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ジェノサイド [日本の作家 た行]


ジェノサイド

ジェノサイド

  • 作者: 高野 和明
  • 出版社/メーカー: 角川書店(角川グループパブリッシング)
  • 発売日: 2011/03/30
  • メディア: 単行本




2022年5月に読んだ5冊目の本で、単行本で読みました。
たしかKADOKAWAの株主優待でもらいました。
今では文庫化されています。末尾に書影を掲げておきます。

日本推理作家協会賞受賞作で、かつ、山田風太郎賞受賞作。
そして、
「このミステリーがすごい! 2012年版」第1位
2011年週刊文春ミステリーベスト10 第1位
と輝かしい賞歴を誇る作品です。

手元の単行本にはあらすじがないのですが、amazonから引用します。
「急死したはずの父親から送られてきた一通のメール。それがすべての発端だった。創薬化学を専攻する大学院生・古賀研人は、その不可解な遺書を手掛かりに、隠されていた私設実験室に辿り着く。ウイルス学者だった父は、そこで何を研究しようとしていたのか。同じ頃、特殊部隊出身の傭兵、ジョナサン・イエーガーは、難病に冒された息子の治療費を稼ぐため、ある極秘の依頼を引き受けた。暗殺任務と思しき詳細不明の作戦。事前に明かされたのは、「人類全体に奉仕する仕事」ということだけだった。イエーガーは暗殺チームの一員となり、戦争状態にあるコンゴのジャングル地帯に潜入するが…。」

ハリウッド・エンターテイメント的なスケールの大きい小説です。
冒頭プロローグはいきなりアメリカの大統領日例報告の会議ですし、続いて第一部は民間軍事会社の傭兵(?) であるイエーガーの下に最高国家機密である任務が持ち込まれるシーンで幕が開き、まさに人類の存亡のかかった物語展開となっていきます。
ヒトの進化が扱われていて、FOXP2という転写因子と呼ばれる遺伝子や収斂進化の説明が簡単になされ、進化して生まれてしまった乳児の争奪戦(あるいは抹殺指令)へと話が転がっていきます。
風呂敷の拡げ方がとてもきれいで楽しめます。

ミステリー、SF、国際謀略小説。いろいろな要素を含んだ小説で「、一大エンターテイメントの傑作ですが、このような小説が推理作家協会賞を受賞しているのは不思議です。
圧倒的な力強さ、迫力が認められたということでしょう。

協会賞の選評で、新保博久のコメントに感銘を受けましたので引用しておきます。
ただ、ネタバレに近いので字の色は変えておきます。
これだけ大きな風呂敷を広げる以上、いくつか綻びはあって当然だが、この長篇は畢竟、万能に近い強者が“弱小国”アメリカを翻弄する物語ではないかという点に最もひっかかった。すべて釈迦の掌の上だったわけで、徒手空拳の主人公が強敵と闘って勝利を収めてゆく、という冒険小説の本道とはベクトルが正反対のような気がしたのだ。とはいえ、初読時にはそれと気づかせなかった素晴らしい疾走感、そのペースを全篇に維持した膂力には、依然脱帽するにやぶさかではない。

ところで、手元にある単行本は、平成27年7月25日の第7刷なのですが、カバーにある価格は税抜きで1,800円。
amazon で価格を見ると、1,580円のようです。値下げしたんでしょうか?

最後に文庫版の書影を。
ジェノサイド 上 (角川文庫)

ジェノサイド 上 (角川文庫)

  • 出版社/メーカー: KADOKAWA/角川書店
  • 発売日: 2013/12/25
  • メディア: 文庫

ジェノサイド 下 (角川文庫)

ジェノサイド 下 (角川文庫)

  • 作者: 高野 和明
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA/角川書店
  • 発売日: 2013/12/25
  • メディア: 文庫



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神々の座を越えて [日本の作家 た行]


神々の座を越えて〈上〉 (ハヤカワ文庫JA)神々の座を越えて〈下〉 (ハヤカワ文庫JA)神々の座を越えて〈下〉 (ハヤカワ文庫JA)
  • 作者: 谷 甲州
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 1999/10/01
  • メディア: 文庫

<カバー裏あらすじ>
スイスに滞在していた登山家の滝沢は、自らのミスで遭難事故を起こし、苦しい立場に立たされる。そんな折り、旧友でありかつてともにヒマラヤを駆けたチベット独立運動の闘士ニマの窮地を告げる手紙を受け取り、滝沢はヒマラヤへ向かう。手紙を出したのは、ニマが自分の父親ではないかと疑う日本人女性、摩耶。滝沢は彼女とともに政治の罠が待ち受ける苛酷な山々へ踏みこんでゆく。雄渾の筆致で描く迫力の山岳冒険小説。<上巻>
独立運動に揺れるチベットで、滝沢は摩耶に再会した。そして独立運動の指導者であるチュデン・リンポチェと行動をともにしていたニマとも再会する。しかし滝沢と接触したことが原因で、リンポチェたちは中国軍に逮捕されてしまう。彼らを救うため滝沢はチベット・ゲリラ「テムジン師団」に協力を仰ぎ、彼自身も、重要な工作に携わることになる。厳寒のヒマラヤに、政治の横暴とクライマーの誇りが、熱く激しく衝突する。<下巻>


