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マクダフ医師のまちがった葬式 [海外の作家 か行]


マクダフ医師のまちがった葬式 (ペニーフット・ホテル) (創元推理文庫)

マクダフ医師のまちがった葬式 (ペニーフット・ホテル) (創元推理文庫)

  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2010/05/11
  • メディア: 文庫

<カバー裏あらすじ>
ペニーフット・ホテルは大忙しだった。メイドのガーティの結婚式に、女主人のセシリーが披露宴を企画していたのだ。そんなさなかマクダフ医師の葬儀でとんでもない事件が発生。柩のなかには医師ではなく見知らぬ若い男の死体があったのだ。さらに秘密のはずのホテルの献立表がそばにあったことがわかり、セシリーは堅物の支配人バクスターの制止を振りきり、犯人捜しに乗り出す。


2023年10月に読んだ9冊目の本です。
ケイト・キングズバリー「マクダフ医師のまちがった葬式」 (ペニーフット・ホテル) (創元推理文庫)
とても読みやすくてびっくりしました。こんなにスラスラ読めるとは。

「ペニーフット・ホテル受難の日」 (創元推理文庫)(感想ページはこちら
「バジャーズ・エンドの奇妙な死体」 (創元推理文庫)(感想ページはこちら
に続くシリーズ第3弾。

前作のあらすじで、舞台となるペニーフット・ホテルが「紳士淑女御用達の隠れ家」と書いてあって、えっ!?、密会の宿([コピーライト]佐野洋)だったの!? と感想で驚きを書いたのですが、この「マクダフ医師のまちがった葬式」 で謎が解けました。密会の宿ではありません。

「これまでのところ警部は、カードルームの利用客の身分を考慮し、うちの地下室での強盗とはいえない活動に目をつぶってきた。でももっともな口実、法的根拠さえあれば、彼は躊躇なくここを閉鎖するでしょう。」(138ページ)
「セシリーは、どの部屋を誰が利用したかという記録をつけていない。正式な記録がないことにより、諸般の理由から通常は賭博に手を出せない数多の名のある貴族たちも、安心してこの遊びに興じることができるわけだ。
 たいてい、ギャンブラーたちは夜、ロンドンからやってきて、カードルームでひと晩過ごし、ほとんど誰にも気づかれぬまま、朝一番に帰っていく。」(183ページ)

地下の部屋を限られた上客に貸し、そこでは小規模の賭博が行われていた、ということですね。なるほど。
この事実が、事件の進展と絡みあってくる展開がいいなと思いました。

事件も派手です。
なにしろ、マクダフ医師の柩のなかに別人の死体が入っていた、というのですから。
その柩に、本来秘密にしているはずの、ペニーフット・ホテルの食事のメニューがあったことから、やむなく(?)、セシリーは捜査に乗り出すことに。
もちろん、支配人バクスターの制止&セシリーの無視、つきです(笑)。

ミステリーとしての仕掛けはさほどではなく、セシリーがどたばたと謎を解いていくのに、無理やり巻き込まれていくバクスターが本当に気の毒。しかし、今回、バクスターはいつもにも増して、ひどい役回りを演じさせられていてかわいそうです(まあ、読者としてはそこが面白いんですけどね)。
「急なことで、これくらいしか思いつかなかったのよ」「心配しないで、バックス。きっとうまくいくわ。わたしを信じて」(270ページ)
と言われて、読者ともども不安の底に陥れられてしまいますね。

こんな杜撰な捜査方法でも解けるように事件が組み立てられているということで、ある意味立派ですね。
ミステリとしては甘くても、死体を入れ替えた理由とか説得力あるように思えました。

シリーズとしては、ホテルの従業員であるメイドのガーディが結婚を迎え、その準備にてんやわんやですし、もう一人のメイドであるエセルにも何やら恋の兆し。シェフのミシェルの意外な顔にもご注目。
かと思えば、マクダフ医師の後任までのつなぎとしてバジャーズ・エンドにやってきた医師プレストウィックがいわゆるいい男で、セシリーとのやりとりに読者がハラハラ。
バクスターもハラハラ(笑)。

シリーズ読者としてはバクスターを応援したいのですが、なかなかねー。
身分違いの恋というのか、どうも1900年代初頭の規範意識の強さが邪魔ですね。

「僭越ながら敢えて言わせていただきますが」「なれなれしさは蔑みにつながります。規律をゆるめれば、たちまち堕落が始まるのです」(94ページ)
「従業員には、自分たちに何が求められているか理解するためにルールが必要なのです、マダム。われわれは、彼らが務めを怠り、上の者に生意気な態度をとり、好き放題に振る舞うのを許すわけにはまいりません」(95ページ)
「人はそれぞれの地位に応じた作法に慣れてくるものです。お辞儀は敬意を表すものであり、その人間の立場を思い出させる働きがあるのです。そのどこがいけないのか、わたしにっはわかりかねます」(95ページ)

時代が変わりつつある気配を漂わせてはいるものの、こんなことをいうバクスターだけに余計に。

一方のセシリーは亡き夫のことを今も思い続けているのに、プレストウィック登場に心揺れたりして。
「彼女の心はジェイムズのものであり、この先もずっとそうなのだ。他の男性が入りこむ余地はない。そのことをしっかり頭に入れておこう。」(109ページ)
なんて自分で言い聞かせなければならないというのが問題ですね。
それに! バクスターの存在は、セシリーの心のどこに!!!!

