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マダラ 死を呼ぶ悪魔のアプリ [日本の作家 喜多喜久]


マダラ 死を呼ぶ悪魔のアプリ (集英社文庫)

マダラ 死を呼ぶ悪魔のアプリ (集英社文庫)

  • 作者: 喜多 喜久
  • 出版社/メーカー: 集英社
  • 発売日: 2018/09/20
  • メディア: 文庫

<カバー裏あらすじ>
三人の大学生が互いに殺し合う不可解な事件が発生した。被害者は「マダラ」という謎のアプリをスマートフォンにインストールしていた。警視庁捜査一課の刑事・安達はやがて、“そのアプリを開いた者は、人を殺さずにはいられなくなる”という仮説にたどりつく。警察が対策を講じようとしたその時、「マダラ」が目覚め、世界に大混乱をもたらす──。謎が謎を呼ぶ衝撃のノンストップサスペンス!


2022年7月に読んだ3冊目の本です。

喜多喜久らしいというのか、いつもの喜多喜久節というのか、軽やかに物語られます。
扱われている事件は、開いたら人を殺さずにはいられなくなるアプリ、という物騒なものにより引き起こされるもので、ものすごい大事件です。
特に世界規模に蔓延してしまったマダラ・アプリを想像してみるとわかると思いますが、全世界を揺るがすような大事件で、実際に作中でもかなり大規模な事件が発生するのですが、なんとも軽やかに、なんともあっさり描かれます。
第3章にあたる Phase 3 リリースは2018年という設定で、次の第4章にあたる Phase 4 クローズは2023年7月に設定されていて、その展開にあっけにとられるかもしれません。

「ちなみに、二〇二〇年に東京で開催予定だったオリンピックは中止となった。」(238ページ)
という箇所が目を引きますが、そのほかの大事件もあっさりこのようなかたちで紹介されるだけです。
この後半部分は、もっともっと書き込めば、ホラーあるいはパニックものとしての側面が強調できたことでしょう。
この「マダラ 死を呼ぶ悪魔のアプリ」 (集英社文庫)の刊行は2018年9月。
執筆時期を考えると、コロナ禍より前ですね。実際には東京オリンピックは中止ではなく1年延期だったわけですが、こういう話題を予見して? 盛り込んだところにセンスを感じました。
世界的に広まってしまうという点では、マダラとCOVIDも同じなのかもしれません。

マダラという名前は、まあ、最初から明らかではあるのですが、
「『人を殺したくなる悪魔のアプリ』という説は信憑性がある。マダラという言葉もそれを示している。」
「え? どういう意味なんですか、『マダラ』って」
「おそらく英語だろう。murderer--マーダラー。人殺しという単語だ。」(115ページ)
と説明されています。

マダラを作った人物が遺す言葉もキーですね。
「お前たちはおとなしく『天に光が満ちる日』を待てばいい」
「人類に対する試練が始まる日だ。綾日は、我々がそれを乗り越えることを望んでいた。だから、俺はマダラを作ったんだ。」(155ページ)
このマダラの製作意図に関しては、登場人物たちがいろいろと推測します。
途中である人物が遺したメモがかなり的を射ているのですが、備忘のため色を変えて転記しておきます。

マダラの開発理由に関して荒唐無稽な説を思いついた。マダラは「予行練習」だという可能性だ。火山の噴火や隕石の衝突が起こり、世界規模で日常生活が破綻するーーそんなことになれば、殺人や強盗が横行するだろう。その時に対処する術を身につけさせるために、マダラを作って広めようとした……

この理由は、どこまでいっても狂人の論理ということだと固く信じるのですが、非常にミステリ的というか、ミステリに親和性が高い論理で、こういうのを持ち込んだところは好もしかったです。

喜多喜久にしては異色作になると思いますが、興味深かったですね。
後半をもっともっと書き込んでもらいたかった気がしています。

<蛇足1>
「眉唾物だと思ってたよ。」
「その唾は早急に拭った方がいいでしょう。」(131ページ)
おもしろいやり取りなのですが、眉唾の意味から考えて、拭った方がいいというツッコミ(?) は少々変ですね。

<蛇足2>
「東浜翔吾くんに現金書留が送られてきていただろう。西新井署の方で差出人を調べた結果、三鷹市内の郵便局から送られてきたものであることが判明した。ただ、残念ながら、監視カメラなどの映像は残っていないし、差出人に関して何も覚えていないと局員も言っている」(131ページ)
現金書留だと、発信局に伝票の控等が残っているのではないかと思うのですが......それは調べていないのでしょうか? まああえて言うほどのことはない、ということかもしれませんが。

