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グリーン車の子供―中村雅楽探偵全集〈2〉 [日本の作家 た行]


グリーン車の子供―中村雅楽探偵全集〈2〉 (創元推理文庫) (創元推理文庫 M と 2-2 中村雅楽探偵全集 2)

グリーン車の子供―中村雅楽探偵全集〈2〉 (創元推理文庫) (創元推理文庫 M と 2-2 中村雅楽探偵全集 2)

  • 作者: 戸板 康二
  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2007/04/28
  • メディア: 文庫

<裏表紙あらすじ>
7年ぶりに「盛綱陣屋」への出演依頼を受けた中村雅楽。しかし、子役の演技が気になる雅楽は、なかなか出演を承諾しない。そんな折、大阪で法要に出席した雅楽と竹野記者は、帰京する新幹線で一人の少女と出会う。東京駅に着く間際に、雅楽が「陣屋」への出演を決めた訳は──。第29回日本推理作家協会賞を受賞した表題作を含む、珠玉の18編を収録。《中村雅楽探偵全集》第2巻。


2024年6月に読んだ8冊目の本です。
戸板康二「グリーン車の子供―中村雅楽探偵全集〈2〉」 (創元推理文庫)
歌舞伎役者を探偵役に据えた中村雅楽シリーズを集大成した文庫版の全集。「團十郎切腹事件―中村雅楽探偵全集〈1〉」 (創元推理文庫)(感想ページはこちら)に続く第2巻。
第1巻を読んだのが2017年10月ですから、7年も間をあけてしまいましたね......

まったくの余談ですが、昔、中村雅楽の雅楽はなんと読むのだろう? と思っていました。
ががく? がらく?
ドラマ化もされているので、がらく、というのはその後知ったのですが、この全集、ちゃんと ”がらく” とルビがふってあります。

「ラッキー・シート」
「写真のすすめ」
「密室の鎧」
「一人二役」
「ラスト・シーン」
「臨時停留所」
「隣家の消息」
「美少年の死」
「八人目の寺子」
「句会の短冊」
「虎の巻紛失」
「三人目の権八」
「西の桟敷」
「光源氏の醜聞」
「襲名の扇子」
「グリーン車の子供」
「日本のミミ」
「妹の縁談」
と18遍も収録されています。

基本的には、雅楽の名推理を、友人でもある新聞記者(文化担当)の竹野が綴るという形式をとっているのですが、編中では唯一「写真のすすめ」だけが三人称で書かれています。
なぜだかはわかりませんでした。

中では、表題作で日本推理作家協会賞受賞作である「グリーン車の子供」が抜群の出来だと思いました。
老優の動向を切り取った、謎らしい謎のないまま進んでいった話がミステリとして立ち上がってくる傑作です。
この作品、新幹線の停車駅についてささいなミスがあり、協会賞の選考委員のアドバイスで、もともとひかりだった新幹線をこだまに変更した版で確定しているのですが、この変更で作品の傷が大きくなったと星新一が指摘していて、それはまったくその通り。選考委員のアドバイスもそれほど信用できないのだなとわかります(笑)。このあたりの経緯は、本書に収録されている佐野洋の推理日記に書かれています。これがとても興味深いので、こちらもぜひ。

注目作という意味では「密室の鎧」もそうかもしれません。
なにしろ密室。
短い作品ですが、存外複雑な人の出入りをさせていてびっくりしました。
このシリーズにこういうイメージあまりありませんものね。

個人的にわからなかったのは「八人目の寺子」。
作中「警察沙汰にもならず」とわざわざ書かれているくらいで、場合によっては(というか通常)警察沙汰になるような大事で、雅楽がうまく収めましたという体の物語になっているのですが、警察沙汰にはならなくとも大きな禍根を残すような出来事ですし、犯人側(と書いておきます)の意図とやったことのバランスがあまりにも悪い気がしてなりません。
役者の嫉妬、役者の世界というのはこういうものなのだ、ということかもしれませんが、謎です。

役者の嫉妬は「一人二役」「虎の巻紛失」でも扱われており、こちらはありそうな気がします(と言っては役者のみなさまに失礼かもしれませんね)。
作品として、「虎の巻紛失」は読者が考えそうなところを逆手にとっているのが楽しい作品です。
ネタ晴らし気味なのでどれとは書きませんが、役者の嫉妬ではないものの、ちょっとした意趣返し、いたずらのつもりが、狙いがうまく行きすぎて大事になる、あるいはそもそも ”ちょっとした” のレベルを超えていた、というパターンがちょくちょく見受けられるのもシリーズの特徴かも。

「美少年の死」も難解といっていいと思いました。
思い切り乱暴に言ってしまうと狂気を扱った作品で、これを描くのなら短編ではなく長編でたっぷり書かないとなぁ、と思うと同時に、長編で長々と書かれるよりは短編で鋭く切りとった方いいかも、と思えたり。

巻末の「妹の縁談」は印象的で、いわゆる犯人探しの部分は簡単に想像がついてしまうのだけれど、その先に待ち受けている雅楽が明かす事実が重いうえに、雅楽の言うことと違い、その事実を犯人は知っているのでは? と思えてしまうところが、何とも言えない余韻となります。


雅楽シリーズは、書かれた年代がかなり前であることに加え、歌舞伎界を背景にしていることもあって、普段つかわない言葉が出てくるのも、魅力の一つ。
この「グリーン車の子供」でも、ふんだんに出てきます。いくつか挙げてみます。