5冊目まで邦訳されているようですので(購入済みです)、ゆっくり読んでいきます。
ミステリとしてはゆるゆるですが、雰囲気が楽しいので、もっと先まで訳してほしいんですけどね。




原題:Service for Two
著者:Kate Kingsbury
刊行:1994年
訳者:務台夏子







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奇巌城(ポプラ社) [海外の作家 ら行]


([る]1-1)奇巌城 怪盗ルパン全集シリーズ(1) (ポプラ文庫クラシック)

奇巌城 怪盗ルパン全集シリーズ(1) (ポプラ文庫クラシック)

  • 出版社/メーカー: ポプラ社
  • 発売日: 2009/12/24
  • メディア: 文庫

<カバー裏あらすじ>
深夜の伯爵邸を襲った怪事件。秘書が刺殺され、ルーベンスの傑作絵画が盗まれた。事件の裏で暗躍するルパンを追って、奔走する高校生探偵イジドール。大怪盗VS名探偵の推理合戦は、海に浮かぶ古城でついに対決を迎える。莫大な秘宝とともに待ち受ける悲しい結末とは! ?  解説/モンキー・パンチ


2013年2023年10月に読んだ8冊目の本です。
モーリス・ルブランの「奇巌城 怪盗ルパン全集シリーズ(1) 」(ポプラ文庫クラシック)
モーリス・ルブランのルパンものといえば、「怪盗紳士ルパン」 (ハヤカワ文庫 HM)感想で森田崇のコミック『アバンチュリエ(1)』 (イブニングKC)(感想ページはこちら)に触れながら、
「原作の翻訳も改めて読んでみようかな、という気になりました。」
と書いているように読んだものの、1冊で止まっている状態でした(何冊かハヤカワミステリ文庫は買ってあるのですが)。

そんなとき本屋さんでポプラ文庫から、昔懐かしい南洋一郎訳のシリーズが出ていることを発見。
このポプラ文庫版は、カバーの絵が昔図書館で借りて読んだものと同じなのがいかしています。
たしか瀬戸川猛資だったか、ルパンものは大人向けの翻訳で読むとつまらないけれど、南洋一郎訳だとおもしろい、といったようなことを書いていたような記憶があり、懐かしさも相まって買ってみました──といいつつ早川文庫版の大人向けの翻訳も個人的には楽しく読みました。念のため。

巻末に
「この作品は、昭和三十三年にポプラ社より刊行されました」
とあります。昭和三十三年!
この本、古い翻訳ということで、なかなか最近ではお目にかかれない表現が頻出で、そこも楽しめます。
たとえば「泉水池(せんすいいけ)」(17ページ)とか「半長靴」(33ページ)など最近では目にしない表現のように思えます。
「けれどそれまでが不安心だ」(264ページ)
の「不安心」もいまでは「不安」としか言わない気がしますね。
でも、こういうのを読むのはとても楽しい。

ミステリとしてみた場合、書かれた年代を考慮に入れたとしてもあまりにも雑(失礼)で甘々なので評価しづらいのですが、でもこの作品は、すこぶる面白い。
わくわくできますし、本当に面白いんですよね。

高校生探偵イジドールが大活躍、というか、持ち上げすぎ。
ガニマール刑事をはじめ大人たち、果てはアルセーヌ・ルパンに至るまで、
「じつのところ、おれはきみがおそろしいのだ。過去十年間、おれは、きみみたいな相手にぶつかったことがない。きみはおそろしいやつだ。
 ガニマールもホームズも、おれから見たら子供の手をねじるみたいあった。ところが、きみはおれをどたんばまで追いつめ、おれをあぶなくやっつけるところだった。おれは、もうすこしで、しっぽをまいて逃げるところだった。」(130ページ)
なんてイジドールのことを褒めちぎりますが、彼の推理の内容などをみてもとてもとてもそこまでのレベルとは思えない(笑)。物語の牽引役として立派に務めを果たしてはいますけれど......

伯爵家の強盗から、殺人事件、ルパンの消失、医者の誘拐騒ぎに暗号解読、フランス王家の秘密、隠された財宝まで、まさに波瀾万丈のスピード感あふれる物語展開はおもしろい。
子どもの頃にこんな面白い話を読むことができてよかったです。

ルパンものの再読、南洋一郎版で進めるか、大人向けの翻訳で進めるか......悩みますね。


<蛇足>
「きみ、すばらしいことをやっつけたね。大成功だ。われわれ商売人もすっかり鼻をあかされた形だ」(267ページ)
これはガニマール刑事がイジドールを褒めるセリフです。
警察官が商売人というのはちょっと変ですね(笑)。
フランス語の商売人という語には、プロフェッショナルに近い意味があるのでしょうか?


原題:L'aiguille Creuse
作者:Maurice Leblanc
刊行:1909年(Wikipediaによる)
訳者:南洋一郎






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警官の騎士道 [海外の作家 は行]


警官の騎士道 (論創海外ミステリ)

警官の騎士道 (論創海外ミステリ)

  • 出版社/メーカー: 論創社
  • 発売日: 2013/10/01
  • メディア: 単行本




2023年10月に読んだ7冊目の本です。
ルーパート・ペニーの「警官の騎士道」 (論創海外ミステリ)
論創海外ミステリ110です。

ルーパート・ペニーの作品を読むのは
「甘い毒」 (国書刊行会 世界探偵小説全集 (19))
「警官の証言」 (論創海外ミステリ)(感想ページはこちら
に次いで3冊目です。
「ルーパート・ペニーの別の作品が翻訳されたら、きっとまた読むことでしょう。」なんて「警官の証言」感想で書きましたが、結局9年間が空いてしまいました。

ルーパート・ペニーの作品はいかにもなクラシック・ミステリで(「読者への挑戦」も376ページにあります!)、悪い意味ではなく地味なのですが、この「警官の騎士道」 (論創海外ミステリ)の場合は、探偵役のビール警部が、被害者一族の中の一人で有力な容疑者であるイーヴリンに好意を抱いてしまい、イーヴリンが犯人である可能性を考えたくないので捜査の過程からイーヴリン犯人説を極力排除しようとする(!) という、なかなかおもしろい展開を見せてくれます。
初対面の後、ビールは一緒に捜査に当たるトニー(雑誌の副編集長が警察の捜査に参加するのですから時代を感じさせますね)に
「惚れたな。一目瞭然だ」(112ページ)
とからかわれる始末。
物語の終盤22章になっても
「そうすると残りはイーヴリンしかいないようだ。それでもビールは、彼女が犯人かもしれないという可能性に向き合うことを、まだかたくなに避けていた。」(360ページ)
という状態。

