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浴室には誰もいない [海外の作家 は行]


浴室には誰もいない (創元推理文庫)

浴室には誰もいない (創元推理文庫)

  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2016/10/20
  • メディア: 文庫

<カバー裏あらすじ>
匿名の手紙を契機に、ある家の浴室から死体を溶かして流した痕跡が見つかる。住人の男性ふたりはともに行方不明。地元警察と、特殊な事情によりロンドンから派遣された情報部員が、事件解決に向けそれぞれ捜査を始めるが……。二転三転する展開の果てに待つ、「死体なき殺人」の真相とは? バークリーが激賞した、英国推理作家協会ゴールドダガー最終候補作の本格ミステリ。


2024年2月に読んだ12冊目、最後の本です。
コリン・ホワイトの「浴室には誰もいない」 (創元推理文庫)

先日読んだ「ロンリーハート・4122」 (論創海外ミステリ)の感想で既読と大きな勘違いを書いてしまい、その後未読であることを確認、慌てて(いい機会でもあるし)読むことに。

解説で法月綸太郎が、アントニイ・バークリー、ジュリアン・シモンズ、H・R・F・キーティングの言葉を引用しながら、ユーモアミステリ、ファルスミステリとして評価されていますが、笑いの要素は正直それほど強く感じられません。非常にわかりにくい笑いが提供されています。
法月綸太郎により「奇妙というより、もっとシュールでわけのわからない謎、うわべと中身のズレから生じる笑いと腹黒いサスペンス、いきなり真顔で突き放すような、情け容赦のない結末。それでも最初から作者の狙いにブレはなく、含みのある言い回しとあけすけな目配せで、底意地の悪い真相をちらつかせていたことがわかる」と説かれていますが、一言でいうと、変な作品ということになるのではないかと思います。

フラックスボロー警察に届いた匿名の手紙をもとに、住んでいる男性二人の姿が見えないからと警察が乗り込んでいく、というのがまず不思議(後に存在が確認された家主にパーブライト警部は「一存で家のなかを見させてもらいました」(88ページ)と言っています。家のなかを見たどころではないのですが笑)。
その家から浴槽が運び出され、下水管の下水が浚われ、硫酸を使用した跡が発見され、庭が掘り返される......
パープライト警部は死体を硫酸で処理したと考え捜査に乗り出すが......

ここまでだけで十分変です。
さらに変になります。
家主で煙草屋のゴードン・ペリアムとともに住んでいた旅回りのセールスマンのホップジョイは、実は重要国家機密に関わるスパイ当局の一員で諜報員だった(とはっきり書かれていませんが)ということで、その組織のロス少佐とその部下パンフリーも独自にホップジョイの行方を追う。

田舎町を舞台にした行方不明に、とんだ大騒ぎ、なんですが、捜査はわりと地味に進みます。

住んでいた二人のうちどちらかがどちらかを殺した、と思われていたものが、片方である家主が見つかって、家主が殺したのか、と思ったら、どうも証拠に矛盾があって、では死んだふりして失踪しているにか......
237ぺージと短い作品ですが、事件の様相がくるくると変わります。
(脱線しますが、先日感想を書いた湊かなえの「Nのために」 (双葉文庫)(感想ページはこちら)と違って本当にくるくると様相が変わります。こちらは死体が見つかっていないという点で変える余地が大きいから、ということもありますが、作者の興味の焦点が違うというのが一番の原因かと思われます)

作者の意地悪なところが色濃く出ている、そしてそれがイギリスで受けた、ということかと思われます──日本ではちょっと受けにくい作風である気がしますが、貴重な作風だと思うので、もっと訳してほしいですね。


<蛇足1>
「温かいミルクとコーヒーエッセンスでほんのり味をつけた湯を勧め、綿埃の焦げた臭いを強烈に発散する模造暖炉のスイッチを入れ」(36ページ)
”温かいミルクとコーヒーエッセンスでほんのり味をつけた湯” というのはかなり強烈な表現ですね。
後半に出てくる模造暖炉、昔住んだロンドンのフラットに似たようなものがありましたが確かに埃の匂いがしました。

<蛇足2>
「パーブライトは遺憾な気持ちを込めてため息をついた。」(88ページ)
遺憾な気持ちを込めたため息ってどんなでしょう?

<蛇足3>
「チャブが署長という地位にふさわしい知力を備えていると信頼していたためではない。単純な自然を前にして心を開放し、問題を効率的に解決しようとする心理が働いたにすぎない。」(138ページ)
パーブライト警部の心情を書いたくだりですが、ここの意味がわかりませんでした。
単純な自然?
チャブ署長と話すことを前提とした文章で、どうして自然が出てくるのでしょう?
ひょっとしたら原語は nature で、ここでは自然ではなく、人の性格、性質を指すのではないでしょうおか? 単純な性格の署長を前に、くらいの意味?

<蛇足4>
「うがった見方はしたくないが」と始めた。「可能性を無視するわけには……そのう、男がふたりきりでひとつの屋根の下に……」(143ページ)
チャブ署長のセリフですが、ここの「うがった見方」は典型的な誤用ですね。
「疑って掛かるような見方をする」意味で使わることが多い語ですが、本来は「物事の本質を捉えた見方をする」という意味ですから。
チャブ署長はあまり聡明な人物としては描かれていないので、訳者はわざと誤用させたのかもしれませんね。

<蛇足5>
「ブロックルストン発のニュースは、公園の芝生にはびこるデージーのように、新聞に顔を出し続けた。
 記事そのものもデージーに似て小さく、常に紙面の下のほうに掲載される。」(217ページ)
デージーでも正しいのですが、この花の名前はデイジーと書く方がしっくりきますね。


原題:Hopjoy was Here
著者:Colin Watson
刊行:1962年
訳者:直良和美






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ロンリーハート・4122 [海外の作家 は行]


ロンリーハート・4122 (論創海外ミステリ 262)

ロンリーハート・4122 (論創海外ミステリ 262)

  • 出版社/メーカー: 論創社
  • 発売日: 2021/02/10
  • メディア: 単行本


<amazon の紹介文から>
結婚願望を持つ中年女性のルーシー・ティータイムは、イギリスの田舎町フラックス・バラにある結婚相談所で「ロンリーハート(交際を希望する中年男性)4122号」と知り合い、甘美な未来と薔薇色のロマンスを夢見る。しかし、過去に彼と関わった女性は二人とも行方不明になっていた……。英国推理作家協会賞ゴールド・ダガー賞の最終候補に挙げられた秀作、待望の邦訳!


