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ホテル・カリフォルニアの殺人 [日本の作家 ま行]


ホテル・カリフォルニアの殺人 (宝島社文庫 『このミス』大賞シリーズ)

ホテル・カリフォルニアの殺人 (宝島社文庫 『このミス』大賞シリーズ)

  • 作者: 村上 暢
  • 出版社/メーカー: 宝島社
  • 発売日: 2017/08/04
  • メディア: 文庫

<カバー裏あらすじ>
アメリカのモハーベ砂漠に聳え立つホテル・カリフォルニア。外界から閉ざされたその空間に迷い込んだトミーこと富井仁は、奇妙な殺人事件に巻き込まれる。連夜のパーティで歌を披露する歌姫の一人が、密室で死体となって発見されたのだ。音楽に関する知識で事件解決に乗り出すトミーだったが、やがて不可思議な状況下で新たな惨劇が……。果たして、繰り返される殺人事件の真相とは?


2022年5月に読んだ9作目の本です。
このミス大賞の超隠し玉。
超隠し玉とは何か、ということは帯に書かれています。
『このミス』大賞15周年記念として、これまで応募された未刊行作品の中から、受賞には及ばなかったものの、編集部が「今こそ世に出したい!」と選び抜いた作品を、大幅改稿した上、”超隠し玉”として刊行しました。
『このミス』大賞は大賞や優秀賞だけではなく、選外の作品から隠し玉として毎年2、3作程度出版しています。
その隠し玉にすら漏れてしまった作品から3作選んで出版されたのが、この超隠し玉。
そもそもの隠し玉はあまりの打率の悪さに嫌気がさしてきていまして、もう買うのを辞めようと思ったところに出てきた超隠し玉。
見送るところなのですが、まあ本質的にはこういうお祭りごとは嫌いじゃないので、3作も出版された中で1冊くらい買っておこうかと思って買いました。
「孤立した砂漠の館で密室殺人! 本賞初の本格ミステリー登場」
「『このミス』大賞史上類がない、直球ど真ん中の〈館〉もの本格ミステリー」
という惹句に注目して選びました。

結論からいうと、やめとけばよかったかな。
もともと期待せず読んだのですが、その低い期待をはるかに下回る出来栄え。

タイトルがホテル・カリフォルニアであることからイーグルスを意識したものであることがわかりますし、話の中身にも音楽の要素がちりばめられています。
謎にも、真夜中のバードソングという音楽が取り入れられています。
探偵役である主人公が謎を解くきっかけも音楽。
このあたりの配置はまずまずだとは思ったのですが......

驚くほど古めかしく、トリックに寄りかかった構成は潔いとも思えるけれど、肝心のトリックが非常につらい。
似たアイデアを利用した前例はあります。そういえばあの作品も新人賞の受賞作で音楽を扱っていましたね。
このトリックは実際に実行可能かどうかは置いておくとして(ミステリ的には十分、ありなトリックだと思います)、読者に対して説得力を持たせるのに気をつかう必要があるトリックだと思われ、前例作ではかなりの労力をその点に割いていた印象があるのですが、この「ホテル・カリフォルニアの殺人」 (宝島社文庫)はこの点に配慮が見られません。

むしろ、トリックを中心にするのではなく、ホテルを舞台にした歌姫たちの物語に焦点を当てていればよかったのかもしれません。
おそらく今後『このミス』大賞隠し玉を手に取ることはないでしょう。

<蛇足>
「東の端にある部屋が『赤の間』で、そこから西に向かって、橙、黄、緑、青、藍、紫となっていた。すなわち、虹の七色だ。」(44ページ)
虹が七色というのは日本の認識であって、世界共通認識ではありません。
アメリカ、モハーベ砂漠にあるモーテルで、経営も日本人ではないというのに虹が七色というのは解せません。






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映画:エンドロールのつづき [映画]

エンドロールのつづき.jpg


映画「エンドロールのつづき」の感想です。

いつものようにシネマ・トゥデイから引用します。

見どころ:映画と出会ったある少年が、映画監督を目指すヒューマンドラマ。映画館でスクリーンにくぎ付けになった少年が、やがて映画を作りたいと思うようになる。監督などを手掛けるのはパン・ナリン。オーディションで選ばれたバヴィン・ラバリが主人公の少年を演じている。ナリン監督自身の実話を基にした本作は、第66回バリャドリード国際映画祭でゴールデンスパイク賞を受賞した。

あらすじ:インドの小さな町に住む9歳のサマイ(バヴィン・ラバリ)は、学業のかたわら父親のチャイ店を手伝っていた。ある日、家族と映画館を初めて訪れた彼は、すっかり映画に魅了される。ある日、映画館に忍び込んだのがバレて放り出されるサマイを見た映写技師のファザルが、サマイの母親の手作り弁当と引き換えに、映写室から映画を観ることを彼に提案する。


インド映画です。
上のあらすじを読んでいただくとわかりますが、インド版「ニュー・シネマ・パラダイス」。
これは観に行かなくては、と思い観に行きました。

映画愛に溢れた映画、であることは間違いないし、いい映画になっているとは思いましたが、やはり、どうしても「ニュー・シネマ・パラダイス」と比べてしまう。

インドの貧しい村の暮らし、美しい風景、ローカル駅の佇まい、映画へのあこがれ......見どころはたくさんあります。
映画好きが嵩じて、途中意外な展開を見せるところもあります。

映画の HP をみると、この映画はパン・ナリン監督自身をモデルにしているということで、であればそこにさらなる物語を求めることは慎むべきなのかもしれませんが、どうしてもね......