下座着到の鳴り物を入れている時に」(「密室の鎧」94ページ)
下座(げざ)もわかりませんでしたが、到着が着到になっていて、おやっと思いました。次のところにも出てきます。
「雅楽は、きょうは役者では自分が一番早く着到したんだなと思った。」(「密室の鎧」90ページ)
「七つの鎧の草摺(くさずり)が、起こした後も、しばらくぶらぶら揺れていた。」(「密室の鎧」94ページ)
「山三浪宅(さんざろうたく)のお国が花道を入って、すぐ太夫の葛城になって出るためには、扮装を変える時間を、おいらん道中の先ぶれをする廓の若い者が、花道が長屋の路次でひどくぬかるみになっているというつもりで、拾って歩いてくれる、それが時をかせぐにの大変役に立つのだ」(「一人二役」139ページ)
路地ではなく路次なんですね。路地とは意味が異なるようです。
「例の御家流の達筆で書いている。」(「ラスト・シーン」177ページ)
「私は刺を通じて、いつも通されることになっている茶の間へ入った。」(「一人二役」123ぺージ)
刺しを通じるという表現も使いませんね。ちょっと洒落た感じがします。
「先輩にこういわれたら、誰も唾は返せない。その座の空気は一応おさまった。」(「一人二役」132ページ)
「最後の所へ来て、私以外の者にデータを集めさせ、きめ手を設定した上で、私に話して喜ばせようという方寸と見たのだ。」(「一人二役」167ページ)
「私には、まだ雅楽の方寸が読み取れなかったのである。」(「八人目の寺子」351ページ)
方寸も使わないですね。
「では、AさんとBさんとは、同腹なのですか」(「句会の短冊」387ページ)
「騒ぎは、高村良子が姿を隠したあと、雅楽の宰領で、その姿を再び見ることができたという、めでたい結末で落着した。」(「西の桟敷」509ぺージ)
宰領って、今野敏の小説のタイトルでしか知りません(笑)。
「高村良子のようないい娘は、葉村屋、かねのわらじで探したって、いないよ」(「西の桟敷」510ぺージ)
「『千鳥』は五十五六のおかみさんがひとりでサービスする、小体(こたい)なかまえで、」(「日本のミミ」603ページ)
「竹の籠にホンコンフラワーのばらが」(「日本のミミ」603ページ)
ホンコンフラワーというのがあったのですね。

「名門の青年俳優がつとめるよだれくりに、あべこべに背負われて入る父親もあるが」(「八人目の寺子」353ページ)
に出てくる「よだれくり」はとても有名な役どころのようですが、知りませんでした。己の無教養を感じてしまいます。

残りのシリーズも買ってあるので読みます。


<蛇足1>
「細野さんのほうは、女優を使う歌舞伎を考えているというのだから、私なんぞ役に立つもんですか」(「ラッキーシート」13ページ)
新興財閥の細野氏が劇団を作ろうとする、という設定ですが、女優を使う歌舞伎をしようという動き、実際にあったのでしょうか? (作品は昭和三十×年という設定です)

<蛇足2>
「雷太郎は、元来立役(たちやく)(男役)なのであるが、『道成寺』や『鏡獅子』も得意で、女に扮すればまた女形独特の美しさがあって、多くのファンを悩殺した。」(「ラッキーシート」14ページ)
立役というのは歌舞伎から来ているのですね。

<蛇足3>
「ラッキー・シートというのは、抽籤で、劇場内の或る席にすわった人に景品を贈るサービスである。」(「ラッキーシート」18ページ)
なかなか楽しい仕掛けですね。こういうの今でもあるのでしょうか?


<蛇足4>
「子ばかりよゃて立ち帰る」(「八人目の寺子」353ページ)
”よゃて” は、どう読むのでしょう?

<蛇足5>
「冷蔵庫の脇のガラス棚の真中に、キング・オブ・キングスがあったはずです。」(「西の桟敷」484ページ)
キング・オブ・キングスが分からなかったのですが、あとでウイスキーの名前として出てきます。
有名なものだったのでしょうね。

<蛇足6>
「日本のミミ」620ページにオペラ『トスカ』『蝶々夫人』の名が出てきます。
雅楽のちょっとしたお遊びのような感じではありますが、こんなに高名なオペラを引き合いに出しても、なんの決め手にもならない気がするのですが......
もっとも相手もそれほど隠そうとはしていないのかもしれませんね。

<蛇足7>
「私が世話したのは、都立大の助教授と、三和銀行の行員だったんですがね。」(「妹の縁談」637ページ)
都立大(首都大学東京という名前になっていた時期がありましたね....)は公的機関ですが、三和銀行と実際にあった銀行名が出てきておやっと思いました。

<蛇足8>
「スコッチをのみながら、アガサ・クリスティーを読みふけるといった、近代的な生活を一面持つ雅楽は」(「妹の縁談」642ぺージ)
「卓上に、栞をはさんだ、読みかけの『半七捕物帳』がのっている。」(「妹の縁談」642ぺージ)
雅楽、趣味がいい! 
雅楽自らの経験に加え、こういったところが推理力に磨きをかけたのでしょうね。



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バイリンガル [日本の作家 た行]


バイリンガル (光文社文庫 た 48-1)

バイリンガル (光文社文庫 た 48-1)

  • 作者: 高林さわ
  • 出版社/メーカー: 光文社
  • 発売日: 2018/04/12
  • メディア: 文庫

<カバー裏あらすじ>
アメリカで三十年前に起きた母娘誘拐事件。複数の死亡者が出たその凄惨な事件の舞台となった大学町を避けるように、永島聡子は日本に帰ってきた。事件の生き残りだった当時三歳のニーナと同じ名前の女性を、一人息子の武頼(ぶらい)が自宅に連れて帰ったことから聡子は解決した事件の真相に三十年ぶりに向き合うことに──。暗号を駆使した傑作本格推理小説。


2024年4月に読んだ7冊目の本です。
高林さわの「バイリンガル」 (光文社文庫)
第5回ばらのまち福山ミステリー文学新人賞受賞作。

言語学、音声学をミステリーに持ち込んだ意欲作で、ことばの拙い幼女の発した言語から、本来の意味をつきとめようとするくだりはとても興味深く、面白かったです。
また、誘拐事件をめぐる真相もよく練られているなと思いました。
359ページで明かされるイコール、マイナス、プラスというダイイング・メッセージの謎解きもとても印象的で素晴らしい。

ただ、物語の外枠がどうもすっきりしない印象です。

あらすじにもあります通り、
アメリカで三十年前に発生した母子誘拐事件の生き残りである当時三歳の女性ニーナが、事件の当事者(居合わせた?)主人公聡子のところへやってくる。聡子にはどうやら隠しておきたいことがあるらしい。
ニーナは本物か? と疑う割にはあっさり本物認定されます。
そして過去を回想する聡子とニーナ。
先ほど申し上げた通り、過去の誘拐事件はいろいろと読みどころがあってよかったです。
でも、外枠の物語=回想するという枠組みと聡子が隠しておきたいことと関係がある部分、必要だったでしょうか?