2022年1月に読んだ8作目の本です。
谷甲州はSF作家で、日頃の守備範囲ではないのですが、山岳冒険小説、山岳ミステリーを書いておられまして、この「神々の座を越えて」〈上〉 〈下〉 (ハヤカワ文庫JA)の前編である
「遙かなり神々の座」 (ハヤカワ文庫JA)

「天を越える旅人」 (ハヤカワ文庫JA)
は読んでいます。

神々の座、ヒマラヤを舞台にしているはずが、上巻オープニングはアルプスで、あれれ? と思いました。
おそらくは前作とのつなぎに当たるのだと思うのですが、前作を覚えていないので......いつか読み返します。
ただ、このエピソード、あまり愉快なものではありません。
主人公が窮地に陥るのは、小説としては王道で、そのことでヒマラヤへ向かうことになるので必要なステップなのでしょうが、もっと早くヒマラヤに行ってほしいと思ってしまいました。
ヒマラヤに行ってから、アルプスでの出来事を振り返るシーンがありますので、不必要なシーンというわけではありません、念のため。それだけヒマラヤの緊迫シーンを待ち望んだということです。

待望のヒマラヤの赴くのはようやく上巻150ページを過ぎてからです。
なんですが、山というよりは高原地帯が舞台となります。

ヒマラヤに着くと、主人公滝沢を待ち受けているのはチベット独立運動。
チベットというとダライ・ラマのイメージしかありませんが、大丈夫です。しっかり作品中に説明されます。
「もちろん中国におけるチベット文化圏は、チベット自治区だけに限定されるわけではない。四川省の西半分と青海省のほぼ全域、それに周辺の省に存在するチベット族の自治県までがチベットに含まれるはずだ。」(上巻297ページ)
「それにおなじチベット文化圏といっても、他の省は昔から国会意識にとぼしい辺境だった。なかにはチベットが独立国家であった時代から、国民政府に支配されていた地域もある。もちろん住民はチベット中央政府への帰属意識にとぼしく、むしろ税負担の少ない国民政府の支配を歓迎していたともいう。だいたいチベット文化圏すべてを独立国の版図と考えるのなら、インドやネパール領内にまで国境外縁をひろげざるをえなくなる。」(上巻297ページ)
独立運動の指導者リンポチェが活仏(トウルク)とよばれているだけあってとても印象的です。

先ほど書いた通り、山というよりは高原の逃避行が話の中心になっていきまして、中国軍との駆け引きにドキドキ。
そしていよいよ待ってましたの山岳行。
ヒマラヤ、雪山を舞台にしているので、世界は白一色。その舞台を背景として、実にカラフルなストーリーが展開します。
雪山に登るなんて考えもしないくせに、山岳小説読むの、好きなんですよね。
雪山を踏破するだけでも大変なのに、中国軍との戦闘まで加わって、緊迫感のあるシーンの連続で、ハラハラし通しです。

永らくの積読が申し訳なくなるくらいおもしろかったです。


<蛇足1>
「だが家族の居場所は、なかなかわからなかった。それでようやく、日本はいま午後だという事実を思いだした。」(上巻97ページ)
ここの意味がピンと来ませんでした。
午後だと、居場所がわからないのでしょうか? 
今ほど携帯電話が普及していなかった頃の話ですので、居場所、行き先はわかっていても捕まらない、程度ではないかと思うのですが。

<蛇足2>
「――もしかするとイギリス人というのは、中国人と同程度に老獪なのかもしれない。」(184ページ)
イギリス人と接触した滝沢の感想なのですが、あまりのナイーブさに(日本語のナイーブではなく、英語もともととの意味合いのナイーブです)苦笑いします。




タグ:谷甲州
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スープ屋しずくの謎解き朝ごはん [日本の作家 た行]


スープ屋しずくの謎解き朝ごはん (宝島社文庫 『このミス』大賞シリーズ)

スープ屋しずくの謎解き朝ごはん (宝島社文庫 『このミス』大賞シリーズ)

  • 作者: 友井 羊
  • 出版社/メーカー: 宝島社
  • 発売日: 2014/11/07
  • メディア: 文庫

<カバー裏あらすじ>
店主の手作りスープが自慢のスープ屋「しずく」は、早朝にひっそり営業している。早朝出勤の途中に、ぐうぜん店を知ったOLの理恵は、すっかりしずくのスープの虜になる。理恵は最近、職場の対人関係がぎくしゃくし、ポーチの紛失事件も起こり、ストレスから体調を崩しがちに。店主でシェフの麻野は、そんな理恵の悩みを見抜き、ことの真相を解き明かしていく。心温まる連作ミステリー。


2022年1月に読んだ5冊目の本です。
「嘘つきなボン・ファム」
「ヴィーナスは知っている」
「ふくちゃんのダイエット奮闘記」
「日が暮れるまで待って」
「わたしを見過ごさないで」
の5編収録の連作です。

