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列車に御用心 [海外の作家 か行]


列車に御用心 (論創海外ミステリ 103)

列車に御用心 (論創海外ミステリ 103)

  • 出版社/メーカー: 論創社
  • 発売日: 2013/03/01
  • メディア: 単行本



2024年2月に読んだ8冊目の本で、エドマンド・クリスピンの「列車に御用心」 (論創海外ミステリ)
単行本で、論創海外ミステリ103です。
先日一度アップしたのですが、なぜか書いたはずの感想が消えていてごくごく一部だけの状態で、かつ不要な部分を消したはずがこちらは残っているという状態でした。加除修正したつもりが修正できていないままアップしてしまったようです。大変失礼しました。
今さらながら、気づいたので、四苦八苦思い出しながら消えた感想を追記し、再度アップいたしました。

以下の16編収録の短編集です。
列車に御用心
苦悩するハンブルビー
エドガー・フォーリーの水難
人生に涙あり
門にいた人々
三人の親族
小さな部屋
高速発射
ペンキ缶
すばしこい茶色の狐
喪には黒
窓の名前
金の純度
ここではないどこかで
決め手
デッドロック

大半が Evening Standard 誌に掲載されたものということで、短めの短編が集まっています。
── 概ねこのあたりまで以前アップしていて、以下追加です ──

最後の2編「決め手」と「デッドロック」以外は、おなじみのフェン教授が探偵役を務めます。
長さ(短さ)のため若干クイズめいたものもありますが、だいたい謎解きミステリのお手本というか、折り目正しい教科書的な作りになっています。このあたりも書かれた時代を感じさせますね。

冒頭の表題作「列車に御用心」はその代表例といってよいように思います。
割とあからさまながら気づきにくい(と思われる)手がかりからさっと犯人をあぶりだす手際が見事です。

次の「苦悩するハンブルビー」も、限られた証拠から推論を導き出すフェン教授の手腕が冴えていると思うのですが、書斎の壁に撃ちこまれた弾丸について事前に触れられていないのが腑に落ちませんし、最後のフェン教授のセリフの意味を掴みかねました。
「生きているかぎり、知らないほうがよかったということが、少なくともひとつはある、といういことだ」
どういうことでしょう?

「エドガー・フォーリーの水難」はたまたま死体置き場に居合わせた(!) フェン教授がたちどころに真相を見抜くというお話。手がかりそのものよりも、手がかりを理解するものは? という視点がおもしろい。

「人生に涙あり」は完全犯罪談義から、フェン教授が完全犯罪の実例を紹介するという流れ。
この作品のアイデアはわりとミステリではよく知られたものですが、この作品が最初の作品とは思えないですね......

「門にいた人々」はギャング団の暗号を解読した捜査官が殺されたのを契機に、警察名に潜むモグラを突き止める話。英語がヒントになっていますので、翻訳では伝わりにくいですね。

「三人の親族」は、ジョッキにどうやって毒を盛ったかという謎で、途中フェン教授が「フレッドがアトロピンを口のなかに隠しつづけていた可能性はないか? で、ビールを飲むふりをしてジョッキのなかに薬剤を吐きだすこともできるぞ」(115ページ)と言ったときには、それは無理だろう、と思ったものですが、真相がそれと同じかそれ以上に無理っぽいのに苦笑してしまいました。

「小さな部屋」は 非行少年の更生を目的とした福祉団体の委員(!) であるフェン教授が、新たな保護観察収容施設となる建物を視察しているときに気づいたことがきっかけになります。視察シーンが効果的に甦るラストのセリフが印象的でした。

「ペンキ缶」もささいな手がかりを組み合わせるフェン教授の手腕が素晴らしいのですが、155ページの説明からだと、ラストのフェン教授のセリフが素直には入ってこないです......

「すばしこい茶色の狐」のタイトルは、The quick brown fox jumps over the lazy dog. という練習文から採られています。手がかりをシンプルなものに絞りつつ、フェン教授に喰って掛かる論争相手をやりこめているのが効果的です。

「喪には黒」は、一読後アンフェアでは?と思ったのですが、読み返したところうまく切り抜けていることを確認。
ちょっとしたヒントで真相に辿り着くフェン教授はすごいですね。

「窓の名前」は、ささいな(と言っては犯人ん気の毒ですが)きっかけで密室状況が崩れてしまうのがおもしろいです。
ただ、最後に語られる動機は成立するでしょうか? 被害者が死んでしまっても事態は変わらないように思うのですが。

「金の純度」は、「心身ともに健全な人格をそkっくり反転したのがあの若者の人格だ」(220ページ)と評される若者の犯罪をフェン教授が暴こうとする話。タイトルこそがある人物の嘘を見破るポイントなのですが、これは日本人にはわからないでしょう......

「ここではないどこかで」は、事件の構造(とトリック)はシンプルだけれど、だからこそ一層、ラストのフェン教授の皮肉が効いているように思いました。
「正義はとっくになされたんだよ」(250ページ)

「決め手」にはフェン教授は登場しません。探偵役はコッパーフィールド警部。事件そのものは平凡で、タイトル通り「決め手」が何かというのがポイントですが、ちょっと軽めでしたね。
フェン教授だったらもっともっと皮肉たっぷりに指摘しそうですが、ここは探偵役としてコッパーフィールド警部でないといけなかったのでしょう。

最後の「デッドロック」は、この「列車に御用心」の中では長めで、 Evening Standard 誌に掲載されたものではないとのことです。
主人公ぼくの視点から9年前の事件を振り返るという構図になっています。その点では一つの典型ともいえるプロットになっているのですが、短い中にいろいろな情景がしっかり浮かび上がってくるのが心地よいです。

切れ味とユーモアのバランスがとても心地よい短編集でした。
亜駆良人の解説によると、クリスピンにはもう1冊短篇集があるそうで、それもぜひまとめて翻訳してほしいです。



<蛇足1>
「ジリアンはジンを(そんなものを平然と飲む娘なんですよ)」(111ページ)
ジンを飲んだくらいでひどい言われようですが、ハードリカーは厳しめで見られたのでしょうね。

<蛇足2>
「ボルサーバーは白目(ピューター)の取っ手付きジョッキでビターを」(111ページ)
ピューターを ”しろめ” と訳すことは知っておりましたが、白目と書くのですね。
白鑞と書くことがありますが、白目は初めてみたかもしれません。

<蛇足3>
「ベディ・リジョンの血液型と同じか、それに準じたグループに該当します」(130ページ)
血液型が同じ、はわかりますが、準じたグループって何でしょう?