エンディングとも絡むのですが、爽やかな方向に持ち込んでいるものの、個人的に好みではないエピソードが展開しますし、なくてもミステリとしての物語は完結できるので、なかった方がよかったのでは、と思いました──はっきり言い切れるわけではないのですが、事件を回想するためだけに作られたエピソードであるような気がしてしまうんですよね。
だからなのか、ニーナの年齢設定も疑問。いま33歳とは思えません......20代前半くらいのイメージではないでしょうか?
これは聡子の子である武頼を一定の年齢にしておく必要があるから、ニーナの年齢もかさ上げされたのでは?とつい勘ぐってしまいます。

とはいえ、力のこもった力作だと思います。
このあと作品は発表されていないようですが、読んでみたいですね。書いてほしいです。


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レゾンデートル [日本の作家 た行]


レゾンデートル (実業之日本社文庫)

レゾンデートル (実業之日本社文庫)

  • 作者: 知念 実希人
  • 出版社/メーカー: 実業之日本社
  • 発売日: 2019/04/05
  • メディア: 文庫

<カバー裏あらすじ>
私がジャックです──
殺人者の〈存在理由〉とは?
末期癌を宣告された医師・岬雄貴は、酒浸りの日々を送っていた。ある日、不良から暴行を受けた岬は、復讐を果たすが、現場には一枚のトランプが──。そのカードは、連続殺人鬼「切り裂きジャック」のものと同じだった。その後、ジャックと岬の奇妙な関係が始まり……。最注目作家、幻のデビュー作! (『誰がための刃 レゾンデートル』改題・改稿)


2024年4月に読んだ5冊目の本です。
知念実希人のデビュー作「レゾンデートル」 (実業之日本社文庫)
第4回島田荘司選ばらのまち福山ミステリー文学新人賞受賞作。

主人公である岬雄貴が末期癌と判明。コンビニ前で暴行されたその相手に仕返ししようとし成功、殺してしまう。
ここまでが第一章で、この段階で、岬が自分が死ぬまでの間に、世の中の悪人をつぎつぎと成敗していくのかな、と想像しました。とすると、(ミステリとしてあ)ありふれた話だな、と。

ところが第二章に入ると物語は捩れていきます。
岬の犯行は連続殺人犯 ”ジャック” に知られており、ジャックが岬の窮地(?) を救うのですが、そのために、岬はジャックの犯行の中に組み込まれていく。
おっ、と思いますね。

一方で、第一章から家出同然で東京に出てきた南波沙耶というシンガーソングライター志望?の女子が登場し、岬の殺しの現場に居合わせたことから、彼女と岬の人生が交わります。

ジャック、岬、沙耶のそれぞれの思惑から、物語が捩れていくのがポイント。
第二章のパート10での岬の決意が大きな転機で、このひねりはとてもいいですね。それも物語の割と早い部分で起こる転機。

岬の病気、沙耶の境遇、ジャックの正体、いずれも(物語的に)チープ感が拭えない要素ではあるのですが、プロットの中でしっかりと基盤となって、ひねりを支えています。


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恋牡丹 [日本の作家 た行]


恋牡丹 (創元推理文庫)

恋牡丹 (創元推理文庫)

  • 作者: 戸田 義長
  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2018/10/21
  • メディア: 文庫

<カバー裏あらすじ>
北町奉行所に勤める戸田惣左衛門は、『八丁堀の鷹』と称されるやり手の同心である。七夕の夜、吉原で急に用心棒を頼まれた惣左衞門の目の前で、見世の主が刺殺された。衝立と惣左衞門の見張りによって密室状態だっただが……「願い笹」。江戸から明治へと移りゆく混乱期を、惣左衛門とその息子清之介の目を通して活写した。心地よい人情と謎解きで綴る全四編を収録。文庫オリジナル。


2024年4月に読んだ5冊目の本です。
戸田義長の「恋牡丹」 (創元推理文庫)
第27回鮎川哲也賞の最終候補作とのことです。
ちなみに、その際の受賞作は今村昌弘の「屍人荘の殺人」 (創元推理文庫)(感想ページはこちら)。

「花狂い」
「願い笹」
「恋牡丹」
「雨上り」
4編収録の連作短編集ですね。
時代ミステリです。

しばらく前から時代小説が隆盛で、時代ミステリも増えるだろうなと思っているところに出た作品だったので、通常ですとあまり触手が動かない作品なのですが、鮎川哲也賞候補作となれば話は別です。

「願い笹」のように「おいおい」と言いたくなる(いい意味です)ようなトリックが出てくる作品や、「恋牡丹」のように「おいおい」と言いたくなる(あまりいい意味ではありません)ようなトリックが出てくる作品もあって、ご注目というかご愛嬌なのですが、ミステリとしてみた場合、全体として地味な印象でした。
鮎川哲也賞という長編ミステリの賞の最終候補に選ばれた作品であれば、たとえば第3回受賞作である加納朋子の「ななつのこ」 (創元推理文庫)のように、各話がつながってなにかが浮かび上がるような、そういう仕掛けを期待してしまったからです。
この「恋牡丹」は、連作短編集ではあるものの、全体としてミステリ的な仕掛けがあるわけではありません。ちょっと残念。

でもね(というのは変かもしれませんが)、この「恋牡丹」、おもしろかったんです、とても。

この話、主人公である戸田惣左衛門とその息子清之介という二人の物語としてとてもおもしろい。
ミステリ的あれこれも、この二人を描くことに奉仕しているので、ミステリ的には不満が残っても、物語全体としては不満に感じない、というようなかたちになっています。

第一話「花狂い」のタイトルは、庭いじり(?) を趣味とする惣左衛門のことを指していますが、おそらくは同時に犯人が犯行に至った動機のきっかけ(変な言い回しですが)を示唆するものでもあると思われます。
真相に気づくきっかけは洒落ていますが、事件そのものは簡単なもので、この動機がポイントとなる作品です。後添いの話が出ていた惣左衛門がいろいろ物思うというのが眼目でしょう。
「いつか自分にも愛というものの意味や価値を理解できる時がくるかもしれない。あわよくば、それを知らしめてくれる女性が思いがけず自分の前に現れるかもしれない。」(91ページ)
というのが、このあとの作品の伏線になっています。

第二話「願い笹」は、半倒叙というような手法で描かれています。冒頭は犯人が事件を思いつくシーン。
そこから惣左衛門の視点に移り、吉原遊郭で起こる殺人事件となります。
犯行方法が分からない密室のような状況での殺人という趣向で、遊郭という舞台に似つかわしいようにも思いました。

