疑われるというお決まりの筋書きですが、三男というのが実は三つ子の三兄弟だったという(笑)。
毛利探偵はついてきていないので、誰を(表面上の)探偵役に据えるかというのも注目点だったのですが、いやあ、阿笠博士の変声装置、男声女声関係ないんですね、すごい。
使われるトリックそのものは特に凝ったものではないのですが、それを暴く手がかりが、常套的なものながら、しっかり機能するようになっていてよかったです。
FILE.5~7は、倒叙形式で犯人が被疑者を殴り殺す犯行を描きつつ、毛利探偵たちが犯人と共に、被害者がベランダから転落死する様子を目撃する、という事件。おもしろいではないですか。
ちょっと現実的ではないトリックのように思えましたが、絵になるのでOK!
FILE.8~10は、ゴジラ、じゃなかった、ゴメラの撮影現場へ阿笠博士に連れていってもらったコナン(とちびっ子たち)が、シリーズ打ち切りを決めたプロディーサーが殺される事件に遭遇。
ミステリ的には犯人が見え見えなのですが(一見犯行が不可能に見える人物が犯人だと考えるのは悪い癖ですよ、ミステリファンのみなさま)、それによりかかることなく周到に組み立てられた作者の筋書きが素晴らしいなと思いました。
しかし、麻酔を使わずに、阿笠博士に口パクさせるという推理披露の段取りはなかなか刺激的でしたね。
裏表紙側のカバー見返しにある青山剛昌の名探偵図鑑、この13巻はブラウン神父。
青山剛昌のオススメは「奇妙な足音」とのことです。
歌う砂 グラント警部最後の事件 [海外の作家 た行]
歌う砂: グラント警部最後の事件 (論創海外ミステリ 19)
- 出版社/メーカー: 論創社
- 発売日: 2005/06/01
- メディア: 単行本
<表紙そでのあらすじ>
「しゃべる獣たち/立ち止まる水の流れ/歩く石ころども/歌う砂/…………/そいつらが立ちふさがる/パラダイスへの道に」
──事故死と断定された青年の書き残した詩。
偶然それを目にしたグラント警部は、静養中にもかかわらず、ひとり捜査を始める。次第に浮かび上がってくる大いなる陰謀。最後に取ったグラント警部の選択とは……。
英国ミステリ界の至宝、ジョセフィン・テイの遺作、遂に登場。
単行本です。
ジョセフィン・テイの「歌う砂: グラント警部最後の事件」 (論創海外ミステリ)。
論創海外ミステリ19。
同じ論創海外ミステリで「列のなかの男: グラント警部最初の事件」 (論創海外ミステリ 43)というのが訳されているのですが、こちらを先に買ってしまいました。
著者晩年の作だからでしょうか、ベテラン作家の余裕が強く感じられます。
療養のためスコットランドへ向かったグラント警部。
列車を降りる時に遭遇した若者の死と、彼が新聞の余白に殴り書きしたとおぼしき謎の詩。
彼がスコットランドに行こうとしていたのはなにか理由があるはずだ、と療養中にもかかわらず調べ出す。
という話でして、ハイランド地方でのグランド警部の日常と捜査活動がメインとなります。
なかなか進まない捜査は終盤で急展開するのですが、いやあ、作者に体よく(作者名にちょっとひっかけています笑)引きずり回されてしまいました。
これ、若い頃だったら腹を立てていたかも、と思えるのですが、今となっては、こういう筋立ても楽しんでしまいました。
最後に読者が連れていかれる地点はかなり印象的なもので、訳者あとがき(ネタばらしになっているので、読了後に読まれることをおすすめします)によると、「歌う砂: グラント警部最後の事件」が発表されてから40年後に実際に周知となったようです。
なんて雄大な。
<蛇足1>
「ここは無法を望む土地柄ではないから、アイルランドでやるほど簡単じゃないだろうが。」(27ページ)
こう書いてあるということは、アイルランドは無法を望む土地柄だという理解でよいのでしょうか?