<蛇足3>
「新暁大学に通う学生が、多磨霊園で滝部を見たらしいのだ。」(143ページ)
多摩霊園ではなく、多磨なのですね。
己の無知に恥ずかしくなりました。

<蛇足4>
「二十一世紀になり、『再生可能エネルギーを増やす』というコンセプトに基づき、日本各地に大規模な太陽光発電システムが設けられていた。フレア発生後の調査により、太陽光発電パネルの多くは被害を免れていたことが分かった。そこで、大規模に展開されていた設備を分解し、各家庭に届けるという動きが生まれた。」(322ページ)

<蛇足5>
茶木則雄による解説のところです。
「優れたアクティビティ(今日性)。」(334ページ)とあります。
アクティビティに今日性という意味を持たせるのですね。





マダラ 死を呼ぶ悪魔のアプリ (集英社文庫)


タグ:喜多喜久
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ダンジョン飯(7) [コミック 九井諒子]


ダンジョン飯 7巻 (ハルタコミックス)

ダンジョン飯 7巻 (ハルタコミックス)

  • 作者: 九井 諒子
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2019/04/12
  • メディア: コミック




ダンジョン飯、シリーズ第7弾です。

今回は
第43話 アイスゴーレム
第44話 バロメッツ
第45話 卵
第46話 黄金郷
第47話 グリフィン
第48話 使い魔
第49話 グリフィンのスープ
を収録しています。

それぞれ出てくる料理は
第43話 アイスゴーレム茶碗蒸しとアイスゴーレムに入ってた魚に熱を通したやつ
第44話 バロメッツのバロット(あるいはバロメッツチョップ)
第45話 魂のエッグベネディクト 
第46話 野菜のスライム寄せ、刃魚のローフ、牛のリブステーキ、芋と兎のスープ
第47話 ゼンシの作った朝食(パンケーキ、ソーセージ、かぼちゃスープ、スクランブルエッグ)
第48話 スカイフィッシュアンドチップス
第49話 グリフィンのスープ、ヒポグリフのスープ

第46、47話の料理が普通の料理っぽくなっているのは、例の紹介でたどりついた黄金郷が、基本的には普通の暮らしをしているところだったからです。まあ、魔物を飼っていたりしますが。

帯に
「偏食猫忍者、イツヅミ参上!
 俊敏さを武器に、魔物を撃退していく彼女の弱点──それは偏食!
 好き嫌いを乗り越えて、迷宮の謎に迫れ。」
と書いてありまして、確かに、新キャラであるこのイツヅミが絡むエピソードが増えています。

また終盤にゼンシの過去というエピソードが繰り拡げげられます。
巻数が重なって来たのでバディもの的色彩を強めているのでしょうね。

同時に、第45話ではライオスたち一団とは別のエピソードで、第46、47話では狂乱の魔術師によって呪をかけられた村のエピソードで、迷宮全体のことを少しだけ垣間見せてくれます。
どんどん作品世界が大きくなってきていますね。

最後には前向きに出発するライオスたち一団なのですが、その足元に”チェンジリング”をもたらす茸が描かれているのが気になります。


タグ:九井諒子
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消えた消防車 [海外の作家 マイ・シューヴァル ペール・ヴァール]


刑事マルティン・ベック 消えた消防車 (角川文庫)

刑事マルティン・ベック 消えた消防車 (角川文庫)

  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2018/04/25
  • メディア: 文庫

<カバー裏あらすじ>
厳寒のストックホルム。警察が監視中のアパートが突如、爆発炎上した。任務についていたラーソン警部補は住人を救うべく孤軍奮闘するが、出動したはずの消防車が一向に到着しない。焼死者の中には、ある事件の容疑者が含まれていた。刑事マルティン・ベックは捜査を進めるうち、この火災に奇妙な点があると気づく。やがて捜査陣の前に浮かび上がってきたのは、意外な犯罪の構図だった──。警察小説の金字塔シリーズ、第五作。


2022年7月に読んだ3冊目の本です。

「ロセアンナ」(角川文庫)(感想ページはこちら
「煙に消えた男」(角川文庫)(感想ページはこちら
「バルコニーの男」 (角川文庫)(感想ページはこちら
「笑う警官」(角川文庫)(感想ページはこちら
に続く、マイ・シューヴァル ペール・ヴァールーによる、マルティン・ベックシリーズ第5作。
スウェーデン語からの直接翻訳である新訳シリーズですが、この「消えた消防車」 (角川文庫)で途絶えてしまっているようです。それどころか、この「消えた消防車」自体が品切れ状態......
再開してほしいですね。

