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月明かりの男 [海外の作家 ヘレン・マクロイ]


月明かりの男 (創元推理文庫)

月明かりの男 (創元推理文庫)

  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2017/08/31
  • メディア: 文庫

<カバー裏あらすじ>
私用で大学を訪れたフォイル次長警視正は“殺人計画”の書かれた紙を拾う。決行は今夜八時。直後に拳銃の紛失騒ぎが起きたことに不安を覚え、夜に再び大学を訪れると、亡命化学者の教授が死体で発見された。現場から逃げた人物に関する目撃者三名の証言は、容姿はおろか性別も一致せず、謎は深まっていく。精神科医ウィリングが矛盾だらけの事件に取り組む、珠玉の本格ミステリ。


読了本落穂ひろい。
ヘレン・マクロイの「月明かりの男」 (創元推理文庫)
手元の記録によると2018年1月に読んでいます。
巻末のリストによるとウィリング博士もの第2長編のようです。

発表年からすると当たり前のことなのかもしれませんが、大学を舞台にした作品であるにもかからわず、戦争の影が色濃いのが特徴と言えますね。

目撃者の食い違う証言というのは魅力的な謎なのですが、その種明かしはやや拍子抜け。
正直反則技に近いように思われるのですが、現実なんてそんなものかもしれません。

ただ、この作品はこの謎に寄りかかっているわけではなく、これはほんのごく一部。
細かなものがおおいですが、さまざまなアイデアが盛り込まれています。
心理的なことに着目するウィリング博士の捜査方法にはさほど感心はしなかったものの、アイデアがちりばめられた様子に満足できました。
戦争という背景も、上手く謎解きに取り込まれています。

特に個人的に感心したのは、動機です。
ミステリでよく言われる ”意外な動機” ではないのですが、現実的で説得力のある動機ですし、背景がうまく隠されています。

鳥飼否宇による解説がよくて、購入する前に確認したいかたは、解説を読まれるといいと思います。


<蛇足1>
「五月と六月は年間で最も自殺の多い時期なんです。」(88ページ)
おもしろいですね。こういう統計があったのでしょうか?
日本だと、四月が新学期・新年度の始めで、五月病というのがありますが、そうではないアメリカでも五月は憂鬱になる人がおおいのでしょうか?

<蛇足2>
「口蓋は拳銃自殺する者が選ぶ箇所七つのうちのひとつです」(89ページ)
拳銃自殺で選ばれる場所が7ヶ所もあるのですね。7つも思いつきません。

<蛇足3>
「細かい点まで、なにからなにまでが自殺を指し示しているのは奇妙じゃないか? 検死が必要になる現場では不確定要素がつきものだ。にもかかわらず、今回の場合は、”自殺だ!” という標識があちらこちらに立っている。まるで、法医学を勉強中の大学生が、お決まりの手がかりをありったけ詰めこんだ典型的な自殺の例をこしらえようとしたみだいじゃないか。あらかじめ計画されていたのでなければ、物事はこんなふうにきっちりとは進まない。教科書どおりに行くことは、医学と同じく犯罪学でもまれなんだ」
「そういう理論は初めて聞きましたよ!」「自殺の根拠が多すぎるから殺人にちがいない? 法廷でそんな理屈が通用しますか?」(92ページ)
ミステリではよく出くわす議論ですが、わくわくしますね。

<蛇足4>
「銃口を身体のどこかに接触させて発砲した場合、火薬の爆発によって噴出するガスが弾と一緒に強制的に体内へ送り込まれ、ぎざぎざの大きな銃創を作ります。ガスの威力は実にすさまじく、発射の際に銃口がふさがれていると、銃まで粉砕するほどです。つまり、接射で人体に損傷を与えるのは銃弾ではなくガスなので、銃弾はあってもなくてもかまいません。空砲でも実弾と同じ結果になります。銃口と体が接触してさえいれば」(116ページ)
こういう詳しい説明がされる、初めてな気がします(といいながら、記憶力がないだけの可能性も大なのですが)。
物語の後段(171ページあたりと、もう二ヶ所)でこの知識が活用されるのでニヤリとしてしまいました。

<蛇足5>
「しかも、それぞれの関係は殺人の二大動機にからんできます。二大動機とは、フロイト的動機とマルクス的動機、すなわち愛と金です。」(142ページ)
フロイト的動機とマルクス的動機とはおもしろい表現ですね。
広まっていてもよさそうな感じですが、ほかで見かけたことはない気がします(といいながら、ふたたび、記憶力がないだけの可能性も大なのですが)。

<蛇足6>
「ナッソー郡警察の保安官は、これほど疑わしき点のない自殺は初めて見たと言っている。」(171ページ)
突然「疑わしき」と古語が出てきてびっくりしました。「疑わしい」を使わない理由が、なにか言語にあるのでしょうか? それとも単なるタイポ?

