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ネクロポリス [日本の作家 恩田陸]


ネクロポリス 上 (朝日文庫)ネクロポリス 下 (朝日文庫)

ネクロポリス 上 (朝日文庫)
ネクロポリス 下 (朝日文庫)

  • 作者: 恩田 陸
  • 出版社/メーカー: 朝日新聞出版
  • 発売日: 2009/01/09
  • メディア: 文庫

<カバー裏あらすじ>
懐かしい故人と再会できる場所「アナザー・ヒル」。ジュンは文化人類学の研究のために来たが、多くの人々の目的は死者から「血塗れジャック」事件の犯人を聞きだすことだった。ところがジュンの目の前に鳥居に吊るされた死体が現れる。これは何かの警告か。ジュンは犯人捜しに巻き込まれていく──。<上巻>
聖地にいる173人全員に殺人容疑が降りかかる。嘘を許さぬ古来の儀式「ガッチ」を経ても犯人は見つからない。途方にくれるジュンの前に、「血塗れジャック」の被害者たちが現れて証言を始めた。真実を知るために、ジュびじねすぶいれいくへ向かうが……。<下巻>


2022年2月に最初に読んだ本です。
恩田陸というと、やはり作品で展開される世界に浸ることが大きな楽しみであり、そういう世界を展開していくれるところが魅力ですが、この「ネクロポリス」 (上) (下) (朝日文庫)でもたっぷり浸れます。
舞台設定が周到なんですよね。
亡くなった人「お客さん」に会える年に一度のヒガン(彼岸)という行事が行われる島のアナザー・ヒル。アナザー・ヒルは V. ファー(ファーイースト・ヴィクトリア・アイランド)という国にあり、海流の関係で、日本からもまとまった数の人間が流れ着いて暮らしていたところ、ヒガンが今の形になったのは十八世紀後半とのことで、1870年代末に日本が英国統治領となり、正式に V.ファーとなった、と(下巻114~115ページあたり)。
なので、日本とイギリスが混じり合った独自の風習を持つ地域になっている。
タイトル「ネクロポリス」は、墓地を意味しますから、少し意味がずれていますね。

死者が年に一度帰ってくる、となると、彼岸ではなくお盆じゃないの? と思ったりもしましたが、日英合作であるからでもあるでしょうし、ぼくは最後まで読んで納得したりもしました。
冒頭死体が発見されるのも鳥居ですし、そのあともいろいろと日本を思わせる風物が出てきます。
このあたりの馴染みやすさが、世界に浸る大きな手掛かりとなります。
読者が連想しやすい事柄を、うまく組み合わせて世界が作り上げられているわけです。

巻き起こる様々な事件や騒動のたびに、強くイメージが喚起されるかたちになっていまして、上下巻で世界にどっぷり。
「独特で、荘厳で、不思議な雰囲気に気圧された」(上巻364ページ)
というセリフがありますが、世界に浸る快感を、恩田陸を読む快感を味わいます。

そしてその世界が変貌していくところを見せつけられます。
どっぷり浸った読者は、変わってしまう世界にハラハラしてしまうのです。
「全てを暗がりから引っ張り出す時代とでもいうのかな――これまでは、『ずっとずっとそうやってきてるからそういうものだ』とか『みんなこうしてきたんだ』という説明で済んだものが、だんだんそれでは済まなくなってきて、知らずに済んだことまで知らなければならない時代になってしまった。」(下巻382ページ)
「毎年ここにやってきて、『お客さん』たちと日々対面しているわけだからね。この国民性は変わらない。だけど、世界からどんどん情報や他者が入ってきて、いろいろな考え方があることも浸透してきている。みんな、ヒガンの存在について、これでいいのか、このままでいいのか、これが当たり前なのか、と疑う気持ちがじわじわ育ってきているんだ。口には出さないけれど、みんなの共同的無意識の中に、ヒガンや『お客さん』に対する猜疑心が生まれてきている。」(下巻386ページ)

そして迎えるクライマックスは、ある意味、拍子抜け、です。
来るぞ、来るぞ、と煽り立てていく、たとえばホラーの文脈からいうと、その結果出てくるものはかなりの変化球といえるでしょう。
ここは極めて恩田陸らしいともいえるポイントです。
ボスキャラ登場のような展開になってしまうと、世界の変貌、変容ではなく、断絶という展開が導かれますから、ベクトルが違うのではないでしょうか。

イメージ豊かに喚起される世界に浸るべく、お読みください。


ところで、この作品、いくつか気になる点があります。
一つ目は、『お客さん』の設定。
「あなたには、他の『お客さん』が見えるんですか?」
「うーん。見える、というんじゃなくて、感じる、というのかな。近くにいると気配は感じるし、見えることもある。だけど、他の『お客さん』と完全に一致した世界にいるという感じじゃないね。ガラス張りのビルがあって、それぞれ別のフロアにいる感じかな。いるのは分かるけど、同じ地平に立っているわけじゃないし、手を触れられるわけじゃない。そんなイメージだ。」(下巻62ページ)
と『お客さん』に説明されるシーンがあります。
ところが、連続殺人犯『血塗れジャック』の被害者五人が連れ立ってヒガンに現れるシーンが下巻126ページあたりからあって矛盾しています。
この物語中で、アナザー・ヒルが変容しつつあるという展開になっていますので、『お客さん』のありようも変わったのだ、ということでしょうね。
ここはクライマックスの伏線、というわけですね。