<蛇足4>
「推理小説とは、反社会的なものだどれだけ詭弁を弄したところで、その事実はごまかせん。犯罪者たちが推理小説から役に立つ情報を得ていない、とは言えんだろう。どんなに空想的かつ現実ばなれした内容がお決まりとはいってもね。」(164ぺージ)
ある登場人物のセリフで、このあとフェン教授が反論します。
いかにも、推理小説をお嫌いな方がいいそうなセリフではありますね。

<蛇足5>
ボクシング・デイの括弧書きで訳注だと思われるのですが、
クリスマスの翌平日で「クリスマスの贈り物の日」ともいう。英国では法定休日(200ページ)
と書かれています。
なぜ翌平日なのでしょう? 間違っているのでは?
12月26日が平日であろうと休日(土日)であろうと、Boxing Day は12月26日だと思うのですが......




原題:Beware of the Trains
著者:Edmund Crispin
刊行:1953年
訳者:冨田ひろみ






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三冠馬 バラの脅迫状 [海外の作家 か行]


三冠馬: バラの脅迫状 (二見文庫 ブ 3-2 ザ・ミステリ コレクション)

三冠馬: バラの脅迫状 (二見文庫 ブ 3-2 ザ・ミステリ コレクション)

  • 出版社/メーカー: 二見書房
  • 発売日: 1988/10/01
  • メディア: 文庫

<カバー裏あらすじ>
競馬界では三大クラシックレースのひとつ、ケンタッキーダービーが間近となり、有力馬の馬主たちは盛大なパーティを催して前景気をあおっていた。そんな折、謎の脅迫状が馬主たちに送りつけられ、最有力馬の馬主が刺殺されるという事件が起きた。三大クラシックの実況放送のためにケンタッキー州ルイビルを訪れていたレース・アナウンサーのジェリー・ブローガンは事件解明のために調査を始めるが……注目の競馬ミステリ、第2弾!


2024年2月に読んだ10冊目の本です。
ジョン・L. ブリーンの「三冠馬: バラの脅迫状」 (二見文庫 ザ・ミステリ コレクション)
積読本サルベージですね。
奥付を見ると(といっても二見 ザ・ミステリ・コレクションなので、書いてある場所はカバーなんですが)1988年11月25日。昭和だ!

「落馬: 血染めの勝負服」 (二見文庫 ザ・ミステリ・コレクション)に続く競馬シリーズの第2弾──なんですが、この2作で翻訳は止まってしまっていますね。
「落馬: 血染めの勝負服」も読んでいるはずですが、まったく覚えていません。ただ、続けてこの「三冠馬: バラの脅迫状」買っているので面白かったのでしょう。
このころ、ディック・フランシス以外の競馬ミステリーがいくつか訳されていたなぁ、と思い出しました。

ジョン・L・ブリーンは、アメリカのミステリ作家・評論家で、そういえば「巨匠を笑え」 (ハヤカワ・ミステリ文庫)というパロディ短編集が訳されていました。こちらも読んでいます(こちらは確実に読んでいます)。

そういう作者の属性からか(?)、ミステリに出てくる名探偵の名前がところどころに出てきて楽しめます。
「このくそまじめな(そしておそらくたいへん有能な)刑事が、自称ピーター・ウィムジー卿を我慢して受け入れるとは思われない。」(81ページ)
「私はあんたのことをシャーロック・ホームズだとは思っちゃいないよ」(85ページ)
「いいかい、またエラリー・クイーンの真似をしているようだが、何も正確に説明してほしいとは言っていないよ。」(87ページ)
「モートン刑事は、あなたのことも話してくれましたよ。自分がマイク・ハマー(ミッキー・スピレーンの探偵小説の主人公)だと思っている競馬アナウンサーだとね」(165ページ)
「ぼくは、そんなこと考えていませんよ、自分がマイク・ハマーだともピーター・ウィムジー卿だとも……」(165ページ)
「おまわりさんのお友だちが、あんたがエラリー・クイーンのパロディをやるのを喜ばないからといって、あたしにあたるのはやめてちょうだい」(226ページ)

ただこういう名前がでている名探偵たち(マイク・ハマーはずいぶん違うところから持ってきていますが)の活躍した小説群とは違い、非常に活動的な謎解きになっています。
オールドローズバッドと署名された脅迫状。
オールドローズバッドというのは1914年のケンタッキーダービーに優勝した名馬の名前。ここから副題の「バラの脅迫状」というのがきています。

アメリカ競馬の三大クラシックレース=ケンタッキーダービー(バラの競走。ルイビルのチャーチルダウンズ競馬場)、プリークネスステークス(ミドルジュエル[中の宝石]。バルチモアのピムリコ競馬場で開催)、ベルモントステークス(ニューヨークのベルモント競馬場で開催)を舞台に、競馬界の様子がしっかりと描かれていて興味深い(と競馬の素人として思いました。詳しい方だと違う感想かもしれません)。主人公は競馬のアナウンサーなので、探偵役にうってつけですね。

事件そのものはミステリとして大きく取り上げるほどの仕掛け等はないように感じましたが、スピーディーな展開で、こういう軽くて肩の凝らないミステリでコージー以外のものも、もっとちょくちょく訳してほしいです。


<蛇足1>
「ルートトラック運転手の常店のような気安さがある」(7ページ)
常店が分からず調べましたが辞書には載っていないようですね。でも、意味は常宿を連想してなんとなくわかります。きっと「じょうみせ」と読むのでしょうね。違うかな?