<蛇足7>
「大学のガウンらしいね」
ー略ー
「犯人が自分の服に返り血がつかないようあらかじめ着ていたと思われる。ソルトが月光に照らされた逃げていく人物を女性と見まちがえたのは、おそらくこのせいだろう」(170ページ)
さらっと流されているのですが、ガウンを着ていたくらいで、女性と間違えられるでしょうか?
スカートをはいていたとでも思ったのかな?

<蛇足8>
「そういうやつがヨークヴィル大学の教員のなかにいるなどということを、わたしに信じろとおっしゃるのですか?」
ー略ー
「学問は必ずしも感情の成熟にはつながらないのです。」(193ページ)
象牙の塔は、むしろ逆にミステリでは犯罪の温床のような気がしますね(笑)。

<蛇足9>
長くなりすぎるので引用は控えますが、鉤十字について歴史や含意が204~205ページに書かれています。
第二次世界大戦前のナチスドイツの影響が感じられる箇所です。

<蛇足10>
「たいていの殺人者には自分の気に入った殺害方法がある」ベイジルは指摘した。「ボクサーそれぞれノックアウトを決める際の必殺パンチがあるようにね。興奮状態での暴力行為は儀式的になりがちなんだ」(222ページ)
”儀式的” という語の指すところがよく理解できないのですが、それでも前段の指摘はミステリではよくあるものですね。

<蛇足11>
「大酒飲みの血筋がてんかん以外にも夢遊病やサディズムと関連しているのは、おそらくそれが原因だろう。どれも神経系の疾患だ」(254ページ)
なかなか刺激的な発言ですが、お酒って怖いですね。



原題:The Man in the Moonlight
作者:Helen McCloy
刊行:1940年
翻訳:駒月雅子




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悪意の夜 [海外の作家 ヘレン・マクロイ]


悪意の夜 (創元推理文庫)

悪意の夜 (創元推理文庫)

  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2018/08/22
  • メディア: 文庫

<カバー裏あらすじ>
夫を転落事故で喪ったアリスは、遺品のなかにミス・ラッシュなる女性の名が書かれた空の封筒を見つける。そこへ息子のマルコムが、美女を伴い帰宅した。女の名前はラッシュ……彼女は何者なのか?息子に近づく目的、夫の死との関連は?緊張と疑惑が深まるなか、ついに殺人が起きる……。迫真のサスペンスにして名探偵による謎解きでもある、ウィリング博士もの最後の未訳長編。


ウィリング博士もの最後の未訳長編だったそうです。
巻末にヘレン・マクロイの著作リストが掲げてあるのですが、読むほうもよたよたとではありますがかなり進んできたことがわかります。
ウィリング博士もの以外の未訳作品はまだまだあるようなので、ぜひ訳していってほしいですね。

原題は「The Long Body」= 長い身体。197ページにウィリング博士が解説しています。
「ヒンズー教の神秘的な哲学から借りてきた用語で、一種の分身です。深層心理学の概念のひとつを表しているとお考えください。われわれにとって “身体” という語は三次元、要するに高さと幅と奥行きを持つ個体を意味します。しかし人の本質には時間という四つ目の次元も存在するのではありませんか? 時限とは単純に方向です。四つ目の次元における動きをなぜ認識しないのかと誰かに問われたら、こう訊き返しましょう。時間の経過とともに、生身の肉体の大きさや形状を変化させる成長という不思議な動きは、いったいなんなのか、と。
 通常、われわれは成長を肉体それ自体に起こる変化と考えます。ヒンズー教では肉体を幼年期、中年期、老年期を包括する全体と捉えます――その全体は、時間の作用で局面が移り変わっていくあいだもじっと動かない。それが “長い身体”と呼ばれているものです。誕生から死までの長期にわたる肉体ととらえれば、理解しやすいでしょうか。
 つまり、生まれてから死ぬまで、人の一生のあいだに起こる出来事が真の身体を構成しているわけです。それはある瞬間からある瞬間までの断面図としてわれわれの目に映りますが、実は独自の形を持った、永遠のなかの大いなる全体なのです――その人の生涯におけるすべての進化と出来事を内包する風景と呼んでかまいません 」

難しい概念だなぁと思いますが、ミステリ的には ”過去は影を落とす” という定番テーマを示したもの、と捉えてしまっても(浅薄な解釈ではあるにせよ)それほど間違いではなさそうです。
物語は三部構成になっているのですが、格部のタイトルが
直接法現在
仮定法未来
未完了過去
となっているのが興味深いです。

ヒロインであるアリスの視点から事件が描かれていくのですが、そのアリスが夢遊病である(夢中歩行する)ことには少々がっかりしましたが、ヒロインが追い詰められていく様子はサスペンスフルですし、殺人が発生しガラッと物語のベクトルが変わるところも面白かったです。
影響を及ぼしている過去について、登場人物の手紙(手記?)で大半が説明されるというのはミステリ・プロットとしてどうなの? という指摘もあろうかと思いましたが、なによりその手記の行方が物語全体の牽引となってきたこともあり、その手記が明かされて一転真相にウィリング博士が迫っていくのであまり不満は覚えませんでした。

