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ゴースト≠ノイズ(リダクション) [日本の作家 た行]


ゴースト≠ノイズ(リダクション) (創元推理文庫)

ゴースト≠ノイズ(リダクション) (創元推理文庫)

  • 作者: 十市 社
  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2016/05/29
  • メディア: 文庫

<カバー裏あらすじ>
高校入学七ヶ月目のある日。些細な失敗のためクラスメイトから疎外され、“幽霊”と呼ばれているぼくは、席替えで初めて存在を意識した同級生にいきなり話しかけられた。「まだ、お礼を言ってもらってない気がする」──やがてぼくらは誰もいない図書室で、言葉を交わすようになる。一方、校舎の周辺では小動物の死骸が続けて発見され……。心を深く揺さぶる青春ミステリの傑作。


2024年1月に読んだ11冊目の本です。
十市社の「ゴースト≠ノイズ(リダクション)」 (創元推理文庫)

意図したわけではありませんが、似鳥鶏「名探偵誕生」(実業之日本社文庫)に続いて、思春期(?) の若者を扱った作品を読むことになりました。
作者も作品の狙いも違うので当たり前ですが、テイストがまったく違います。

こちらのはかなり屈折した若者です。
クラスから疎外されているぼく一居士架(いちこじかける)。
クラスでの孤立ぶりが、淡々とつづられています。いわゆる ”いじめ” のの被害にあっている、という状況ですが、基本的には徹底的に無視されるという方向の ”いじめ”。
家では、両親の夫婦仲がよくなく、かつ自分もよく思われていない状況。
居場所がなさそうで、読んでいて少々いたたまれない。

そんなぼくの日常に忍び込んできたクラスメイトの玖波高町(くばたかまち)。
ボーイズミーツガールの典型のような展開ですが、次第に高町の抱える事情が明らかになっていくのが大きなポイント。

ぼくの語り口が、屈折しているというか屈託ありまくりで、癖のあるもの──とはいえ、決して読みにくくはありません。個人的にはすいすい読めました。
その意味ではかなり読者を選ぶ小説のような気もしますが、選ばれました。よかった。
こういう小説好きです。

謎解きミステリというかたちにはなっていませんし、特に意外性を求める書き方がされているわけではありませんが、物語の構図が非常に印象的に仕上がっています。
ミステリとしてみたとしたらアンフェアぎりぎり、というところもありますが(個人的にはぎりぎりセーフだと思います)危ういバランスで成り立っているのも、この構図の魅力だと思います。

架と高町、それぞれが抱えた事情とどう折り合っていくのか、あるいは折り合わずに決裂させていくのか、ハラハラしながらラストを迎えました。

かなり寡作な作家のようですが、もっと読んでみたくなりますね。


タグ:十市社
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迷犬ルパン異世界に還る [日本の作家 た行]


迷犬ルパン異世界に還る

迷犬ルパン異世界に還る

  • 出版社/メーカー: 辻真先
  • 発売日: 2023/12/31
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)




2024年1月に読んだ3冊目の本です。
辻真先の「迷犬ルパン異世界に還る」
ソフトカバーの単行本です。
この本、amazon で購入しましたが、通常の商業出版社から出たものではありません。
amazonの登録情報は以下のようになっています。

ASIN ‏ : ‎ B0CPSRVJD3
出版社 ‏ : ‎ 辻真先 (2023/12/31)
発売日 ‏ : ‎ 2023/12/31
単行本(ソフトカバー) ‏ : ‎ 208ページ
対象読者年齢 ‏ : ‎ 10 歳以上
寸法 ‏ : ‎ 21 x 14.8 x 1.1 cm


なんにせよ、迷犬ルパンシリーズ完結編を読むことができてなによりです。
迷犬ルパンシリーズは、光文社文庫から出ているものはすべて買って読んでいるはずだと思います。
辻真先の作品の多くがそうであるように、非常に読みやすく軽く書かれているようですが、ミステリの押さえるべきポイントはきちんと押さえてあって、楽しく読み進めながら、「そうそう」とか「そう来なくっちゃ」とミステリファンが喜ぶ箇所があちらこちらにあって楽しい読書体験ができます。

amazon の作品紹介は
「1980年代に光文社のノベルスと文庫から刊行していた「迷犬ルパン」の令和版。犬でありながら名探偵だったルパン、実は異世界から転生してきた賢者であった。帰郷する彼と共に異世界へきてしまった中学生の少年少女が魔女や剣士と共に、跋扈する魔法の怪樹と戦って、ついでに現実世界の犯罪まで解決しちまうミステリ。表紙イラスト:いとうのいぢ」
と書かれています。

今回メインを務めますのは、朝日刑事やランではなく、ランの弟であるケンとその彼女である美々子。
ルパンの帰郷先である異世界での冒険がメインで、その前後を現実世界の事件が彩っている、という構成になっています。
なので、ミステリ色は薄目。
往年のファンとしてはその辺はちょっと寂しい気もするのですが、ケンが主役を張るというのと平仄が合っています。
それでも温泉地での事件ということで、ミステリらしいポイントを押さえて、こちらの心をくすぐってくれます。

