メルカトルかく語りき [日本の作家 ま行]
<カバー裏あらすじ>
傲岸不遜で超人的推理力の探偵・メルカトル鮎。教師殺人の容疑者はメフィスト学園の一年生、二十人。全員にアリバイあり、でも犯人はいる──のか?相棒の作家、美袋(みなぎ)三条は常識破りの解決を立て続けに提示する探偵に“怒り”すら抱く。ミステリのトリックを嘲笑い自分は完璧とのたまう“銘”探偵の推理が際立つ五篇!
2024年9月に読んだ13作目(14冊目)の本です。
麻耶雄嵩の「メルカトルかく語りき」 (講談社文庫 )。
銘探偵メルカトルの活躍(?) を描いた短編集で、
「死人を起こす」
「九州旅行」
「収束」
「答えのない絵本」
「密室荘」
の5編収録。
いやあ、すごいものを読んだなという感想。
本を投げ出し、怒り出す人がいてもおかしくない内容。
でも、
「このミステリーがすごい! 2012年版」 第7位
「本格ミステリ・ベスト10 2012」 第2位
週刊文春ミステリーベスト10 第8位
という、錚々たる実績を誇る作品です。
まず冒頭の「死人を起こす」。
高校生が集まった家で起こった怪死事件の一年後、再び集まった仲間たちの間で起こる殺人、なんですが、メルカトル、解決してないじゃん(笑)。
決着はつけるけれど、解決してないですよね? 証拠の捏造までして(笑)。
続く「九州旅行」は、語り手である美袋のマンションの同じ階で起こる殺人事件。
メルカトルと美袋のコミカルなやりとりで進んでいきます。
〇〇〇〇〇〇〇(ネタばらしにつき自粛)というアイデアは秀逸ですごいのですが、これまた、メルカトルは犯人をちゃんと突き止めてはいないですよね──まあ、突き止めるのは無理なんですけど。
ラストシーンは傑作だと思いました。
これは、メルカトルがちゃんと犯人を突き止めてはいないからこそ、なので脱帽です。
「収束」は、冒頭に3通りの殺人シーンが描かれまして、あれ? と思います。
ひょっとして、循環殺人とでもいうような事件なのか、とワクワクするものの、被害者と犯人の設定が相矛盾するようになっているので、さて? と思っていると......
これまた、メルカトルの推理は犯人を突き止める前に終わっていて、おいおい、というところなのですが、”猫” が登場し、冒頭の矛盾する3シーンが読者の脳裏によみがえってくるという趣向はすごいな、と。
次々と犠牲者が出るまで犯人を指摘できないというのは、ミステリの名探偵についてよく言われることですが、まさかそれを逆手にとって、こんな物語を作り上げるとは。さすが麻耶雄嵩。
「答えのない絵本」はメフィスト学園という高校を舞台に発生した殺人事件。二十人もの容疑者をどんどん絞り込んでいくメルカトルの推理は見事なんですが......これ、ダメですよね(笑)?
東野圭吾の「どちらかが彼女を殺した」 (講談社文庫)と提示の仕方は違いますが、同じように読者が推理しろということかな、とあれこれ考えてしまいます。
SAKATAMさんのHP、「黄金の羊毛亭」がいつもように素晴らしいのでぜひ(勝手リンクで恐縮です)。
ちょっと違うことを考えていたのですが、SAKATAMさんの緻密な分析に一票を投じたいと思います。
最後の「密室荘」は、メルカトルの所有する別荘「密室荘」に、メルカトルと美袋が二人でいるときに死体が見つかって......という話。
いや、これもダメでしょう(笑)。冒頭に出てくるセメントという語で見当は早々につくものの、なんてことするんだ。
メルカトルは、銘探偵であって名探偵ではないので、決着をつければよく、解決する必要はない、ということなのかもしれませんね。
「私は不可謬だからね」(81ページ)とうそぶくメルカトル、憎たらしい(笑)。
でも、ミステリとしては邪道だよ、これ(笑)。アンチミステリでしょう。
まったく、麻耶雄嵩というのは変なことを考える作家ですね(褒め言葉です)。
その麻耶雄嵩を分析(?) した、円居挽の解説がまた素晴らしいので、解説もかならずお読みください。
そうか、麻耶雄嵩は、ダイオウグソクムシだったのか......(笑)。
<蛇足>
「メルが事情聴取をしていた小一時間のあいだ、彼女は死人のような瞳で、聞かれたことだけに答える人工無脳のように、虚ろな声を出していただけだった。」(69ページ)
人工知能ならぬ人工無脳ですか。
螺旋の底 [日本の作家 ま行]
<カバー裏あらすじ>
交通事故で自分だけ生き残った当主は、若いセラピストと再婚した。封印された墓所を地下に持つ石造りの館で新しい生活を始める二人。だが都会での生活を捨ててやってきた女には、ある計略があった。村では次々と少年たちが姿を消し、殺戮と埋葬の歴史が繰り返されるなか、冥府から慟哭の真相が浮かび上がる!
