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京の縁結び 縁見屋の娘 [日本の作家 か行]



<カバー裏あらすじ>
「縁見屋の娘は祟りつき。男児を産まず二十六歳で死ぬ」――江戸時代、京で口入業を営む「縁見屋」の一人娘のお輪は、母、祖母、曾祖母がみな二十六歳で亡くなったという「悪縁」を知り、自らの行く末を案じる。謎めく修行者・帰燕は、秘術を用いて悪縁を祓えるというが……。縁見屋の歴史と四代にわたる呪縛、そして帰燕の正体。息を呑む真実がすべてを繋ぎ、やがて京全土を巻き込んでいく。

2022年4月に読んだ6作目(7冊目)の本です。
柏木伸介「県警外事課 クルス機関」 (宝島社文庫)と同時に第15回 『このミステリーがすごい!』大賞の優秀賞を受賞しています。

解説で宇田川拓也が「京都が舞台の人情時代小説に伝奇スペクタクルを融合させた本作」と書いていますが、ミステリーというよりは伝奇時代小説と言った方がふさわしいような作品です。
ただ、たとえば主人公お輪をめぐる「二十六歳で死を迎える」という噂だったり、あるいは、愛宕山から来たという謎の美しい行者「帰燕」の正体であったりと、ミステリ的要素もふんだんにちりばめられています。

京都中を巻き込むような大火事の夢をお輪が見ていることから、クライマックスはこの大火事なのだろうな、と想定できます。
その意味では、人情味あふれる市井のエピソードを積み重ねながらも、じわりじわりと不穏な気配が積み重なってきて、平凡だけれど穏やかな日常が変わってしまうような不安と焦燥を感じながらの読書体験となります。

非常に筆力のある作家でして、人物像が妙に現代風なのは気になるものの、江戸時代の京都を舞台に、盛り沢山な要素を打ち込んで作り上げた一大絵巻です。
時代小説には詳しくないのですが、人情話に隣接する形でこういう一大スペクタクルを展開するのは珍しいのではないでしょうか?
とても楽しく読めました。
続編も書かれているようです。


<蛇足1>
「――嬢(とう)はん、ここにいてはったんやな――」(9ページ)
嬢はんというのは、そのままお嬢さんという意味ですが、京都でも使ったのですね。
こいさん(長女)、いとさん(末娘)同様大阪の言葉だと思っていました。

<蛇足2>
「ここで堀川の流れも二手に分かれ、西へと続く四条川が、三条台村と西院村の間を流れる紙屋川へと注いでいる」(17ページ)
京都にある地名の「西院」に「さい」とフリガナが振ってあります。
現在では「さいいん」と読むようですが(阪急電車の駅名は「さいいん」です)、京都の人たちは「さい」(少し伸ばして「さーい」)と言うと教えられてことがあり、ここのフリガナにニンマリしてしまいました。
ネットで調べてみると、京福電鉄のほうの駅名は「さい」と読むらしいです。

<蛇足3>
「天行者には、『四戒』と言うものがある」
「一つ目は『偽戒』や。嘘をつき、人を惑わすことや。二つ目は『俗戒』言うて、俗世と関わること、三つ目は女人を愛しみ、交わる『女戒』や」
「ただ四つ目に『過戒』と言うのがある。先の三つの戒律のどれかが過ぎれば、罰を受けねばならんのや」(311ページ)
メモ代わりに、写しておきます。




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県警外事課 クルス機関 [日本の作家 か行]



<カバー裏あらすじ>
“歩く一人諜報組織” = “クルス機関” の異名をとる神奈川県警外事課の来栖惟臣は、日本に潜入している北朝鮮の工作員が大規模テロを企てているという情報を得る。一方そのころ、北の関係者と目される者たちが口封じに次々と暗殺されていた。暗殺者の名は、呉宗秀。日本社会に溶け込み、冷酷に殺戮を重ねる宗秀であったが、彼のもとに謎の女子高生が現れてから、歯車が狂い始める――。


2022年4月に読んだ5作目(6冊目)の本です。

志駕晃「スマホを落としただけなのに」 (宝島社文庫)(感想ページはこちら
桐山徹也「愚者のスプーンは曲がる」 (宝島社文庫)(感想ページはこちら
綾見洋介「小さいそれがいるところ 根室本線・狩勝の事件録」 (宝島社文庫)
と第15回 『このミステリーがすごい!』大賞に応募された作品から選ばれた2017「このミス大賞」隠し玉を読んできましたが、この柏木伸介「県警外事課 クルス機関」 (宝島社文庫)は第15回 『このミステリーがすごい!』大賞の優秀賞。
三好昌子「縁見屋の娘」 (宝島社文庫)と2作が優秀賞でした。
ちなみに大賞は岩木一麻「がん消滅の罠 完全寛解の謎」 (宝島社文庫)(感想ページはこちら)。

この小説のポイントを帯が端的に表しています。
いわく
“一人諜報組織・クルス” VS. “北”の暗殺者
違法捜査もいとわない公安警察・来栖惟臣(くるすこれおみ)と、
祖国に忠誠を誓う冷酷な殺人鬼・呉宗秀(オ・ジョンス)。
大規模テロをめぐり、二つの“正義”が横浜の街で激突する!