第三話「恋牡丹」では清之介は北町奉行所に勤めています。おや成長している。
使われているトリックは、大胆過ぎて「おいおい」と言いたくなるもので、苦笑。
といいつつ、これ清之介だと成立するかな、と思えるところがポイントでしょうね──惣左衛門でもひょっとしたら?(笑)

第四話「雨上り」では慶応四年。大政奉還後の江戸。
清之介は二十五歳で結婚しています。
この物語は犯人の心情を考えるという内容になっています。ハウダニットの一種かとは思いますが、ミステリとして意外なものではなく、犯人の心の動きに焦点が当たっています。

いずれの話も、事件を通して、あるいは事件をきっかけとして、惣左衛門なり清之介なりが、恋とは夫婦とはということに思いをめぐらせる、というかたちです。

「良いか、清之介。武士の婚姻は家の存続のためになされるものなのだ」
してがって、そこに恋愛感情など入る余地はない。(65ページ)
続けて
「武士は町人のように惚れた腫れたなどと下世話なことを申してはならぬ。心せよ」(65ページ)
という話を父子でするほど、堅苦しい武士の世を堅苦しく生きている二人ですから、印象的です。
それだけに最終話で清之介が至る境地には、一種のすがすがしさというか、開けた感じがします。

引用したあらすじに書かれている ”心地よい人情” と感じるかは人それぞれかと思いますが(鬱屈などもきちんと描かれているので)、心情がしっかり伝わってくる良い作品だったな、と。
それゆえ、ミステリ的には弱いところがってもOKなのです。
──ただ、長編ミステリの賞である鮎川哲也賞というのはさすがに無理かなぁ、と。


<蛇足1>
「お勤めでございますか。お疲れ様でございます」(14ページ)
こういう部分を抜き出すと、マナー警察か!と言われそうですが、とかくいろいろと言われる「お疲れ様でございます」。時代小説で出てきたので、おやっと思ってしまいました。
江戸時代もお疲れ様って言ったのでしょうか?

<蛇足2>
内所(105ページ)、水干(123ページ)がとっさに分からず調べてしまいました。
調べてから、これらは知っている語だったな、と思い出しました。





タグ:戸田義長
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ゴースト≠ノイズ(リダクション) [日本の作家 た行]


ゴースト≠ノイズ(リダクション) (創元推理文庫)

ゴースト≠ノイズ(リダクション) (創元推理文庫)

  • 作者: 十市 社
  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2016/05/29
  • メディア: 文庫

<カバー裏あらすじ>
高校入学七ヶ月目のある日。些細な失敗のためクラスメイトから疎外され、“幽霊”と呼ばれているぼくは、席替えで初めて存在を意識した同級生にいきなり話しかけられた。「まだ、お礼を言ってもらってない気がする」──やがてぼくらは誰もいない図書室で、言葉を交わすようになる。一方、校舎の周辺では小動物の死骸が続けて発見され……。心を深く揺さぶる青春ミステリの傑作。


2024年1月に読んだ11冊目の本です。
十市社の「ゴースト≠ノイズ(リダクション)」 (創元推理文庫)

意図したわけではありませんが、似鳥鶏「名探偵誕生」(実業之日本社文庫)に続いて、思春期(?) の若者を扱った作品を読むことになりました。
作者も作品の狙いも違うので当たり前ですが、テイストがまったく違います。

こちらのはかなり屈折した若者です。
クラスから疎外されているぼく一居士架(いちこじかける)。
クラスでの孤立ぶりが、淡々とつづられています。いわゆる ”いじめ” のの被害にあっている、という状況ですが、基本的には徹底的に無視されるという方向の ”いじめ”。
家では、両親の夫婦仲がよくなく、かつ自分もよく思われていない状況。
居場所がなさそうで、読んでいて少々いたたまれない。

そんなぼくの日常に忍び込んできたクラスメイトの玖波高町(くばたかまち)。
ボーイズミーツガールの典型のような展開ですが、次第に高町の抱える事情が明らかになっていくのが大きなポイント。

ぼくの語り口が、屈折しているというか屈託ありまくりで、癖のあるもの──とはいえ、決して読みにくくはありません。個人的にはすいすい読めました。
その意味ではかなり読者を選ぶ小説のような気もしますが、選ばれました。よかった。
こういう小説好きです。

謎解きミステリというかたちにはなっていませんし、特に意外性を求める書き方がされているわけではありませんが、物語の構図が非常に印象的に仕上がっています。
ミステリとしてみたとしたらアンフェアぎりぎり、というところもありますが(個人的にはぎりぎりセーフだと思います)危ういバランスで成り立っているのも、この構図の魅力だと思います。

架と高町、それぞれが抱えた事情とどう折り合っていくのか、あるいは折り合わずに決裂させていくのか、ハラハラしながらラストを迎えました。

かなり寡作な作家のようですが、もっと読んでみたくなりますね。


タグ:十市社
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迷犬ルパン異世界に還る [日本の作家 た行]


迷犬ルパン異世界に還る

迷犬ルパン異世界に還る

  • 出版社/メーカー: 辻真先
  • 発売日: 2023/12/31
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)




2024年1月に読んだ3冊目の本です。
辻真先の「迷犬ルパン異世界に還る」
ソフトカバーの単行本です。
この本、amazon で購入しましたが、通常の商業出版社から出たものではありません。
amazonの登録情報は以下のようになっています。

ASIN ‏ : ‎ B0CPSRVJD3
出版社 ‏ : ‎ 辻真先 (2023/12/31)
発売日 ‏ : ‎ 2023/12/31
単行本(ソフトカバー) ‏ : ‎ 208ページ
対象読者年齢 ‏ : ‎ 10 歳以上
寸法 ‏ : ‎ 21 x 14.8 x 1.1 cm


なんにせよ、迷犬ルパンシリーズ完結編を読むことができてなによりです。
迷犬ルパンシリーズは、光文社文庫から出ているものはすべて買って読んでいるはずだと思います。
辻真先の作品の多くがそうであるように、非常に読みやすく軽く書かれているようですが、ミステリの押さえるべきポイントはきちんと押さえてあって、楽しく読み進めながら、「そうそう」とか「そう来なくっちゃ」とミステリファンが喜ぶ箇所があちらこちらにあって楽しい読書体験ができます。

amazon の作品紹介は
「1980年代に光文社のノベルスと文庫から刊行していた「迷犬ルパン」の令和版。犬でありながら名探偵だったルパン、実は異世界から転生してきた賢者であった。帰郷する彼と共に異世界へきてしまった中学生の少年少女が魔女や剣士と共に、跋扈する魔法の怪樹と戦って、ついでに現実世界の犯罪まで解決しちまうミステリ。表紙イラスト:いとうのいぢ」
と書かれています。