かなりの部分を占める異世界での冒険は、どうやって敵を倒すかという王道の物語になっていまして、作者が拡げた空想の翼に乗って、現実離れした(異世界ですから当たり前ですが)世界に浸ることができました。

しかし、異世界でのルパンの姿がなぁ......
表紙のイラストにも描かれているのですが、まさか、こういう姿だったとはなぁ。
サファイアの方はまあ範囲内ですが、ルパンは相当思い切った姿(笑)。
でもまあ、こちらの世界へやってきて、朝日刑事たちに事件解決のヒントを与えていくという役目からすると、ふさわしい姿なんですけどね。

異世界に還ってしまったルパン(とサファイア)。
これでお別れ、ということなのかとは思いますが、数多くのシリーズが緩やかに、しかししっかりと結びついている辻真先ワールドですから、またどこかで、ひょいと(犬の)ルパンが出て来てくれないかな、と思います。







タグ:辻真先
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クリコフの思い出 [日本の作家 た行]


クリコフの思い出 (新潮文庫)

クリコフの思い出 (新潮文庫)

  • 作者: 陳 舜臣
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 1989/01/01
  • メディア: 文庫

<カバー裏あらすじ>
香港の一流ホテルの空室で、スラブ系の西洋人が殺された。被害者はバンコクのソ連大使館員で、腕ききのKGB謀報官であったことが判明する。しかも使用された毒物は漢方系の極めて特殊なもの。「私」と中垣は、共通の知人で、しばらく消息を絶っている薬学者クリコフの仕業だと睨むが──。網の目のように張りめぐらされた伏線が読者を推理の陥穽に陥れる表題作などミステリー8編。


2024年最初に読んだ本です。
陳舜臣の「クリコフの思い出」 (新潮文庫)
カバー裏にバーコードがなく、奥付は平成元年!
年末年始実家に帰省しますと、通常の積読本を手に取ることができず、実家にある太古の積読本を手に取ることになりまして、こういう次第となります。
こういう相当古い分は自分では積読サルベージと呼んだりしているのですが、今年はサルベージもある程度進めていきたいな、と考えています。

表題作である
「クリコフの思い出」
のほかに
「枯葉のダキメ」
「四人目の香妃」
「キッシング・カズン」
「透明な席」
「蜃気楼の日々」
「その人にあらず」
「覆面のひと」
を収録した短編集です。

「蜃気楼の日々」を除く7作品は、陳舜臣を思わせる私が語り手を務めます。
(権田萬治の解説では「キッシング・カズン」も「私」という一人称形式で書かれていないことにされていますが、私として登場します)
陳舜臣を思わせるからといって、この ”私” が陳舜臣とは限らないわけですが、陳舜臣と思って読んで興趣が増したのは事実です。
もともと陳舜臣の作品は、大人の風格漂うと評されることが多く、初めて接したのは乱歩賞受賞作の
「枯草の根」 (講談社文庫)で中学生(ひょっとしたら小学生かも)の頃だったと思うのですが、日ごろ読んでいる作品との手触りの差を不思議に思った記憶があります。派手なところのない作品なので、中学生にしてみたらつまらないと思ってもおかしくなさそうだったのに、結構いい印象を持っていた記憶。
そういうちょっと別の風格漂う作品の作者が語り手を務めると思ったからかもしれません。

このことは冒頭の表題作「クリコフの思い出」を読むだけではっきりとお分かりいただけるような気がします。
知り合いからの年賀状をきっかけに、CIAやGPU(KGB)などの名前が頻出する物騒なお話に転じていくのですが、そういういわば非現実的な話が ”私” という架け橋によりひょっとしたらという気にさせる。それでいて物語の基盤は地に足のついたまま揺るがない。
このあたりのバランス感、さじ加減が陳舜臣の特長なのだと思われます。

「枯葉のダキメ」は、ゾロアスター教の葬送の在り方(!) が描かれます。タイトルのダキメというのは、鳥葬用に建てられる塔のことらしいです。そのダキメを枯葉で作った後日談なのですが、とてもトリッキーに思えました。

「四人目の香妃」はカシュガルからの囚われの身であった娘がウルムチで逃走するという事件。これと漢の哀帝と董賢の逸話から書名を取った怪しい『断袖篇』のエピソードを結びつける。これ、かなり変な話ですけど、陳舜臣の筆の魔術ですね。

「キッシング・カズン」というのは、幼馴染でキスはし合うが、結婚しないいとこ同士(121ページ)のことを言うそうです。わりとわかりやすい話だと思いましたが、当事者だと気づかないのかもしれませんね。

「透明な席」は、
「シンガポールという尼さんに似合わないまちで、私は寛如という尼さんに会った。」(148ページ)
というちょっと洒落た(?) 書き出しです。せっかく尼なら、インドネシアにしとけばいいのに、とも思いましたが、華僑社会の広がり等を考えるとシンガポールが自然ですよね。
この美しい尼から語られる話が、尼さんに似合わない遺産相続に絡む話で、私が空想を巡らせるのがポイント。

「蜃気楼の日々」は南ベトナムの華僑が残した巨額の資産をめぐる陰謀を扱っています。
ぐわーっと盛り上げておいてストンと落としてみせるところが陳舜臣らしいのかもしれません。この種の作品に多い後味の悪さがないのがポイント高いと思います。
せっかくだから、この作品にも「私」を登場させればよかったのに。

「その人にあらず」辛亥革命後の中国の騒乱を背景に、日本を舞台にした勢力争いを描いているのですが、そこにシンガポールから日本を訪れる車椅子の老女と、当時14歳で争いに加担した老人の回想が重なるところがポイント。
「隆茂号」という雑貨商、当時南京町に実際にあったのでしょうか?