2024年7月に読んだ16作目(17冊目)の本です。
深木章子の「螺旋の底」 (講談社文庫)
「鬼畜の家」 (講談社文庫)(感想ページはこちら)
「衣更月家の一族」 (講談社文庫)(感想ページはこちら)
に続く第3作です。
舞台がフランスということで、まずおやっと思います。
物語は第二次世界大戦中の出来事を描くプロローグ、そしてフランスの田舎町ラボリのゴラーズ邸で新婚生活をスタートさせる新婦の私の視点で始まります。
このゴラーズ邸、どうやらプロローグの出来事の舞台であったようで、私は、なにやら隠し事、狙いがあるようです。
と思っていると次の章では、視点は僕。私の夫に移ります。
私と僕、交互に語り役を務める枠組みとなっています。
ゴラーズ邸は、要塞のような外観で、地下に繋がる螺旋階段があるのだが、分厚い扉で封鎖されている。
怪しい。
なんとか探り出そうとする私。
一方夫の方は、村の少年が行方不明となった事件の犯人で......(犯行の様子がつづられます)
読みやすい文章で引き込まれるように読んで、迎えるエピローグで衝撃の結末を迎え、続く最終章で(エピローグの後に最終章があるのです)謎解きがされるのですが、うーん、この結末は......
よくできているな、とは思ったものの、いい意味ではなく悪い意味で「騙された」感がありました。
似たような作品は世に数多くあり、それらの作品は楽しんで受け入れられたのに、なぜこの作品は快く受け取れないのだろう、と不思議です。
クライマックスへ向けて盛り上がっていた物語が、ここがピーク!という直前に、衝撃の真相で解体されてしまったからでしょうか? 最後の最後で、はしごを外されてしまったような感覚になってしまったのかもしれません。
「螺旋の底」というタイトルは、館にある螺旋階段の下にある地下室に秘められた秘密のことを指すと同時に、別の秘密の意味も込められているのだと思いますが、明かされた秘密がちょっと期待していたのと違ったということなのでしょう。
このことは個人的に残念でしたが、それでも深木章子という作家の仕掛ける力はとてもすごいので、続けて追いかけていきたいです。
<蛇足>
「今日の昼食は、アーティチョークのサラダに鶏のポトフの組み合わせだった。」(110ページ)
ポトフ、日本ではソーセージや鶏肉のものもポトフとして供されますが、フランスでは牛肉、それに骨髄が欠かせないとフランス人に言われたことがあります。
そうすると、この作品の舞台はフランスで、かつ、フランス人が調理していますので、ちょっとおかしい、となりますね。
読み返してひょっとしたら......とある解釈を思いつきましたが、料理人の性格からしてその解釈はないことに気づきました。
タグ:深木章子
デフ・ヴォイス 法廷の手話通訳士 [日本の作家 ま行]
デフ・ヴォイス 法廷の手話通訳士 (文春文庫 ま 34-1)
- 作者: 丸山 正樹
- 出版社/メーカー: 文藝春秋
- 発売日: 2015/08/04
- メディア: 文庫
<裏表紙あらすじ>
仕事と結婚に失敗した中年男荒井尚人。今の恋人にも半ば心を閉ざしているが、やがて唯一の技能を活かして手話通訳士になる。ろう者の法廷通訳を務めていたら、若いボランティア女性が接近してきた。現在と過去、二つの事件の謎が交錯をはじめ……。マイノリティの静かな叫びが胸を打つ。衝撃のラスト!
2024年2月に読んだ2冊目の本です。
丸山正樹の「デフ・ヴォイス 法廷の手話通訳士」 (文春文庫)。
ドラマ化もされた人気作品。
シリーズ化されていて第2作以降が創元推理文庫から出ています。
この第1作は文春文庫で揃わないなぁ、仕方ないなぁ、と購入したのですが、この2月に創元推理文庫からも出版されました。待てばよかったかな......