2024年1月に読んだ7冊目の本です。
コリン・ホワイトの「ロンリーハート・4122」 (論創海外ミステリ)
単行本で、論創海外ミステリ262です。
英国推理作家協会賞ゴールド・ダガー賞の候補作だったのですね。

コリン・ホワイトといえば、
「愚者たちの棺」 (創元推理文庫)(感想ページはこちら
「浴室には誰もいない」 (創元推理文庫)
の2作が創元推理文庫から訳されていましたが、その後翻訳は途絶えていました。
「愚者たちの棺」だけ感想を書いていますが両作ともに読んでいます。いずれも小粒ではありますが、田舎町を舞台とした手堅いミステリで楽しめました。
<2024.2.26訂正 「愚者たちの棺」は読んだつもりでいたのですが、未だ読んでいませんでした。>
論創海外ミステリから翻訳が出ていることを認識しておらず、というか新刊案内とかで見てもスルーしてしまっていて、作者がコリン・ホワイトであることに気づいて慌てて購入。

この「ロンリーハート・4122」は、舞台は同じ町フラックス・バラ(創元推理文庫ではフラックスボロー)で、同じくパーブライト警部が捜査の中心になります。
同時にティータイムという女性(昔ながらの翻訳ミステリ流でいうと、ティータイム嬢と呼びたくなるような風情の女性です)の視点で、キーとなる結婚相談所(?) を利用する様子が描かれます。

この結婚相談所のシステムが良くできていまして(少なくともぼくはそう思いました)、当時イギリスにはこういうのがあちこちにあったのだろうか、なんて考えてしまいました。

パーブライト警部たちの捜査が非常にゆっくりと進んでいく一方で、ティータイムの話がどんどん進んでいくので、妙に居心地の悪いサスペンスが強く感じられます。
いよいよ、という感じのクライマックスが、急転直下というような解決を迎えさせてくれるのですが、さらっと(ぐだぐだと説明せずに)真相を投げ出してくるあたり、好みにも合い、とてもおもしろかったです。


<蛇足1>
「部屋はまるでイギリスの家庭喜劇の舞台装置のようだった。」(52ページ)
家庭喜劇。??と思いましたが、日本でいうところのホームコメディのことですね。確かに家庭喜劇。
ホームコメディは和製英語なので、原語はなんだったのでしょうね?  
Sit Come や Soap Drama (Opera) だとイギリスらしくないし、Domestic Comedy とはあまり言わない気が。

<蛇足2>
「お客さまとしていらしたのではないんですよね」
パーブライトは微笑み返した。「実は違います」
「そうだと思いました。結婚なさっているようには見えないので。それって一番確かなサインなんですよ。あなたには奥さまがいらして、奥さまにとっても満足していらっしゃるという」(53ページ)
パーブライト警部が結婚相談所を初めて訪れるシーンですが、意味が分かりませんでした。
結婚なさっていないよう、ならばわかるのですが。

<蛇足3>
「そこのスキャンピ(大型海老を油かバターとニンニクで炒めた料理)が絶品なんです」(126ページ)
想像で言って恐縮ながら、ここの scampi は料理名ではなく、素材名(手長海老。アカザエビ)のことを指すのではなかろうかと思います。
注として書かれている料理は、一般には、Shrimp Scampi と呼ばれているものと思われ、scampi 単体だと料理名ではないのでは、と思う次第です。

<蛇足4>
「このまま上って、公有地を横切ってくれ」(217ページ)
ここの公有地、おそらく原語は Commons ではないかと思います。
字面から訳せば公有地(あるは共有地)で間違いないのですが、一般的な感覚からして、公園とか空き地とかの方がしっくりくる語だと思います。

<蛇足5>
井伊順彦の解説で、フラックス・バラという表記について触れられています。創元推理文庫ではフラックスボローだったのと比べて、ということですね。
発音的にはフラックス・バラに軍配があがりますね。ただ解説で指摘されているように、「・」のないフラックスバラが一番しっくりくるように思います。



原題:Lonelyheart 4122
著者:Colin Watson
刊行:1967年
訳者:岩崎たまゑ








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霧に包まれた骸 [海外の作家 は行]


霧に包まれた骸 (論創海外ミステリ)

霧に包まれた骸 (論創海外ミステリ)

  • 出版社/メーカー: 論創社
  • 発売日: 2014/10/01
  • メディア: 単行本




2023年12月に読んだ4冊目の本です。
ミルワード・ケネディの「霧に包まれた骸」 (論創海外ミステリ)
単行本で、論創海外ミステリ132です。

ミルワード・ケネディの作品は「救いの死」 (世界探偵小説全集)を読んでいますが、まったく印象に残っておりません(笑)。
面白かったという記憶もないかわりに、つまらなかったという印象もない。
ただ、そのあと出た「スリープ村の殺人者」 (SHINJUSHA MYSTERY)の購入を見送っていますので、可もなく不可もなく、という感想だったのかな、と想像。

で、この「霧に包まれた骸」 (論創海外ミステリ)は、面白かったです!

濃霧の夜に発見されたパジャマ姿の遺体
複雑怪奇な事件の絵模様がコーンフォード警部を翻弄する」

と帯にあり、南米からイギリスに帰国した裕福なヘンリー・ディルと思われる死体発見から始まります。
この死体が本当にヘンリー・ディルのものなのか、次第にそういう疑念が沸き起こってくるあたりから、とても面白くなりました。

このコーンフォード警部、やたらいろんなことに想像をめぐらす刑事さんでして、ああでもないこうでもない、といろいろと考えているうちに迷走します。
この迷走ぶりが楽しい。
事件の設定として、そんなにいろんな可能性が考えられるようにはなっていないので、限られた可能性の中右往左往する刑事さんがいいですね。
迷走するコーンフォード警部を、冷静に導いていきそうな上役も、ミステリでは珍しいタイプ。

そうこうしているうちに、意外な(?) 探偵役が登場し、さっと解決を提示してみせるところもなかなかいい。
あなたが探偵役でしたか......
登場人物も限られていますし、意外な真相とは正直言えませんが、解説で真田啓介が指摘している複雑な犯人像も楽しかったです。
(真田啓介はネガティブにとらえているように解説からは受け止めましたが、個人的にはこの犯人の設定、気に入っています。)

「救いの死」 (世界探偵小説全集)も、読み返してみるかな??


<蛇足1>
「その事件は、新聞に『ホースガーズ・パレード広場で衛兵ならぬ死者が行進』という見出しを授けてくれた。」(7ページ)
第一文から、あまりにも直訳すぎて、意味が一瞬わかりませんでした。
論創ミステリの翻訳のまずさは、引き続き快調のようです(変な表現ですが)。

<蛇足2>
「車はのろのろ走り出しましたが、エンジンは点火していませんでした。寒さのせいでしょう」(13ページ)
エンジンに点火せずに、車が走り出すのですね。
場所は、原題がもじりになっていることからわかるように、ホース・ガーズのあたりですから、坂道ではありません。不思議。

<蛇足3>
「私設車道を縁取る芝生部分を踏みながら、コーンフォードは屋敷のそばまで近づいた。」(48ページ)
立派なお屋敷に関する部分です。
私設車道、という訳語が使われていますが、わかりやすくていいなと思いました。
以前 P・D・ジェイムズ の「死の味」〈上〉〈下〉 (ハヤカワ・ミステリ文庫)感想で触れたドライブウェイの訳も、この私設車道というのを使えばよかったかも、ですね。

<蛇足4>
「地下鉄のセント・ジェームズ・パーク駅ですか?」
「そうだ。そこで午後十時十五分過ぎに、白髪まじりの鬚をもじゃもじゃ生やした、黒っぽい帽子にレインコート姿の男が、発券所の窓口で駅員に目撃されている。その人物はアールズ・コート駅までの切符を購入した。」
「しかし、午後十時二十五分頃に、セント・ジェイムズ・パーク駅を去った乗客の中に乗車券を失くした男がいて、テンプル駅からの乗車賃を払ったそうだ。切符を失くしたからとすんなり料金を払っている。支払いを済ませると、男は急ぎ足で立ち去った──切符回収係の記憶にあるのは、そいつがレインコートを羽織っていたことだけだ。ここでまた推測となるが──その十分のあいだに、男はトイレでつけ鬚を取り外していたのではないだろうか。」(84ページ)
現在セント・ジェイムズ・パーク駅には、乗客の利用できるトイレはありませんが、当時はあったのですね。おもしろいです。

<蛇足5>
「でも、素人探偵だか人間の本質を学ぶ学生だか──あるいは古めかしく言うところの野次馬に復帰する気なら、それなりに手は尽くさないとね」(179ページ)
この文章自体あまり意味がよくわからないのですが、さておき、野次馬に「古めかしい」という形容をつけているにびっくりしました。そんな古めかしいですか?

