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キッド・ピストルズの妄想 [日本の作家 山口雅也]


キッド・ピストルズの妄想: パンク=マザーグースの事件簿 (光文社文庫)

キッド・ピストルズの妄想: パンク=マザーグースの事件簿 (光文社文庫)

  • 作者: 雅也, 山口
  • 出版社/メーカー: 光文社
  • 発売日: 2018/11/08
  • メディア: 文庫

<カバー裏あらすじ>
塔から飛び降りた学者の死体が屋上で発見された!? 北村薫氏絶賛の「神なき塔」をはじめ、ノアの箱舟を模した船での密室殺人「ノアの最後の航海」、貴族庭園の宝探しゲームが死体発見に発展する「永劫の庭」など、妄想と奇妙な論理に彩られた三編を収録。名探偵が実在するパラレル英国を舞台に、パンク刑事キッド・ピストルズの推理が冴える中編集が改訂新版で登場!


2023年7月に読んだ4冊目の本です。
「キッド・ピストルズの冒瀆」 (光文社文庫)
「キッド・ピストルズの妄想」 (光文社文庫)
「キッド・ピストルズの慢心」 (光文社文庫)
「キッド・ピストルズの醜態」 (光文社文庫)
「キッド・ピストルズの最低の帰還」 (光文社文庫)
と続いているシリーズの第二作。共通して「パンク=マザーグースの事件簿」という副題がついています。
前作「キッド・ピストルズの冒瀆」 (光文社文庫)(感想ページはこちら
に続き単行本が出版されたときに買って読んでいますが、改訂版で読んでみようと再読。

「序に代えて──パラレル英国概説」で舞台の説明があったあとに、
『神なき塔』
「ノアの最後の航海」
「永劫の庭」
の3編収録

遠しタイトルが ”妄想”。この妄想という語は、作中に何度も出てきます。

「人はわけのわからない事件に出合うと、みな、狂人のやったことでしょう、で済ませてしまう。おいらが知りたいのはその先だ。狂気には狂気なりの筋の通った論理があるはずだ。これは犯人に限らんことだが、奇妙な現象を伴う事件には、必ずなんらかの形で、その事件に関わった者の<狂気の論理>──妄想が存在するはずなんだ。」(149ページ)
「真相を追及する側も、その途方もない妄想を共有する覚悟がなきゃならねえ。」(156ページ)

「人はみな、それぞれの世界、それぞれの現実に生きているからだ。」
「それぞれの世界はそれぞれの神が支配している。そして、その神に盲従する者を妄想家と呼ぶ。シドニーが言うように、俺たちは、死んだ二人が住んでいた世界──妄想に世界に目を向けなけりゃあ、事件に関わる動機を掴むことはできない。」

「人の奇矯な行動の裏には、必ずなんらかの理由が潜んでいる。その理由というのは、時に他人には理解しがたい妄想と映るかもしれないが、その人にとっては立派な独自の哲学になっている場合もある。世界は客観的に一つ存在するだけじゃないんだ。それぞれの人間がそれぞれの世界を抱えて生きているだ。だから、人の行動の謎を解くには、その人の世界──時には妄想さえも──を共有することからはじめなきゃあならないんだ」(444ページ)

3編いずれも、不可能犯罪、あるいは不可思議な現象が起こり、その謎を解く物語になっているのですが、その怪現象を裏打ちするのは犯人の奇矯な論理=”妄想”。
そして、その ”妄想” を名探偵(=キッド・ピストルズ)が共有することによって、謎が解かれる。
名探偵の推理すら ”妄想” たらしめるために、周到にマザー・グースやアリスなどの意匠が配置されている印象を受けました。

犯人の論理は非常に独特なもので、普通に語ってしまったのでは、到底読者の理解を得られない。なんとか理解できたとしても、到底共感は得られない。
言い換えれば、通常の作品世界では成立しないミステリ世界ということになります。
それを(物語としての)説得力をもって読者に届けるために、犯人の ”妄想” に共鳴する名探偵の ”妄想” が導入され、それを支えるために、舞台となるパラレル英国とモチーフとなるマザー・グースが導入されている。
これを凝りすぎと呼ばずして、何と呼びましょう。
前作の感想の繰り返しになりますが、ミステリで凝りすぎというのは欠点ではなく美点。
とても楽しいシリーズです。


<蛇足1>
「すでに太陽が傾き、茜色に染まった空と鳩羽鼠色(ダウグレイ)の雲が幾重もの諧調を見せながら斑に交じり合う夕暮れ時。」(62ページ)
鳩羽鼠色のルビは、おそらくダヴグレイのタイポかと思われます。

<蛇足2>
「保党の経済政策からシーク教徒の特別な武具に至るまで、自在に語るコメンテーターとして、つとにマスコミには人気のある人物だったのである。」(203ページ)
ヘンリー・ブル博士の説明ですが、ここは保守党のタイポでしょうか?