<蛇足2>
「先にやっててくれないか。ジェット症候群にかかってるんだ」
「ロサンゼルスから、バルチモアまでくらいでか? 来いよ」(155ページ)
通常日本語では「時差ぼけ」といいますね。
ロサンゼルスとバルチモアの時差は3時間なので、時差ぼけになるような距離ではありませんね......


<蛇足3>
「この館のアンテナではイギリス放送協会(BBC)しか入りません。」(217ページ)
この当時ケーブルTVや衛星はなかったでしょうから、いわゆる地上波放送しかない頃、BBCしか入らないアンテナということは、放送局ごとにアンテナを設置しなければならなかったのでしょうか。
かなり不便な仕組みですね。


原題:Triple Crown
著者:John L. Breen
刊行:1985年
訳者:神鳥統夫








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アリバイ [海外の作家 か行]


アリバイ (論創海外ミステリ)

アリバイ (論創海外ミステリ)

  • 出版社/メーカー: 論創社
  • 発売日: 2018/03/02
  • メディア: 単行本



2024年2月に読んだ6冊目の本です。
論創海外ミステリ204。
ハリー・カーマイケル「アリバイ」 (論創海外ミステリ)
ハリー・カーマイケルを読むのは
「リモート・コントロール」 (論創海外ミステリ)(感想ページはこちら
「ラスキン・テラスの亡霊」 (論創海外ミステリ)(感想ページはこちら
に続き3冊目です。

とてもシンプルなタイトルで、おおアリバイ崩しかと思うのですが、そう単純にいかないところがポイントだと思いました。

冒頭が思わせぶり。車で帰宅途中の弁護士ヘイルがパトリシアと言う足をくじいた女性と遭遇し、誘われる。靴とカバンを忘れたといわれ、ヘイルは取りに戻ってあらためてパトリシアの家へ向かうが......

章が変わって、おなじみの保険調査員パイパーが、ワトキンという男から妻を探してほしいという依頼を受ける。
妻は夫の元を離れ、偽名で暮らしていた。冒頭のパトリシアというのがその妻で、やがて死体が見つかって......

冒頭のシーンからすると、ヘイルが犯人かと思いそうなんだけれど、タイトルが「アリバイ」。
ということは、夫には鉄壁のアリバイがあるので、ああこちらが犯人だな、と。ヘイルもなかなか物語に登場しませんしね(笑)。
ところが夫のアリバイ、これがなかなか崩せそうもなくて。

このアリバイが崩れないというだけではなく、パイパーの捜査自体も、さまざまな情報が入り乱れるもののなかなか進まなくて(ですが退屈することはなく、すいすい読み進むことができます)、警察からも冷たい対応をされて、さてどうなってしまうのだろう、と心配になるのですが、たどりつく真相はかなり良くできていまして、いたく感心しました。

アリバイというタイトルから地道なアリバイ崩しを期待すると肩すかしとなりますが、うまく構成された本格ミステリになっていると思います。
ハリー・カーマイケル、もっと訳してほしいですね。


<蛇足1>
「たかだかブランデー三杯とリシュブール一杯を食事の後に飲んだだけだ。」(9ページ)
フランデー三杯だと、まあまあのアルコール量なのでは、と思いますが、欧米人は日本人に比べるとアルコールに強い体質なので、こういう感覚なのかもしれませんね。
リシュブールというのがわからなかったのですが、有名なワインなのですね。
ブルゴーニュにある「神に愛された村」と喩えられるヴォーヌ・ロマネ村にある8つのグラン・クリュのちの一つのようです。Richebourg。── ロマネ・コンティ(Romanee Conti)もそのうちの一つなんですね。

<蛇足2>
「イギリスのパブにおけるセクハラ事情なら、本を一冊かけるくらいよく知ってるよ」(207ページ)
この本が出版された1953年当時、セクハラという語はイギリスにもなかったのではないかと思うのですが......

<蛇足3>
「クリフォードおじさんはカムデン・タウンの小さな二軒長屋にひとりで暮らしていた。」(209ページ)
二軒長屋???
ひょっとして "semi-detached" の和訳でしょうか? 先日読んだ「善意の代償」 (感想ページはこちら)では二戸住宅と訳されていましたね。

<蛇足4>
「考えてみろよ、アダムが手に取ったのがイチジクの葉じゃなくてビールのホップだったら、この世はいまよりずっと平和だったと思わないか……なあ?」(264ページ)
本書をしめくくるクインのセリフですが、これ、賛同できますかね(笑)??



原題:Alibi
作者:Harry Carmaichael
刊行:1953年
訳者:水野恵




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善意の代償 [海外の作家 か行]


善意の代償 (論創海外ミステリ 294)

善意の代償 (論創海外ミステリ 294)

  • 出版社/メーカー: 論創社
  • 発売日: 2023/01/20
  • メディア: 単行本

<帯から>
ロンドン警視庁女性捜査部に属する才色兼備のキティー・パルグレーヴ巡査、独身時代の事件簿!
下宿屋〈ストレトフィールド・ロッジ〉を見舞う悲劇。完全犯罪の誤算とは……。越権捜査に踏み切ったキティー巡査は難局を切り抜けられるか?