「覆面のひと」というのは、シンガポールで日本に抵抗する ”不良華僑” を日本憲兵が取り締まっていたころ、「日本側のスパイを、シンガポールの人たちは『走狗』と呼び、そのなかの重要な人物を『蒙面人』(覆面のひと)と称していた。」(254ページ)と説明されています。
この「覆面のひと」に対する復讐劇を扱っています。

煽情的に書こうと思えば書けそうな題材でも、落ち着いた筆致で描かれていくところに大きな特徴があります。
いま陳舜臣のミステリーはあまり手に入らない状況ですが、どこかで復刊してほしいですね。




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田舎の刑事の動物記 [日本の作家 た行]


田舎の刑事の動物記 (創元推理文庫)

田舎の刑事の動物記 (創元推理文庫)

  • 作者: 滝田 務雄
  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2011/12/22
  • メディア: 文庫

<カバー裏あらすじ>
野生のサルの被害が問題になり、変人学者の主張でサル対策を警察が主動しなければならなくなった。しかも不可解な状況で発生したボスザルの死の謎をも解き明かす必要に迫られ、黒川刑事はしぶしぶ捜査に乗り出す──田舎でだって難事件は起こる。鬼刑事黒川鈴木、今日も奮闘中。第三回ミステリーズ!新人賞受賞作家による脱力系ミステリ第二弾、肩の力を抜いてお楽しみください。


読了本落穂ひろいです。
2017年10月に読んだ滝田務雄「田舎の刑事の動物記」 (創元推理文庫)
「田舎の刑事の趣味とお仕事」 (創元推理文庫)(感想ページはこちら)に続くシリーズ第2弾です。

以下の六編収録
田舎の刑事の夏休みの絵日記
田舎の刑事の昆虫記
田舎の刑事の台湾旅行記
田舎の刑事の闘病記
田舎の刑事の動物記
田舎の刑事の冬休みの絵日記


この感想を書こうとして、なにしろ読んだのが5年以上も前ですから、思い出そうとパラパラめくっていたら、おもしろくてどっぶり浸ってしまいました。

前作の感想を読み返すと、「脱力系」とされる笑いの部分にあまり馴染めていないようですが、今回見返したらその部分がとても楽しい。

レギュラー陣となる登場人物たちが変なやつばっかりなこのシリーズ。
主人公となる探偵役の黒川も、かなりの変わり者です。それ以上に輪をかけて変な周りの登場人物。
黒川の妻の登場シーンはいずれも衝撃(笑撃?)的です。

冒頭の「田舎の刑事の夏休みの絵日記」に顕著ですが、その登場シーンが笑いに貢献しているだけではなく、しっかり謎解きと結びついているのが素晴らしい。
ささいな手がかりというのは、謎解きシーンまでくると忘れてしまっていることもあるものですが、笑いで印象づけられているので謎解きシーンでもきっちり覚えていることができます。こういうのがユーモアミステリの正しいあり方のような気がします。

「昆虫記」も、ハチの巣が盗まれるというトンデモ事件をミステリではよくある発想で作品化したものなのですが、笑いの目くらまし効果は有効に機能していると思いました。

「台湾旅行記」は、この発見(思いつき)をミステリに仕立てるのがすごいなぁ、と感心。これから海外旅行で空港にいったら、ニヤニヤしてしまいそうです。

着眼点という意味では、「闘病記」も楽しいですね。駐車場のほうはままあるアイデアですが、ペットボトルの方はミステリになるんだとびっくり。

「動物記」は、野生のサルの被害が増えている折、スーパーマーケットの屋上でサルが死んでいた(殺されていた?)、という事件で、正攻法のミステリ(という表現も変ですが)です。
ここでも笑いの要素と思っていた事項がしっかり謎解きで活かされます。

「しかし黒川くん、サルも木から落ちると言うぞ」
「だからね、滅多に落ちないからそういう諺があるんでしょ」
「でも逆に言えば、たまには落ちるからそういう諺があるのだろう」(233ページ)
というやりとり、気に入りました。

「冬休みの絵日記」のトリックは、実用的なのでしょうか? そうではないのでしょうか?
うまくいくような、いかないような、ちょっと判断がつきませんが、ミステリとしてはいい感じで処理されています。


テレビドラマ化もされたシリーズですが、いまでは品切れのようですね。
次の「田舎の刑事の好敵手」 (創元推理文庫)を確保してい置いてよかったと思いました。


タグ:滝田務雄
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からくり砂絵 あやかし砂絵 [日本の作家 た行]


からくり砂絵 あやかし砂絵 (光文社時代小説文庫)

からくり砂絵 あやかし砂絵 (光文社時代小説文庫)