勝手な公安のイメージとして、対する相手が強大なものであることが多いだけにより一層組織的な対応が必要なのではないかと考えてしまうので、一人なのに ”機関” とはなぁと思わないでもないですが、物語としてこういう主役設定は定番ともいえるのでこれでよいのでしょう。
全国都道府県警に所属する公安捜査員の中から選び抜かれた者だけが受講を許される《警察大学校警備専科教養講習》講習済の作業員でエース級(37ページ)ということになっています。

おもしろいのは
「今の東アジアは、一種の冷戦状態にあると言っていい。《東アジア冷戦》だな。そいつは言ってみれば世襲権力者同士のいがみ合いだ。奴等はそうやって非難し合うことで、互いの権力基盤を支え合っている。日本の政治家が靖國参拝をする。中韓が、それに反発。日本の政治家が、またそれに反論。そうやってやり合えばやり合うほど、国内での支持率が上がっていくって寸法だ」(282ページ)
と日本を含めた世襲国家の対立を捉えているところでしょう。
もっとも
「だが、所詮は口だけだ。今どき日本が侵略したり、中国が韓国が日本を占領したりすると思うか? そんな真似したら、世界中から袋叩きだ。その程度の知恵なら、世襲のバカ殿にもある。だが、そのバランスが崩れたら? ある国で、世襲権力者の足元が危うくなってきたとしたら?」(283ページ)
あたりの感覚は、ウクライナを受けて変容せざるを得ないかもしれませんけれども。

ストーリーは、二人の視点で進んでいき、北の侵入者が日本の右翼系組織に潜入するくだりとか、少ないながらも来栖が協力者と捜査を進めるところとか、おもしろく読めました。
こういうの好きなんですよね。

ただ、最後のテロのターゲットが明かされて、個人的にはずっこけてしまいました。
これは設定ミスではないでしょうか?
確かに派手で世間の耳目を引くとは思うのですが、このターゲットそのものがちょっと首をかしげたくなるような内容になっているからです。
もっともこの点を置いておくと、非常に緊迫感あるクライマックスになりますし、映像にすると格好いいのではないかと思います。

欠点はあるものの、非常に力のこもった力作だと思いました。
シリーズ化もされているので、読んでみようと思います。





<蛇足1>
「痩せた初老の男だった。背も高くはない。大きなトンボ眼鏡を掛けている。」(83ページ)
ぱっと童謡が思い浮かびましたが、トンボ眼鏡がイメージできませんでした。
ネットによると「ファッショングラスの一種で、大きな丸型のメガネを表す俗語として用いられる。
トンボの目のように大きいことに由来する」らしいです。

<蛇足2>
「有村幸正。パネラー。作家。小説『零式の風神』がベスト・セラー。映画も大ヒット。マスコミへの露出も増加。作品の評価は “歴史の真実を伝える名作”/ “戦争を美化した駄作” と二分。」(356ページ)
これは実在の作家をイメージしたもの、でしょうか?




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小さいそれがいるところ 根室本線・狩勝の事件録 [日本の作家 あ行]


小さいそれがいるところ 根室本線・狩勝の事件録 (宝島社文庫 『このミス』大賞シリーズ)

小さいそれがいるところ 根室本線・狩勝の事件録 (宝島社文庫 『このミス』大賞シリーズ)

  • 作者: 綾見 洋介
  • 出版社/メーカー: 宝島社
  • 発売日: 2017/07/15
  • メディア: 文庫

<カバー裏あらすじ>
大学生の白木は、病死した母の友人・ハルに会うため、北海道の東羽帯駅を訪れる。しかしそこは人の住む集落さえ消えた、1日の利用者が0人の秘境駅。ハルは30年前に起きた殺人事件を機に行方不明になっており、唯一彼を知る老婆までもが白木の前から失踪してしまう。東羽帯に隠されていると噂の裏金を探す鉄道マニアたちにも巻き込まれ、旅情豊かな、ひと夏の冒険サスペンス劇が始まる!


2022年4月に読んだ4作目(5冊目)の本です。
2017年「このミス大賞」隠し玉。
第15回 『このミステリーがすごい!』大賞に応募された作品を改稿したもので、このときの応募作からはほかに
志駕晃「スマホを落としただけなのに」 (宝島社文庫)(感想ページはこちら
桐山徹也「愚者のスプーンは曲がる」 (宝島社文庫)(感想ページはこちら
が隠し玉として出版されています。

視点人物は母親を亡くしたばかりの大学生白木恭介と、鉄道マニアの吉井悠司。
母からの頼まれごとを成し遂げるために人探しに秘境駅・東羽帯へ向かう恭介と、趣味で向かう吉井。二人の行程は最初にすれ違った後なかなか交差しませんが、どうなるのかなと興味をひかれて読み進みます。

焦点となる東羽帯駅ですが、架空の駅のようです。
1日の利用者が0人で駅が存続しているのが不思議ですが、こういう駅、全国にあるのでしょうか?
人探しが、やがて国鉄の労働組合をめぐる狩勝の裏金を巡る(過去の)殺人事件とその裏金探しへとつながっていきます。

