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二歩前を歩く [日本の作家 石持浅海]


二歩前を歩く (光文社文庫)

二歩前を歩く (光文社文庫)

  • 作者: 浅海, 石持
  • 出版社/メーカー: 光文社
  • 発売日: 2016/09/08
  • メディア: 文庫

<カバー裏あらすじ>
ある日、僕は前から歩いてくる人に避けられるようになった。まるで目の前の“気配”に急に気がついたかのように、彼らは驚き避けていく……。(表題作) とある企業の研究者「小泉」が同僚たちから相談を持ちかけられ、不可思議な出来事の謎に挑む。超常現象の法則が判明したとき、その奥にある「なぜ?」が解き明かされる! チャレンジ精神溢れる六編のミステリー短編集。


この「二歩前を歩く」 (光文社文庫)という短編集については帯を見ていただくのがいいですね。


不可解な謎の「なぜ?」と「ルール」を解き明かす――。
「超常現象に理屈を求めても仕方ありませんから」

幽霊か、はたまた超常現象か
「一歩ずつ進む」
帰るたびに少しずつ部屋の奥へと移動するスリッパ……。
「二歩前を歩く」
向こうから歩いてきた人が驚いたように自分を避ける……。
「四方八方」
亡き妻の遺髪を、部屋の壁紙の裏一面に貼り付けて……。
「五カ月前から」
消したはずなのに、浴室の照明だけが勝手に点灯する……。
「ナナカマド」
誰も触れてはいないのにガソリンが増えているクルマ……。
「九尾の狐」
束ねた髪が左右に分かれ、意志があるように動き出す……。


各話それぞれ、とても魅力的な不思議な現象が起きます。
不思議だな。どうやって実現させたのかな? と思うのですが、この作品集では説明されません。超常現象なのです。
そして、どうしてその超常現象が起こったか、探偵役である「小泉」がその意図を解き明かす、という展開になります。
ユニークな枠組みの話だとは思うのですが......

解説で西上心太が
「逆接めくが、興ざめな合理的解決を読まされるくらいなら、この怪奇な世界に酩酊したまま留まらせてくれと思ってしまうのである。」(264ページ)
と書いていますが、いやいや、そこはどうやって実現させたのか、解いて欲しいでしょう、ミステリ読者としては。
(余談ですが、ここの逆接は逆説の誤りかと思います)

そういう設定、そういう前提の作品集であることは理解しても、不満を抱いてしまいました。
さらに、そうやって小泉によって解かれる真相(?) というか話の構図がどれも似たり寄ったりになってしまっているのも不満です。

個人的には残念な短編集でした。

<蛇足>
『「ダリコさんは髪を後ろでひとまとめにしてるでしょう」
 小泉は理子の外見を憶えていたようだ。すぐに反応した。
「ああ、いわゆるホーステールってやつか。」(225ページ)』
普通ホーステールではなく、ポニーテールと言いませんか??
調べてみると、ホーステールといういい方もあるようですが、少々びっくり。



タグ:石持浅海
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狐色のマフラー:杉原爽香<48歳の秋> [日本の作家 赤川次郎]


狐色のマフラー (光文社文庫)

狐色のマフラー (光文社文庫)

  • 作者: 赤川次郎
  • 出版社/メーカー: 光文社
  • 発売日: 2021/09/14
  • メディア: 文庫

<カバー裏あらすじ>
爽香は、勤務する〈G興産〉に密かに吸収合併話が進行していることを知る。それには社長・田端将夫の秘書で愛人と噂される朝倉有希が関わっており、何かと目障りな爽香を陥れようとしているらしい。一方、爽香の裸体画を目玉展示とする〈リン・山崎展〉が計画されている〈NK美術館〉は、幽霊騒動に揺れていた……。登場人物が読者と共に年齢を重ねる大人気シリーズ!


シリーズも第34弾で、爽香は48歳。
2021年9月に刊行されましたので、シリーズにようやく読むのが追いつきました。

毎度のことですが、今回も爽香には次から次へと事件が持ち込まれ、それぞれにぎやかに様々なシリーズ登場人物を巻き込みながら、収斂させていきます。
そのうえ、自社の合併話まで。
なんですが、この合併話がいただけません。リアリティがかけらも感じられない。
だいたい社長の田端って、ここまでダメダメな人物設定でしたでしょうか?
赤川次郎って、もともと取材をされるタイプではない、と本人も以前おっしゃっていましたし、経済的な話は苦手なのではないでしょうか。
このあたりはほかのエピソードにも明らかでして、たとえば爽香が勤める<G興産>の創業五十周年の記念事業として爽香が企画したという、若手の海外研修。
「爽香が考えたのが、二十代の若手社員をが海外研修に送り出すことだった。
 もちろん、ひと月やふた月では意味がない。少なくとも一年、それもアメリカやドイツなどのビジネス先進国ではなく、中東やアフリカ、東南アジアなどの国で、どんなビジネスが可能か、そしてそれらの国々が本当に必要としているものは何か。
 <G興産>が今、世界に対して貢献できることは何なのか。肌で感じて来てほしいと思ったのだ。」(51ページ)
気宇壮大で結構ですが、<G興産>の企業体力、費用対効果、そしてリスク対策、いずれの面からも非現実的すぎて苦笑するしかありません。

この点は目をつぶるとして、その他の面はいつもながらの大騒動を楽しめます。
なにより爽香には、裏社会も味方についているわけですから、怖いものなし。ずんずんトラブルを解決していけます。

金田夏子という歌い手が登場し活躍し、シリーズの今後を賑わしてくれるのでは、と期待したのですが、どうやら今作限りのようですね。ちょっと残念。
「楽譜って、こんなことにも役に立つんですね」(257ページ)
というセリフのシーンは、思わず笑ってしまうくらいだったのに。

それにしても、前作「焦茶色のナイトガウン」 (光文社文庫)(感想ページはこちら)の最後で不穏だったある登場人物、どうなったのでしょうか?
気になっています。



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死の味 [海外の作家 さ行]