今回メインを務めますのは、朝日刑事やランではなく、ランの弟であるケンとその彼女である美々子。
ルパンの帰郷先である異世界での冒険がメインで、その前後を現実世界の事件が彩っている、という構成になっています。
なので、ミステリ色は薄目。
往年のファンとしてはその辺はちょっと寂しい気もするのですが、ケンが主役を張るというのと平仄が合っています。
それでも温泉地での事件ということで、ミステリらしいポイントを押さえて、こちらの心をくすぐってくれます。

かなりの部分を占める異世界での冒険は、どうやって敵を倒すかという王道の物語になっていまして、作者が拡げた空想の翼に乗って、現実離れした(異世界ですから当たり前ですが)世界に浸ることができました。

しかし、異世界でのルパンの姿がなぁ......
表紙のイラストにも描かれているのですが、まさか、こういう姿だったとはなぁ。
サファイアの方はまあ範囲内ですが、ルパンは相当思い切った姿(笑)。
でもまあ、こちらの世界へやってきて、朝日刑事たちに事件解決のヒントを与えていくという役目からすると、ふさわしい姿なんですけどね。

異世界に還ってしまったルパン(とサファイア)。
これでお別れ、ということなのかとは思いますが、数多くのシリーズが緩やかに、しかししっかりと結びついている辻真先ワールドですから、またどこかで、ひょいと(犬の)ルパンが出て来てくれないかな、と思います。







タグ:辻真先
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クリコフの思い出 [日本の作家 た行]


クリコフの思い出 (新潮文庫)

クリコフの思い出 (新潮文庫)

  • 作者: 陳 舜臣
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 1989/01/01
  • メディア: 文庫

<カバー裏あらすじ>
香港の一流ホテルの空室で、スラブ系の西洋人が殺された。被害者はバンコクのソ連大使館員で、腕ききのKGB謀報官であったことが判明する。しかも使用された毒物は漢方系の極めて特殊なもの。「私」と中垣は、共通の知人で、しばらく消息を絶っている薬学者クリコフの仕業だと睨むが──。網の目のように張りめぐらされた伏線が読者を推理の陥穽に陥れる表題作などミステリー8編。


2024年最初に読んだ本です。
陳舜臣の「クリコフの思い出」 (新潮文庫)
カバー裏にバーコードがなく、奥付は平成元年!
年末年始実家に帰省しますと、通常の積読本を手に取ることができず、実家にある太古の積読本を手に取ることになりまして、こういう次第となります。
こういう相当古い分は自分では積読サルベージと呼んだりしているのですが、今年はサルベージもある程度進めていきたいな、と考えています。

表題作である
「クリコフの思い出」
のほかに
「枯葉のダキメ」
「四人目の香妃」
「キッシング・カズン」
「透明な席」
「蜃気楼の日々」
「その人にあらず」
「覆面のひと」
を収録した短編集です。

「蜃気楼の日々」を除く7作品は、陳舜臣を思わせる私が語り手を務めます。
(権田萬治の解説では「キッシング・カズン」も「私」という一人称形式で書かれていないことにされていますが、私として登場します)
陳舜臣を思わせるからといって、この ”私” が陳舜臣とは限らないわけですが、陳舜臣と思って読んで興趣が増したのは事実です。
もともと陳舜臣の作品は、大人の風格漂うと評されることが多く、初めて接したのは乱歩賞受賞作の
「枯草の根」 (講談社文庫)で中学生(ひょっとしたら小学生かも)の頃だったと思うのですが、日ごろ読んでいる作品との手触りの差を不思議に思った記憶があります。派手なところのない作品なので、中学生にしてみたらつまらないと思ってもおかしくなさそうだったのに、結構いい印象を持っていた記憶。
そういうちょっと別の風格漂う作品の作者が語り手を務めると思ったからかもしれません。

このことは冒頭の表題作「クリコフの思い出」を読むだけではっきりとお分かりいただけるような気がします。
知り合いからの年賀状をきっかけに、CIAやGPU(KGB)などの名前が頻出する物騒なお話に転じていくのですが、そういういわば非現実的な話が ”私” という架け橋によりひょっとしたらという気にさせる。それでいて物語の基盤は地に足のついたまま揺るがない。
このあたりのバランス感、さじ加減が陳舜臣の特長なのだと思われます。

「枯葉のダキメ」は、ゾロアスター教の葬送の在り方(!) が描かれます。タイトルのダキメというのは、鳥葬用に建てられる塔のことらしいです。そのダキメを枯葉で作った後日談なのですが、とてもトリッキーに思えました。

「四人目の香妃」はカシュガルからの囚われの身であった娘がウルムチで逃走するという事件。これと漢の哀帝と董賢の逸話から書名を取った怪しい『断袖篇』のエピソードを結びつける。これ、かなり変な話ですけど、陳舜臣の筆の魔術ですね。

「キッシング・カズン」というのは、幼馴染でキスはし合うが、結婚しないいとこ同士(121ページ)のことを言うそうです。わりとわかりやすい話だと思いましたが、当事者だと気づかないのかもしれませんね。

「透明な席」は、
「シンガポールという尼さんに似合わないまちで、私は寛如という尼さんに会った。」(148ページ)
というちょっと洒落た(?) 書き出しです。せっかく尼なら、インドネシアにしとけばいいのに、とも思いましたが、華僑社会の広がり等を考えるとシンガポールが自然ですよね。
この美しい尼から語られる話が、尼さんに似合わない遺産相続に絡む話で、私が空想を巡らせるのがポイント。

「蜃気楼の日々」は南ベトナムの華僑が残した巨額の資産をめぐる陰謀を扱っています。
ぐわーっと盛り上げておいてストンと落としてみせるところが陳舜臣らしいのかもしれません。この種の作品に多い後味の悪さがないのがポイント高いと思います。
せっかくだから、この作品にも「私」を登場させればよかったのに。

「その人にあらず」辛亥革命後の中国の騒乱を背景に、日本を舞台にした勢力争いを描いているのですが、そこにシンガポールから日本を訪れる車椅子の老女と、当時14歳で争いに加担した老人の回想が重なるところがポイント。
「隆茂号」という雑貨商、当時南京町に実際にあったのでしょうか?