物語前半はゆっくり進みます。それこそ、秘境駅めぐりにふさわしい、と言いたくなるような。
廃村になったような集落での人探しなど難航するに決まっていますし、展開が遅いのは想定の範囲内ではあるのです。
恭介と吉井の動きかたも、そのスローさに似つかわしい感じがします。
ところが、その後畳みかけるように急展開し始めます。
そして明かされていく事実が、それまでの物語のトーンと落差が大きく、驚きというよりも戸惑いを感じてしまいました。
解説で村上貴史も指摘しているように、伏線回収の手際が心地よく、ミステリのセンスを感じさせてくれましたので、このあたりが改善されればすごく楽しみな作家になるだろうなと思いました。

タイトルの「小さいそれがいるところ」というのは、羽帯駅(こちらは実在の駅名です)を Wikipedia で調べれば載っているので、書いてしまってもネタばれには当たらないかもしれませんが、念のため肝心のところを色を変えておきますと、アイヌ語に由来し「それ」というのはヘビのことだそうです。

解説を読んで驚いたのですが、作者・綾見洋介は鉄道ファンではないらしいのです。
羽帯の名前の由来から、これだけのストーリーを作り上げたのでしょうか? すごいですね。
この点でも期待の作家といえるかもしれません。



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半七捕物帳〈1〉 [日本の作家 あ行]


半七捕物帳〈1〉 (光文社時代小説文庫)

半七捕物帳〈1〉 (光文社時代小説文庫)

  • 作者: 岡本 綺堂
  • 出版社/メーカー: 光文社
  • 発売日: 2001/11/01
  • メディア: 文庫

<カバー裏あらすじ>
岡っ引上がりの半七老人が、若い新聞記者を相手に昔話を語る。十九歳のとき、『石灯篭』事件で初手柄をあげ、以後、二十六年間の岡っ引稼業での数々の功名談を、江戸の世態・風俗を織りまぜて描く、捕物帳の元祖!


2022年4月に読んだ3作目(4冊目)の本です。
今は新装版が出ていまして上の書影も新装版のものです。手元にあるのは昭和60年11月に出た旧版の初版。カバーにはバーコードもなく、値段は480円。安かったのですね。
半七捕物帳は、著者岡本綺堂が江戸を背景にしたシャーロック・ホームズ物語を書こうとして始めたもの、とあちこちに書かれていますし、この本の都筑道夫の解説にもそうあります。
これが世の中に数多ある捕物帳の始祖。
今更感あるかもしれませんが「半七捕物帳〈1〉」 (光文社時代小説文庫)。まとめて読むのは初めてです。
本家?シャーロック・ホームズを大人もので読みだしたこともあり、いよいよこちらに取り掛かってみようか、という感じでした。

そもそもの
「捕物帳というのは与力や同心が岡っ引きらの報告を聞いて、更にこれを町奉行所に報告すると、御用部屋に当座帳のようなものがあって、書役が取りあえずこれに書き留めて置くんです。その帳面を捕物帳といっていました」(34ページ)
と半七が説明しています。
ここから来ていたのですね。

第一作である「お文の魂」は、いろいろなアンソロジーにも収録されている作品なので何度も読んだことがあります。
しかし今まで一度も感心したことはありませんでした。
一応色は変えておきますがネタバレします。
不思議な現象が起こる怪談話なのですが、その解明が「嘘でした」というのですから、ミステリ好きからしたら落胆しますよね。
今回も正直なんだかなぁと思ったのです。

ところが、そのあとの数作を読んで考えが変わりました。
「石燈籠」も一種の不可能犯罪なのですが、その解明も「プロの軽業師の仕業」というのですから、がっくりきます。

次の「勘平の死」は、極めて標準的な折り目正しいミステリになっています。

ここでふと立ち止まってしまいました。
最初の2作、ミステリでは禁じ手に近い真相となっています。
シャーロック・ホームズを日本に移し替えて日本に新しいタイプの読み物を作ろう、そういう意気込みのもと書かれた作品のはずです。
ミステリの手法を使いこなせることは第3作をみれば明らか。であれば、最初の2作は意図的なもの。わざと禁じ手に近い手法を導入したと考える必要があると思います。当時ミステリがあまり一般的ではなかったという背景もあるでしょう。

そういう目で見ると、ミステリとしては破格の「お文の魂」も「石燈籠」も、ミステリらしい「勘平の死」も、舞台となった江戸当時の常識と非常識、非合理と合理の対比が描かれていると言えます。
捕物帳は江戸の風物を描くものだという意見がありますが、その江戸はミステリの構文を通して描くものだということがわかります。

そのあとの諸作も、そう思いながら読んでいくと興趣が増したように思います。
怪異を合理的に解決する、という道筋を捕物帳に持ち込んだのも綺堂でした、というよりむしろ、捕物帳とは怪異を合理的に解体することによって江戸を照射するミステリである、ということなのでしょう。

なかでも印象深かったのはやはり「半鐘の怪」。
いやあ、堂々と「動物犯人」をやっているではありませんか。
岡本綺堂、「今度はどうやって読者を驚かせてやろう」と楽しみながら書いたのではないかな、と考えて楽しくなります。
(と、こう考えると、たくさんあるシリーズ中に、正真正銘の怪談-合理的な解決のつかない怪談-を岡本綺堂が忍ばせても、またニンマリしちゃいそうです)

じっくり、ゆっくり、シリーズを読み進んでいきたいです。


<蛇足1>
「それでも怖い物見たさ聞きたさに、いつもちいさい体を固くして一生懸命に怪談を聞くのが好きであった。」(9ページ)
「お文の魂」が発表されたのは大正六年(1917年)ということですが、もうそのころから「一生懸命」という言い方があったのですね......