副題 ”法廷の手話通訳士” というのがなくなっているようですね。
「デフ・ヴォイス」 (創元推理文庫)。その書影はこちら。
扱っているテーマが「ろう者」で、感動という文言があらすじや帯に飛び交い、ドラマ化もされている。
完全なる偏見ですが、お涙頂戴のいわゆる感動ものか、と以前は横目で見ていたところがあります。ところが創元推理文庫にシリーズが入ったので、おやっと思ったのが正直なところ。
ろう者や手話をめぐる状況は知らないことばかりで非常に興味深くそれだけでも十分面白くて人気があるのも当然かなと思えたのですが、それ以上に、読んでみてこれは優れたミステリーだとわかり、深く反省しました。
視点人物である荒井の視点(厳密にはそうとは言い切れない箇所がありますが)で物語が進んでいきます。
荒井自身が絡んだ過去の事件のいきさつなども、徐々に明らかになっていきます。
この ”徐々に” というのが大きなポイントです。
(読者にとって)意外な事実が次第、次第に明らかになっていく。
不明だったことが一つ明らかになると、また一つ謎が生まれる。
どうして? なぜ? どうなっている?
こうして荒井に連れられて、過去の現在の両方の事情が読者に元に届けられます。
この謎の連鎖、まさに謎が謎を呼ぶ展開が非常にうまくできていて牽引力抜群です。素晴らしい。
こうして辿り着く真相は意外性抜群というものではないのですが、(ある意味)派手なクライマックスシーンに想定される悲劇的な場面をどうするのかハラハラして読み進めた読者は、きっと満足して本を置くことができると思います。
ところでミステリ的に若干気になったところを。
クライマックスといえるシーンの直後の287ページにある人物の意図を荒井が思うシーンがあります。
ここに至ると読者も様々な思いが交錯するような感じがして非常に趣き深い考察になっているのですが、荒井(やその他の人物)がどういう行動をするかに大きく依存してしまうので、その人物もさすがにここまで見通すことはできないのではないかと気になりました。ちょっと超人過ぎる気がします。
この人物、シリーズの今後で活躍するような役割を与えられているのでしょうか??
その後スピンオフが出ているようですが、荒井のまわりで要所要所を締める何森(いずもり)巡査部長のことも気になります。
読めてよかったと心から思えましたので、シリーズを読み進めていきたいと思います。
<蛇足1>
『いん啞者の不処罰又は刑の減軽』を定めた刑法四十条──。(56ページ)
一九九五年の刑法改正で削除された条項のようですが、こういう規定があったのですね。
(些末なことですが、会話文ならいいのですが、地の文では第四十条と書いてほしかったところ)
<蛇足2>
ネタバレと捉えられるかもしれませんので、字の色を変えておきます。
「管外転籍? 何だ、それは?」再び送話口に飛び付く。 「他の市区町村に本籍地を移すこと。本籍地を他の市区町村に移すと、移った先、つまり新しい戸籍には離婚や死亡、養子縁組などで除籍された人の名前は残らない」(208ページ)
「その場合、元の戸籍に除籍者がいたことは調べようがないのかな」 「ううん。戸籍はどこまでもたどっていけるから、調べればわかる。単に、今の戸籍にその跡が残っていない、というだけ」(209ページ)
これは知りませんでした。戸籍にはまだまだ知らないことがあるでしょうね。
Nのために [日本の作家 ま行]
<裏表紙あらすじ>
超高層マンション「スカイローズガーデン」の一室で、そこに住む野口夫妻の変死体が発見された。現場に居合わせたのは、20代の4人の男女。それぞれの証言は驚くべき真実を明らかにしていく。なぜ夫妻は死んだのか? それぞれが想いを寄せるNとは誰なのか? 切なさに満ちた、著者初の純愛ミステリー。
2024年2月に読んだ7冊目の本です。
湊かなえの「Nのために」 (双葉文庫)。
湊かなえの4冊目の著作です。ようやく読みました。
前作「贖罪」 (双葉文庫)(感想ページはこちら)を読んだのが2014年の5月でしたから、ほぼ10年ぶりです。
湊かなえの本は、イヤミスの語源と理解しております。
非常に巧緻に組み上げられていて驚嘆すると同時に、”イヤミス” ならではの強烈な読後感はあまり好みではなく、すさまじい構成力に魅了されつつも、手に取るのに臆してしまうところがあります。
なんどか本棚から手にとってはみたものの、読みださずに結局本棚に戻すことも幾度となく。それでこんなに間が空きました。
この「Nのために」も作者の構成力を十分に堪能できる作品になっています。
ただ、個人的にはあまり驚嘆できなかったです。
この作品、事件にいあわせた4人の人物の視点で語られることで見え方がかわる、というのを狙った作品です。
このような構成の作品の場合、語り手が変わることで事件の様相が変わってくる、あるいはくるくると変わる、というものだったりするのですが、この「Nのために」はそうではありません。
あっ、この言い方は誤解を招きますね。
くるくる変わることは変わるのです。ただ......