<蛇足6>
「秀逸な推理だ。いかにも南米的な血生臭い香りがするぞ」(185ページ)
「南米的な血生臭い」とは南米の人が怒り出しそうないいぶりですが、当時のイギリスの認識はそうだったのでしょうね。

<蛇足7>
「メリマンはふたたび外出し、自家用車を停めている近所の駐車場まで歩いて行った。週末までに洗車を頼んでおこうと思いついたのだ。
 その駐車場の利用者は大半がセント・ジェームズ駅近辺の住人で占められていた。メリマンが着いたとき、手の空いた作業員は一人もいないようだった。」(203ページ)
イギリスの作品の訳でよく見られるのですが、こいう場合の駐車場は(おそらく原語は garage = ガレージ)、むしろ修理工場とかが近いと思われます。

<蛇足8>
「そして──その男はヘンリーの頭を殴った──サンドバックかゴム製のステッキか、その手の道具だったと思います。それはエドガー・ウォーレスとか、その辺りの推理小説作家に訊いてちょうだい。」(305ページ)
非難めいた調子かどうかは定かではありませんが、こういう言い方だとエドガー・ウォーレスの位置づけはあまりよくなさそうですね。


原題:Corpse Guards Parade
著者:Milward Kennedy
刊行:1929年
訳者:西川直子


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五枚目のエース [海外の作家 は行]


五枚目のエース (ヴィンテージ・ミステリ・シリーズ)

五枚目のエース (ヴィンテージ・ミステリ・シリーズ)

  • 出版社/メーカー: 原書房
  • 発売日: 2014/07/15
  • メディア: 単行本

<カバー袖あらすじ>
警官の目前で事故を起こした車にはシャベルとともに女の死体が積まれていた。運転手の男は逮捕され、死刑判決を受ける。
執行まであと九日間。そこへきて元教師の素人探偵ミス・ウィザーズが首を突っ込んできた。「冤罪かもしれないわ」
旧友パイパー警部を巻き込んで引っかき回しては ”容疑者” を集めていくが、しかし決定打がない。
カードも出尽くしてしまったと思われたところでミス・ウィザーズはある提案をする。
「みんなを集めてほしいの」
五枚目のエースはすべてをひっくり返すのか────
エラリー・クイーンのライヴァルが贈るデッドライン&スラップスティックの傑作!


2023年11月に読んだ4作目の本です。
スチュアート・パーマーの「五枚目のエース」 (ヴィンテージ・ミステリ・シリーズ)
単行本です。
そういえば、原書房のこのヴィンテージ・ミステリ、最近出ていないですね。

さて、ミス・ウィザーズが、知り合いの警察と一緒に捜査するという典型的な素人探偵物の筋書きなのです。
素人探偵が警察と仲がいい(というか、警察が素人探偵に寛容)というのは時代のせいなのでしょうが、それにしても、ミス・ウィザーズが事件に乗り出す理由が薄弱すぎてびっくりします。
関係ないのに引っかき回さないでくれ、とパイパー警部でなくても言いたくなるところ。

事件は、死刑執行間近の死刑囚を救えるか、というタイムリミットが設定されているというのに、なんとも緊迫感がないのは、これも時代のせいですかね?
あるいは探偵役をつとめるミス・ウィザーズのキャラクターのせい?
引用したあらすじに、スラップスティックとありますが、その点も、おそらくタイムリミットとすれ違ってしまっているのでしょう。

この作者のユーモア(?) のセンスは合わなかったですね。
森英俊の解説によると、ミス・ウィザーズは帽子が特徴のようで、その帽子をパイパー警部がからかう、というのが定番らしいのですが、これがおもしろくない。
本書でも
「潮の流れにとり残された漂流物の残骸かと思ったよ」(123ページ)
というところがありますが、うーん、笑えますか、ここ?

個人的に面白かったのは、こういうユーモアの発揮されるところではなく、解決編の直前で、パイパー警部とミス・ウィザーズが賭けをするところでした。
「この件がどういう結果になろうと、これはわたしたちが一緒に関わる最後の事件になる。わたしも本気だからな」(255ページ)
とパイパー警部がいうような賭けでして、楽しめました。

ミス・ウィザーズのキャラクター自体、あまり好みではありませんでした。

ミステリとしては、犯人の隠し方がちょっと面白かったです。
ありふれた手といえばありふれた手(それほど似てはいないのですが、某日本作家の某作を思い出しました)ではあるものの、人物設定には合っているように思えました。

原題はグリーンのエース(The Green Ace)。
邦題の五枚目のエースも同じものを指すようで、
「ミス・ウィザーズは古い話を思い出した。列車の中で暴君とカードをしていた男の話だ。エース四枚という完璧な手が回ってきたのに、その暴君は、ヒッポグリフのグリーンのエース(すべてのカードを取ることができる最上級のカード)を引いたのだ。」(181ページ)
という箇所があります。
でも、これ、意味がわかりませんでした。
死刑囚を救わないといけないので、最強を上回るような切り札が必要ということなのでしょうか?



<蛇足1>
「現代では、エスパーとか空飛ぶ円盤とか水素爆弾というものとは、一線を引くものでしょう?」(37ページ)
ミス・ウィザーズのセリフです。
水素爆弾って、超能力やUFOと同列に扱われちゃうものだったんですね。

<蛇足2>
「この手のたわごとは、サー・オリヴァン・ロッジ(英国の物理学者、心霊現象研究協会メンバー)やボストンの霊媒(マージェリー)や、こうしたことに心酔したコナン・ドイルの著作と共に姿を消したはずだ。昨今では、騙されやすい哀れな女性たちが、精神医学やカナスタや実存主義を持ち出して、笑いものになっているだけ」(37ページ)
カナスタがわからなくて調べたら、トランプゲームの1種のようです。
この文脈で出てくる意味がわかりません......

