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リップステイン [日本の作家 な行]
<カバー裏あらすじ>
行人は映像専門学校に通う二年生。ある朝、人に取り憑き犯罪を起こさせる“悪意”を倒していると話す不思議な少女・香砂と出会った。卒業制作でドキュメンタリーを撮っている行人は、他人の目が気になるあまり行き詰まっていたが、彼女の存在にヒントを得て行動をともにすることに。しかし香砂は世間を震撼させる連続暴行事件現場に必ず現れることから、刑事に追われていた。行人と刑事の追跡行はやがて交錯し──。香砂の正体とその目的は? 連続事件の真相は? 渋谷を舞台にした異色の青春ミステリー!
2024年7月に読んだ12作目(13冊目)の本です。
長沢樹「リップステイン」 (双葉文庫)。
傑作、だと思いました。
地夜叉(チヤシャ)、夜叉使いというギミックが登場するので、現実離れしている、リアリティがない、と思われたのかもしれませんが、あまり話題になったようには思えないのが不思議です。
作中で ”悪意” と呼ばれていますが、「人は死人の魂も、思い出も、嫌なことも全て川に流してきた」(249ページ)として、「水に流されるのは、報われない想いとか遂げられない願いとか、捨てたくなくても、捨てなければならなかったもの」「川に流された負の感情が魔物とか妖怪みたいな存在になって、自分とよく似た人に取り憑いて、欲求を満たす」(278ページ)仕組みになっている、という設定です(この説明の過程で、利根川東遷(280ページ)まで引き合いに出される壮大なお話です)。
大地にいる「不浄なものを食べちゃう妖精みたいな」(279ページ)ものである地夜叉を集めて憑依させ、”悪意” に取り憑かれた人間から ”悪意” を追い出す夜叉使い、が登場するんですね。それが城丸香砂。
こういうのが登場すると評価されにくいのかもしれません。
物語は、映像専門学校に通う夏目行人の視点僕と、連続ノックアウト強盗事件を捜査する警視庁捜査一課の水瀬優子の視点私の、二つの視点で綴られていきます。
映像解析版として主として内勤で防犯カメラの映像などを分析する任務の水瀬のパートは、かなり鬱屈していて、少々不穏なところもあり、好みから外れてはいるのですが、重要です。
一方の夏目のパートが、とてもいい。好みにドンピシャでした。
夏目も香砂もいいですし、夏目の周りにいる二人の女性、如月由宇と飛鳥井美晴がまたいい。
飛鳥井美晴が夏目のことを
「夏目はぼっちで頭でっかちでクソ中二だけど、基本能力高いのはわかる。能力以上のプライドがうざいけど、そこは目をつぶる」(149ページ)
と言ってのけるシーンなど、大好物です。楽しい。
まったく夏目はその通りの人物像になっています。自意識過剰で、プライドが高く、ひとりぼっちで孤立しがちで、それでいて不安いっぱい。
そして夏目は腹は立っているのだろうけれども、相手の言うことを理解し、ちゃんと受け止める。
とてもいいではないですか。
となると、夏目と美晴のボーイ・ミーツ・ガール物語か!? と思うところですが、それも美晴は
「言っとくけど、夏目に興味があるわけじゃないから、そこ勘違いしないでね。お互いの学業と卒業の為割り切って」(139ページ)
と切り捨てる(笑)。
美晴は「対人関係に特化されたスキル」(149ページ)の持ち主ということで、誰にでもこういう話し方でこういうことを言うわけではない、というのがポイントですね。
「勘違いすんなよ童貞」(147ページ)
「処女と童貞同士、わかり合えたわけね。種別的には同じキャラだものね。」(323ページ)
と、美晴は夏目には言いたい放題ですけれども。
美晴は自称「生まれ持った容姿という才能を活かそうとしているだけ。Aマイナスの素材を、努力とスキルを磨いてSクラスにまで引き上げているの・・・・・」(148ページ)。
この、ぼっち夏目のパートと、水瀬のパートがゆるやかに、しかし強烈に交差していくところがまたいいですね。
いろいろなエピソードが盛り込まれていますが、それぞれも興味深い。
”悪意” を追い出す夜叉というギミックを導入しているので、人間の行動が ”悪意” で説明されてしまいます。このことを、人間像の掘り下げ不足という方もいらっしゃるかとは思いますが、 ”悪意” があることで掬い上げられる行動も、さりげないけれども感じ取れるようになる行動の奥意もあるので、これは支持したい。
いわゆる意外な犯人を演出したくて導入された作者の手つきはこの作品の場合気に入らなかったのですが、ぼっち夏目のパート、水瀬のパートそれぞれが大きく盛り上がって交錯するラストに大満足。
キャラクターもとてもよかったので、続編を強く、強く期待したいです。
タグ:長沢樹
ON 猟奇犯罪捜査班・藤堂比奈子 [日本の作家 な行]
<カバー裏あらすじ>
奇妙で凄惨な自死事件が続いた。被害者たちは、かつて自分が行った殺人と同じ手口で命を絶っていく。誰かが彼らを遠隔操作して、自殺に見せかけて殺しているのか? 新人刑事の藤堂比奈子らは事件を追うが、捜査の途中でなぜか自死事件の画像がネットに流出してしまう。やがて浮かび上がる未解決の幼女惨殺事件。いったい犯人の目的とは? 第21回日本ホラー小説大賞読者賞に輝く新しいタイプのホラーミステリ!
