SSブログ
日本の作家 た行 ブログトップ
前の10件 | 次の10件

インソムニア [日本の作家 た行]

インソムニア

インソムニア

  • 作者: 寛之, 辻
  • 出版社/メーカー: 光文社
  • 発売日: 2020/02/03
  • メディア: 単行本

<裏表紙側帯あらすじ>
PKO部隊の陸上自衛官七名。一人は現地で死亡、一人は帰国後自殺。現地で起きたことについて、残された五名の証言はすべて食い違っていた―。


単行本です。
第22回日本ミステリー文学大賞新人賞受賞作。

日本ミステリー文学大賞新人賞は、第21回の「沸点桜(ボイルドフラワー)」(光文社)を未読のまま日本に置いてきてしまったので、第20回の「木足の猿」 (光文社文庫)(ブログの感想ページへのリンクはこちら)以来となります。

PKOに派遣された自衛隊が舞台で、日本に帰ってきてから、自殺者が出て、現地で何が起こったかを探る......

PKO、自衛隊がらみというと、実際の国会で日誌がどうだ、大臣の答弁がどうだ、と騒がれていた(結果、防衛大臣が辞任したんでしたか?)ことを思い出しますが、この小説はPKOの実態を扱っています。制服組と背広組の対立や政治家との関係性なども描かれています。
そして、帯には選考委員のコメントが載っていて、いずれもいわゆる絶賛コメントになっています。

面白く読み終わりましたし、一気に読んだんですが、考えてみると、気になるところがいっぱいある、そんな作品でした。

まずPKOの実態。
なんだかこれまですでに報道などで既知の情報の組み合わせみたいです。
戦闘シーン(日本の法では戦闘と呼んではいけないそうですが)。
これまでの映画で見たものをなぞったみたいです。
自衛隊員の暮らしぶり(?)。
ここは良かったですね。
現地での生活も、日本での生活もすごく自衛隊の方々を身近に感じることができました。
日本の自衛隊をめぐる諸問題。
小説の中ではありますが、実例をもって問題点が示されるので、わかりやすかったですね。
自衛隊の置かれている難しい状況が、自衛隊の側から描かれていて、あらためて自衛隊の方々に敬意を感じました。

そして真相。
これ、何段重ねにもなっていて感心しました。
感心したんですが、それぞれの真相が(ミステリ的には)ありきたりに思えました。
女性自衛隊員が戦闘に加わっていて、敵兵に囲まれる、となって、大方の読者が想定する事態になっています。
また周囲から隔絶された山間部の村にたどり着いて、そこで村のしきたりに従った行動をして、となっていて、これまた大方の読者が想定する事態が起こっています。
軍隊が(自衛隊ですが、ここでは軍隊と呼んでおきます)母国に帰ってきて、後遺症に苛まされる、自殺者が出る、人に言えない......この前提で、現地で何があったのか、何が起こったのか、読者は(殊にミステリ読者は)ある種の予想を立てて読むと思うのですが、その範囲内です。
これは大きな欠点ではないかな、と。
また、タイトルにもなっているインソムニアのきっかけが何だったのか、科学的な説明がないのも気になります。仮説が示されるのですが作中で否定されていますし、結局うやむやになっていたような......そしてラストで超科学的な匂わせがある。これでいいんしょうか?
そしてこの種のミステリの場合、設定からして致し方ないのですが、証拠らしい証拠はなく、各人の証言のみが拠り処になってしまいます。つまり、恣意的にくるくると証言を変えることが可能で、物語の複雑さ、重層構造には貢献しても、作者に都合よく進めてるなぁ、という感想を読者に抱かせがちです。なにか小さい物でもよいので物的証拠があって、一旦なされた証言がその証拠を根拠に覆される、という風に流れていけばもっとよかったと思いました。