気になるのは、やはり現実の重さ、辛さ。
もともとバラモンに属しながら駅でのチャイ売りに身を落としている(と説明される)父親、あたらしい技術の前に処分される映写機やフイルム(と映写技師)
頼りとする駅すら広軌への切り替え列車が止まらなくなるという
町(村?)を出ろ、と主人公にいう教師は誠実なのでしょうが、やるせない気分にもなります。

監督自身の物語であることからもわかるように、主人公は映画の夢に向けて旅立っていくのですが、残された人々の暮らしがとても気になりました。列車が停車しなければ駅もなくなっちゃいますよね?
フイルムが形を変えるエピソードもエンディングにつながって、映画の夢を印象づけるものではあるのですが、個人的にはかえって寂しく感じました。

「エンドロールのつづき」と比べると、「ニュー・シネマ・パラダイス」はファンタジーだったのだな、と思います。
そして気づくのです。ファンタジーである「ニュー・シネマ・パラダイス」が好きだったのだ、と。

とはいえ、「ニュー・シネマ・パラダイス」と比べてどうこう言うのは余談でして、「エンドロールのつづき」はとても楽しく観ることができました。
よかったです。

最後にタイトルについて。
「エンドロールのつづき」という邦題はとてもよいタイトルだと思いました。
この映画のエンドロールの続きは、当然、パン・ナリン監督が生み出す数々の映画ということになるのでしょう。
パン・ナリン監督の作品を観たことはないのですが、そこに込められた夢を感じることができます。

一方で原題は「LAST FILM SHOW」。
最後の(フィルム)上映ですか。
となるとこれは、劇中に出てくる非常に印象的な上映会のことを指すはず。
あの上映会は、主人公の映画への情熱の一つの頂点であり、映画を楽しむことの喜びに満ち溢れていましたと同時に、主人公の転機をもたらすきっかけでもありました。
こちらもいいタイトルだと思います。



製作年:2021年
原 題:LAST FILM SHOW
製作国:インド/フランス
監 督:パン・ナリン
時 間:112分


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アガサ・レーズンの困った料理 [海外の作家 は行]


アガサ・レーズンの困った料理―英国ちいさな村の謎〈1〉 (コージーブックス)

アガサ・レーズンの困った料理―英国ちいさな村の謎〈1〉 (コージーブックス)

  • 出版社/メーカー: 原書房
  • 発売日: 2012/05/01
  • メディア: 文庫

<カバー裏あらすじ>
「新しい人生のスタートよ!」PR業界を引退し、英国一美しいコッツウォルズの村で、憧れの隠居生活をはじめたアガサ・レーズン。でも、ちいさな村ではよそ者扱いされ、なかなかなじめない。そこで目をつけたのが、地元開催のキッシュ・コンテスト。優勝したら村の人気者になれるかしら? けれど問題がひとつ。「電子レンジの女王」の異名を持つほどアガサは料理が下手だった……。しかたなく“ちょっとだけ”ずるをして、大人気店のキッシュを買って応募することに。ところが優勝を逃したうえ、審査員が彼女のキッシュを食べて死んでしまった!? 警察からキッシュ作りを再現するよう求められたアガサに、人生最大のピンチが訪れる!


2022年8月に読んだ8作目(冊数でいうと10冊目)の本です。
アガサ・レーズンシリーズ、気になっていたのです。
というのも、ロンドンにいた時に本屋さんに行くと必ず見かけたからで、ペーパーバックがすごい冊数並んでいるのです。コージー・ミステリでは一番人気なのかも、と思えるくらい。
日本でもかなりシリーズの翻訳が進んでいますね。
気になっていたので手に取ってみることに。

読みだして、強引なPR業界を引退しロンドンからコッツウォルズのカースリー(Carsely)村へ越した主人公アガサ・レーズンのキャラクターがどうしても好きになれず、読むのをやめようかと思いましたが、途中でなんとか気にならなくなり、以降はコージーらしく、気楽にすいすい読めました。
すいすい読める一方、ミステリとしての謎は薄味で取り立てて言うほどのことはなし。

コージーにしては嫌な性格の主人公を設定したところがミソでしょうか。
訳者あとがきでは「なぜか憎めない」と書かれていますし、ネット上でも評判は悪くないし、本国イギリスでも人気があるようだし、ではあるのですが、アガサ、どうみても嫌な奴です。
押しが強い、強引な駆け引き、目的のためには手段を選ばない、ズルをしても良心は咎めない。
訳者は「本当は不器用で素直で、とてもいい人なのだ」とかばっていますが、その様子はこのシリーズ第1作目では少ししかうかがわれません。
シリーズにおける深化に期待というところでしょうか。
謎解きにもう少し歯ごたえがあるとよいのですが。


