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月明かりの男 [海外の作家 ヘレン・マクロイ]


月明かりの男 (創元推理文庫)

月明かりの男 (創元推理文庫)

  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2017/08/31
  • メディア: 文庫

<カバー裏あらすじ>
私用で大学を訪れたフォイル次長警視正は“殺人計画”の書かれた紙を拾う。決行は今夜八時。直後に拳銃の紛失騒ぎが起きたことに不安を覚え、夜に再び大学を訪れると、亡命化学者の教授が死体で発見された。現場から逃げた人物に関する目撃者三名の証言は、容姿はおろか性別も一致せず、謎は深まっていく。精神科医ウィリングが矛盾だらけの事件に取り組む、珠玉の本格ミステリ。


読了本落穂ひろい。
ヘレン・マクロイの「月明かりの男」 (創元推理文庫)
手元の記録によると2018年1月に読んでいます。
巻末のリストによるとウィリング博士もの第2長編のようです。

発表年からすると当たり前のことなのかもしれませんが、大学を舞台にした作品であるにもかからわず、戦争の影が色濃いのが特徴と言えますね。

目撃者の食い違う証言というのは魅力的な謎なのですが、その種明かしはやや拍子抜け。
正直反則技に近いように思われるのですが、現実なんてそんなものかもしれません。

ただ、この作品はこの謎に寄りかかっているわけではなく、これはほんのごく一部。
細かなものがおおいですが、さまざまなアイデアが盛り込まれています。
心理的なことに着目するウィリング博士の捜査方法にはさほど感心はしなかったものの、アイデアがちりばめられた様子に満足できました。
戦争という背景も、上手く謎解きに取り込まれています。

特に個人的に感心したのは、動機です。
ミステリでよく言われる ”意外な動機” ではないのですが、現実的で説得力のある動機ですし、背景がうまく隠されています。

鳥飼否宇による解説がよくて、購入する前に確認したいかたは、解説を読まれるといいと思います。


<蛇足1>
「五月と六月は年間で最も自殺の多い時期なんです。」(88ページ)
おもしろいですね。こういう統計があったのでしょうか?
日本だと、四月が新学期・新年度の始めで、五月病というのがありますが、そうではないアメリカでも五月は憂鬱になる人がおおいのでしょうか?

<蛇足2>
「口蓋は拳銃自殺する者が選ぶ箇所七つのうちのひとつです」(89ページ)
拳銃自殺で選ばれる場所が7ヶ所もあるのですね。7つも思いつきません。

<蛇足3>
「細かい点まで、なにからなにまでが自殺を指し示しているのは奇妙じゃないか? 検死が必要になる現場では不確定要素がつきものだ。にもかかわらず、今回の場合は、”自殺だ!” という標識があちらこちらに立っている。まるで、法医学を勉強中の大学生が、お決まりの手がかりをありったけ詰めこんだ典型的な自殺の例をこしらえようとしたみだいじゃないか。あらかじめ計画されていたのでなければ、物事はこんなふうにきっちりとは進まない。教科書どおりに行くことは、医学と同じく犯罪学でもまれなんだ」
「そういう理論は初めて聞きましたよ!」「自殺の根拠が多すぎるから殺人にちがいない? 法廷でそんな理屈が通用しますか?」(92ページ)
ミステリではよく出くわす議論ですが、わくわくしますね。

<蛇足4>
「銃口を身体のどこかに接触させて発砲した場合、火薬の爆発によって噴出するガスが弾と一緒に強制的に体内へ送り込まれ、ぎざぎざの大きな銃創を作ります。ガスの威力は実にすさまじく、発射の際に銃口がふさがれていると、銃まで粉砕するほどです。つまり、接射で人体に損傷を与えるのは銃弾ではなくガスなので、銃弾はあってもなくてもかまいません。空砲でも実弾と同じ結果になります。銃口と体が接触してさえいれば」(116ページ)
こういう詳しい説明がされる、初めてな気がします(といいながら、記憶力がないだけの可能性も大なのですが)。
物語の後段(171ページあたりと、もう二ヶ所)でこの知識が活用されるのでニヤリとしてしまいました。

<蛇足5>
「しかも、それぞれの関係は殺人の二大動機にからんできます。二大動機とは、フロイト的動機とマルクス的動機、すなわち愛と金です。」(142ページ)
フロイト的動機とマルクス的動機とはおもしろい表現ですね。
広まっていてもよさそうな感じですが、ほかで見かけたことはない気がします(といいながら、ふたたび、記憶力がないだけの可能性も大なのですが)。

<蛇足6>
「ナッソー郡警察の保安官は、これほど疑わしき点のない自殺は初めて見たと言っている。」(171ページ)
突然「疑わしき」と古語が出てきてびっくりしました。「疑わしい」を使わない理由が、なにか言語にあるのでしょうか? それとも単なるタイポ?

<蛇足7>
「大学のガウンらしいね」
ー略ー
「犯人が自分の服に返り血がつかないようあらかじめ着ていたと思われる。ソルトが月光に照らされた逃げていく人物を女性と見まちがえたのは、おそらくこのせいだろう」(170ページ)
さらっと流されているのですが、ガウンを着ていたくらいで、女性と間違えられるでしょうか?
スカートをはいていたとでも思ったのかな?

<蛇足8>
「そういうやつがヨークヴィル大学の教員のなかにいるなどということを、わたしに信じろとおっしゃるのですか?」
ー略ー
「学問は必ずしも感情の成熟にはつながらないのです。」(193ページ)
象牙の塔は、むしろ逆にミステリでは犯罪の温床のような気がしますね(笑)。

<蛇足9>
長くなりすぎるので引用は控えますが、鉤十字について歴史や含意が204~205ページに書かれています。
第二次世界大戦前のナチスドイツの影響が感じられる箇所です。

<蛇足10>
「たいていの殺人者には自分の気に入った殺害方法がある」ベイジルは指摘した。「ボクサーそれぞれノックアウトを決める際の必殺パンチがあるようにね。興奮状態での暴力行為は儀式的になりがちなんだ」(222ページ)
”儀式的” という語の指すところがよく理解できないのですが、それでも前段の指摘はミステリではよくあるものですね。

<蛇足11>
「大酒飲みの血筋がてんかん以外にも夢遊病やサディズムと関連しているのは、おそらくそれが原因だろう。どれも神経系の疾患だ」(254ページ)
なかなか刺激的な発言ですが、お酒って怖いですね。



原題:The Man in the Moonlight
作者:Helen McCloy
刊行:1940年
翻訳:駒月雅子




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