本当に未訳作品を訳してほしいです。


原題:The Long Body
作者:Helen McCloy
刊行:1955年
翻訳:駒月雅子


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二人のウィリング [海外の作家 ヘレン・マクロイ]


二人のウィリング (ちくま文庫)

二人のウィリング (ちくま文庫)

  • 出版社/メーカー: 筑摩書房
  • 発売日: 2016/04/06
  • メディア: 文庫

<カバー裏あらすじ>
ある夜、自宅近くのたばこ屋でウィリングが見かけた男は、「私はベイジル・ウィリング博士だ」と名乗ると、タクシーで走り去った。驚いたウィリングは男の後を追ってパーティー開催中の家に乗り込むが、その目の前で殺人事件が……。被害者は死に際に「鳴く鳥がいなかった」という謎の言葉を残していた。発端の意外性と謎解きの興味、サスペンス横溢の本格ミステリ。


ヘレン・マクロイは、探偵役であるウィリング博士にいろいろな登場の仕方をさせてきていますが、今回のこの「二人のウィリング」 (ちくま文庫)では、偽者を登場させました(笑)。

偽者をウィリングが見かけてからの展開がすごくなめらかで、パーティに潜り込むところとか、おいおいと思いつつも、楽しめてしまいます。
つけていっていると、偽者が「鳴くーー鳥がーーいなかった」というセリフを遺して死んでしまう。
そのあともスピーディに展開します。
パーティの出席者が殺される事件が起こり......
パーティの出席者がふたたび一堂に会す段取りもおもしろかったです。

今回作者が用意した真相はさほど目新しいものではないのですが、当時としてはすごかったかもしれません。
今、この真相を描くと、もっともっと面倒くさい作品になりそうですが、あっさり片付けているところが魅力だと思います。
発想のもとは作中にもある通り、ディケンズの「リリパー夫人の遺産」なんでしょうか(色を変えておきます)? 未読なのでわかりませんが。

短めの作品ですが、サスペンスあり、謎解きあり、意外な真相あり、とても楽しめる逸品だと思います。


原題:Alias Basil Willing
作者:Helen McCloy
刊行:1951年
翻訳:渕上痩平








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逃げる幻 [海外の作家 ヘレン・マクロイ]


逃げる幻 (創元推理文庫)

逃げる幻 (創元推理文庫)

  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2014/08/21
  • メディア: 文庫

<カバー裏あらすじ>
家出を繰り返す少年が、開けた荒野の真ん中から消えた――ハイランド地方を訪れたダンバー大尉が聞かされたのは、そんな不可解な話だった。その夜、当の少年を偶然見つけたダンバーは、彼が何かを異様に恐れていることに気づく。そして二日後、少年の家庭教師が殺される――スコットランドを舞台に、名探偵ウィリング博士が人間消失と密室殺人が彩る事件に挑む傑作本格ミステリ。


更新に時間が空いてしまいました。
感想を書き溜めしてアップしていた分のことを考えると1ヶ月近く感想を書いていませんでした。

今年最初に読んだ本の感想になります。

今回の「逃げる幻」 (創元推理文庫)でヘレン・マクロイが舞台に選んだのは、第二次世界大戦後のスコットランド。
この作品、この舞台がとてもいいです。
ちょっぴり荒涼とした(?)、うねりのある丘陵地帯、ムア(荒野)。
行ってみたいんですよね、スコットランドのこういう感じの場所へ。
ロンドンにいる間に、と思っているのですが、COVID-19騒ぎのおかげで外出すらままならない状況なので、ちょっと期待薄ですね。

さておき、ムアから消えてしまう少年という、あらすじに書いてある謎?にはあまり期待しない方がよいですし(一種の密室状況ではありますが、肩透かしですから)、謎解きの場面でウィリング博士が明かすダイイングメッセージ(?) の謎解きは、よほど語学に堪能でないとわからない(しかも英語だけじゃない!!)ものではあったりしますが、それらの点を割り引いても、十二分に面白いミステリだと思います。
ああ、あとあらすじや帯に「密室殺人」とあるのですが、これも期待しない方が......(笑)

作品の根幹となるアイデアは、ぱっと聞くと、うまくいくかな? 無理じゃないかな、と思えるのですが、さすがヘレン・マクロイというか、周到に考えられていまして、特に308ページのウィリング博士の説明はとてもよかったですね。
ウィリング博士の謎解きの場面は、ほかにもなるほどね、と思えるところがあちこちにあって、満足!

あと、ウィリング博士の登場の仕方も、注目ですね。
「小鬼の市」 (創元推理文庫)(感想ページはこちら)ほどではないにせよ、名探偵はここで登場するのか、といったところ。


とても面白かったですね。
どうして今まで訳されていなかったのかな?