2024年1月に読んだ8冊目の本です。
ベルトン・コッブの「善意の代償」 (論創海外ミステリ)
単行本で、論創海外ミステリ294です。

コッブの作品を読むのは初めてです。

この作品ではまず、主人公格で視点人物であるキティー巡査の行動にびっくり。
担当でもないのに潜入捜査をやろうというのですから。
恋人(婚約者?)も警官で、本来はその上司のバーマン警部とともに、そちらが担当。
ある男の命が狙われているとの情報をバーマン警部が無視しようとしたため、休暇を取って下宿屋に女中に扮して潜入しようと。もちろん、恋人にもバーマン警部にも内緒。
女性捜査部員、大胆すぎます。

続いてびっくりするのが、その潜入対象である下宿屋。
邦題の善意というのはここから来ていると思われるのですが、サッカーくじで二万ポンド当たった老婦人ミセス・マンローが、身寄りのない困っている男性専用の下宿屋を営む。
篤志家というのかもしれませんが、こういう人、実際にいたのでしょうか?
この家主のキャラクターが強烈です──いや、いい人なんですよ、きっと。とてもとても押しつけがましいだけで。でも、読んでいるだけでげんなりできました。

この作品はこの下宿屋の個性豊から登場人物たちの人間関係を背景に繰り広げられます。
この設定の下宿屋で、そんなにミステリとして都合のよい人物たちが集まるだろうか、という疑問を抱かないではないですが、類は友を呼ぶともいいますし、芋づる式ということもあるでしょうから、そんなに変なことではないかもしれません。
限られた人数で、がんばってどんでん返しを何度か繰り返す趣向が取られていて満足。
奇矯な登場人物も本として読むだけなら、害はないですからね。
最後に、キティー巡査からもうろくしたと思われていたバーマン警部がしっかり締めるところもよかった。

ベルトン・コッブ、いいかも。
ほかに論創海外ミステリから出ている作品も買うことにします。


<蛇足1>
「建物はビクトリア朝の二戸建て住宅だ。」(19ページ)
ここを読んで、そうか、二戸建て住宅と呼べばよかったんだ、とちょっと感動しました。
semi-detached (セミ・デタッチト)と呼んで、少し横長で一棟だけれど2軒分の住まいになっている家(同じ形の家が二軒くっついて建っている。二軒は壁でくっついている)がイギリスには多くあります。確かに、二戸建てだ!

<蛇足2>
「ミスター・ケントが水曜日に来ていたスーツだわ」(209ページ)
着ていた、ですね。

<蛇足3>
「この館のアンテナではイギリス放送協会(BBC)しか入りません。」(217ページ)
この当時ケーブルTVや衛星はなかったでしょうから、いわゆる地上波放送しかない頃、BBCしか入らないアンテナということは、放送局ごとにアンテナを設置しなければならなかったのでしょうか。
かなり不便な仕組みですね。


原題:Murder : Men Only
著者:Belton Cobb
刊行:1962年
訳者:菱山美穂




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ささやかな謝肉祭 [海外の作家 か行]


ささやかな謝肉祭 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

ささやかな謝肉祭 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 1988/01/01
  • メディア: 文庫

<カバー裏あらすじ>
匿名の電話の主は私にどんな話をしようとしたのか。私が指定のバーに赴いたときには、それが誰で、どんな話だったのかは、わからなくなっていた。何者かのマシンガンが、そのときバーにいた全員の生命を奪った後だったのだ。犠牲者のなかには元上院議院の町の実力者オーギュスト・ルモアンも含まれていた。私が呼び出されたこととこの惨状には、どんな繋がりが……一介の新聞記者ウェス・コルヴィンがたどりついた、謎に覆われた虐殺事件の意外な全貌とは? 独特のムードをたたえる古都ニューオーリンズを舞台に放つ話題の新シリーズ第1弾。


2024年1月に読んだ4冊目の本です。
積読本サルベージ。
ジョン&ジョイス・コリントンの「ささやかな謝肉祭」 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
奥付は昭和63年1月ですから、35年ほど前の訳書です。

舞台となる町・ニューオーリンズの珍しさが売りだったようですね。
寂れた田舎町というほどには小さくなく、かつ寂れてもいないニューオーリンズですが、旧弊な、と言っては語弊がありますね、伝統を守る保守的な土壌のアメリカ南部のニューオーリンズは、この種の古い支配者層の物語を描くにはうってつけの場所だったのかもしれませんね。

読後驚いたのは、ヒューイ・ロングという暗殺される知事が実在の人物だったこと。当方が無知だっただけで、有名な人だったのですね。
この五十年も前の1928年に起きた暗殺事件が物語の底流としてずっと流れています(原書は1986年出版)。
(それにしても、実在の人物、事件を出発点にするにしては、本書は火遊びが過ぎるような気がしないでもありません)

主人公である新聞記者にかかってきた謎の電話。待ち合わせ場所で発生した大量虐殺事件。現場で殺された町の有力者。
一気に物語に引き込まれます。
町の有力者たちが隠している(に違いない)秘密、それを探る新聞記者。
その新聞記者は、有力者の娘に恋してしまった.......

この設定だと、ミステリとしては当然悲劇的な結末へ向けて物語が進んでいくことが容易に想像できるのだけれど、そして実際そういう方向に進んでいくのだけれど、このラストは想像していませんでした。
この結末には否定的な意見を持つ読者もいらっしゃるとは思うのですが、個人的には断固支持!
馬鹿にしていただいて結構! こういうの、いいです。

この作品、
「欲望という名の裏通り」 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
「ニューオーリンズにさよなら」 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
と続くニューオーリンズ三部作の第一作なので、続きを読むのが楽しみです(当然絶版なのですが、幸いにも前作買って積読になっているのです。実家にあるので、帰省しないと読めないのですが)。