2024年7月に読んだ11作目(12冊目)の本です。
内藤了の「ON 猟奇犯罪捜査班・藤堂比奈子」 (角川ホラー文庫)。
第21回日本ホラー小説大賞読者賞受賞作。
ホラー小説大賞への応募作品なのですが、ホラーというよりは、警察小説ですね。
おそらく事件のコアとなるアイデア・事象には医学的裏付がないのでは?と思わせるところがあって(作中でも "オカルト" という語が使われています)、それでホラーということなのかな、と個人的には理解しています。
このアイデア、ミステリーにおけるあるテーマを深化させたものと言えそうで、とても興味深いです。
それを、警察の捜査で──心療内科?の協力を得て──突き止めていく、という流れ。
事件の様子がタイトル通り猟奇的である点は好みから外れてしまうのですが、主人公である藤堂比奈子のキャラクターが自然体と感じさせてくれること、警察の面々や捜査に協力する重要人物であるクリニックの中島先生(のび太くんに似ているので野比先生と呼ばれたりしている!)なども周りの面々もそれぞれ特徴が分かりやすく親しみやすそうであることに加え、”呪い” とかいう方向にいかないこと、そして、あまたの伏線をちりばめて物語が構築されていることがとてもいいな、と思いました。
露骨なくらいの伏線なのですが、ちょっと現実離れしたアイデアであるからこそあえてそういう形にされているのだろうと思われ、折り目正しいミステリを書くことのできる作家さんだと確信しています。
シリーズが続々と出ていることも納得。
藤堂比奈子の成長を追いかけるのも楽しいだろうな、と思わせてくれます。
ところで、タイトルになっている猟奇犯罪捜査班って、本文に出てきていないような......
掲示組織犯罪対策課所属となっているようですし、警視庁本体ならともかく、藤堂のいる八王子署に猟奇犯罪を専門とする部署があるというのも疑問だな、と。
鬼神伝 龍の巻 [日本の作家 高田崇史]
<カバー裏あらすじ>
高校生になった天童純は、鎌倉・長谷寺で、死んだはずの水葉に似た少女に遭遇。追いかけるも気を失ってしまう。一方、時を遡って鎌倉時代、刀鍛冶を志す十五歳の王仁丸(わにまる)は、仲間を刑場から救い出しにきた鬼の少女と、その手に携えられた大太刀「鉄丸(くろがねまる)」を見て、何かとんでもないことが起きる予感に襲われる。
2024年7月に読んだ11作目(12冊目)の本です。
高田崇史の「鬼神伝 龍の巻」 (講談社文庫)。
3月に読んだ「鬼神伝 鬼の巻」 (講談社文庫)(感想ページはこちら)、
「鬼神伝 神の巻」 (講談社文庫)(感想ページはこちら)。
に続く第3巻です。
シリーズの主人公である天童純は、この「龍の巻」では高校生になっていますね。
物語の主舞台は鎌倉時代なので、タイムスリップの行き先は鎌倉かと思われるのですが、刀鍛冶修行中の王仁丸の視点で物語が語られていって、なかなか天童純が登場しません。
天童純の登場の仕方が読みどころの一つではあるものの、さすがにこれは見え見えですよね?
舞台と時代を鎌倉に移しても、人と鬼の争いは続く──というよりは、一旦小休止だったのが再発といったところでしょうか。
京都でもかなり派手な戦いを繰り広げていましたが、鎌倉はさらにスケールアップしたかのよう。
(鎌倉の地形・地理が頭に入っていると、もっと楽しめたのでしょうね。あまり馴染みがないので残念でした。)
それにしても、日蓮がとてもカッコいい。 こんなカッコいい人でしたっけ?
一旦戦は終わるのですが、これ、まだまだ続きますよね?
帯に「鬼神伝」3部作と書かれているのですが、もっともっと続きあり得ますよね?
もっと成長した純に会ってみたいと思います。
作者あとがきがなかったのはちょっと残念ですが、そのかわり、章題の一文字目で作者が遊んでいるのが楽しかったです。
<蛇足>
「根(こん)とは『可発の儀』といって、つまり食物の根だ。冬が訪れ、草木全て枯れ果てたように見えても、根が枯れていなければ春と共に芽吹く。そんな『根』の『性質』こそ、『根性』というのだ。おまえたちには、それがあると見た」(74ページ)
王仁丸と宗丸が、日蓮から言われる台詞です。
現在一般的に使われる「根性」という語(「スポ根」でいうところの「根性」ですね)は大嫌いなのですが、ここで日蓮が使う「根性」はそういう意味ではなく、「根性」本来の意味のようですね。ほっ。
ちょっとニュアンス的に、スポ根の「根性」に近い匂いがするのが気になるのですが......