<蛇足>
「ここはピクト人の国だとおっしゃいましたね」(191ページ)
ピクト人? と思いましたが、古くからスコットランドのハイランド地方を支配していた強大な部族、らしいですね。

<ネタバレの蛇足>
!!ネタバレなので気をつけてください!!
「十五歳や十六歳の少年なら、もともと年齢のわりに幼く見えれば十四歳でも通るだろう。しかし十六歳や十七歳の子が十五歳のふりをするのは無理がある。」(307ページ)
十六歳が両方に含まれるのは矛盾だ、というのは置いておくとしても、そうかなぁ?
十六歳や十七歳の子が十五歳のふりをするのは、もちろん人にもよるでしょうが、簡単な気がします。
!!!!以上ネタバレでした!!!!



原題:The One That Got Away
作者:Helen McCloy
刊行:1945年
翻訳:駒月雅子






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牧神の影 [海外の作家 ヘレン・マクロイ]


牧神の影 (ちくま文庫)

牧神の影 (ちくま文庫)

  • 出版社/メーカー: 筑摩書房
  • 発売日: 2018/06/08
  • メディア: 文庫

<カバー裏あらすじ>
深夜、電話の音でアリスンは目が覚めた。それは伯父フェリックスの急死を知らせる内線電話だった。死因は心臓発作とされたが、翌朝訪れた陸軍情報部の大佐は、伯父が軍のために戦地用暗号を開発していたと言う。その後、人里離れた山中のコテージで一人暮しを始めたアリスンの周囲で次々に怪しい出来事が……。暗号の謎とサスペンスが融合したマクロイ円熟期の傑作。


ヘレン・マクロイの長編第8作です。
前回マクロイ作品の感想を書いた「小鬼の市」 (創元推理文庫)(ブログの感想ページへのリンクはこちら)では、なかなかウィリング博士は登場しませんでしたが、この「牧神の影」 (ちくま文庫)では最後まで登場しません(笑)。

あらすじに「円熟期」とあるので、あれっと思ってしまいました。
ヘレン・マクロイのデビューは「死の舞踏」 (論創海外ミステリ)(ブログの感想ページへのリンクはこちら)で1938年、最後の作品が「読後焼却のこと」 (ハヤカワ・ミステリ)で1980年ですから、この「牧神の影」 は1944年刊行と初期に書かれた作品といってもいいのでは、と思ったからです。
「円熟期」ってなんとなく晩年近いものを連想してしまいませんか?
(なお「小鬼の市」感想で、何冊目かというカウントを間違えていたので訂正しました)

ただ、タイミングの問題はあるにせよ、「牧神の影」の内容は円熟という単語で形容してもいいかな、と思えました。

いつも暗号が出てくるとその部分は飛ばしてしまうのですが(暗号がメインといえる竹本健治の「涙香迷宮」 (講談社文庫)(感想ページへのリンクはこちら)ですら暗号部分は飛ばし読みしていた体たらくです)、今回はヘレン・マクロイの作品ということで、ちゃんと(?) 普通に読みました。

がんばって読んだのですが、暗号部分の真価はわかりません......
正直、この暗号だったら、専門家がわからない、あるいは思いつかないということはないのでは? と思ってしまいました。
コロンブスの卵的な感じも受けませんでしたし。
暗号についてのエピソードもかなりの量を占めているので、力が入っていることは想像できるのですが。

お馴染みのウィリング博士が出てこないから、というわけではないですが、サスペンス調です。
(ひょっとしたら精神科医であるウィリング博士に暗号というのは...と思ったのかもしれませんね。「牧神の影」で暗号を解読するのは素人の若い女性ですけれども。)
しかしなぁ、本当に人里離れた山の中のコテージで若い女性が一人で過ごそうと思うかなぁ、という点はかなり気になりますが、作者も女性ですし、そういうものなのでしょうね。
もっとも、そのおかげで、主人公アリスンが不安に襲われる部分がとてもサスペンスフルになっています。
原題「Panic」(パニック)通りですね。それを「牧神の影」と訳しているのはとても美しくて素晴らしいですね!
このサスペンス部分がとてもよかったですね。

戦争(第二次世界大戦)が色濃く反映された物語になっていまして(そもそも暗号も軍のためですし)、舞台は山奥のコテージなのに、背景が複雑なものになっています。
怪しげな登場人物、不安を掻き立てる山中の描写.......
主人公アリスンの心細さが一層掻き立てられるものがたくさんあります。
サスペンス旺盛な一方で、謎解きはちょっとあっけなく感じられますが、それだけサスペンスが強烈ということなんだと思いました。

<2020.10.27追記>
この作品は、「2019 本格ミステリ・ベスト10」第5位でした。



<蛇足1>
「なにかを膝に投げれば、女なら膝を開いたまま、スカートで受け止めようとする。だが、男なら、膝に投げられれば、反射的に膝を閉じる。でないと、物はズボンの脚の間に落ちてしまうから。」(161ページ)
おもしろい着眼点ですが、当時は女性はスカートを履くもので、ズボンを履くことはなかったのでしょうね......