この予断を持った状況が謎解きにどう影響を与えるのか、ちょっとハラハラしながら読んだので作者の術中に嵌まったということなのでしょう。
面白かったです。


<蛇足1>
「とはいえ、周知の限りではカルーは海外にいるようですし、いまだに同じ名前を使っているとはまったく思えません。」(23ページ)
「周知の限り」という表現、初めて見た気がします。
正直意味がよくわかりません。

<蛇足2>
「いま話したように、九時の時点でわれわれはコーヒーを飲んでいた。少なくとも理論上は、だが──まあ、紅茶だったかもしれない。」(46ページ)
理論上は??? どういう意味でしょう?
また自分たちのことなのに、コーヒーか紅茶かもわからないのも謎です。

<蛇足3>
「サー・レイモンドはビリヤードに夢中なことから、それが体に悪いとは気づかずに、普通のテーブルの上に載せて使うビリヤード用天板を購入したようです。大きさは正規の台の半分だったと思いますが、うるさいことを言わなければかなり楽しめるものです」(141ページ)
ビリヤード用天板などというものがあるのですね。
ポケットのないキャロム用なのでしょうね。

<蛇足4>
「まったく新し提案をしよう──実は、アガサ・クリスティーの小説からそのまま拝借したんだがね。全員が犯人かその協力者で、したがってみんなが嘘をついていて、お互いの証言を裏付けてるのさ」
 しかしながら、この提案を真剣に検討しようという者は誰もいなかった。(328ページ)
タイトルは明かされていませんが、やはりあの作品はセンセーショナルだったのですね。



原題:Policeman in Armour
著者:Rupert Penny
刊行:1937年
訳者:熊井ひろ美







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三百年の謎匣 [日本の作家 芦辺拓]


三百年の謎匣 (角川文庫)

三百年の謎匣 (角川文庫)

  • 作者: 芦辺 拓
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2013/09/25
  • メディア: 文庫

<カバー裏あらすじ>
億万長者の老人が森江法律事務所へ遺言書作成の相談に訪れた帰途、密室状態の袋小路で殺害された。遺されたのは世界に一冊の奇書と莫大な遺産。森江春策がその本をひもとくと、多彩な物語が記されていた。東方綺譚、海洋活劇、革命秘話、秘境探検、ウェスタン、航空推理──そして、数々の殺人事件。物語が世界を縦横無尽に飛びまわり、重大な秘密へと誘う。全てのピースが嵌まる快感がたまらない博覧強記の本格ミステリ。


2023年10月に読んだ6冊目の本です。
芦辺拓「三百年の謎匣」 (角川文庫)

時代も場所も異なる6つの物語が詰め込まれた異国の”書物”。
西上心太の解説を参照しながら......
十八世紀初頭に東方の国の都市にやってきたイギリス人船医が経験した不思議な事件「新ヴェニス夜話」
東インド会社と海賊船の軋轢「海賊船シー・サーペント号」
十八世紀末全盛期の清で出会った、友人の仇敵の奇妙な行動「北京とパリにおけるメスメル博士とガルヴァーニ教授の療法」
十九世紀後半、東アフリカで失われた黄金都市を目指す旅でキリスト教伝道所での怪異「マウンザ人外境」
西部劇の舞台となりそうなアメリカ西部の小さな町で起こった銀行強盗。犯人と目された社主の冤罪を晴らそうとする新聞記者見習いの少年「ホークスヴィルの決闘」
ドイツからアメリカへ向かう豪華飛行船のなかで起きた殺人「死は飛行船(ツェッペリン)に乗って」

これらを挟み込むように森江春策が直面する現在の密室状況の事件。
こういう作風のミステリの場合、それぞれの話のつながりが重要となってくるわけですが、その点少々空振り気味です。
思いつきとしてはとても興味深いものの、結びつき方がきわめて弱いと思ってしまいますし、なにより現代パートの犯人の立ち位置が、狙いとずれたところにいるように思えてなりません。

以下のように森江春策が述べていても(色を変えておきます)、その印象は拭えません。
いや、必ずしも先行者たちのトリックに学んだとは限らないし、ひょっとしたら手記を読みさえしなかったかもしれない。ただこの黒い本がそばにあることだけで、彼らはときにトリックを仕掛け、逆に見破る側に回ったりもしながら、伝言ゲームのように二重性と空間錯誤のトリックを受け継いできた」(343ページ)
また現代パートの犯人が
言っとくけど、私は昔の人間が書き散らした紙くずに興味はなかった。だから、そこで解き残された謎なんて知りもしなかったし、まして参考になんかしなかった。」(351ページ)
と言うのも個人的には興ざめでした。

その意味では成功作とは言えないと思うのですが、とはいえ、これだけ様々なタイプの物語を不可能興味付きで展開してみせてくれるのはとてもありがたいですし、なにより、物語とミステリとしての狙い処が面白い。
これ、狙いがうまく嵌まっていたら、恐ろしい傑作になっていたのでは、とワクワクしてしまいました。


ところで、最初の「新ヴェニス夜話」の舞台の都市はどこか、というのも謎の一つで、手記の作者の正体と併せて、とてもおもしろいアイデアだと思いましたし、アヒルのくだりには爆笑しそうになりました。
でもこれ、見え見えですよね?





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ミステリと言う勿れ (7) [コミック 田村由美]


ミステリと言う勿れ (7) (フラワーコミックスアルファ)

ミステリと言う勿れ (7) (フラワーコミックスアルファ)

  • 作者: 田村 由美
  • 出版社/メーカー: 小学館
  • 発売日: 2020/09/10
  • メディア: コミック

<カバー裏あらすじ>
大学教官の天達(あまたつ)にバイトにと誘われて山荘に行った久能整。そこで謎解き会をするはずが、思わぬ事件に巻き込まれていく…… ”解読解決青年” 整が今度は山荘ミステリ 注目展開の第7巻。