映画:ボレロ 永遠の旋律 [映画]
映画「ボレロ 永遠の旋律 」の感想です。
いつものようにシネマトゥデイから引用します。
---- 見どころ ----
フランスの作曲家モーリス・ラヴェルによって生み出され、時代を超えて愛され続ける名曲「ボレロ」誕生の裏側を描くドラマ。自身の全てを注ぎ込んだ曲によって人生を翻弄(ほんろう)されるラヴェルの苦悩を映し出す。監督は『夜明けの祈り』などのアンヌ・フォンテーヌ。ラヴェルを『黒いスーツを着た男』などのラファエル・ペルソナが演じ、『ベル・エポックでもう一度』などのドリヤ・ティリエ、『バルバラ ~セーヌの黒いバラ~』などのジャンヌ・バリバールのほか、ヴァンサン・ペレーズ、エマニュエル・ドゥヴォスらが共演する。
---- あらすじ ----
1928年フランス・パリ。スランプに陥っていた作曲家モーリス・ラヴェル(ラファエル・ペルソナ)は、ダンサーのイダ・ルビンシュタイン(ジャンヌ・バリバール)からバレエのための音楽を依頼される。ところが作業は全くはかどらず、ひらめきを追い求めるかのように、彼はかなわなかった恋愛や母との別れ、戦争の痛みなど、過去に思いを巡らす。試行錯誤の日々を経てついに新曲「ボレロ」を完成させ、パリ・オペラ座での初演は大成功を収めるが、自身の全てを注ぎ込んだこの曲によって彼の人生は激変する。
「ボレロ」といえば、サラエボ・オリンピック(1984年なのですね。もう40年も前!)のときの、アイスダンス、イギリス代表のジェーン・トービルとクリストファー・ディーンがこの曲で踊ったのが強く強く印象に残っています。審査員全員が芸術点10点満点をつけたとんでもない名演技(当時は採点方法が今と違いますね)。
また、これまたずいぶん前、イギリス滞在中にBBC主催の The Proms というコンサート・シリーズ中、ロイヤル・アルバート・ホールで「ボレロ」の演奏を観ました/聞きました。ドラム(小太鼓?)の小さな、小さな音の独奏から始まって、どんどん楽器が加わっていき、次第次第に大きな曲に育っていくのに感激した記憶が。
あの曲が、この曲が、と言えるほどクラシック曲には親しんでいないので、言ったところでだからどうした、という話なのですが、これらのおかげもあってか、クラシックの中でも「ボレロ」は1,2を争うくらいに好きな曲です。
ということで、その「ボレロ」がタイトルで、その作曲家モーリス・ラヴェルを描いた映画は観に行きたいなと思って観ました。
思い入れのある曲ということで、期待しすぎてしまったようです。
この映画、ボレロの誕生秘話を描くのか、それとも作曲家ラヴェルの人生を描きたかったのか、ちょっと中途半端になってしまったように思います。どちらにしても突っ込み不足というか。
とても苦労して産み出した曲、ということは分かりましたが、バレエ曲として公開された際のバレエがラヴェルとしてはまったく気に入らず、曲想を台無しにされたと思っていたのに、大絶賛され、ラヴェルといえばボレロ一色となっていく。
葛藤が数々生まれているのに、なんだかさらっと流されてしまっています。
キーとなるミシア(友人の姉)との関係性もすっきりしませんでした(ひょっとして、ラヴェルは童貞のまま生涯を終えたのでしょうか?)。
人の人生なんて、そんな簡単に割り切れるものではないでしょうから、こういうのが真の実像に近いのかもしれませんね......