<蛇足2>
「彼は集産主義の調和の美に惹かれた経済学者の一人だった。」(323ページ)
集産主義がわからなくて調べました。Wikipedia ですけれど。
生産手段などの集約化・計画化・統制化などを進める思想や傾向。対比語は個人主義(個人主義的自由主義経済、自由放任経済など)。主な例は社会主義やファシズムなど。



原題:Panic
作者:Helen McCloy
刊行:1944年
翻訳:渕上痩平




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小鬼の市 [海外の作家 ヘレン・マクロイ]

小鬼の市 (創元推理文庫)

小鬼の市 (創元推理文庫)

  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2013/01/30
  • メディア: 文庫

<カバー裏あらすじ>
カリブ海の島国サンタ・テレサで、オクシデンタル通信社の記者として働くこととなったフィリップ・スターク。前任者の死をめぐる不審な状況を調べ始めた彼は、死者が残した手がかり――謎の言葉“小鬼の市(コブリン・マーケット)”――を追いかけるうち、さらなる死体と遭遇する……。第二次大戦下の中米を舞台に、『ひとりで歩く女』のウリサール警部とウィリング博士、二大探偵が共演する異色の快作。


前回マクロイの感想を書いたのは「あなたは誰?」(ちくま文庫) (ブログの感想ページへのリンクはこちら)で2018年11月ですから、間が空きましたね。
今回の「小鬼の市」 (創元推理文庫)は、その「あなたは誰?」のあと、「家蝿とカナリア」 (創元推理文庫)を挟んでマクロイの第6作、ウィリング博士シリーズとしても第6作です。<下の追記ご参照>

なんですけど、ウィリング博士、なかなか登場しないんですよ。
登場人物の会話で名前が出ては来るのですが、本人が出てこない。
最後に謎解きだけ、わーっとやりに出てくるのかな、なんて思いながら読んでいたら、意外な登場(笑)。これ、いいですね。

あらすじには、「ひとりで歩く女」(創元推理文庫)のウリサール警部との共演と書かれていますが、ウリサール警部、記憶にないです......
ちなみに「ひとりで歩く女」は長編第10作で、この「小鬼の市」 より後で書かれたものです。
マクロイ、ウリサール警部のこと気に入ったのかな?
確かに、ミステリの登場人物として魅力ある人物のように見受けられました。

ウィリング博士がなかなか登場しないのもそのはず、舞台がカリブの島国サンタ・テレサ。
コスタリカがモデルでしょうか?

主人公スタークは、通信社の支局長の死を知って後釜に首尾よく座り、前任者の死が殺人だということで、ライバル社の支局長とともに調査を始める、というストーリーです。
警察は事故死として処理をしていて、それをこじ開けるということになるのですが、スターク、客観的にみたら、怪しい.....ウリサール警部が理性ある人でよかったねぇ。ミステリによく登場する頭の固い警察なら、スタークをさっと逮捕しちゃいそうですが(笑)。

事件は、南国らしい怪しげな登場人物たちがあふれかえってきて、どんどん大きい話になっていきます。
第二次世界大戦下という状況も色濃く反映されます。
本格ミステリの枠から見るとかなりの異色作となりますが、おもしろく読めました!


<蛇足1>
内側ではベネシャン・ブラインドが半分閉まっている(118ページ)
ベネシャン・ブラインド? ベネチアン・ブラインドじゃないんだ? と思ってしまいましたが、ベネシャンの方がよくつかわれているみたいですね。
英語のスペルは Venetian なので、英語読みだと、ベネシャンの方が近いですね。
イタリア語の発音はどちらが近いのでしょうね?

<蛇足2>
”プエルタ・ビエハ警察はオクシデンタル通信社の記者セニョール・ドン・フィリップ・スタークの車に赤信号での進行と火災現場への立ち入りを許可する”と印刷されている。(140ページ)
主人公スタークがウリサール警部にもらう許可証の文言なんですが、立ち入り許可があるのは、火災現場、なんですね。火災かぁ......

<蛇足3>
ラテン系の国々ではヒステリーという言葉は自動的に男性にとって不都合な女性の言動にはてはめられることを思い出した。男性のヒステリーに関する新しい研究はまだあまり世に知られておらず、病名がギリシャ語で子宮の意を持つことから女性特有の病気だと思われている。(142ページ)
ヒステリーの語源は子宮だったんですね......