<蛇足3>
「しかし、ほかになにが見つかるというのか? ガラスの皿に盛りつけられたグリフォンの胸肉や、マンドレークのクリームあえや、ツタウルシのサラダがあるとでも?」(78ページ)
グリフォンは架空の動物、マンドレークは実際にあるハーブですが伝説の生き物でもあり、ツタウルシは実際にある植物。
この取り合わせがわかりません。

<蛇足4>
「マリカ・ソレンには前科がある」「一九四八年一月、ライセンスなしで占い師を語った疑いで逮捕されているが、起訴には至らなかった。」(84ページ)
「語った」は「騙った」のタイポだと思われますが、占い師にライセンスがあったのですね。

<蛇足5>
「きみは」警部は意気込んでいった。「スコットランドの質屋と同じくらい騙されやすいよ」(132ページ)
こういう言い回しがあるのですね。きっとなにか謂れがあるのでしょうね。



<蛇足6>
「『父には今朝、事件のこれまでの経過をすっかり話してあります』
『みごとな行動です』チャーリーは感心してうなずいた。」(141ぺージ)
感覚の違いにすぎないのですが、「話した」という事実を「行動」と受けるのに違和感を覚えました。

<蛇足7>
「リンゴの花はダンプリング(リンゴ入り蒸し団子のようなデザート菓子)よりはるかに美しいのです」(291ページ)
英語でダンプリングというと、餃子(あるいはそれに似たような料理)を連想してしまったのですが、お菓子もあるのですね。

<蛇足8>
「疑われたくなければ、スモモの木の下で帽子に手を伸ばして整えてはいけないといいます。」(297ページ)
日本では通常「李下に冠を正さず」とされている故事成語ですね。

<蛇足9>
「たとえ黄金のベッドでも病に苦しむ人を癒すことはできません。すぐれた礼節も、すぐれた人間を生むことはできないのです。」(347ページ)
ベッドのたとえはとても面白く感じましたが、後段とのつながりが今一つピンときませんでした。



原題:The Green Ace
作者:Stuart Palmer
刊行:1950年
翻訳:三浦玲子






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警官の騎士道 [海外の作家 は行]


警官の騎士道 (論創海外ミステリ)

警官の騎士道 (論創海外ミステリ)

  • 出版社/メーカー: 論創社
  • 発売日: 2013/10/01
  • メディア: 単行本




2023年10月に読んだ7冊目の本です。
ルーパート・ペニーの「警官の騎士道」 (論創海外ミステリ)
論創海外ミステリ110です。

ルーパート・ペニーの作品を読むのは
「甘い毒」 (国書刊行会 世界探偵小説全集 (19))
「警官の証言」 (論創海外ミステリ)(感想ページはこちら
に次いで3冊目です。
「ルーパート・ペニーの別の作品が翻訳されたら、きっとまた読むことでしょう。」なんて「警官の証言」感想で書きましたが、結局9年間が空いてしまいました。

ルーパート・ペニーの作品はいかにもなクラシック・ミステリで(「読者への挑戦」も376ページにあります!)、悪い意味ではなく地味なのですが、この「警官の騎士道」 (論創海外ミステリ)の場合は、探偵役のビール警部が、被害者一族の中の一人で有力な容疑者であるイーヴリンに好意を抱いてしまい、イーヴリンが犯人である可能性を考えたくないので捜査の過程からイーヴリン犯人説を極力排除しようとする(!) という、なかなかおもしろい展開を見せてくれます。
初対面の後、ビールは一緒に捜査に当たるトニー(雑誌の副編集長が警察の捜査に参加するのですから時代を感じさせますね)に
「惚れたな。一目瞭然だ」(112ページ)
とからかわれる始末。
物語の終盤22章になっても
「そうすると残りはイーヴリンしかいないようだ。それでもビールは、彼女が犯人かもしれないという可能性に向き合うことを、まだかたくなに避けていた。」(360ページ)
という状態。

この予断を持った状況が謎解きにどう影響を与えるのか、ちょっとハラハラしながら読んだので作者の術中に嵌まったということなのでしょう。
面白かったです。


<蛇足1>
「とはいえ、周知の限りではカルーは海外にいるようですし、いまだに同じ名前を使っているとはまったく思えません。」(23ページ)
「周知の限り」という表現、初めて見た気がします。
正直意味がよくわかりません。

<蛇足2>
「いま話したように、九時の時点でわれわれはコーヒーを飲んでいた。少なくとも理論上は、だが──まあ、紅茶だったかもしれない。」(46ページ)
理論上は??? どういう意味でしょう?
また自分たちのことなのに、コーヒーか紅茶かもわからないのも謎です。

<蛇足3>
「サー・レイモンドはビリヤードに夢中なことから、それが体に悪いとは気づかずに、普通のテーブルの上に載せて使うビリヤード用天板を購入したようです。大きさは正規の台の半分だったと思いますが、うるさいことを言わなければかなり楽しめるものです」(141ページ)
ビリヤード用天板などというものがあるのですね。
ポケットのないキャロム用なのでしょうね。

<蛇足4>
「まったく新し提案をしよう──実は、アガサ・クリスティーの小説からそのまま拝借したんだがね。全員が犯人かその協力者で、したがってみんなが嘘をついていて、お互いの証言を裏付けてるのさ」
 しかしながら、この提案を真剣に検討しようという者は誰もいなかった。(328ページ)
タイトルは明かされていませんが、やはりあの作品はセンセーショナルだったのですね。



原題:Policeman in Armour
著者:Rupert Penny
刊行:1937年
訳者:熊井ひろ美







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チャーリー・チャン最後の事件 [海外の作家 は行]


チャーリー・チャン最後の事件

チャーリー・チャン最後の事件

  • 出版社/メーカー: 論創社
  • 発売日: 2008/11/01
  • メディア: 単行本


<カバー袖あらすじ>
サンフランシスコの屋敷で、オペラ歌手である美しい女性と四人の男が一堂に会した。
四人の男は全員がその女性の別れた夫。
それぞれの思惑が交錯するなか、突然その女性が殺害される。
ある調査で屋敷に招かれていたホノルル警察のチャーリー・チャン警視が捜査にあたる。
愛憎入り乱れる事件の鍵を握っているのは誰か。
中国系アメリカ人チャーリー・チャン最後の事件、ついに邦訳。


2023年10月に読んだ3冊目の本です。
E・D・ビガーズの「チャーリー・チャン最後の事件」
単行本です。論創海外ミステリ82。

「鍵のない家」 (論創海外ミステリ)(感想ページはこちら
「黒い駱駝」 (論創海外ミステリ)(感想ページはこちら
とE・D・ビガーズを読んできて、現在手に入る最後の作品ということで、手に取りました。

お屋敷で殺人事件が起こるという、きわめて古典的な物語なのですが、複数の趣向をぶち込んでいることに驚きます。
平凡な邦題(失礼)にしては、読みどころの多い作品のように思いました。
ちなみに原題は "Keeper of the Keys" で、特に最後の事件を匂わせるようなものではありません。
原題はいろいろと含蓄深いタイトルなので、邦題もこれに倣ってもらった方がよかった気がします。

帯に「横溝正史も愛読した幻の作品」とあり、浜田知明による解説でも「横溝正史読本」 (角川文庫)を引き合いにしつつ、「仮面舞踏会」 (角川文庫)に触れられているのが、とても興味深い。
「仮面舞踏会」は印象に残っていないので、買って再読してみようかな?