シリーズ7冊目です。
「ミステリと言う勿れ (7)」 (フラワーコミックスアルファ)

episode10 嵐のアイビーハウス
episode10-2 嘘をできるだけ
episode10-3 嘘をひとつだけ
を収録しています。

今回整は、大学の教官の差し金(?) で巻き込まれるのですが、同様にその先生のゼミで同じだった相良レンという人物も登場し、整と対照的な性格付けがなされていて楽しい。
──ただ、明るく開放的で能天気っぽく見えますが、整ほどではないにせよ、きちんと物事を見ている設定でなかなかですね。おそらくは教官が心理学の先生ということで、その先生に選ばれし生徒というくくりでそれなりの観察眼の持ち主という設定なのでしょう。そうでないと整とセットにはできませんよね。

整の過去がすこしうかがわれるところがあって、ちょっと息苦しくもなりますが、一方でお茶目なシーンも用意されているので安心です。
48ページで透明人間になったら何がしたいかに対してどう答えたかをみんなにばらされそうになったときの慌てぶりとか(整も慌てるんですね)、あるいは招かれた別荘でカレーを作る117ページのシーンで「豆乳を ちょびっと 投入──」なんて一人でくだらない駄洒落を言ってみたりとか。

冒頭、整の噂話をいつもの刑事さんたちがするシーン(「ミステリと言う勿れ (6)」 (フラワーコミックスアルファ)のお正月のエピソードに触れられています)があるのですが、そこで青砥刑事が
「あいつは何か? オレたちが知らないだけで実は警視庁の学生刑事なのか?」
というところで笑ってしまいました。
青砥刑事ってメンバーの中では整のことを冷めた目で見ているイメージですが、意外と気にかけてくれていますよね。

事件の方は
今度は山荘ミステリ
と引用したあらすじにありますが、山荘ミステリで連想するのとはちょっと違いますね。
アシモフの「黒後家蜘蛛の会」にあこがれてする謎解きの会、といいつつ、裏がありそうで......
物語が重層構造になっているのがポイント高い。
今回の話はどことなく石持浅海の碓井優佳シリーズを思い起こさせてくれまして、大満足。
いままでで一番面白かったかもしれません。お気に入りです。


タグ:田村由美
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仮面舞踏会 [日本の作家 や行]


仮面舞踏会 金田一耕助ファイル17 (角川文庫 よ 5-17 金田一耕助ファイル 17)

仮面舞踏会 金田一耕助ファイル17 (角川文庫 よ 5-17 金田一耕助ファイル 17)

  • 作者: 横溝 正史
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 1976/08/27
  • メディア: 文庫


<カバー表紙あらすじ>
裕福な避暑客の訪れで、閑静な中にも活気を見せ始めた夏の軽井沢を脅かす殺人事件が発生した。被害者は画家の槇恭吾、有名な映画女優・鳳千代子の三番目の夫である。華麗なスキャンダルに彩られた千代子は、過去二年の間、毎年一人ずつ夫を謎の死により失っていた。知人の招待で軽井沢に来ていた金田一耕助は早速事件解決に乗り出すが……。構想十余年、精魂を傾けて完成をみた、精緻にして巨大な本格推理。


2023年10月に読んだ5冊目の本です。
横溝正史の「仮面舞踏会」(角川文庫)
先日読んだ、E・D・ビガーズ「チャーリー・チャン最後の事件」(論創海外ミステリ)(感想ページはこちら)の解説に触発されて買いました。

横溝正史を読むのは、「犬神家の一族」 (角川文庫)(感想ページはこちら)以来ですね。
あれは2012年でしたから10年ぶり。
2012年は横溝正史生誕百十周年記念「期間限定 杉本一文 復刻カバーで発売!」ということで本屋さんに横溝正史の角川文庫が並んでいましたが、十年後の2013年は百二十周年ということで復刊含め展開されていましたね。
購入した「仮面舞踏会」は通常カバーでした。ちょっと残念。

横溝正史の本は、地元の図書館に角川文庫が揃っておりまして、小中学生の頃ほとんどすべて読みつくしているはずなのですが、例によって覚えていません。
今回読み返して、かなり強烈な話なので、どうして覚えていないのだろう? と不思議に思うくらいなにひとつ覚えていません。

登場人物が多いせいか、導入部分はちょっとモタモタした印象で、そこそこの厚さの本(597ページ)なのでこの調子だとつらいな、と思っていましたが、途中からちゃんと勢いがつきました。
「チャーリー・チャン最後の事件」を思わせるのって、元夫がいっぱいいるという設定くらいだなあ、と思いつつ読んでいたところ、読了してみればニヤリとできる箇所があって楽しい。

ミステリ的には結構大胆な仕掛け(トリックという感じではないと思います)を使っていまして、「チャーリー・チャン最後の事件」感想で触れた横溝正史の別の作品も連想して、またもニヤリ。

しかし、この作品の金田一耕助って真相にはたどり着きますが、あんまり推理した感じがしないですね。
真相解明シーンでも
「ここが金田一耕助の論拠の薄弱なところだったが」(563ページ)とか
「ここがまた金田一耕助の論拠の薄弱なところである。」(569ページ)とか、
「金田一耕助の説明はますます苦しくなってくる。これからかれの述べるところはいささか牽強附会に過ぎるようだが、しかし、金田一耕助はそれ以外に説明するすべをしらなかった」(569ページ)
とか書かれちゃう始末ですからね。
謎を解いた、というよりは、謎が(勝手に)解けた、という感じ──それが不自然でないようにストーリーが展開します。

このように謎解きとしては弱いところがあるうえに、話自体がとても強烈なので賛否は分かれそうです。
長い話とはいえ、肝心かなめの犯人像の書き込みが薄く感じられるのも弱点かなと感じます。
とはいえ、大胆な仕掛けを支える細かな人物の出し入れはさすがという感じがしますし(物語の前半部分で物語的には面白くても不要じゃないかなと思えた人物が後段できちんと活かされたり、金田一耕助がそれぞれの登場人物とかかわりあうタイミングが事情聴取のそれも含めいい塩梅だったり)、いいではないですか、こういうの。
ここまで完璧に忘れちゃっているのなら、横溝正史の傑作群を読み返すのもいいな、と思えてきました←いや、だから積読が嵩んでいるんだから、それどころじゃないでしょ、と自らにつっこみつつ。