<蛇足1>
「イグナチオには、うち代々の土性っ骨がある。おれにあるのは、ちょいとした笑顔と軽口だ。不公平だと思わねえか?」(16ページ)
「土性っ骨」が、想像はつくものの、わかりませんでした。”どしょうっぽね” と読むようです。「土性骨(どしょうぼね)」の音変化らしく、性質・根性を強調、またはののしっていう語、とのことです。

<蛇足2>
ドニーズは殻の柔らかいカニの身を口に運び、私には鎮痛剤代わりにマティーニを頼んだ。」(211ページ)
時代を感じますね。今だと ”ソフトシェルクラブ” と訳されるのでしょうね。

<蛇足3>
本書の原題は ”So Small A Carnival”
受験英語を思い出してしまいました。遥か昔なのに(笑)。冠詞の位置にご注目ですね。


原題:So Small A Carnival
著者:John William Corrington and Joyce H. Corrington
刊行:1986年
訳者:坂口玲子



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マクダフ医師のまちがった葬式 [海外の作家 か行]


マクダフ医師のまちがった葬式 (ペニーフット・ホテル) (創元推理文庫)

マクダフ医師のまちがった葬式 (ペニーフット・ホテル) (創元推理文庫)

  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2010/05/11
  • メディア: 文庫

<カバー裏あらすじ>
ペニーフット・ホテルは大忙しだった。メイドのガーティの結婚式に、女主人のセシリーが披露宴を企画していたのだ。そんなさなかマクダフ医師の葬儀でとんでもない事件が発生。柩のなかには医師ではなく見知らぬ若い男の死体があったのだ。さらに秘密のはずのホテルの献立表がそばにあったことがわかり、セシリーは堅物の支配人バクスターの制止を振りきり、犯人捜しに乗り出す。


2023年10月に読んだ9冊目の本です。
ケイト・キングズバリー「マクダフ医師のまちがった葬式」 (ペニーフット・ホテル) (創元推理文庫)
とても読みやすくてびっくりしました。こんなにスラスラ読めるとは。

「ペニーフット・ホテル受難の日」 (創元推理文庫)(感想ページはこちら
「バジャーズ・エンドの奇妙な死体」 (創元推理文庫)(感想ページはこちら
に続くシリーズ第3弾。

前作のあらすじで、舞台となるペニーフット・ホテルが「紳士淑女御用達の隠れ家」と書いてあって、えっ!?、密会の宿([コピーライト]佐野洋)だったの!? と感想で驚きを書いたのですが、この「マクダフ医師のまちがった葬式」 で謎が解けました。密会の宿ではありません。

「これまでのところ警部は、カードルームの利用客の身分を考慮し、うちの地下室での強盗とはいえない活動に目をつぶってきた。でももっともな口実、法的根拠さえあれば、彼は躊躇なくここを閉鎖するでしょう。」(138ページ)
「セシリーは、どの部屋を誰が利用したかという記録をつけていない。正式な記録がないことにより、諸般の理由から通常は賭博に手を出せない数多の名のある貴族たちも、安心してこの遊びに興じることができるわけだ。
 たいてい、ギャンブラーたちは夜、ロンドンからやってきて、カードルームでひと晩過ごし、ほとんど誰にも気づかれぬまま、朝一番に帰っていく。」(183ページ)

地下の部屋を限られた上客に貸し、そこでは小規模の賭博が行われていた、ということですね。なるほど。
この事実が、事件の進展と絡みあってくる展開がいいなと思いました。

事件も派手です。
なにしろ、マクダフ医師の柩のなかに別人の死体が入っていた、というのですから。
その柩に、本来秘密にしているはずの、ペニーフット・ホテルの食事のメニューがあったことから、やむなく(?)、セシリーは捜査に乗り出すことに。
もちろん、支配人バクスターの制止&セシリーの無視、つきです(笑)。

ミステリーとしての仕掛けはさほどではなく、セシリーがどたばたと謎を解いていくのに、無理やり巻き込まれていくバクスターが本当に気の毒。しかし、今回、バクスターはいつもにも増して、ひどい役回りを演じさせられていてかわいそうです(まあ、読者としてはそこが面白いんですけどね)。
「急なことで、これくらいしか思いつかなかったのよ」「心配しないで、バックス。きっとうまくいくわ。わたしを信じて」(270ページ)
と言われて、読者ともども不安の底に陥れられてしまいますね。

こんな杜撰な捜査方法でも解けるように事件が組み立てられているということで、ある意味立派ですね。
ミステリとしては甘くても、死体を入れ替えた理由とか説得力あるように思えました。

シリーズとしては、ホテルの従業員であるメイドのガーディが結婚を迎え、その準備にてんやわんやですし、もう一人のメイドであるエセルにも何やら恋の兆し。シェフのミシェルの意外な顔にもご注目。
かと思えば、マクダフ医師の後任までのつなぎとしてバジャーズ・エンドにやってきた医師プレストウィックがいわゆるいい男で、セシリーとのやりとりに読者がハラハラ。
バクスターもハラハラ(笑)。

シリーズ読者としてはバクスターを応援したいのですが、なかなかねー。
身分違いの恋というのか、どうも1900年代初頭の規範意識の強さが邪魔ですね。

「僭越ながら敢えて言わせていただきますが」「なれなれしさは蔑みにつながります。規律をゆるめれば、たちまち堕落が始まるのです」(94ページ)
「従業員には、自分たちに何が求められているか理解するためにルールが必要なのです、マダム。われわれは、彼らが務めを怠り、上の者に生意気な態度をとり、好き放題に振る舞うのを許すわけにはまいりません」(95ページ)
「人はそれぞれの地位に応じた作法に慣れてくるものです。お辞儀は敬意を表すものであり、その人間の立場を思い出させる働きがあるのです。そのどこがいけないのか、わたしにっはわかりかねます」(95ページ)

時代が変わりつつある気配を漂わせてはいるものの、こんなことをいうバクスターだけに余計に。

一方のセシリーは亡き夫のことを今も思い続けているのに、プレストウィック登場に心揺れたりして。
「彼女の心はジェイムズのものであり、この先もずっとそうなのだ。他の男性が入りこむ余地はない。そのことをしっかり頭に入れておこう。」(109ページ)
なんて自分で言い聞かせなければならないというのが問題ですね。
それに! バクスターの存在は、セシリーの心のどこに!!!!