死の味〈上〉 (ハヤカワ・ミステリ文庫)死の味〈下〉 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

死の味〈上〉 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
死の味〈下〉 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2022/03/02
  • メディア: 文庫

<カバー裏あらすじ>
教会の聖具室で血溜まりの中に横たわる二つの死体は、喉を切り裂かれた浮浪者ハリーと元国務大臣のポール・ベロウン卿だった。二人の取り合わせも奇妙だが、死の直前の卿の行動も不可解だった。突然の辞表提出、教会に宿を求めたこと……卿は一体何を考えていたのか? 彼の生前の行動を探るため、ダルグリッシュ警視長は名門ベロウン家に足を踏み入れる。重厚な筆致で人間心理を巧みに描く、英国推理作家協会賞受賞作。<上巻>
不可解なのはポール卿の行動だけではなかった。前妻の事故死、母親を世話していた看護婦の自殺、家政婦の溺死……彼の周辺では過去に謎の怪死事件が続いていた。ふたたび捜査線上に浮かびあがってきたこれらの事件に、今回の事件を解決する鍵があるのか? それぞれに何かいわくありげなベロウン家の人々の複雑な人間関係から、ダルグリッシュ警視長が導きだした推理とは? 緻密な構成が冴える、英国本格派渾身の力作。<下巻>


2022年2月に読んだ5作目の本です。
P・D・ジェイムズの感想を書くのは初めてですね。
手元の記録をみると、2010年(!)に「わが職業は死」(ハヤカワ・ミステリ文庫)を読んで以来。
例によって長年の積読だったのですが、今般2022年2月に新版が出た、ということで、積読から引っ張り出して読みました。新しい書影も末尾に掲げておきます。

英国推理作家協会賞のシルヴァー・ダガー受賞作。
いや、もう、たっぷりジェイムズ節ですよ。
悠々たる雄編という下手な駄洒落しか出てきませんが、まさに堂々たる風格。
たっぷりとじっくりと、そしてじっくりとたっぷりと、これでもかというくらいに、微に入り細を穿ち、細かく細かく、書き込まれていきます。
建物の外観、部屋の様子、調度品、登場人物たちの衣装に至るまで、作者の筆は事細かにつづっていきます。
これらの中から登場人物が立ち上がってくる、という仕掛けです。
若いころ、そうですね、高校生や大学生の頃だったら途中で投げ出していたかもしれないほどの濃密さ。

被害者は浮浪者と、国務大臣を辞任したばかりの貴族。
執拗と言ってもいい描写から浮かび上がる人間関係。
こういう作品は、トリックだとかストーリー展開を過度に期待してはいけませんね。(あくまで過度に期待は禁物ということであって、ストーリーやプロットはまずまず凝っています。)
幸い(歳を取ったおかげか)楽しく読みましたが、ちょっと日本人向きではないテーマかな、とも思いました。
というのも、宗教(観)が絡むからです。

タイトルもそうですね。
A Taste for Death
「死の味」と訳されていますが、単語としては簡単ながら、いろいろと解釈できるフレーズです。
巻頭のエピグラフ
「血と息を、人はこう言う、/死に惹かれる心を呼び起こす、と。」(A・E・ハウスマン)
では、「死に惹かれる心」と訳されています。
Tasteは 味、であり、味わい、であり、嗜好あるいは選好、です。

テーマが手強かったのでしょうか、シルヴァー・ダガー受賞作とはいっても、ミステリとしての建付けは今一つ。
数多の描写、装飾を取り払ってみると、被害者も犯人も、果ては捜査側である刑事まで、このテーマの周りをぐるぐると回っていた印象。これら登場人物たちは、テーマのための描写だったのかもしれません。

この後の何作かも、絶賛積読中。
いずれ読みたいですね。


<蛇足1>
「ダルグリッシュはスーツケースをオフィスに置いて、荒模様の秋の朝に備えてツイードのコートを着込み、セント・ジェイムズ駅を抜けて省舎に向かった。」(上巻39ページ)
1986年刊行の作品ですから、この時ダルグリッシュのいるスコットランドヤードは未だ現在の場所に移転する前ですね。
しかし駅名はセント・ジェイムズパーク駅です。”パーク”はどこにいったのでしょう?


<蛇足2>
「マトロックの後ろから、古い厩とガレージに入る二番目のドアを通った。」(上巻220ページ)
原文だと Mews だろうと思われ、確かに厩。
でも今や厩として使っていることはなく、普通に改造して人が住んでいます。〇〇 Mews という地名や物件名はあちこちにあります。
この作品でも、使用人が住んでいます。したがって、ここは厩と訳すべきではないように思いますが、かといって、では何と訳すのか? となると難しい。厩を改装した建物あるいは元厩では締まらないですしねぇ。

<蛇足3>
「法曹界は今もって特権階級に独占され、労働者階級の子弟が法曹学院のテーブルで夕食をとる身分になることはめったにない。」(上巻223ページ)
こういうことがさらっと書かれるのだから、イギリスはすごいですね。

<蛇足4>
「運の悪いロブスターを、生きながら煮湯に落とすのと、店の敷地内で客が溺死するのとでは、話がまったく別ということらしいですね。ロブスターが何も感じないなんて、どうして言えますか?」(上巻344ページ)
今では、ここで書かれているような”残虐な料理法”は禁止される国が相応数ありますよね......

<蛇足5>
「その時には支払はすでにすませていたんでしょうね」
「ああ、もちろん、すべて清算ずみだった」(上巻345ページ)
間違いではないのですが、この「清算」には違和感があるんです。「精算」であってほしいところです。

<蛇足6>
「セント・ジェイムズ公園の野外音楽堂を背景に、宮殿の園遊会のために着飾って、芝生をそぞろ歩く男女。」(上巻360ページ)
セント・ジェイムズパークには、野外音楽堂はなかったと思うのですが......??
あと、セント・ジェイムズパークはセント・ジェイムズ公園なんですね。ハイド・パークはハイド・パーク(262ページ)。
本書ではありませんが、グリーン・パークもグリーン公園とはあまり言われないですね。リージェント・パークは時折リージェント公園と訳されているのを見かけます。
固有名詞はなかなか難しい。

<蛇足7>
「ミスター・ヒギンズの店は大繁昌だった。夏季には昼食あるいは夕食のテーブル予約は遅くても三日前にとらなければだめだし、」(10ページ)
おそらく原文は "or" が使われているのだと思いますが、この場合は「あるいは」と訳すのではなく「昼食であれ夕食であれ」と訳さないとおかしいですね。

<蛇足8>
「ポルシェがドライブウェイから出てゆくのを、この目で見ました。」(下巻17ページ)
ドライブウェイ。日本語では、観光道路などの有料道路を連想してしまいます。
ここでは、レストランの駐車場(あるいは車寄せ)から一般道路までの間の(私有地内の)車道のことを指しますね。でも、あの道、確かに日本語では言いにくいですね。何というのがいいのでしょうね?