<蛇足4>
原始的な魔術は、どの土地のものであろうと時代を問わず、ある共通した主題にのっとっています。それは権力欲です。あらゆる迷信、あらゆる儀式、あらゆる共感呪術の崇拝物において、目的はただひとつ、権力です。環境を支配するものもあれば、人を支配するものもありますが、いずれも権力にほかなりません。ただし高度な文明を持つ人々の宗教では、原始的な権力欲は磨かれて洗練され、きわめて繊細な形の力に変化しています。なにかというと、一般に”善”と呼ばれるものをつかさどる力です。宗教はもともと欲求を意のままに抑制しようという理念に基づいています。魔術のほうは欲求を意のままに満たそうという考えが基盤です。よって、善という概念は肌の色に関係なく真に原始的な精神にとっては理解しがたいものでしょう。(253~254ページ)
印象に残りました......舞台が中南米で、雰囲気に合っているからかもしれませんが。

<2020.9追記>
本書「小鬼の市」を、ヘレン・マクロイの第6作と書いていますが、間に「Do Not Disturb」というノンシリーズ物が入るようですので「マクロイの第7作、ウィリング博士シリーズとしては第6作です。」と訂正します。
失礼しました。


原題:The Goblin Market
作者:Helen McCloy
刊行:1943年
翻訳:駒月雅子



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あなたは誰? [海外の作家 ヘレン・マクロイ]

あなたは誰? (ちくま文庫)

あなたは誰? (ちくま文庫)

  • 作者: ヘレン マクロイ
  • 出版社/メーカー: 筑摩書房
  • 発売日: 2015/09/09
  • メディア: 文庫

<裏表紙あらすじ>
「ウィロウ・スプリングには行くな」匿名の電話の警告を無視して、フリーダは婚約者の実家へ向かったが、到着早々、何者かが彼女の部屋を荒らす事件が起きる。不穏な空気の中、隣人の上院議員邸で開かれたパーティーでついに殺人事件が……。検事局顧問の精神科医ウィリング博士は、一連の事件にはポルターガイストの行動の特徴が見られると指摘する。本格ミステリの巨匠マクロイの初期傑作。

ヘレン・マクロイの作品の見直しが進んでいて未訳作品の翻訳も進んできているのですが、この「あなたは誰?」 (ちくま文庫)が2015年に出たときにはちょっとびっくりしました。なにしろ版元が筑摩書房でしたから。
筑摩書房、偉い! 
この「あなたは誰?」 は、
「死の舞踏」 (論創海外ミステリ)(感想ページへのリンクはこちら
「月明かりの男」 (創元推理文庫)
「ささやく真実」 (創元推理文庫)
に続くヘレン・マクロイの第4作で、ウィリング博士が探偵役をつとめる第4作でもあります。
「月明かりの男」 は既読ですが感想を書けずじまい、「ささやく真実」 は未読で買ってあったのですがイギリスに持ってくるのを忘れてしまいました...
というわけで、この「あなたは誰?」 です。

冒頭のフリーダ宛の脅迫電話から、田舎のお屋敷あたりに舞台を移し、殺人事件が起こり、と典型的な展開を見せ、登場人物が極めて限定された中での犯人捜しとなるのですが、当時としては極めて前衛的な作品だったんじゃないか、と思いました。
別に明かしてしまっても構わないのではないかとも思うものの、訳者あとがきではプロットの特徴に触れると注意喚起されているので、ここでも伏せておきますが、多重人格を扱っているのですね。
探偵役がウィリング博士、というのもぴったりです。
おもしろいのは、幾多の多重人格を扱った作品と異なり、謎解き(犯人当て)を面白くするためのツールとして使われているところでしょうか。
謎解きの直前、第十章「誰も眠れない」で、各登場人物の心理に分け入ってみせるところなんて、予想外の展開にわくわくしてしまいました。確かに、多重人格を前提にすると、自由気ままに登場人物の心理に入っていけるかもしれません。

興味深かったのは、ポルターガイスト。
一般的には、作中でも
「ポルターガイストって、ノックをする霊のことじゃありません?」(171ページ)
と会話されているように、悪さをする霊、なのですが、ウィリング博士はあっさりと
「こうしたいたずらは、かつてなら実体のない死者の精神が引き起こすものとされたのです」
「しかし、今日広く認められている考えでは、こうした悪ふざけは、生きた人間によるもので、その人間に強く根差している異常心理に由来するものなのです」(172ページ)
と通常の意味合いを否定し、人間の仕業=犯人がいるもの、として扱います。
まあ、犯人がいなけりゃ、普通のミステリには仕上がりませんけど、こうもきっぱりと割り切ってしまうのがおもしろかったです。
これと、多重人格が絡み合って、
「異常心理学の研究者には周知のことがありましてね。皆さんにはこれを受け入れていただく必要があります--つまり、このポルターガイストによる一連の行動は、無意識に行われたものだということです」(272ページ)←ここも伏字にしておきます。
という風につながっていきます。
本格ミステリとして現実的な謎解きに美しく仕立て上げられています。