横溝正史も愛読したということでは、この「チャーリー・チャン最後の事件」に盛り込まれている趣向の一つで、上で触れられている「仮面舞踏会」とは違う横溝正史の某作を連想しました。
同じ趣向とはちょっと違う(大きく違う?)のですが、連想してニヤリとしてしまったのは事実です。

チャーリー・チャンが中国人というのがこのシリーズの大きなポイントですが、この作品にはもうひとり、お屋敷の召使い(執事? 登場人物表では老僕と書かれています)であるシンが出てきまして、対比されるあたりがすごく印象深いです。

チャーリー・チャンが探偵役を務めるこのシリーズは、ノックスの探偵小説十戒の一項目
「主要人物として『中国人』を登場させてはならない。」
に抵触するのが大前提なわけですが、読んでいただくとすぐにわかるように、このシンは単なる召使いというにはとどまらない動きを見せまして、
本格ミステリンに関するもう一つの掟、ヴァン・ダインの二十則の一項目
「端役の使用人等を犯人にするのは安易な解決策である。その程度の人物が犯す犯罪ならわざわざ本に書くほどの事はない。」
というのも破ってしまおうとしているのか!? と楽しくなってしまいました。

ただ、確認したところ、ロナルド・ノックスが探偵小説十戒を書いたのは、1928年に編纂・刊行したアンソロジー "THE BEST DETECTIVE STORIES OF THE YEAR 1928" (ヘンリー・ハリントンと共編)の序文とのことなので、チャーリー・チャンのデビュー作である「鍵のない家」(1925年)よりも後ですし、ヴァン・ダインの二十則は「American Magazine」誌1928年9月号に掲載され、1936年刊行の短編集("Philo Vance investigates")に収録されたということなので、ちょっと上の見立ては微妙ですね。





<蛇足1>
「しかもメイドはこの話を打ち明けたときに言った。そこに真実の輪があることを認めるべきだと。」(38ページ)
真実の輪って、何でしょうね?

<蛇足2>
「彼女がみなさんのいずれかに、意識してその子どものことを話したとは思えません。しかし──こういう秘密は時として偶然に発覚するものです。」(38ページ)
話している相手なのですから「いずれか」ではなく「誰か」あるいは「どなたか」とすべきところかと思います。
また「意識して」という部分も日本語として少々不自然です。訳しにくい箇所だとは思いますが、「話そうとして」「伝えようとして」あたりの感覚で話していると思います。

<蛇足3>
こちらの読み落としかもしれませんが備忘として書いておきます。
「でもスワンに関しては──彼の容貌には私も感心できません。彼はランディーニを殺したでしょうか?」(113ページ)
突然外見の話になりびっくりしました。
ここで話題になっているスワンという人物は嫌な奴に設定されており、そういう描写やシーンは何度か出てきていて、その点を登場人物の誰が指摘しても不思議ではないのですが、外見には触れられていなかったように思います。
原語が気になるところです。

<蛇足4>
「手掛かりなら山ほどあります。大安売りできるほどに」彼は何やら思いにふけりながら続けた。「もし私が原告で、この事件を告訴するように求められたら、苦々しい顔で言うでしょう。あまりに手掛かりが多すぎると。しかもそれは、同時にあらゆる方向を指しています」(124ページ)
刑事事件で原告とは? また告訴というのもここでは非常に落ち着きが悪い語ですね。

<蛇足5>
「『ひと晩の徹夜は、十日間の不調のもとといいます』とチャンは微笑んだ。」(132ページ)
こういう言い回しがあるのですね。なかなか含蓄深いです。
反対側の133ページにも、独特の言い回しが出てきます。
「先のことに関しては──川に行き着いたときが靴を脱ぐときなのです」(133ページ)
こちらはおぼろに意味の見当がつきます。

<蛇足6>
「『父には今朝、事件のこれまでの経過をすっかり話してあります』
『みごとな行動です』チャーリーは感心してうなずいた。」(141ぺージ)
感覚の違いにすぎないのですが、「話した」という事実を「行動」と受けるのに違和感を覚えました。

<蛇足7>
「リンゴの花はダンプリング(リンゴ入り蒸し団子のようなデザート菓子)よりはるかに美しいのです」(291ページ)
英語でダンプリングというと、餃子(あるいはそれに似たような料理)を連想してしまったのですが、お菓子もあるのですね。

<蛇足8>
「疑われたくなければ、スモモの木の下で帽子に手を伸ばして整えてはいけないといいます。」(297ページ)
日本では通常「李下に冠を正さず」とされている故事成語ですね。

<蛇足9>
「たとえ黄金のベッドでも病に苦しむ人を癒すことはできません。すぐれた礼節も、すぐれた人間を生むことはできないのです。」(347ページ)
ベッドのたとえはとても面白く感じましたが、後段とのつながりが今一つピンときませんでした。



原題:Keeper of the Keys
作者:E.D. Biggers
刊行:1932年
翻訳:文月なな




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オリジン [海外の作家 は行]


オリジン 上 (角川文庫)

オリジン 上 (角川文庫)

  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2019/03/23
  • メディア: 文庫
オリジン 中 (角川文庫)

オリジン 中 (角川文庫)

  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2019/03/23
  • メディア: 文庫
オリジン 下 (角川文庫)

オリジン 下 (角川文庫)

  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2019/03/23
  • メディア: 文庫

<カバー裏あらすじ>
宗教象徴学者ラングドンは、スペインのグッゲンハイム美術館を訪れていた。元教え子のカーシュが、“われわれはどこから来て、どこへ行くのか”という人類最大の謎を解き明かす映像を発表するというのだ。しかし発表の直前、カーシュは額を撃ち抜かれて絶命する。一体誰が―。誰も信用できない中で、ラングドンと美貌の美術館長・アンブラは逃亡しながら、カーシュの残した人工知能ウィンストンの助けを借りて謎に迫る!<上巻>
ラングドンと逃げるアンブラは、スペイン国王太子フリアンの婚約者だった。アンブラによると、カーシュ暗殺にはスペイン王宮が関わっている可能性があるという。カーシュが遺した映像を見るには、スマートフォンに47文字のパスワードを打ち込む必要がある。ガウディの建築物“カサ・ミラ”にあるカーシュの部屋で手がかりを見つけたラングドンは、『ウィリアム・ブレイク全集』が寄託されたサグラダ・ファミリアに向かう。<中巻>
“われわれはどこから来て、どこへ行くのか”カーシュが解き明かした、人類の起源と運命に迫る真実とは何か。サグラダ・ファミリアを捜索し、ウィリアム・ブレイクの手稿本から手がかりを得たラングドンのもとに、暗殺者が迫る。正体不明の情報提供者。ネット上で錯綜するフェイクニュース。暗躍する、宰輔と名乗る人物。誰が誰を欺いているのか、先の見えない逃亡劇の果てにラングドンがたどり着いた衝撃的な真相とは―。<下巻>


2023年8月に読み終わった最初の本です。
ダン・ブラウンの「オリジン」。

「天使と悪魔」 (上) (中) (下) (角川文庫)
「ダ・ヴィンチ・コード」(上) (中) (下) (角川文庫)
「ロスト・シンボル」 (上) (中) (下) (角川文庫)(感想ページはこちら
「インフェルノ」(上) (中) (下) (角川文庫)(感想ページはこちら
に続く、ラングドン・シリーズ第5作です。