「僕はお父さんを訴えます」 (宝島社文庫)
「ボランティアバスで行こう!」 (宝島社文庫)
と読んで個人的に注目の作家になっていた友井羊なのですが、この「スープ屋しずくの謎解き朝ごはん」 (宝島社文庫 )が出た時には手が伸びませんでした。


というのも、お店がメインの舞台となっていて、お客がもたらずいろんな日常の謎を、店主あるいはバイトなどの店員が解き明かす、というパターンの物語だと思ったからです。
本屋さんにいけば、今、このパターンの物語があふれかえっているような気がします。
まさに有象無象。
一つのジャンルと捉えると、そのすそ野がどんどん広がっている印象で、すそ野が広がるということはそのぶん頂も高くなるはずですが、どうもこのジャンルはこのパターンのきっかけとなった諸シリーズを超える作品はなさそうで、いたずらにすそ野ばかりが広がっているように感じられたからです。
そしてそんなジャンルに友井羊も行ってしまった。
自分勝手な読者として、極めて高慢でわがままな感想ながら、(ミステリとしては)安易な方向に行ったのだな、と思ってしまったのです。

でもまあ、友井羊だし、なにか特色がでているのでは? と思い買ってみました。
このジャンルの常道として連作短編集です。

正直読み進んでも、あまり良い印象は抱きませんでした。
どの話も、まあ言ってしまえばよくある日常の謎で、すらすら読めるけれど特に印象に残ることもなく、読んで失敗だったな、と思ったのです。

ところが!
最終話「わたしを見過ごさないで」で認識を改めました。
これまで出てきたお馴染みのレギュラー登場人物にまつわる謎を解くという段取りで、お店ものの枠内を出るものではないですが、非常に丹念に織り上げられた絵柄に見とれてしまいました。
パーツパーツを見れば決して大きなサプライズをもたらすような手がかりや仕掛けではないのですが、それぞれがきちっと全体に奉仕しています。また、メインとなる仕組みと、それぞれの部分の仕組みが相似形というのか、フラクタルな印象を受けます。
とてもすごいな、と思いました。
このシリーズ好評のようで、続々と続きが出ているのですが、みんなこのレベルのシリーズになっているのでしょうか?
読まなきゃいけないシリーズが増えてしまった。




<蛇足1>
「ブロッコリーは冬が旬で、欧米では栄養宝石の冠という格好良いのか悪いのか悩む名前で呼ばれているらしい。」(87ページ)
知りませんでした。
ネットで調べてみると、Crown of Jewel Nutrition というのですね。
ちょっと長ったらしい訳語なので、「栄養の宝冠」くらいにしておけばいいのにと思いました。

<蛇足2>
ネタばれになるので字の色を変えておきますが、
入れ墨に使用される染料には、電磁波に反応して発熱する種類があるそうです。そのためMRIで検査する前に、タトゥーの有無を聞かれる場合があるのですよ」(116ページ)
これも知りませんでした。
個人的には関係ないのですが、覚えておこうと思いました。


タグ:友井羊
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義経号、北溟を疾る [日本の作家 た行]


義経号、北溟を疾る (徳間文庫)

義経号、北溟を疾る (徳間文庫)

  • 作者: 真先, 辻
  • 出版社/メーカー: 徳間書店
  • 発売日: 2017/06/02
  • メディア: 文庫

<カバー裏あらすじ>
明治天皇が北海道に行幸し、義経号に乗車する。だが、北海道大開拓使・黒田清隆に恨みをもつ屯田兵が列車妨害を企てていた。探索に放った諜者は謎の死を遂げた。警視総監は元新撰組三番隊長斎藤一こと藤田五郎に探索方を依頼。藤田に従うのは清水次郎長の子分、法印大五郎。札幌入りした二人は、不平屯田兵の妻が黒田に乱暴され首吊り死体となった事件を探る。書下し長篇歴史冒険推理。


2021年12月に読んだ最初の本です。

冒頭いきなり登場する人物たちの豪華さにくらくらします。
勝海舟、樺山資紀、山本長五郎(清水次郎長)、そして藤田五郎巡査(もと新撰組三番隊長斎藤一)。
そこで藤田巡査が告げられる任務が、明治天皇の北海道行幸のお召列車を守るというもの。
同時に、北海道大開拓使の黒田清隆が士族の妻を犯して殺害したという噂の真偽をつきとめよ、と。
このあたりの小気味よいやりとりから、もうすっかり作品世界に引き込まれてしまいます。

明治初期の北海道を舞台に、当時最新鋭の汽車が北海道を走る。しかも明治天皇を乗せて!というロマンだけですごいのに、冒険活劇でなおかつ本格謎解きまで。
非常に贅沢な作品です。

しかもその二つが混然一体となって展開し、本格謎解きの真相解明シーンがとても劇的でしびれます。
一種の不可能犯罪がこのような緊迫感をもって解かれる本格ミステリは珍しいのではないでしょうか。
辻真先は作品数が非常に多いですが、趣向が凝らされている作品も多く、ぜひもっともっと読まれてほしいです。