冒頭の証言で得られる、頭を殴られて死んでいる野口貴久、脇腹を刺されて死んでいるその妻奈央子、そして凶器と思しき血のついた燭台を持っていた西崎、そして現場に居合わせた人たち(杉下、成瀬、安藤)というのがスタート時点です。
この状況から、ミステリの読者であれば事件の構図は何通りか想定できるかと思います。
真相はどうだったのか、誰が誰に手を下したのかという点では変わるのですが、この想定の範囲内にとどまっており、読んでいるこちらとしては変わった感があまりなかった、とご理解ください。
解説からの孫引きになりますが、著者が「小説すばる」2014年6月号のインタビューで
「『Nのために』は、立体パズルを作りたいな、と思ったんです。登場人物たちは、最後まで誰が嘘をついているか分からない。人の気持ちの奥底を追求するというよりは、読む人だけが立体パズルを組み立てることができて、最後には、そうかこんな形式だったのかと分かる小説を」書きたかった
と説明しているそうです。
このためでしょう、「Nのために」はもっぱら、登場人物、語り手の心の中を覗き込むことに主眼が置かれています。
これは湊かなえの筆力のなせる技なのですが、それぞれの登場人物の心の中はとても興味深く、面白く読めました。そしてこれは作者の狙い通りなのですが、浮かび上がる相互のすれ違いも楽しめました(登場人物たちには気の毒な面もありますが)。
ただ、こういうパターンの作品の場合、個人的にあまりすっきりした読後感にならないことが通例で、この作品もそうでした。ぼくがミステリに期待するものとは違う方向性を持った作品ということかと思います──事件そのものの構図が問われているのではなく、つまり、謎が事件そのものではなく登場人物の心の中という作品群はあまり好みではないということですね。
これが驚嘆できなかった理由です。
一方で、「告白」 (双葉文庫)、「少女」 (双葉文庫)、「贖罪」と来たこれまでの湊かなえの諸作と違い、「Nのために」はイヤミスではありません。
これは結構大きなポイントで、今後湊かなえの作品を手に取りやすくなるのでは、と思います。
次は「夜行観覧車」 (双葉文庫)ですが、それほど間を開けずに読みたいと思います。
タグ:湊かなえ
プールの底に眠る [日本の作家 ま行]
<カバー裏あらすじ>
13年前の夏休み最終日、僕は「裏山」でロープを首に巻いた美少女を見つける。自殺を思いとどまった少女は、私の命をあなたに預けると一方的に告げた。それから7日間、ばらばらに存在する人や思いや過去が繋がりはじめた。結末は何処に? 切なさと驚きに満ちた鮮烈デビュー作。〈第42回メフィスト賞受賞作〉
2023年12月に読んだ2冊目の本です。
白河三兎「プールの底に眠る」 (講談社文庫)
メフィスト賞を受賞したデビュー作です。
若いころに読めばよかったなぁ、というのが読後の第一印象です。
解説が北上次郎で、いつものように熱のこもった文章で白河三兎の魅力が語られています。
「群を抜くセンス」「巧みな構成」「白河三兎の小説はすべて、キャラクターよく、センスよく、台詞もよく、印象的なシーンも多いという傑作ばかり」
その通りだな、と思うのですが、だからといってこちらに響いたかというと、そういうわけではありませんでした。
非常に印象的な物語ですし、印象に残るやりとりも随所にあります。
たとえば
「あなたって少し変わってる」
「僕は普通の高校生だよ」と否定した。
「知らないの? 普通の人間なんてどこにもいないのよ」
「それは慰めの言葉だよ」(29ページ)
「愛する家族を失うくらいなら、一生お小遣いがなくてもいい。好き嫌いしないで、残さずに食べる。祖母ちゃんが戻ってくるなら、僕は何でも言うことを聞く。
実に子供らしい願いだ。もちろんどこの神様も僕の願いを聞き入れてはくれなかった。願うことの虚しさと、願うことしかできない子供の無力さを幼心に知ったものだ。」(168ページ)
こういうのを読むのはとても楽しい。
高校三年生の主人公僕とセミと呼ばれる中学一年生の少女(ちなみに僕はイルカ)の七日間は、極度に屈折しているもののキラキラしています。