<蛇足1>
「その一週間に、アガサはこれまでのあわただしい生活スタイルが抜けず、せっせと観光名所に出かけた。ウォリック城、シェイクスピアの生誕地、ブレニム宮殿に行き」(17ページ)
アガサ・レーズンの移り住んだコッツウォルズは、それ自体が観光地ですが、まわりにも観光名所がいくつかありますね。
ブレニム宮殿というのは、Blenheim Palace で、通常ブレナム宮殿と日本では表記されることが多いです。発音もブレナムの方が近いと思います。世界遺産で、ウィンストン・チャーチルの生家としても知られていますね。

<蛇足2>
「三冊のミステリを買った。一冊はルース・レンデル、もう一冊はコリン・デクスター、もう一冊はコリン・ワトスン。」(116ページ)
アガサ・レーズン、なかなかの選択眼の持ち主ですね。

<蛇足3>
「<イブニング・スタンダード>を買い、レセスター・スクエアの先の映画館でディズニーの《ジャングル・ブック》を再上映していることを発見した。」(238ページ)
レセスター・スクエアですか......
ロンドンの中心部にある広場で、スペルは Leicester Square。このスペルを見れば、レスターと書きたくなる気持ちはわかりますが、発音はレスター。極めて有名な場所なので、日本語のガイドブックにもレスター・スクエアとして出てくるはずですが。
Worcester(ウスター)や Gloucester Road(グロスター・ロード)など同じような発音になる地名は多いです。
ちなみにこの作品が出版された頃は有料でしたが、今では<イブニング・スタンダード>紙は無料で、地下鉄の駅などに積んであります。


原題:Agatha Raisin and the Quiche of Death
作者:M. C. Beaton
刊行:1992年
訳者:羽田詩津子





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空白の叫び [日本の作家 な行]


空白の叫び 上 (文春文庫)

空白の叫び 上 (文春文庫)

  • 作者: 貫井 徳郎
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2010/06/10
  • メディア: 文庫
空白の叫び 中 (文春文庫)

空白の叫び 中 (文春文庫)

  • 作者: 貫井 徳郎
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2010/06/10
  • メディア: 文庫
空白の叫び 下 (文春文庫)

空白の叫び 下 (文春文庫)

  • 作者: 貫井 徳郎
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2010/06/10
  • メディア: 文庫

<カバー裏あらすじ>
退屈な日常の中で飼いならしえぬ瘴気を溜め続ける久藤。恵まれた頭脳と容姿を持ちながら、生きる現実感が乏しい葛城。複雑な家庭環境ゆえ、孤独な日々を送る神原。世間への違和感を抱える三人の少年たちは、どこへ向かうのか。少年犯罪をテーマに中学生たちの心の軌跡を描き切った衝撃のミステリー長編。<上巻>
それぞれの理由で、殺人を犯した三人は少年院で邂逅を果たす。しかし、人殺しのレッテルを貼られた彼らにとって、そこは想像を絶する地獄であった……。苛烈ないじめを受ける久藤は、混乱の中で自らを律し続ける葛城の精神性に強い興味を持つ。やがて、少年院を出て社会復帰を遂げた三人には、さらなる地獄が待ち受けていた。<中巻>
社会復帰後も失意の中にいた久藤は、友人水嶋の提案で、銀行強盗を計画し、神原と葛城にも協力を依頼する。三人は、神原の提案で少年院時代の知り合いである米山と黒沢にも協力を依頼する。三人の迷える魂の彷徨の果てにあるものとは? ミステリーで社会に一石を投じる著者の真骨頂と言える金字塔的傑作。<下巻>


貫井徳郎の本を読むのも久しぶりです。
2014年1月に読んだ「ミハスの落日」(感想ページはこちら)以来ですね。
だいたい刊行順に読みたいという変な癖を持っているので、上中下三巻にもなるこの
「空白の叫び」 (文春文庫)は少々手を出しづらかったということもあります。
思い切って2022年5月に手を出したのですが、かなり集中して読みました。一気読みに近い。
ミステリ色は控えめなのですが、十分面白かったです。

上巻で、主要登場人物である三人の中学生が殺人に至るまでを描いています。
家庭生活、学校生活がしっかり描かれます。
興味深いのは久藤と葛城の二人は三人称で描かれるのに対し、神原のパートは一人称「ぼく」で綴られることです。
読んでいて、一人称「ぼく」で語られる神原のパートにいちばん不穏なものを感じました。
久藤のパートで、早々にキーワード「瘴気」が出てきます。
上巻51ページに初めて出てきた後、かなり頻繁に登場する単語となります。
三人の中では、葛城のエピソードに最もひきつけられました。

中巻では舞台は少年院に移り、三人が巡りあいます。
少年院あるいは刑務所での生活というのは、ミステリではわりとよく見かけるシーンですね。本書もその流れを受け継いだものとなっています。
久藤が、葛城や神原のことを考え、想像しているシーンが多くあり、かなり考えさせられます。
「葛城は一見優等生ふうで、いかにも頭がよい生徒といった見かけだが、裡に何かを秘めているのが久藤には感じられた。葛城の中には“飢え”がある。何不自由ない環境の中で育ったと話には聞くが、だからこそ葛城は飢えているのだ。」(中巻155ページ)
注目は
「辛いのは、感情があるからだ。感情がなくなれば、辛いとも寂しいとも思わないよ」
「植物になりたいよな。何があっても動じない、植物になりたいよ」(中巻153ページ)
という葛城の(神原に告げた)セリフですね。
少年院の暮らしの中で葛城は苦境に陥り、それを見た久藤がこう想像します。
「葛城は自らを捨てたかったのかもしれない。葛城が捨てたい自分とはなんだったのか、大して言葉を交わしたわけでもない久藤にはわからない。わかるのはただ、葛城が望みどおり己を捨て去り空白になったということだけだ。空白の人間に、屈辱感などないだろう。」(中巻238ページ)