<蛇足1>
「じぶんの書斎にはいった。そこは忠煕がデン(洞窟)と称しているところで」(41ページ)
マンションの広告などで間取りに DEN というのがあるので、それのことだな、と思って読んでいたところ、
「そこは飛鳥忠煕のいわゆる den 、すなわち洞窟である。」(268ページ)
と後にあり、まさに。

<蛇足2>
「若いころエジプトとウルで発掘に従事したこの元貴族は、ちがごろまた古代オリエントの楔形(せっけい)文字や、スメールの粘土板タブレットに、ひそかな情熱をかきたてられているらしい。」(20ページ)
ウルというのにピンと来なかったのですが、古代メソポタミア南部にあった古代都市で、いまのイラクにあるようですね。
あと楔形文字に ”せっけい” とルビが振ってあります。学校では "くさびがた"と習いましたが、音読みもするのですね。

<蛇足3>
「 早大野球部のグラウンドのとなりに、ドッグ・ハウスの林立している空地があった。」(79ページ)
犬小屋?? と思いましたが、キャンプ場にある簡素な建物をドッグ・ハウスと呼んでいたのですね。

<蛇足4>
「いまにして思えばあのとき電話に出ておけば、もっと取りとめたことが聞けたかもしれないと思ってるんですがね」(138ページ)
”取りとめない” と否定形ではよく使いますが、肯定形で使った例はあまり見ないですね.....

<蛇足5>
「それは警部さんチャクイですね」(386ページ)
金田一耕助のセリフですが、”ちゃくい” がわかりませんでした(前後から見当はつくのですが)。
「狡猾(こうかつ)である。ずるい。こすい。」というあたりの意味らしいです。

<蛇足6>
「ぼくは兄さんみたいに極楽トンボじゃありませんからね。根がセンシブルにできている」(407ページ)
”sensible” は ”分別ある、思慮深い” という意味で、これでも前後の意味は通らなくもないのですが、ここは "sensitive" (神経質な、ナイーブな) のほうがしっくりする気がしますね。

<蛇足7>
「ぼくがこのからだで六条御息所みたいに生霊になって、ヒュードロドロと現れたら、みんなさぞ驚くだろうな」(414ページ)
”みやすみどころ” と読むのだと思っていたら ”みやすんどころ” とルビが振ってありました。
”みやすみどころ” でもまちがいではないようですが、”みやすんどころ” のほうが一般的なようです。”みやすみどころ” とならった気がするんですけどね。
漢字変換でも ”みやすんどころ” だとすっと "御息所" が出てきますが、”みやすみどころ” では出てこないですね。

<蛇足8>
「それが怖うございますわね。」(462ページ)
「怖う」って何と読むのだろう?と止まってしまいました。
怖いの活用・音便だと思いますが、”こおう” と読むようです。いま使っても通じないかも。





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償いの椅子 [日本の作家 さ行]


償いの椅子 (角川文庫)

償いの椅子 (角川文庫)

  • 作者: 沢木 冬吾
  • 出版社/メーカー: 角川書店
  • 発売日: 2006/10/25
  • メディア: 文庫

<カバー裏あらすじ>
五年前、脊髄に銃弾を受けて能見は足の自由を失い、そして同時に、親代わりと慕っていた秋葉をも失った。車椅子に頼る身になった能見は、復讐のため、かつての仲間達の前に姿を現した。刑事、公安、協力者たち。複雑に絡み合う組織の中で、能見たちを陥れたのは誰なのか? そしてその能見の五年間を調べる桜田もまた、公安不適格者として、いつしか陰の組織に組み込まれていた。彼らの壮絶な戦いの結末は…?


2023年10月に読んだ4冊目の本。
沢木冬吾の「償いの椅子」 (角川文庫)

沢木冬吾といえば、第三回新潮ミステリー倶楽部賞高見浩特別賞を、「愛こそすべて、と愚か者は言った」 (角川文庫)という、タイトルを見ただけで読む気をなくしそうな作品で受賞しデビューした作家です──といいつつ、読んでいます。
「愛こそすべて、と愚か者は言った」は、至極まっとうなハードボイルド、活劇シーン付きの普通のハードボイルドでした。
この「償いの椅子」も同じ路線。銃撃戦付き。
主人公格の能見が車椅子を使うことも含めて、一つの定型どおりの作品になっており、そこが長所でもあり短所でもあり、という形。

能見は5年間の潜伏生活(?) のあと、車椅子で登場するのですが、本当に車椅子を必要としているのか(偽装なのか?)、慕っていた秋葉は死んでいたとされているが本当は生きているのか?、突然現れた能見の狙いは何なのか?、種々明かされないまま物語は進んでいくのが大きなポイントとなっており、その点で引用したカバー裏のあらすじは、この趣向を無視したかたちでよくないですね。
視点が能見でも、肝心の部分は明かされないまま進んでいきます。
能見のパートは、もう一つ、能見の妹家族の様子が語られます。ろくでもない義弟。義弟に虐待される姪と甥。

同時並行的に財団法人薬物乱用防止啓蒙センターに派遣されている刑事たちの物語が語られます。
秋葉、能見は、このセンターにいた有働警視と協力もしていた。
捜査対象組織が仕掛け、有働、秋葉は命を落とし、能見も車椅子生活を余儀なくされる状態になった、と。
こちらのセンターでも、不正を働くものと、5年間の能見の動きを探れと指示されるものと、さまざまな登場人物の思惑が入り乱れるかたちとなっています。

いろいろな要素を詰め込んだ欲張りな構成になっていて、それらがクライマックスの銃撃戦へ向け収斂していく、という風になっていると素晴らしかったのですが、残念ながらそうはなっておらず、絞り切れなかった要素があちこちに。

あまりにも多くのことをぼかしたまま話を進めようとしたことで、なにより肝心かなめの能見の人物像をいまひとつ把握しきれなかったのが残念。
物語構成上の必要からかと思われるのだけれど、視点が変わってしまうことが主因で、隠すこと明かしておくことをもっと整理しておいてほしかったところ。作風的にサプライズを狙ったわけではなさそうなので、なおさら。
登場人物たちを疑心暗鬼に陥らせるために、読者を五里霧中にしておく必要はないのですから。

