ジョン・ディクスン・カーを読んだ男 [海外の作家 は行]
<カバー袖あらすじ>
巨匠J・D・カーに憧れ、自ら密室殺人を企てる青年。
クイーン顔負けの論理で謎を解く老人。
身に覚えのない手紙を受け取ったアメリカ在住のワトスン。
ユーモラスな結末の表題作をはじめ、「エラリー・クイーンを読んだ男」、「コナン・ドイルを読んだ男」等、ミステリへの深い愛情とあざやかな謎解き、溢れるユーモアで贈る〈~を読んだ~〉シリーズ全十一編。
付録として,チャールズ・ディケンズの愛読者が探偵として事件に挑む「うそつき」等三編を収録。EQMMの常連作家ブリテンによる、珠玉のパロディ群をご堪能あれ。
2022年7月に読んだ6冊目の本です。
論創海外ミステリ68
「ジョン・ディクスン・カーを読んだ男」
「エラリー・クイーンを読んだ男」
「レックス・スタウトを読んだ女」
「アガサ・クリスティを読んだ少年」
「コナン・ドイルを読んだ男」
「G・K・チェスタトンを読んだ男」
「ダシール・ハメットを読んだ男」
「ジョルジュ・シムノンを読んだ男」
「ジョン・クリーシーを読んだ少女」
「アイザック・アシモフを読んだ男たち」
「読まなかった男」
「ザレツキーの鎖」
「うそつき」
「プラット街イレギュラーズ」
14編収録で、本国でも短篇集にまとめられたことのない〈~を読んだ~〉シリーズをまとめた貴重な短編集です。
表題作ともなっている「ジョン・ディクスン・カーを読んだ男」は非常に有名な作品で、数々のアンソロジーにも採られています。
ぼく自身おかげで何度も読んだことがあります。
カーを読みとり憑かれてしまい、完璧な密室トリックを使って叔父を亡き者にしようとした男の顛末を描く物語ですが、非常に面白いですね。
ネタが分っていても、やはりニヤニヤしてしまいます。良質のユーモア作品が持つ特徴をそなえているということでしょう。
ただミステリかと問われると言葉に詰まってしまうのですが、とびきり面白い作品であることは間違いありません。
なので、他の〈~を読んだ~〉シリーズの作品も同傾向のものなのかな、と思って読んだのですが、予想は嬉しく裏切られました。
その他の作品は、普通に(というのも変な表現ですが)ミステリしているのです。
短い作品ばかりなので、あっさりしているのですが、ポイントを絞って展開する小味ながらピリッといった趣で、そうですね、小粋とでもいうのでしょうか。
「アガサ・クリスティを読んだ少年」に出てくる切手は見てみたいと思います。
巻末に、好事家のためのノートと題して、言及されているミステリ作家たちについての、森英俊による解説があるのも親切です。
ジョルジュ・シムノンやジョン・クリーシーは今や入手困難ですし、こういう解説はありがたいですね。
<蛇足>
「彼は勝手口を開けると、キッチンに入っていった。ぬくもりが感じられ、鶏肉の唐揚げの匂いがする。」(134ページ)
ニューヨークの警察官の家なのですが、中国系でもなさそうなのに、唐揚げを作っているのですね。
原題:The Man who Read John Dickson Carr and other stories
作者:William Britain
刊行:1965年
訳者:森英俊
アリス・ザ・ワンダーキラー 少女探偵殺人事件 [日本の作家 は行]
アリス・ザ・ワンダーキラー: 少女探偵殺人事件 (光文社文庫)
- 作者: 吝, 早坂
- 出版社/メーカー: 光文社
- 発売日: 2020/01/08
- メディア: 文庫
<カバー裏あらすじ>
十歳の誕生日を迎えたアリスは、父親から「極上の謎」をプレゼントされた。それは、ウサ耳形ヘッドギア《ホワイトラビット》を着けて、『不思議の国のアリス』の仮想空間(バーチャルリアリティ)で謎を解くこと。待ち受けるのは五つの問い、制限時間は二十四時間。父親のような名探偵になりたいアリスは、コーモラント・イーグレットという青年に導かれ、このゲームに挑むのだが──。
2022年8月に読んだ5冊目の本です。
早坂吝の5作目の著作です。
「今からしっかり勉強して、私のような堅い職業につきなさい」(7ページ)
としつこく言ってくる母親から逃れるように、父親のような名探偵になりたいアリス10歳が主人公。
「私の前に不思議はない!」
なんて決め台詞まで持っているのですから、なかなかのものです。
もっともこの点は
「僕からすれば、どうしてその恥ずかしい台詞を毎回大真面目に言えるのかが不思議なのだが」(177ページ)
なんて作中でからかわれたりもしていますが。
誕生プレゼントにもらったバーシャルリアリティの世界で謎を解く、という設定です。
5問用意されています。
こういう作中人物が作った謎を解くという設定は好きではありません。