帯に「社会派と本格ミステリーを見事に融合した傑作!」という煽り文句が書かれているのですが、これ、本格ミステリーではないですね。
また、現実の問題を抉る狙いがある場合、超科学的な要素を導入してしまうと、ちぐはぐな印象を与えてしまいますね。
その点でも、せっかくの複層的な物語の構造がマイナスに作用しているのでは、と余計な心配をしてしまいます。

と、こう考えて気づきました。
日本ミステリー文学大賞新人賞受賞作だからミステリーと思うのは仕方ないのですが、この作品の場合、ミステリーと思わずに読んだほうがよいのでは? と。
上にあげた気になる点は、すべてミステリーとして見るから気になる点、なんですよね。

面白かったですし、力のある作者ではないかと思いましたので、これからお読みになる方は、ミステリと思わずに読まれることをお勧めします! そうそうたるメンバー(綾辻行人、篠田節子、朱川湊人、若竹七海)が選考委員をされているミステリーの賞の受賞作なので、こういってしまうのは畏れ多いですが。





nice!(22)  コメント(0) 
共通テーマ:

木足の猿 [日本の作家 た行]


木足(もくそく)の猿

木足(もくそく)の猿

  • 作者: 戸南 浩平
  • 出版社/メーカー: 光文社
  • 発売日: 2017/02/16
  • メディア: 単行本


<裏表紙側帯あらすじ>
明治九年、英国人が連続して斬殺され、その生首がさらされるという事件が起きた。
居合の達人にして左足が義足の奥井隆之は、刎頸の友・水口修二郎の仇を追い、江戸から明治とかわる日本を流離っている。水口は藩内での疑獄事件に巻き込まれ、斬殺されていた。奥井は友の形見の刀を仕込み杖に忍ばせ、友の復讐を誓い、藩を出たのだ。英国人殺しで国内が騒然とする中、事件の背後に水口の仇が関わっていることを知り、奥井は「ディテクティヴ」として生首事件の犯人を追うことになるのだが……。


単行本です。
第20回日本ミステリー文学大賞新人賞受賞作。
日本ミステリー文学大賞新人賞も20年になるんですね...正直、過去の受賞作はあまりぱっとしないというか...
さて、記念すべき20年目の受賞作はどうだったでしょうか。

まず、読みだす前に、木足って何?
辞書に載っていないような...読んでみたところ義足のことでした...こんな日本語あるのかな?
新人賞応募時点でのタイトルは「白骨の首」だったらしいので、それよりははるかにましなタイトルというべきかもしれませんが、うーん、どうだろう?

いくつかの新人賞の受賞作は必ず買いますので、買うときにあらすじも中身も確認しません。表紙も書店ですぐにカバーをかけてもらうので見ていません。
タイトルだけ見て、「木足の猿」か、ハードボイルドだな、と勝手に思い込んでいました。
あらすじをご覧いただくとお分かりのように、明治初期を舞台にした時代物でした...
ただ、時代の変わり目というタイミングを背景に、ハードボイルド的な展開をします。
なかなか面白いところを狙った作品だなぁと思いました。

ところが、残念なことにすごく読みにくかったです。
文章はさほどまずいと思わないので、相性が合わなかったんでしょうね。
実は冒頭あれれと思うことがありまして。
主人公奥井は、友水口の仇を討とうとしているという設定なんですが、この水口、公金横領をしており、そのことに気づいた同輩矢島に恐喝されたところを、矢島を亡き者にしようと切りかかり、返り討ちにあって命を落とした、というのです。
こんなかたちで死んだ友人の仇など討つ必要ないと思いませんか?
「強請られたあげく返り討ちにあった友の無念さを思うと、いてもたってもいられなかった。たとえ水口が公金横領の大罪を犯したとしても、矢島にも強請りを行ったという非がある。本来なら喧嘩両成敗の定法どおり、矢島は切腹してことを収めるべきであるのに、卑怯にも命が惜しくて逃げたのだ。
 水口が罪人であっても親友であり、おれの命を救ってくれた男だ。その者がたとえどんな人間であろうと、自らの命もかえりみずおれを救ってくれたことに変わりはない。おれが水口の無念をはらさねば義理が立たぬ。天のあいつに顔向けができない。」(31ページ)
と書かれてはいるのですが、なんか無理やりな言い訳にしか見えません。
読みにくかったのは、このあたりのひっかかりが大きくて、物語のリズムに乗り切れなかったのかもしれません。