さておき、本書は、マルティン・ベックの名前を書き残した自殺者という魅力的なオープニングで始まります。
そして爆発事件。派手な幕開きなのが目を惹きます。
しかも爆発事件は、いつまでまっても到着しない消防車という極めて魅力的な謎つき。

でもそのあと、非常に地味にとなります。
扱われている事件は、冒頭の爆発が派手なだけではなく、意外な広がりを見せる事件となっているのですが、どうも展開が地味なんですよね。
事件はわりと面白い構図となっていると思うのですが、扱いが軽いのがちょっと残念です。この事件、普通の警察小説のような展開にしたら、相当派手なものになると思うのです。
でも、謎は解かれますがミステリ的興趣より刑事さんたちの群像に重きが置かれている感じがしました。
マルティン・ベックをはじめとする刑事さんが印象的ですから。
新婚のようなコルベリもいいですが、なんといってもマルメ警察のモンソンですね。コペンハーゲンまで出張っていってくれるのですが、いや、ダメでしょ、いくら相手に対して権限はない、警察官としてではなくただ話をしたいだけと告げたからといって.....さすが性におおらかな北欧ですね、と考えてしまいます。

タイトルの消えた消防車ですが、もちろん、冒頭の爆発事件のときの消防車を指すのですが、もう一つ作中に別の消えた消防車が出てきます。そのもう一つの方はかなり微笑ましい謎になっていて、それまた刑事群像を支えるエピソードになっています。

最後にもう一度書いておきます。
新訳、再開してほしいです。


<蛇足1>
「『あのおかしな火事のことだけど、放火かしらね?』
『いや、絶対にそうじゃないとおれは思う。いくらなんでもそんなことはありえない』
 これでもコルベリは二十年も警察官をしているのだ。もっとわかってもよさそうなものだ。」(58ページ)
かなり早い段階での地の文ですが、「もっとわかってもよさそうなものだ。」というのは放火であることを作者が顔を出して示唆しているのでしょうか?
なかなか小説技法として不思議な箇所です。

<蛇足2>
「昨晩はベッドに入ってから日本軍の対馬沖海戦についての本を朝の四時まで読んだので、」(59ページ)
対馬沖海戦? 第二次世界大戦でそんなのあったのか? と思ったら、日露戦争のときの日本海海戦のことのようです。
Wikipedia によると「日本以外の国々では、この海戦を対馬沖海戦と呼ぶ(ロシア語『Цусимское сражение』、英語『Battle of Tsushima』)」とのことです。
こういう場合は、日本海海戦と訳して注を付けてほしかったです。

<蛇足3>
「紙を綴じていたゼムピンをまっすぐに直すと、新しいパイプを取り出して中を掃除し始めた。」(97ページ)
ピンなのに向きを治せるのか、と思ったら、ゼムピンというのはゼムクリップのことなんですね。
文房具の呼び名はいろいろあっておもしろいですね。

<蛇足4>
「奥の壁沿いのソファで見慣れた男がブランデーを甘い果汁で割ったドリンクをチビチビ飲んでいた。」(182ページ)
「強い酒の砂糖水割りさ。」(183ページ)
なんとも説明的な表現です。
「ブランデーを甘い果汁で割ったドリンク」「強い酒の砂糖水割り」
原文もこの通りなのでしょうか? 
カクテル名というほどのものではないのかもしれませんが、なにか名前がついていそうな気がします。

<蛇足5>
「アメリカ国旗を燃やすのは罰せられる犯罪だが北ベトナム国旗ではなをかむのは値段的に見て許すことができると思っている人々だ。」(245ページ)
値段的に? どういうことでしょうか?
アメリカ国旗よりも北ベトナム国旗の方が安く売られていたのでしょうか、当時のスウェーデンでは?
この後の文章も意味が分かりません。
「彼らは、デモ隊に対して向けられる放水、棍棒、口を大きく開けたシェパード犬などは、人々との接点を作るつもりならやり過ぎと思っていた。」(245ページ)
人々との接点を作るつもりって、なんでしょうね?