「覆面のひと」というのは、シンガポールで日本に抵抗する ”不良華僑” を日本憲兵が取り締まっていたころ、「日本側のスパイを、シンガポールの人たちは『走狗』と呼び、そのなかの重要な人物を『蒙面人』(覆面のひと)と称していた。」(254ページ)と説明されています。
この「覆面のひと」に対する復讐劇を扱っています。

煽情的に書こうと思えば書けそうな題材でも、落ち着いた筆致で描かれていくところに大きな特徴があります。
いま陳舜臣のミステリーはあまり手に入らない状況ですが、どこかで復刊してほしいですね。




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田舎の刑事の動物記 [日本の作家 た行]


田舎の刑事の動物記 (創元推理文庫)

田舎の刑事の動物記 (創元推理文庫)

  • 作者: 滝田 務雄
  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2011/12/22
  • メディア: 文庫

<カバー裏あらすじ>
野生のサルの被害が問題になり、変人学者の主張でサル対策を警察が主動しなければならなくなった。しかも不可解な状況で発生したボスザルの死の謎をも解き明かす必要に迫られ、黒川刑事はしぶしぶ捜査に乗り出す──田舎でだって難事件は起こる。鬼刑事黒川鈴木、今日も奮闘中。第三回ミステリーズ!新人賞受賞作家による脱力系ミステリ第二弾、肩の力を抜いてお楽しみください。


読了本落穂ひろいです。
2017年10月に読んだ滝田務雄「田舎の刑事の動物記」 (創元推理文庫)
「田舎の刑事の趣味とお仕事」 (創元推理文庫)(感想ページはこちら)に続くシリーズ第2弾です。

以下の六編収録
田舎の刑事の夏休みの絵日記
田舎の刑事の昆虫記
田舎の刑事の台湾旅行記
田舎の刑事の闘病記
田舎の刑事の動物記
田舎の刑事の冬休みの絵日記


この感想を書こうとして、なにしろ読んだのが5年以上も前ですから、思い出そうとパラパラめくっていたら、おもしろくてどっぶり浸ってしまいました。

前作の感想を読み返すと、「脱力系」とされる笑いの部分にあまり馴染めていないようですが、今回見返したらその部分がとても楽しい。

レギュラー陣となる登場人物たちが変なやつばっかりなこのシリーズ。
主人公となる探偵役の黒川も、かなりの変わり者です。それ以上に輪をかけて変な周りの登場人物。
黒川の妻の登場シーンはいずれも衝撃(笑撃?)的です。

冒頭の「田舎の刑事の夏休みの絵日記」に顕著ですが、その登場シーンが笑いに貢献しているだけではなく、しっかり謎解きと結びついているのが素晴らしい。
ささいな手がかりというのは、謎解きシーンまでくると忘れてしまっていることもあるものですが、笑いで印象づけられているので謎解きシーンでもきっちり覚えていることができます。こういうのがユーモアミステリの正しいあり方のような気がします。

「昆虫記」も、ハチの巣が盗まれるというトンデモ事件をミステリではよくある発想で作品化したものなのですが、笑いの目くらまし効果は有効に機能していると思いました。

「台湾旅行記」は、この発見(思いつき)をミステリに仕立てるのがすごいなぁ、と感心。これから海外旅行で空港にいったら、ニヤニヤしてしまいそうです。

着眼点という意味では、「闘病記」も楽しいですね。駐車場のほうはままあるアイデアですが、ペットボトルの方はミステリになるんだとびっくり。

「動物記」は、野生のサルの被害が増えている折、スーパーマーケットの屋上でサルが死んでいた(殺されていた?)、という事件で、正攻法のミステリ(という表現も変ですが)です。
ここでも笑いの要素と思っていた事項がしっかり謎解きで活かされます。

「しかし黒川くん、サルも木から落ちると言うぞ」
「だからね、滅多に落ちないからそういう諺があるんでしょ」
「でも逆に言えば、たまには落ちるからそういう諺があるのだろう」(233ページ)
というやりとり、気に入りました。

「冬休みの絵日記」のトリックは、実用的なのでしょうか? そうではないのでしょうか?
うまくいくような、いかないような、ちょっと判断がつきませんが、ミステリとしてはいい感じで処理されています。


テレビドラマ化もされたシリーズですが、いまでは品切れのようですね。
次の「田舎の刑事の好敵手」 (創元推理文庫)を確保してい置いてよかったと思いました。


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からくり砂絵 あやかし砂絵 [日本の作家 た行]


からくり砂絵 あやかし砂絵 (光文社時代小説文庫)

からくり砂絵 あやかし砂絵 (光文社時代小説文庫)

  • 作者: 都筑 道夫
  • 出版社/メーカー: 光文社
  • 発売日: 2010/11/11
  • メディア: 文庫

<カバー裏あらすじ>
神田の貧乏長屋に巣食う、砂絵師のセンセーとおかしな仲間たちが、江戸市中で起きた怪事件の謎を解く人気の捕物帳シリーズ。「花見の仇討」「粗忽長屋」といった古典落語の推理小説化を試みた秀作を収めた『からくり砂絵』と、暗号解読、人間消失、動機探しなどの本格推理のエッセンスを満載した『あやかし砂絵』、シリーズ初期のトリッキーな傑作二冊を合本。


この「なめくじ長屋」シリーズは、都筑道夫の高名な捕物帳です。
このシリーズは大昔に角川文庫に収録されていたものを読んでいます。

前巻「ちみどろ砂絵 くらやみ砂絵」 (光文社時代小説文庫)(感想ページはこちら)の感想にも書いたのですが、「小梅富士」という作品を読み返したくなり、実家に戻ればどこかにあるものの探すのも面倒なので買ってしまえと前作を購入したところ、収録されていたのが実は今回の「からくり砂絵 あやかし砂絵」 (光文社時代小説文庫)だったという情けない次第で、せっかく買ったので「ちみどろ砂絵 くらやみ砂絵」 を読み返し(面白いことは保証付きですから)、本命の(?)「からくり砂絵 あやかし砂絵」も買ったものの、悪い癖で長期にわたる積読。
このたびようやく読みました。