主人公が義足というハンデを負っていることをはじめとして、ラストのどんでん返しに至るまで、時代背景を別にするときわめてオーソドックスなハードボイルドの1つのパターンに忠実です。
ファム・ファタールが設定されていないのが不思議なくらい。
明治に入り、近代化を急ぐ日本で起こった外国人を狙った連続殺人で、しかも首を切って晒していく...
派手な事件ですが、捜査は地道ですし、人物の出し入れもしっかりしています。
帯に引用してありますが、選考委員・綾辻行人が「ミステリーとしての構図・企みも筋が良い。」というのもなるほどな、というところです。

これで事件に目新しさがあって、もっとちゃんと時代色を感じさせるようにしてくれればよかったのですが。
たとえば、江戸から明治になり、市民平等になることで追い詰められていく侍の様子も、しきりに語られるのですが、こうだああだと地の文で説明したり登場人物の口から説明させたりするのではなく、物語に溶け込ませてくれれば...
でも、これはデビュー作、今後の成長は期待できる作家かな、と思いました。


<蛇足1>
「風呂に入ったり水着にでもならなければわかりようがない。」(48ページ)
目くじらを立てても~、というところですが、~たりの使いかたがなってませんね。
また、この時代”水着”ってあったんでしょうか?
あちこちにこの種の時代考証ミスはあります。
「お前も攘夷派みたくなってきたな」(88ページ)
というのも小説としては困りものですね。
~みたく、というのは日本語の表現としてはいかがなものでしょうか。ほんのここ数十年で広まってきている気がしますが。

<蛇足2>
帯に、「男たちの生き様が熱く、せつない」とあります。
生き様...光文社のレベルの低さが....




nice!(9)  コメント(0) 
共通テーマ:

涙香迷宮 [日本の作家 た行]


涙香迷宮 (講談社文庫)

涙香迷宮 (講談社文庫)

  • 作者: 竹本 健治
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2018/03/15
  • メディア: 文庫


<裏表紙あらすじ>
囲碁界では有名な老舗旅館で発生した怪死事件。IQ208の天才囲碁棋士・牧場智久は謎を追いかけるうちに明治の傑物・黒岩涙香が愛し、朽ち果て廃墟になった茨城県の山荘に辿りつく。そこに残された最高難度の暗号=日本語の技巧と遊戯性をとことん極めた「いろは歌」48首は天才から天才への挑戦状だった。


前回の「三世代探偵団 次の扉に棲む死神」(KADOKAWA)までが5月に読んだ本で(わずか3冊...)、この「涙香迷宮」 (講談社文庫)から今月(6月)に読んだ本になります。
日本から運んできた本3冊目、です。
これを読んでいる最中に、本を濡らしてしまって(*)、航空便で後から届いた「三世代探偵団 次の扉に棲む死神」を先に読みました。

「このミステリーがすごい! 2017年版」第1位、「2017本格ミステリ・ベスト10」第4位、2016年「週刊文春ミステリーベスト10」第3位で、第17回「本格ミステリ大賞」小説部門受賞作です。
いやあ、なんというか、すごいですね。執念?
いろは48文字を一度ずつすべて使って作る「いろは歌」を48個も作る...(いや、もっとたくさん出てきます) しかも、旧仮名遣いで。すべて竹本健治の自作...
しかもそれが暗号になっている...
一体、何がどうなっているのか。作者の頭をのぞき込んでみたい。
作者はあとがきで、
「作りはじめて分かったことだが、ただ漫然となりゆきに任せるよりも、あらかじめテーマや縛りを決めておいたほうがはるかに作りやすい。そこでいろんな趣向を盛りこんだりして、なるべくバラエティに富ませるように心がけた。」(453ページ)
と記していますが、圧倒されます。
もうこのすごい熱量を前にしては、普通のミステリ部分などの雑さ(失礼)なんか吹っ飛ぶんでしょうねぇ...