<蛇足9>
「軍人恩給があるんですが、臨時収入が少々あっても邪魔にはなりません。」(下巻20ページ)
レストランで働いている人物が語るセリフです。
この場合「臨時収入」ではないですね。余分とか追加とかいうイメージでしょうか?

<蛇足10>
「ダルグリッシュは室内を調べ出した。将軍の心配そうな期待の眼ざし、マズグレイヴの初めて在庫調べをする見習い店員を見守るような鋭い視線を感じた。」(下巻30ページ)
心配そうな、期待の、とはまた変な取り合わせを一緒くたにしたものですね。
原語が知りたくなります。まさか ”expected” を安直に「期待」と訳したりはしないでしょう、中学生でもあるまいし。


<蛇足11>
「洗礼を受けたからといって、特に害はなかったようだ。積極的な反感を持っているわけでもないのに、先頭を切って伝統を破ることもないじゃないか」(下巻105ページ)
神や教会、宗教を信じていないのに子供ができたら洗礼させるのはなぜ、との質問への答えです。
典型的なイギリス人らしい回答だなぁと感じ入りました。

<蛇足12>
「詩は嫌いだった。詩そのものが悪いわけではないが、詩を書くことで声望が高まるので、釣りや園芸、木彫りなど邪気のない趣味と同列には見なせない。警官は警察活動で満足すべきだというのがニコルズの考え方だった。」(191ページ)
ダルグリッシュに反感を持つ警視監の考えです。
その是非はともかく、こういう書き方がされるということは、詩は邪気のある趣味なのですね......

<蛇足13>
「お風呂に入っている間に、服を脱水機で絞りました。洗濯機はありません。一人暮らしですから、必要もないのです。シーツもノーアイロンのが出回っているので、何とかなります。でも脱水機はないとどうにもなりません。」(下巻228ページ)
脱水機、ですか。検索するといろいろあるみたいですが、見ないですね...... 


原題:A Taste for Death
作者:P. D. James
刊行:1986年
訳者:青木久恵


最後に、新版の書影です。






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昨日の海と彼女の記憶 [日本の作家 近藤史恵]


昨日の海と彼女の記憶 (PHP文芸文庫)

昨日の海と彼女の記憶 (PHP文芸文庫)

  • 作者: 近藤 史恵
  • 出版社/メーカー: PHP研究所
  • 発売日: 2018/07/09
  • メディア: 文庫

<カバー裏あらすじ>
どちらかがどちらかを殺した?――。夏休みのある日、海辺の小さな町の高校生・光介の家に、母の姉・芹とその娘の双葉がしばらく一緒に暮らすことになった。光介は芹から、二十五年前の祖父母の死が、実は無理心中事件であったと聞かされる。カメラマンであった祖父とそのモデルを務めていた祖母。二人の間に何が起こったのか。切ない真相に辿り着いたとき、少年はひとつ大人になる。


25年前。無理心中だった祖父母。どちらがどちらを殺したのか?
ここだけ見ると、アガサ・クリスティーの「象は忘れない」 (ハヤカワ文庫)ですが、当然違います。

舞台は四国の南側にある海辺の町・磯ノ森。
父母と三人で暮らしていた高校生の光介のところに、伯母芹とその八歳の娘双葉が越してくる。
そして今まで光介には知らされていなかった、祖父母の事件を光介は知ることになる。

祖父母の死の謎を追うというのは、自分探しの一環でもありますが、
「祖父が祖母を殺したのだとしても、祖母が祖父を殺したのだとしても、どちらにせよ、光介には殺人者の血が流れているのだ。」(111ページ)
という厳しいシチュエーションですね。
田舎でのんびり暮らしていた光介にはかなりの衝撃でしょう。

最終章の章題が「大人になるということ」であることからも明らかですが、祖父母の心中事件の謎を追うと同時に、光介の成長物語になっているのがポイントです。

大人と子供、という視点が何度も出てきます。
「子供が思うよりずっと、大人にとっての十年は短いの。」(35ページ)
「双葉を子供だと侮ってはいけない。おべんちゃらを言うことも、建前を取り繕うことも知っている。」(56ページ)
「早く大人になるのは悲しいわ。大人にならなきゃいけないと思うから、大人になるの。子供のままでは対処できないことがあるから、大人になるの」(80ページ)
「でも、子供でいいわよ。いずれ否応なしに大人になるんだし、大人から子供には返れないものね」(81ページ)

「いい子にしていないと、ひどいこと言われるのよ。シングルマザーの子だから。」(57ページ)
などと言う大人びたところもある双葉も、光介の思考に刺激を与えていますね。
『双葉はためいきをつくように言った。
「子供って本当に損。大人の都合にばっかり左右されて」
「早く大人になりたいと思う?」
「まさか。絶対にいや」
 そう。子供も薄々感づいている。大人になったからといって、どんなものからも自由でいられるわけではないのだ。』(227ページ)
などというやりとりもあります。

この一冊の物語の中で、光介が着実に成長していっていることがわかります。

「平凡な人間だって、他人をひどく傷つけたり、簡単に消えない傷を刻むことができる。人と人が関わるということは、もともとそういうことなのだ。」(207ページ)
「光介はもう知っている。
 騒ぎ立てて、なにもかも明らかにするばかりが正しいやり方ではない。
 口をつぐんで、知らなかったふりをすることだってできる。
 正しいということが、なんの力も持たないときだってあるのだ。」(336ページ)

