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殺生関白の蜘蛛 [日本の作家 は行]

殺生関白の蜘蛛 (ハヤカワ文庫JA)

殺生関白の蜘蛛 (ハヤカワ文庫JA)

  • 作者: 日野 真人
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2017/11/21
  • メディア: 文庫

<カバー裏あらすじ>
「松永弾正が蔵した天下の名器・平蜘蛛の茶釜を探せ」豊臣家に仕える舞兵庫は、太閤秀吉と関白秀次から同じ密命を受ける。太閤への恐懼か、関白への忠義か……。二君の狭間で懊悩する男の周囲を、石田三成が暗躍し納屋助左衛門が跳梁する。吹き荒れるのは後嗣を巡る内紛の嵐。果たして権力者達が渇望する平蜘蛛の禁秘は何をもたらすのか? 茶器に潜む密謀と秀次事件の真相に迫る歴史ミステリ。第7回クリスティー賞優秀賞。


2023年4月に読んだ5冊目の本です。
第7回クリスティー賞優秀賞受賞作。
このときの受賞作は村木美涼「窓から見える最初のもの」(早川書房)でした。

冒頭から主人公舞兵庫が秀吉に呼びつけられるという緊迫した話で、タイトルにもある蜘蛛を探せ、と命じられ、そのあと秀次にも同じことを命じられる、という展開。
あれよあれよという間に窮地(と思われる状況)へ追い込まれていく主人公に、出だし好調と思いました。
ここでの蜘蛛は「蜘蛛の形をした釜」(32ページ)。どんな形なのかさっぱりわからないのですが、そんなことは読む上での支障にはなりません。形よりも、秀吉、秀次がなんとしても探し出したいという茶釜にどんな謂れがあるのかが気になるはずです。
ちなみに207ページにその姿がしっかり記述されます。

この茶釜探しから話がねじれ、広がっていくのがポイントの話だと思いました。
茶釜をめぐって、人の思惑が複雑に交差するところがおもしろい。
松永弾正、秀吉、秀次、石田三成に納屋助左衛門(=呂宋助左衛門)。いずれも一癖も二癖もある怪人物というのがいいですね。
物語の途中100ページにもならないうちに明らかとなるので(呂宋助左衛門も出てきますし)ここで書いてしまってもよいと思いますが、キリスト教が出てくるのも、時代背景を考えると非常に興味深い。

また秀次の家臣である大山伯耆(ほうき)と舞兵庫とのバディもの、のような色彩があるのも見どころかと思います。
最初は必ずしも信頼し合う仲ではなかったのに
「互いの命を預け合って修羅場を潜ってきたではないか。それで相手の人となりがわからぬのなら、仕方がない。騙されても本望というもの。違うか。」(194ページ)
などという会話を交わす仲へと変わっていきます。

ところで、タイトル「殺生関白の蜘蛛」 (ハヤカワ文庫JA)の蜘蛛、別に殺生関白(豊臣秀次)のものではないのです。秀吉のものでもない。
「殺生関白の蜘蛛」は、松永弾正が持っていた茶釜のそれぞれの思惑を秘めた争奪戦を描いているんですよね。

応募時のタイトルは「アラーネアの罠」だったらしく、
「アラーネアとはラテン語を語源とする言葉で、蜘蛛を意味するそうだ。そして蜘蛛は古くから神の使いとして尊ばれている。」(124ページ)
と説明されていますが、その方が内容にはふさわしいような気がします。
ただ、時代小説が盛んになっていることもあって、「アラーネアの罠」ではわかりづらく、はっきりと時代物であることがわかる「殺生関白の蜘蛛」というタイトルに改題されたのでしょうね。

平蜘蛛の正体(?) は物語の後段で明らかになるのですが、非常に興味深いものでした。
かなり強烈なアイデアで作者の想像力に敬服。
123ページで述べられる事項など、本当だとしたら相当強烈な内容です。
想像するしかないのですが、怪しい面々が蠢いてもおかしくない気がします。
一方で、どの程度力があるものなのか疑問に感じることも確かで、この点にしっかり対応したかのような物語の展開には納得感を覚えました。

謎解きミステリではありませんが、謀略小説風の冒険時代小説に伝奇もののテイストがつけられており、おもしろく読みました。
大賞受賞作の「窓から見える最初のもの」のミステリ色が極めて薄かったので、こちらが大賞でもよかったんじゃないかな? と思ってしまいました。



<蛇足1>
「着地するなり、右の賊に体当たりして転(こ)かす。」(97ページ)
「こかす」って、こう書くんだと思って調べてみたら、転かす/倒かす、と2通りあるようですね。

<蛇足2>
「茶の湯でキリストの心を伝えて頂けませんか。」(120ページ)
澳門(マカオ)にいるキリスト教の司祭のセリフです。
おもしろい考え方だと思いました。実際に日本でのキリスト教の布教に茶の湯は使われたのでしょうか? ヴァリニャーノの「日本巡察記」が引用されており、確かに茶の湯の記述もありますから、事実なんですね。とてもおもしろいと思います。

<蛇足3>
「死と背中合わせの戦場往来を続けると、生死を分けるのは武術や胆力ではなく、ただ神仏の思し召しに過ぎぬと思うことがある。」(195ページ)
武士の正直な述懐なのだろう、と思いますが、本書のラストシーンと重ね合わせると、なかなかの感慨を覚えます。

<蛇足4>
「昨夜からの雨は霧へと変わった。吶喊(とっかん)の声と銃声が各所でする。」(306ページ)
吶喊がわからず、調べてしまいました。
読み方ですが、振られているルビが「とっかん」ではなく「とつかん」に見えるんですよね......



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