個人的には、暗号ミステリは嫌いではないんですが、暗号を解読しようなんってちっとも思わない不良読者で、さーっと読み飛ばすことが多いので、一つ一つのいろは歌の詳細は、さらっと読み飛ばしてしまいました。
この種の暗号は、作者と同等の知識や蘊蓄がないと解けないので、考えても無駄...

これに涙香と連珠の蘊蓄がわんさか盛り込まれるわけです。
あとそれとパズルとシチュエーションパズル。
この作品の場合、暗号や蘊蓄がストーリーに溶け込んでいる、というよりは、暗号や蘊蓄そのものが作品の狙いだと思われるので、正々堂々、蘊蓄のための蘊蓄です。
したがって、暗号や蘊蓄を読み飛ばしてしまうと... はい、普通のミステリ部分などの雑さがぐっときます。
せっかくなので、蘊蓄を犯人の動機の補強材料にでもしてしまえばよかったのに...うまく使えば説得力が増したような気がするんですけど。ただ、やりすぎると犯人がすぐにわかっちゃいますかね?

おもしろいな、と思ったのは探偵役である牧場智久が暗号解読にのめりこむ理由を用意しているところ。
「犯人を炙り出すには、そんな犯人の過度の怯えをさらに強く煽るしかない。そのために僕は暗号いろはの解読に全力を傾けることにしたんです。」(414ページ)(ネタバレにはならないと思いますが、念のため一部色を変え伏字にしました)

ということですので、すごいなぁ、と感心はしましたが、おもしろいっ! おすすめっ! となるかというとためらってしまいますね。
超絶技巧の労作、だと思いますが、傑作や名作という感じではなさそうな...
「本格ミステリ大賞」受賞や、「このミス」第1位はちょっと意外です。

<蛇足>
ミステリ同好会の会員に対し
「そうした浮き世離れした趣味に生きていることが若さを保持させているのだろうか。」(149ページ)
という記載があります。ミステリ好きって「浮き世離れ」なんですね...ぎくっ。

<蛇足2>
と↑と思っていたら、毒物を持っていないかどうか、という持ち物検査をすることになったところで
「今から隠す暇を与えないよう、今このままの状態でだ。各人下着も脱いで素裸になり、衣類を隅から隅まで調べる」(346ページ)
「ほかの人たちはお互いに怪しい素振りがないか見張っていてくださいね」(347ページ)
うわぁ、みんなの見ている前で全裸になるのかぁ...すごい。最終的には広間で男6人が全裸...
まあ、命がかかっているから、ということかもしれませんが、こういうことをやってのけるのも「浮き世離れ」かもしれませんねぇ...

<蛇足3>
あとがきで、
「涙香といえば連珠だから、そちら方面をふくらませればゲーム・シリーズの延長上の『連珠殺人事件』にあたる作品もできる。」(453ページ)
とさらっと書いてありますが、タイトルをどうして「連珠殺人事件」にしなかったんでしょうね?
そうすれば「囲碁殺人事件」(講談社文庫)「将棋殺人事件」(講談社文庫)「トランプ殺人事件」 (講談社文庫)と並んで、それはそれでかっこよかったのに、と思いました。

<蛇足4>
ところで、作中に出てくるシチュエーションパズルの回答が書かれず仕舞いなんですが、447ページで牧場智久が、よく知られた問題のアレンジだ、と指摘していることからすると、しゃっくりを止めるため、ですか?