<蛇足3>
「あの牙、唇を突き抜けて、怪我でもしてんの?」
「いや、ああいうものなのです」「バビルサ。偶蹄目イノシシ科、セレベス島に分布する珍種です。」(215ページ。セリフ部分のみ抜き書き)
バビルサって、昔聞いたことがある気がするのですが、すっかり忘れていました。思い出させてくれました。それにしても
「バビルサが……あたしに怯えていた」(242ページ)
とピンクが言うセリフがあるのですが、バビルサを怯えさせるピンク......(笑)。

<蛇足4>
「オランウータンが密室殺人だって? なんか……どこかで聞いたような話だが、あんなの口から改めてきくと、ほんとに、馬鹿ばかしいな……」(278ページ)
どこかで聞いたもなにも......偉大なる先達の作品ですよ(笑)。

<蛇足5>
「またぞろ密室なんてものにこだわり過ぎるからいけないんだ。ここまでくると妄想だぜ」(279ページ)
”妄想”が本書のキーワードですが、密室にこだわってしまう読者として反省いたしました(笑)。


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PLAY プレイ [日本の作家 山口雅也]


PLAY プレイ (講談社文庫)

PLAY プレイ (講談社文庫)

  • 作者: 山口 雅也
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2010/05/14
  • メディア: 文庫

<カバー裏あらすじ>
外科医が、愛するぬいぐるみたちと興じる、秘密の「ごっこ遊び」。怖ろしい罠が待ち受ける「ボード・ゲーム」。引き篭もりたちが、社会復帰のためにと熱中する「隠れ鬼」。自分の家族がそっくりそのまま登場する「RPG(ロールプレイング)ゲーム」。四つの奇妙な「遊び」をモチーフにした超絶技巧の、ミステリ・ホラー短編集。


5月に読んだ3冊目の本です。
山口雅也「PLAY プレイ」 (講談社文庫)
「遊び」をモチーフにした4編収録の短編集で、上で引用したあらすじで簡単に各話が紹介されています。

「ぬいのファミリー」のモチーフはぬいぐるみ。
大のおとながと言われそうですが、ぬいぐるみに入れ込んでいる外科のエースと家族の話。
4編の中ではおとなし目で導入部という感じなのでしょうが、そこは山口雅也、細かなところまで作りこまれています。

「蛇と梯子」はボード・ゲーム。
インドを舞台にすごろく型のボードゲームに取り込まれていく駐在員家族を描いています。
単純に見えて、重層的な構造をもった物語になっています。

「黄昏時に鬼たちは」は隠れ鬼。
ハンドルネームで呼び合うネットサークルが繰り広げる隠れ鬼のゲーム中に殺人事件が起きます。
ホラーより、ミステリの色彩ですね。
日本の某作(リンクを貼っていますがネタバレになりますのでお気をつけください)と同様のアイデアがより洗練された形で提示されていてびっくりしました。おすすめです。

「ホーム・スウィート・殺人(ホミサイド)」はヴィデオ・ゲーム。
タイトル「ホーム・スウィート・殺人(ホミサイド)」から、クレイグ・ライスの「スイート・ホーム殺人事件」(ハヤカワ・ミステリ文庫)(原題が Home Sweet Homicide )を思い起こしたのですが、作風は全く違います。
スナッフ・フィルムならぬスナッフ・ゲーム。スナッフ・ゲームとは「刺激的な殺人ゲームをごく個人的なものに──つまり、自分の周囲の知り合いをゲームのキャラクターに仕立てて、殺しを楽しめるようにした」(278ぺページ)もの、と説明されます。こういう設定なので、現実と架空の世界の境界線がぼやけていく展開となります。

強弱あれど、いずれも山口雅也の技巧がさえわたる作品ばかりでした。
素晴らしい。
積読が長すぎて、品切れ状態になっているようですが、どこかから復刊されるべき名作だと思います。