<蛇足2>
「ローラのそういうところが好きだとグラントは思う。親バカとは言えない冷めた目を持っているところが。」(35ページ)
きちんと説明できないのですが、「親バカとは言えない冷めた目」というのは変な表現だと思います。
まるで、親バカと言える冷めた目があるみたいだからでしょうか。
<蛇足3>
「ウイー・アーチ―は羊飼いの杖を持っていた。あとでトミーが言っていたが、あんな杖とともに死体で発見される羊飼いは他にいない。」(41ページ)
この文章の意味がわかりませんでした(ウイー・アーチ―というのは死体で発見されたわけではありません)。
<蛇足4>
「君は虚栄心という言葉を聞いて、鏡に映った自分にうっとりして、おしゃれな服を買い込むような人間だけを想像しているのかもしれないが、そういうのはただの人格的な自惚れにすぎない。本物の虚栄心はまったく違うものだ。人格ではなくて、性質に関わってくるんだよ。虚栄心の強い者は、『私はこれを得なくてはならない。なぜなら私は私だからだ』と考えるんだ。虚栄心の塊に、他人も同様に大切な存在であると説得しようとしても無理だ。何の話をしているのか、さっぱり理解できない。半年でも不自由させられるくらいなら、人を殺した方がましだと考えたりする」(259ページ)
「人格ではなくて、性質に関わってくる」の理解がまったくできませんでした。
<蛇足5>
終盤グラント警部がロンドン行きの飛行機に乗り、もやのせいでイギリスが見えなくて、
「あの独特でおなじみの形の島がない地図は、どんなに奇妙で物足りないだろう? もし、あの島が存在しなかったら、どうなっているだろう? 世界の歴史はずいぶん変わっていたのではないか? 想像してみると面白い。」(285ページ)
と考えるシーンがあります。
「アメリカ大陸はぜんぶスペイン系だっただろうか? インドはフランス系か? 肌の色による差別が無いので民族間を越えて結婚が進み、人種によるアイデンティティーは消えていただろう。」(285ページ)
と続くのですが、スペインやフランスで人種差別がないなどということはないので、不思議に思いました。
イギリス人であるジョセフィン・テイから見ると、イギリスこそが人種差別の根源ということだったのでしょうか? 興味深いです。
原題:The Singing Sands
著者:Josephine Tey
刊行:1953年
訳者:鹽野佐和子
真夜中の探偵 [日本の作家 有栖川有栖]
<カバー裏あらすじ>
数年前に失踪した母親の行方がつかめぬまま、17歳の空閑純は大阪で一人暮らしをはじめる。探偵行為の科で逮捕された父親との面会が許されない状況下、思いがけない人物に声を掛けられたことをきっかけに、純は探偵への道を歩きだす。ある人物の別荘で、木箱に入った元探偵の溺死体が発見され、純は「水の棺」の謎に挑む。
2024年6月に読んだ9作目(11冊目)の本です。
有栖川有栖の「真夜中の探偵」 (講談社文庫)。
「闇の喇叭」 (講談社文庫)(感想ページはこちら)
に続くシリーズ第2弾。
前作に書かれていた舞台設定をここでも書いておきます。
昭和ならぬ召和二十年、アメリカによる原爆開発が遅れ、ソ連は正式に対日参戦し、結局原爆は3回目として京都にも落とされ、九月二十日に日本は降伏、北海道はソ連の統治下にはいり、その後〈日ノ本共和国〉として独立。
物語の舞台は、“南” 側の日本で、探偵行為が禁止されている。
前作同様物理的トリックが使われています。
あらすじにある「水の棺」というのがそれです。
物理的なトリックはジュブナイルと相性がいいのかもしれませんね。
ソラ(純)があっさり見抜くので書いてしまいますが、アリバイトリックに利用しています。
このトリック、うまくいくかなぁ、と心配になってしまいました。
それでも、アリバイトリックのひねり方には魅了されました。
素晴らしい。
作中でとてもあっさり扱われているのがもったいないなと思えるくらい、盲点になっていました。
愉しい。
本書で、正式に(?)、<ソラ>が探偵としての空閑純の通り名となります。(246ページ)
もともと友人たちからソラと呼ばれてはいたのですが、いざ探偵名として決まるとちょっとした感慨。
若者を見守る親戚のおじさん気分です(笑)。
ラストでは、行方不明だった母親のシーンもあります。
次の「論理爆弾」 (講談社文庫)が最終巻のようですが、ソラに幸せな未来が待っているといいな、と思います。
<蛇足1>
「空閑という姓はクガとも読み、さほどの珍名ではなかったが、ソラシズという響きは印象に残りやすい。」(58ページ)
確かに。
作者の狙いということですよね。
<蛇足2>
「おかげで前途ある若手将校が二人、お偉方を救うためにあらぬ責任を取らされた。国家に損失を与え、ゴミのような内通者の死の真相をあばいただけで、探偵は正義を実現したつもりでいたのだろう」(129ページ)
なかなかドキッとするセリフです。
ミステリの存在意義につながるのかもしれません。
<蛇足3>
「偽物は大阪にある。いや、偽物なんて言うたら罰が当たるか。ここをコピーした清水寺というお寺が四天王寺さんの近くにあるわ。舞台や滝も真似たんやで。規模はもっともっと小さいけどな。」(311ページ)
京都の清水寺を模したお寺が大阪にあるとは知りませんでした。