よほど堅固な設定と詳細な説明がないと、謎解きの前提がしっかりしたものとはならない、と考えているからです。
謎解きクイズではなく小説である以上、事前に長々と設定を説明するわけにはいかず、どうしても途中で説明が繰り出されるということになるわけですが、よほどうまく組み立ててもらわないと、後出しじゃんけんでなんでもできるじゃん、という印象を受けてしまいがちです。
また、当然ながら、それぞれの内容の解決・真相とは別に、出題者の意図というものが問われるはずなのですが、この取り扱いが意外と難しいのか、単に謎を出したかった、というだけのものになっていることもあり、更なるがっかりということにもなりがちです。
その点で、この「アリス・ザ・ワンダーキラー: 少女探偵殺人事件」 (光文社文庫)は背景がミステリ的にしっかり作り込まれていてよかったです。
さすがは早坂吝。
第一問 SOLVE ME はクイズ、ですね。まあ小手調べといったところ。
第二問 ハム爵夫人はかなり残酷な話ですが、原典である
「不思議の国のアリス」も相当残酷なところがあるので、これはこれで。
余談ですが、アリスのリンクをロバート・サブダの<とびだししかけえほん>に貼ったのですが、この絵本とてもすごいものなので、ぜひご覧ください。高いけど...
第三問 カラスと書き物机はなぜ似ているか はダイイング・メッセージ(?)を扱っています。もともとダイイング・メッセージはパズルに近いので、こういうのに向いていますね。
第四問 卵が先か はハンプディ・ダンプディが殺される事件を扱っています。おもしろい着想のトリックを使っているな(しかも、戯画的な世界観に合っています)、と思えたのですが、うまくいくかな?と疑問に思うこともないではないです。
第五問 Hurt the Heart はちょっと強引なところもありますが、周到に作りこまれた作品で、論理的な謎解きというものを通して意外な犯人を浮かび上がらせています。
そして、この謎解きそのものがエピローグ、すなわちこの作品全体の背景につながっていくところが見事です。
<蛇足1>
「最近、この国を治める『ハートの王』が新しい王妃『ハートの女王』を迎えたのですが、この女王が大層わがままで、数々の独裁的な法律を作ったのです。」(101ページ)
ここを読むまでなんとも思っていなかったのですが、英語 queen の訳は、女王とも王妃ともなるのですね。日本語では女王と王妃は別物ですね。
したがって、普通に考えると引用した部分の「この女王が」のところは日本語的には「この王妃が」というべきところなのですが、「ハートの女王」という名称をつけてこの点をクリアしていますね。
<蛇足2>
「『卵の体を作るには卵を食べるのが一番だ。私からすれば、人間が同族を食べたがらないのは理解に苦しむね』
ハンプティは人を食ったようなことを言うと、私に聞いてきた。」(163ページ)
一瞬合理的な考えのように思ってしまいました(笑)。
タグ:早坂吝
ロマンス [日本の作家 柳広司]
<カバー裏あらすじ>
ロシア人の血を引く白皙の子爵・麻倉清彬は、殺人容疑をかけられた親友・多岐川嘉人に呼び出され、上野のカフェーへ出向く。見知らぬ男の死体を前にして、何ら疚しさを覚えぬ二人だったが、悲劇はすでに幕を開けていた……。不穏な昭和の華族社会を舞台に、すべてを有するが故に孤立せざるを得ない青年の苦悩を描いた渾身作。
2022年8月に読んだ4冊目の本です。
ロシア人の血を引く白皙の子爵・麻倉清彬が主人公で、タイトルが「ロマンス」というと、華やかな華族の世界での華麗なる恋愛を想像してしまいますが、カフェーで捕まっている友人を見受けに行くという、ロマンスをまったく感じさせないオープニング。
この友人の妹との恋模様も描かれますが、この作品で言うロマンスは通常のロマンスとは少し毛色が違うようです。
「人が何かを完全に確信している時、それは決して真実ではないのです」
「それが古今東西の人間の歴史が証明してきた信仰の致命的な欠陥です。そして同時に……」
「それがロマンスの教訓なのです」(149ページ)
こう主人公清彬が言うシーンがあります。
「華族は皇室の藩屏なり。ノーブレス・オブリージュ。高貴なる者には高貴なる義務があるべし。」(22ページ)
新聞記事の引用として書かれていることですが、貴族社会のきらびやかな表層と表裏一体の窮屈さを端的に表した言葉でもありますね。
不穏な世情にも、相互の人間関係にも、疲れるところは当然あるでしょう。
この対極として象徴的に描かれるのが、八歳だか九歳だかの頃に飲まされたアブサンのおかげでみた
「目の前に見たことがない程美しい青空がどこまでも広がっていた。」(36ページ)
という世界感。
