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ゴーグル男の怪 [日本の作家 島田荘司]


ゴーグル男の怪 (新潮文庫)

ゴーグル男の怪 (新潮文庫)

  • 作者: 荘司, 島田
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2018/02/28
  • メディア: 文庫

<カバー裏あらすじ>
煙草屋の老婆が殺された夜、ゴーグルで顔を隠した男が闇に消えた……。死体の下から見つかった黄色く塗られたピン札、現場に散乱する真新しい五十本の煙草。曖昧な目撃情報に怪しい容疑者が続出し、核燃料製造会社をめぐって奇怪な噂が。そしてついに《ゴーグル男》が出現した。巧緻な伏線と戦慄の事件が、ねじれ結ばれ混線する! この上なく残酷で、哀しい真相が心を揺さぶるミステリー。


2023年9月に読んだ10冊目の本です。
島田荘司の「ゴーグル男の怪」 (新潮文庫)

都下福来(ふっき)市のはずれの野々上町の煙草屋で店番をしていた高齢の女性が殺された事件。
釈然としない点の多い事件で、近くでは怪しいゴーグル男が目撃されていた。

この事件と並行して、野々上町にある核燃料製造会社で働く若い男の視点による回想が語られていきます。
この若い男のパートを読むのがつらかったですね。
中学生の頃に受けた繰り返される性的暴行、核燃料製造会社で起こった臨界事故とその波紋。

煙草屋の強盗殺人事件とこの若い男のパートがどう結びつくのかがミステリとしての興味をかきたてることになります。
結果的に、意外な、というよりは変わった結びつき方をしまして、物語、お話として、ある種抒情的なエンディングになっています。

この小説をミステリとしてみた場合はどうでしょうか?
煙草屋の事件に意外性がないことが残念ですし(紙幣のエピソードもちょっと陳腐です)、犯人を落とす決め手となるピース缶(念のため色を変えておきます)のくだりも、ちょっと決め手に欠けるように思います。
なにより気になるのが、若い男のパートの果たす役割でしょうか。
ぼかして書くにしてもネタバレになると思うので、ここも色を変えておきます。
この若い男のパートは全体として読者に対するミスディレクションという役割を担っているのですが、この内容をそういう風に使うことの是非が気になりました。 一方でこういう設定だからこその抒情的なエンディングなのですが、その点を踏まえてもなお、よりデリケートに扱うべき事柄のように思えてしまっています。
この点はエンターテイメントとして大きな問題で、後になればまったく違う意見になってしまうかもという気もしますが、現時点ではもやもやしています。

驚いたのは、解説であかされていることで、この抒情的なエンディングをもたらしている第40章が、文庫版で加筆されているということです。
部分的な加筆なのでしょうか? 単行本のときにはこの第40章はなかったのでしょうか? これがあるとないとでは、印象がまったく違ってくるように思えますので、とてもびっくりしました。



<蛇足1>
「その現代青年らしからぬ純情ぶりに、刑事は意外を感じた。」(262ページ)
意外を感じるという表現に違和感を覚えました。
こういう表現一般的でしょうか?

<蛇足2>
「これだけの美人だから無理もないが、ナルシスティックな傾向がある。」(332ページ)
英語からすると、ナルシストではなくナルシシストなので、ここもナルシシスティックとなるところですが、日本ではナルシストという言い方が広まっているのでこうされたのでしょうね。

<蛇足3>
「だけど、これはインチキで、銀行は金を貸しているわけじゃない、数字を書いたただの紙を渡しているだけだ。そして、銀行の金庫にはこれと同量の金が入っていると言っているんだけど、誰も確かめることはできない。」(363ページ)
ここは現在の制度が金本位制ではなく管理通貨制度であることを説明した箇所なのですが、銀行の金庫に金が入っているというのは、いつ、だれが言ったことでしょう? 金本位制でもこうはならないと思いますね。
作中人物のセリフなのでこの人物がそう思い込んでいればよい、ということかもしれませんが、間違った認識なので気になります。






タグ:島田荘司
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