<蛇足2>
「酉の市(まち)の今昔談が一と通り済んで、時節柄だけに火事の話が出た。」(142ページ)
てっきりこれは酉の市(いち)と読むもの、と思っていたので調べました。
古くは「酉のまち」といい、「お酉様」と称して親しまれている。 「まち」は祭りの意。
なるほど。「まち」というのも趣があっていいですね。

<蛇足3>
「それにしても、おみよの書置が偽筆でない以上、かれが自殺を企てたのは事実である。」(211ページ)
おみよは言うまでもなく女性ですので、ここの「かれ」は女性を指す言葉となります。
彼は男性、彼女は女性、というのが今の一般的な使い方ですが、昔は違ったのですね。
彼、彼女については岡本綺堂の例も含めおもしろいHPを見つけたのでリンクを貼っておきます。
綺堂事物(http://kidojibutsu.web.fc2.com/contents/kare.html







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たんぽぽ娘 [アンソロジー]




<カバー袖紹介文>
本書は「魔女も恋をする」に続く、海外ロマンチックなSF・ファンタジィを集めた傑作集の第二巻です。このアンソロジィは、これからSFを読もうという人、SFを読み始めたばかりの人を念頭において編まれています。ロマンチックSFというのは、恋愛を扱ったものです。本書では、愛するひととの別れを扱った作品やタイムマシンものもあしらってみました――“あとがき”より


2022年4月に読んだ2作目(3冊目)の本です。
どこからこんな古い本を引っ張り出してきたんだ、と言われそうですが、これ25年ほど前にSF好きの友人から、初心者向けの手ほどきとしてもらい受けたものです。
そうやって友人からもらっているくせに、なかなか触手が伸びす今に至る。ようやく読みました。
この本、とっくの昔に絶版になっていて、 amazon で見たらとんでもない価格がついているのですね......

ロバート・F・ヤング「たんぽぽ娘」
マリオン・ジマー・ブラッドリー「風の人々」
イリヤ・ワルシャフスキー「ペンフィールドへの旅」
レイ・ブラッドベリ「詩」
ジュディス・メリル「われら誇り持て歌う」
ウィリアム・M・リー「チャリティからのメッセージ」
ゼナ・ヘンダースン「なんでも箱」
ケイト・ウィルヘルム「翼のジェニー」
の8編収録のアンソロジーです。

表題作である巻頭の「たんぽぽ娘」から最後の「翼のジェニー」まで読んで、自分がいかにSFに向いていないかをあらためて思い知らされた気がします。
どの作品も、今一つ勘所を掴めないうちに終わってしまった印象。

たとえば表題作である巻頭の「たんぽぽ娘」、名作と誉れ高い作品で、主人公の感情に深く共感もできたのですが、それでもなんだかあっけない印象を受けてしまいました。
どうも強く迫ってこないというのか......
おそらく、ですが、筋を追うことにばかり気を取られすぎていて、文章や描写の生み出す滋味とか、描かれている世界観に十分浸っていないのだと思います。
ゆっくり腰を落ち着けて、作品の世界のなかをたゆたう感じで読むべきなのでしょう。

ほかの作品もそっけなく感じてしまうのは、短編だからということではなく、こちらの読み方が悪いのだと思います。
「たんぽぽ娘」は、その後似たような作品が多く書かれてきたのでしょう。そのためどこかで見たストーリーとして受け止めてしまいました。
「風の人々」は、ロマンティックとはちっとも思えませんでした。
「ペンフィールドへの旅」もタイムマシンものの一典型ですよね。
「詩」は不思議な読後感に包まれました。いちばん素直に作品世界に入りこめた気がします。
「われら誇り持て歌う」は宇宙開拓を前に夫婦の交情と行き違いを描いた作品ですが、今一つピンと来なかったです。
「チャリティからのメッセージ」は魔女狩りを背景に超能力を扱った物語で、しゃれたエンディングだと思いました。
「なんでも箱」は、たぶん見方を変えれば気持ち悪いとなるかもしれない話を、まさにファンタジィと呼びたくなるような小品に転化しています。
「翼のジェニー」は、翼の映えている女性と診察する医師の話ですが、これはまさにロマンティックSFですね。


こういう作品世界にしっかり浸ることができない自分を残念にも思ったりしますが、さあ、ミステリの世界に戻ることにしましょう。



<蛇足>
「一七〇〇年の夏は、古くから住んでいる人々にとってさえ、記憶にないほど暑いものだった。その年はちょうど新しい世紀の到来を告げる年でもあり、なかには、暑さがその事実と関係していて~」(134ページ「チャリティからのメッセージ」中)
1700年は厳密には新しい世紀の到来を告げる年ではありませんね.....
しかし2000年のときにも思いましたが、欧米では(というか日本以外では)そのあたりは鷹揚な感じで、きりよく見える2000年を新しい世紀の始まりと捉えているようです。



