三百年の謎匣 [日本の作家 芦辺拓]
<カバー裏あらすじ>
億万長者の老人が森江法律事務所へ遺言書作成の相談に訪れた帰途、密室状態の袋小路で殺害された。遺されたのは世界に一冊の奇書と莫大な遺産。森江春策がその本をひもとくと、多彩な物語が記されていた。東方綺譚、海洋活劇、革命秘話、秘境探検、ウェスタン、航空推理──そして、数々の殺人事件。物語が世界を縦横無尽に飛びまわり、重大な秘密へと誘う。全てのピースが嵌まる快感がたまらない博覧強記の本格ミステリ。
2023年10月に読んだ6冊目の本です。
芦辺拓「三百年の謎匣」 (角川文庫)。
時代も場所も異なる6つの物語が詰め込まれた異国の”書物”。
西上心太の解説を参照しながら......
十八世紀初頭に東方の国の都市にやってきたイギリス人船医が経験した不思議な事件「新ヴェニス夜話」
東インド会社と海賊船の軋轢「海賊船シー・サーペント号」
十八世紀末全盛期の清で出会った、友人の仇敵の奇妙な行動「北京とパリにおけるメスメル博士とガルヴァーニ教授の療法」
十九世紀後半、東アフリカで失われた黄金都市を目指す旅でキリスト教伝道所での怪異「マウンザ人外境」
西部劇の舞台となりそうなアメリカ西部の小さな町で起こった銀行強盗。犯人と目された社主の冤罪を晴らそうとする新聞記者見習いの少年「ホークスヴィルの決闘」
ドイツからアメリカへ向かう豪華飛行船のなかで起きた殺人「死は飛行船(ツェッペリン)に乗って」
これらを挟み込むように森江春策が直面する現在の密室状況の事件。
こういう作風のミステリの場合、それぞれの話のつながりが重要となってくるわけですが、その点少々空振り気味です。
思いつきとしてはとても興味深いものの、結びつき方がきわめて弱いと思ってしまいますし、なにより現代パートの犯人の立ち位置が、狙いとずれたところにいるように思えてなりません。
以下のように森江春策が述べていても(色を変えておきます)、その印象は拭えません。
「いや、必ずしも先行者たちのトリックに学んだとは限らないし、ひょっとしたら手記を読みさえしなかったかもしれない。ただこの黒い本がそばにあることだけで、彼らはときにトリックを仕掛け、逆に見破る側に回ったりもしながら、伝言ゲームのように二重性と空間錯誤のトリックを受け継いできた」(343ページ)
また現代パートの犯人が
「言っとくけど、私は昔の人間が書き散らした紙くずに興味はなかった。だから、そこで解き残された謎なんて知りもしなかったし、まして参考になんかしなかった。」(351ページ)
と言うのも個人的には興ざめでした。
その意味では成功作とは言えないと思うのですが、とはいえ、これだけ様々なタイプの物語を不可能興味付きで展開してみせてくれるのはとてもありがたいですし、なにより、物語とミステリとしての狙い処が面白い。
これ、狙いがうまく嵌まっていたら、恐ろしい傑作になっていたのでは、とワクワクしてしまいました。
ところで、最初の「新ヴェニス夜話」の舞台の都市はどこか、というのも謎の一つで、手記の作者の正体と併せて、とてもおもしろいアイデアだと思いましたし、アヒルのくだりには爆笑しそうになりました。
でもこれ、見え見えですよね?