<蛇足>
「実際の殺人現場を見たい人に、わざわざポリゴンに仕立てたもの見せたってしょうがないじゃないの」(277ページ)
スナッフ・フィルムの話題でポリゴン?? まさかここでポケモンのわけないし....
とトンチンカンなことを思って調べてみたら、polygon は多角形という意味で「多角形を多数使って立体物の形状を近似する手法」を指すのですね。なるほど。





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キッド・ピストルズの冒瀆 [日本の作家 山口雅也]


キッド・ピストルズの冒瀆 パンク=マザーグースの事件簿 (光文社文庫)

キッド・ピストルズの冒瀆 パンク=マザーグースの事件簿 (光文社文庫)

  • 作者: 山口 雅也
  • 出版社/メーカー: 光文社
  • 発売日: 2018/09/11
  • メディア: 文庫

<カバー裏あらすじ>
五十年間、家から一歩も出なかった老婆はいかにして毒殺された? 動物園園長が残した死に際の伝言の意味は? 他にも有栖川有栖氏絶賛のシリーズ中の白眉「曲がった犯罪」、レゲエ・バンドの見立て殺人「パンキー・レゲエ殺人」を収録。名探偵が実在するパラレル英国を舞台に、パンク刑事キッド・ピストルズの推理が冴える第一短編集が改訂新版で登場!


2022年9月に読んだ8冊目の本です。
「キッド・ピストルズの冒瀆」 (光文社文庫)
「キッド・ピストルズの妄想」 (光文社文庫)
「キッド・ピストルズの慢心」 (光文社文庫)
「キッド・ピストルズの醜態」 (光文社文庫)
「キッド・ピストルズの最低の帰還」 (光文社文庫)
と続いているシリーズの第一作。共通して「パンク=マザーグースの事件簿」という副題がついています。
単行本が出版されたときに買って読んでいますが、シリーズを通して読んでみようと再読。

「序に代えて──パラレル英国概説」で舞台の説明があったあとに、
『「むしゃむしゃごくごく」殺人事件』
「カバは忘れない」
「曲がった犯罪」
「パンキー・レゲエ殺人」
の4編収録

これはじめて読んだときも勘違いし、今回もわかっていたはずなのに勘違いして読み始めました。
それは、「生ける屍の死」(上) (下) (光文社文庫)(感想ページはこちら)と世界が共通しているという勘違い。
「生ける屍の死」がパンク青年グリンが主人公で、このキッド・ピストルズはパンク刑事と、共通点は ”パンク” だけ(笑)。
あれ? 死者は蘇らないんだ、なんて感想を二度も抱いたなんて恥ずかしい。

とはいえ、このシリーズはパラレルワールドの英国であり、いまわれわれが住んでいるのとは違う世界。探偵士が警察とは別に存在し、警察は《探偵士協会》の下部組織、という世界観。
死者は蘇らなくとも、これはこれで趣深い世界が築き上げられています。

『「むしゃむしゃごくごく」殺人事件』は、世捨て人のように人を寄せ付けず家に閉じこもっていた巨食症(ってあるのでしょうか?)の元美貌の女優が毒殺された事件。マザーグースから別のモチーフがすっと浮かび上がるところが見事です。
おみくじクッキーが出てきますが、これAKB48のおかげで、フォーチュン・クッキーという名称が定着しましたね。
探偵士はシャーロック・ホームズ・ジュニア。

「カバは忘れない」は、動物園の延長がカバとともに殺された事件。ザイールからきたという秘書と連れてこられた呪術師が花を添えます(?)。ダイイング・メッセージにひねりが加えられているのがミソ。これは史上初の使い方ではないでしょうか?

「曲がった犯罪」は、「曲がった男がおりまして」で始まるマザー・グースをモチーフに、現代アート(と呼んでいいのでしょうか? 前衛というのか、尖りすぎて一般人の理解を超えているものです)の芸術論を背景にした殺人事件が描かれます。歌に則った一連の手がかり(猫やコイン)がすごい。
S・S・フォン・ダークというペンネームで『《にやにや笑い(グリン)》殺人事件』とか『蔵相殺人事件』を書いたという美術評論家ウィラード・カールトン・ライトが笑わせてくれます。

「パンキー・レゲエ殺人」は、「そして誰もいなくなった」 (クリスティー文庫)のあのマザー・グースが使われています。この使い方がナイス!
探偵士は、シャーロック・ホームズ・ジュニアに代わって、ヘンリー・ブル博士。密室講義もしてくれます。ラストの決着のつけ方も、フェル博士の案件に似たようなのがあった気がするのですが、思い出せません。(ポワロにもあった気がしますが)

少々凝りすぎの感もある作品集ですが、ミステリで凝りすぎというのは欠点ではなく美点。
とても楽しいシリーズです。


<蛇足1>
「あたしが子供の頃、セント・メアリ・ミードのおばあちゃんから聞いたマザーグースの唄。」(128ページ)
セント・メアリ・ミード!
このシリーズにいつかミス・マープル風の人物が出てくるのでしょうか?