「みんな本当は、肩や、肘や、手首の先に目に見えない糸が結ばれていて、誰かが操っているのではないか。自分で喋っているようでいて、本当は誰かの指示で唇が上下に動いているだけなのではないか。頭の上には人々を操る目に見えない何本もの糸が伸びていて、手を伸ばしさえすれば、その目に見えない糸に触れられるのではないかーー。」(221ページ)
「清彬はふいに何事かを理解した。
その特別な一本の糸を断ち切った瞬間、自分を搦め捕り、窒息させているこの世界は跡形もなく瓦解する。そして後には――。
幼い頃、アブサンが見せたあの青い空だけが残る。」
「これが、見えない糸に雁字搦めにされた自分に唯一残された一篇のロマンスなのだと。」(224ページ)
とつらなる清彬の述懐は「ロマンス」の意味が凝縮されたものと言えるのでしょう。
いわゆる通常の「ロマンス」と地続きになっている点がポイントかと思います。
冒頭のエピグラフが
「ロマンスとは手の届かないものに憧れ、両手を精一杯差し伸べた姿だ。(E・M・フォスター)」
というのもこのことと照らし合わせていろいろと考えてしまいます。
ミステリとしての枠組みは、古典的とも言えそうで、ある意味様式美に沿ったものです。そのため読み慣れている人には意外性はあまりないものと言えるかと思います、描かれる「ロマンス」と呼応し合うパターンが意識的に選ばれているものだと感じました。
タグ:柳広司
感染領域 [日本の作家 か行]
<カバー裏あらすじ>
九州でトマトが枯死する病気が流行し、帝都大学の植物病理学者・安藤仁は農林水産省に請われ現地調査を開始した。安藤は、発見した謎のウイルスの分析を天才バイオハッカー「モモちゃん」の協力で進めるが、そんな折、トマト製品の製造販売会社の研究所に勤める旧友が変死。彼は熟さず腐りもしない新種のトマト“kagla(カグラ)”を研究していたが……。弩級のバイオサスペンス、登場!
2022年8月に読んだ3冊目の本です。
田村和大「筋読み」 (宝島社文庫)と同時に第16回 『このミステリーがすごい!』大賞の優秀賞を受賞しています。
ちなみに、このときの大賞受賞は蒼井碧の 「オーパーツ 死を招く至宝」 (宝島社文庫)。
バイオサスペンスというのでしょうか。
九州で防虫剤の影響か、葉や茎が赤変したトマト。
日本の種苗メーカーのところに生まれた、いつまでも熟さない新品種のトマト・カグラ。
この2つのトマトをめぐって話は展開します。
こういう物語の常として、大企業が背後に、というのが容易に想像されるのですが、この作品には大企業が2つ登場します。
防虫剤メーカーで世界的大企業のピノート、そして、日本のクワバ。
対しますのは、主人公である学者安藤。
この安藤の造型が、ハードボイルド的な感じになっていまして、なかなかいい感じ。
脇を固めますのは、農水省の役人で元恋人の里中と天才バイオハッカーのモモちゃん。
この3人、いずれもあまりにも有能すぎるのが難点ですが、まあこのくらいのハンデがないと、大企業には立ち向かえないでしょうから、やむを得ないですね。
専門的なことがわかりやすく書かれていて、3人をはじめとする登場人物の掛け合いも楽しく、引き込まれて読むことができました。
なのに、最後の最後に躓いてしまいました。
理解が追いつかなくなりました。ついていけなくなりました。
事態の収拾策を主人公たちが立てるのですが、この策の仕組みの説明がわからない......
まあ、仕組みのところは専門的なのでわからなくてもいいとも言えますが、この収拾策自体が、仕組みを理解していないせいもあるとは思うのですが、非常に危なっかしいものに思えて仕方ありません。
まあ、毒を以て毒を制す、ということなのでしょうね。
あと気になったのは、この作品で巻き起こっているトマトをめぐる事象は、非常に深刻なもので、作中でもしきりに大変だとは言われているのですが、正直、ちっとも大変さが伝わってこないんですよね。
時折登場人物を捕まえて、本当に大変さわかっている? と聞きたくなるくらい。
いつものことで文句もつけてしまいましたが、こういう作品好きです。
さりげない箇所ですが、
「たかだかトマトの木一本のために、人を誘拐して暴力をふるったり、クワバ会長を拉致しようとしたりする種子メーカーが、本当にあると思っているのか?」(245ページ)
という部分なんかもとても共感できした。
なので、続編もぜひ読みたい、と思える作品、作家でした。
<蛇足>
「私の空手の腕前は初段だ。実力的には最大限贔屓目に見積もっても、全流派合わせて日本で千五百番手ぐらいだろう。つまりそう強くはない。」(149ページ)
空手の競技人口などは知らないのですが、千五百番手って強いんでしょうか? 強くないんでしょうか?