(*)余談ですが、本(紙)って濡らすとごわごわになってしまって、いただけない感じがしますよね。以前どこかで(TV だったか、You Tube だったか忘れました)海外の図書館で本が濡れた場合の対処法というのをやっていてそれを見たのを思い出してやってみました。
1)まず、タオルなどで各ページの水分を押し当てるようにして拭く(こすらない)
2)次に濡れているページとページの間それぞれにティッシュペーパーを挟む(折りたたんだものを2~3枚ずつ挟んだので結構分厚くなりました)
3)本を閉じて、硬い板状のもので挟み(木製のランチョンマットを使いました)、重しを載せる(今回は重しどころか、ベッドの脚の下に置いてみました! ランチョンマットは裏を外側にして使いました)
4)乾くのを待ち、ティッシュを外しておしまい
素人が適当にやっているので完璧には程遠いですが、濡らしたまま放置しているいつもと比べると格段の仕上がりに満足しました。幸い、今回は水(厳密にはお湯)で、コーヒーとかお茶とか色がついていないものだったのもよかったですね。
今後もやってみようと思いました。(いや、それより先に、濡らさないようにしろ!)


nice!(13)  コメント(0) 
共通テーマ:

團十郎切腹事件―中村雅楽探偵全集〈1〉 [日本の作家 た行]


團十郎切腹事件―中村雅楽探偵全集〈1〉 (創元推理文庫)

團十郎切腹事件―中村雅楽探偵全集〈1〉 (創元推理文庫)

  • 作者: 戸板 康二
  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2007/02/28
  • メディア: 文庫


<裏表紙あらすじ>
江戸川乱歩に見いだされた「車引殺人事件」にはじまる、老歌舞伎俳優・中村雅楽の推理譚。美しい立女形の行方を突きとめる「立女形失踪事件」、八代目市川團十郎自刃の謎を読み解く、第42回直木賞受賞作「團十郎切腹事件」など全18編。旧「宝石」掲載時の各編解説をはじめ豊富な資料も併録。ミステリ史に燦然と輝く名推理の数々を完全収録。


歌舞伎役者を探偵役に据えた中村雅楽シリーズです。
講談社版文庫版の「団十郎切腹事件」もその次の「グリーン車の子供」も読んだことがあるのですが、2007年から全集というかたちで創元推理文庫から全5巻で刊行されだしたので、うれしくなって老後の楽しみにとっておこうと思いながら買い込みました。老後の楽しみのはずが、つい気になって2017年10月に引っ張り出して読んでしまいました。
堪能しました!
歌舞伎役者を探偵役にしているだけあって歌舞伎界が舞台になっていることが多いですが、それだからというだけではなく、全体のトーンが典雅というか「大人のミステリ」といった風格になっています。日下三蔵による編者解題では「滋味あふれる老優の名推理」と書かれています。
とはいえ、歌舞伎を知らなくても大丈夫、ちゃんとしっかり楽しめます。

「車引殺人事件」
「尊像紛失事件」
「立女形失踪事件」
「等々力座殺人事件」
「松王丸変死事件」
「盲女殺人事件」
「ノラ失踪事件」
「團十郎切腹事件」
「六スタ殺人事件」
「不当な解雇」
「奈落殺人事件」
「八重歯の女」
「死んでもCM」
「ほくろの男」
「ある絵解き」
「滝に誘う女」
「加納座実説」
「文士劇と蠅の話」
と18編も収録されています。

ミステリデビュー作でもある「車引殺人事件」は、手堅い古典的トリックで(決して陳腐とは言いません!)「菅原伝授手習鑑」の「車引(くるまびき)」の最中舞台上で起きた変死事件を扱っています。
歌舞伎界を舞台にしているだけではなく、「車引殺人事件」同様、舞台上の事件や開演中の事件を扱っている作品が多いのはとても特徴的です。
続く「尊像紛失事件」もそうですし、「盲女殺人事件」、「六スタ殺人事件」、「奈落殺人事件」もそうです。舞台って、いろいろ危険なんですね(笑)。
個人的には「等々力座殺人事件」にびっくりしました。ここで「〇〇〇〇」(ネタバレにつき伏字)をやりますかぁ... 短い中にも割と忠実に「〇〇〇〇」を模したかのような仕掛けが入っていて楽しみました。