5冊目まで邦訳されているようですので(購入済みです)、ゆっくり読んでいきます。
ミステリとしてはゆるゆるですが、雰囲気が楽しいので、もっと先まで訳してほしいんですけどね。




原題:Service for Two
著者:Kate Kingsbury
刊行:1994年
訳者:務台夏子







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ムーンズエンド荘の殺人 [海外の作家 か行]


ムーンズエンド荘の殺人 (創元推理文庫)

ムーンズエンド荘の殺人 (創元推理文庫)

  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2013/06/21
  • メディア: 文庫

<カバー裏あらすじ>
探偵学校の卒業生のもとに、校長の別荘での同窓会の案内状が届いた。吊橋でのみ外界とつながる会場にたどり着いた彼らが発見したのは、意外な人物の死体。さらに、吊橋が爆破されて孤立してしまった彼らを、不気味な殺人予告の手紙が待ち受けていた──。密室などの不可能状況で殺されていく卒業生たち、錯綜する過去と現在の事件の秘密。雪の山荘版『そして誰もいなくなった』!


読了本落穂ひろいです。
2015年11月に読んだエリック・キースの「ムーンズエンド荘の殺人」 (創元推理文庫)

非常に古式ゆかしき本格ミステリで、あらすじにもあるように「そして誰もいなくなった」 (ハヤカワ クリスティー文庫)に挑んだ作品です。
殺人が増えていくにしたがって(犠牲者が増えていくにしたがって)、章番号につけられている✗記号が減っていくという王道ぶり。
こういう設定のミステリを今時英米の作家が書いているというのが驚き、ではあるものの、本書の驚きはそこだけ......と言っては厳しすぎますね。

「そして誰もいなくなった」風に展開していって、最後に残った一人が犯人でした、だと、単なるサスペンスならいいのかもしれませんが、ミステリとしてはあまりにも物足りない。

しかも「そして誰もいなくなった」のように見知らぬ者たちが集められたというのと違い、この「ムーンズエンド荘の殺人」 は探偵学校の同窓会という建付け。十五年経っているとはいえ、知人が集められているという重荷を背負っています。
また動機の点も、過去の因縁話ですから(過去の事件にも筆が割かれています)、どんどん犯人の対象が狭められていきます。
と、こう考えると、登場人物たちにも読者にも、おのずとサプライズには限界があり「本書の驚きはそこだけ」というのにも納得していただけるのではないかと。

でも、ではつまらなかったかというと、面白かったです(笑)。
こういうチャレンジは大好きなので、わくわく読みました。
意外性はないものの、作者はパズル作家らしく、いろいろと考えたんだなと思える真相シーンまで、かなりスピーディーに展開しますし、あれよあれよという間に登場人物が勢いよく減っていって、楽しめました。

それにしても、「そして誰もいなくなった」へのチャレンジという点では、綾辻行人の「十角館の殺人」 (講談社文庫)がとてもとても素晴らしいのだということを再認識しました。



原題:Nine Man’s Murder
作者:Eric Keith
刊行:2011年
翻訳:森沢くみ子





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ラスキン・テラスの亡霊 [海外の作家 か行]


ラスキン・テラスの亡霊 (論創海外ミステリ)

ラスキン・テラスの亡霊 (論創海外ミステリ)

  • 出版社/メーカー: 論創社
  • 発売日: 2017/03/03
  • メディア: 単行本



2023年7月に読んだ10冊目、最後の本です。
論創海外ミステリ188。
ハリー・カーマイケル「ラスキン・テラスの亡霊」 (論創海外ミステリ)
「リモート・コントロール」 (論創海外ミステリ)(感想ページはこちら)が面白かったので、こちらも手に取りました。

帯に「不幸な事故か? それとも巧妙な殺人か?」と書かれています。
訳者あとがきで簡単に要約されているように「有名なスリラー作家クリストファー・ペインの妻エスターが、彼の最新作のストーリーと同じように、毒物を摂取して死亡する事件から始まります。周りの者すべてに憑りつき、不幸に陥れる邪悪な存在。彼女の死は自殺だったのか、他殺だったのか? その謎に輪をかけるように、彼女の主治医であったフォールケント医師の配偶者も服毒死を遂げます。これもまた、自殺なのか他殺なのか、はっきりしません。」
というのが主のストーリーラインです。

こういう設定のミステリは決着のつけ方が難しいと思っています。
決め手がないから自殺か殺人か事故か、という状況になっているわけで、後出しじゃんけん的に後から証拠を持ち出さないかぎり、なかなか決定的にこれだと決め打つことはできないのに、ミステリであれば最終的には決めないといけないからです。
作者が決めたところで、読者にしてみれば「後出しじゃんけんだな」とか「決め切れていないよな」という感想を抱きがちです。

この作品もその意味では後出しじゃんけんに近い部分はあるのですが、伏線らしきものが引かれていること、探偵役があれこれ揺れ動いてしまう点がミスディレクション的な使われ方をしていることで、印象を緩和してくれています。
ただ、探偵が揺れ動く点のせいで、全体としてごちゃごちゃした印象を受けてしまって残念。
「リモート・コントロール」 のような切れ味は感じられませんでした。

それでも、企もうとする作者の意欲は感じられましたので、別の作品も手に取ろうと思います。



<蛇足1>
「薬棚から睡眠薬の入った細長いガラス製のチューブを取り出す。」「睡眠薬は二錠しか残っていなかった。」(8ページ)
「一錠ずつ縦に並ぶ細長いガラスチューブに入れて。」(20ページ)
錠剤の入ったガラスのチューブ、というのがイメージできませんでした。どういったものなのでしょうね? ガラス壜ならわかるのですが。