均すと都道府県でベスト30くらいになるので、なんとなく強そうなイメージ。
独白するユニバーサル横メルカトル [日本の作家 は行]
2022年8月に読んだ2冊目の本です。
第59回日本推理作家協会賞短編賞受賞作を表題作とした短篇集です。
単行本で読みましたが、当然、文庫化されています。
「C10H14N2(ニコチン)と少年──乞食と老婆」
「Ωの聖餐」
「無垢の祈り」
「オペラントの肖像」
「卵男(エッグマン)」
「すまじき熱帯」
「独白するユニバーサル横メルカトル」
「怪物のような顔(フェース)の女と溶けた時計のような頭(おつむ)の男」
の8編収録の短編集です。
ホラーはもともと得意科目ではないことに加えて、グロい描写を特に苦手としますので、実のところ好きな作風ではありません。
普通だったら手に取らないところ、日本推理作家協会賞を受賞しているので購入した次第。
で、当然の如く永らく積読にしていたわけですが、こわごわ読みだしたら、好きな作風ではないのに、一編一編読み進んでやめられず一気に読んでしまいました。
なんという吸引力。
8話それぞれ違うタイプの悪夢を見せてくれます。
やはり表題作「独白するユニバーサル横メルカトル」のインパクトが強いですね。
語り手が地図という技巧、その語り口が執事風という楽しさに浸りました。
「怪物のような顔の女と溶けた時計のような頭の男」に
「確かにブリキ板に落ちたスプーンを目覚まし代わりにするのは画家ダリが工房で好んで使った眠り方だった。」(268ページ)
なんてさらりと衒学的なことが書いてあるように、グロになかにも変幻自在な語りが魅力なのだと思います。
しかし、この年の協会賞の候補作は、表題作に加えて
『克美さんがいる』 あせごのまん
『壊れた少女を拾ったので』 遠藤徹
『バスジャック』 三崎亜記
『流れ星のつくり方』 道尾秀介
というラインナップだったようで、ホラーサイドに大きく寄った候補作群だったのですね。
筋読み [日本の作家 た行]
<カバー裏あらすじ>
女性モデル殺害の疑いで山下という男が出頭。殺害現場で採取されたDNA型が山下のものと一致したため起訴間違いなしと目されたが、警視庁捜査一課の刑事・飯綱だけは異を唱え、捜査を外されてしまう。同じ頃、少年が車に轢かれ、直後に連れ去られる事件が発生。担当をあてがわれた飯綱は少年の居場所を特定し無事保護したが、少年から山下と全く同じDNA型が検出されたとの報せが入り―。
2022年8月に読んだ最初の本です。
くろきすがや「感染領域」 (宝島社文庫)と同時に第16回 『このミステリーがすごい!』大賞の優秀賞を受賞しています。
ちなみに、このときの大賞受賞は蒼井碧の 「オーパーツ 死を招く至宝」 (宝島社文庫)。
警察小説をあまり得意としていませんので、ピント外れの感想になっている可能性が大ですが......
こちらの勝手なイメージですが、警察小説というのは主人公、あるいは主人公格の刑事がメインで、事件は従、と理解しています。
非常に特徴的な一匹狼的なパターンもあれば、群像劇として刑事たちを描くものもありますが、刑事としてのありかた、その人となり、あるいは警察という組織の様子に焦点が当たっていて、事件はそれを描くための道具に近い扱いを受けていることが多い印象です。
その観点で本書「筋読み」 (宝島社文庫)の主人公、「ヨミヅナ」こと飯綱和也は、はみ出してはるけれども一匹狼というほどではなく、刑事集団にそれほど馴染んでもいないという位置づけのようで、この中途半端さはかえってリアルな気がしました。
事件の方は...