オープニングは、さまざまにアレンジされたボレロが繋げられているのですが(歌もあるのですね!)、やはり、クラシックなアレンジがいちばんしっくりくるな、と思いながら観ていました。
ラストは、正統派の(?) ボレロ + バレエで締めくくられます。
製作年:2023年
製作国:フランス
原 題:BOLERO
監 督:アンヌ・フォンテーヌ
時 間:121分
シャーロック・ホームズの生還 [海外の作家 た行]
シャーロック・ホームズの生還 新訳シャーロック・ホームズ全集 (光文社文庫)
- 出版社/メーカー: 光文社
- 発売日: 2006/10/12
- メディア: 文庫
2024年7月に読んだ10作目の本です。
ホームズ物を大人物で読み直している第6弾で、第3短編集、「シャーロック・ホームズの生還」 (光文社文庫)。
「空き家の冒険」
「ノーウッドの建築業者」
「踊る人形」
「美しき自転車乗り」
「プライアリ・スクール」
「ブラック・ピーター」
「恐喝王ミルヴァートン」
「六つのナポレオン像」
「三人の学生」
「金縁の鼻眼鏡」
「スリー・クォーターの失踪」
「アビィ屋敷」
「第二のしみ」
第13編収録。
「空き家の冒険」は、「シャーロック・ホームズの回想」 (光文社文庫)(感想ページはこちら)で無事(?) 葬り去ったはずのホームズを、ドイルがいやいやながら(笑)、ライヘンバッハの滝から読み上げらせた作品。
もうそれだけで感無量というところですが、この作品はモラン大佐が登場する作品でもあって、コミック「モリアーティ」(感想ページはこちら)ファンにとって贅沢な一品。
「ノーウッドの建築業者」は指紋を扱った最初期の作品として有名ですね。あっさり扱われていますが、指紋を決め手にするということから進んで偽造にまで踏み込んでいるドイルの慧眼、さすがです。
「いや、レストレード君、それではちょっとばかりはっきりしすぎているように思えるんだがね。きみにはなかなかりっぱな才能があるが、想像力だけが足りないのが惜しいね。」(「ノーウッドの建築業者」65ページ)
というセリフが印象的な作品でもあります。
「踊る人形」はその暗号の特異さで有名ですね。発想がとてもおもしろいと思います。
「ご存じのとおり、英語のアルファベットのなかでいちばんよく使われるのがEで、ひときわ目立つ存在だから、どんな短い文にだろうと何度もでてくるものなんだ。」(「踊る人形」124ページ)というのは、これで覚えました(もっとも時系列的にはポーの「黄金虫」の方が書かれたのは先のようですが、ぼくの読んだ順としては「踊る人形」が先なのです)。
それにしてもこの暗号、書くのが大変なように思われることだけは、子どものころから気になっています。
「美しき自転車乗り」はタイトルが印象的ですが、日本でつけた意訳なのですね。訳者日暮雅通による解説で触れられています。元は男のことだったなんて、衝撃的(笑)。イメージが狂う!
"The Adventure of the Solitary Cyclist" なので直訳すると「孤高の自転車乗り」あたりでしょうか。
ムリにヴァイオレット・スミス嬢のことだとすると、寂しい、くらいにするのがいいのかもしれません。
「プライアリ・スクール」は、高貴な王侯貴族のお世継ぎが私立学校から失踪するという事件で蹄の話とかも面白いのですが、なにより、
「ホームズは小切手を折りたたむと、そっと手帳にはさんだ。『なにしろ、ぼくは貧乏なものでして』そう言いながら、手帳をポンポンといとおしげにたたき、内ポケットの奥にしまいこむのだった。」(「プライアリ・スクール」230ページ)
とホームズの金銭事情(?) が伺われるのが面白い。こういう場面、ほとんどなかったですよね、ホームズものに。
「ブラック・ピーター」には、「ホームズが大いに期待をかけている若手警部」(「ブラック・ピーター」237ページ)というスタンリー・ホプキンズ警部が登場するのに、おやっと思いました。
われらがレストレード警部は?
まあ、ロンドン警視庁も大組織ですし、常にいつでもレストレード警部というわけにもいかないでしょうね。
犯人を見つけ出すホームズの方法は一種のばくちで
「おみごと! おそれいりました」
とホプキンズ警部のようにいうわけにはいきませんが、時代を感じさせていいなと思いました。
スタンリー・ホプキンズ警部は、このあと「金縁の鼻眼鏡」、「アビィ屋敷」にも登場します。
「恐喝王ミルヴァートン」の主役ミルヴァートンも、コミック「モリアーティ」に出てきましたね。
レストレード君の頼みをホームズが袖にするのが見どころでしょうか。
「六つのナポレオン像」は、子どものころとてもワクワクして、興味深く読んだことを思い出しました。これ、楽しいですよね。
でも考えてみたら、一つ目であたりを掴んでいたら、こういう展開にはならないわけで......ホームズたちの運がよかった、正義は勝つ、ということですよね。
「三人の学生」は大学を舞台にした試験問題盗み見事件を扱っています。用務員バニスターのエピソードが印象的で、ホームズの目のつけどころもさすがでした。
「金縁の鼻眼鏡」は、手がかりとなる眼鏡から導き出すホームズの推論が見事ですね。
アレクサンドリアに特注して作らせた煙草をもらって、次々にものすごい勢いで吸うホームズがおかしかったです。
「スリー・クォーターの失踪」は、ケンブリッジ大学ラグビーチームの主力選手がオックスフォード大学との試合の前日に行方不明となる事件。