タグ:辻真先
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ムジカ・マキーナ [日本の作家 た行]


ムジカ・マキーナ (ハヤカワ文庫JA)

ムジカ・マキーナ (ハヤカワ文庫JA)

  • 作者: 史緒, 高野
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2002/05/10
  • メディア: 文庫


<カバー裏あらすじ>
1870年、理想の音楽を希求するベルンシュタイン公爵は、訪問先のウィーンで、音楽を絶対的な快楽に変える麻薬〈魔笛〉の流行を知る。その背後には、ある画期的な技術を売りにする舞踏場の存在があった。調査を開始した公爵は、やがて新進音楽家フランツらとともに、〈魔笛〉と〈音楽機械 = ムジカ・マキーナ〉をめぐる謀略の渦中へ堕ちていく……虚実混淆の西欧史を舞台に究極の音楽を幻視したデビュー長編。


すっかり更新が滞っていました。

さて、2021年11月に読んだ6冊目の本です。
高野史緒の「ムジカ・マキーナ (ハヤカワ文庫JA)」。
1994年第六回日本ファンタジーノベル大賞の最終候補作です。
基本的に読者としてはミステリ専攻で、他のジャンルはそれほど......という感じなのですが、日本ファンタジーノベル大賞という賞はなかなか気になる作品が並んでいまして、ちょくちょく買っていました。
そんな中この作品は受賞には至らなかったということで、文庫本になるのを待っていたのですが、なかなか文庫にならず、2002年になってようやく単行本の出た新潮社ではなく、ハヤカワ文庫に。出てすぐに紀伊国屋さんでサイン本を購入したはずです。
その後著者の高野史緒は2012年に「カラマーゾフの妹」 (講談社文庫)(感想ページはこちら)で第58回江戸川乱歩賞を受賞。

「ムジカ・マキーナ」も読まなきゃと思いつつ、月日は流れ、ようやく2021年も終盤に読んだという次第です。

十九世紀後半(一八七〇年)のヨーロッパを舞台にした音楽SFです。
「音楽は一つの宗教だ。演奏はその礼拝。俺やお前は司教であり、教皇であり、信託(オラクル)なんだ……」
「俺たちは……あるいはシャーマンだ。音楽はそれ自体が真に宗教だ。音楽という宗教は、普通に宗教と呼ばれるものの全てに内包される。違う、逆だ。他の全ての宗教と呼ばれるものを内包するんだ。どの宗教も、実はこの一つの宗教の前に跪いているわけだ」(209ページ)
というセリフがあります。
作中では音楽に、謎の麻薬〈魔笛〉が加わり、退廃的な音楽の美の世界が展開されます。
まさに音楽教(?) に入信し、華麗な舞台を背景に繰り広げられるきらびやかなイメージの奔流に身をゆだねる快感を味わうのが、本書を読む楽しみなのだと思います。

304ページから306ページにかけて、タイポグラフィというのでしょうか、麻薬の効果を視覚的にも味わえるような(!)技法が使われていますが、もっとあちこちのページに紛れ込ませてもよかったのかもしれませんね。

歴史改変SFとしての分析はわかりませんので巽孝之の解説をご覧いただくとして、
「あらゆる犠牲者のために。そこには敵も味方もコミューンも政府も党も派閥も国も体制も政治的綱領も王党派も社会主義もジャコバン独裁も絶対主義的先生も一党独裁も共産党宣言も永久革命論(トロツキズム)も一国社会主義もスターリン憲法もプラハの春もKGBもない。ヒトラーもスターリンもついでにプロコフィエフも馬鹿野郎だ!」(298ページ)
なんて記述が出てきます。出てくる用語や事件が、物語の時間軸と合いません。
物語の表には出てこないのですが、音楽を操るだけではなく、時間を操るものの存在が示唆されているということなのでしょう。
SFに慣れない身としては、この部分にももっと筆を割いてもらいたかったところです。

またタイトルにもなっているムジカ・マキーナ(音楽機械)が奏でる至上の音楽という物語のフレームに強い既視感を覚えたのが不思議です。






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天久鷹央の推理カルテ [日本の作家 た行]


天久鷹央の推理カルテ (新潮文庫nex)

天久鷹央の推理カルテ (新潮文庫nex)

  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2014/09/27
  • メディア: 文庫


<カバー裏あらすじ>
お前の病気(ナゾ)、私が診断してやろう。
統括診断部。天医会総合病院に設立されたこの特別部門には、各科で「診断困難」と判断された患者が集められる。河童に会った、と語る少年。人魂を見た、と怯える看護師。突然赤ちゃんを身籠った、と叫ぶ女子高生。だが、そんな摩訶不思議な“事件”には思いもよらぬ“病”が隠されていた……? 頭脳明晰、博覧強記の天才女医・天久鷹央が解き明かす新感覚メディカル・ミステリー。