あらすじを読まれるとわかりますが、別人なのにDNAが一致するという非常に魅力的な謎からスタートします。
DNAが一致、というと、どうしても想起される事象・事態がありますよね。
事件にはサクラ・ウェルネスという、一部上場企業であるサクラ発酵株式会社の健康食品開発部門を担う子会社が関係しているようで......と流れていって、やはりアレか、と思いつつ読み進むわけです。
用意された真相は、あっけない、というか、少々とってつけたような印象を受けました。そういうトリックなのでしょうけれど、なんだかごまかされた気分。
そのまま力技で押し切った方がよかったのかも。
警察小説には珍しい謎を持ち込んだ、とも言えそうですが、どこか消化不良です。
企業が絡む事件ということからして、個人の捜査では限界があり、警察という組織が必要なので、警察小説の建付けをとったのだろう、と推測するのですが、この真相はあまり警察小説とは相性がよくないような気もしますーーむしろ私立探偵とか素人探偵の方がよかったかな、と。
となんとなく批判的な感想を連ねてしまいましたが、この謎を中心とした物語の作り方は好みなんですよね。不満はあっても、とても楽しく読めました。
警察小説というテイストをつかわない作品もこのあと書かれているようなので、気になる作家です。
<蛇足>
「虚を突かれた。刑事を警察という組織の歯車としてしか捉えていなかったのは自分なのか。その気付きが飯綱をうろたえさせた。」(286ページ)
翻訳調の使役をつかった構文も気になりますが、やはり「気付き」が気になりますね。
もうすっかり市民権を得た表現ということなのでしょうね。なんとも嫌な語感ですが。
ちなみに、今使っているPCだと「きづき」と打っても「気付き」とは変換されませんね。
ロスト・シンボル [海外の作家 は行]
<カバー裏あらすじ>
世界最大の秘密結社、フリーメーソン。その最高位である歴史学者のピーター・ソロモンに代理で基調講演を頼まれたラングドンは、ワシントンDCへと向かう。しかし会場であるはずの連邦議会議事堂の〈ロタンダ〉でラングドンを待ち受けていたのは、ピーターの切断された右手首だった! そこには第一の暗号が。ピーターからあるものを託されたラングドンは、CIA保安局局長から、国家の安全保障に関わる暗号解読を依頼されるが。<上巻>
フリーメイソンの最高位、ピーター・ソロモンを人質に取ったマラークと名乗る謎の男は、“古の神秘”に至る門を解き放てとラングドンに命じた。いっぽうピーターの妹・キャサリンは、研究所に侵入した暴漢に襲われる。ソロモン家の血塗られた過去、代々受け継がれた石のお守りの秘密。ピーターを救うには暗号を解読するしかない! アメリカ建国の祖が首都・ワシントンDCにちりばめた象徴に、ラングドンが立ち向かう。<中巻>
国家の安全保障のため拉致犯の要求に従うよう、CIA保安局局長サトウに迫られたラングドンは、暗号に導かれ、連邦議会議事堂の地下室へと赴く。伝説のピラミッドの存在を目の当たりにし、刻限ぎりぎりに隠された暗号を見抜いたキャサリンとラングドンだが、その身には拉致犯・マラークの魔の手が迫っていた!絶体絶命の危機の中、建国以来護られてきた「人類最大の至宝」がいま明らかになる──。人間、宗教、科学を巡る衝撃作。<下巻>
2022年7月に読んだ8作目で、最後の本です。
上中下の3冊なので、7月はなんとか10冊読めた、ということになります。
「天使と悪魔」 (上) (中) (下) (角川文庫)
「ダ・ヴィンチ・コード」(上) (中) (下) (角川文庫)
に続く、ラングドン・シリーズ第3作です。
このシリーズは、トム・ハンクス主演の映画で世界的にとても有名ですが、この「ロスト・シンボル」は劇場映画化されていないようですね。映像化されてはいるようですが、主演はトム・ハンクスではないようです。
今回のテーマは、フリーメイソン(だけではないですけれども)。
いやあ、わくわくしますね。
フリーメイソンといえば、ミステリとは縁が深いというか、ミステリに限らず、”謎”を志向する物語にはしばしば登場する、実在の秘密結社ですね。
ダン・ブラウンは、いろいろな史実であったり、事実であったり、様々な要素を組み合わせて、新しい見方、構図を示すところに大きな見どころがあり、人気を博しているのですが、今回は新たな要素を持ち込んでいます。
SFの領域になるのでしょうか?