おおごとだと騒ぐ依頼人であるキャプテンに、生きている世界が違うので知らない、というホームズが愉快──哀しい結末には心痛みますが。
「アビィ屋敷」はケント州きっての財産家が殺された事件。
結末でホームズが見せる差配は、粋な計らいというべきなのでしょうね。こういうパターンもホームズが先鞭をつけたということでしょうか。
「第二のしみ」では、せっかく復活させたホームズを「サセックスの丘で探偵学の研究と養蜂に専念する生活を送るようになった」(511ページ)として引退した、と再び表舞台から消し去ろうとしているドイルのあがきが見られます(笑)。そうまでして葬り去りたかったのか・・・・・
事件は、国際関係を揺るがす書簡が紛失した、という大事件ですが、タイトルにもなっているしみに着目して真相を見抜くホームズが見事ですね。
しつこくホームズを闇に葬ろうとするドイルの努力にもかかわらず、まだホームズ物は続きますので、大人向けでの読み返し、続けていきます。
<蛇足1>
「とにかく、殺人未遂にはならなくとも、陰謀罪の容疑で逮捕する」(「ノーウッドの建築業者」90ページ)
陰謀罪というのがあったのですね。
<蛇足2>
「それは愛ではなくエゴイズムじゃないだろうか?」
「その二つは切り離せないんじゃないでしょうか。」(「美しき自転車乗り」167ページ)
さらっと深いことが書かれていました。
<蛇足3>
「根っからの貴族にとっては、家庭内の話題を見知らぬ人間とのあいだにもちだすことは何よりもおぞましかったのだ。」(「プライアリ・スクール」192ページ)
こういう貴族の性質が説明されていくのも興味深いですね。
<蛇足4>
「ひとりで出かけたホームズが、十一時を過ぎてからやっと帰ってきた。陸地測量部製のこの近辺の地図を手に入れていた。」(「プライアリ・スクール」192ページ)
イギリスで地図といえば、なんといっても ”London A to Z” だな、と思いつつ、そういえばイギリス全土だと、と思い、陸地測量部をネットで調べたら、日本陸軍にも「陸地測量部」という外局があったことに行き当たりました。
<蛇足5>
「その後のこの地方はわが国最初の鉄工業の中心地となり、鉱石を溶かす火のために樹木がごっそり切り倒され、あまりに広い範囲が切り開かれてしまった。」(「ブラック・ピーター」
247ページ)
”てっこうぎょう” というと鉄鉱業という字を連想したのですが、ここでは鉄工業ですね。
<蛇足6>
「現場はテムズ川とウェストミンスター寺院の中間、ほぼ議事堂の高い塔の陰になる部分。十八世紀ふうの家が並ぶ、古風で人通りの少ない住宅街にある。」(「第二のしみ」524ページ)
テムズ川とウェストミンスター寺院の間で、議事堂の塔(エリザベス・タワーのことかと)の影が及ぶようなところには、いまは住宅街はないですね......
原題:The Return of Sherlock Holmes
作者:Arthur Conan Doyle
刊行:1905年(原書刊行年はwikipediaから)
訳者:日暮雅通
<2024.9.6追記>
原題や刊行年を「バスカビル家の犬」のもののままだったのを修正いたしました。
荒野のホームズ [海外の作家 は行]
<カバー裏あらすじ>
洪水で家も家族も失ったおれと兄貴のオールド・レッドは、いまでは西部の牧場を渡り歩く、雇われカウボーイの生活を送っている。だが、ある時めぐりあった一篇の物語『赤毛連盟』が兄貴を変えた。その日から兄貴は論理的推理を武器とする探偵を自認するようになったのだ。そして今、おれたちが雇われた牧場は、どこか怪しげだった。兄貴の探偵の血が騒ぐ。やがて牛の暴走に踏みにじられた死体が見つかると、兄貴の目がキラリと光った‥‥かの名探偵の魂を宿した快男児が、西部の荒野を舞台にくりひろげる名推理。痛快ウェスタン・ミステリ登場
2024年7月に読んだ9作目(10冊目)の本です。
スティーヴ・ホッケンスミスの「荒野のホームズ」 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ1814)
ホームズに心酔する無学なカウボーイという設定が、まず、いいですね。
家族のため(特に語り手である弟のオットーのため)、学校にいかず働き始めたため無学ということであって、決して知能面で劣るわけではありません。
「もし農夫じゃなくて上院議員の息子に生まれていたら、兄貴は日給一ドルのカウボーイじゃなくて哲学者か鉄道業界の大物にでもなっていたんじゃないだろうか。」(14ページ)
学校へ行かせてもらったオットーの方が劣るように思われます──といっても、語り口はユーモアも漂ってなかなか凝っていますので、推理という方向では才能を発揮しないものの、知能が低いわけではなさそうですが。
「赤毛連盟」を最初に、字の読めないグスタフのために、オットーが読んでやることで、ホームズ物語に触れていっています。
(名前が出てくる作品は「緋色の研究」「シルヴァー・ブレイズ号事件」「株式仲買店の店員」「グロリア・スコット号事件」そして「独身の貴族」)
この二人(とこの作品の時代設定)がホームズと同世代というのがポイントかと思いました。
大西部の田舎で貧乏暮らしをしているもので、ホームズ物語をリアルタイムで親しむわけにはいかず、限られた数の作品に親しむのみなのですが、それだけにいっそうホームズ物語をくりかえし読み込むことになり、また渇望感もあり、心酔の度が深まる、ということなのでしょう。