「からくり砂絵」の方は
芝居のはずの仇討で本当に人が死んでしまう、第一席 花見の仇討
五人同時に首をつった死体が消え、翌朝再び枝から五人がぶらさがっていた、第二席 首つり五人男
座敷の中で富士に模した大きな庭石で圧殺された老人の謎、第三席 小梅富士
からくり人形に竹光で斬り殺される、第四席 血しぶき人形
水神の祟りで座敷が水浸しになり、続いて人まで死んでしまう、第五席 水幽霊
砂絵描きのセンセ―がゆきだおれたと言われ死体を見に現場に赴くセンセ―、第六席 粗忽長屋
死体が出没して悪さをしでかす、第七席 らくだの馬

「あやかし砂絵」は
張形をにぎって心中死していた妾。アラクマが犯人あつかいされてしまう、第一席 張形心中
夜鷹を狙った連続殺人、第二席 夜鷹殺し
女中が道を見張っていたのに滝不動からおかみさんが消えてしまう、第三席 不動の滝
雲母橋で死んだ男の首が白旗稲荷で見つかる、第四席 首提灯
屏風に描かれた虎に絵師が食い殺される、第五席 人食い屏風
屋根舟で漕ぎ出し気を失っている間に相手の女が殺されてしまう、第六席 寝小便小町
評判の美女を題材にした春本もどきの落とし文騒動、第七席 あぶな絵もどき
とそれぞれ7話収録です。


まず本命中の本命だった「小梅富士」です。
もう未読同然の状態で楽しみました。再読どころか、四度目か五度目だと思うのですが......
四人がかりでようやく運べるような巨石(岩?)に屋敷内で押しつぶされて死ぬ、という強烈な謎で、これが鮮やかに解かれるというのに、何度読んでもトリックとか忘れちゃうんですよね。あまりに合理的すぎて記憶に残らないのかしらん?
今回改めて感心できました。忘れやすい自らの頭に感謝(笑??)。

「からくり砂絵」には落語に題材を求めた作品がいくつかあるのですが、中ではやはり「粗忽長屋」でしょうか。
センセ―が死んでいるといわれ仲間に連れられ、下駄常とともに自分の死体を検分する砂絵描きのセンセ―という落語さながらの状況がおかしいですし、その後の流れが自然なのはさすがです。

「あやかし砂絵」の方は、少々艶めいた話が多い印象。なめくじ長屋にこういう話もあったんですね。
そのためか、トリッキーというよりは話の筋や組み立てで勝負している作品が多いようです。
なので、たとえば「不動の滝」の監視下での人間消失の絵解きも、ズルといえばズルなのですが、自然な仕上がりになっていて不満は感じません。それよりも消失の後の物語が印象に残ります。
「人食い屏風」もそうですね。絵に描いた虎が人を殺すなんてありえない話で、とするとどうしたって解決の道筋はある程度狭まってしまいます。それでもその道筋にならざるを得なかった背景が短い中にもしっかり書かれていて、かつ、物語の落としどころ(センセー含めなめくじ長屋の面々が首尾よく報酬を手に入れられるかも含め)が鮮やかに決まります。

この光文社文庫の版はこのあと買わないうちに品切れ状態になってしまっているようです。
実家に戻れば角川文庫版や旧光文社文庫版があるはずなので、折を見て読み返してみようと思いました。


<蛇足1>
「女の怨みを買うような浮いた話も、男の怨みを買うような沈んだ話も、なんにもなし。」(77ページ)
浮いた話、というはよく使いますが、沈んだ話というのは言わないですね。面白い言い回しです。

<蛇足2>
「近ぢか俳諧の宗匠として、立机(りっき)披露をしようとしている。」(100ページ)
俳諧の宗匠となることを、立机というのですね。

<蛇足3>
「佐兵衛はしっかりした男だから、もうすこし悪だと、店をふとらせ、自分もふとる算段でもして、かえっていいんでしょうが、まったく白鼠……」(100ページ)
佐兵衛は番頭さんです。
白鼠がわからず調べましたところ ”主家に忠実な番頭や雇人” という意味だそうです。

<蛇足4>
持っていた金をだましとられて、途方にくれていたところを、久右衛門に助けられたというこってすから、一所懸命つくすのも、不思議はねえかも知れませんがね。」(102ページ)
もはや駆逐されつくそうとしている「一所懸命」が使われていてほっとします。
一生懸命って、語呂はよくても意味がまったく通らないのですが、どうしてみなさん平気なのでしょうね?

<蛇足5>
「声がかれても、知りませんぜ。なにしろ、ひでえ円通寺ですからね。」(104ページ)
話す相手の耳が遠いことを受けてのセリフです。
円通寺? 
ネットで調べると古典落語から来ているようですね。「景清
落語の方は、耳ではなく目のようですが......

<蛇足6>
「まっさきに武士(りゃんこ)を見限ったのが、富田屋峯吉。」(141ページ)
武士のことを「りゃんこ」と言ったのですね。
両刀を腰に差しているところからあざけっていう語らしく、りゃんとも言ったそうです。

<蛇足7>
「街には日射病の妙薬、定斎屋が天びん棒をかついだ螺鈿の薬箪笥の鐶(わ)を、かったかった鳴らして、威勢よく歩いていた。」(144ページ)
この薬を飲むと夏負けしないという薬を売っている様子らしいです。定斎屋。夏の風物詩だったようですね。
桃山時代、大坂の薬種商村田定斎から名前が来ているとのこと。

<蛇足8>
「とにかく水死体(おどざ)になって、百本杭にひっかかっていやがった」(149ページ)
水死体に「おどざ」とルビが。おどざ? 
ちょっと考えてわかりました。水死体のことを「土左衛門(どざえもん)」と言いますが、そのどざに「お」がついているのですね。

<蛇足9>
「十九で嫁入りってえのは、評判の器量よしにしちゃあ、すこし遅いな。親が手放したがらなかったのかえ?」
「はなのうちは、聟とりをするつもりだったんだそうで──一人っ子でしたからね。」(176ページ)
はなのうち、が調べてもわからず、しばらく考えました。これ、最初のうち、という程度の意味ですね、きっと。
「最初(はな)から、お話ししますとね。」(355ページ)
と最初にはなとルビが振られている箇所もありますし。