そして
「警察の分析官が、空の容器の中にストリキニーネの痕跡を発見しているんだ」(19ページ)
錠剤に入れたストリキニーネの痕跡がチューブで見つかる、というのも不思議ですね......
まあ錠剤の表面にもストリキニーネがあった、ということなのでしょうね。素人にわかりにくいです。
この部分は後の推理にも影響するので、わかりにくくて困りました。


<蛇足2>
「円錐形の屋根とマリオン仕切り(石や木でできた窓の縦仕切り)の窓が、閑静なチェルシー地区(スクエア)を見下ろしている。」(66ページ)
マリオン仕切りがわからなくて調べました。
ムリオンということもあるようですね。また縦とは限らず「ビルや建物の窓や建具などの枠を、構造的に支える水平や垂直の補強材」のことを指すようです。
ところで、チェルシー・スクエアを”地区” と訳してありますが、おそらく地区という日本語でイメージするものではなく、広場あるいは公園のようになっている場所のことを指すと思われます。今地図で確認すると、Chelsea Common というのが広場の名前で、その周りを囲うように Chelsea Square という道路が走っています。こういう場合、一般的に道路で囲まれた部分を チェルシー・スクエアと呼んだりします。

<蛇足3>
「精神力を浪費しないことだな、パイパー君。わたしとペイン夫人のあいだには何のミステリーも存在しないよ。患者と医者、それだけの関係だ。」(112ページ)
精神力を浪費する、とはどういうことでしょうね?
医者に患者との関係を気をつかいつつ聞いているパイパーに、医者本人がいうセリフです。

<蛇足4>
「沈着冷静なジョン・パイパーに、偉大なるドルーリー・レーン劇場(ロンドン中央部にある、十七世紀以来の歴史を持つ王立劇場)の伝統を体現できるなんて、誰に想像できたかな?」(162ページ)
パイパーとホイル警部が物語の終盤で事件の様相を話しているときのホイル警部のセリフです。
ドルーリー・レーン劇場の伝統、が何を指すのかわかりません。ドルーリー・レーン劇場そのものではなく、この伝統の内容について訳注が欲しいところです。

<蛇足5>
「どうして、天才的な殺人計画を練り上げておいて、まったくの他人相手に実行したような話し方をするのだろう?」(186ページ)
この文章の意味がわかりませんでした。
全くの他人相手に実行したような話し方、って何でしょうね?

<蛇足6>
「安全ボタンを使うくらいでよかったのではないか。外からあけられないようにするには、その小さなボタンだけで十分だ。」(195ページ)
「パイパーは偶然、安全ボタンを押したままドアを閉めてしまった。ドアをあけ、同じことをもう一度、繰り返す。今度は、錠の爪が滑り込むときにボタンが上がるのが見えた。もう一度、試してみる。当然のことながら、ボタンは上に跳ね上がった。つまり、これは、室内でのみ利用される目的で作られた装置なのだ。さもなくば、部屋の主が締め出されてしまう危険性がある。」(196ページ)
この部分、謎解きのキーになる、寝室のドアの鍵をめぐる説明なのですが、よくわかりませんでした。
ドアが閉まっている状態のときのみ(錠の爪が動かない状態のときのみ)安全ボタンが動作するようになっているのでしょうね......最近はオートロックが多くてこういうの見かけない気がします。
実物が見てみたいですね。

<蛇足7>
「いいえ、ポーランド人ではありません、お客様。わたしはウクライナの出身です。」「ご存知のとおり、今ではロシアの一部になっています。だから、わたしはそこにいたくなかったのです。」(207ページ)
この時期にウクライナのことが出てくる本を読んでいるのは偶然なのですが、おやっと思いました。
本書の出版は1953年ですので、ここはロシアではなくソ連ではなかろうかと思います。ウクライナは、前のロシアの頃に併合(?)され、ソ連成立でソ連になっているはずですから。

<蛇足8>
「それは、ぼくと預金残高だけの秘密だな」(250ページ)
預金残高そのものが秘密というのではなく、預金残高がぼくと秘密を共有している、というのはおもしろい言い回しですね。日本語にはない言い方だと思います。


原題:Deadly Night-Cap
作者:Harry Carmaichael
刊行:1953年
訳者:板垣節子





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リモート・コントロール [海外の作家 か行]


リモート・コントロール (論創海外ミステリ)

リモート・コントロール (論創海外ミステリ)

  • 出版社/メーカー: 論創社
  • 発売日: 2015/07/28
  • メディア: 単行本




2022年5月に読んだ4冊目の本です。
論争海外ミステリ151。

ハリー・カーマイケルは初見の作家ですが、帯には「D・M・ディヴァインを凌駕する英国の本格派作家」と書かれていまして、しっかり煽られました。

巻末の解説から引用します(孫引きになりますが)
「ジョン・パイパーの旧友であるクインは、しがない犯罪記者であるが、ある知人が飲酒中に起こした交通死亡事故に、何の落ち度もなく巻き込まれる。第二の死の訪れにより殺人の容疑者となった旧友を救うべく、パイパーは保険調査員として登場する。」

わりと平凡そうな交通事故から幕開き。
続いて起こるガス自殺のようにも思える死亡事故。
短い長編で、登場人物も少ないのですが、非常に読みやすく、展開もおもしろい。
なにより、最後にストンと落ちる切れ味が鋭い。
ハリー・カーマイケル、いい作家ではないでしょうか。もっともっと読みたいです。
多作家のようですし、どんどん訳してほしいです。