三十路を迎えた僕が十三年前の過去を振り返っているというかたちでつづられているのですが(そのことは冒頭の序章ではっきり書かれています)、そのことをすっかり忘れてしまいました。
なので、高校生にしてはやけに老成した語り手だな、という違和感を抱きながら読むことになってしまいました。
セミのキャラクターが、ませているというのか、こちらも妙に老成したところがあるように感じられたのも、違和感に拍車をかけました。
終章では再び現在の物語になるので、主人公の語りの設定については自分の勘違いを修正できましたが、セミはそのまま大人びていたわけですね。
(誤解のないように念の為言っておきますと、この大人びたセミこそがこの物語の魅力の根源とも言えます)
この魅力的な物語を支えるのが、作者の技巧なのですが、この技巧が個人的にはマイナスに働いてしまったようです。
自らの勘違いのせいでずっと違和感を抱き続けながら読んでいたことで、技巧面での狙いに気づきやすくなってしまったのかもしれません。この技巧の結果北上次郎が「最後にそれが一気に噴出する」という効果が得られるはずが、力が減じられてしまいました。
残念。
白河三兎の別の作品も読んでみたいと思いました。
貴族探偵対女探偵 [日本の作家 ま行]
<カバー裏あらすじ>
新米探偵・愛香は、親友の別荘で発生した殺人事件の現場で「貴族探偵」と遭遇。地道に捜査をする愛香などどこ吹く風で、貴族探偵は執事やメイドら使用人たちに推理を披露させる。愛香は探偵としての誇りをかけて、全てにおいて型破りの貴族探偵に果敢に挑む! 事件を解決できるのは、果たしてどちらか。精緻なトリックとどんでん返しに満ちた5編を収録したディテクティブ・ミステリの傑作。
読了本落穂ひろいです。
2016年10月に読んだ麻耶雄嵩の「貴族探偵対女探偵」 (集英社文庫)。
「貴族探偵」 (集英社文庫)(感想ページはこちら)に続くシリーズ第2作で、「2014本格ミステリ・ベスト10」第一位。
大傑作「貴族探偵」 (集英社文庫)の続編ですから期待度大。
存分に楽しく読みました。
「白きを見れば」
「色に出でにけり」
「むべ山風を」
「幣もとりあへず」
「なほあまりある」
の5編収録です。
貴族探偵にライバル登場?ということでしょうか、女探偵高徳愛香が狂言回しを務めます。
推理合戦的な色彩を帯びてくるのは当然なのですが、さすが麻耶雄嵩というべきか、(高徳愛香にとって)無茶苦茶いじわるな設定になっています。
高徳愛香の設定は、名探偵と名高い師匠の死後孤軍奮闘している、というものなのですが......
第一話「白きを見れば」で高徳愛香が意気揚々と(?) 指摘する犯人は、なんと貴族探偵。
貴族探偵の執事の推理に(当たり前ながら)敗れ去ります。
続く第二話でも、勢い込んで推理を披露するのですが、そこでも指摘する犯人は、貴族探偵。
もちろん、貴族探偵の料理人の推理に否定されてしまいます。
というわけで、もう想像がつくと思いますが、第三話でも第四話でも、高徳愛香は貴族探偵を犯人として名指し続け、それぞれメイド、運転手に敗れ去るのです。
いや、お前、さすがに貴族探偵は犯人候補から外せよ。
まあ、みんなを容疑対象にするというのは正しい姿勢かとは思いますので、自分の推理が貴族探偵を指し示してしまうようなら、今一度じっくり考えなおすくらいのことはしたらどうでしょう。
この点でも名探偵には到底なれない人材なのではないかと思いますが......(笑)。
ところが最終話「なほあまりある」は少々様子が違います。
不明の依頼人から高額の依頼料でウミガメの産卵が見られる離島に派遣された高徳愛香。
その島には(お約束通りに)貴族探偵もいて。ただし、使用人はいない(!)。
第一話でもずっといなかった執事がヘリコプターで馳せ参じるので油断はできないものの、「親族の園遊会で不手際があって、知尻拭いに駆り出されている」(316ページ)ということであとからやってくる可能性は(物語上)排除されています。
では、誰が推理する???