この物語の背骨部分がしっかりしているので、悲しい事件であってもしっかり受け止められるように思いました。


<蛇足>
「ここに活気があって、客がひっきりなしに訪れていたような時代はどんなだったのかと。
 地球上の人口は爆発的に増えているというのに、なぜこの町は寂れていくのだろう。」(15ページ)
過疎という語が似合いそうな磯ノ森について光介が思うシーンで、地球全体との対比という発想に驚くと同時につい笑ってしまいました。





タグ:近藤史恵
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はじめましてを、もう一度。 [日本の作家 喜多喜久]


はじめましてを、もう一度。 (幻冬舎文庫)

はじめましてを、もう一度。 (幻冬舎文庫)

  • 作者: 喜多 喜久
  • 出版社/メーカー: 幻冬舎
  • 発売日: 2021/04/08
  • メディア: 文庫

<カバー裏あらすじ>
「付き合ってください」。高校二年のリケイ男子・北原恭介は、クラスの人気者・佑那から突然、告白された。断ったら、夢のお告げで、俺は「ずばり、死んじゃう」らしい。思いがけず始まった、謎だらけの関係! しかし自然と想いは深まっていく。だが、夢の話には裏が――。彼女が言えずに抱えていた、重大な秘密とは? 泣けるラブ・ミステリー。


2022年2月に読んだ3作目(冊数でいうと5冊目)の本です。

本書
『「くだん」という単語をご存じだろうか。漢字だと、「件」と書く。』
というフレーズで始まります。
妖怪の「くだん」
「そいつは、人の顔と牛の体を持つ。人間の言葉を話し、生まれてから死ぬまでの数日の間に、戦争や洪水、流行病などの重大事に関する予言を残すという。そして、それらの予言は見事にすべて的中するそうだ。」(7ページ)

この予言に従う牧野佑那(まきのゆうな)から付き合ってくれと言われた高校生・北原恭介の視点で物語がつづられます。
まあ「くだん」なんて信じられないわけで、半信半疑というかほぼ疑で付き合うことに同意した恭介ですが......
と、この出だしだけで、物語の行く末の想像がついてしまう話でして、それ以上でもそれ以下でもない。
”彼女が言えずに抱えていた、重大な秘密” というのが最後に明かされるわけですが、ちょっとひねりが足りないですね、と思うのはミステリファンだからでしょうか?
喜多喜久ファンとして楽しく読みはしましたが、大きな不満が残る作品でした。

第1章の最初の小見出しが
2838+1――【2017.3.28(火)】
そのあとが
2848――【2017.4.6(木)】
2887――【2017.5.15(月)】
となっていっているので、数字部分が日付をカウントしていっていることがわかります。
単行本時のタイトルは、『「はじめまして」を3000回』で、このカウントに注意を惹きやすいものでした。
それが文庫化に際して「はじめましてを、もう一度。」に変更されて、少々わかりにくくなりました。
数字をさかのぼって、1(あるいは0)はいつか確認していません。
この物語の構成で、きりのいい 3000 という数字になっていることには少々不満ですので、3000を表に出さない改題は正解だと思います。

そして、改題されたタイトルの由縁はラストシーンだと思われますが、うーん、どうなんでしょうか?
これをハッピーエンドと捉えてよいものかどうか。

最後に、この本には解説がついていますが、鑑賞の妨げになるので事前に読まない方がよいと思います。




タグ:喜多喜久
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C.M.B.森羅博物館の事件目録(32) [コミック 加藤元浩]


C.M.B.森羅博物館の事件目録(32) (講談社コミックス月刊マガジン)

C.M.B.森羅博物館の事件目録(32) (講談社コミックス月刊マガジン)

  • 作者: 加藤 元浩
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2016/06/17
  • メディア: コミック

<カバー裏帯あらすじ>
イランで発掘されたネアンデルタール人の化石、資金を出したのはイギリス。化石を持つべきはどちらの国か、そして消えた化石の行方は――森羅はどんな答えを導き出すのか 《「灯火」他3編を収録》


この第32巻は、
「灯火」
「混信」
「邪視除け」
「魔道の書」
の4話収録。

昨日感想を書いた「Q.E.D.iff -証明終了-(4) 」(講談社コミックス月刊マガジン)と同時発売だったのですね。
こちらの帯には、
“文系”名探偵がひも解く推理絵巻
とあります。
例示としてこちらに挙がっているのは、デニソワ洞窟とグリモワール。
文系、理系という旧態依然とした分け方には異論がないわけではないですが、こういう対比をしてみせるのはおもしろいですね。

「灯火」
考古学的遺産の所有権というのは難しい問題ですよね......
「僕達研究者がやってるのはまだ見つかっていない物語を探し出すことだ
 暗闇の中に火を灯す役目なんだ」
という森羅のセリフが印象的です。
金庫から盗むトリックは、見るからに...と言う感じなので感心はできないうえ、捜査で捜査で簡単に見抜かれると思うのですが。
絵として面白かったのは、途中ロンドンのシーンでピカデリーサーカスが出てくるのですが、その街頭のスクリーンを利用した宣伝のところで、QEDとCMBがさらっと描かれていること。
あと、その上にビッグベンとロンドン・アイが描かれているコマがあるのですが、これ、一番最後のコマと同じでしょうか???(すくなくともアングルは同じです)

「混信」
トランシーバーで混信した会話。
相手の居場所をつきとめる、という話に発展していきます。
スリリングに展開して、カッコいい話になっているのですが、このラスト、嫌いです......加藤元浩のいじわる。

「邪視除け」
洋品店での殺人事件です。
ところで、洋品店ってどういうお店を指すのか、個人的にはわかったようなわからないような感じです。
密室状況になっている現場で、邪視除けのネックレスが決め手となっていくという王道のミステリなのですが、うーん、このトリック、知り合いばかりという状況下で無理がないでしょうか。
個人的には、1コマだけですが、ひさしぶりにヒヒ丸が出て来たので満足です。