<蛇足6>
「デモ行進とも言えないほどの小規模な行進の際には、吹奏楽隊がインターナショナルを演奏するとき政治家までが起立して敬礼する。」(268ページ)
メーデー(5月1日)の記載で、インターナショナルがわからなかったのですが、社会主義・共産主義を代表する曲らしいです。なるほど。
ぼくの歳でもインターナショナルがわからないです。若い人はメーデーもわからないのではないでしょうか?
訳者の柳沢由実子さんがおいつくなのかわかりませんが、年配の方でしょうね、きっと。ここに限らず、古さ、時代を感じさせる訳文が多いです。
もっともそれがかえってこのシリーズを味わい深くもしてくれているのですが、若い読者には不親切な感じを受けます。編集者がもっと手をかけてくれていれば、と思わないでもないです。特にシリーズの後続の新訳が打ち切られてしまったことを考えると。




原題:Blandbilen son forwann
作者:Maj Sjowall & Per Wahloo
刊行:1969年
訳者:柳沢由実子









刑事マルティン・ベック 消えた消防車 (角川文庫)


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白虹 [日本の作家 大倉崇裕]


白虹(はっこう) (PHP文芸文庫)

白虹(はっこう) (PHP文芸文庫)

  • 作者: 大倉 崇裕
  • 出版社/メーカー: PHP研究所
  • 発売日: 2014/07/09
  • メディア: 文庫

<裏表紙あらすじ>
警察官時代に起きた悲劇的な事件の記憶から逃れるかのように、毎年夏の間だけ山小屋でアルバイトをする五木健司。「辞職しなければ、いい刑事になった」と惜しまれる五木はある時、名頃という男を救助したことから、殺人事件に巻き込まれてしまう。その真相を調べるため一週間の約束で山を下り、東京へと戻った五木は、殺された裕恵の残した手帳を手掛かりに、五年前に起きた事件へとたどり着くが……。


2022年7月に読んだ2冊目の本です。
大倉崇裕の山岳ミステリ。
主人公五木は元刑事。世間から、自分から逃れるように山に籠っている。
いいではないですか、こういうの。
典型的といえば典型的ですが、おかげでストーリーがくっきりします。

五木が事件に入っていくきっかけは山で起きるのですが、事件そのものは町(山との対比としての町)で起こります。

タイトルの白虹は、
「君が見ているのは、白虹かもしれないな」
「日暈(ひがさ)とも言う。太陽な月の周りに、巨大な丸い光の輪が見えるんだ。雲を通り抜けるとき、日光や月光が屈折して起きる、珍しい現象なんだそうだ。私も何度か見たことがある。巨大な光の輪が空に浮かび上がって、息を呑む美しさだったよ」
「その一方で、白虹は凶事の兆しとも言われているんだ。白虹貫日という言葉は聞いたことはないかな?」(243ページ)
というかたちで出てきます。
この前段に
「彼、言ってたよ。五木はものがよく見えすぎるって。それがあいつの不幸だと」(240ページ)
というセリフがあり、それを受けてのものです。
そして
「五木にとって、時おり起きる閃きのようなものは、凶事の兆しでしかない」(243ページ)
と続きます。

事件の広がり方が読んでいて心地よく、ハードボイルド調の展開(と主人公)にマッチしていると思いました。
事件の決着が山に持ち込まれるというのも手堅いです。

amazonのレビューを拝見すると、犯人の意外性が不評のようで、戸惑ってしまいます。
とってつけたような結末、無理があったと評されていますが、そうでしょうか?
犯人につながる手がかりは明示、暗示含めきちんと配置されていますし、タイトルにも合致するいい犯人(変な言い方ですが)と思っているからです。
周到に構築されたウェルメイドな佳品だと思います。


<蛇足1>
「今年で四十八になるという辻のそうした生き様は、五木にとって常に新鮮な驚きであった。」(17ページ)
もう「生き様」というのは小説の地の文で使われるほど、ネガティブでない意味として十分に流布しているのですね......
「生き様」という語は、語感がどうもざらついていて、いい意味には聞こえづらいのですが。

<蛇足2>
「雨蓋に入れた、奥村裕恵の手帖を取りだす。」(245ページ)
雨蓋、で一旦止まってしまいました。
雨蓋というと、服のポケットについた蓋、フラップのことだと思ったからです。
登山関係ということで調べてみたところ、ザックの上部にかぶさるようについている部分のことを言うらしいです。なるほど。
服のポケットのものより、こちらの方が、雨蓋感ありますね。
ついでに、ここで使われている字は手”帖”でして、あらすじの手”帳”と違っていますね。あらすじを本文に合わせて手帖にしておいてほしかったところです。