純粋知性科学者となっていますが、主要登場人物の一人である、キャサリン・ソロモンが研究しているのが、人間の精神。
「精神は物質を変容しうるエネルギーを生み出せる」(下巻326ページ)
というのですから、これは(現在の常識的な──と書いておきます──)科学の領域を超えていると思われます。
もっとも、この部分は「いまはまだ黙殺されている」(下巻326ページ)ことになっており、物語の展開そのものの理解を(読者にとって)阻害するものではありませんので、ご安心を。
ただ、この要素のおかげで、想像の翼の拡げ具合は広がったと思うのですが、一方で、読者の許容範囲、と言って悪ければ、想定範囲を逸脱してしまう危険性もはらんでいます。
いろいろなものごとが想定外につながっていく面白さがダン・ブラウンの作品の醍醐味ではあるのですが、正直ここまで拡げてしまうと、なんでもありだよね、そりゃ繋げられるよね、という感想になってしまいました。
といいつつ、とても楽しんで上中下巻1000ページほどを読んだのですから、ないものねだりというか、単なるいちゃもんですよね、これは。
また拡げ切った想像力で楽しませてほしいです。
それにしても、本書を読んでフリーメイソンが怪しくなくなってしまったのですが、これでよいのでしょうか?(笑)
<蛇足1>
「それはアメリカの子供たちの興味を掻き立てて、このすばらしい歴史的建造物を見にくるよう仕向けたいと願って書いたもので、この記事──『モーセ、月の石、スター・ウォーズ』──は、何年も旅行ガイドブックに転載されていた。
ワシントン国立大聖堂。ラングドンは久しぶりにここへ帰ってきて、意外なほど胸の高鳴りを覚えた。」(中巻244ページ)
ワシントン国立大聖堂、行ってみたいですね。
特にダース・ベイダーの怪物像を見てみたいです(笑)。
<蛇足2>
初期のキリスト教徒でさえ、マタイ伝十九章十二節でイエス自身がその美徳を褒めたたえるのを聞いている。“天国のためにみずからなりたる閹人(えんじん)あり、これを受け入れうる者は受け入るべし”と。」(中巻298ページ)
閹人がわからなかったのですが、「去勢されて宮廷の後宮に仕える男子。 閹者(えんしゃ)。 宦官(かんがん)。」ということなのですね。宦官は知っていましたが、西洋にもあったのですね。
「みずから去勢したギリシャ神話のアッティスの例に見られるとおり、永遠の生命を得るためには男女の肉体世界と決別する必要がある。」(中巻298ページ)
というところの後に続くので、どういう場面で出てくるのか、お分かりいただけると思います。
原題:The Lost Symbol
作者:Dan Brown
刊行:2009年
翻訳:越前敏弥
火喰鳥を、喰う [日本の作家 は行]
<帯裏側あらすじ>
信州で暮らす久喜雄司に起きた二つの異変。ひとつは久喜家代々の墓石が何者かによって傷つけられたこと。もうひとつは、70年以上前の死者の日記が届けられたこと。日記は太平洋戦争末期に戦死した雄司の大伯父の、生への執着が書き記されていた。そして日記が届いた日を境に、久喜家の周辺では怪異が起こり始める。日記を発見した新聞記者の狂乱、雄司の祖父・保の失踪。そして日記に突如書き足された、「ヒクイドリ ヲクウ ビミ ナリ」という一文。雄司は妻の夕里子とともに超常現象に詳しい北斗総一郎に頼るが……。
2022年7月に読んだ7冊目の本です。
第40回横溝正史ミステリ&ホラー大賞受賞作。
この賞、名前が転々と変わっていますが、ナンバリングは刷新されておらず、横溝正史賞からの連番なのですね。
単行本で読みました。
もう文庫本になっています。書影はこちら。
単行本と同じ絵を使っていますね。
さて、横溝正史ミステリ&ホラー大賞受賞作。
ミステリかホラーか、というとミステリ読者としては残念ながらホラー。
何が起こったのか知りたくて、真相を追い求めていく姿はミステリ的。
戦時中の火喰鳥のエピソードが浮かび上がってきて、ホラー色が出てくるのですが、これが怖くない。
エンディングへ向けてホラー色が高まっていきますが、どうも理が勝っている印象。
ですが、そこが面白い。
謎を追求していく様子にすっかり引き込まれてしまいました。
賞にふさわしい作品だと思います。
ただ、個人的にこのエンディングが好きじゃないんですよね。
あくまで好き嫌い、好みの問題なので、作品の価値には毫も影響を与えませんが。そこがちょっと残念でした。
<蛇足>
「我々の戦力を鑑みるに、敵陣への玉砕攻撃の挙に及ぶは愚の骨頂と言うべき他なく」(42ページ)
戦時中の日記の記載です。
当時「戦力を鑑みる」という言い方をしたとは思えないのですが。