なにしろ
「馬鹿馬鹿しい。私に推理しろと? 貴族に労働を強要するとは時代も傲慢になったものだ。何のために使用人がいると思っているんですか?」(58ページ)
と言ってのける貴族探偵ですからね。
一方の高徳愛香は、ミスするというのがフォーマットですし。
パット・マガーの「探偵を捜せ! 」(創元推理文庫)とは違う趣旨で読者は探偵が誰かを探りながら読むことになります。
これ、おもしろい。
この部分はミステリ優れた仕掛けとは言えないのかもしれませんが、この貴族探偵という特殊なミステリ作品において、とても有効な一撃を放っていると思います。
麻耶雄嵩は常に変なこと(褒め言葉です)をやってくれます。
この「貴族探偵対女探偵」も期待を裏切らない傑作だと思いました。
モーリスのいた夏 [日本の作家 ま行]
<カバー裏あらすじ>
高校二年の夏休み、村尾信乃はアルバイトのため優雅な避暑地を訪れる。そこで美少女・芽理沙に引き合わせられたのは“人くい鬼”なる異様な生き物。生きている人に危害は与えず、大人には見えないというのだが…。そんな中、立て続けに起きる不可思議な事件。“人くい鬼”の仕業ではないと信じる二人は、真犯人を捜して調査を始めた。ひと夏の奇跡を描く、爽やかなミステリー。『人くい鬼モーリス』を改題。
2023年7月に読んだ本の感想が終わったので、読了本落穂ひろいを。
落穂ひろい。なのですが、「ロートケプシェン、こっちにおいで」 (創元推理文庫)(感想ページはこちら)同様手元の記録から漏れていまして、いつ読んだのかわかりません......
松尾由美の「モーリスのいた夏」 (PHP文芸文庫)。
もともと理論社のミステリーYA! という叢書から「人くい鬼モーリス」というタイトルで出ていたもので、ジュブナイルということになると思われますが、解説で風間賢二が書いているように、「大人の読者でもじゅうぶん楽しめる作品」です。
はじめて松尾由美の感想を書いた「雨恋」(改題後のタイトル「雨の日のきみに恋をして」 (双葉文庫)。感想ページはこちら)のところで、
「松尾由美といえば、変な作品! (念のため、褒め言葉です)
ミステリでは、『バルーン・タウンの殺人』 (創元推理文庫)も『安楽椅子探偵アーチー』(創元推理文庫)も変だったし、サスペンスでは『ブラック・エンジェル』 (創元推理文庫)も、『ピピネラ』 (講談社文庫)も相当変わっていました。」
と書きましたが、この「モーリスのいた夏」も相当変わっています。
主人公である女子高生信乃のところに持ち込まれる夏のバイト。別荘地で過ごす小学四年生の女の子芽理沙の家庭教師。気難しいといわれる芽理沙に気に入られて、別荘地で出会う不思議な事件。
というわりと典型的な話ですが、そこで芽理沙に紹介されるのが、モーリスと名づけられた人くい鬼(!)。
芽理沙の祖父が遺した手記にモーリスのことが記載されていて、恐る恐る、疑いを抱きつつも信乃は理解を深めていく。
モーリスは、自分の手で死体をつくりだすことは絶対にないが、死んでまもない人や動物の「残留思念」または「魂」をエネルギーとしてとりこみ、死体を消してしまう、というなんとも殺人犯にとって都合のいい生き物。
と思っていたら実際に殺人事件(らしきもの)が起きて、死体が消えてしまう。
死体がどうやって消えたのか、警察が捜査を進めていくのですが、モーリスのことを知っている信乃と芽理沙は、モーリスを守らなければと......
いわゆるひと夏の冒険として、タイトに仕上がっているところが最大の長所かと思います。
ひと夏の恋も、ちゃんと出てきます。
そしてこの種の物語の典型ではありますが、最後を手紙で締めくくるのも、美しいと思いました。
なにより
「信乃ちゃんの場合、することや言うことに独特の面白みがある。雰囲気をなごませるというか、素頓狂というか」(16ページ)
面と向かってこう評される信乃と、素直だったりわがままだったり、くるくると変わる芽理沙のコンビが楽しい。
人くい鬼は出てきますが、きちんとミステリとしての手順も踏まれており、カメラなどの小道具も要所を締めてくれていました。
松尾由美、癖はありますが、いいですよ!
<蛇足1>
「『人くい鬼』の『く』はひらがなだから気をつけてね。漢字の『人食い鬼』じゃなく。そのちがいは、生きている人間は絶対に食べないということ」(48ページ)
割と最初の方で芽理沙が信乃に説明するところです。
ひらがなと漢字の違いという説明をしていますが、「くう」と「食う」にはそういう含意はないと思われますので、この作品内での説明、ということかと思います。
<蛇足2>
「そのうちお招ばれする機会があると思うから、楽しみにしててね」(82ページ)
何の抵抗もなく、すっと「およばれ」と読みましたが、招という字を「よばれる」というように読むとは習わなかった気がします。意味からしてぴったりですけれども。
秘剣こいわらい [日本の作家 ま行]
<カバー裏あらすじ>
事故で両親を亡くし、自身も脳に障害を抱えることになった美少女・和邇(わに)メグル。危険が迫るとプラダのリュックから短い棒を抜き敵をぶち倒す、秘剣「こいわらい」なる業(わざ)をもった女剣士だ。そんなメグルが始めたバイトは電器屋会長の用心棒だったが!? 飛び切りユニークでセンス抜群なチャンバラ現代劇、ついに開演!!