「魔道の書」
マオが登場し、森羅が魔導書(グリモワール)をめぐる謎を解きます。
失われたと思われる魔導書を探すのですが、火事で魔導書が燃えちゃったという場面で、
「魔導書が紙やパピルスで作られていたらひとたまりもないだろうが、記録を長く残すために金をかけて製本してたなら、羊皮紙(ヴェラム)に書かれたいたはず....!
 だとしたら焼け残ってるかも....」
というセリフが出てきますが、羊皮紙は燃えにくいのですね。
昔ながらの書見台が出てくるのも楽しい。こういうのもマンガだから訴える力が大きくよいですね。
最後に森羅が明かす魔導書のありかは、もっと前にみんなが気づいていそうですが、盲点に入っていたのでしょうか。
ところで1コマ目にビッグベンが出てきまして、これまた「灯火」のものと同じ構図です。
ビッグベンの指す時間がどれも同じというのがおもしろいです。
雲の形は違うようですが、どちらも同じ資料をつかわれたのでしょうね。


タグ:CMB 加藤元浩
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Q.E.D. iff -証明終了-(4) [コミック 加藤元浩]


Q.E.D.iff -証明終了-(4) (講談社コミックス月刊マガジン)

Q.E.D.iff -証明終了-(4) (講談社コミックス月刊マガジン)

  • 作者: 加藤 元浩
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2016/06/17
  • メディア: コミック

<カバー裏あらすじ>
「碧の巫女」
リゾート開発をめぐり対立が深まる小さな島で、殺人事件が発生。遺体のありかを言い当てたのは島を統べる若き巫女。彼女の周囲に殺しの輪は広がってゆき
「H.N.」
オンラインカジノをサイバー攻撃から守るホワイトハッカーの命が、敵ハッカーに狙われた。燈馬が挑むのは、PC上にとどまらない、世界を股にかけた頭脳戦


Q.E.D. iff のシリーズ第4巻。
帯に
“理系”名探偵が導くミステリ・パズル
とあります。
例示なのでしょう。ロトカ・ボルテラ方程式とDDoS攻撃が挙げられています。


「碧の巫女」にロトカ・ボルテラ方程式が出てきます。
いわく「生態系内における捕食者と被食者の増減速度の関係を表した式」です。
燈馬からではなく、巫女の口から出てくるというのがミソですね。
海辺の洞窟内で発見される死体の事件で、いわゆる理系的な知識が使われています。この知識文系でも十分理解可能というか理解している人が多い知識ですね。
マンガという表現形式が似合ういいトリックだと思いました。
物語としては、個人的にはラストの可奈のセリフに賛成なのですが、難しい問題である点に変わりはありませんね。

「H.N.」のH.N.には、ハンドルネームとルビが振ってあります。
アメリカに端を発し、ドバイ、モスクワ、アントワープと世界を股にかけた活躍となります。
おもしろいのは、サイバー世界と実世界両方で物語が繰り広げられることでしょうか。
サイバー部分はマンガ的に表現されるのですが、これがおもしろい。
燈馬の友人(?) で、ドバイの富豪がお茶目です。
最後に明かされるある人物の正体は想定通りなのですが、いや、それにしても、燈馬は超人すぎませんか? (だからこそ、おもしろいんですけどね)



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生ける屍の死 [日本の作家 山口雅也]


生ける屍の死(上) (光文社文庫)生ける屍の死(下) (光文社文庫)

生ける屍の死(上) (光文社文庫)
生ける屍の死(下) (光文社文庫)

  • 作者: 雅也, 山口
  • 出版社/メーカー: 光文社
  • 発売日: 2018/06/12
  • メディア: 文庫

<カバー裏あらすじ>
アメリカはニューイングランド地方の田舎町、トゥームズヴィル。同地で霊園を経営するバーリイコーン一族では、家長のスマイリーが病床に臥しており、その遺産を巡って家中にただならぬ雰囲気が漂っていた。一方その頃、アメリカの各地で、不可解な死者の甦り現象が起きていたのだが──日本ミステリ史を代表する革新的な名作が、全面改稿により今鮮やかに甦る! <上巻>
遺産騒動の最中、命を落としてしまったパンク青年のグリン。折しも、死者の甦り現象がアメリカの各地で発生し、彼もまたリヴィング・デッドとして甦ってしまう。霊園を経営する一族に巻き起こる連続殺人。その真相を、自らの死を隠したまま、グリンは追うのだが──。被害者、容疑者、探偵が次々に甦る前代未聞の傑作ミステリ。全面改稿により今鮮やかに甦る! <下巻>


2月に読んだ2作目の本です。
この「生ける屍の死」 (上) (下) (光文社文庫)は再読ですね。
「鮎川哲也と十三の謎」という叢書が東京創元社から1988年から1989年にかけて出版されまして、そのうちの1冊でした。
そのときに読んで衝撃を受けたことを覚えています。
ただ、あまりに印象が強くて(なにしろ死者が甦る世界で起こる殺人事件ですから)読み返すことがなかったんです。
その後創元推理文庫で文庫化された以降は、布教活動のために買って人に渡したりしていましたが(笑)、自分で読むことはなく。
2018年に全面改稿の上光文社文庫から出たので、あらためて読んでみよう、と。

この作品「このミステリーがすごい! 1989年版」の時点では第8位だったのですが、
「このミステリーがすごい!〈’98年版〉」で行われた10周年ベスト・オブ・ベスト(1997年版までの9年間のランキングでベスト20に入った作品が対象)では、第1位、
20周年ベスト・オブ・ベスト(2008年版までの20年間のランキングでベスト20に入った作品が対象)では第2位、
「このミステリーがすごい! 2019年版」で行われたキング・オブ・キングス(2018年版までの30年間のランキングで1位を獲得した作品が対象)では第1位
と堂々たる戦績(?) です。

さて再読した結果ですが、まず「印象が強くて読み返さなかった」くせに、ほとんど覚えていなかったことに衝撃を受けました。
甦った死者が
「すまん、ちょっと、死んでたんでな、全然聞いていなかった」(下巻283ページ)
というシーンは覚えていましたけど(笑)。