二つ目は、ラインマンというアナザー・ヒルの原住民に近い存在が登場し、その目が「右が茶色、左が深緑」(下巻221ページ)という設定で、「我が家の家計は皆、こういう目をしているんだよ」(下巻223ページ)と行方不明になっている彼の姉がその逆「右が緑色、左が茶色」と説明されています。
そのあと、ガラス壜が見つかり、
「その中にゆらゆらと浮かんでいるのは、緑と茶の虹彩を持った、二つの白い眼球だったのだ。」(下巻279ページ)
と主人公ジュンが衝撃を受ける展開となります。
眼球がガラス壜に浮かんでいるというイメージには圧倒されますが、姉のものとは限らない気がしました。
ラインマンの説明を聞いていればジュンのように考えるのが普通かもしれませんが、二人分の眼球ということだって考えられるわけで、ミステリを変にたくさん読んでいると、こういう風にひねくれてしまうので、いけませんね。
さらにひねくれついでに言ってしまうと、結局この目は姉のものではなかったことがすぐに判明するのですが、
「あのような珍しい特徴を持つ眼球は、ラインマンの親族以外にありえない。」(下巻292ページ)
とされていて、うーーん。

最後に、密室状況からの消失といったミステリっぽい謎があったりもするんですが、その解決が......
「アナザー・ヒルだからこそ成り立つ密室状況か!」(344ページ)
なんていうセリフも出てきますが、まあ、あまり密室などには期待せずお読みください。


<蛇足1>
「これでも未来を嘱望されている学士様なんだから」(17ページ)
東京大学に文化人類学の院生として 在籍している主人公ジュンのことを指していうセリフです。
かなり古い時代設定ならともかく、今 ”学士様” とかいいますかね? さらにそこに未来を嘱望とまでつけるかなぁ?
学士がありふれている現在、ここまでいうことはないと思い違和感を感じました。

<蛇足2>
「ええ、お陰様で、大変興味深く拝見させていただいております」(上巻290ページ)
主人公であるジュンのセリフです。
「拝見させていただく」は、もう間違いという指摘をはねのけるほど定着してしまっているのでしょうね。
それにしても、この作品舞台アナザー・ヒルは日系人が多く住んでいるものの日本ではなく、イギリスに統治されていた島国V. ファーという設定で、何語を話しているのか書かれていないのですが、おそらく英語でしょうね。
とすると、この本来間違っている敬語を英語でどういうのか気になりますね。

<蛇足3>
「些かゾッとしない遭遇だったな」(上巻374ページ)
ヴィクトリア大学の教授のセリフです。
『「ぞっとしない」は「面白くない」「感心しない」という意味の言葉です。「ぞっと」という副詞は,主に恐怖によって寒気を感じるようなときに用いますが,「―しない」の形になったときの「ぞっと」は,「怖い」「恐ろしい」という意味ではありません。』
文化庁のHPにこういう解説があります。
ここでの教授のセリフは「怖い」「恐ろしい」という意味で使われているような気がします。

「ぞっとしない」という表現に初めて出会ったのは、鴨川つばめのマンガ「マカロニほうれん荘」だったことを懐かしく思い出しました。

<蛇足4>
「コーヒーは、やはりビジネスブレイクという感じがします。ビジネスがメインにあって、コーヒーはあくまで息抜き。でも、紅茶は紅茶のためのブレイクなんですね。一日は紅茶がメインで支配していて、それ以外の時間は紅茶に隷属しているんですね」
「うむ。そもそも、彼らにはビジネスブレイクというのがないんだよ。どうも生き方そのものが趣味っぽいというか、嗜好じみている。その辺りに紅茶を好む秘密がありそうなんだが」(どちらも上巻404ページ)
イギリス(文化)を指して言っている部分ですね。
実際にロンドンに住んでみると、それほど紅茶、紅茶という感じはしませんし、ティーショップよりはコーヒーショップの方が多いのですが(スターバックスなどの蔓延っていることおびただしい)、それでも紅茶屋さん(茶葉を売っている店)は確かによく見ます。
そういえば、コーヒーで COSTA というチェーンのものがペットボトルで日本でも売られるようになりましたが、おいしくないですよね......なぜわざわざ不味いイギリスのコーヒーを日本で売るのでしょう??

<蛇足5>
「ホラーをサイコに持っていくっていうの、あたし、あんまり好かないんだけどな」(313ページ)
登場人物のセリフなのですが、恩田陸ご本人のお考えなのでしょうか? 気になります。




タグ:恩田陸
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