大阪市内唯一の天然の滝とされる「玉出の滝」があることでも知られているらしいです。
ちょっと行ってみたいかも。
<蛇足4>
「犯人を突き止めればいい、というものじゃない。きみのご両親は、事件をどのように処理すればいいかを考えながら探偵をしていたはずだ。そこを一番大事にしていたかもしれない。跡を継ぐのなら、きみもしっかりとした思想を持ったほうがいい」(334ページ)
ソラがある人物から忠告を受けます。
この内容、上に挙げた<蛇足2>にもつながってきますね。
殺人者の陳列棚 [海外の作家 は行]
<カバー裏あらすじ>
建設ラッシュにわくニューヨーク──。ロウアー・マンハッタンの高層マンション建築現場で、地下の坑道らしきものから百年以上前の人骨が三十六体発見された。ところが、その骨には例外なく脊髄の下部に奇妙な切断の跡が残されていた。犯人は十九世紀の猟奇殺人鬼なのか?その話題で街じゅうが騒然とするなか、セントラルパークで同様の連続殺人事件が発生。模倣犯の仕業なのか、それとも百年前の殺人鬼がふたたび現代によみがえったのか。捜査は混迷を深めていった……。<上巻>
博覧強記のFBI捜査官ペンダーガストは、自然史博物館に勤める女性考古学者ノーラの協力を得て百年前の連続殺人事件を再調査する。そして博物館の資料室で発見した古い記録から、ある場所が浮かび上がった。世界各地の奇妙な化石や剥製を展示し、入場料を取る見世物小屋──博物館の前身“秘法館”が殺人の舞台だったのだ。百年前と現代のニューヨークが交錯しながら事件の核心に迫り、やがて驚愕の事実が明らかになる。各紙誌で絶賛された超一級のエンタテイメント大作!<下巻>
2024年6月に読んだ8作目(9、10冊目)の本です。
ダグラス・プレストン&リンカーン・チャイルドの「殺人者の陳列棚」(上) (下) (二見文庫 ザ・ミステリ・コレクション)。
ダグラス・プレストン&リンカーン・チャイルド。
懐かしいですね。
「レリック」 (上) (下) (扶桑社ミステリー)
やその続編
「地底大戦: レリック2」 (上) (下) (扶桑社ミステリー)
それから
「マウント・ドラゴン」 (上) (下) (扶桑社ミステリー)
あたり、読んでいます(当然? いまはすべて品切れです)。
「レリック」は映画にもなっていたと思います。
化け物、怪物の出てくる荒唐無稽なお話なんですが、面白かった記憶があります。
さて久しぶりの(といいつつ奥付は2003年なので、買ったのは久しぶりというような時点ではなかったのですが)この「殺人者の陳列棚」(上) (下)は、マンション建築現場で見つかった百年以上前の人骨という事件(?) を、管轄違いのFIB捜査官ペンダーガーストが、自然史博物館員であるノーラと探るというもので、あら、普通のミステリーかな、と思いました。
登場人物もこの二人に加えて、ニューヨーク市警のオーショーネシー、ノーラの恋人の新聞記者スミスバックが仲間サイド。捜査を妨害(?) する──といって悪ければ仲間サイドたちと対立するのがニューヨーク市警のお偉方や市長、そして市長の支援者である不動産開発業者のフェアヘイブンといった顔ぶれ。
普通。
百年以上前の連続猟奇殺人事件ンを、管轄違いのFBI捜査官が執着するのはなぜか、というのがひっかかるものの、きわめて普通。
と思っていたら、下巻に入って明かされるペンダーガーストの狙い(?) に啞然。
うわー、なんてことを。
下巻38ページ最終行のペンダーガーストのセリフにご注目。
さらにわかりやすいように、その後オーショーネシーがスミスバックに語るシーンがあるのですが、そこでスミスバックがこういいます。
「まいったな、パトリック、そいつはたしかにとっぴだ。それどころか荒唐無稽だ」(下巻49ページ。本文での傍点をここではイタリック表記──イタリックが表示されないようなので太字にしてみました)
たしかにとっぴで、荒唐無稽な物語です。
おもしろいのは、若干のネタばらしになりますが、大昔の連続殺人鬼と目されているレンの狙い(作中ではレンの究極の計画と呼ばれています)が、その上で取り上げたとっぴなアイデアそのものにあるのではなく、さらに先(という表現が正しいのか?)にある、ということでしょうか。
この計画は狂気そのものというしかないものですが、エンターテイメントの世界ではちょくちょく取り上げられているように思います。ここまでのものはあまり記憶がないですけれど。
ネタばらしついでに、その計画の行く末に大きな影響を与える1954年3月1日という日付にも注目かもしれません。この日付で検索すると出てくるので、ネタばらしを避けたい方は要注意です。
荒唐無稽なバカバカしいお話、といえばそうなのですが、時間を忘れて読みふける楽しいエンターテイメントでした。
<蛇足>
「わたしはきみたちジャーナリストがこぞって使うあのフレーズが大好きでね。信じるに足る理由があるというやつが。それはじつのところ、わたしはそう信じたいが、何の証拠もつかんでいないという意味だ。」(上巻248ページ 本文で傍点つきのところをイタリック──イタリックが表示されないようなので太字にしてみました)
洋の東西を問わず、こんな感じかもしれませんね。
原題:The Cabinet of Curiosities
著者:Douglas Preston & Lincoln Child
刊行:2002年
訳者:棚橋志行