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ソロモン王の絨毯 [海外の作家 あ行]


ソロモン王の絨毯 (角川文庫)

ソロモン王の絨毯 (角川文庫)

  • 出版社/メーカー: 角川書店
  • 発売日: 2023/01/22
  • メディア: 文庫

<カバー裏あらすじ>
ロンドンの混んだ地下鉄で、一人の娘が圧死した。手に、ペルーの花嫁衣裳を握ったまま……。地下鉄マニアのジャーヴィスは祖父が残してくれた学校をアパートにしている家主。そこに集まってきたのは、出戻りの親戚で自由奔放なティナとその子供たち、地下鉄構内でフルートを吹くトム、夫と娘を捨てヴァイオリニストを目指すアリス。そして、謎めいた男アクセル……。愛憎入り乱れ、人生も目的も違う人々を乗せた〈ソロモン王の絨毯〉が行き着く先にある、驚くべき運命とは!? あなたは果して巧みに仕掛けられた謎に気づくことが出来るか? ゴールド・ダガー賞受賞作。


2022年7月に読んだ最初の本です。
5月にルース・レンデルの作品として「眠れる森の惨劇」 (角川文庫)を12年ぶりに読み、今回はこのバーバラ・ヴェイン名義の「ソロモン王の絨毯」 (角川文庫)
1991年英国推理作家協会賞(CWA賞)のゴールド・ダガー受賞作。

タイトルのソロモン王の絨毯とは、地下鉄のことです。
「プラットホームで待っている間、ジャーヴィスはソロモン王の絨毯について話した。緑のシルクでできたこの魔法の絨毯は、すべての人間がその上に立てるぐらい大きい。用意ができると、ソロモンは行きたい場所を命令し、絨毯は空中に舞い上がり、望みの駅で一人一人を下ろした。地下鉄はこの絨毯のことを 連想させるとジャーヴィスはいい、彼のテーマについて詳しく語ったが、二人は聞いていなかった。」(175ページ)
そして巻頭の献辞は
「ロンドン地下鉄で働く男性と女性に、そして、その地下道で音楽を作り出している人々に。」

冒頭、ロンドン地下鉄で起きた女性の死が描かれます。
その後、地下鉄マニアのジャーヴィスとその周囲の人物たちへと物語の重心が移ります。
ルース・レンデルのノン・シリーズものや、バーバラ・ヴァイン名義の作品は、ねちねちしている印象があります。この作品もねちねちしているのですが、ねちねち度は低め。おそらく地下鉄という題材のおかげかと思います。
久しぶりだったからということもあるかもしれませんが、快調に読み進みました。

ミステリとしては、濃厚な人間関係のなかで徐々に明らかになっていく計画・狙いがラストへ向けて高まっていくところ、違った角度から光がさっとあたって見え方が変わるところがポイントかと思われます。
解説で新保博久がいうとおり「これまで著者の作品にあまり馴染んでこなかった読者にも新鮮な一冊として手に取ってもらえる」作品かと思います。


<蛇足1>
「死体がのせられたのはグルセスター・ロードか、その近辺で、このあたりは高い建物が線路のすぐ際まで迫っているとはいえ」(146ページ)
シャーロック・ホームズ「ブルース・パーティントン設計書」を引き合いに出して語られる部分で、駅名なのか地名なのか、Gloucester Road が出てきています。
グルセスターと訳されており、スペルを見るとそう書きたくなるのですが、発音はグロスターです。
ところが、150ページに来ると、今度はきちんと「グロスター・ロード」となっています。修正漏れだったのでしょうか?

<蛇足2>
「右回りの環状線に乗るためにホームを移動し」(150ページ)
確かに、Circle Line は訳すと環状線ですね。ほかの路線と合わせて、サークル線とでもしておけばよい気もしますが。Central Line は中央線とせずに、セントラル線(15ページ)となっているのですから。


<蛇足3>
「クレジットカード一枚、口座即時引き落としカード一枚、銀行のキャッシュ・カード一枚。彼女の小切手帳も抜き出した。」(365ページ)
口座即時引き落としカードというのは、訳者も苦労されたでしょうね。
デビット・カードとして日本でも1999年から始まった制度のようですが、それほど普及はしていないですね。
ただ、デビットカードは銀行のキャッシュカードと一体になっているのが普通でしたので、ここに書いてあるように別々になっているのは少し珍しいですね。



原題:King Solomon's Carpet
著者:Barbara Vine
刊行:1991年
訳者:羽田詩津子




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