<蛇足2>
「三人で動物がいっぱいいる中で見張ってて、狩りをしてるみたいでしょ。」
「夜どおしひと晩 狩をして」(どちらも128ページ)
どちらも名詞ですが、かたや「狩り」かたや「狩」。
2番目の方は童謡の歌詞ということなので、字配りが違うのかもしれまえんね。

<蛇足3>
「ルネサンス以降、いや、遠く古(いにしえ)のギリシアの頃からつい最近まで、ヨーロッパの人体彫刻は等身大を避けてきた。なぜなら、カソリックの考え方でいけば、神が人間を創ったわけで、その人間が人間そっくりなものを創るというのは、創造主に対する冒瀆になってしまうからだ。」(227ページ)
なるほど。そうだったのですね。

<蛇足4>
「パリ警察の著名な捜査官がある犯罪捜査のためにこの国へ渡ってきて、こんな言葉を残している──『犯人は創造的な芸術家だが、探偵は批評家にすぎぬ」とね」
「その科白、ギュスターヴ・フローベールからのいただきじゃないのか?」と、ライトが批評家らしく注釈を加えた。「フローベール曰く──人は芸術家になれなかったときに批評家になる。兵士になれなかった者が密告者になるように」(254ページ)
作中でも触れられていますが、一つ目のセリフは、ブラウン神父の中に出てくるセリフですね。(一つ目のところの二重括弧が通常のカギ括弧で閉じられているのは誤植でしょうね)
フローベール起源説については注釈も付け加えられています。おもしろい。




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生ける屍の死 [日本の作家 山口雅也]


生ける屍の死(上) (光文社文庫)生ける屍の死(下) (光文社文庫)

生ける屍の死(上) (光文社文庫)
生ける屍の死(下) (光文社文庫)

  • 作者: 雅也, 山口
  • 出版社/メーカー: 光文社
  • 発売日: 2018/06/12
  • メディア: 文庫

<カバー裏あらすじ>
アメリカはニューイングランド地方の田舎町、トゥームズヴィル。同地で霊園を経営するバーリイコーン一族では、家長のスマイリーが病床に臥しており、その遺産を巡って家中にただならぬ雰囲気が漂っていた。一方その頃、アメリカの各地で、不可解な死者の甦り現象が起きていたのだが──日本ミステリ史を代表する革新的な名作が、全面改稿により今鮮やかに甦る! <上巻>
遺産騒動の最中、命を落としてしまったパンク青年のグリン。折しも、死者の甦り現象がアメリカの各地で発生し、彼もまたリヴィング・デッドとして甦ってしまう。霊園を経営する一族に巻き起こる連続殺人。その真相を、自らの死を隠したまま、グリンは追うのだが──。被害者、容疑者、探偵が次々に甦る前代未聞の傑作ミステリ。全面改稿により今鮮やかに甦る! <下巻>


2月に読んだ2作目の本です。
この「生ける屍の死」 (上) (下) (光文社文庫)は再読ですね。
「鮎川哲也と十三の謎」という叢書が東京創元社から1988年から1989年にかけて出版されまして、そのうちの1冊でした。
そのときに読んで衝撃を受けたことを覚えています。
ただ、あまりに印象が強くて(なにしろ死者が甦る世界で起こる殺人事件ですから)読み返すことがなかったんです。
その後創元推理文庫で文庫化された以降は、布教活動のために買って人に渡したりしていましたが(笑)、自分で読むことはなく。
2018年に全面改稿の上光文社文庫から出たので、あらためて読んでみよう、と。

この作品「このミステリーがすごい! 1989年版」の時点では第8位だったのですが、
「このミステリーがすごい!〈’98年版〉」で行われた10周年ベスト・オブ・ベスト(1997年版までの9年間のランキングでベスト20に入った作品が対象)では、第1位、
20周年ベスト・オブ・ベスト(2008年版までの20年間のランキングでベスト20に入った作品が対象)では第2位、
「このミステリーがすごい! 2019年版」で行われたキング・オブ・キングス(2018年版までの30年間のランキングで1位を獲得した作品が対象)では第1位
と堂々たる戦績(?) です。