そもそも「所々片仮名混じりの達筆」(30ページ)とされていますが、当時の感覚だとほぼ片仮名ではないかと思います。(現代の)記者が介在しているのだから、今風に読みやすくした、とでもしておけばよかったのにと思います。
それであれば、「を鑑みる」という不自然な用法は、記者が勝手に直したからだと解釈できてよかったのに。
もはや「を鑑みる」も正しいという人の方が多いようですので、無駄な指摘ではありますが。まさに、蛇足。
これを最後に「を鑑みる」を指摘するのはやめようと思っています。
タグ:横溝正史ミステリ大賞 原浩
コージー作家の秘密の原稿 [海外の作家 ま行]
<カバー裏あらすじ>
裕福で年老いた大人気コージー作家のエイドリアンが、子どもたちに結婚式の招待状を送りつけてきた。この結婚でまた遺言書が変わるのかと当惑する子どもたち。屋敷に集まった彼らに父親が予想外の事実を告げた翌朝、相続人候補がひとり減ることに。だれもがあやしい殺人事件に挑むセント・ジャスト警部の推理の行方は? 皮肉の効いた筆致が光る、アガサ賞受賞のシリーズ第一作。
2022年7月に読んだ6冊目の本です。
タイトルに「コージー」と入っていますが、この作品は流行りのコージー・ミステリという感じは受けませんでした。
一族の主が性格の曲がったミステリ作家で、急に結婚すると言い出して......というお屋敷を舞台に、一族の中で殺人が起こる、伝統的なミステリです。
サーの称号が与えられていますから、まあまあ立派な作家のようですね。
こういう設定は常套的でありふれているのですが、やはりわくわくしてしまいますね。
アガサ賞最優秀処女長篇賞受賞作なので、コージーと分類されているのでしょうか?
その結婚相手が、殺人を疑われたという過去を持つという爆弾つき。
癖のある登場人物たちで、当然ながら、ひと悶着もふた悶着も(自分で書いておいてなんですが、こんな表現あるのでしょうか?)。
そして長子が殺されて。
過去の出来事が尾を引くというのはミステリとして常道ですが、非常に入り組んだプロットがさらっと忍ばされています。
登場人物も多く混乱しそうですが、書き分けがなされているので、それほど混乱しません。
ポイントが高いなと思ったのは、巻頭の登場人物表。説明が特徴を捉えてユニークです。
個人的に興味をひかれたのは、
「伝統的にウェールズの子どもは両親と違う名前を持つことがある。」(379ページ)
などさらっと書いてありますが、名前についていろいろと注目しているところ。
日本人にはわかりづらいところではあるのですが、こういうところは海外の作品を読むの愉しみの一つですよね。
派手なトリックはありませんが、古き良きミステリを引き継いだウェルメイドなミステリだなと思いました。(登場人物の性格は悪いけれど)
続刊も訳されていたのですが、もう品切れ状態です。買っておけばよかった。
<蛇足1>
「合点承知之助でございますよ」とさらなる返答。(39ページ)
合点承知之助ですか。なかなか楽しい訳語です。
原文はどうなっているのでしょうね?
<蛇足2>
「猫も杓子もクリスマスにはミス・ランプリングの新作をほしがるんだ──皮肉なことだよ、そう、おれたちはだれよりもよく知っているが、そのとおりなんだよ。つまり善意の季節には親父のあの凶悪な本が飛ぶように売れるんだ」(77ページ)
クリスマスにあわせて新刊が出る! クリスティみたいですね。
<蛇足3>
「ミス・ランプリングお得意のわかりにくい言い方を借りれば、こういうことだ。“ひとたびありえないことがすべてのぞかれたら、ありえなくないことが真実に違いないよ”」(78ページ)
シャーロック・ホームズの有名なセリフをアレンジしていますが、本当にわかりにくこと。
<蛇足4>
「とはいえ、イギリスでの最初の五月の週──イギリスだけが作り出せるあの一片の雲もないすばらしい数週間のうちのひとつ──のおかげで、この国に永遠に残るべきだという決断はしていた。」(125ページ)
ミネソタ出身のアメリカ人秘書が抱く感慨ですが、まさに!
イギリスの初夏はすばらしい。おすすめです。
<蛇足5>
「おそらく彼らが息子を殺す申し合わせをしたんだな。どう思うかね?」
「だれがです?」
「むろん、家の者全員だよ。そいつはわしが『十二時四十分マンチェスター発』で使ったなかなか革新的なトリックの一つでな。出版されたのは──そう、十年ほど前だ」
ー略ー
「ですが、サー・エイドリアン……確か最初にそれを考えついたのは、あの高名な作家では」
「そりゃあ、考えついただけのことだ。わしの本のほうが面白い」(166ページ)
サー・エイドリアンは架空の作家ですが、あれより面白いのなら、ぜひ読んでみたいですね!