あとオリジナルの発表年(1958年~1960年)のおかげもあって時代色豊かなところも読みどころですよね。
「尊像紛失事件」で紙芝居を犯行時刻をつきとめる仕掛けにつかっているのにもニヤリ(ほかにも劇の進行度合いで時刻を特定する話もあちこちにあります)。
時代色とは言えないかも、ですが、「不当な解雇」にはルパシカ(346ページ)が出てきます。ルパシカ? 
ロシアの民族服の一つ。詰め襟,長袖,左前開きで腰丈の男性用上衣。襟や袖口や縁辺には刺繍が施されており,腰帯を締めて着用する。本来,厚地の白麻製で,ウエストを絞らずゆるやかでしかも暖かいのが特色であるが,近年はさまざまな生地が使われる。」らしいです。
「八重歯の女」には「やなあさって(明々後日)」(419ページ)という語が出てきます。こういうんですね。今だと、使っても通じないかも。
それぞれの物語は短いものなので、そんなに細かく詳細には書かれていないですが、数々の小道具(と言ってはいけないのかもしれませんが)で、臨場感たっぷりに時代色も、舞台も伝わってきます。
表題作である「團十郎切腹事件」では直木賞も受賞しています。
昔読んでいたのに、もうすっかり忘れていましたが、「團十郎切腹事件」はタイトル通りの團十郎の切腹の謎を解くだけではなく、ちょっとしゃれたエピソードが加えられていたんですね。こういう小粋なところがポイントかもしれません。
ミステリとして派手さはありませんが、いずれも小技は効いていますし、なによりも世界観がしっかり伝わってくるのが強みだと思いました。
シリーズ全巻買い揃えていますが、老後の楽しみといわず、ときどき取り出して読んでいきたいと思います。



<蛇足1>
「五二七九、二八二三九百、七九三三四、九九六三三四八、八七十三千四百」(410ページ)
というのが「八重歯の女」に出てきます。
「いつになく 庭に咲く桃 なくさみし 心さみしや 花と満ちしを」という歌で、四代目坂東三津五郎の戯作らしいです。すごい。

<蛇足2>
「ほくろの男」に
「都築という珍しい姓を書いた名札が貼ってある」(463ページ)
とありますが、都築ってそこまで珍しい名前ではないような気もします...
ミステリ作家に都筑道夫がいるからかもしれませんが...

<蛇足3>
「吉野君は、一生懸命、やってますがね」(439ページ)と「死んでもCM」に出てきますが、一生懸命...
この作品、初出は1960年なんですが、このころからこういう言い間違いが定着していたんでしょうか...
歌舞伎に詳しく、古典に精通していそうな戸板康二さんをもってして...うーむ、複雑です。




nice!(20)  コメント(0) 
共通テーマ:

仮面病棟 [日本の作家 た行]

仮面病棟 (実業之日本社文庫)

仮面病棟 (実業之日本社文庫)

  • 作者: 知念 実希人
  • 出版社/メーカー: 実業之日本社
  • 発売日: 2014/12/05
  • メディア: 文庫

<裏表紙あらすじ>
強盗犯により密室と化す病院
息詰まる心理戦の幕が開く!
療養型病院に強盗犯が籠城し、自らが撃った女の治療を要求した。事件に巻き込まれた外科医・速水秀悟は女を治療し、脱出を試みるうち、病院に隠された秘密を知る―。閉ざされた病院でくり広げられる究極の心理戦。そして迎える衝撃の結末とは。現役医師が描く、一気読み必至の“本格ミステリー×医療サスペンス”。著者初の文庫書き下ろし!


5月に読んだ8冊目の本です。サイン付きの本を紀伊国屋書店で買いました。知念さんの本を読むのは初めてです。

話題作、というのでしょうか。少し前まで本屋さんで大きく平積み展開されていました。
帯に「怒涛のどんでん返し!! 一気読み注意!」と書いてあります。
一気読み、しました。おもしろかったですね。
ただ、確かにどんでん返しが仕掛けられていますが、あまりどんでん返し、どんでん返しと声高に宣伝してまわらないほうがいい作品ではないかと思いました。

病院を舞台に、一晩の出来事を描いたスピーディな作品です。
ピエロのマスクをかぶった男が、人質連れで病院へやってきて立て籠もる。
単なる立て籠もりかと思いきや、途中、病院の抱える秘密が暴かれていく...