下巻では、少年院からでても救われない久藤が、一発逆転、銀行強盗をしようとします。
葛城と神原を巻き込んで。
この銀行強盗のアイデアが素晴らしい。
読んだ方は、この手があったか、と驚かれると思います。
銀行強盗というのは成功するのが極めて難しい犯罪だと思われるのですが、非常に鮮やかな手口と言ってよいと思います。
物語は、三人以外のものを引き入れてしまったことで、(いろいろな意味での)破滅を迎えます。
神原のパートは最後まで一人称です。
「人を殺し、その代償として弱肉強食の世界に放り出されたぼくたちは、おとなしい山羊たちを食らうことになんの躊躇も覚えない。弱い者を踏みつけていかない限り、ぼくたちに生きる道はないのだ。恨むとしたらぼくたちではなく、自分の弱さを恨むがいい。」(下巻315ページ)
という独白の恐ろしいこと。
三者三様のエンディングを迎えますが、やはり葛城が印象に残っています。
「もはや葛城は空白ではなかった。果たさなければならない義務を負った者の前には、進むべき一本の道が拓けている。」(下巻440ページ)
すっきりしないラストはあまり好みではないのですが、それでも十二分にいい作品だと思いました。

貫井徳郎の作品は面白い。


タグ:貫井徳郎
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ジェノサイド [日本の作家 た行]


ジェノサイド

ジェノサイド

  • 作者: 高野 和明
  • 出版社/メーカー: 角川書店(角川グループパブリッシング)
  • 発売日: 2011/03/30
  • メディア: 単行本




2022年5月に読んだ5冊目の本で、単行本で読みました。
たしかKADOKAWAの株主優待でもらいました。
今では文庫化されています。末尾に書影を掲げておきます。

日本推理作家協会賞受賞作で、かつ、山田風太郎賞受賞作。
そして、
「このミステリーがすごい! 2012年版」第1位
2011年週刊文春ミステリーベスト10 第1位
と輝かしい賞歴を誇る作品です。

手元の単行本にはあらすじがないのですが、amazonから引用します。
「急死したはずの父親から送られてきた一通のメール。それがすべての発端だった。創薬化学を専攻する大学院生・古賀研人は、その不可解な遺書を手掛かりに、隠されていた私設実験室に辿り着く。ウイルス学者だった父は、そこで何を研究しようとしていたのか。同じ頃、特殊部隊出身の傭兵、ジョナサン・イエーガーは、難病に冒された息子の治療費を稼ぐため、ある極秘の依頼を引き受けた。暗殺任務と思しき詳細不明の作戦。事前に明かされたのは、「人類全体に奉仕する仕事」ということだけだった。イエーガーは暗殺チームの一員となり、戦争状態にあるコンゴのジャングル地帯に潜入するが…。」

ハリウッド・エンターテイメント的なスケールの大きい小説です。
冒頭プロローグはいきなりアメリカの大統領日例報告の会議ですし、続いて第一部は民間軍事会社の傭兵(?) であるイエーガーの下に最高国家機密である任務が持ち込まれるシーンで幕が開き、まさに人類の存亡のかかった物語展開となっていきます。
ヒトの進化が扱われていて、FOXP2という転写因子と呼ばれる遺伝子や収斂進化の説明が簡単になされ、進化して生まれてしまった乳児の争奪戦(あるいは抹殺指令)へと話が転がっていきます。
風呂敷の拡げ方がとてもきれいで楽しめます。

ミステリー、SF、国際謀略小説。いろいろな要素を含んだ小説で「、一大エンターテイメントの傑作ですが、このような小説が推理作家協会賞を受賞しているのは不思議です。
圧倒的な力強さ、迫力が認められたということでしょう。

協会賞の選評で、新保博久のコメントに感銘を受けましたので引用しておきます。
ただ、ネタバレに近いので字の色は変えておきます。
これだけ大きな風呂敷を広げる以上、いくつか綻びはあって当然だが、この長篇は畢竟、万能に近い強者が“弱小国”アメリカを翻弄する物語ではないかという点に最もひっかかった。すべて釈迦の掌の上だったわけで、徒手空拳の主人公が強敵と闘って勝利を収めてゆく、という冒険小説の本道とはベクトルが正反対のような気がしたのだ。とはいえ、初読時にはそれと気づかせなかった素晴らしい疾走感、そのペースを全篇に維持した膂力には、依然脱帽するにやぶさかではない。

ところで、手元にある単行本は、平成27年7月25日の第7刷なのですが、カバーにある価格は税抜きで1,800円。
amazon で価格を見ると、1,580円のようです。値下げしたんでしょうか?