と大きな指摘をしたものの、話自体は面白く読めました(なんだかんだでこういう話、嫌いじゃないんです)。
日本で銃撃戦というのもなかなか難しいのですが、きちんとイメージできました。それだけでも立派だと思います。
こういう作風は日本では最近少なくなっているように思いますので、続けてもらいたいです。





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チャーリー・チャン最後の事件 [海外の作家 は行]


チャーリー・チャン最後の事件

チャーリー・チャン最後の事件

  • 出版社/メーカー: 論創社
  • 発売日: 2008/11/01
  • メディア: 単行本


<カバー袖あらすじ>
サンフランシスコの屋敷で、オペラ歌手である美しい女性と四人の男が一堂に会した。
四人の男は全員がその女性の別れた夫。
それぞれの思惑が交錯するなか、突然その女性が殺害される。
ある調査で屋敷に招かれていたホノルル警察のチャーリー・チャン警視が捜査にあたる。
愛憎入り乱れる事件の鍵を握っているのは誰か。
中国系アメリカ人チャーリー・チャン最後の事件、ついに邦訳。


2023年10月に読んだ3冊目の本です。
E・D・ビガーズの「チャーリー・チャン最後の事件」
単行本です。論創海外ミステリ82。

「鍵のない家」 (論創海外ミステリ)(感想ページはこちら
「黒い駱駝」 (論創海外ミステリ)(感想ページはこちら
とE・D・ビガーズを読んできて、現在手に入る最後の作品ということで、手に取りました。

お屋敷で殺人事件が起こるという、きわめて古典的な物語なのですが、複数の趣向をぶち込んでいることに驚きます。
平凡な邦題(失礼)にしては、読みどころの多い作品のように思いました。
ちなみに原題は "Keeper of the Keys" で、特に最後の事件を匂わせるようなものではありません。
原題はいろいろと含蓄深いタイトルなので、邦題もこれに倣ってもらった方がよかった気がします。

帯に「横溝正史も愛読した幻の作品」とあり、浜田知明による解説でも「横溝正史読本」 (角川文庫)を引き合いにしつつ、「仮面舞踏会」 (角川文庫)に触れられているのが、とても興味深い。
「仮面舞踏会」は印象に残っていないので、買って再読してみようかな?

横溝正史も愛読したということでは、この「チャーリー・チャン最後の事件」に盛り込まれている趣向の一つで、上で触れられている「仮面舞踏会」とは違う横溝正史の某作を連想しました。
同じ趣向とはちょっと違う(大きく違う?)のですが、連想してニヤリとしてしまったのは事実です。

チャーリー・チャンが中国人というのがこのシリーズの大きなポイントですが、この作品にはもうひとり、お屋敷の召使い(執事? 登場人物表では老僕と書かれています)であるシンが出てきまして、対比されるあたりがすごく印象深いです。

チャーリー・チャンが探偵役を務めるこのシリーズは、ノックスの探偵小説十戒の一項目
「主要人物として『中国人』を登場させてはならない。」
に抵触するのが大前提なわけですが、読んでいただくとすぐにわかるように、このシンは単なる召使いというにはとどまらない動きを見せまして、
本格ミステリンに関するもう一つの掟、ヴァン・ダインの二十則の一項目
「端役の使用人等を犯人にするのは安易な解決策である。その程度の人物が犯す犯罪ならわざわざ本に書くほどの事はない。」
というのも破ってしまおうとしているのか!? と楽しくなってしまいました。

ただ、確認したところ、ロナルド・ノックスが探偵小説十戒を書いたのは、1928年に編纂・刊行したアンソロジー "THE BEST DETECTIVE STORIES OF THE YEAR 1928" (ヘンリー・ハリントンと共編)の序文とのことなので、チャーリー・チャンのデビュー作である「鍵のない家」(1925年)よりも後ですし、ヴァン・ダインの二十則は「American Magazine」誌1928年9月号に掲載され、1936年刊行の短編集("Philo Vance investigates")に収録されたということなので、ちょっと上の見立ては微妙ですね。





<蛇足1>
「しかもメイドはこの話を打ち明けたときに言った。そこに真実の輪があることを認めるべきだと。」(38ページ)
真実の輪って、何でしょうね?

<蛇足2>
「彼女がみなさんのいずれかに、意識してその子どものことを話したとは思えません。しかし──こういう秘密は時として偶然に発覚するものです。」(38ページ)
話している相手なのですから「いずれか」ではなく「誰か」あるいは「どなたか」とすべきところかと思います。
また「意識して」という部分も日本語として少々不自然です。訳しにくい箇所だとは思いますが、「話そうとして」「伝えようとして」あたりの感覚で話していると思います。

<蛇足3>
こちらの読み落としかもしれませんが備忘として書いておきます。
「でもスワンに関しては──彼の容貌には私も感心できません。彼はランディーニを殺したでしょうか?」(113ページ)
突然外見の話になりびっくりしました。
ここで話題になっているスワンという人物は嫌な奴に設定されており、そういう描写やシーンは何度か出てきていて、その点を登場人物の誰が指摘しても不思議ではないのですが、外見には触れられていなかったように思います。
原語が気になるところです。

<蛇足4>
「手掛かりなら山ほどあります。大安売りできるほどに」彼は何やら思いにふけりながら続けた。「もし私が原告で、この事件を告訴するように求められたら、苦々しい顔で言うでしょう。あまりに手掛かりが多すぎると。しかもそれは、同時にあらゆる方向を指しています」(124ページ)
刑事事件で原告とは? また告訴というのもここでは非常に落ち着きが悪い語ですね。

<蛇足5>
「『ひと晩の徹夜は、十日間の不調のもとといいます』とチャンは微笑んだ。」(132ページ)
こういう言い回しがあるのですね。なかなか含蓄深いです。
反対側の133ページにも、独特の言い回しが出てきます。
「先のことに関しては──川に行き着いたときが靴を脱ぐときなのです」(133ページ)
こちらはおぼろに意味の見当がつきます。