このあたりでミステリを読みなれている読者であれば仕掛けに見当がついてくるんじゃないかと思います。

一方でちょっと安直かな、と思うところもないではないですが、非常にスピーディーな中で、よく考えられていると思いましたし、楽しい作品でした。
また、物語の展開上あまり意識されないのかもしれませんが、「そして誰もいなくなった (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)」のバリエーションになっているのでは、と思いました。あるいは「十角館の殺人 (講談社文庫)」のバリエーションというほうが近いかもしれません。(ともに、書いてしまっても妨げにはならないと思いましたが、予断を与えないよう為念伏字にしておきます)
この辺も実は読みどころなのではないかと思いました。

知念さんのほかの作品もぜひ読んでみたくなりました。


nice!(10)  コメント(0) 
共通テーマ:

ボランティアバスで行こう! [日本の作家 た行]


ボランティアバスで行こう! (宝島社文庫 『このミス』大賞シリーズ)

ボランティアバスで行こう! (宝島社文庫 『このミス』大賞シリーズ)

  • 作者: 友井 羊
  • 出版社/メーカー: 宝島社
  • 発売日: 2014/02/06
  • メディア: 文庫


<裏表紙あらすじ>
東北で大地震が発生した。多くの支援活動が行われるなか、大学生の和磨は、バスをチャーターして援助活動に参加する「ボランティアバス」を主催することに。行方不明になった父親の痕跡を探す姉弟に出会う女子高校生の紗月。あることから逃亡するため、無理やりバスに乗り込んだ陣内など、さまざまな人がそれぞれの思惑を抱えてバスに乗り合わせるが……。驚きのラストが感動に変わる!


「僕はお父さんを訴えます」 (宝島社文庫)(ブログの感想ページへのリンクはこちら)で第10回このミステリーがすごい! 大賞優秀賞を受賞してデビューした友井羊の第2作です。
前作の感想で
「次作が楽しみだと思いました」
なんて生意気をことを書いてしまったのですが、楽しみにしていたので買いました。
帯の惹句がすごいんです。いわく、
「どんでん返しを見事に決めた傑作」
ダ・ヴィンチ2013年11月号に掲載された千街晶之のコメントを引用したもののようですが、どんでん返しで傑作、ときたらミステリファンとしては読まずには...
読み終わっての感想は、確かにどんでん返しはあるものの、それをあからさまに「売り」にしないほうが良い作品なのではないだろうか、というものでした。
日常の謎といってもよいような謎解きの連なる連作なのですが、どんでん返しがある、と思って身構えて読むと、この作品で用意されているどんでん返しは新味のあるものではなく、事前に気づく人も多いと思われますし、仮に気づかずに明かされてもさほど驚かないと思われるからです。

どんでん返しそのものよりも、どんでん返しを通してボランティアというテーマ、恩送りというテーマが浮かび上がって来ることの方が重要なポイントなのだと思いました。
「恩送り、という言葉があるそうだ。誰かから受けた恩をその人に返すのではなく、他の人に送るという言葉らしい。」(P.87)
と早い段階でさらっと書かれていますが、難しいボランティアというテーマを印象付けるのに非常に効果的です。

連作という体裁で、いろんな立場のボランティアが登場しますし、ボランティアと地元の被害者の方々とのやりとりも描かれます。
ボランティアが抱える問題やいいところが、手際よく紹介されていきます。
それだけでも十分な作品に仕上がったと思いますが、どんでん返しを仕掛けることで、さらに印象が強くなったように思います。
あまり書くとネタバレになってしまいますが、どんでん返しがあることで物語が重層構造となり、その重層構造そのものが「ボランティア」の本質(?) をついている、ということではないでしょうか?
募金や寄付をするだけで実際のボランティアをやったことのないものがわかったようなことを書くことはよくないのかもしれませんが、ミステリ好きが本書を読んで、そんなことを考えました。