さて再読した結果ですが、まず「印象が強くて読み返さなかった」くせに、ほとんど覚えていなかったことに衝撃を受けました。
甦った死者が
「すまん、ちょっと、死んでたんでな、全然聞いていなかった」(下巻283ページ)
というシーンは覚えていましたけど(笑)。

「長たらしい登場人物表と家系図、舞台となる霊園の見取り図を皮切りに、死に瀕した一族の長と遺産をめぐる家族の腹の探り合い、暴走する棺桶列車、晩餐会での毒殺、殺人予告状、密室、アイルランド古謡の見立て殺人、死体消失、ヴィデオ・テープに映った鬼ごっこ、地獄行きのカーチェイス、犯行現場に残された指紋、変装と人間入れ替わりの可能性、屋根裏部屋の手記、双子の兄弟、伝説のサイコ殺人鬼、等々、等々。」と、創元推理文庫版にある法月綸太郎の解説にある通り、贅沢極まりないこれぞミステリです。
ただ、これらが起こる世界は、死者が甦る世界。

「特殊設定ミステリはここから始まった!」
と上巻の帯に書いてあるのですが、死者が甦る世界が周到に用意されています。
今回読み返して驚いたことに、なかなか事件が起こらない、というのがありました。
死者が甦る世界の状況や死とは何かという考察、舞台となるニューイングランド地方の田舎町トゥームズヴィルやバーリイコーン一族の物語がじっくり書き込まれています。
なにより探偵役をつとめるグリン自身が生ける屍と化すことで、この設定は強化されます。
ちょっと(事件が起きるまでが)長すぎるかも、と読みながら思いましたが、強固な世界が築き上げられているからこそ、後半の怒涛の展開が輝きを放ちます。
良質な特殊設定ミステリが持つべきポイントは、当然ながら、この「生ける屍の死」から始まっているのですね。

そしてもう一点良質な特殊設定ミステリが持つべきポイントが、この特殊設定だからこそ起こった事件であるということで、こちらも圧巻です。
なにしろ、殺しても被害者が甦ってくる世界ですから、殺すことの意味が変容してしまいます。
生者と死者(生ける屍)の思惑が入り乱れる複雑なプロットだというのに、謎が解かれてみると、意外とシンプルに思えるのは、この点がしっかりと骨太に構築されているからだと思います。

ベスト・オブ・ベスト、キング・オブ・キングスも納得の、大傑作だと思います。


<蛇足1>
「腕にはアメリカのゲイたちがよくしているコックリングがちゃらちゃらしているし、」(上巻23ページ)
コックリングってなんだろうと調べてしまいました。
昔読んだ時は、中身がわからないままなんとなく読み飛ばしていたのでしょうね。
しかし、コックリングって、腕にはめれるものなのでしょうか?

<蛇足2>
「IT関連企業や流通業者が野球チーム持つのと変わらしまへん。宣伝効果ちゅうことですわ。」(下巻109ページ)
単行本刊行時の1989年に "IT" という語はなかったようなぁ、と思って手元にあった創元推理文庫版を見たら、
「流通業者が野球チーム持つのと変わらしまへん。」(419ページ)
となっていまして、今回の改訂で盛り込まれたようですね。

<蛇足3>
「トレイシーは駄々っ子のように頭(かぶり)を振って拒絶した。」(283ページ)
「頭」にルビが振られていて、あれ? ”あたま”と読むんじゃないんだ、と気づき、そうだ、「かぶりを振る」の「かぶり」って「頭」と書くんだったなぁ、思いました。


<さらなる蛇足>
本文で触れた「鮎川哲也と十三の謎」という叢書では、鮎川哲也本人による「白樺荘事件」が刊行される予定でしたが、結局実現せず。没後、改稿前の「白の恐怖」が光文社文庫から刊行されました(感想ページはこちら)。
なので、「鮎川哲也と十三の謎」全部買っていたのですが、揃わずじまいとなってしまいました。
残念。
読みたかったなぁ、「白樺荘事件」。


せっかくなので、東京創元社版の書影も上げておきます。
生ける屍の死 (創元推理文庫)

生ける屍の死 (創元推理文庫)