読了本落穂ひろいです。
2016年2月に読んだ松宮宏「秘剣こいわらい」 (講談社文庫)。
もともとは日本ファンタジーノベル大賞
ミステリではなかったのですが、たしか「本の雑誌」だったかで大森望に激賞されていた作品で、興味を持って手に取りました。
本書の解説も大森望で、もちろん激賞してありまして
「現代の京都を舞台に、用心棒の女子大生が棒切れ一本で大の男をばったばったと薙ぎ倒してゆく。いやはやまったく、こんな小説、読んだことない”
ウソだと思う人は、とりあえず第一章(冒頭二十七ページまで)に目を通してみてほしい。気がつくと、この不可思議なこいわらいワールドのとりこになっているはずだ。」
と書かれています。
ちなみに僕が持っている文庫の折り込みチラシには「ダマされたと思って、冒頭33ページまで(立ち読みでもいいから)読んでみて!!」となっています。
ページ数が違うのはご愛敬でしょうが、かなり力の入った宣伝です。
で、注目の書き出し冒頭部分なのですが......
主人公和邇(わに)メグルの一人称で軽快に語られて、面白いかも、と期待させてくれたのですが、同時に大きな失望を味わいました。
というのも28ページから登場する京都宮内庁(これ、役所ではなく電器屋さんです)の会長のキャラクターが、実在の城南電機の宮路社長を彷彿とさせるものだったからです。
ある程度の年齢以上の方であれば、カバンに現金を詰め込んで持ち歩いているという宮路社長の姿をテレビでよく見かけた記憶をお持ちではないでしょうか。
それによりかかったような人物設定に少々がっかりしたのです。
現代の日本を舞台に、秘剣だ、チャンバラだ、というのですから、戯画調になるのは必然かもしれませんが、その戯画化の手段として主要人物に借り物感漂うというのは小説としては勘弁してほしいかな、と思いました。
最後まで楽しく読めました。
戯画化された人物たちが繰り広げる大騒動は、よくこんな話考えたな、と思えるもので。お話はとてもおもしろい。
メグルが繰り出す秘剣で戦うのも爽快といえば爽快。
なんですが、小説としては大きな不満が残りました。
人物設定のみならず、「小説としては勘弁してほしいかな」と思える箇所があちこちに。
物語の進み方自体も、伏線がほぼなく、ただただ流れていって、「実はこうでした」「秘剣とはこうなんです」「こういう背景がありました」と、あとからあとから付け足しのように情報が補足され、あたかも後出しジャンケンのオンパレード。
主人公が知らされていなかった、というだけならまったく問題ないとは思いますが、キーとなる情報をほぼ読者にも伏せたままというのでは物語の構造として困ると思います。
小説観も人それぞれでしょうから、さまざまな考え方があるのだろうとは思いますが、ただただ筋さえ追えればよい、という小説観には与しえません(個人的にはかなりストーリー展開重視な立場だと自覚はあるのですが、それにも限度があろうかと)。
お話は面白かったので、小説としての調理がうまくいっていなかったかな、というのが正直な感想です。
タグ:松宮宏
鬼畜の家 [日本の作家 ま行]
<カバー裏あらすじ>
我が家の鬼畜は、母でした──保険金目当てで次々と家族に手をかけた母親。巧妙な殺人計画、殺人教唆、資産収奪……唯一生き残った末娘の口から、信じがたい「鬼畜の家」の実態が明らかにされる。人間の恐るべき欲望、驚愕の真相! 第3回ばらのまち福山ミステリー文学新人賞を受賞、衝撃のデビュー作。
読了本落穂ひろい。
深木章子の「鬼畜の家」 (講談社文庫)
第3回ばらのまち福山ミステリー文学新人賞受賞作です。
この文学賞、島田荘司が選考委員をつとめ、受賞作もかなりおもしろそうなものがあるのですが、あまり文庫化されていないのでほとんど読めていません。
さておき、深木章子の作品では、「衣更月家の一族」 (講談社文庫)(感想ページはこちら)の感想を先に書いていますが、読んだのはこちらの「鬼畜の家」が先です。
「衣更月家の一族」もそうでしたが、非常に精緻に作りこまれており、選考委員を務めた島田荘司の言葉を解説から借りると「稀な完成度を誇る精密機械」「ここまで極限的に先鋭化、巧妙化、人工化したものはなかった」ということになります。