<蛇足8>
「藤兵衛にかみさんに、お品に跡とり息子、家族はこの四ったりで、かかりうどなんぞはいないのかえ?」(177ページ)
かかりうどは、掛人あるいは懸人と書くようで、「他人の世話になって生活している人。 居候。 食客。」のことらしいです。

<蛇足9>
「一度にやろうとして、竜吐水をひっぱってきても、無理だろう。」(201ページ)
竜吐水というのは、火消しが使った道具らしいです。時代劇で観たことがあるような気がします。
竜吐水というネーミングがいいですね。

<蛇足10>
「大福餅のあばれ食いをしめえやしめえし、そういうときには、下戸の建ったる倉はなし、というんだあな」(216ページ)
「店の床几に腰かけて、あんころ餅のあばれ食いもできる気軽な店だ。」(282ページ)
あばれ食いというのは知らない語でしたが、暴れ食い、すなわち暴食ですね。

<蛇足11>
「なるほどな。この病いは、めずらしい。傷寒論なんぞには出ていないが、フンダリヤケッタリヤといって、蘭方の書物には、ちゃんと出ている。」(217ページ)
フンダリヤケッタリヤとはなんともいい加減なネーミングで笑ってしまいますが、傷寒論はれっきとした伝統中国医学の古典なんですね。

<蛇足12>
「ふるまいも大胆なら、口かずも多い床上手での。かわらけの女は色深いというが、ありゃあ、そうするように仕込まれたにちげえねえ」(226ページ)
かわらけというのは素焼きの杯のことを指すというのは知っていたのですが、毛のない女性のことを指すとは知りませんでした。

<蛇足13>
「丹波笹山六万石の大名の上屋敷で、高い塀が白じらとつづいている。」(288ページ)
丹波に続くは篠山だと思ったのですが、こちらの字は笹山。昔はこう書いたのでしょうか?

<蛇足14>
「いまの国電神田駅あたり、白壁町は下駄新道にすむ常五郎が、しばしば八辻が原へやってくるのは、砂絵を見るためではない。」(355ページ)
国電には注が必要な時代になっていますね。

<蛇足15>
「孤独松はあの通り、からす天狗がひと晩、腹くだしをしたあげくに、せんぶりを土瓶に二杯も飲んだ、という顔でしょう。」(474ページ)
いったいどんな顔だ(笑)。

<蛇足16>
「田村屋のいまわりの匂いは、だいぶ薄れたな」(478ページ)
いまわりがわからなかったのですが、居回りで、周りという意味なんですね。

<蛇足17>
「私生活に関するもので、春本もどきの文章もあれば、ちょぼくれや謎解きに仕立てたものもある。」(534ページ)
ちょぼくれがわかりませんでした。
Wikipediaによると「願人坊主など大道の雑芸人が、江戸の上野、筋違(すじかい)や両国などの広小路や橋のたもとなど殷賑な地で(幕末から明治にかけては簡易寄席とも言えるよしず張りの小屋「ヒラキ」で見られた)、木魚をたたき、舞ったり歌ったりする芸能である。」とのことです。



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あじあ号、吼えろ! [日本の作家 た行]


あじあ号、吼えろ! (徳間文庫)

あじあ号、吼えろ! (徳間文庫)

  • 作者: 辻 真先
  • 出版社/メーカー: 徳間書店
  • 発売日: 2023/07/26
  • メディア: 文庫

<カバー裏あらすじ>
ソ連参戦が噂される満州。国策映画撮影のため、満鉄が誇る超特急あじあ号がハルピンを出発した。得体の知れぬきな臭さを纏う軍人乗客と謎の積み荷。旅程に秘された任務とは? ソ連軍、中国ゲリラの執拗な攻撃が迫る。感動の鉄道冒険巨篇。


2023年6月に読んだ本の感想が終わったので、読了本落穂ひろいです。
2018年1月に読んだ辻真先の「あじあ号、吼えろ!」 (徳間文庫)

「車が主役の冒険小説はあっても鉄道が舞台の冒険小説はないことが、鉄道ファンのぼくは悔しかった。」
巻末に収録されたあとがきに、こう書かれていてあれっと思いました。
でも考えてみると辻真先ご自身による作品を除くと、鉄道を舞台の冒険小説というのは意外にないのかもしれません。

満洲を駆け巡っていた実在のあじあ号を舞台にしていることそのものの興奮度は、世代の関係からか正直ピンと来ない部分はあるのですが(鉄道ファンではありませんし、そういう列車が走っていたのですね、という程度の感想になってしまいます)、それでも当時のことを調べて作品に盛り込むというのは大変だろうなと思いますし、実際に作品として立ち上がってくると、非常にわくわくして読み進むことができました。
「あとがき」と「文庫版 あとがき」を読むと、あじあ号そのものは執筆時点では、一九八〇年夏に蘇家屯機関区でパシナの一台が発見されたきり、という状況で、本書が出版された翌年もう一台大連機関区で、流線型のカバーをつけたまま発見された、とあります。
これ、読む前に知っていたらもっとわくわくしていたかも。

序章のオープニングは帝銀事件!
そして現代になり「私」が新宿駅で人を殺すシーン。
この2つのエピソードについて詳しい説明はないまま、第一部のメインの物語へ移ります。
いよいよ、あじあ号です。

時は第二次世界大戦末期。ソ連が対日本戦参戦しようという折。
ほどなく対日参戦し、満州ではソ連が攻め込んでくると浮足立つ。
特別列車として白羽の矢(?)が立ったのが、あじあ号。
乗り込むは、映画俳優や映画会社の社員、売春婦、そして陸軍と多彩な乗客。
疎開、避難のための列車と思いきや、どうもきな臭い荷物を積んでいるようで......
ソ連軍や中国軍の妨害や攻撃を、あじあ号はどうかいくぐるのか。

ぜいたくな道具立てですね。
実在の人物もちらほら登場し、興趣をどんどん盛り上げてくれます(舞台や時期を考えればすぐわかることではありますが、それが誰かはエチケットとして伏せておくことにします)。
まるで映画を観ているかのよう、というと小説の場合必ずしも褒め言葉と受け取ってもらえないかもしれませんが、ここは褒め言葉です。

大活劇を600ページ近く繰り広げたあと、終章が待っています。
時は現代(戦後四十年の時点)。
往年を振り返る、という趣向ですが、序章と響き合うちょっとしたサプライズが心地よかったです。

こういうのまたどんどん書いて欲しいですね。




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