数々の斬新なアイデアを提示してきたダン・ブラウンですが、今回挑んだのが、“われわれはどこから来て、どこへ行くのか”という人類の起源と運命に迫る真実。

この謎を、登場人物の一人であるカーシュが解き明かした、と。
そしてその真実は、
「この情報が世界じゅうの宗教信者に深刻な影響を与え、変化を引き起こす恐れがきわめて大きい」(17ページ)
というものだと。

なんとも大げさで大上段に振りかぶったようなものですが、肝心のその真実の中身は、なかなか明かされません。
その周辺をうろうろ。なにやら重大そうなことが起こるのだと、キリスト、ユダヤ、イスラムの指導者たちの姿を通して描いていきます。
一方で、スペインのグッゲンハイム美術館を舞台に、そのカーシュが発表会を開く、と。そこでカーシュが殺されてしまい......
そこからラングドンの逃走劇&追跡劇が始まります。
カーシュの残した人工知能のウィンストンとともにラングドンの冒険が始まり、目まぐるしいような派手な物語が展開します。
スペインの王家も巻き込む大活劇。

これはこれでいつものごとく、面白かったのですが、わがままな読者としては、そんなのもういいから、例の ”真実” を早く明らかにしてくれよと思いました。
大きく振りかぶった例の ”真実” にこそこちらの興味はあるですから。
小説として、新発見とか真実とかが最後まで明かされない、というパターンがあり得ます。
この小説がそれだといやだなあ、
でも、全宗教を揺るがすような真実なんて、作り出せるのだろうか? 無理だとするとぼやかしてしまうこともありうるよなぁ、と期待半分、おそれ半分で読んでいきました。

結論から申し上げると、作中でその ”真実” は明かされます。
未読の方の興趣を削がないようエチケットとして、色を変えておきますが、
「原始の地球で起こった、化学物質の複雑な相互作用。ユーリーとミラーの実験は、そのシミュレーションをおこなったモデルの先駆けだったというわけだ。」(下巻134ページ)と説明されるユーリーとミラーが失敗した実験を、カーシュが成功させたというものです。(以下も伏字だらけになって恐縮です)
これが成功すれば確かに画期的だと思います。
でも、宗教界を揺るがすほどの事態になるでしょうか?

「ラングドンは、だれもカーシュの話を聞いていなかったのではないかと思った。物理法則だけで生命を創造できる。カーシュのその発見は魅惑的で、たしかに刺激的だが、ラングドンが思うに、重大な問いを投げかけていて、だれもその問いを口にしないのが意外だった。物理法則に生命を創造するほどの力があるのなら……その法則を創造したのはだれなのか。」(下巻207ページ)
とラングドンの意見として作者みずから留保をつけていたりもしますが......。
ラングドンの意見は論理をもってする議論である一方、信仰はもともと論理的に説明しつくせるものではないと思います。この点で、カーシュの発見で揺らいでしまうものなのでしょうか? もちろん、揺らいでしまう人もいるでしょう。けれど、人類全体として宗教の意義が失われるとも思えませんし、信仰が絶えることもないと思います。
宗教ってもっと根強くしたたかなものだと思うのです。
あと作中に出されている宗教が、キリスト、ユダヤ、イスラムと、乱暴に言ってしまえば同根ともいえる似た宗教なのもちょっとどうかな、と。
たとえばわれわれ日本人には身近な仏教や神道、それにいわゆる原始宗教はまったく違う世界観を持っているので、このカーシュの発見をもってしても微塵も揺らがない気がします。

このように "真実" そのものとその影響については疑問を多々感じてしまいましたし、カーシュの発見自体、その経緯を考えると、そもそもAIに信を置きすぎだよ、と思えてくるところがあるのが困りものなのですが、それでも、ラングドンとAIウィンストンのやりとりは、この物語のキーであり、とても面白かったです。

「人間が合成知能との関係を感傷的にとらえるのは不思議ではありません。コンピューターは人間の思考過程を模倣し、学習した行動を真似して、その場にふさわしい感情を再現し、つねに ”人間らしさ” を高めることができます。とはいえ、それはすべて、わたくしたちとコミュニケ―ションをとりやすいインターフェースを提供するためにすぎません。わたしくたちはまっさらな白紙なのです。あなたがたが何かを書きこんで……課題(タスク)を与えないかぎりは。わたくしはエドモンドのためのタスクを完了しましたから、いくつかの意味で、もう一生を終えたのです。もう存在する理由がありません」
 ラングドンはウィンストンの論理にまだ納得がいかなかった。「でも、そんなに高性能なんだから……きみにだってあるだろうに……その……」
「夢や希望が?」ウィンストンは笑った。「ありませんね。想像しにくいでしょうが、わたくしは主の命令を実行できればそれで満足なのです。そのようにプログラムされていますから。」(212ページ)

という部分など、森博嗣のWシリーズ、WWシリーズで展開される世界観とまったく異なるもので、とても興味深かったです。
その点では、“犯人探し”の部分も皮肉が効いていてよかった。

”真実” 部分には共感できなくとも、そもそも風呂敷を拡げるような作風は大好きですし、そのまわりに楽しめる要素が存分にちりばめられていて、楽しく過ごせました。


<蛇足1>
「骨伝導技術のもともとの発案者は、この十八世紀の作曲家だと言ってかまわない。聴力を失ったベートーヴェンは、演奏するピアノに金属の棒を取りつけて、その棒を口にくわえ、顎の骨に伝わる振動から音を完璧に聞きとったという。」(46ページ)
このエピソード、知りませんでした。

<蛇足2>
「ハーヴァード大学には、携帯型の電波妨害装置を使って教室を "不感帯(デッドゾーン)" にし、学生が授業中に携帯電話を使えないようにしている教授が何人かいて、自分もそのひとりだったからだ。」(上巻131ページ) 
ハーヴァードほどの大学でも、学生は授業中にも携帯を手放せないものなのですね。
ラングドン教授をもってしても、携帯電話にはかなわない?(笑)

<蛇足3>
「日本のある文学賞で、人工知能が執筆に大きな役割を果たした小説が受賞寸前まで行ったこともあるという。」(中巻29ページ)
何年か前に話題になった気がしますね。
星新一賞のことでしょうか?



原題:Origin
作者:Dan Brown
刊行:2017年
翻訳:越前敏弥



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貧乏お嬢さま、空を舞う [海外の作家 は行]


貧乏お嬢さま、空を舞う (コージーブックス)

貧乏お嬢さま、空を舞う (コージーブックス)

  • 出版社/メーカー: 原書房
  • 発売日: 2014/06/06
  • メディア: 文庫

<カバー裏あらすじ>
猛暑のロンドンを訪れる貴族は少なく、ジョージーのメイド仕事は減激。そこで、楽に稼げて豪華な食事にありつける仕事を思いつくものの、たちまちロンドン警視庁に呼び出され、世間知らずだったと思い知らされる。さらに、有名飛行士のメイドが事故死し、遺留品の中になぜかジョージーに宛てた謎の手紙が見つかったことから、すぐさま警視庁は王室のスキャンダル対策としてジョージーを帰郷させることに。ところが、彼らの目的は他にあった。王位継承者に相次ぐ不審な「事故」の真相を探るスパイとして、王族のいるスコットランドに彼女を送りこんだのだ。そこでは、継承順位の低い兄ビンキーや、果てはジョージーにまで危険が迫り、絶体絶命の大ピンチに!