  • 作者: 山口 雅也
  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 1996/02/25
  • メディア: 文庫






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垂里冴子のお見合いと推理 vol.3 [日本の作家 山口雅也]


垂里冴子のお見合いと推理 vol.3 (講談社文庫)

垂里冴子のお見合いと推理 vol.3 (講談社文庫)

  • 作者: 山口 雅也
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2013/08/09
  • メディア: 文庫

<カバー裏あらすじ>
垂里家最大の懸案事項。それは長女・冴子の結婚問題。小説家志望で毎日原稿ばかり書いている彼女に、次々と縁談が舞い込む。ところが、なぜかお見合いするたびに事件に巻き込まれて、謎を解くはめに――。本格ミステリーからエンターテインメントまで硬軟自在の名手、山口雅也の腕が冴えわたる連作小説!


2021年11月に読んだ3冊目の本です。
「垂里冴子のお見合いと推理」 (講談社文庫)
「続・垂里冴子のお見合いと推理」 (講談社文庫)
に続くシリーズ第3作。
いきおくれ(失礼)を回避すべくお見合いを繰り返す長女垂里冴子が、見合いのたびに事件に遭遇するというフォーマットのシリーズです。

第一部 見合い相手は水も滴る〇✕△?
第二部 神は寝ている猿
の二部構成の連作集です。

「見合い相手は水も滴る〇✕△?」の見合い場所が水族館という異色作(?)で、外交問題にも発展しかねない事件を冴子がお得意の推理で解決します。
ネックレスの行方は読者の想定範囲内ではないかと思うのですが、そこからのひねりがさすがです。

「神は寝ている猿」は、お見合い相手が!
解説ではあっさり明かされていますが、伏せておく方がいいような気がしますので、字の色を変えておきますが、お相手はトーキョー・サム!!。
ということで非常に感想が描きにくいので、1点だけ。
ダイイング・メッセージを扱っています。
ダイイング・メッセージは楽しいのですが、同時に難しい。
というのも、ダイイング・メッセージはまるで推理クイズみたいになってしまいがちなうえに、解釈もこじつけっぽいのが多いんですよね。
この作品は、中途半端に日本語をかじっている外国人を登場させたところがミソ。
ダイイング・メッセージが陥りやすい点を巧妙に緩和していて、さすが山口雅也。引用したあらすじにも「硬軟自在の名手」と書かれている通りでして、高品質の謎解きミステリを展開してくれています。

このあと、このシリーズは出ていないようですが、またどこかで垂里冴子には会えるんじゃないかなあ。会えることを期待しています。



<蛇足>
「ステージ端の若い男の司会者がMC(マイクセレモニー)を始めた。」(55ページ)
水族館を舞台にしたイベントのシーンですが、MCにマイクセレモニーとルビが振ってあります。
通常MCといえば、Master of Ceremony、つまり司会者のことですが、司会の行為そのものもこういう言い方でMCというのですね。










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ミステリーズ《完全版》 [日本の作家 山口雅也]


ミステリーズ《完全版》 (講談社文庫)

ミステリーズ《完全版》 (講談社文庫)

  • 作者: 山口 雅也
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 1998/07/15
  • メディア: 文庫


<裏表紙あらすじ>
密室殺人にとりつかれた男の心の闇、一場面に盛り込まれた連続どんでん返し、不思議な公開捜査番組、姿を見せない最後の客。人気の本格推理作家が明確な意図を持ってみずからの手で精密に組み上げた短編集。謎とトリックと推理の巧みな組み合わせが、人間の深奥にひそむ「ミステリー」を鮮やかに描き出す。


この文庫が出たのが1998年7月で、15年以上前です。
「このミステリーがすごい! 〈’95年版〉」第1位です。短編集が第1位になったのは、これが初めてだったと思います。
ちなみに、1994年週刊文春ミステリーベスト10 では第4位。
その後講談社ノベルスに収録されたときに、「《世界劇場》の鼓動」という作品が追加収録されました。音楽のアルバムにちなんで、ボーナストラック、と呼ばれていますね(作者あとがきにあたる「ノベルス版のためのLINER NOTE」には、作品配列も変えたと書かれています)。
なので、《完全版》。

実はこの本自体は、単行本(1994年)を買って読んでいます。

ミステリーズ

ミステリーズ

  • 作者: 山口 雅也
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 1994/09
  • メディア: 単行本