最後に文庫版の書影を。
ジェノサイド 上 (角川文庫)

ジェノサイド 上 (角川文庫)

  • 出版社/メーカー: KADOKAWA/角川書店
  • 発売日: 2013/12/25
  • メディア: 文庫

ジェノサイド 下 (角川文庫)

ジェノサイド 下 (角川文庫)

  • 作者: 高野 和明
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA/角川書店
  • 発売日: 2013/12/25
  • メディア: 文庫



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リモート・コントロール [海外の作家 か行]


リモート・コントロール (論創海外ミステリ)

リモート・コントロール (論創海外ミステリ)

  • 出版社/メーカー: 論創社
  • 発売日: 2015/07/28
  • メディア: 単行本




2022年5月に読んだ4冊目の本です。
論争海外ミステリ151。

ハリー・カーマイケルは初見の作家ですが、帯には「D・M・ディヴァインを凌駕する英国の本格派作家」と書かれていまして、しっかり煽られました。

巻末の解説から引用します(孫引きになりますが)
「ジョン・パイパーの旧友であるクインは、しがない犯罪記者であるが、ある知人が飲酒中に起こした交通死亡事故に、何の落ち度もなく巻き込まれる。第二の死の訪れにより殺人の容疑者となった旧友を救うべく、パイパーは保険調査員として登場する。」

わりと平凡そうな交通事故から幕開き。
続いて起こるガス自殺のようにも思える死亡事故。
短い長編で、登場人物も少ないのですが、非常に読みやすく、展開もおもしろい。
なにより、最後にストンと落ちる切れ味が鋭い。
ハリー・カーマイケル、いい作家ではないでしょうか。もっともっと読みたいです。
多作家のようですし、どんどん訳してほしいです。



<蛇足1>
「その灯りはグレーのボクスホールのヘッドライトで、ライトは下を向き、一定のスピードで道路の真ん中を走っていた。」(14ページ)
Vauxhall ですね。日本語としてはボクスホール、あるいはボクソールと書くようです。
発音としては、ボクソールが近いですね。

<蛇足2>
「いつも注文する卵とチップスを前に」(35ページ)
フィッシュ・アンド・チップスという料理が有名ですので、これでも十分わかるのだとは思いますが、普通日本でチップスというとお菓子のポテトチップスを連想してしまうので、ここはフライドポテトとした方が分かりやすかった気がします。

<蛇足3>
「広々とした田舎に辿り着くと、芝刈り脱穀機(コンバイン)が作動し、天気が持ちこたえているあいだに最後の小麦を刈り取る作業をしているのが見えた。」(58ページ)
コンバインって、芝刈り脱穀機というんですね。知りませんでした。芝刈りに使っているところは観たことないですが。



原題:Remote Control
作者:Harry Carmaichael
刊行:1970年
訳者:藤盛千夏




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白戸修の狼狽 [日本の作家 大倉崇裕]

白戸修の狼狽 (双葉文庫)

白戸修の狼狽 (双葉文庫)

  • 作者: 大倉 崇裕
  • 出版社/メーカー: 双葉社
  • 発売日: 2013/05/16
  • メディア: 文庫

<カバー裏あらすじ>
なんとか中堅出版社に就職した白戸修。事件とは無縁な生活を送っているかと思いきや、鬼門である中野で、またまたトラブルに巻き込まれていた。でもやっぱり困っている人は見過ごせないし、人の頼みも断れない。クスッと笑えて、ほろっと泣けるハートウォーミングなミステリー、待望のシリーズ第二弾。


2022年5月に読んだ3冊目の本。
大倉崇裕のデビュー作「ツール&ストール」を含む短編集「白戸修の事件簿」 (双葉文庫)(感想ページはこちら)に続く、白戸修シリーズ第2弾です。

「ウォールアート」
「ベストスタッフ」
「タップ」
「ラリー」
「ベストスタッフ2 オリキ」
の5編収録。

主人公である名探偵(?)白戸修は無事就職戦線をくぐり抜け世界堂出版という会社に就職したようですが、そのキャラクターに拍車がかかっておりまして、お人好しというレベルから、どうみてもおせっかいという領域に達しているような作品もあります(笑)。

「ウォールアート」はその出版社の仕事の一環で、イラストレーターにスプレーを届けに行って、スプレーによる落書き事件に巻き込まれます。

「ベストスタッフ」では、大学時代の先輩に誘われて?中野サンプラザをモデルにしたと思しき新日本会館で実施されるアイドルのコンサートの設営バイトで、妨害事件に巻き込まれます。

「タップ」では中央線内で盗聴器入りのポーチを拾ったことから事件に巻き込まれます。

「ラリー」では中野駅で定期券を拾ったことから、フィギュアを賭けた裏スタンプラリーに巻き込まれます。このスタンプラリー、暴力沙汰も発生する無茶苦茶なものでして、テンポもよく巻き込まれ感満載で、シリーズにぴったり。シリーズ前作を受けたセリフも登場しますし、オチも効いています。

「ベストスタッフ2 オリキ」は「ベストスタッフ」に続いてコンサート関連で、今度は警備を仰せつかります。タイトルのオリキとは「追っかけにリキ入れてる人のこと」(353ページ)だそうです。

いずれも、途中で状況からして抜け出せる場面もあるのに、とどまって見届けてしまうのが白戸修が白戸修であることなのでしょう。
おせっかいという由縁です。

最後に、会社の仕事で長野県上田市にある中野駅へ行くことを命じられます。
次回作は、長野県が舞台かな??