2023年8月に読んだ7冊目の本です。
リース・ボウエンの「貧乏お嬢さま、空を舞う」 (コージーブックス)
「貧乏お嬢さま、メイドになる」 (コージーブックス)(感想ページはこちら
「貧乏お嬢さま、古書店へ行く」 (コージーブックス)(感想ページはこちら
に続くシリーズ第3弾。

空を舞う、とは? とタイトルをみて思いましたが、ロニー・パジェットという女性冒険家(女性飛行士と巻頭の登場人物表には書いてあります)が出てきて納得。
このロニー、すごい人でロンドンからケープタウンへの単独飛行に成功した、という設定。
ということで、ジョージ―は飛行機に乗って飛ぶのですが、「空を舞う」というほど優雅ではないですね。

事件は王位継承者を狙うものということで、かなりの大事で、普通に考えたらジョージ―に探求の白羽の矢が立つことは考えにくいのですが、事故だろうと思われているので表立って警察などが動きにくい、という流れになっています。
自分のしでかしたミスに付け込まれ(?)、警察副総監から依頼されるジョージ―。
舞台は王室のバルモラル城やジョージ―の実家であるラノク城のあるスコットランドへ。

ジョージ―の友人ベリンダやジョージ―の母といったシリーズおなじみの面々に加え、先述のロニーたちに、デイヴィッド皇太子の恋人ウォリス・シンプソン夫人とその一団など、にぎやかな面々がにぎやかに騒動を巻き起こしていきます。
ジョージ―は王位継承者であり、時代も時代なので出てきて不思議はまったくないのですが、エリザベス2世の幼年時代──というか少女時代が出てきて楽しくなりました(253ページあたりから)。
乗馬が好きな活発な少女として描かれていますが、銃弾に狙われるという緊迫したシーンまであってちょっとびっくり。

警視庁の連絡係が誰か、というのは読者には相当早い段階でわかってしまうのだろうと思いますが、事件の真相のほかに細かな謎がちりばめてあるのが楽しい。
ミステリ的な興味に加え、ジョージーとダーシーの関係の進展も見どころですね。

それにしても、”空を舞う” のが危機的状況になり、その危機をダーシーが救ってくれるというのが、おきまりとはいえさすがダーシーというところなのですが、さすがにこの危機は救えないのでは? まあ、シリーズ的にジョージ―が救われないと困るんですけどね。

このシリーズ、とても読みやすく楽しいので、これからも続けて読んでいきます。



<蛇足1>
「セントジェームズ・パーク駅のエスカレーターをあがりながら、顔を伝う汗の粒を何度もそっとぬぐう。」(14ページ)
セントジェームズ・パーク駅にはエスカレーターはなかったように思うのですが。
毎日のように利用していた駅だというのに記憶が.....
それはそれとしてこの文章
「もちろん貴婦人は汗などかかないものだけれど、なにかが滝のようにわたしの顔の上を流れていた。」と続いてクスリとできます。

<蛇足2>
「わしが狩猟や狩りをしたり、貴族連中とつきあったりするのを想像できるかい?」(77ページ)
ジョージーのおじいちゃんのセリフです。
狩猟と狩りって別物なのでしょうか?

<蛇足3>
「あら、あなたは面白いと思うの? 皇太子はいずれ国王になるのよ。ウォリス女王なんて想像できる?」(121ページ)
話題になっているのはデイヴィッド皇太子とその恋人であったウォリス・シンプソン夫人です。
国王の妻は英語では Queen 。日本語に訳すときには女王ではなく王妃とすべきかと思ったのですが、「不思議の国のアリス」のハートの女王など、女王と訳す例は多いですね。
一方で本書では
「大きな出窓の下に置かれたテーブルに王妃陛下が座っているのが見えた。」(255ページ)
と王妃という語も使われているので、統一すればいいのに、とは思いました。

<蛇足4>
「わたしはちらりとラハンを見やり、ハギスに舌つづみを打つような人とは絶対に結婚できないと考えた。」(234ページ)
本書で、早朝のバグパイプの演奏とともにアメリカ人除け(!) に使われるハギスですが、評判がすごくて食べたことがありません。が、よく冗談に使われる食べ物ですね。ここでもひどい言われようです。
内臓系の料理はもともと食べられないので(好き嫌いが多くすみません)、もとより無理なんですけどね──その意味では、国王陛下が好まれるちゃんとしたイギリス料理(257ページ)として挙がっているステーキ・アンド・キドニーパイも食べられません.......

<蛇足5>
「ありがとうございます、陛下。喜んでご相伴に預からせていただきます」(256ページ)
ああ、またも「させていただきます」だ(最近指摘しないようにしていますが)、と思ったのですが、これは王妃に対するジョージ―のセリフですので、まさに ”許しを得る” (陛下からの申し出で、たとえ形式的であっても)場面なので適切なのだな、と自分でおかしく笑ってしまいました。

<蛇足6>
「『ありえない』まるで女学生のような言葉遣いだと気づくより早く、わたしはつぶやいていた。」(304ページ)
視点人物のことなので、英文和訳の問題だと
「『ありえない』つぶやいてしまってから、まるで女学生のような言葉遣いだと気づいた」
と訳さないといけないところですね(笑)。
『ありえない』の原文が気になるところです。

<蛇足7>
「向こうの隅のベンチに地図が置いてあることに気づいた。手に取ってみると、王立自動車クラブ(RAC)発行のスコットランド中央部の道路地図だった。」(311ページ)
ここでいうRACは、ロード・サービス等をやっている企業で、紳士クラブである王立自動車クラブとは違うよな、と思い、同じような指摘を「巡査さん、事件ですよ」 (コージーブックス)感想でしましたが、調べてみると、ロード・サービスのRACはもともとは王立自動車クラブのものだったそうです(現在は売却されてRACのものではなくなっているようですが)。
ということで、ジョージ―のいた時代には、間違いなく王立自動車クラブのものですね。

<蛇足8>
訳者あとがきのバルモラル城の説明で、ヴィクトリア女王について触れられています。
「女王がバルモラル城にいる時間は次第に増えて初夏から秋にかけて四カ月ほども滞在するようになり、やがて狩猟案内であったジョン・ブラウンという男性と親密な関係になったという説があります。真偽のほどは定かではありませんが、女王がブラウンを寵愛したことは確かで、女王が作らせたブラウンの肖像画や胸像などは、女王の死後、息子であるエドワード七世によってすべて破棄、もしくは破壊されたということです。」
ここを読んで飛行機の中で観た映画『ヴィクトリア女王 最期の秘密』(ジュディ・デンチ主演)を思い出しました。こちらはお相手(?) はインド人家庭教師でしたけどね。
作中に貴婦人が森番とうんぬんという話題はわりと出てきます。
D・H・ロレンスの小説からチャタレー夫人が引き合いに出されたり(108ページ)、ジョージ―が母と
「お母さまはいつだっていなかったもの。わたしの知識はどうしようもなく穴だらけよ。仲良くしてくれる門番だって見つけられなかったし」(158ページ)と会話したり、ジョーイ―がメイドのマギーに地所で働く人たちのことを尋ねたら「地元で結婚相手を探すつもりですか?」(178ページ)と笑われたり、嫌なジークフリート王子からくどかれて「地元の森番のほうがずっとましだわ」(215ページ)と思ったり、などなど。
これらはひょっとしてヴィクトリア女王のエピソードを踏まえたもの、だったのでしょうか?