<蛇足1>
「その灯りはグレーのボクスホールのヘッドライトで、ライトは下を向き、一定のスピードで道路の真ん中を走っていた。」(14ページ)
Vauxhall ですね。日本語としてはボクスホール、あるいはボクソールと書くようです。
発音としては、ボクソールが近いですね。

<蛇足2>
「いつも注文する卵とチップスを前に」(35ページ)
フィッシュ・アンド・チップスという料理が有名ですので、これでも十分わかるのだとは思いますが、普通日本でチップスというとお菓子のポテトチップスを連想してしまうので、ここはフライドポテトとした方が分かりやすかった気がします。

<蛇足3>
「広々とした田舎に辿り着くと、芝刈り脱穀機(コンバイン)が作動し、天気が持ちこたえているあいだに最後の小麦を刈り取る作業をしているのが見えた。」(58ページ)
コンバインって、芝刈り脱穀機というんですね。知りませんでした。芝刈りに使っているところは観たことないですが。



原題:Remote Control
作者:Harry Carmaichael
刊行:1970年
訳者:藤盛千夏




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ナイトメア・アリー 悪夢小路 [海外の作家 か行]


ナイトメア・アリー 悪夢小路 (海外文庫)

ナイトメア・アリー 悪夢小路 (海外文庫)

  • 作者:ウィリアム・リンゼイ・グレシャム
  • 出版社/メーカー: 扶桑社
  • 発売日: 2020/09/25
  • メディア: 文庫

<カバー裏あらすじ>
スタン・カーライルは、カーニヴァルの巡回ショーで働くしがないマジシャンだ。だが彼には野心があった。いつの日か華々しい成功と大金を掴んでみせる。同じ一座の占星術師ジーナと関係をもち、読心術の秘技を記したノートを手に入れたスタンは、若く美しいモリーと組んでヴォードヴィルへの進出を果たすが……タロットの示す運命とファム・ファタールに導かれて、栄光と絶望の果てに男がたどり着く衝撃のラストとは。特異な世界観で魅了する闇色のカルト・ノワール、登場!


ギレルモ・デル・トロ監督により映画化されたノワール、ウィリアム・リンゼイ・グレシャムの「ナイトメア・アリー 悪夢小路」 (扶桑社ミステリー)です。
映画を観る前に原作を読んでおきたいと思って購入しました。
映画の感想はこちら

読んでみてあらためてわかったことは、ノワール、苦手だということです。
苦手といいましたが、物語にはすっかり引き込まれて読みました。この点は強調しておかないとフェアではないですね。

ビザールな犯罪小説
狂気めいた奔放な文章が乱舞する作品でありながら、本書は因縁めいた美しくシンプルなプロットを持っていたことが最終的に判明する……もっともその美しさは、底なしの恐怖を秘めたものではあるけれども。

帯に霜月蒼さんによる解説から抜き書きがされているのですが、この「シンプルなプロット」というのにどうしてもひっかかるんですよね。
乱暴に要約してしまうと、超能力、神秘的な力に見せかけた詐欺がメインの物語で、主人公スタン・カーライルがファム・ファタールと出会って堕ちていく、という展開なのですが、逆にシンプルすぎるように思ってしまいます。

ノワール自体に詳しくないので見当はずれなことを言っている可能性大ではありますが、個人的にはミステリーの文脈やその流れとしてのノワールという文脈でこの作品を捉えることがよいことなのかどうか、疑問に思っています。
確かに扱われている題材は詐欺ですし、破滅へ向けて運命に?からめとられていく主人公の姿を描いてノワールともいえると思いますが、そしてこの作品と共通するようなプロットを持つ作品がこのあと山のように発表されているのですが、この作品をその文脈に据えるとどうもおさまりが悪い気がしてなりません。

本書の位置づけというのは解説でも触れられていますが、この解説はいろいろと示唆に富んでとても勉強になりました。
「ときにノワール小説は、サイコ・スリラーに接近する。どちらも犯罪/暴力へと人間を駆り立てる無意識の衝動を描く小説だからである。大雑把には、秩序の側に立って非理性を外側から描けばサイコ・スリラーに寄り、非理性を主人公として内側から描けばノワールに近づくと言えるだろうか。いずれにせよノワールは、理性のくびきを脱しようとする非理性の物語であり、ゆえに理性的な叙述を脱した奇怪な語りをしばしば要請する。」
この解説、しびれます。
苦手な理由もなんとなくわかったような気がします。
ミステリーとノワールは近接するジャンルではあるけれども、近接するがゆえにクロスオーバーする作品もあろうかと思いますが、根っこのところでは別物なのでは、と読みました。
おそらく本書は、ノワールの中でも、ミステリーから遠い方のノワールなのだと思います。

蛇足としかいいようのないコメントですが、あくまで本書をミステリとしてみると、不満があります。
作中に、ガラスケースの中の精密天秤を動かして見せるシーンがあり、このことによって大物実業家の信を得るのですが、どうやって動かしたのか、最後まで明かされません。
おおいに不満。
それまでの数々のトリックはあっさり説明されるのに、物語の重要なポイントとなる詐術が暴かれないのはあんまりではないでしょうか。
この点からもミステリーという文脈で捉えるべきではないとも言えそうです。



<蛇足>
「ちょうど足の爪の手入れが必要だから、あなたにマニキュアを塗ってもらうわ。」(337ページ)
手の爪に塗るのがマニキュア、足の爪に塗るのはペディキュアだと思っていたのですが......


原題:Nightmare Alley
作者:WIlliam Lindsay Gresham
刊行:1946年
訳者:矢口誠


本書は、ハヤカワミステリ文庫からも邦訳が出ていますので、そちらの書影も。

ナイトメア・アリー (ハヤカワ・ミステリ文庫)

ナイトメア・アリー (ハヤカワ・ミステリ文庫)

  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2022/01/26
  • メディア: 文庫




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