おもしろいのは、この物語世界ではホームズを実在の人物として扱っていること。
中盤以降に現れる牧場主であるイギリス貴族(バルモラル公爵)が、ホームズと因縁のある人物として設定されています。
そしてこの公爵からホームズが死んだと聞かされて大きな衝撃を受けるシーン(203ページ~)があります──ただし、あのライヘンバッハの滝のできごとを描いた「最後の事件」は発表される前のようです。
「相手かまわずその俗悪な文章で他人の名誉を踏みにじってきたあのヤブ医者のワトスンも、とりあえずこの件については沈黙を守っている。それでも事情は伝わってきてるがね。どうやらスイスでのことのようだ。欧州大陸で誰かを追いかけていたホームズは、崖から転落して二度と姿を現さなかったのだ!」(205ページ)
とされています。
こういうところ、とても楽しくていいですよね。
ハングリー・ボブと呼ばれる人食いとして有名な男が精神病院から逃げ出したという不穏な状況下、まず二人が雇われた農場の支配人が死ぬ。
ほどなく(抜き打ち検査のため?)牧場のオーナーであるイギリス貴族家族とその仲間がやってくる。
そして、二人が来るよりまえから牧場で働いていたアルビノの黒人カウボーイの死。
二人を敵視するような牧場の親方ユーリやオーナーであるバルモラル公爵、公爵の出資者のエドワーズなどがいる一方で、同行してきていたブラックウォーター伯爵の子息ブラックウェル、メイドのエミリー、そして公爵の美貌の娘レディ・クララと、二人の仲間──とまではいかなくとも、二人に協力的な人物もそれなりにいて捜査が進んでいきます。この人たちとの掛け合いが、これまた楽しい。
真相そのものは、さほど意外なものとは言えないように思いますが、登場人物の配置含め考えられているように思いましたし(ちょっぴりハードボイルドっぽい展開といえるかもしれません)、オットーの語り口が楽しいので、すいすい読めました。
これでグスタフの捜査法がもっとホームズを思わせるものであれば一層よかったように思います。
続き「荒野のホームズ、西へ行く」 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ 1825)も訳されているのですね。
品切になってしまう前に買わないといけないかも。
<蛇足1>
「やつがカウボーイに興味をもっているのは、はっきりしている。ダイム・ノベルじゃ載っていないような助言をいくつかしてやれば、ありがたられるはずだ。」(126ページ)
ダイム・ノベル?
ダイム(dime)とは10セント硬貨のことですので、10セント程度で買えるような安い雑誌に掲載されているような小説ということだと見当がつけたのですが、合っていますでしょうか?
訳注なくわかる語なのでしょうか?
<蛇足2>
「『どんな雲も裏は銀色に輝いている』なんてことわざは、知らないやつも多いだろう。」(19ページ)。
Every cloud has a silver lining、でしょうか?
原題:The Hound of the Baskervilles
作者:Arthur Conan Doyle
刊行:1902年(原書刊行年は解説から)
訳者:日暮雅通
セブン [日本の作家 乾くるみ]
<裏表紙あらすじ>
一見シンプルなトランプの数当てゲームが、生死をかけた心理バトルへと変貌する「ラッキーセブン」ほか、時間を何度もワープする男の話──「TLP49」、超ショートショート──「一男去って・・・・・」、戦場で捕らえられた兵士の生き残り作戦とは──「ユニーク・ゲーム」などロジカルな企みに満ちた七つの物語。トリッキーな作品世界に二度読み三度読み必至の驚愕の短篇集。
2024年7月に読んだ8作目(9冊目)の本です。
乾くるみの「セブン」 (ハルキ文庫)。
「ラッキーセブン」
「小諸-新鶴343キロの殺意」
「TLP49」
「一男去って……」
「殺人テレパス七対子」
「木曜の女」
「ユニーク・ゲーム」
の7編収録の短編集。
いずれの作品も数字の7に縁づいた、バラエティに富んだものばかりです。
冒頭の「ラッキーセブン」と最後の「ユニーク・ゲーム」は、どちらも死を賭けた数当てゲーム。
単純だけど、いろいろと考えどころのあるルール、というのがポイントなのだけれど、あまりにもゲームに純化しすぎな点が気になる。
両者で迎える結末の違いを味わうのがいいように思いました。
「小諸-新鶴343キロの殺意」は、新興宗教を背景(?) にした集団殺人事件──なんだけど、たぶんこれ、駄洒落というか語呂合わせに眼目があるような。アリバイミステリを思わせるタイトルもオフビートな感じ。
「TLP49」はタイムリープもの。
「現象が発動するのは、生命の危機に見舞われたとき。その直前から四十九分後の未来までの時間帯が、一秒の狂いもなくジャスト7分ずつ、七つのブロックに分割され、その順番がランダムに入れ替わる」(106ページ)という仕掛け。
この短いフレームで、危機を盛り上げストンと落とすのはお見事。
「一男去って……」は、わずか4ページのショートストーリー。ギャグ、ですよね?
「殺人テレパス七対子」は双子を使ったスタジオでの実験撮影中に起こった殺人事件。トリックをあばく手がかりが印象的でした。
「木曜の女」は、「月曜から日曜まで。それぞれ違うタイプの異なる若い女を、セックスの相手として確保してい」(201ページ)る二十六歳の男の話。
これも、ギャグですよね?