「長たらしい登場人物表と家系図、舞台となる霊園の見取り図を皮切りに、死に瀕した一族の長と遺産をめぐる家族の腹の探り合い、暴走する棺桶列車、晩餐会での毒殺、殺人予告状、密室、アイルランド古謡の見立て殺人、死体消失、ヴィデオ・テープに映った鬼ごっこ、地獄行きのカーチェイス、犯行現場に残された指紋、変装と人間入れ替わりの可能性、屋根裏部屋の手記、双子の兄弟、伝説のサイコ殺人鬼、等々、等々。」と、創元推理文庫版にある法月綸太郎の解説にある通り、贅沢極まりないこれぞミステリです。
ただ、これらが起こる世界は、死者が甦る世界。

「特殊設定ミステリはここから始まった!」
と上巻の帯に書いてあるのですが、死者が甦る世界が周到に用意されています。
今回読み返して驚いたことに、なかなか事件が起こらない、というのがありました。
死者が甦る世界の状況や死とは何かという考察、舞台となるニューイングランド地方の田舎町トゥームズヴィルやバーリイコーン一族の物語がじっくり書き込まれています。
なにより探偵役をつとめるグリン自身が生ける屍と化すことで、この設定は強化されます。
ちょっと(事件が起きるまでが)長すぎるかも、と読みながら思いましたが、強固な世界が築き上げられているからこそ、後半の怒涛の展開が輝きを放ちます。
良質な特殊設定ミステリが持つべきポイントは、当然ながら、この「生ける屍の死」から始まっているのですね。

そしてもう一点良質な特殊設定ミステリが持つべきポイントが、この特殊設定だからこそ起こった事件であるということで、こちらも圧巻です。
なにしろ、殺しても被害者が甦ってくる世界ですから、殺すことの意味が変容してしまいます。
生者と死者(生ける屍)の思惑が入り乱れる複雑なプロットだというのに、謎が解かれてみると、意外とシンプルに思えるのは、この点がしっかりと骨太に構築されているからだと思います。

ベスト・オブ・ベスト、キング・オブ・キングスも納得の、大傑作だと思います。


<蛇足1>
「腕にはアメリカのゲイたちがよくしているコックリングがちゃらちゃらしているし、」(上巻23ページ)
コックリングってなんだろうと調べてしまいました。
昔読んだ時は、中身がわからないままなんとなく読み飛ばしていたのでしょうね。
しかし、コックリングって、腕にはめれるものなのでしょうか?

<蛇足2>
「IT関連企業や流通業者が野球チーム持つのと変わらしまへん。宣伝効果ちゅうことですわ。」(下巻109ページ)
単行本刊行時の1989年に "IT" という語はなかったようなぁ、と思って手元にあった創元推理文庫版を見たら、
「流通業者が野球チーム持つのと変わらしまへん。」(419ページ)
となっていまして、今回の改訂で盛り込まれたようですね。

<蛇足3>
「トレイシーは駄々っ子のように頭(かぶり)を振って拒絶した。」(283ページ)
「頭」にルビが振られていて、あれ? ”あたま”と読むんじゃないんだ、と気づき、そうだ、「かぶりを振る」の「かぶり」って「頭」と書くんだったなぁ、思いました。


<さらなる蛇足>
本文で触れた「鮎川哲也と十三の謎」という叢書では、鮎川哲也本人による「白樺荘事件」が刊行される予定でしたが、結局実現せず。没後、改稿前の「白の恐怖」が光文社文庫から刊行されました(感想ページはこちら)。
なので、「鮎川哲也と十三の謎」全部買っていたのですが、揃わずじまいとなってしまいました。
残念。
読みたかったなぁ、「白樺荘事件」。


せっかくなので、東京創元社版の書影も上げておきます。
生ける屍の死 (創元推理文庫)

生ける屍の死 (創元推理文庫)

  • 作者: 山口 雅也
  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 1996/02/25
  • メディア: 文庫






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ネクロポリス [日本の作家 恩田陸]


ネクロポリス 上 (朝日文庫)ネクロポリス 下 (朝日文庫)

ネクロポリス 上 (朝日文庫)
ネクロポリス 下 (朝日文庫)

  • 作者: 恩田 陸
  • 出版社/メーカー: 朝日新聞出版
  • 発売日: 2009/01/09
  • メディア: 文庫

<カバー裏あらすじ>
懐かしい故人と再会できる場所「アナザー・ヒル」。ジュンは文化人類学の研究のために来たが、多くの人々の目的は死者から「血塗れジャック」事件の犯人を聞きだすことだった。ところがジュンの目の前に鳥居に吊るされた死体が現れる。これは何かの警告か。ジュンは犯人捜しに巻き込まれていく──。<上巻>
聖地にいる173人全員に殺人容疑が降りかかる。嘘を許さぬ古来の儀式「ガッチ」を経ても犯人は見つからない。途方にくれるジュンの前に、「血塗れジャック」の被害者たちが現れて証言を始めた。真実を知るために、ジュびじねすぶいれいくへ向かうが……。<下巻>


2022年2月に最初に読んだ本です。
恩田陸というと、やはり作品で展開される世界に浸ることが大きな楽しみであり、そういう世界を展開していくれるところが魅力ですが、この「ネクロポリス」 (上) (下) (朝日文庫)でもたっぷり浸れます。
舞台設定が周到なんですよね。
亡くなった人「お客さん」に会える年に一度のヒガン(彼岸)という行事が行われる島のアナザー・ヒル。アナザー・ヒルは V. ファー(ファーイースト・ヴィクトリア・アイランド)という国にあり、海流の関係で、日本からもまとまった数の人間が流れ着いて暮らしていたところ、ヒガンが今の形になったのは十八世紀後半とのことで、1870年代末に日本が英国統治領となり、正式に V.ファーとなった、と(下巻114~115ページあたり)。
なので、日本とイギリスが混じり合った独自の風習を持つ地域になっている。
タイトル「ネクロポリス」は、墓地を意味しますから、少し意味がずれていますね。