<蛇足>
「月島って、あのもんじゃ焼きで有名な?」
「名物に美味いものなしです」(168ページ)
まあ、同意いたしますが(笑)、かなり思い切ったセリフですね。
SNSだと炎上しないかな? と心配してしまうところです。






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停まった足音 [海外の作家 は行]


停まった足音 (論創海外ミステリ)

停まった足音 (論創海外ミステリ)

  • 出版社/メーカー: 論創社
  • 発売日: 2006/07/01
  • メディア: 単行本

<袖あらすじ>
屋敷の一室で女主人の遺体が発見された。心臓を貫いた弾丸、傍らには被害者の指紋がついたリボルバー。争った形跡はなし。事故か自殺か、あるいは殺人か。死亡直前に被害者の背後で足を止めたのは誰なのか。ロンドン警視庁のポインターが地道で緻密な捜査を続けた結果、浮かび上がる意外な真相……。ヴァン・ダインが称賛したことで知られ、戦前より幾度となく邦訳刊行が予告されてきた『停まった足音』が、ついに日の目をみる!


単行本です。
論創海外ミステリ52
A・フィールディングの「停まった足音」 (論創海外ミステリ)
幻の名作がついに邦訳された、というので、なかなかロマンを感じますね。
なかなか訳されないというのは、作品の質にそれなりの理由があるのでは、という疑念を持つところですが、読んでみると、そんな心配は無用、しっかりとした本格ミステリでした。

冒頭、ロンドン警視庁のポインター警部と所轄署長との会話に新聞記者が混じっていてびっくりしますが、時代を感じさせて微笑ましい感じがしました。

事件は自殺か、事故か、はてまた殺人かという流れなのですが、単純そうに見えて、いやむしろ単純であるだけに、事件の様相が少しずつ変わっていくのがとても面白かったですね。

際立ったトリックがあるわけではないのですが、人間関係を軸にプロットが組まれていて、ベールをはぐように少しずつ明らかになっていく事実により、人間関係が違って見えてくるという、ある意味現代的なミステリに仕上がっているように思えました。
読後、被害者の来し方、人生が気になって仕方ありませんでした。


<蛇足1>
管轄警察署であるトウィッケナム警察署。
Twichenham のことだと思いますが、日本語の表記が難しい場所ですね。
トウィッケナムのほかに、トゥイッケナム という書き方をしているものもあるようです。

<蛇足2>
「そしてライチョウの冷製とモーゼルワインを?」(18ページ)
ライチョウを食べるのですね。
調べてみると、いわゆるジビエシーズンにはよく出回るようです。
ロンドンにいた間、お目にかかったことはなかったような。
もっとも、ライチョウは英語で Grouse ということを認識していなかったので気づかなかっただけかもしれません。

<蛇足3>
「奥には川の方に向かって増築された小さな張り出しがあり、小ぢんまりと居心地のよさそうな凹部屋になっていた。」(26ページ)
なんとなくわかったような気になって読み進みましたが「凹部屋」がわかりませんでした。

<蛇足4>
「全額を引き取ったというのです。支払いは銀行券でした。その銀行券の半分がなくなっているのです」(83ページ)
決して間違いではないのですが、日常会話では銀行券と言わず、紙幣と言うけどなぁ、と思いつつ読んでいると、
「疑問をもたれることなく、番号を照会されることもなしに銀行券を売却できたのは彼だけだ。」(110ページ)
となって、考えてしまいました。銀行券を売却? 最後までわかりませんでした。

<蛇足5>
「そこですよ」つま先がこれ以上語りかけてこないことに、ポインターはようやく納得したようだった。(188ページ)
つま先が語りかけてくる?? どういうことでしょう??

<蛇足6>
「あなたが私たちに事実を話さなかった理由も、やはり知りませんか?」(243ページ)
自分のことなのだから日本語で「知る」という動詞を使うのは不適切でしょう。



原題:The Footsteps That Stopped
作者:A Fielding
刊行:1926年
訳者:岩佐薫子




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陀吉尼の紡ぐ糸 [日本の作家 藤木稟]

陀吉尼の紡ぐ糸―探偵SUZAKUシリーズ〈1〉 (徳間文庫)

陀吉尼の紡ぐ糸―探偵SUZAKUシリーズ〈1〉 (徳間文庫)

  • 作者: 藤木 稟
  • 出版社/メーカー: 徳間書店
  • 発売日: 2022/10/10
  • メディア: 文庫

<カバー裏あらすじ>
昭和九年浅草、吉原・弁財天。神隠しの因縁まつわる古木「触れずの銀杏」の側に、ぐったりと座る老人の姿があった。しかし……、様子がどこか変だ。顔がこちらを向いているのに、同時に背中もこちらを向いている。つまり、顔が表裏逆さまについているのだ! そして老人の手が、ゆらりと動く。まるで手招きするように……。盲目の探偵・朱雀十五、初見参。全面加筆訂正による、文庫改訂新版!