イヤミスというのとは少々味付けが異なるように思いましたが、読みながらイヤになることは間違いないような「鬼畜」である母・郁江の悪業が、私立探偵榊原による関係者宛のインタビューにより読者に明らかになっていきます。
この郁江が車の事故で同乗していた息子と一緒に死んでしまっている、というのがミソですね。
非常に精緻に組み立てられた物語を一転させるための手がかりが、あまりにも古典的なもので却っておもしろく感じましたが、マイナスに感じる人もいるのでは、と少々心配になりました。
この精緻さは珍重すべき特質だと思われ、作品を続けて読んでいきたいと強く感じました。
晴れた日は図書館へいこう [日本の作家 ま行]
(P[み]4-1)晴れた日は図書館へいこう (ポプラ文庫ピュアフル)
- 作者: 緑川 聖司
- 出版社/メーカー: ポプラ社
- 発売日: 2013/07/05
- メディア: 文庫
<カバー裏あらすじ>
茅野しおりの日課は、憧れのいとこ、美弥子さんが司書をしている雲峰市立図書館へ通うこと。そこでは、日々、本にまつわるちょっと変わった事件が起きている。六十年前に貸し出された本を返しにきた少年、次々と行方不明になる本に隠された秘密……本と図書館を愛するすべての人に贈る、とっておきの“日常の謎”。
知る人ぞ知るミステリーの名作が、書き下ろし短編を加えて待望の文庫化。
読了本落穂ひろいです。
2017年11月に読んだ、緑川聖司「晴れた日は図書館へいこう」 (ポプラ文庫ピュアフル)
第一回日本児童文学者協会長編児童文学新人賞佳作受賞作。
第一話 わたしの本
第二話 長い旅
第三話 ぬれた本の謎
第四話 消えた本の謎
第五話 エピローグはプロローグ
と
番外編 雨の日も図書館へいこう
を収録した連作短編集です。
The 日常の謎、とでも言いたくなるような謎を扱っています。
第一話 図書館で見かけた三歳くらいの迷子が年齢不相応な本を「わたしの本」というのは?
第二話 少年が返却に来た本は、六十年前に少年の祖父が借りていたものだった。どうして?
第三話 図書返却用のブックポストにどうして水が投げ込まれたのか?
第四話 急に児童書が盗まれるようになった。盗まれた本の共通点から浮かび上がる犯人は?
第五話はこれまでの集大成的な顔見世が行われると同時に、主人公茅野しおりにちょっとしたサプライズ。
文庫化の際に追加された番外編は、雨の中で本を読む女性の謎を扱っていますが、シリーズ読者にちょっとうれしいプレゼント的な色彩も添えられています。
プロローグで、わたしが「晴れた日は、図書館へいこう!」と心の叫びをあげますが、その中で
「読みたい本は、たくさんある。その上、わたしが一冊の本を読んでいる間にも、世界中でたくさんの人が、わたしたちのために新しい本を書いてくれているのだ。」(7ページ)
と書いているのに注目しました。
ミステリーを読み始めた子供の頃、愚かにも、世の中のミステリーを全部読む!、と考えていたからです。
主人公の茅野しおりは小学五年生という設定ですが、当時のぼくよりもはるかに賢い(笑)。
謎を解くのはしおりではなく周りの人物たちで、謎もさほど大きなものがないので、解いたというよりも解けた、という風情を漂わせていますが、この種の謎に図書館はふさわしいのかも、と思えました。
あとがきで作者も
「図書館を舞台にした作品を書こうと思ったのは、頻繁に通っていてよく知った場所だったということと、いわゆる『日常の謎』ものの舞台になりそうだな、と思ったからでした。」
と書いています。
集中のお気に入りは「第二話 長い旅」。
繰り返し出てくる「そういう時代」という語を味わってしまいました。
こういう作品が気に入るようになったのは、こちらが歳を取ったということなのでしょうか?
シリーズも好調なようで、
「晴れた日は図書館へいこう ここから始まる物語」 (ポプラ文庫ピュアフル)
「晴れた日は図書館へいこう 夢のかたち」 (ポプラ文庫ピュアフル)
と第3作まで出版されています。
<蛇足>
「去年のテーマは『光害(ひかりがい)について』(『公害』と区別するために、『ひかりがい』と読むのだそうだ)。」(127ページ)
光害は「ひかりがい」と読むのですね。知りませんでした。