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証言拒否 リンカーン弁護士 [海外の作家 マイクル・コナリー]



<カバー裏あらすじ>
ローン未払いを理由に家を差し押さえられたシングルマザーが、大手銀行副社長撲殺の容疑で逮捕された。彼女は仲間を募って銀行の違法性に抗議するデモを繰り返す有名人。高級車リンカーンを事務所代わりに金を稼ぐ、ロスきっての人気弁護士ミッキー・ハラーは社会的注目を集める容疑者の弁護に乗り出す。 <上巻>
わたしはやってない! 裁判で無実をひたすら訴える容疑者。検察側、弁護側ともに決定的な証拠を欠き、勝敗は五分と五分。住宅差し押さえ代行に絡む莫大な金をめぐり人間たちの欲も蠢く。裁判妨害、血痕、身長差……。刻々と変わる法廷劇の結末は? 名手コナリーの技に脱帽。圧巻のリーガル・サスペンス!! <下巻>


2022年4月に読んだ最初の本です。

「リンカーン弁護士」(上) (下) (講談社文庫)(ブログの感想ページへのリンクはこちら
「真鍮の評決 リンカーン弁護士」 (上) (下) (講談社文庫)
「判決破棄 リンカーン弁護士」(上) (下) (講談社文庫)(ブログの感想ページへのリンクはこちら
に続く、シリーズ第4作です。

ふたたび弁護側となった弁護士ミッキー・ハラーが担当するのはローン訴訟の原告であるシングルマザー、リサ・トランメルが罪に問われた銀行員殺害事件。
もともとの住宅ローンをめぐる訴訟を担当していたハラーが、行きがかり上?殺人事件の弁護も引き受けることに。この被告リサが、面倒な人物だったことがポイントです。
圧倒的に不利な状況で、さらに自分勝手な依頼人。

今回ミッキーが取る弁護方針は早い段階で示されていまして、被告人以外に犯人がいることを示唆するというもので、キーとなるのは原題にもなっている五番目の証人(The Fifth Witness)。
この The Fifth Witness にはもう一つ意味がかけてあり、そちらはある意味ネタバレになりかねないもので、邦題の基礎となり、物語終盤近くには明かされるのですが、念のため字の色を変えておきます。
それは、自己に不利な証言を強要されないという合衆国憲法修正第5条に基づき証言を拒否する証人で、事態が明らかになってから、ハラーは検察から「証言拒否をさせられるための証人(フィフスウィットネス)」と糾弾されます。(369ページ)
これは別にマイクル・コナリーの専売特許というわけではありませんが、非常に効果的に使われています。

裁判が終わり、ある出来事が起こります。
それは物語全体の構図としてみると正しいありさまだと思えるのですが、同時に付け足しのような、蛇足のような気もします。
とはいえ、その後ハラーは大きな決断をしますので、シリーズ的には意義あるエピソードといえるかもしれません。



<蛇足1>
「当時、住宅市場は強含みで、抵当商品は豊富にあり、容易に手に入った。」(上巻27ページ)
ここのところ、ちょっとわかりにくい日本語になっていると思います。銀行や金融関係の英語は、商慣行が違うので、日本語にしにくいですよね。
ここでいう抵当商品は、日本風に言うとすれば住宅ローンのことですから、
「当時、住宅市場は強含みで、(さまざまなタイプの)住宅ローンがいくらでも組める(借りられる)環境にあった」
くらいでしょうか?

<蛇足2>
「最後の書類は、弁護人が最初に支払いを受けるよう、そうした取引で金銭が生じた場合の先取(せんしゅ)優先権を保証するためのものだ」(上巻56ページ)
「せんしゅ」とルビが振ってあるのですが、日本の法律用語では「さきどり」と読むのではないかと思われます。
日本とは法律が違いますから、区別のためわざとかもしれませんが。

<蛇足3>
「じゃあ、ほかに飲みたいものがあれば言ってくれ。もっと牛乳を飲むか?」
「いえ、けっこう」(上巻139ページ)
14歳の娘が父親に答えるセリフとは思えないですね(笑)、「いえ、けっこう」。

<蛇足4>
「マシュー・マコノヒーを起用しようと考えていたんだ。彼はすばらしい役者だ。だが、きみは自分の役をだれができると思うね?」(上巻238ページ)
ハラーが映画のプロデューサーから聞かれます。
こういう楽屋落ちのギャグがでてくるとは。

<蛇足5>
「ティワナ一帯やその先の南にはウェスタン・ユニオン銀行の支店がうじゃうじゃあるのを知っていた。」(上巻248ページ)
ウェスタン・ユニオンは銀行ではありませんが、日本ではわかりにくいので銀行として訳したのでしょうね。

<蛇足6>
「彼は六十歳になろうとしているのに白髪がない。TVカメラ用に染めたのだ。」(上巻424ページ)
といったすぐ後で、本人が現在五十六歳と証言します。
五十六歳で既に「六十歳になろうとしている」と言われてしまうのですね......