2022年5月に読んだ最初の本です。
同じ作者藤木稟の「バチカン奇跡調査官 黒の学院」 (角川ホラー文庫)感想にもちらっと書いたのですが、この「陀吉尼の紡ぐ糸」 (徳間文庫)は以前一度読んでいます。ただ、そのときはピンと来ませんでした。
バチカン奇跡調査官シリーズを読み進めていき、かなり感心しましたので、こちらも再読してみようかな、と。
この探偵朱雀十五シリーズも角川文庫に収録されるようになっています。
ぼくの読んだのは、旧版すなわち徳間文庫版です。
角川文庫版の書影も掲げておきましょう。


陀吉尼の紡ぐ糸 探偵・朱雀十五の事件簿1 (角川ホラー文庫)

陀吉尼の紡ぐ糸 探偵・朱雀十五の事件簿1 (角川ホラー文庫)

  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2012/10/25
  • メディア: 文庫


探偵役をつとめるのは、美形の盲目の朱雀十五。
「美貌な容姿に惑わされていたが、まったく本郷から聞いた通りの性根の悪いだ。この容姿にこの性格では、ほとんど存在自体が詐欺である。」(136ぺージ)
と視点人物であるワトソン役の柏木に言わしめる人物。
ちょっと作りすぎな気もしますが、エンターテイメントとしては手堅い印象です。

タイトルにもなっている陀吉尼天は、ちょくちょくミステリに登場しますね。
「陀吉尼天とは胎蔵界曼陀羅外院南方の傍らに四天衆として侍座する大黒天の眷属夜叉だ」(160ページ)
「人の死を六ヵ月前から予知する能力や通力自在を備えて空を飛び回り、人の肉、特に肝を食らうとされる凶悪な鬼だよ。だから食人肉神と呼ばれている。そのくせ姿形だけはどんな男も虜にするほど美しい女神だそうだ。」(161ページ)
「陀吉尼天は狐を眷属とすることから、後に同じく狐を眷属としている稲荷神と同一視され、さらに稲荷と神仏習合によって同一神となった弁財天と同一視されるようになった。」(161ページ)
と説明され、後の方で
「陀吉尼天信仰というのは有名な邪教を生み出している」
「日本屈指の邪教、立川真言流……聞いたことはないかね?」(217ページ)
と付け加えられています。

吉原、弁財天、軍部の暗躍。出口王仁三郎まで登場するのです。
藤木稟もデビュー作ということでがんばって盛り込んだのだと思いますが、これはいくらなんでも欲張りすぎでしょう。
力技による(ミステリとしての)解決は好もしく、共感できたのですが、全体として未整理というか、とっ散らかった印象をぬぐい切れませんでした。
思い切って題材を絞り込んだほうがよかったのではないでしょうか?

とはいえ、これはシリーズの第1巻。未整理だった部分がこのあと展開されていくことも考えられます。
シリーズ全体の伏線であることを祈りつつ、続きを読むのが楽しみです。


<蛇足1>
「鐘を鳴らして街電が停車する」(6ページ)
街電? 同じページの中頃に
「市電の線路が走る大通りでは」という記述が、さらに次のページの最初の方には
「市電の運転手といえば、昨今のスタァ職業なのである。」
という記述もあり、市電のことを街電と呼んだりもしたのでしょうか?

<蛇足2>
「例えばだね、岡っ引きという組織があるだろう? 彼らはどは原則的に給料を幕府から貰っていない。何処から給料が支払われているかと言えば、吉原だったんだ。」(115ページ)
「そうしてこの岡っ引き達の大スポンサーが吉原だったんだ。大捕り物が吉原で多いのはそういうことさ。犯罪の巣窟になりやすい娼婦街だからね、自衛の為にも………それから幕府に恩を売って、存在の必要性を感じさせるためにも、政治的取引をするためにも、吉原は江戸の犯罪捜査を負担したんだよ。」(115~116ページ)

<蛇足3>
「一応、僕と君の風体は伝えてあるが、自動電話の側に立って朝日新聞が目印ということにしてある」(178ページ)
自動電話、が分りませんでした。交換手を介さず直接相手にかけられる電話のことを指すようですね。

<蛇足4>
「なにしろもともと枕の『ま』は魂という意味があって、寝ている間に魂を入れておく蔵という意味で『まくら』と言う」(212ページ)
知りませんでした。興味深いです。

<蛇足5>
「先生が言うところによると君にはタンキ―の素養があると言う、何しろ異界の女が藤原隆を連れていく夢だったんだろう?」(223ページ)
タンキ―? 中国、台湾のシャーマン、霊媒師のことを指すようです。

<蛇足6>
「藤原家の子息・秀夫が誘拐されて二十四時間が経過した。人質の安否を気遣って報道規制が敷かれているため、誘拐事件は表沙汰にはなっていない。」(353ページ)
この物語の時代背景である昭和初期には、誘拐事件に係る報道規制はなかったのではないかと思うのですが。
1960年の "雅樹ちゃん事件" を契機にできたものだと思っていました。

<蛇足7>
「まったく怪人二十面相も真っ青というやつだ。」(356ページ)
江戸川乱歩の「怪人二十面相」 (ポプラ文庫クラシック)が発表されたのは Wikipedia によると昭和11年。この作品の設定より後です。
なので、きっと、朱雀十五シリーズの作品世界は怪人二十面相が実在する世界なのでしょうね。