紅楼夢の殺人 [日本の作家 芦辺拓]
<カバー裏あらすじ>
ところは中国、栄華を極めた大貴族の邸内に築かれた人工庭園「大観園」。類稀なる貴公子と美しき少女たちが遊ぶ理想郷で、奇々怪々な連続殺人が勃発します。衆人環視の中で消え失せる犯人。空を飛ぶ被害者……。中国最大の奇書『紅楼夢』を舞台にした絢爛たる犯罪絵巻は、中国古典ファンも必読の傑作ミステリー。
2022年9月に読んだ9作目(10冊目)の本です。
芦辺拓
昔文藝春秋社から本格ミステリ・マスターズという叢書が出ていまして、その中の一冊でした。
文庫化されてすぐに購入したのですが、中国の古典を題材にとっているということで、なかなか手に取る勇気がなかったんですよね。なにしろ『紅楼夢』読んでいませんから。
ようやく読みました。
「本格ミステリ・ベスト10 2005」第4位。
「このミステリーがすごい! 2005年版」第10位。
『紅楼夢』を知らなくても楽しめました。
巻頭にでーんと家系図が掲げられていてちょっと臆してしまいますが、次に主な登場人物というページが控えていて、このページがわかりやすいうえに、舞台となった「大観園」の図が続いていて(これは曹 雪芹著、伊藤漱平訳の「紅楼夢2」 (平凡社ライブラリー)からの転載とのことです)、わくわくして読み出しました。
しかし、後知恵ですが、井波律子国際日本文化研究センター教授の解説を先に読んでおけばよかったな、と思いました。
それでお、文中でも作者は必要な分はきっちり説明してくれていますので、無用な心配でしたし、どこまでが原典の力で、どこからが芦辺拓の力かわかりませんが、非常に蠱惑的な世界が展開します。
華麗な舞台で次々と(華麗な)殺人が連続する贅沢な趣向で、「大観園」の中の人、賈宝玉と、「大観園」の外の人頼尚栄(司法官)を探偵役に据えて展開される物語に夢中になりました。
「衆人環視下の賈迎春殺し、死者が天下ったがごとき王熙鳳殺し、お花畑の中の史湘雲殺し、そしておのが死を自覚していなかったとしか思えない香菱殺し──そこへ今度は、何と二重殺人事件が加わった。
死者の亡魂が白昼堂々と現われ、しかも手に触れられる存在だったにもかかわらず、そのまま水底に消えた鴛鴦殺し、そして、いったいどういう妖術を用いたのか、居合わせた人々の扇子が裂かれ、そのことによって発覚した晴雯殺し。」(321ページ)
と尚栄が振り返るところがあるのですが、いやあ、次々と派手に殺されていきますね。
個々のトリックは奇抜なものが用いられているわけではないのですが、世界観とマッチして非常におさまりがよい。
なにより最後に明かされる真相がポイントです。
「その作品が探偵小説であること自体が探偵小説としての仕掛けにつながっている作品」と単行本あとがきで作者が述べている狙いがどこまで読み取れたか自信はまったくないものの、本格ミステリの衣をまとっていること自体が一種のミスディレクションになっているのは間違いありません。
中国の古典を材にとった傑作として山田風太郎の「妖異金瓶梅 」 (角川文庫)」がありますが、これは見事な返歌だな、と感じました。
こうやって本格ミステリの世界は豊穣になっていくんだと感動できます。
中国の古典に臆することなく、早く読めばよかったと後悔しました。
金田一耕助対明智小五郎 [日本の作家 芦辺拓]
<カバー裏あらすじ>
昭和12年、大阪。老舗薬種商の鴇屋蛟龍堂(ときやこうりゅうどう)は、元祖と本家に分かれ睨み合うように建っていた。エスカレートする本家・元祖争いで起きた惨事が大事件に発展するなか、若き名探偵・金田一耕助は、トレードマークの雀の巣頭をかきむしりながら真相究明に挑む。もう一人の名探偵・明智小五郎も同地に到着して――!? 豪華二大名探偵の共演作に、本文庫のための書き下ろし「金田一耕助対明智小五郎」を加えた、目眩くパスティーシュワールド。
2022年1月に読んだ4冊目の本です。
「明智小五郎対金田一耕助」
「《ホテル・ミカド》の殺人」
「少年は怪人を夢見る」
「黄昏の怪人たち」
「天幕と銀幕の見える場所」
「屋根裏の乱歩者」
「金田一耕助対明智小五郎」
収録の短編集。
芦辺拓には創元推理文庫から「明智小五郎対金田一耕助」という短編集が出ています。(感想ページはこちら)
引用したあらすじに『本文庫のための書き下ろし「金田一耕助対明智小五郎」を加えた』とあることから、この創元推理文庫版にボーナストラックが加わったのだな、と思っていたのですが、そうではないのですね。
冒頭の表題作であった「明智小五郎対金田一耕助」だけが引っ越してきて、創元推理文庫版と区別するためにタイトルを「金田一耕助VS明智小五郎」 に変更し、さらに文庫タイトルに合わせた「金田一耕助VS明智小五郎」という短編を書き下ろして加えたのですね。
まあ、昔読んだ本の内容は忘れてしまうたちなので、そのままでも気づかなかったでしょうが......