  • 作者: 都筑 道夫
  • 出版社/メーカー: 光文社
  • 発売日: 2010/11/11
  • メディア: 文庫

<カバー裏あらすじ>
神田の貧乏長屋に巣食う、砂絵師のセンセーとおかしな仲間たちが、江戸市中で起きた怪事件の謎を解く人気の捕物帳シリーズ。「花見の仇討」「粗忽長屋」といった古典落語の推理小説化を試みた秀作を収めた『からくり砂絵』と、暗号解読、人間消失、動機探しなどの本格推理のエッセンスを満載した『あやかし砂絵』、シリーズ初期のトリッキーな傑作二冊を合本。


この「なめくじ長屋」シリーズは、都筑道夫の高名な捕物帳です。
このシリーズは大昔に角川文庫に収録されていたものを読んでいます。

前巻「ちみどろ砂絵 くらやみ砂絵」 (光文社時代小説文庫)(感想ページはこちら)の感想にも書いたのですが、「小梅富士」という作品を読み返したくなり、実家に戻ればどこかにあるものの探すのも面倒なので買ってしまえと前作を購入したところ、収録されていたのが実は今回の「からくり砂絵 あやかし砂絵」 (光文社時代小説文庫)だったという情けない次第で、せっかく買ったので「ちみどろ砂絵 くらやみ砂絵」 を読み返し(面白いことは保証付きですから)、本命の(?)「からくり砂絵 あやかし砂絵」も買ったものの、悪い癖で長期にわたる積読。
このたびようやく読みました。

「からくり砂絵」の方は
芝居のはずの仇討で本当に人が死んでしまう、第一席 花見の仇討
五人同時に首をつった死体が消え、翌朝再び枝から五人がぶらさがっていた、第二席 首つり五人男
座敷の中で富士に模した大きな庭石で圧殺された老人の謎、第三席 小梅富士
からくり人形に竹光で斬り殺される、第四席 血しぶき人形
水神の祟りで座敷が水浸しになり、続いて人まで死んでしまう、第五席 水幽霊
砂絵描きのセンセ―がゆきだおれたと言われ死体を見に現場に赴くセンセ―、第六席 粗忽長屋
死体が出没して悪さをしでかす、第七席 らくだの馬

「あやかし砂絵」は
張形をにぎって心中死していた妾。アラクマが犯人あつかいされてしまう、第一席 張形心中
夜鷹を狙った連続殺人、第二席 夜鷹殺し
女中が道を見張っていたのに滝不動からおかみさんが消えてしまう、第三席 不動の滝
雲母橋で死んだ男の首が白旗稲荷で見つかる、第四席 首提灯
屏風に描かれた虎に絵師が食い殺される、第五席 人食い屏風
屋根舟で漕ぎ出し気を失っている間に相手の女が殺されてしまう、第六席 寝小便小町
評判の美女を題材にした春本もどきの落とし文騒動、第七席 あぶな絵もどき
とそれぞれ7話収録です。


まず本命中の本命だった「小梅富士」です。
もう未読同然の状態で楽しみました。再読どころか、四度目か五度目だと思うのですが......
四人がかりでようやく運べるような巨石(岩?)に屋敷内で押しつぶされて死ぬ、という強烈な謎で、これが鮮やかに解かれるというのに、何度読んでもトリックとか忘れちゃうんですよね。あまりに合理的すぎて記憶に残らないのかしらん?
今回改めて感心できました。忘れやすい自らの頭に感謝(笑??)。

「からくり砂絵」には落語に題材を求めた作品がいくつかあるのですが、中ではやはり「粗忽長屋」でしょうか。
センセ―が死んでいるといわれ仲間に連れられ、下駄常とともに自分の死体を検分する砂絵描きのセンセ―という落語さながらの状況がおかしいですし、その後の流れが自然なのはさすがです。

「あやかし砂絵」の方は、少々艶めいた話が多い印象。なめくじ長屋にこういう話もあったんですね。
そのためか、トリッキーというよりは話の筋や組み立てで勝負している作品が多いようです。
なので、たとえば「不動の滝」の監視下での人間消失の絵解きも、ズルといえばズルなのですが、自然な仕上がりになっていて不満は感じません。それよりも消失の後の物語が印象に残ります。
「人食い屏風」もそうですね。絵に描いた虎が人を殺すなんてありえない話で、とするとどうしたって解決の道筋はある程度狭まってしまいます。それでもその道筋にならざるを得なかった背景が短い中にもしっかり書かれていて、かつ、物語の落としどころ(センセー含めなめくじ長屋の面々が首尾よく報酬を手に入れられるかも含め)が鮮やかに決まります。

この光文社文庫の版はこのあと買わないうちに品切れ状態になってしまっているようです。
実家に戻れば角川文庫版や旧光文社文庫版があるはずなので、折を見て読み返してみようと思いました。


<蛇足1>
「女の怨みを買うような浮いた話も、男の怨みを買うような沈んだ話も、なんにもなし。」(77ページ)
浮いた話、というはよく使いますが、沈んだ話というのは言わないですね。面白い言い回しです。

<蛇足2>
「近ぢか俳諧の宗匠として、立机(りっき)披露をしようとしている。」(100ページ)
俳諧の宗匠となることを、立机というのですね。

<蛇足3>
「佐兵衛はしっかりした男だから、もうすこし悪だと、店をふとらせ、自分もふとる算段でもして、かえっていいんでしょうが、まったく白鼠……」(100ページ)
佐兵衛は番頭さんです。
白鼠がわからず調べましたところ ”主家に忠実な番頭や雇人” という意味だそうです。

<蛇足4>
持っていた金をだましとられて、途方にくれていたところを、久右衛門に助けられたというこってすから、一所懸命つくすのも、不思議はねえかも知れませんがね。」(102ページ)
もはや駆逐されつくそうとしている「一所懸命」が使われていてほっとします。
一生懸命って、語呂はよくても意味がまったく通らないのですが、どうしてみなさん平気なのでしょうね?