<蛇足6>
「伝統的な絵画の代わりに暖炉の上に立てられた大きな日本の屏風以外、部屋にはほかに目にとめるようなものがほとんどない。」(206ページ)
屏風は平面というよりは立体的に飾られるものだと思うので、暖炉の上に置くのは大変そうです。
<蛇足7>
「“血のみが歴史を前進させる”か。だが、実際にムッソリーニが考えていたのは、血統じゃないだろうな」(357ページ)
こういうところにひょいとムッソリーニの言葉なんかを持ち出してくるところ、セント・ジャストはなかなか曲者ですね。
原題:Death of a Cosy Writer : A St. Just Mystery
作者:G. M. Malliet
刊行:2008年
翻訳:吉澤康子
マリアビートル [日本の作家 伊坂幸太郎]
<カバー裏あらすじ>
幼い息子の仇討ちを企てる、酒びたりの元殺し屋「木村」。優等生面の裏に悪魔のような心を隠し持つ中学生「王子」。闇社会の大物から密命を受けた、腕利き二人組「蜜柑」と「檸檬」。とにかく運が悪く、気弱な殺し屋「天道虫」。疾走する東北新幹線の車内で、狙う者と狙われる者が交錯する──。小説は、ついにここまでやってきた。映画やマンガ、あらゆるジャンルのエンターテイメントを追い抜く、娯楽小説の到達点!
2022年7月に読んだ5冊目の本です。
映画「ブレット・トレイン」(感想ページはこちら)の原作です。
映画を見る前に原作を読まなきゃと思って少々あわてて読みました──永らく積読にしていた自分が悪いのです。
殺し屋シリーズ、と呼ぶのでしょうか?
「グラスホッパー」 (角川文庫)と共通している登場人物たちがいます。
それが殺し屋。
多彩な殺し屋が楽しませてくれます──物騒ですけど。
舞台は東北新幹線。映画では東海道新幹線に改変されていました(と思われます)。
でタイトルは改変して「ブレット・トレイン」(弾丸列車。新幹線のことをこう呼んだりもします)。
小説の方のタイトルはマリアビートル。
直訳すればマリア様の乗り物、という意味で、
「レディバグ、レディビートル、てんとう虫は英語でそう呼ばれている。その、レディとは、マリア様のことだ、と聞いたことがあった。」(539ページ)
と本文でも言及されるように、てんとう虫のことを指しているようです。
登場殺し屋の一人で視点人物の一人である七尾が天道虫とされていますので、彼のことですね。
「業界の中では、七尾のことを、てんとう虫と呼ぶ人間が少なからず、いる。七尾自身は、その昆虫が嫌いではなかった。小さな、赤い身体が可愛らしく、星のような黒い印はそれぞれが小宇宙にも思え、さらには、不運に満ちている七尾からすれば、ラッキーセブン、七つの星はあこがれの模様と言っても良かった。」(74ページ)
あと七尾に指示するのが真莉亜で、七尾が実行役ですので、ある意味比喩的に七尾は真莉亜の乗り物とも言え、この観点でも七尾ですね。
この不運まみれの七尾が狂言回しとして物語を進めていってくれるのですが、これが心地よい。
伊坂幸太郎らしいリズムの文章にどっぷり浸れます。
注目は、王子。
王子慧(さとし)という中学生なんですけど、殺し屋たち以上に邪悪な存在として描かれています。
というか、このシリーズに出てくる殺し屋って、職業が職業なんですが、邪悪って感じじゃないんですよね。
この王子は、作中随一の悪、です。
「僕みたいなガキに、いいようにされて、それでいて何もやり返せない自分たちの無力さを知って、そして絶望してもらいたいんだ。自分が生きてきた人生がいかに無意味だったのかに気づいて、残りの人生を生きる意欲がなくなるくらいに」(333ページ)
なんてさらっと言えてしまうくらい。
折々、その王子の視点でさらっと内面や考えが披露されるところも恐ろしい。
そういえばこの設定は映画版では女子に変更されていて、それはそれでおもしろい改変でしたね。
この王子の造型は、一時期ミステリでよく出てきたいわゆる ”絶対悪” に通ずるものがありますね。
伊坂幸太郎がこれをどう料理するのか、とくとご覧あれ。
割と長めの物語なのですが、いろいろな殺し屋の視点が組み合わされて、あれよあれよという間にという感じで、ラストへ雪崩れ込む。
オフビートなのに、リズミカルに終点まで運ばれていきます。
殺伐とした展開なのに、あちこちでニヤリとできるのも伊坂節。
とっても楽しい読書体験でした。
<蛇足>
「自分が中学生の頃を思い出しても、こういった、誰かが誰かを甚振り、陰湿にはしゃぐことはあった。」(146ページ)
いたぶるって、こういう字を書くんですね。いままで認識していませんでした。
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