タイトルの「あなたは誰?」というのは、原題の Who's Calling? を訳したものですが、訳者あとがきにもあるように「電話を受けた際に言う『どちら様ですか?』と意味する言葉」です。
しかし、本書の場合、脅迫電話(いたずら電話)に対するもので、電話の受け手であるフリーダの性格からすると、「あなたは誰?」などという丁寧な物言いをするとは思えませんので、日本語では「お前は誰だ?」とか「あんた誰?」とかいう感じが正解かもしれませんね...
それにしても、脅迫電話でいくら声を変えているとはいっても、この作品のシチュエーションで誰からのものかわからないというのは考えにくいのではないかと思えてならないのですが、そのあたりは時代的に電話の性能が悪かったから、とでも考えて納得するしかないのでしょうね...
あとミステリ的には、フリーダの視点となっている部分は、かなり危ない橋を渡っているな、と読後ニヤリとしてしまいました。


<蛇足1>
「その日は涼しくて、ツイードのジャケットを着ていたが、帽子なしで屋外に座る程度には暖かかった」(20ページ)
えっと...帽子なしで屋外で座れない状態となると、涼しいどころか寒くて仕方がないのではないでしょうか? ツイードのジャケットくらいではおさまらず、ダウンのコートとか必要では?

<蛇足2>
「”幸福は自分自身から来る。不幸は他人から来る”というバラモン教も格言の正しさを証明しているみたいだった」(109ページ)
とあります。そういう格言がバラモン教にはあるんですね。興味深いです。

<蛇足3>
「デュミニーの菓子箱は以前に見たことがありますか?」
「あると思います。デュミニーはパリのマドレーヌ広場の一角にある店ですわね」(159ページ)
というやりとりが出てきます。デュミニー、わからなかったのでネットで調べてみましたが、出てきません。Hotel Duminy Vendome というホテルは見つかりましたが、マドレーヌ広場の一角ではありませんので、別物ですね... 今度パリにいくことがあれば、マドレーヌ広場のあたりをうろうろしてみようかな...

<蛇足4>
「ダンス会場を出たのは、金曜の午前三時頃だ。」「二人でハンバーガーショップに立ち寄り、ホットドッグにコーヒーという消化によくない朝食をとった。」(308ページ)
とありまして、こんな時間に食べる食事も朝食と呼ぶのかな? とふと思いました。



原題:Who's Calling?
作者:Helen McCloy
刊行:1942年
翻訳:渕上痩平


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暗い鏡の中に [海外の作家 ヘレン・マクロイ]


暗い鏡の中に (創元推理文庫)

暗い鏡の中に (創元推理文庫)

  • 作者: ヘレン・マクロイ
  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2011/06/21
  • メディア: 文庫


<裏表紙あらすじ>
ブレアトン女子学院に勤めて五週間の女性教師フォスティーナは、突然理由も告げられずに解雇される。彼女への仕打ちに憤慨した同僚ギゼラと、その恋人の精神科医ウィリング博士が調査して明らかになった“原因”は、想像を絶するものだった。博士は困惑しながらも謎の解明に挑むが、その矢先に学院で死者が出てしまう……。幻のように美しく不可解な謎をはらむ、著者の最高傑作。

一時期復刊が相次いだヘレン・マクロイの作品の中でも、大物中の大物、傑作中の傑作の復刊です。出版社を、ハヤカワから東京創元社に移しての新訳・復刊です。東京創元社、偉い! そんな待望の復刊だったのに、長らく積読にしてしまいました。ごめんなさい、マクロイさん。ようやく読めました。
この作品は、短編「鏡もて見るごとく」の長編化作品で、短編のほうは、あちこちのアンソロジーにも収録されている傑作なので、何度か読んだことがあります。
短編を読んだことのある人でも大丈夫。長編化で、凄味が加わっています。
この凄味を評価する意見が多く、まったくその通りとその意見には同感なのですが、ベースとなる部分、謎の中心である、引用した裏表紙のあらすじでは、“原因”とぼかして書かれているある事象が、合理主義者のウィリング博士の手によって、きわめて合理的に解決されるところも大きなみどころだと思います。
その手掛かりが、きわめて大胆に読者の目の前に提示されている点も高く評価したいですね。その手掛かりで、いかにも不可思議な現象がするすると解けてしまう醍醐味はミステリならではなのではないでしょうか?
そして、長編化で加わった凄味で、この作品が妖しい光を放つのです。
同趣向は、ディクスン・カーの“あれ”が先駆的なものだと思います。ディクスン・カーの“あれ”も大好きな作品です。そういえば、“あれ”も最近復刊されましたね(笑)。
ほかにも何人もの作家が挑んでいますが、日本人でも高木彬光に作例がありますし、最近では今邑彩が得意としている印象です。
この趣向は、うまく嵌ったときには本当に絶大な威力を発揮して作品を輝かせてくれるものだと思います。ただ、その光は、まばゆい太陽の光の明るさではなく、磨き抜かれた黒木の輝きというか、黒石の輝きというか、あるいは暗がりに灯るランプの明かりというか、そういうどこか翳りを潜めたところが、一層魅力的ですね。
ヘレン・マクロイの実力を堪能できる、復刊されてまことに喜ばしい傑作だと思います。
ヘレン・マクロイのほかの作品も読みたいです。どこか翻訳してください。
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死の舞踏 [海外の作家 ヘレン・マクロイ]