<蛇足5>
「声がかれても、知りませんぜ。なにしろ、ひでえ円通寺ですからね。」(104ページ)
話す相手の耳が遠いことを受けてのセリフです。
円通寺? 
ネットで調べると古典落語から来ているようですね。「景清
落語の方は、耳ではなく目のようですが......

<蛇足6>
「まっさきに武士(りゃんこ)を見限ったのが、富田屋峯吉。」(141ページ)
武士のことを「りゃんこ」と言ったのですね。
両刀を腰に差しているところからあざけっていう語らしく、りゃんとも言ったそうです。

<蛇足7>
「街には日射病の妙薬、定斎屋が天びん棒をかついだ螺鈿の薬箪笥の鐶(わ)を、かったかった鳴らして、威勢よく歩いていた。」(144ページ)
この薬を飲むと夏負けしないという薬を売っている様子らしいです。定斎屋。夏の風物詩だったようですね。
桃山時代、大坂の薬種商村田定斎から名前が来ているとのこと。

<蛇足8>
「とにかく水死体(おどざ)になって、百本杭にひっかかっていやがった」(149ページ)
水死体に「おどざ」とルビが。おどざ? 
ちょっと考えてわかりました。水死体のことを「土左衛門(どざえもん)」と言いますが、そのどざに「お」がついているのですね。

<蛇足9>
「十九で嫁入りってえのは、評判の器量よしにしちゃあ、すこし遅いな。親が手放したがらなかったのかえ?」
「はなのうちは、聟とりをするつもりだったんだそうで──一人っ子でしたからね。」(176ページ)
はなのうち、が調べてもわからず、しばらく考えました。これ、最初のうち、という程度の意味ですね、きっと。
「最初(はな)から、お話ししますとね。」(355ページ)
と最初にはなとルビが振られている箇所もありますし。

<蛇足8>
「藤兵衛にかみさんに、お品に跡とり息子、家族はこの四ったりで、かかりうどなんぞはいないのかえ?」(177ページ)
かかりうどは、掛人あるいは懸人と書くようで、「他人の世話になって生活している人。 居候。 食客。」のことらしいです。

<蛇足9>
「一度にやろうとして、竜吐水をひっぱってきても、無理だろう。」(201ページ)
竜吐水というのは、火消しが使った道具らしいです。時代劇で観たことがあるような気がします。
竜吐水というネーミングがいいですね。

<蛇足10>
「大福餅のあばれ食いをしめえやしめえし、そういうときには、下戸の建ったる倉はなし、というんだあな」(216ページ)
「店の床几に腰かけて、あんころ餅のあばれ食いもできる気軽な店だ。」(282ページ)
あばれ食いというのは知らない語でしたが、暴れ食い、すなわち暴食ですね。

<蛇足11>
「なるほどな。この病いは、めずらしい。傷寒論なんぞには出ていないが、フンダリヤケッタリヤといって、蘭方の書物には、ちゃんと出ている。」(217ページ)
フンダリヤケッタリヤとはなんともいい加減なネーミングで笑ってしまいますが、傷寒論はれっきとした伝統中国医学の古典なんですね。

<蛇足12>
「ふるまいも大胆なら、口かずも多い床上手での。かわらけの女は色深いというが、ありゃあ、そうするように仕込まれたにちげえねえ」(226ページ)
かわらけというのは素焼きの杯のことを指すというのは知っていたのですが、毛のない女性のことを指すとは知りませんでした。

<蛇足13>
「丹波笹山六万石の大名の上屋敷で、高い塀が白じらとつづいている。」(288ページ)
丹波に続くは篠山だと思ったのですが、こちらの字は笹山。昔はこう書いたのでしょうか?

<蛇足14>
「いまの国電神田駅あたり、白壁町は下駄新道にすむ常五郎が、しばしば八辻が原へやってくるのは、砂絵を見るためではない。」(355ページ)
国電には注が必要な時代になっていますね。

<蛇足15>
「孤独松はあの通り、からす天狗がひと晩、腹くだしをしたあげくに、せんぶりを土瓶に二杯も飲んだ、という顔でしょう。」(474ページ)
いったいどんな顔だ(笑)。

<蛇足16>
「田村屋のいまわりの匂いは、だいぶ薄れたな」(478ページ)
いまわりがわからなかったのですが、居回りで、周りという意味なんですね。

<蛇足17>
「私生活に関するもので、春本もどきの文章もあれば、ちょぼくれや謎解きに仕立てたものもある。」(534ページ)
ちょぼくれがわかりませんでした。
Wikipediaによると「願人坊主など大道の雑芸人が、江戸の上野、筋違(すじかい)や両国などの広小路や橋のたもとなど殷賑な地で(幕末から明治にかけては簡易寄席とも言えるよしず張りの小屋「ヒラキ」で見られた)、木魚をたたき、舞ったり歌ったりする芸能である。」とのことです。



