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浴室には誰もいない [海外の作家 は行]


浴室には誰もいない (創元推理文庫)

浴室には誰もいない (創元推理文庫)

  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2016/10/20
  • メディア: 文庫

<カバー裏あらすじ>
匿名の手紙を契機に、ある家の浴室から死体を溶かして流した痕跡が見つかる。住人の男性ふたりはともに行方不明。地元警察と、特殊な事情によりロンドンから派遣された情報部員が、事件解決に向けそれぞれ捜査を始めるが……。二転三転する展開の果てに待つ、「死体なき殺人」の真相とは? バークリーが激賞した、英国推理作家協会ゴールドダガー最終候補作の本格ミステリ。


2024年2月に読んだ12冊目、最後の本です。
コリン・ホワイトの「浴室には誰もいない」 (創元推理文庫)

先日読んだ「ロンリーハート・4122」 (論創海外ミステリ)の感想で既読と大きな勘違いを書いてしまい、その後未読であることを確認、慌てて(いい機会でもあるし)読むことに。

解説で法月綸太郎が、アントニイ・バークリー、ジュリアン・シモンズ、H・R・F・キーティングの言葉を引用しながら、ユーモアミステリ、ファルスミステリとして評価されていますが、笑いの要素は正直それほど強く感じられません。非常にわかりにくい笑いが提供されています。
法月綸太郎により「奇妙というより、もっとシュールでわけのわからない謎、うわべと中身のズレから生じる笑いと腹黒いサスペンス、いきなり真顔で突き放すような、情け容赦のない結末。それでも最初から作者の狙いにブレはなく、含みのある言い回しとあけすけな目配せで、底意地の悪い真相をちらつかせていたことがわかる」と説かれていますが、一言でいうと、変な作品ということになるのではないかと思います。

フラックスボロー警察に届いた匿名の手紙をもとに、住んでいる男性二人の姿が見えないからと警察が乗り込んでいく、というのがまず不思議(後に存在が確認された家主にパーブライト警部は「一存で家のなかを見させてもらいました」(88ページ)と言っています。家のなかを見たどころではないのですが笑)。
その家から浴槽が運び出され、下水管の下水が浚われ、硫酸を使用した跡が発見され、庭が掘り返される......
パープライト警部は死体を硫酸で処理したと考え捜査に乗り出すが......

ここまでだけで十分変です。
さらに変になります。
家主で煙草屋のゴードン・ペリアムとともに住んでいた旅回りのセールスマンのホップジョイは、実は重要国家機密に関わるスパイ当局の一員で諜報員だった(とはっきり書かれていませんが)ということで、その組織のロス少佐とその部下パンフリーも独自にホップジョイの行方を追う。

田舎町を舞台にした行方不明に、とんだ大騒ぎ、なんですが、捜査はわりと地味に進みます。

住んでいた二人のうちどちらかがどちらかを殺した、と思われていたものが、片方である家主が見つかって、家主が殺したのか、と思ったら、どうも証拠に矛盾があって、では死んだふりして失踪しているにか......
237ぺージと短い作品ですが、事件の様相がくるくると変わります。
(脱線しますが、先日感想を書いた湊かなえの「Nのために」 (双葉文庫)(感想ページはこちら)と違って本当にくるくると様相が変わります。こちらは死体が見つかっていないという点で変える余地が大きいから、ということもありますが、作者の興味の焦点が違うというのが一番の原因かと思われます)

作者の意地悪なところが色濃く出ている、そしてそれがイギリスで受けた、ということかと思われます──日本ではちょっと受けにくい作風である気がしますが、貴重な作風だと思うので、もっと訳してほしいですね。


<蛇足1>
「温かいミルクとコーヒーエッセンスでほんのり味をつけた湯を勧め、綿埃の焦げた臭いを強烈に発散する模造暖炉のスイッチを入れ」(36ページ)
”温かいミルクとコーヒーエッセンスでほんのり味をつけた湯” というのはかなり強烈な表現ですね。
後半に出てくる模造暖炉、昔住んだロンドンのフラットに似たようなものがありましたが確かに埃の匂いがしました。

<蛇足2>
「パーブライトは遺憾な気持ちを込めてため息をついた。」(88ページ)
遺憾な気持ちを込めたため息ってどんなでしょう?

<蛇足3>
「チャブが署長という地位にふさわしい知力を備えていると信頼していたためではない。単純な自然を前にして心を開放し、問題を効率的に解決しようとする心理が働いたにすぎない。」(138ページ)
パーブライト警部の心情を書いたくだりですが、ここの意味がわかりませんでした。
単純な自然?
チャブ署長と話すことを前提とした文章で、どうして自然が出てくるのでしょう?
ひょっとしたら原語は nature で、ここでは自然ではなく、人の性格、性質を指すのではないでしょうおか? 単純な性格の署長を前に、くらいの意味?

<蛇足4>
「うがった見方はしたくないが」と始めた。「可能性を無視するわけには……そのう、男がふたりきりでひとつの屋根の下に……」(143ページ)
チャブ署長のセリフですが、ここの「うがった見方」は典型的な誤用ですね。
「疑って掛かるような見方をする」意味で使わることが多い語ですが、本来は「物事の本質を捉えた見方をする」という意味ですから。
チャブ署長はあまり聡明な人物としては描かれていないので、訳者はわざと誤用させたのかもしれませんね。

<蛇足5>
「ブロックルストン発のニュースは、公園の芝生にはびこるデージーのように、新聞に顔を出し続けた。
 記事そのものもデージーに似て小さく、常に紙面の下のほうに掲載される。」(217ページ)
デージーでも正しいのですが、この花の名前はデイジーと書く方がしっくりきますね。


原題:Hopjoy was Here
著者:Colin Watson
刊行:1962年
訳者:直良和美






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