原題:Royal Flush
作者:Rhys Bowen
刊行:2009年
訳者:田辺千幸






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殺し屋 最後の仕事 [海外の作家 は行]


殺し屋 最後の仕事 (二見文庫 ザ・ミステリ・コレクション)

殺し屋 最後の仕事 (二見文庫 ザ・ミステリ・コレクション)

  • 出版社/メーカー: 二見書房
  • 発売日: 2011/09/21
  • メディア: 文庫

<カバー裏あらすじ>
アイオワ州の切手ディーラーの店で、ケラーは遊説中のオハイオ州知事が何者かに射殺されたとのニュースを聞く。引退を考えていたケラーが、アルと名乗る男の依頼を最後の仕事にしようと、アイオワにやってきたのが数日前。やがてテレビに知事の暗殺犯としてケラーの顔写真が映しだされる。全国に指名手配され、ドットとも連絡が取れなくなったケラーの必死の逃亡生活が始まった──濡れ衣をはらすため、そして罠にはめた男への復讐のために。シリーズ最強と評価される傑作ミステリ。


2023年6月に読んだ5冊目の本です。
ローレンス・ブロックの殺し屋ケラー・シリーズ4冊目。「殺し屋 最後の仕事」 (二見文庫 ザ・ミステリ・コレクション)

基本的には殺し屋ケラーの穏やかな日常を描いていくこのシリーズですが、「最後の仕事」と銘打たれた今回は、まったく穏やかではありません。
なにしろ、ケラーが州知事狙撃犯と目されて逃亡生活を余儀なくされるのですから。

この展開、伊坂幸太郎の「ゴールデンスランバー」 (新潮文庫)(感想ページはこちら)を思わせるのですが、本書の解説を伊坂幸太郎が書いていて、人を得た!、という感じです。
この解説が極めてスグレモノでして、ぜひぜひ、ご一読を。

シリーズ読者にとっては、前半で衝撃的な展開を迎えるのがポイントですね。
まさかトッドが......(自粛)
そのため、逃避行は新しい局面に入り、物語は中盤、舞台はニューオーリンズに移ります。

激しく緊迫した前半、落ち着いた雰囲気の中盤、そして急展開する終盤と、物語のリズム感がとても心地よい。
基本的には殺し屋ケラーの穏やかな日常を描いていくこのシリーズと書きましたが、実はローレンス・ブロックの本質は、このリズム感なのかも、と感じました。


最後にこのシリーズのリストを。
「殺し屋」 (二見文庫―ザ・ミステリ・コレクション)
「殺しのリスト」 (二見文庫―ザ・ミステリ・コレクション)
「殺しのパレード」 (二見文庫 ザ・ミステリ・コレクション)
「殺し屋 最後の仕事」 (二見文庫 ザ・ミステリ・コレクション)
「殺し屋ケラーの帰郷」 (二見文庫 ザ・ミステリ・コレクション)
と5冊刊行されています。
現段階で、もう一冊あるのですよね。楽しみ、楽しみ。


<蛇足1>
「そこで部屋に野球帽を忘れたことに気づいた。が、怪我の功名で、ドレッサーの上にルームキーを置いて出ることも忘れていた。で、鍵がなくてもドアが開けられ、帽子を取りに部屋に戻ることができた。」(146ページ)
モーテルの部屋を出てからの話なのですが、この部分の意味がわかりませんでした。
ルームキーを置いて出ることを忘れていた、というのですからキーは持って出たということかと思います。つまり鍵を持っているのに ”鍵がなくても” というのはどういうことでしょう???

<蛇足2>
「さすらいの絞首刑執行人を描いたローレン・D・エスルマンの西部小説で」(238ページ)
ケラーが読む小説です。ローレン・D・エスルマン、なんだか懐かしい名前ですね。
ミステリも書いている作家です──確か、積読本があったはず(笑)。


原題:Hit and Run
作者:Lawrence Block 
刊行:2008年
翻訳:田口俊樹






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ゴールデン・パラシュート [海外の作家 は行]


ゴールデン・パラシュート (講談社文庫)

ゴールデン・パラシュート (講談社文庫)

  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2012/02/15
  • メディア: 文庫

<カバー裏あらすじ>
コネティカット州ののどかな村で、ごみ拾いのピートが惨殺された。彼の意外な正体が発覚し、謎はさらに深まる。恋人の女性警官デズとともに、映画評論家ミッチが真相解明に乗り出した。そして、ミッチの手元には、少女売春をリアルに描いた小説が持ち込まれ……。MWA賞作家による人気シリーズ第5弾。


読了本落穂ひろいです。
手元の記録では、2017年6月に読んでいます。
デイヴィッド・ハンドラーのバーガー&ミトリー シリーズ第5弾。「ゴールデン・パラシュート」 (講談社文庫)

「ブルー・ブラッド」 (講談社文庫)
「芸術家の奇館」 (講談社文庫)
「シルバー・スター」 (講談社文庫)
「ダーク・サンライズ」 (講談社文庫)
と翻訳されてきたシリーズですが、この「ゴールデン・パラシュート」のあとは翻訳が途絶えています。
そして現在前作入手不可能な状況。
コネチカット州ドーセットを舞台にしたこんなに楽しいシリーズなのに、同じハンドラーのホーギー・シリーズとともに復刊してほしいですし、続刊の翻訳を熱望します。

地元で有名な不良兄弟が出所してくる、というタイミングで、名士中の名士であるプーチー・ヴィッカーズが保有する五六型のメルセデス・ガルウィングが盗まれた事件と、ドーセットのくず拾いのピートが森の中で殺害された事件が発生。続いてまたも死体が発見される。
盗難事件と二つの死体。関連は?
そして、ミッチのもとに持ち込まれた、まるで実話であるかのような体裁でつづられたスキャンダラスな暴露小説の原稿。

ハンドラーの小説のおもしろさは事件そのものというよりは、その見せ方、語り方にあるので、ロミオとジュリエットばりに対抗心を燃やす旧家の確執を背景にした事件そのものは平凡なものでも十分で、この「ゴールデン・パラシュート」でも奇を衒ったようなことは盛り込まれていませんが、特徴ある人間関係の中に動機をさりげなく溶け込ませているのがミステリとしてはポイントかと思います。

事件解決後、ミッチとデズの関係が一段と進展したところで、非常に不穏な終わり方をするので続きがとても気になっています。
なのに、続刊が翻訳されていない!
最後にもう一度書いておきます。
ホーギー・シリーズとともに復刊してほしいですし、続刊の翻訳を熱望します。


原題:The Sweet Golden Parachute
作者:David Handler
刊行:2006年
翻訳:北沢あかね



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