<蛇足>
「だとしても、こちらでは6がNGかどうか、紛れを解決することができました。」(「ユニーク・ゲーム」257ページ)
「0から6までを使うのか、1から7までを使うのかでまず紛れがある。」(「ユニーク・ゲーム」259ページ)
この「紛れ」という語の用法、馴染みがありませんでした。
タグ:乾くるみ
映画:エア・ロック 海底緊急避難所 [映画]
映画「エア・ロック 海底緊急避難所」の感想です。
いつものようにシネマトゥデイから引用します。
---- 見どころ ----
海に墜落した旅客機で、生存者たちが減り続ける酸素やサメの恐怖におびえながらサバイバルを繰り広げるスリラー。メキシコのリゾートへ向かう旅客機が海に墜落し、州知事の娘や少女、キャビンアテンダントなど生き残った7人が、恐怖の中で生き残ろうと奮闘する。出演はソフィ・マッキントッシュ、ウィル・アッテンボロー、ジェレミアス・アムーアなど。監督を『インビジブル2』などのクラウディオ・ファエが務める。
---- あらすじ ----
メキシコのリゾート地サボへ向かっていた旅客機が海に墜落する。恋人や友人と卒業旅行に向かっていた州知事の娘エヴァと、陸軍出身の祖父母との休暇を過ごそうとしていた10歳のローザ、恋人との同性婚を夢見るキャビンアテンダントのダニーロら生き残った7人は、酸素のある場所に避難する。しかし、高い水圧や減少する酸素、機内に忍び込んだサメが彼らを絶望へと陥れる。
9月1日は映画を安く観ることができるので観ました。
「エア・ロック 海底緊急避難所」
海中に墜落した飛行機の中に閉じ込められて......という話で、こういうストーリーは好きでそれなりに楽しんで観ましたが、残念ながら全体的にパッとしない映画でしたね。
基本的に、非常に狭い空間(飛行機の最後部座席のあたりと、その後ろについているギャレー(?)部分)のみを舞台にして、緊迫感を出しています。
墜落した時点で生存者は7名。
主人公で、(カナダの)州知事の娘エヴァとその恋人ジェドと友人カイル。
エヴァのボディ・ガード、ブランドン。
元陸軍のマーディとその孫娘ローザ。(マーディの夫でローザの祖父ハンクは墜落時に死亡)。
そしてキャビン・アテンダントのダニーロ。
彼らの人生(?) 的なことも出てはくるのですが、ほんのちょっとだけで深堀りされることはありません。
彼らの過去の体験が引き金となって、あるいはトラウマとなっていて、行動に大きな影響を与える、というのも、それほど感じられませんでした。
それなら緊迫した状況に集中してもらったほうがありがたかったかな、と。いわゆる人間模様は中途半端でした。
限られた酸素、迫りくるサメ、一層深くへずり落ちようとする機体。
これだけでも十分サスペンスありますから。
こういうの、”詰み系” スリラーと言うのですね。
乗客に知事の娘がいるということで、気合を入れて捜索する状況というのがプラスですが、機体をようやく見つけ、中に人がいることを確認した潜水夫がサメに襲われるシーンの絶望感もすごかったです。
(もっともそのおかげでそのあたりに何かある、と上空のヘリの乗員にもわかるでしょうし、そこに人員が集中投入されるはずなので、救出には長い目で見ればプラスではあるものの、酸素が限られる状況なので油断できません)
いわゆる緊張と緩和で、緊迫した状況にユーモアが持ち込まれることもこの種の映画ではあり、この映画にもそれを狙ったような場面もあるのですが、いま一つ不発だったように思います。
ポスターに「いま、底にある危機」とウケ狙いのフレーズが書かれていますが、かくのごとく不発(苦笑)。
ところで、サメって本当に泡で撃退できるのでしょうか?
製作年:2024年
製作国:イギリス
原 題:NO WAY UP
監 督:クラウディオ・ファエ
時 間:91分
紅蓮館の殺人 [日本の作家 あ行]
<カバー裏あらすじ>
山中に隠棲した文豪に会うため、高校の合宿を抜け出した僕と友人の葛城は、落雷による山火事に遭遇。救助を待つうち、館に住むつばさと仲良くなる。だが翌朝、吊り天井で圧死した彼女が発見された。これは事故か、殺人か。葛城は真相を推理しようとするが、住人や他の避難者は脱出を優先するべきだと語り──。
タイムリミットは35時間。生存と真実、選ぶべきはどっちだ。
2024年7月に読んだ6作目(7冊目)の本です。
阿津川辰海の「紅蓮館の殺人」 (講談社タイガ)。
「名探偵は嘘をつかない」 (光文社文庫)(感想ページはこちら)
「星詠師の記憶」 (光文社文庫)(感想ページはこちら)
に続く著者の第3作。
「2020本格ミステリ・ベスト10」第3位。
「このミステリーがすごい! 2020年版」第6位
かなり話題を呼んでいた作品ですね。
名探偵がたどり着いた屋敷で殺人事件に遭遇する、というフォーマットの作品で、合宿の場所の近くにあるその山荘には隠遁しているミステリ作家財田雄山が住んでいるので、合宿を抜け出して目指していた、ところ山火事に追われて、という設定。
屋敷には、寝たきりの雄山のほかに、息子貴之とその息子文男、娘つばさの三人がいた。
そこへ訪れたのが高校生名探偵の葛城輝義とその友人でメインの記述者である僕田所信哉、そして山中で行き会った謎めいた女性小出。さらにその後近くの家に住む久我島敏行と、その妻の契約の関係で久我島家を訪れていた保険調査員の飛鳥井光流が合流してくる。
そして起こる殺人事件......