死者が年に一度帰ってくる、となると、彼岸ではなくお盆じゃないの? と思ったりもしましたが、日英合作であるからでもあるでしょうし、ぼくは最後まで読んで納得したりもしました。
冒頭死体が発見されるのも鳥居ですし、そのあともいろいろと日本を思わせる風物が出てきます。
このあたりの馴染みやすさが、世界に浸る大きな手掛かりとなります。
読者が連想しやすい事柄を、うまく組み合わせて世界が作り上げられているわけです。

巻き起こる様々な事件や騒動のたびに、強くイメージが喚起されるかたちになっていまして、上下巻で世界にどっぷり。
「独特で、荘厳で、不思議な雰囲気に気圧された」(上巻364ページ)
というセリフがありますが、世界に浸る快感を、恩田陸を読む快感を味わいます。

そしてその世界が変貌していくところを見せつけられます。
どっぷり浸った読者は、変わってしまう世界にハラハラしてしまうのです。
「全てを暗がりから引っ張り出す時代とでもいうのかな――これまでは、『ずっとずっとそうやってきてるからそういうものだ』とか『みんなこうしてきたんだ』という説明で済んだものが、だんだんそれでは済まなくなってきて、知らずに済んだことまで知らなければならない時代になってしまった。」(下巻382ページ)
「毎年ここにやってきて、『お客さん』たちと日々対面しているわけだからね。この国民性は変わらない。だけど、世界からどんどん情報や他者が入ってきて、いろいろな考え方があることも浸透してきている。みんな、ヒガンの存在について、これでいいのか、このままでいいのか、これが当たり前なのか、と疑う気持ちがじわじわ育ってきているんだ。口には出さないけれど、みんなの共同的無意識の中に、ヒガンや『お客さん』に対する猜疑心が生まれてきている。」(下巻386ページ)

そして迎えるクライマックスは、ある意味、拍子抜け、です。
来るぞ、来るぞ、と煽り立てていく、たとえばホラーの文脈からいうと、その結果出てくるものはかなりの変化球といえるでしょう。
ここは極めて恩田陸らしいともいえるポイントです。
ボスキャラ登場のような展開になってしまうと、世界の変貌、変容ではなく、断絶という展開が導かれますから、ベクトルが違うのではないでしょうか。

イメージ豊かに喚起される世界に浸るべく、お読みください。


ところで、この作品、いくつか気になる点があります。
一つ目は、『お客さん』の設定。
「あなたには、他の『お客さん』が見えるんですか?」
「うーん。見える、というんじゃなくて、感じる、というのかな。近くにいると気配は感じるし、見えることもある。だけど、他の『お客さん』と完全に一致した世界にいるという感じじゃないね。ガラス張りのビルがあって、それぞれ別のフロアにいる感じかな。いるのは分かるけど、同じ地平に立っているわけじゃないし、手を触れられるわけじゃない。そんなイメージだ。」(下巻62ページ)
と『お客さん』に説明されるシーンがあります。
ところが、連続殺人犯『血塗れジャック』の被害者五人が連れ立ってヒガンに現れるシーンが下巻126ページあたりからあって矛盾しています。
この物語中で、アナザー・ヒルが変容しつつあるという展開になっていますので、『お客さん』のありようも変わったのだ、ということでしょうね。
ここはクライマックスの伏線、というわけですね。

二つ目は、ラインマンというアナザー・ヒルの原住民に近い存在が登場し、その目が「右が茶色、左が深緑」(下巻221ページ)という設定で、「我が家の家計は皆、こういう目をしているんだよ」(下巻223ページ)と行方不明になっている彼の姉がその逆「右が緑色、左が茶色」と説明されています。
そのあと、ガラス壜が見つかり、
「その中にゆらゆらと浮かんでいるのは、緑と茶の虹彩を持った、二つの白い眼球だったのだ。」(下巻279ページ)
と主人公ジュンが衝撃を受ける展開となります。
眼球がガラス壜に浮かんでいるというイメージには圧倒されますが、姉のものとは限らない気がしました。
ラインマンの説明を聞いていればジュンのように考えるのが普通かもしれませんが、二人分の眼球ということだって考えられるわけで、ミステリを変にたくさん読んでいると、こういう風にひねくれてしまうので、いけませんね。
さらにひねくれついでに言ってしまうと、結局この目は姉のものではなかったことがすぐに判明するのですが、
「あのような珍しい特徴を持つ眼球は、ラインマンの親族以外にありえない。」(下巻292ページ)
とされていて、うーーん。

最後に、密室状況からの消失といったミステリっぽい謎があったりもするんですが、その解決が......
「アナザー・ヒルだからこそ成り立つ密室状況か!」(344ページ)
なんていうセリフも出てきますが、まあ、あまり密室などには期待せずお読みください。


<蛇足1>
「これでも未来を嘱望されている学士様なんだから」(17ページ)
東京大学に文化人類学の院生として 在籍している主人公ジュンのことを指していうセリフです。
かなり古い時代設定ならともかく、今 ”学士様” とかいいますかね? さらにそこに未来を嘱望とまでつけるかなぁ?
学士がありふれている現在、ここまでいうことはないと思い違和感を感じました。

<蛇足2>
「ええ、お陰様で、大変興味深く拝見させていただいております」(上巻290ページ)
主人公であるジュンのセリフです。
「拝見させていただく」は、もう間違いという指摘をはねのけるほど定着してしまっているのでしょうね。
それにしても、この作品舞台アナザー・ヒルは日系人が多く住んでいるものの日本ではなく、イギリスに統治されていた島国V. ファーという設定で、何語を話しているのか書かれていないのですが、おそらく英語でしょうね。
とすると、この本来間違っている敬語を英語でどういうのか気になりますね。

<蛇足3>
「些かゾッとしない遭遇だったな」(上巻374ページ)
ヴィクトリア大学の教授のセリフです。
『「ぞっとしない」は「面白くない」「感心しない」という意味の言葉です。「ぞっと」という副詞は,主に恐怖によって寒気を感じるようなときに用いますが,「―しない」の形になったときの「ぞっと」は,「怖い」「恐ろしい」という意味ではありません。』
文化庁のHPにこういう解説があります。
ここでの教授のセリフは「怖い」「恐ろしい」という意味で使われているような気がします。