同じ絵を使っているのですが、雰囲気が違いますね。
ノベルス版で新たに収録された作品も読みたいな、と文庫化されたときに購入しておいたものです。
ただ、10作収録の短編集のうち9作までもが既読、ということもあってなかなか手に取らずにおりまして...それにしても15年とは積読にもほどがありますが。
なので各編の内容はすっかり忘れてしまっていて、そのおかげで(?) 新鮮な気持ちで楽しめました。

巻末に作者の「LINER NOTE」があって、各作の意図が説明されています。
それぞれが、拡がりのあるアイデアというか、各作品は作者のアイデアのショーケースのようなものとなっていて、それを発展させていくと新たなフィールドが開けるのだろうな、と感じさせてくれるようなものとなっています。
なので逆に言うと、そういう「あり得るかもしれない」拡がりを考えずに、それぞれの作品だけを取り出してしまうと、ちょっと食い足りないという感想になるかもしれません。

象徴的なのは、「解決ドミノ倒し」ではないでしょうか。
この作品は「一編の中にどれだけ連続したドンデン返しを盛り込めるかという技術的な挑戦」であると同時に「事件の解決シーンだけで小説を書いてしまおう」という挑戦に挑んだ作品なのですが、前提となる事件のありさまがわからない段階からのドンデン返しの連続、というものが、はたしてドンデン返しのカタルシスを与えてくれるものか。読者の思い込みをひっくり返してくれるところにドンデン返しの快感はあると思うのですが、「思い込み」のない段階でただひたすら二転三転していくというのが、ドンデン返しとして機能しているのか、非常におもしろいテーマを提出してくれていると思うので、個人的には楽しんで読みましたが、純粋にドンデン返しを期待する読者には肩すかしかもしれません。作中人物には意外な転換でも、読者は前提がないので、ああそうですか、という感じで置き去りだからです。
でも、作者山口雅也の言う通り、
「こうした技術的な挑戦は、ヒッチコックが自嘲して言うように『実に馬鹿ばかしい』と思う向きもあるだろうが、ミステリーの歴史は、ある意味で技術的挑戦の歴史でもある。そうしたことが最近、意外に軽んじられているのではないかと少々危惧している次第。」
ということなので、ちょっと「LINER NOTE」に感動してしまいました。

そういう意味で、非常にバラエティに富んだ作品集です。
巻頭に、Mysteries perfect edition と英語のタイトルが書かれていますが、日本語「ミステリーズ」は、複数形の Mysteries であると同時に、その所有格でもある Mysteries' でもあるのかもしれないなぁ、なんてふと考えました。




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チャット隠れ鬼 [日本の作家 山口雅也]


チャット隠れ鬼 (光文社文庫)

チャット隠れ鬼 (光文社文庫)

  • 作者: 山口 雅也
  • 出版社/メーカー: 光文社
  • 発売日: 2008/07/10
  • メディア: 文庫


<裏表紙あらすじ>
中学教師・祭戸は、学院長からサイバー・エンジェルの仕事を命じられた。子供たちを守るため、ネット犯罪を監視せよというのだ。嫌々引き受けた祭戸だが、チャットの面白さにどっぷり嵌ってゆく。そこで出会った一人が危険な小児性愛者で、少女たちを狙っていることに気づく! 近くで起こった小学生失踪事件との関わりは? 祭戸のスリリングな犯人捜しが始まる。

山口雅也といえば、なんといっても「生ける屍の死」 (創元推理文庫)の衝撃が忘れられませんが、個人的にはその後の作品ごとに波長が合ったり合わなかったりでした。山口雅也の本だ、というだけで、こちらが過剰な期待を持ってしまうのも、その原因の一つだと思います。
この作品は、タイトル通り、チャットを題材にしており、珍しく横組みで、チャットの画面が紙面に登場しますが、それを除けば普通のミステリです。
ネットの匿名性というか、別名で登場できるという特性は、逆にミステリに取り込むのが難しいように思います。Aさんと思っていたのが実はBさんでした、ということが簡単にできてしまうので、かえって驚きが少なくなってしまうようです。この作品も残念ながらその状況に陥ってしまっていて、犯人の意外性がかなり減ってしまっています。ここでもやはり、山口雅也だったらもっと仕掛けてくれるはず、もっと意外なことをしてくれるはず、と感じてしまいました。落ち着いて振り返ってみると、比較的薄い本なのに盛りだくさんで、十分手の込んだプロットになっているのですが...

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