この館の名前が ”紅蓮館” というわけではないのがおもしろい。
雄山は自らの有名な言葉からとって ”落日館” と呼んでいた、ということですが、正式名称(?) は書かれていません。
山火事に包まれるので、この作品では ”紅蓮館” と呼んでいるのですね。
吊り天井のある部屋で起こる殺人、というだけでミステリ的に楽しいですが、そこは阿津川辰海のこと、吊り天井をめぐって推理が展開され、状況を読みとく大きなヒントとなっているがポイント。
登場人物が限られる中で、しっかりとした謎解きを堪能できます。
いくつかの設定や仕掛けには既視感があるものも混じってはいるのですが、その組み合わせが豪華で、組み合わせの妙を楽しむことができます。
保険調査員の飛鳥井光流というのが、名探偵を辞めた名探偵(!)という設定になっているのもとても興味深い。
高校生名探偵の葛城輝義との対決、という風にならないのもポイントが高いですね。
対決にはならなくても、当然意識してしまうし、行動に影響を与えてくる。
こういう観点で名探偵が描かれるのですね....
それにしても、名探偵とは、というのがテーマになっているからとはいえ、名探偵をつらいポジションに追い込みますねぇ。
阿津川辰海、意地悪。
ひょっとして、名探偵のことが嫌いなんじゃないか、と思ってしまうくらいです──そういえば、「名探偵は嘘をつかない」の名探偵も可哀そうでしたよね。
シリーズの続きも、その他の作品も、阿津川辰海の作品は絶対読み続けます!
<蛇足1>
「高校三年生の教科書をぺらぺらとめくる。最後のページまでぎっしりと書き込みがあり、練習問題も全て解かれていた。」(186ページ)
何の科目の教科書か書かれていないのですが、練習問題の解答を教科書に書き込むものでしょうか?
阿津川辰海さんは東京大学卒ということで、教科書に書き込みながら勉強をすすめられたのでしょうか?
<蛇足2>
「ミステリーは読んでも前半までだ。」(325ページ)
驚愕。
ミステリーを読むのを途中でやめる!?
よほどつまらない作品でも、ミステリーの場合はなんとか最後まで読むのですけれど......世間では違うのでしょうか?
カカオ80%の夏 [日本の作家 な行]
<カバー袖あらすじ>
私は三浦凪、17歳。
好きなものは、カカオ80%のチョコレートとミステリー。
夏休みに、クラスメートの雪絵が、書き置きを残して姿を消した。
おとなしくて、ボランティアに打ち込むマジメな雪絵が、いったいどうして‥‥?
カレでもできたのか?
気乗りはしないけれど、私は調査に乗り出した。
ひと夏のきらきらした瞬間を封じ込めた、おしゃれなハードボイルド・ミステリー。
2027年7月に読んだ6作目(7冊目)の本です。
永井するみの「カカオ80%の夏」 (ミステリーYA!)。
理論社から出ていたジュブナイル叢書、ミステリーYA! の1冊で、後にポプラ文庫から文庫化されています。文庫の書影はこちら↓
(P[な]3-1)カカオ80%の夏 (ポプラ文庫ピュアフル さ 3-1)
- 作者: 永井 するみ
- 出版社/メーカー: ポプラ社
- 発売日: 2016/06/03
- メディア: 文庫
探偵役の主人公凪が語り手をつとめて物語は進んでいくのですが、最初のうち、この語り口になじめませんでした。
あらすじにもハードボイルドという文字がありますが、ハードボイルド調の語り口なのです。
こちらの思い込みの部分が大きいのだと思うのですが、女子高校生であるにもかかわらず、なんだかおっさんが語り手をつとめているような印象をぬぐえなかったのです。
(この凪という人物、性格的にはハードボイルドの探偵にふさわしいとは思います。あくまで語り口の観点です)
そのうち世界に引き込まれて、気にはならなくなりましたが....
事件は、友人の失踪。ハードボイルドらしいですね。
捜査と呼ぶべきかどうかわかりませんが、探そうとする凪の行動は、周りの人物の反応も含めてハードボイルド感溢れています。
捜査の方法はステップの踏み方が女子高校生らしいというか、無理な背伸びをさせていないのが好感度大。
高校生が大人顔負けの活躍をするという物語も、それはそれで面白いのですが、現実的な物語で、現実的な捜査方法をとっている高校生探偵という路線はとても素晴らしいと思います。
手掛かりもなかなか細やかなのもポイントが高い。
なにより、最後に浮かび上がってくる真相が、無理をしていないというのか、この探偵、この物語にふさわしいものになっている点には深く感心しました。
事件と探偵のバランスがとてもいい。
とてもウェルメイドなミステリでした。
もっと早く読めばよかったです(←いつも、こればっかり言っているような気がします)。
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