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あじあ号、吼えろ! [日本の作家 た行]


あじあ号、吼えろ! (徳間文庫)

あじあ号、吼えろ! (徳間文庫)

  • 作者: 辻 真先
  • 出版社/メーカー: 徳間書店
  • 発売日: 2023/07/26
  • メディア: 文庫

<カバー裏あらすじ>
ソ連参戦が噂される満州。国策映画撮影のため、満鉄が誇る超特急あじあ号がハルピンを出発した。得体の知れぬきな臭さを纏う軍人乗客と謎の積み荷。旅程に秘された任務とは? ソ連軍、中国ゲリラの執拗な攻撃が迫る。感動の鉄道冒険巨篇。


2023年6月に読んだ本の感想が終わったので、読了本落穂ひろいです。
2018年1月に読んだ辻真先の「あじあ号、吼えろ!」 (徳間文庫)

「車が主役の冒険小説はあっても鉄道が舞台の冒険小説はないことが、鉄道ファンのぼくは悔しかった。」
巻末に収録されたあとがきに、こう書かれていてあれっと思いました。
でも考えてみると辻真先ご自身による作品を除くと、鉄道を舞台の冒険小説というのは意外にないのかもしれません。

満洲を駆け巡っていた実在のあじあ号を舞台にしていることそのものの興奮度は、世代の関係からか正直ピンと来ない部分はあるのですが(鉄道ファンではありませんし、そういう列車が走っていたのですね、という程度の感想になってしまいます)、それでも当時のことを調べて作品に盛り込むというのは大変だろうなと思いますし、実際に作品として立ち上がってくると、非常にわくわくして読み進むことができました。
「あとがき」と「文庫版 あとがき」を読むと、あじあ号そのものは執筆時点では、一九八〇年夏に蘇家屯機関区でパシナの一台が発見されたきり、という状況で、本書が出版された翌年もう一台大連機関区で、流線型のカバーをつけたまま発見された、とあります。
これ、読む前に知っていたらもっとわくわくしていたかも。

序章のオープニングは帝銀事件!
そして現代になり「私」が新宿駅で人を殺すシーン。
この2つのエピソードについて詳しい説明はないまま、第一部のメインの物語へ移ります。
いよいよ、あじあ号です。

時は第二次世界大戦末期。ソ連が対日本戦参戦しようという折。
ほどなく対日参戦し、満州ではソ連が攻め込んでくると浮足立つ。
特別列車として白羽の矢(?)が立ったのが、あじあ号。
乗り込むは、映画俳優や映画会社の社員、売春婦、そして陸軍と多彩な乗客。
疎開、避難のための列車と思いきや、どうもきな臭い荷物を積んでいるようで......
ソ連軍や中国軍の妨害や攻撃を、あじあ号はどうかいくぐるのか。

ぜいたくな道具立てですね。
実在の人物もちらほら登場し、興趣をどんどん盛り上げてくれます(舞台や時期を考えればすぐわかることではありますが、それが誰かはエチケットとして伏せておくことにします)。
まるで映画を観ているかのよう、というと小説の場合必ずしも褒め言葉と受け取ってもらえないかもしれませんが、ここは褒め言葉です。

大活劇を600ページ近く繰り広げたあと、終章が待っています。
時は現代(戦後四十年の時点)。
往年を振り返る、という趣向ですが、序章と響き合うちょっとしたサプライズが心地よかったです。

こういうのまたどんどん書いて欲しいですね。




タグ:辻真先
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探偵はぼっちじゃない [日本の作家 た行]


探偵はぼっちじゃない (角川文庫)

探偵はぼっちじゃない (角川文庫)

  • 作者: 坪田 侑也
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2022/07/21
  • メディア: 文庫

<カバー裏あらすじ>
緑川光毅は中学3年生。受験のストレスから逃れようと家の周りをぶらついていると突然、同級生と名乗る不思議な少年に、一緒に推理小説を書こうと誘われる。一方、緑川が通う中学の新任教師・原口は、自殺サイトに自校の生徒と思わしき人物が出入りしていることを知る……。生徒と教師、それぞれの屈託多き日々が交わったときに明かされる真実とは。執筆当時15歳、新たなる才能が描く、瑞々しくも企みに満ちた青春ミステリ!