原題:The Fifth Witness
作者:Michael Connelly
刊行:2011年
訳者:古沢嘉通


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金田一少年の事件簿外伝 犯人たちの事件簿(1) [コミック]


金田一少年の事件簿外伝 犯人たちの事件簿(1) (講談社コミックス)

金田一少年の事件簿外伝 犯人たちの事件簿(1) (講談社コミックス)

  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2017/11/17
  • メディア: コミック



ちょっと古い本なのですが、「名探偵コナン 犯人の犯沢さん」 (1) (少年サンデーコミックス)(感想ページはこちら)と同時に読んでいまして、続けて感想を書こうと思っていたんですよね、もともと。
でも、いつもの癖で先延ばしにしてしまい、英国赴任とかでうやむやに。
帰国後感想を書こうと思って探したのですが、コミック本が見つからず断念しかけていたところ、先日ようやく発見しましたので、コミックも読了本落穂拾いということで。

「名探偵コナン 犯人の犯沢さん」もこの「金田一少年の事件簿外伝 犯人たちの事件簿」も、オリジナルの漫画があって、それに対するパロディというかオマージュというか、そういう位置づけの作品です。
「名探偵コナン 犯人の犯沢さん」は感想をご覧いただくとわかるとおり、失望の一語だったのですが(とはいえ、世間的には人気を博しているようですね。順調に巻を重ねているようです)、こちらの「犯人たちの事件簿」は、いたく気に入りました。
これ、いい。すごく、いい。
大好きです。

第1巻
「オペラ座館殺人事件」
「学園七不思議殺人事件」
「蝋人形城殺人事件」
「秘宝島殺人事件」
の犯人たちの物語です。

オリジナルをすっかり忘れているので、見比べることはできないのですが、せっかく苦労してトリックを弄して殺人を犯したというのに、金田一少年に見抜かれてしまった犯人たちの苦労話です。

まず注目なのは犯人の動機には触れていないこと、です。
オリジナルの「金田一少年の事件簿」は、いずれも怨念というか恨みつらみにあふれて殺人を起こすというストーリーが多く、復讐が主たる動機というイメージがありますが、この「犯人たちの事件簿」はその部分はあっさり捨象してしまって、犯行シーンに特化しています。
これ、大成功。
怨念だ、復讐だとなると、どうしても湿っぽくなってしまいますが、この部分を捨て去ることで、ドライに楽しめます。カラッと笑える。

オリジナルで繰り広げられる数々のトリックを、さて犯人の立場になって実際にやろうとするとどうなるのか。
平静を装う演技力、準備に必要なお金、力業(体力)、全力疾走、長時間にわたる待機や息を潜める苦労......
いやあ、殺人なんてするもんじゃないですね。

せっかく苦労してトリックを駆使して作り上げた目くらましも、金田一少年にはあっさり見破られ、
そりゃあ帯にもあるように
「やめろ金田一! みんなの前で俺のトリックを暴かないでくれ…!!」と言いたくなりますよねえ。
思わず犯人に同情してしまいます。
このあたりの加減がうまく笑いに結びついています。
本人(この場合犯人)が真面目にやればやるほど、傍から見ているとおかしいという王道をいっているのもいいですよね。

わりとミステリに対しては、探偵の推理が間違っている、とか、ロジックに穴があるとか、あるいはトリックが実行不可能だとか、いう指摘がされることがあるのですが(そういうのを集めた本まで昔ありましたねぇ)、この作品はあくまでもオリジナルに忠実に、その犯行を再現してみせるところがいい。


この次の2巻も読んでいるので、そのうち感想を書きます。
3巻以降も買おうと思ったのですが、紙のコミック版はもう品切れ状態のようで、新刊書店では手に入らないのですね。
重版というか復刊というか、してもらえないものでしょうか?--もう電子の時代なんでしょうね。






タグ:船津紳平
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Another エピソード S [日本の作家 あ行]


Another エピソード S

Another エピソード S

  • 作者: 綾辻 行人
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA/角川書店
  • 発売日: 2014/12/20
  • メディア: 単行本

<帯(裏表紙側)あらすじ>
「見えるの? きみには、僕が」
「見える……けど」
答えて、彼女は右の目をすっと細くする。
左の目には蒼い義眼の、冷ややかな光が。(本文より)
1998年夏休み――両親とともに海辺の別荘へやってきた見崎鳴、15歳。そこで出会ったのは、かつて鳴と同じ夜見山北中学の三年三組で不可思議な〈現象〉を経験した青年・賢木晃也の幽霊だった。謎めいた古い屋敷を舞台に――死の前後の記憶を失い、消えたみずからの死体を探しつづけている幽霊と鳴の、奇妙な秘密の冒険が始まるのだが……。


読了本落穂拾いです。
手元の記録によると2016年9月に読んでいます。
単行本で読みました。
上で Amazon から引用している書影とカバーのデザインが違います。
遠田志帆さんの装画になっていまして、こちらの方が好みですね。