2021年10月に読んだ11作目の本です。
知念実希人のシリーズ第一作。
知念実希人は、
「仮面病棟」 (実業之日本社文庫)(感想ページはこちら
「時限病棟」 (実業之日本社文庫)(感想ページはこちら
の2作を読んだことがあり、なかなか面白かったので他の作品も読んでみようとは思っていたのですが、作品数が多くてどれにしようか悩んでいるうちに時が過ぎ、というパターンでした。
ある日紀伊国屋さんで、おそらくシリーズ新刊に合わせてだと思うのですが、サイン本が売られていたので、いいきっかけだと購入しました。
たいへん人気あるシリーズのようで、どんどん巻を重ねていますし、本屋さんでは平積展開されていることも多いですね。

まず、探偵役でシリーズタイトルにもなっている天久鷹央は、あめくたかお、と読みます。
博覧強記の天才女医と上に引用したあらすじにある通りの設定です。

Karte.01 泡
Karte.02 人魂の原料
Karte.03 不可視の胎児
Karte.04 オーダーメイドの毒薬
という4つの物語を収めた連作短編集です。

個人的には名探偵である天久鷹央のキャラクターが好きになれませんでしたが、こちらはシリーズを重ねるにつれて相棒である小鳥遊優との関係性が進展するにつれてこなれていくことでしょう。

一読、扱われている謎のあまりの初歩的な内容にびっくりしました。
何一つ意外ではなく、ミステリを読み慣れた人であれば、容易に真相(とまではいかなくても概要)にたどり着いてしまうことでしょう。
天才、と評される天久鷹央が出てくる必要はありません。
推理クイズを小説に仕立てたみたい、です。

そこでふと思ったのですが、この作品のレーベルは新潮文庫NeX。
表紙も高名なラノベイラスト画家であるいとうのいぢを起用しています。
としますと、ターゲットとなる読者は若い方、それも極めて若い方。
であれば、この作品はそもそもミステリの入門書たることを目指して書かれたのではないか、と思いました。

確かこのレーベルには乱歩の少年探偵団シリーズも収録されていたはず。
現代の青少年に向けて、現代の少年探偵団ともいうべきシリーズを立ち上げたのだとすると、その心意気やよし、ということではないでしょうか。
買った文庫の帯に「累計40万部突破」と書かれていて(購入したのは2016年9月です)、人気を博し、シリーズも順調のようです。
このシリーズを入り口に、豊穣たるミステリの世界に足を踏み入れる若い人が増えるのは嬉しいことですし、ちょっと応援したくなりましたね。



<蛇足>
消毒用の酒精綿、というセリフが出てきます。(103ページ)
病院らしい小道具ですが、あれ、酒精綿って言うんですね。知りませんでした。



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宝石商リチャード氏の謎鑑定 [日本の作家 た行]


宝石商リチャード氏の謎鑑定 (集英社オレンジ文庫)

宝石商リチャード氏の謎鑑定 (集英社オレンジ文庫)

  • 出版社/メーカー: 集英社
  • 発売日: 2015/12/17
  • メディア: 文庫


<カバー裏あらすじ>
酔っ払いに絡まれる美貌の外国人・リチャード氏を助けた正義(せいぎ)。彼が国内外に顧客をもつ敏腕宝石商と知り、誰にも言えない曰くつきのピンク・サファイアの鑑定を依頼する。祖母が死ぬまで守っていたその宝石が秘めた切ない“謎”がリチャード氏により解かれるとき、正義の心に甦るのは……? 美しく輝く宝石に宿る人の心の謎を鮮やかに解き明かすジュエル・ミステリー!!


ここから2021年9月に読んだ本の感想に移ります。
さいきん流行りのキャラ・ミスというやつでしょうか。
割と書店でシリーズが山積みにされていて気になっていましたので手に取りました。

Case1 ピンク・サファイアの正義
Case2 ルビーの真実
Case3 アメシストの加護
Case4 追憶のダイヤモンド
extra case ローズクォーツに願いを

という構成の連作短編集です。

引用したあらすじにジュエル・ミステリーとあり、タイトルにも謎という語が使われていますが、ミステリーとして読むのは酷な気がしました。
あえていうなら、日常の謎になるのかな、とは思いますが、あまりにもミステリとしては薄味です。
作者もミステリーを書こうとはされていないのではないかと思います。

それよりも、主人公である正義と、雇い主となる美貌の(男です)宝石商リチャード氏の関係に焦点が当たっていると思われます。
BL(ボーイズラブ)のテイストが軽くしています。
リチャード氏の一方的な片想いのような感じになっており、正義はまったく気づいていない(さらには女性ー岩石屋!ーに恋心を抱いている)という構図で、こういうの定石なのかもしれませんね。