<蛇足6>
「『父には今朝、事件のこれまでの経過をすっかり話してあります』
『みごとな行動です』チャーリーは感心してうなずいた。」(141ぺージ)
感覚の違いにすぎないのですが、「話した」という事実を「行動」と受けるのに違和感を覚えました。

<蛇足7>
「リンゴの花はダンプリング(リンゴ入り蒸し団子のようなデザート菓子)よりはるかに美しいのです」(291ページ)
英語でダンプリングというと、餃子(あるいはそれに似たような料理)を連想してしまったのですが、お菓子もあるのですね。

<蛇足8>
「疑われたくなければ、スモモの木の下で帽子に手を伸ばして整えてはいけないといいます。」(297ページ)
日本では通常「李下に冠を正さず」とされている故事成語ですね。

<蛇足9>
「たとえ黄金のベッドでも病に苦しむ人を癒すことはできません。すぐれた礼節も、すぐれた人間を生むことはできないのです。」(347ページ)
ベッドのたとえはとても面白く感じましたが、後段とのつながりが今一つピンときませんでした。



原題:Keeper of the Keys
作者:E.D. Biggers
刊行:1932年
翻訳:文月なな




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月輪先生の犯罪捜査学教室 [日本の作家 岡田秀文]


月輪先生の犯罪捜査学教室 (光文社文庫)

月輪先生の犯罪捜査学教室 (光文社文庫)

  • 作者: 秀文, 岡田
  • 出版社/メーカー: 光文社
  • 発売日: 2019/08/08
  • メディア: 文庫

<カバー裏あらすじ>
泣く子も黙る東京帝大に、一風変わった講座が開講された。実際に起きた未解決事件を題材に、実地の推理を繰り広げる趣向だという。担当教官は、有名事件を次々と解決に導いた探偵・月輪龍太郎。集まったのは個性的な三人の学生たち。初々しい探偵の卵らは、四つの難事件を解くことができるか? 明治期の帝都東京を舞台にした、奇妙にしてスリリングな推理合戦。


2023年10月に読んだ2冊目の本です。
岡田秀文の「月輪先生の犯罪捜査学教室」 (光文社文庫)

「伊藤博文邸の怪事件」 (光文社文庫)(感想ページはこちら
「黒龍荘の惨劇」 (光文社文庫)(感想ページはこちら
「海妖丸事件」 (光文社文庫)(感想ページはこちら
に続く月輪シリーズの第四作にして、初の短編集。

「月輪先生と高楼閣の失踪」
「月輪先生と『湖畔の女』事件」
「月輪先生と異人館の怪談」
「月輪先生と舞踏会の密室」
以上4編収録です。

タイトルからして、ヘンリ・セシル「メルトン先生の犯罪学演習」 (創元推理文庫)を踏まえたもの──というわけではありません。
あちらは教授が頭をぶつけてしまって、到底法学の授業とは思えない話を始めてしまうというユーモアものでしたが、こちらはまじめな犯罪捜査学──実際に事件を解決しようというのですから。
東京帝大に月輪が講師となって講座が開講される、ということ自体があり得なさそうですが、伊藤博文と縁があるというのがこういうところでも効果を発揮したのかもしれません。

学生3人の知恵比べというフォーマットなので、必然的に多重解決の趣向と重なるのがとても楽しい。
事件も、高層ビル(?) からの人間消失、子どもの誘拐、洋館の幽霊騒ぎ、そして舞踏会での暗殺騒ぎ、とバラエティに富んでいます。

いずれも手堅く作られている印象で、岡田秀文らしく、もっともっとトリックに無茶をしてほしかった気もしますが、それをするには多重解決というのが足かせになってしまったのかもしれませんね。
ラストをみると続編が可能なかたちになっていますので、ぜひ続きをお願いしたいです。


<蛇足1>
「鯛も良いけど、包丁さばきと盛り付けがなお素晴らしい。これはお浜ちゃんが料ったのかい」(165ページ)
”料る” というのは初めて目にする表現でしたが、料理をすることをこういうのですね。


<蛇足2>
「並んで座っていた給仕たちは、居心地悪そうに身じろぎをし、互いの顔色をうかがった。事件との関係を否定するように、誰もが途方に暮れ、意味がわからないといった表情をつくろっている。」(332ページ)
ネタばれにつき伏字にしておきます、
「表情をつくろっている」と「つくろう」という表現がされていますので、事件と関係しているということを意味します。全員が「つくろってい」たように読めます。
しかし「給仕たち」全員が事件と関係しているわけではないのでこの文章は不正確ですね。





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シャーロック・ホームズの回想 [海外の作家 コナン・ドイル]


シャーロック・ホームズの回想 新訳シャーロック・ホームズ全集 (光文社文庫)

シャーロック・ホームズの回想 新訳シャーロック・ホームズ全集 (光文社文庫)

  • 作者: アーサー・コナン・ドイル
  • 出版社/メーカー: 光文社
  • 発売日: 2006/04/12
  • メディア: 文庫

<カバー裏あらすじ>
大レースの本命馬が失踪、その調教師の死体も発見されて英国中が大騒ぎとなる「名馬シルヴァー・ブレイズ」。そのほか、ホームズが探偵になろうと決心した若き日の事件「グロリア・スコット号」、兄マイクロフトが初めて登場する「ギリシャ語通訳」、宿敵モリアーティ教授と対決する「最後の事件」まで、雑誌掲載で大人気を得た12編を収録した第2短編集。


2023年10月に読んだ最初の本です。
ホームズ物を大人物で読み直している第4弾で、「シャーロック・ホームズの回想」 (光文社文庫)

「名馬シルヴァー・ブレイズ」
「ボール箱」
「黄色い顔」
「株式仲買店員」
「グロリア・スコット号」
「マスグレイヴ家の儀式書」
「ライゲイトの大地主」
「背中の曲がった男」
「入院患者」
「ギリシャ語通訳」
「海軍条約文書」
「最後の事件」
以上12編収録。

驚くほど覚えていなかった......(笑) まるで初読状態でした。
ミステリとしてみた場合、事件そのものは地味なものが多い(「シャーロック・ホームズの冒険」(光文社文庫)(感想ページはこちら)と比べてみれば言いたいことがおわかりいただけるかと)のですが、シリーズの重要な登場人物が出て来たり、あるいはとても印象的なセリフが出て来たり、と楽しみどころが多かった印象です。