「Another」(上)(下)(角川文庫)(感想ページはこちら)の続編というのか、スピンオフというのか。帯には「W映像化された未曽有の学園ホラー 満を持して続編登場!!」となるので、続編でいいのでしょうね。

前作の感想で、「ところでこの作品、シリーズ化が可能だと思うのですが、そのおつもりはないのでしょうか??」と書いていましたので、まさに待望の続巻。
本格ミステリも好きですが、綾辻行人のホラーも好きなんですよ。

同じ地続きの世界で、登場人物も共通して鳴が登場しますが、「Another」(上)(下)とはかなり手触りが違います。

物語の額縁として、鳴と榊原恒一が登場し、全編とのつなぎ役を果たしますが、主人公はこの二人というよりは、賢木晃也となりましょうか。
この賢木晃也という人物、死んでいまして幽霊(!)
幽霊と鳴の出会いと幽霊の回想がメインのストーリーです。

既に死んでいるから、というわけではないでしょうが、物語全体が静かな佇まい。
独特の雰囲気に溢れていますが、不穏な雰囲気(何かが起こるぞ、起こるぞ)という感じではなく、静謐。

「驚愕の結末!!」と帯に書いてあり、確かに綾辻行人らしく仕掛けてはあるのですが、そういう仕掛けが暴かれてもなお、静謐な印象が変わらない点がポイントだなと思いました。
こういうタイプの小説の場合、「驚愕の結末」を迎えると作品の印象が変わってしまうことが多いように思います。でも、この「Another エピソードS」 (角川文庫)の場合は、どんでん返しをしても印象が変わらない。
実はこれってすごいことなんじゃないかな、と思えます。

その仕掛けは、ちょっと無理が多いかな、という印象を受けました。
「アライ」さんのくだりは苦笑してやり過ごすとしても、メインの仕掛けは無理なんじゃないかな、と。
ぼかして書いておくと、違いを埋めることはできたのだろうか、と不思議に思うのです。それをにおわせるようなところもさほど見受けられませんでしたし(もっとも謎解きミステリではないので、手がかりをばらまいておいて回収、という手続きを踏む必要はないのですが)。
究極的には本人の意識の問題だから、という弁護も成立するとは思うのですが、ちょっと不思議です。

とはいえ、しっかりと作品世界に浸ることができたので、満足です。

当然文庫化されていまして、書影はこちら↓です。

Another エピソードS (角川文庫)

Another エピソードS (角川文庫)

  • 作者: 綾辻 行人
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA/角川書店
  • 発売日: 2016/06/18
  • メディア: 文庫


すでに続刊「Another 2001」(KADOKAWA)も出ていて楽しみです。


タグ:綾辻行人
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虹を待つ彼女 [日本の作家 あ行]


虹を待つ彼女

虹を待つ彼女

  • 作者: 逸木 裕
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2016/09/30
  • メディア: 単行本

<カバー袖あらすじ>
二〇二〇年、人工知能と恋愛ができる人気アプリに携わる有能な研究者の工藤は、優秀さゆえに予想できてしまう自らの限界に虚しさを覚えていた。そんな折、死者を人工知能化するプロジェクトに参加する。試作品のモデルに選ばれたのは、カルト的な人気を持つ美貌のゲームクリエイター、水科晴。彼女は六年前、自作した “ゾンビ を撃ち殺す”オンラインゲームとドローンを連携させて渋谷を混乱に陥れ、最後には自らを標的にして自殺を遂げていた。
晴について調べるうち、彼女の人格に共鳴し、次第に惹かれていく工藤。やがて彼女に “雨” と呼ばれる恋人がいたことを突き止めるが、何者からか「調査を止めなければ殺す」という脅迫を受ける。晴の遺した未発表のゲームの中に彼女へと迫るヒントを見つけ、人工知能は完成に近づいていくが――。


読了本落穂ひろいを続けます。
2017年10月に読んでいます。
単行本で読みました。第36回横溝正史ミステリ大賞受賞作。

プロローグが2014年となっていて水科晴の惹き起こした騒動が描かれるのですが、ここがとても印象的です。
ここをメインに据えて、すなわちエンディングをこの場面にして、長編を作ることも可能なんじゃないかなと素人ながら思えてしまうくらいのシーン。
この鮮烈なイメージを引きずったまま、すっと2020年に時は移り、主人公である工藤の視点となります。

死者を人工知能化するプロジェクトということで、その対象となった水科晴の人となりを探り、作成したゲームの意図を探り、そして謎めいている彼女の恋人を探す。
人工知能やゲームといった新しい衣をまとってはいますが、書かれている内容は伝統的なものです。
個人的に、作中人物の意図を探る、小説・映画といった創作物の意図を探る、というストーリーがあまり好きではないので、この作品に対しても点が辛くなってしまうのですが、それでもラストシーンの鮮やかさは好印象です。
プロローグで見えた景色とエピローグで見える景色。この二つは全く別物であるのに、共通したいわば透明感と言えるようなものを感じたのは、作者の狙い通りなのでしょう。