いわゆるLGBTを扱っている作品も入っています。
「あなたの友達で、同性のパートナーと一緒に暮らしている人はいる? 多分いないでしょう。差別とか風当りとか、そういう問題だけじゃなくてね、こういうのは砂漠の真ん中で家庭菜園やるみたいなしんどさがあるのよ。何で私だけ、他の人がしなくていい苦労をしなくちゃいけないのって。こういうの隣の芝生って言うのかしらね。」(132ページ)
安易に「わかる」というのがよくないテーマではありますが、このセリフは蒙を啓く感じがします。
この人物は当時に別の興味深い論点も提供してくれています。
「真美さんは、彼女の家の教育方針のことを聞かせてくれた。『他人に迷惑をかけないこと』。『無用に目立たないこと』。普通に生きて、普通に学校に行って、普通に結婚して、普通に子どもを産んで、普通に育てて、普通に歳を取る。それが一番苦労せず、目立たず、楽に生きる方法なのだと。」(133ページ)

ところで、このリチャード氏という言い方、わざとだと思いますが、変ですね。
リチャード氏の名前は、リチャード・ラナシンハ・ドヴルビアン。イギリス国籍という設定です。
氏という敬称は姓につけるものなので、ドヴルビアン氏というべきで、リチャード氏というのはおかしいですね。
(同姓がいる場合に区別するためファーストネームの方に氏をつけることはありますが)

シリーズは好調でもう10冊以上出ているのですね。
続きを読むかどうか、迷っています。


<蛇足1>
「遠い外国の昔話ではなく、六十年代の東京の話だ。」(27ページ)
主人公である正義の祖母の話のところで出てくるのですが、60年代というのはちょっと計算ミスなのではないかなぁ、と思ってしまいました。
復員兵と結婚し三人の子供を産んだのち離婚、掏摸をして生計をたて娘を育てた、というのですが、
「もはや戦後ではない」と書かれたのが1956年度の『経済白書』の序文。
もう10年ずらした方がよかったのでは?
でもそうすると主人公との年齢差が合わなくなりますかね?

<蛇足2>
「ちょっとナルシストで嫌味なところはあるが、おかげで俺の大学生活はバラ色になりそうだ。」(96ページ)
上司であるリチャード氏を引き合いに出す場面なのですが、正しくは「ナルシシスト」ですね。
日本語ではこの作品のように「シ」が一つ落ちて「ナルシスト」とされることが多いですが。









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時限病棟 [日本の作家 た行]


時限病棟 (実業之日本社文庫)

時限病棟 (実業之日本社文庫)

  • 作者: 知念 実希人
  • 出版社/メーカー: 実業之日本社
  • 発売日: 2016/10/06
  • メディア: 文庫

<カバー裏あらすじ>
謎の死の真相を掴み
廃病院から脱出せよ!!
目覚めると、彼女は病院のベッドで点滴を受けていた。なぜこんな場所にいるのか? 監禁された男女5人が脱出を試みるも……。ピエロからのミッション、手術室の男、ふたつの死の謎、事件に迫る刑事。タイムリミットは6時間。大ヒット作『仮面病棟』を超えるスリルとサスペンス。圧倒的なスピード感。衝撃の結末とは――。医療ミステリーの超傑作、文庫書き下ろし!


「仮面病棟」 (実業之日本社文庫)(ブログの感想ページへのリンクはこちら)に続くシリーズ第2作です。
シリーズといいましたが、同じ病院の建物を舞台にしていて、それぞれ独立した作品ではありますが、やはり「仮面病棟」 の中身に触れますので、先に「仮面病棟」を読まれることをお勧めします。

「仮面病棟」はおもしろく、一気読みしました。
この「時限病棟」 (実業之日本社文庫)も一気読みでした。

「仮面病棟」感想にも書きましたが、同じことを感じました。
「ちょっと安直かな、と思うところもないではないですが、非常にスピーディーな中で、よく考えられていると思いましたし、楽しい作品でした。」

リアル脱出ゲームを模したかのようなストーリーは、ちょっとどうかな、と思わないでもなかったですし、蓋を開けてみれば因縁話、復讐劇というのもありふれているな、と思ったのですが、この作品の場合、大きな欠点とは言えないと感じました。

というのも、読者は、どうしても「仮面病棟」を思い起こしながら読み進んでいくと思うんですよね。
状況は違うのですが、「仮面病棟」と似通った構造を持った作品になっています。
だから、「仮面病棟」で売りのサプライズの仕掛けをどう変えるか、というのが腕の見せどころとなってくるのだと思うのですが、そのあたり、「時限病棟」の仕掛けにはニヤリとしてしまいました。
「仮面病棟」「時限病棟」は対になる作品なんですね。

知念さんの他の作品も読んでみたいですね。(いつになるかわかりませんが......)

<蛇足1>
「仮面をかぶっていたんだよ。ハロウィンとかでかぶるような気持ち悪いやつを。……ピエロの仮面だった」(69ページ)
ハロウィンでピエロ? ちょっとイメージがなかったのですが、わりと人気の仮装のようですね。


<蛇足2>
「占いに興味が無くても、自分の星座ぐらい知っているはずです。」(302ページ)
こういうセリフが出てきますが、意外と知らない人多いと思うんですが......