巻頭の第1話「名馬シルヴァー・ブレイズ」の
「あの夜の、犬の奇妙な行動に注意すべきです」
「あの夜、犬は何もしませんでしたが」
「それが奇妙なことなんです」(43ページ)
とか、いいですよねぇ。

また3作目の「黄色い顔」で、少々シャーロック・ホームズの推理が外れたのを受けて
「ワトスン、ぼくが自信過剰ぎみに思えたり、事件のために努力を惜しむように見えたりしたら、そっと『ノーベリ』と耳打ちしてくれないか。恩にきるよ」(128ページ)
というところも、フォロワーの多い台詞でとても印象的です。
(ただこの「黄色い顔」事件自体は、ホームズの推理もここまで反省するほどの外れ具合ではなかったように思うのですが)

あるいは「海軍条約文書」の
「あなたの今回の事件でいちばんの難点は、証拠がありすぎるということでした」「そのため、最も肝心なことが、どうでもいいことの陰に隠れてしまったのです。ですから、提示されたあらゆる事実のなかから本質的と思われるものだけを選び出し、それらを正しくつなぎ合わせて、この驚くべき一連のできごとを再構成しなければなりませんでした。」(440ページ)
というのも、その後あまたの推理作家が倣ってきた、多すぎる証拠という論点を提示してくれています。

名探偵像という観点でも、
「ワトスン、ぼくはね、謙遜を美徳だなどとは思っていないんだよ。論理を扱う人間だったら、ものごとはなんでも正確にありのままに見なければならない。必要以上にへりくだることは、大げさに見せるのと同じで、事実からはずれてしまうことになる。」(「ギリシャ語通訳」346ページ)
などは注目のセリフですね。

作品として印象深いのはなんといっても「最後の事件」でしょうね。
非常に高名な作品なので書いてしまいますが、ホームズを殺してしまうとは!
今回大人物で読み直して驚いたのは、この作品、ただただホームズを死なせる為だけに書かれているのですね。
事件らしい事件も、推理らしい推理もない。
さらに言えば、宿敵となる ”犯罪界のナポレオン” モリアーティ教授の起こした事件も、具体的には描かれません──まあ、黒幕ということでモリアーティ教授が直接手を下しているわけではないので仕方のないところかもしれませんが、終始思わせぶりなホームズの言葉だけなんですね。
よほどドイル先生はホームズのことを殺したくて仕方なかったのですね。
その後ホームズが復活することを知っているうえでの後知恵になりますが、死なせる方法としてライヘンバッハの滝を選んだのは素晴らしかったですね.......

前作「シャーロック・ホームズの冒険」を読んでから間が空いてしまったので、この次はもっと早めに読みたいと思います。



<蛇足1>
「ボンド街のマダム・ラスュアーという婦人服店から」(30ページ)
スュって、どう発音するのでしょうか?
原文を見てみたくなりました。

<蛇足2>
「きょうは金曜日だから、小包を発送したのは木曜の午前中だ」(70ページ)
この小包、ベルファスト(北アイルランド)からクロイドン(ロンドンの南部)に届けられたものなのですが、翌日に届いているとはこの頃からなんと優れた郵便事情だったのですね。
一般的にはサービスの質は日本対比劣るイギリスですが、そういえば、郵便サービスに関しては充実していたことを思い出しました。

<蛇足3>
「アクトン老人という、この州の勢力家のひとりの家に、この前の月曜日、泥棒が入ったんです。」(241ページ)
”勢力家” という語は見慣れない語だったのですが、意味はすぐにわかりました。
面白い表現だと思いました。

<蛇足4>
「なくなったものといえば、ポープ訳の『ホメロス』の端本が一冊と」(241ページ)
「端本」という語を知らなかったのですが、字面からイメージがつかめました。
”揃いのうちの一部分が欠けた(残りの)本”のことなんですね。

<蛇足5>
「その五分後には、わたしたちはリージェント・サーカスのほうに歩きだしていた。」(347ページ)
リージェント・サーカス? 聞いたことのない地名でした。
調べてみると、現在のピカデリー・サーカスあたりにあったようにも思えますが(
Piccadilly from Regent Circus to Hyde Park Corner)、まったく違う記述もあり(Unbuilt London: The Regent’s Circus)よくわかりませんでした。
物語の中身からすると、ピカデリー・サーカスあたりを指しているような気もしますが、ちょっとベイカー街からは遠いようにも思えます。

<蛇足6>
「それどころか、運動場で彼を追い回してクリケットの棒でむこうずねを引っぱたいたりするのが、わたしたちの最高に愉快な遊びだった。」(380ページ)
クリケットの棒? バットのことではないでしょうし、ウィケットのことでしょうか?

<蛇足7>
「きみの友人のホームズ氏をぼくのところまでお連れしていただけないでしょうか?」(381ページ)
敬語というのは難しいですが、「お連れしていただけないでしょうか?」に違和感を感じました。
「お連れする」というのがホームズに対する敬意を含む一方、いただけないかという部分はワトスンに対する敬意を表すもので、一つの分の中で敬意の向かう先が入り混じっているからかな、と思います。
そのすぐ後ろに
「ぜひあの方を連れてきてください。」
とあって、こちらは違和感ありません。

<蛇足8>
「先が彎曲した大きなレトルトがブンゼン灯の青みがかった炎を下から浴びて、激しく沸騰している。」(382ページ)
レトルトというのは、蒸留釜とも呼ばれる化学実験用具らしいです。ついレトルト食品を連想してしまいました。

<蛇足9>
「ホームズは、いったんそう心に決めると、まるでアメリカ・インディアンのよう無表情になるので」(419ページ)
インディアンって、こういうイメージだったのですね。
日本人なども無表情(表情に乏しい)と言われますが、似たような感じなのでしょうか?



原題:The memoirs of Sherlock Holmes
作者:Arthur Conan Doyle
刊行:1893年(原書刊行年は解説から)
訳者:日暮雅通





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