なにより角川文庫になったことで、表紙絵が横溝正史でお馴染み杉本一文によるもの、というのが嬉しい。
しかも文庫カバーの背表紙頭部にある著者の分類も、芦辺拓の「あ」ではなく横溝正史の「よ」になっているという凝りよう。ステキです。
ということで冒頭の「明智小五郎対金田一耕助」は再読なのですが、やはりこれは傑作ですね。
他人の創作した名探偵の対決というとどちらに軍配を上げても難しいのですが、ここで芦辺拓が出した答えはすごいですね。
「《ホテル・ミカド》の殺人」にはチャーリー・チャンが登場します。
もう一人、苗字と名前のイニシャルが同じ名探偵が登場するわけですが、この正体はお分かりですね(笑)。
「少年は怪人を夢見る」が誰の物語かはタイトルからわかりますね......
「黄昏の怪人たち」は小林少年大活躍で、文代夫人も登場しますが、いやはや犯人の狙いがすごいです。それにしても芦辺拓さん、ずるいよ。森江春策にねたまれますよ。
「天幕と銀幕の見える場所」は大阪に作られたサーカスを舞台にした少年の冒険物語?なのですが、ペーソスとでもいうのでしょうか、哀愁が漂う作品です。
「屋根裏の乱歩者」は本当にあった話でしょうかね?
「金田一耕助対明智小五郎」は『お化け屋敷の掛け小屋』と嘲笑された名探偵たちの復活ののろしとして描かれています。
金田一耕助が名探偵として「防御率」が低いことも盛り込まれているのには笑ってしまいました。
魔法の杖の一振りの効果がいついつまでも続きますように。
明智小五郎対金田一耕助 名探偵博覧会Ⅱ [日本の作家 芦辺拓]
<裏表紙あらすじ>
昭和12年の冬、薬問屋の娘の依頼を受けて、商都大阪を訪れた若き日の金田一耕助。老舗二軒の本家争いに端を発する騒動は、金田一の到着とともに異様な事件に発展する。一方、時を同じくして同地に立ち寄った明智小五郎は……。目眩くどんでん返しが連続する表題作ほか、雷鳴轟く古城で起きる不可能犯罪「フレンチ警部と雷鳴の城」など、古今東西の名探偵が大活躍の7編を収録。
「真説ルパン対ホームズ ― 名探偵博覧会Ⅰ」 (創元推理文庫)に続く、パスティーシュ短編集第2弾です。
今回も楽しいですよ。
収録作品は、
「明智小五郎対金田一耕助」
「フレンチ警部と雷鳴の城」
「ブラウン神父の日本趣味(ジャポニズム)」
「そしてオリエント急行から誰もいなくなった」
「Qの悲劇 または二人の黒覆面の冒険」
「探偵映画の夜」
「少年は怪人を夢見る」
の7作。いずれも芦辺拓が腕によりをかけた作品ばかりです。
「真説ルパン対ホームズ ― 名探偵博覧会Ⅰ」 の感想に書いたこと(リンクはこちら)を裏切ってみせる作品もあって、うーん、脱帽。
なかで個人的なベストは「フレンチ警部と雷鳴の城」です。フレンチ警部の作品を最近ちょくちょく読んでいるから、というわけではなく、それ以外にも高名な探偵が出てくるからです! 事件の真相もかなりおもしろいところを突いています。名探偵の競演って、こういう風に使ったほうがおもしろいのかも--怒る人もいるかもしれませんが。
「オリエント急行の殺人」 (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)を出発点に、おそろしい地点まで読者を連れて行ってしまう「そしてオリエント急行から誰もいなくなった」もステキです。
「Qの悲劇 または二人の黒覆面の冒険」については、なかなか考えるところもあり、楽しいと同時に勉強にもなる(?)のですが、最後に出てくる黒衣の老人って、誰なんでしょうか? わかりません...
この「明智小五郎対金田一耕助」で、「贋作というスタイルに一区切りをつけた」とあとがき(文庫版のためのそえがき)に作者は書いていますが、こんなに贅沢な趣向を楽しめるのですから、そんなこと言わずに、また書いてほしいです!