死の舞踏 (論創海外ミステリ)

死の舞踏 (論創海外ミステリ)

  • 作者: ヘレン マクロイ
  • 出版社/メーカー: 論創社
  • 発売日: 2006/06
  • メディア: 単行本


<表紙袖あらすじ>
12月、雪のニューヨーク。その夜、一体の異様な死体が発見された。
雪のなかに埋まっていた若い女性の死体は、なんと熱かったのである!
精神科医ベイジル・ウィリング博士が捜査に乗り出し、娘のお披露目パーティにすべてをかける義母や軍需品会社の経営者、ゴシップ記者といった人物による無意識の行動をつぶさに検証する。その先に浮かぶ恐るべき意図とは?
サスペンスや短編にも長けたマクロイのデビュー作にして、傑作本格。
ベイジル・ウィリング初登場作品、ここに刊行。

単行本です。
論創海外ミステリの1冊。かなり渋い選択でいっぱい海外ミステリを翻訳してくれているありがたい叢書です。
おかげさまでマクロイのデビュー作を読むことができました。
あらすじにも書かれていますが、帯にも「雪に埋もれた熱い死体!」とあって、まるで不可能犯罪トリックがあるかのような打ち出し方ですが、雪の中で熱射病で死ぬ、という謎は、取り立てていうこともない解決ですし、かなり早い段階であっさり解明されてしまいますので、あらすじや帯でスコープを当てる必要はなかったのではないかと思います。それよりも、その小道具的な解決から導き出されるプロットの素晴らしさこそが本作品の特徴だと思います。このプロットは、アガサ・クリスティのある作品を髣髴とさせるもので、十分楽しめました。
「どんな犯罪にも、心理的な指紋がのこされているものなんですよ」(P.12)というウィリング博士の推理方法は、きちんと証拠に裏打ちされているもので、安心して読めます。
手がかりのひとつが、翻訳のせいで台無しになってしまっているのがとても残念ですが、本格ミステリとしてきちんと構築されていると思います。
当時の社交界の様子がわかるのも楽しい。あの頃から、ダイエットは女性にとっての一大テーマだったのですね。現在にも通用する作品だと思います。

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殺す者と殺される者 [海外の作家 ヘレン・マクロイ]

殺す者と殺される者
ヘレン・マクロイ
創元推理文庫

殺す者と殺される者 (創元推理文庫)

殺す者と殺される者 (創元推理文庫)

  • 作者: ヘレン・マクロイ
  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2009/12/20
  • メディア: 文庫


<裏表紙あらすじ>
遺産を相続し、不慮の事故から回復したのを契機に、職を辞して亡母の故郷クリアウォーターへと移住したハリー・ディーン。人妻となった想い人と再会し、新生活を始めた彼の身辺で、異変が続発する。消えた運転免許証、差出人不明の手紙、謎の徘徊者……そしてついには、痛ましい事件が――。この町で、何が起きているのか?マクロイが持てる技巧を総動員して著した、珠玉の逸品。

本格ミステリを期待して読んでしまいましたが、これはサスペンスでした。
今となってはわりとよくあるテーマというかアイデアですが、原書は刊行が1957年。当時の読者は、びっくりしたでしょうねぇ。
実はこのテーマを扱ったミステリはあまり好きではありません。感心したこともありません。だいたいにおいて、騙されたような気になってしまうからです。
この作品でも、伏線が引いてあることに気づいたので、ひょっとして?? と疑いながら読んでいましたが、悪い(?)予感が的中してしまいました。
けれど、この作品は、大きく分けて2つの点で感心しました。
1つは、このアイデアを明かすのがかなり早い段階であること、です。このアイデア自体、当時としては大きなサプライズだったのではないかと想像しますが、そのサプライズを作品の(唯一の)狙いとしていないことには好感が持てました。
2つは、このアイデアが明かされた後の後半部分、この作品より先にこのアイデアを使った有名な古典作品(ジャンルでいうと、怪奇小説でしょうか?)をなぞらえたように展開するのですが、きちんとひねりが加えられていることです。このひねりがあることによって、同じアイデアを使ったたくさんの後続作品よりも、ミステリとしてのサプライズ効果が高いと思われます。
タイトルは、「殺す者と殺される者が夫と妻である場合、動機の証明は不要であるという、古くからの法格言もありますしね」(P181) という部分に出てきますが、テーマ、先行作品、そして真相・エンディングと照らして考えると、なかなか含蓄深いなぁ、と。
好き嫌いはあるかもしれませんが、復刊されて読めてよかったなと思える作品です。
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