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星を撃ち落とす [日本の作家 た行]


星を撃ち落とす (創元推理文庫)

星を撃ち落とす (創元推理文庫)

  • 作者: 友桐 夏
  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2015/09/19
  • メディア: 文庫

<カバー裏あらすじ>
世界に憧れる有騎、いつも一緒の鮎子と茉歩。三人の女子高生の友情は、問題児の美雲と関わったことで変化していく。四人の間に緊張が高まる中、悲劇が……。後日、罪悪感に囚われ思い悩む有騎がたどり着いたのは、天体観測会が行われる廃園の館だった。館の主にまつわる謎を追ううちに知った、彼女たちの身に起きた悲劇の驚愕の真相とは。多感な少女たちの心を描く青春ミステリ。


友桐夏、懐かしい。
この「星を撃ち落とす」 (創元推理文庫)の巻末の解説に著作リストがあります。
1. 「白い花の舞い散る時間」 (コバルト文庫)
2. 「春待ちの姫君たち」 (創元推理文庫)
3. 「盤上の四重奏」 (コバルト文庫)
4. 「楽園ヴァイオリン―クラシックノート」 (コバルト文庫)
5. 「星を撃ち落とす」 (創元推理文庫)
6. 「裏窓クロニクル」(東京創元社)

1.~3.まで、コバルト文庫で読んでいます。
4.は、完全に見逃していましたね。惜しいことをしました。もう絶版状態で手に入りませんね。残念。気づいていれば絶対買って読んでいたのに。

女子高校生(か、中学生。記憶が......)を主人公に据えていて、いずれも「黒い」たくらみを秘めた少女たちの群像を描いていたもので、こういう作品を好きだというと、性格を疑われそうな内容だったのですが、好きでした(笑)。
いわゆる爽やかな青春小説とは対極にある物語群ではありますが、一方で、少女たちに確かにある一面を、誇張されてはいるものの、抉り出した作品だったと思っています。

そのあと出ていないな、と思っていたら、「春待ちの姫君たち」 が創元推理文庫に収録されて、「星を撃ち落とす」 が2012年に出版されて...活動再開? うれしいですね。
2015年に文庫化されたので購入していました。

今回の「星を撃ち落とす」 も同様の作風です。
解説で冒頭、福井健太が書いています。
「偶然や必然から生まれる小さなコミュニティは、各々の意識が乱反射する心理戦の場にほかならない。自負や悪意はどこまでも深化し、嘘と嘘が絡まることで真実は埋もれていく。その皮膜を一枚ずつ剥ぎ取り、容赦のない筆致で少女たちの本性を抉り出す--本書『星を撃ち落とす』 はそんな物語だ。」

タイトル「星を撃ち落とす」 にしてから、見かけと違い、爽やかなものではありません。
「どうしたって勝ち目がない。だから目障りで仕方がない。だから引きずり下ろしてやりたくなって。つまりそういうことなんじゃないの。」(244ページ)
とありますが、星を撃ち落とすというのは、そういうこと、なのです。
(最後の方で、ある人物が「一目で敗北を悟らせるほどの輝きに満ちた一等星」(269ページ)と喩えられ、「あえて言うなら〇〇という少女を見る〇〇の目と心にこそ、破滅を招くような何かが存在したのだろう。星を撃ち落としてやりたいと望む、尊大な何かが。」(269ページ)と結ばれます)

心理戦、とありますが、少女たちの繰り広げる心理戦は、息が詰まりそうです。
たとえば、割と早い段階で出てくる、空気清浄機のリモコンをめぐるエピソードがわかりやすいかもしれません。
「一晩のうちに屋内から郵便受けに移動していたリモコンの話」(47ページ)なのですが、日常の謎っぽいですね。訪ねてきていた友達を疑っていた津上有騎に、さっと葉原美雲が別の解釈を提示して見せる。
すごいね、そうだったんだ、となれば、普通のミステリのエピソードとしておしまい。ある意味めでたし、めでたしなのですが、「星を撃ち落とす」 では、そうはなりません。
そういう推理、解釈を提示した美雲の隠された意図(?) が班長会議(!) で明かされます(56ページ~)。そのあと、班長会議で多数決がとられるわけですが、その多数決に持ち込んだ有騎の思惑というのが、これまた企みなんですね。

こういうの現実に身近で起こるとうっとうしいのでしょうが、小説の中であれば、安心してその世界に浸っていられます。
このリモコンのエピソードの後も、登城人物たちの熾烈な(?) 駆け引きが溢れています。

今回おやっと思ったのは、若干ネタバレ気味なので、気になる方は次の段落まで飛ばしていただきたいのですが、
登場人物のひとり、茉歩はかなり重要な位置を占める人物なのですが、彼女の意図が、自己中心的で確かに歪で醜いものではあるのですが、この作品では、悪意によるものではない、という設定になっている、ということです。
悪意も含まれているのでしょうが、根っこにあるのは、悪意ではない。
過去の作品が記憶から消えてしまっているので定かではありませんが、過去の作品では、悪意や希望(というか野望?)が根幹に据えられていたように思います。