違うパターンの作品でこの作者の世界を味わってみたいと思いました。

ところで。
前回の「ジェリーフィッシュは凍らない」(創元推理文庫)と版元は違うのですが、この「虹を待つ彼女」にはカバーに英文タイトルが書かれています。
a girl waiting for a rainbow
いろいろ解釈は可能なのだとは思いますが、ここは the girl と定冠詞でなければならないように思いました。

既に文庫化されているので、そちらの書影も掲げておきます。
カバーのイラスト、単行本時と同じイラストをずらして使っているようですね。
非常に印象的できれいなイラストなのでいいことですね。

虹を待つ彼女 (角川文庫)

虹を待つ彼女 (角川文庫)

  • 作者: 逸木 裕
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2019/05/24
  • メディア: 文庫







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ジェリーフィッシュは凍らない [日本の作家 あ行]


ジェリーフィッシュは凍らない

ジェリーフィッシュは凍らない

  • 作者: 市川 憂人
  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2016/10/09
  • メディア: 単行本

<カバー袖あらすじ>
特殊技術で開発され、航空機の歴史を変えた小型飛行船〈ジェリーフィッシュ〉。その発明者であるファイファー教授を中心とした技術開発メンバー六人は、新型ジェリーフィッシュの長距離航行性能の最終確認試験に臨んでいた。ところが航行試験中に、閉鎖状況の艇内でメンバーの一人が死体となって発見される。さらに、自動航行システムが暴走し、彼らは試験機ごと雪山に閉じ込められてしまう。脱出する術もない中、次々と犠牲者が……。
二十一世紀の『そして誰もいなくなった』登場!
選考委員絶賛、精緻に描かれた本格ミステリ。


読了本落穂ひろいです。
2017年11月に読んでいます。
第26回鮎川哲也賞受賞作。
「2017 本格ミステリ・ベスト10」第3位
2016年週刊文春ミステリーベスト10 第5位
「このミステリーがすごい! 2017年版」第10位

各種ランキングにも入っていることからも出来栄えが伺われますが、これは傑作です。
個人的には鮎川哲也賞の中では青崎有吾の「体育館の殺人」 (創元推理文庫)(感想ページはこちら)がダントツ一位なのですが、それに迫る傑作だと思っています。

上で引用したあらすじにも帯にも「21世紀の『そして誰もいなくなった』登場!」と書かれています。
限定された舞台で次々と殺されていく登場人物という意味でまったくその通りではあるのですが、「そして誰もいなくなった」そのものよりも、同じく「そして誰もいなくなった」にインスパイアされた日本の某有名作の方を強く連想しました(伏せる必要もないくらい明らかではありますが、念のため?書名は書かずにおいて amazon のリンクを貼るだけにしておきます)。

大胆な発想に支えられた本格ミステリで、選考委員の近藤史恵が指摘しているように「謎が解かれたときに、これまで見えていた光景がまるで違って見えるというのはミステリの醍醐味である」と感じます。

探偵役の決め台詞が
「あんた、誰?」(282ページ)
というのも素晴らしい。
そこから繰り出される解決偏は、ミステリを読む喜びにあふれています。

なにより素晴らしいなと思ったのは、この作品のメインアイデアが「そして誰もいなくなった」 + 別の某古典 だと思われるからです。
そしてそのことが、日本の某有名作への見事な返歌となっている。
ミステリの肥沃な土壌の上に、しっかりと伝統を受け継いで新しい美しい花を咲かせている。
こういうの、とてもいいですよね。
作者はこの後も優れた作品を出しておられるようで、楽しみな作家さんが増えました。


最後に、勘のいい方は読後にお願いしますと注書きが必要かもしれないので、未読の場合は<ここまで>というところまで飛ばしてください。

<ネタバレになってしまうかも>
創元推理文庫ですと日本人作家の作品でも英文タイトルがあって、それぞれおもしろいのですが、この「ジェリーフィッシュは凍らない」は単行本ながら英文タイトルがつけられています。
The Jellyfish never freezes
ジェリーフィッシュ(日本語だとくらげです)とは、作中に出てくる気嚢式浮遊艇「ジェリーフィッシュ」のことを指すのですが、であれば通例、英語では主語は複数形のはずです。
(The + 単数形 で「~というものは」と一般的なことを表す用法もありますが、複数形が普通の使い方だと思われます)
Jellyfish の複数形は、Jellyfish、Jellyfishes、2パターンあるようですが、動詞に s がついていますので単数形であることがわかります。
とするとこの意味は、一般的に「ジェリーフィッシュは凍らない」と述べたのではなく、特定のジェリーフィッシュを指して「凍らない」と言っていることになります。
犯人の動機を考えると、ここでいう「ジェリーフィッシュ」は......と考えて、とても含蓄深いいい英文タイトルだと思いました。
<ここまで>



既に文庫化されているので、そちらの書影も掲げておきます。

ジェリーフィッシュは凍らない (創元推理文庫)

ジェリーフィッシュは凍らない (創元推理文庫)

  • 作者: 市川 憂人
  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2019/06/28
  • メディア: 文庫




<蛇足>
「事態が予想外の、極め付けに面倒な方向に転がり始めたのをマリアは感じた。」(56ページ)
語源からして「極め付け」ではなく「極め付き」が正しいらしいのですが、「極め付け」も相当広まっていますよね。



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