2022年11月に読んだ7冊目の本です。
第21回ボイルドエッグズ新人賞受賞作。
「探偵はぼっちじゃない」 (角川文庫)というタイトルから、赤川次郎の「名探偵はひとりぼっち」 (徳間文庫)を連想しましたが、全く関係ありません(笑)。

帯に「執筆当時中学3年生!」と書いてあります。15歳でこの作品を書き上げたのか、と驚きます。
教師のパート、中学生のパート、そして中学生が各作中作のパートと3つのパートがあるのですが、それぞれ堂々と書かれています。
教師のパートも相応にしっかりそれらしく書かれていて(ちょっと子供っぽいなとは思いましたが)、全国の教師のみなさん、がんばってくださいね、見る力のある生徒はしっかりと先生たちのことを見ていますよ、と言いたくなりますね。

文章もなだらかで読みやすかったです。
「何か大切なことに気づけた気がして、足取りは軽かった。」(251ページ)
いいではないですか。「気づき」と出てきたらうんざりしていたところですが。

導入部分が少々ながすぎるように思えたことに加え、ミステリとしてみた場合の仕掛けが特段取り立てて言うほどのことはなく、あまりにも関係者が少なすぎて作者の手の内が見透かされやすいのですが、作中作のさりげない手がかりとか、自殺サイト参加者の正体とか、センスが感じられました。

坪田侑也、次の作品が出ていないようですが、これだけの作品を作り上げる才能があるので、ぜひ次作を。







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名もなき復讐者 ZEGEN [日本の作家 た行]


【ドラマ原作】名もなき復讐者 ZEGEN (宝島社文庫 『このミス』大賞シリーズ)

【ドラマ原作】名もなき復讐者 ZEGEN (宝島社文庫 『このミス』大賞シリーズ)

  • 作者: 登美丘 丈
  • 出版社/メーカー: 宝島社
  • 発売日: 2019/08/06
  • メディア: 文庫

<カバー裏あらすじ>
八戸で水産加工場を営む佐藤幸造のもとに、突然「女衒」を自称する男が現れ、偽装結婚を持ちかけてきた。相手は、病気の夫の治療費をまかなうため、中国から出稼ぎにきている李雪蘭。彼女は女衒に斡旋された歌舞伎町の風俗マッサージ店で働いていた。幸造は迷いつつも、男の話を承諾するが……。一方、偽装結婚を取り持ち、女たちの世話をする裏で、女衒は妻を自殺に追い込んだ男たちへの復讐を続けていた──。


2022年9月に読んだ7作目の本です。
第17回『このミステリーがすごい!』大賞 U-NEXT・カンテレ賞受賞作。
『このミステリーがすごい!』大賞の後の部分はずいぶん聞きなれないものですが、福井健太の解説によると「募集時にはなかった枠のサプライズ受賞」とのことで、ドラマの原作を探すという趣旨だったようですね。次の第18回でも受賞作貴戸湊太「そして、ユリコは一人になった」 (宝島社文庫)が出ています。2年間だけの賞だったようですね。

冒頭、八戸の水産加工場を経営する幸造の視点で始まります。
女衒から偽装結婚を勧められる。
このまま幸造視点で物語が進むのかと思いきや、すっと女衒の視点に移ります。

物語としては、すごくありふれたチープな復讐劇。
いかにもテレビ向き、というところでしょうか。

ありふれた設定、ありふれた話かもしれませんが、この主人公格の女衒のキャラクターはおもしろいなと思いました。
「真面目で冒険をしない幸造とはおそらく正反対の生き方をしてきたであろう女衒に惹かれた。たった一度だけ、はじめて会った時に見た瞳には、溢れそうなほどの暗さを湛えていた。その暗さに惹かれた。いや、その暗さから、女衒の人間味を垣間見た気がした。この男のことを信用してもいいと思ったのだ。」(216ページ)
と幸造が述懐するシーンgなありますが、これはうなずけました

ただ、女衒の一人称を選択したのは疑問で、内面がるる語られるのはむしろ興ざめに感じました。
この点でもテレビ向きといえるかもしれません。



<蛇足1>
1年契約で百五十万円という報酬が高いのか安いのかわかりませんが、「相手は新宿のマッサージ店で働く中国人。国に家族を残して出稼ぎで日本に来ているんだ。貧しい家族のために必死で働いているよ。」(10ページ)というのには少々疑問を感じました。地域差はあるでしょうが、いまどきの中国は豊かですし、貧しい地方でも中国国内の都市へ向かうのではないかと思うのです。海外へ行くにしても日本ではないような気がします。

<蛇足2>
「幸造は、新宿どころか、この八戸を一歩も出たことがない。」(11ページ)
すっと読み流したのですが、考えてみればこの表現はおかしいですね。「新宿に行くどころか」としないと揃わないですね。


<蛇足3>
「いくら琥珀の中で保存されようと、遺伝子は時間の経過とともに劣化する。フィクションの世界では保存された恐竜の遺伝子からクローンを生み出す描写が往々にして見られるが、理論上は限りなく不可能に近い。」(216ページ)
なるほど、そうなんですね。





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筋読み [日本の作家 た行]


【2018年・第16回「このミステリーがすごい! 大賞」優秀賞受賞作】 筋読み (宝島社文庫 「このミス」大賞シリーズ)

筋読み (宝島社文庫 「このミス」大賞シリーズ)

  • 作者: 田村 和大
  • 出版社/メーカー: 宝島社
  • 発売日: 2018/02/06
  • メディア: 文庫

<カバー裏あらすじ>
女性モデル殺害の疑いで山下という男が出頭。殺害現場で採取されたDNA型が山下のものと一致したため起訴間違いなしと目されたが、警視庁捜査一課の刑事・飯綱だけは異を唱え、捜査を外されてしまう。同じ頃、少年が車に轢かれ、直後に連れ去られる事件が発生。担当をあてがわれた飯綱は少年の居場所を特定し無事保護したが、少年から山下と全く同じDNA型が検出されたとの報せが入り―。