グラン・ギニョール城 [日本の作家 芦辺拓]
<裏表紙あらすじ>
欧州の城 《グラン・ギニョール城》 に招かれた名探偵ナイジェルソープ。客の間には緊張が漂い、嵐の夜を境に惨劇が続く。一方、弁護士・森江春策は、偶然遭遇した怪死事件の手がかりとなる探偵小説『グラン・ギニョール城』を探し当てたが、彼を嘲笑うかのように小説世界は現実を浸食してゆく。虚実混淆の果てに明らかにされる戦慄の真相とは? 本格推理の金字塔、待望の文庫化。文庫書き下ろし掌編「レジナルド・ナイジェルソープの冒険」収録。
芦辺拓といえば、設定に工夫を凝らした本格ミステリというイメージを持っています。
もちろん、普通に事件が起きて、普通に探偵がやってきて、普通に解決するパターンの作品も多いのですが、趣向を凝らしたミステリの名手、という印象が強いですね。
本書も凝りに凝った、まさに本格ミステリの枠を広げる作品だと思います。
「このミステリーがすごい! 2003年版」 第9位、「本格ミステリ・ベスト10〈2003〉」 第7位です。
解説で辻真先さんが書いていますが、「小説『グラン・ギニョール城』の虚の部分と、大阪の森江春策探偵の実の部分が、交互にあらわれ」るのですが、「虚実が統一され」「メタミスと思っていたものが、一本通ったミステリに昇華」します。
作者あとがきによると、「この作品を書いた動機には、昨今の“メタ・ミステリ”流行への違和感がありました」とのことで、いかに作者が料理したのか、じっくりお楽しみください!
そして、謎が解けた後に、とっても贅沢なおまけがついています。クラシック・ミステリ・ファンなら思わずニヤリとしそうなお楽しみです。
真説ルパン対ホームズ 名探偵博覧会Ⅰ [日本の作家 芦辺拓]
<裏表紙あらすじ>
一九〇〇年、十一年ぶりの万博に沸き返るパリ。身に覚えのない窃盗の罪を着せられた若き日のアルセーヌ・ルパンは、己が名誉を守るべく真犯人を捜し出す決心をする。時同じくしてパリを訪れたのは、かの偉大なるシャーロック・ホームズ! 怪盗と名探偵が密室から消失した仏像の謎と盗まれたフィルムの行方に迫る。古今東西の名探偵が難事件に挑む、傑作揃いのパスティーシュ集。
さすがは芦辺拓といいたくなるような凝りに凝ったパスティーシュ集です。中には「空中の賊」のように凝りすぎて、黒岩涙香ばりと思われる昔の文体で書かれたものまであって、さすがにこれは読みづらかったですが、その他は登場する探偵たちも豪華絢爛。とても楽しかったですね。苦労も多かったでしょうが、作者も楽しんでおられたのではないでしょうか?
他人の作品の登場人物を競演させるのは結構むずかしいと思います。
オリジナルは他人の創作物ですから、あまり勝手なことをさせることはできません──たとえばルパンは江戸川乱歩の「黄金仮面」 (創元推理文庫)に登場させられていますが、通俗的で面白い作品になっているとは思うものの最後の最後でぶち壊すようなエチケット違反があって個人的には「黄金仮面」 を推す気になりません。勝手なことをさせるのはやはりだめだと思います。
また、あちらを立てれば、こちらが立たず、どちらかに花を持たせてしまうわけにもいきませんし、かといって引き分けというのもあまり冴えません。
そもそも、「真説」のつかないモーリス・ルブランが書いた「ルパン対ホームズ」 (新潮文庫)(創元推理文庫ではタイトルの表記が違って「リュパン対ホームズ」です)からして、ホームズ派(?)からは不満があがっています(フランス本国では、ルパンの相手はホームズではなく、エルロック・ショルメスと変更されていて、ルパンとしているのは日本など一部の国だと作者のあとがきに書いてあります)。
さて、この作品はそこらへんをどう処理したか? なかなかエレガントな手法だと思いました。これなら、「真説」とつける意味もよくわかります。
日本がらみの事件を解く、というのは日本人作家が書いたが故のご愛嬌で、これも楽しく読んだ一因ですが、ポイントとなる部分がある乱歩賞・直木賞作家の某作品を思い出させたのも興味深いですね。
その他の作品も、ファイロ・ヴァンス、チャーリー・チャン、鬼貫警部、星影龍三、明智小五郎などなど一部を紹介しただけでもこのメンバーです。
ミステリファンなら、特にクラシック・ミステリが好きな人なら、おすすめです。「七つの心を持つ探偵」みたいな悪ふざけもきっと楽しめます。
ところで、最後の「百六十年の密室──新・モルグ街の殺人」だけがパスティーシュでないのが不思議です...