「ぞっとしない」という表現に初めて出会ったのは、鴨川つばめのマンガ「マカロニほうれん荘」だったことを懐かしく思い出しました。

<蛇足4>
「コーヒーは、やはりビジネスブレイクという感じがします。ビジネスがメインにあって、コーヒーはあくまで息抜き。でも、紅茶は紅茶のためのブレイクなんですね。一日は紅茶がメインで支配していて、それ以外の時間は紅茶に隷属しているんですね」
「うむ。そもそも、彼らにはビジネスブレイクというのがないんだよ。どうも生き方そのものが趣味っぽいというか、嗜好じみている。その辺りに紅茶を好む秘密がありそうなんだが」(どちらも上巻404ページ)
イギリス(文化)を指して言っている部分ですね。
実際にロンドンに住んでみると、それほど紅茶、紅茶という感じはしませんし、ティーショップよりはコーヒーショップの方が多いのですが(スターバックスなどの蔓延っていることおびただしい)、それでも紅茶屋さん(茶葉を売っている店)は確かによく見ます。
そういえば、コーヒーで COSTA というチェーンのものがペットボトルで日本でも売られるようになりましたが、おいしくないですよね......なぜわざわざ不味いイギリスのコーヒーを日本で売るのでしょう??

<蛇足5>
「ホラーをサイコに持っていくっていうの、あたし、あんまり好かないんだけどな」(313ページ)
登場人物のセリフなのですが、恩田陸ご本人のお考えなのでしょうか? 気になります。




タグ:恩田陸
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准教授・高槻彰良の推察 民俗学かく語りき [日本の作家 さ行]


准教授・高槻彰良の推察 民俗学かく語りき (角川文庫)

准教授・高槻彰良の推察 民俗学かく語りき (角川文庫)

  • 作者: 澤村 御影
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2018/11/22
  • メディア: 文庫

<カバー裏あらすじ>
嘘を聞き分ける耳を持ち、それゆえ孤独になってしまった大学生・深町尚哉。幼い頃に迷い込んだ不思議な祭りについて書いたレポートがきっかけで、怪事件を収集する民俗学の准教授・高槻に気に入られ、助手をする事に。幽霊物件や呪いの藁人形を嬉々として調査する高槻もまた、過去に奇怪な体験をしていた――。「真実を、知りたいとは思わない?」凸凹コンビが怪異や都市伝説の謎を『解釈』する軽快な民俗学ミステリ、開講!


2021年9月に購入した際、ドラマ化もされるということで、書店でシリーズが山積みになっていました。
あらすじに民俗学ミステリとありますし、もともと民俗学はミステリと相性もいい。
民俗学を扱ったミステリも好みですし、この際、ということで購入したものです。

第一章 いないはずの隣人
第二章 針を吐く娘
第三章 神隠しの家
と章立てになっていますが、連作短編集のような感じで、それぞれ別のエピソードです。

いやあ、軽い。
キャラクターも設定も軽い。民俗学も軽い。
そしてなにより、扱われている謎が軽い、軽い。
というか、高槻准教授を除いて登場人物たちは不思議がっていますが、どこにも謎らしい謎はありません。
事件(?)の説明を聞く段階で、ほぼほぼ真相が見えてしまう。
正直、ミステリと名乗らないでほしくなるレベルです。

じゃあ、つまらなかったのか、というと、そうではないですね。
楽しく読みました。
これがキャラクター小説の楽しさというものでしょうか? 悪くないですね。
(個人的には、BLテイストが盛り込まれているように感じられてしまうところはやや難ありなのですが、世間受けはすると思われます)

それにしても、
主人公は不思議な能力(?)を持つ青年、
その能力に惹きつけられる大学の美形の先生、
この二人がバディとして謎を解く、
この構図、「死香探偵 - 尊き死たちは気高く香る」 (中公文庫)(感想ページはこちら)に始まる喜多喜久の死香探偵シリーズとまったく同じです。びっくりしました。
どちらかがどちらかのパクリなのか!? とも思うところですが、「死香探偵 - 尊き死たちは気高く香る」 が2018年1月、「准教授・高槻彰良の推察 民俗学かく語りき」 (角川文庫)が2018年11月ですから、偶然ですね、きっと。
人気を集めるような作家、作品はどうしても似たような発想になるということなのかな?



<蛇足1>
「選択肢はココアとコーヒーと紅茶とほうじ茶。紅茶とほうじ茶はティーバッグ使用。ちなみにココアはバンホーテンだ!」(49ページ)
バンホーテンが、なんだか高級そうに扱われていますが、そんなにありがたがるほど高級でしたっけ?
普通のスーパーに普通に売っている普通のブランドではなかったでしたか?

<蛇足2>
「提示された給料は決して悪い条件ではなく、己が懐事情を鑑みた結果、尚哉は高槻の提案を受け入れたのだった。」(65ページ)
毎度のことで申し訳ないですが、「鑑みた」が出てきたのでチェックしておきます。

<蛇足3>
「耳触りの良い声がスマホから流れてくる。」(123ページ)
ついに「耳障り」ではなく「耳触り」という語が創造されているのですね。
次は「目触りの良い」とか言い出すんでしょうね。

<蛇足4>
「鞄から取り出した Suica を改札に滑らせようとして――尚哉は思わず足を止めた。」(125ページ)
Suicaという関東・東北ローカルのものが説明なしに出てきているというのは少々驚きでしたが、じゃあ、他に何と書くのかと考えても思いつきません。ちょっと落ち着かないですが。
それより驚いたのが、「滑らせ」よう、という表現。
あれは滑らせるものですか?
交通機関による窃用では「タッチ」という語が使われますが、「滑らせる」というイメージはないですね。
なんとなく「滑らせる」というと、改札のところにある切符などを入れる穴(スロット)に Suica を入れる様子を連想してしまいました。「滑り込ませる」わけではないので、この想像も適切ではないのですが。








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