2022年8月に読んだ最初の本です。
くろきすがや「感染領域」 (宝島社文庫)と同時に第16回 『このミステリーがすごい!』大賞の優秀賞を受賞しています。
ちなみに、このときの大賞受賞は蒼井碧の 「オーパーツ 死を招く至宝」 (宝島社文庫)

警察小説をあまり得意としていませんので、ピント外れの感想になっている可能性が大ですが......
こちらの勝手なイメージですが、警察小説というのは主人公、あるいは主人公格の刑事がメインで、事件は従、と理解しています。
非常に特徴的な一匹狼的なパターンもあれば、群像劇として刑事たちを描くものもありますが、刑事としてのありかた、その人となり、あるいは警察という組織の様子に焦点が当たっていて、事件はそれを描くための道具に近い扱いを受けていることが多い印象です。

その観点で本書「筋読み」 (宝島社文庫)の主人公、「ヨミヅナ」こと飯綱和也は、はみ出してはるけれども一匹狼というほどではなく、刑事集団にそれほど馴染んでもいないという位置づけのようで、この中途半端さはかえってリアルな気がしました。

事件の方は...
あらすじを読まれるとわかりますが、別人なのにDNAが一致するという非常に魅力的な謎からスタートします。
DNAが一致、というと、どうしても想起される事象・事態がありますよね。
事件にはサクラ・ウェルネスという、一部上場企業であるサクラ発酵株式会社の健康食品開発部門を担う子会社が関係しているようで......と流れていって、やはりアレか、と思いつつ読み進むわけです。
用意された真相は、あっけない、というか、少々とってつけたような印象を受けました。そういうトリックなのでしょうけれど、なんだかごまかされた気分。
そのまま力技で押し切った方がよかったのかも。

警察小説には珍しい謎を持ち込んだ、とも言えそうですが、どこか消化不良です。
企業が絡む事件ということからして、個人の捜査では限界があり、警察という組織が必要なので、警察小説の建付けをとったのだろう、と推測するのですが、この真相はあまり警察小説とは相性がよくないような気もしますーーむしろ私立探偵とか素人探偵の方がよかったかな、と。

となんとなく批判的な感想を連ねてしまいましたが、この謎を中心とした物語の作り方は好みなんですよね。不満はあっても、とても楽しく読めました。
警察小説というテイストをつかわない作品もこのあと書かれているようなので、気になる作家です。


<蛇足>
「虚を突かれた。刑事を警察という組織の歯車としてしか捉えていなかったのは自分なのか。その気付きが飯綱をうろたえさせた。」(286ページ)
翻訳調の使役をつかった構文も気になりますが、やはり「気付き」が気になりますね。
もうすっかり市民権を得た表現ということなのでしょうね。なんとも嫌な語感ですが。
ちなみに、今使っているPCだと「きづき」と打っても「気付き」とは変換されませんね。







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蒋介石の黄金 [日本の作家 た行]


蒋介石の黄金 (徳間文庫)

蒋介石の黄金 (徳間文庫)

  • 作者: 伴野 朗
  • 出版社/メーカー: 徳間書店
  • 発売日: 2023/01/01
  • メディア: 文庫

<カバー裏あらすじ>
昭和二十二年、元日本軍特務機関員の滝安吾は久しぶりに上海の地を踏んだ。かつて、戦犯として捕えられる直前に中国から脱出する際、助力を得た恩人の孔子敦の依頼に応じたのだ。が、訪ねた孔の屋敷は襲撃をうけ廃墟と化し、妻子は死体で発見され、孔も瀕死の重傷を負っていた。孔は上海市長から、ある荷の運搬を命じられていたという。その仕事を引き継いだ滝は、大きな渦に呑み込まれてゆく。傑作冒険活劇。


2022年6月に読んだ5作目(7冊目)の本です。
伴野朗を読むのは、いったいいつ以来だろう?
最近は書店で本を見かけることがほぼなくなりましたが、北京原人の骨を扱った「五十万年の死角」 (講談社文庫)で江戸川乱歩賞を受賞している作家で、中国を題材にとった冒険ものの作家というイメージです。

この「蒋介石の黄金」 (徳間文庫)は、終戦から2年が経過した、国共対立が激しい中国を舞台に、タイトルにもうたわれている蒋介石が隠したといわれる黄金をめぐる駆け引きを描いています。
時代背景からというだけではなく、筋立てにどこか懐かしい雰囲気が漂います。こういう作品、結構読んだよね、という感じのなつかしさです。

冒険小説的な展開でも、力でねじ伏せるタイプと違い(力がものをいう場面もありますが)、こういう騙し騙されという攻防戦、大好きなんですよ。
馬賊になった元日本陸軍軍曹とか、エピソードも興味深く楽しめます。
多数の関係者が入り乱れる入り組んだプロットのお宝争奪戦なのに、振り返るとすっきり感じるのは、やはり作者の腕でしょうね。

もともと国際謀略小説というのは日本で書かれることが少なくて、冒険小説的な味付けのものも最近は減ってきているのが残念です。




タグ:伴野朗
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