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レディ・ヴィクトリア ロンドン日本人村事件 [日本の作家 篠田真由美]


レディ・ヴィクトリア ロンドン日本人村事件 (講談社タイガ)

レディ・ヴィクトリア ロンドン日本人村事件 (講談社タイガ)

  • 作者: 篠田 真由美
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2017/03/22
  • メディア: 文庫

<カバー裏あらすじ>
 ミカドの持ち物だったと騙る「翡翠の香炉」詐欺。日本人村の火災と焼け跡から発見された死体。そして記憶喪失の日本人青年。
 日本趣味(ジャポニズム)が人気を集めるロンドンで起きた日本に関連する三つの事件にレディ・シーモアとチーム・ヴィクトリアの面々が挑む。
 ヴィクトリア朝のロンドンを舞台に天真爛漫なレディと怜悧な男装の麗人、やんちゃな奉公人が活躍する極上の冒険物語。


読了本落穂拾いです。
「レディ・ヴィクトリア アンカー・ウォークの魔女たち」 (講談社タイガ)(感想ページはこちら
「レディ・ヴィクトリア 新米メイド ローズの秘密」 (講談社タイガ)(感想ページはこちら
に続くシリーズ第3弾です。
先に
シリーズ第4弾の
「レディ・ヴィクトリア 謎のミネルヴァ・クラブ」 (講談社タイガ)(感想ページはこちら
の感想を先に書いてしまっています。

サブタイトルにもあるように、題材としてロンドンにあった日本人村を扱っています。
1885年。時折しも、ジャポニズムが流行し、サヴォイ劇場でオペラ「ミカド」が上演され、ナイツブリッジで「日本人村」が開催・興行されていた。
当時どう日本が受容され、あるいは受容されなかったか、というのは興味深いです。
当時の日本は、関税自主権の回復や不平等条約の改正に意欲を燃やしていたというのは歴史の授業で学ぶことで、この点をレディ・ヴィクトリアと知人が議論するのは少々作者の勇み足のような気がしますが、ジャポニズム旺盛ななか、それに反発する日本人という構図を溶け込ませるのに一役買っていますね。
勇み足といえば、このストーリーで重要な役どころで出てくる日本人青年山内鹿之助伸直とローズの関係性といのも勇み足でしょうね。この種の物語に必須のといってもいいかもしれない展開ではありますが。
ただ、それがミステリとしてのストーリーにきちんと寄り添うものである点は指摘しておかなければなりませんね。

印象的なのはある主要人物のセリフです。
「それで本当に後悔はなさらなくて?」
「わかりませんわ。いいえ、後悔はきっとすると思います。どの道を選んだとしても。でもわたし、決めましたの。どこかで後悔しなくてはならないなら、自分のしたいことよりも、しなくてはならないと感ずることを選ぼうと。それがわたしの夢の終わりで、旅路の尽きるところでも、そこからまた始まる旅もあるのかもしれませんもの。」(283ページ)

事件は、あらすじにもある3つを撚り合わせたもので、意外性はさほどないのですが、その分地に足の着いたというか、無理のないものになっていまして、これはおそらく、背景が「ジャポニズム」「日本人村」という、当時のイギリス社会から見ればイロモノであることから、対比の意味でもそうしたのだろうな、と思っています。

これでシリーズ第4巻までの感想を終えたので、いよいよ最終巻ですね。
(とは別に、第5巻で途絶えていたこのシリーズですが、出版社を変えて再スタートしたようですね。)



<蛇足1>
奥様が今日のように外出されるのはとても珍しくて、お客様のいないときは毎日書斎で読書をされたり、机に向かって書き物をされている。(14ページ)
やはり「~たり、~たり」と対応していないことが気になります。
守っていない文章の方が多い気もしますので、これが気になるのはもはや病気ですね、我ながら。

<蛇足2>
さもなきゃサーカスについて歩く行商人みたく、派手にショウでもやって盛り上げて、安ピカものをぱあっと売りつけて、翌日はさっと姿をくらますかだよ。(138ページ)
「みたく」という表現も気になりますが、ここは使用人のセリフですから、あえてという解釈も可能ですね。

<蛇足3>
本当に、やけにもつれた話だこと。わたしくの書く小説だって、これほどごちゃついた筋書きにはしないことよ。読者を面白がらせるより、途中でげんなりさせかねないもの(155ページ)
これは、レディ・ヴィクトリアが事件を整理していうセリフですが、メタ的に読めば、作者の自信の表れですね。頼もしい。

<蛇足4>
 たぶんご存じないでしょうけれど、イギリスで近年現れた happy dispatch という奇妙なことばがあります。幸いなる処刑、とでも言い換えられるかしら。これは日本のサムライの文化に触れたイギリス人が、切腹につけた訳語なの。
 自分の手で自分の体に致命傷を与えるけれど自殺ではない、一種の罰ではあっても不名誉な死刑とは違う。それは主君からサムライにのみ許される『かたじけないご措置』なのだと日本人は説明し、理解できないまま直訳したことばが、一種の逆説と化してしまったのでしょうね。日本という不思議の国の、不思議の観念として。(195ページ)
半月とはいえ、日本に行ったことがある(!)というレディ・ヴィクトリアのセリフです。
とても興味深いですね。もっとこういうのを盛り込んでほしいです。







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