ここまでネタバレでした。
だからか、
「誰か一人でももっと早く〇〇さんの本当の状態に気付いていれば防げたはずでしょう」
「誰がどんな問題をかかえているかなんて聞かなければわからないことだけど、何も打ち明けてもらえなかったからといって何もしなかったことが赦されるわけじゃないと思うわ。心を開いてくれなかった相手を責めるのは簡単だけど、心を開いてもらえるような自分ではなかったことを反省して改善しなければ、同じことを繰り返すだけよね。私たちは〇〇さんに信頼されなかった。それはこの先もずっと心にとめておかなきゃいけないことだわ」(257ページ)
という美雲のセリフが生まれるのですよね。(一部、ネタバレ部分伏字にしています)

物語の建付けがこういうものであるので、証拠だとか事実に基づく論証には欠けていますが、企みに満ちた登場人物のやりとりを、推察、推測で塗り固めていくさまは、スリリングです。
推測なので、本当はどうだったのか分かったものではありませんが、こういう作品だとこれでよいような気がします。
作風や傾向は全然違うのですが、人の気持ち、意図をあれこれひっくり返していくあたり、以前は思っていなかったのですが、今回「星を撃ち落とす」 を読んで、連城三紀彦を連想しました。連城ファンに叱られるかも、ですが。







タグ:友桐夏
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にぎやかな落葉たち [日本の作家 た行]


にぎやかな落葉たち (光文社文庫)

にぎやかな落葉たち (光文社文庫)

  • 作者: 真先, 辻
  • 出版社/メーカー: 光文社
  • 発売日: 2017/02/09
  • メディア: 文庫

<カバー裏あらすじ>
北関東の山間にたつグループホーム「若葉荘」。そこには元天才少女小説家の世話人と、自在に歳を重ねた高齢者たち、車椅子暮しの元刑事らが暮らす。だが穏やかな日々は、その冬いちばんの雪の日、密室で発見された射殺死体の出現によって破られる。十七歳の住み込みスタッフ・綾乃は、一癖も二癖もある住人のなかで隠された因縁を解き明かし、真相に迫ることができるのか!?


辻真先作品を取り上げるのは、「日本・マラソン列車殺人号」 (光文社文庫)(ブログの感想ページへのリンクはこちら)以来なんですね。
新作の作品数が減ってきているのは、作者が高齢というのもあるかもしれませんが、いろいろなシリーズの幕引きを次々とされていますし、絞っておられるのかもしれませんね。
辻作品もかなり大量に読んできていますので、ちょっと寂しいですね。

この「にぎやかな落葉たち」 (光文社文庫)は老人を対象にしたグループホーム「若葉荘」を舞台にしています。
「若葉荘」という名前なんですが、入居者から「落葉荘」と皮肉られている、という設定で、これからの高齢化社会に向けていろいろと注目点の多い舞台で、名前以外にもあちこちに作者の問題意識が伺われます。

ミステリとしてのポイントは、いつも通り、確かに押さえられていて、安心して読めます。
あらすじでは、射殺、と書かれていますが、射殺は射殺でも、拳銃によるものではなく水中銃で撃ちこまれた銛で殺されるというものです。
この水中銃の扱いとか、天井に張られた貼り紙の扱いとか、ポイントポイントで、ああ、そうか、とツボを突かれます。楽しい。
どうしてこのタイミングで殺人を実行したか、という点もきっちり。ラストの畳み方もなるほどな、と思いました。

やはり辻真先の作品はおもしろいですね。
文庫化されていない本もたくさんあるんですよね。もったいないなー。


<おまけ1>
個人的に強烈だったのが、172ページからの昔のいじめシーン(?)。
あまりの内容にちょっと耐え難かったです。
よく病気になりませんでしたね...そこはホッとしたのですが......それにしても。

<おまけ2>
この作品、単行本のときのタイトルが「にぎやかな落葉たち 21世紀はじめての密室」で、文庫化の際に副題が省かれています。
単行本が出たのは2015年で、決して21世紀に入ってすぐ出版されたわけではないので、単行本のときと文庫化のときで情勢が変わったようにも思えないのに、どうして??

<おまけ3>
本書の章題
第一章の、『若葉荘』の人々、から始まって、第八章の、それがなぜいま? まであるのですが、そのうち第二章の、落葉荘?の不穏、だけが7文字で、その他は8文字なんですよね。
(『』もそれぞれ1文字と数えています)
せっかくだから第二章も8文字にすればよかったのに、と思ってしまいました。

<蛇足1>
ここで起きた事件だから、一所懸命なんですよ。(277ページ)
当たり前のことながら、一所懸命と正しい日本語が使われていて安心できます。

<蛇足2>
野次馬根性が骨がらみの世耕はへこたれなかった。(285ページ)
「骨がらみ」 ぼくはいつも使わない語で、見慣れない語です。意味はわかるのですが、為念、辞書で意味を確認しました。
(1)梅毒が全身に広がり,骨髄にまでいたってうずき痛むこと。また,その症状。ほねうずき。
(2)悪い気風に完全にそまっていること。


タグ:辻真先
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