タグ:友井羊
nice!(8)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:

ミレイの囚人 [日本の作家 た行]


ミレイの囚人 (光文社文庫)

ミレイの囚人 (光文社文庫)

  • 作者: 土屋 隆夫
  • 出版社/メーカー: 光文社
  • 発売日: 2000/12
  • メディア: 文庫


<裏表紙あらすじ>
推理作家・江葉章二は、大学時代に家庭教師をしていた、白河ミレイに、監禁されてしまった。江葉の足には、重りの付いた鎖が……。彼が監禁されているとき一人の新人作家が殺された。現場に残る謎。殺人者はだれだ? 江葉はどうなる?
事件の結末は、恐ろしく、そして悲しい過去に遡る。そこには非道な犯罪に対する底知れぬ怒りがたぎっていた……。


引っ越し効果とでも言うのでしょうか。引っ越し前は、本棚の奥の方にひっそり追いやられていた本が、引っ越したらどこになにがあるかわからないので逆に表の方へ出てきます。
この「ミレイの囚人」 (光文社文庫)もそんな一冊。
土屋隆夫を読むのは、いつ以来でしょうか?? 手元の記録をみると2009年に「華やかな喪服」 (光文社文庫)を読んでいますね。意外と最近。
7年ぶりの土屋隆夫となるわけですが、この「ミレイの囚人」 は単行本が出たのが1999年。文庫が出たのが2000年ですから、ずいぶん古い本ですね。
端正な本格推理で昔は好きで読んでいたのですが、やはり古めかしいですね。

この作品を書かれたとき、作者は82歳だった、ということで、すげーって感じはしますが、古めかしいのは古めかしい。
冒頭、かなりおっさんくさい作家の視点で物語が始まるのですが、その江葉の年齢が32歳(14ページ)。こんなに老けた32歳、いますか?

作家が閉じ込められる、というのは「ミザリー」 (文春文庫)ですが、あちらはホラーで、こちらは本格ミステリ。ずいぶん手触りが違いますね。
本格ミステリに転じてからの謎解きは、ちょっとアンフェアというか、バカミスというか...楽しみましたけど。
なにより、途中まで読んだところで、「犯人は××なんじゃないの?」と思ったら、その通りだった、という個人的には脱力感あり、だったのですが、この作品のポイントはそっちよりもむしろ叙述にあると思います。
叙述トリック、というほどの仕掛けではないのですが、土屋隆夫にしては珍しい(?) 流れに注目です。
文中に、神の視点ともいえる作者の視点があちこちに顔を出すのに違和感を感じていたのですが、これも土屋隆夫による「仕掛けがあるよ~」というメッセージだったのでしょうね。

一時期(この作品が発表された頃なのかもしれませんね)ミステリで流行った◯◯法の問題を扱っているところも、作者の年齢を考えるとすごいことですね。ありきたりの主張であっても、貪欲に自らの作品に取り込んでいく心意気がいいですね。
でも、考えてみれば、「盲目の鴉」 (光文社文庫)の犯人像の裏返しともいえるメッセージですから、流行りを取り入れた、というよりは、もともと土屋隆夫がもっていた問題意識を作品に盛り込んだ、ということなのかもしれません。

土屋隆夫は、このあと、
「聖悪女」 (光文社文庫)
「物狂い」 (光文社文庫)
「人形が死んだ夜」 (光文社文庫)
と発表しているのですが、いずれも買えていません。
絶版になっているようなので、買っておけばよかったかなぁ。

タグ:土屋隆夫
nice!(7)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:

機龍警察 [日本の作家 た行]


機龍警察(ハヤカワ文庫JA)

機龍警察(ハヤカワ文庫JA)

  • 作者: 月村 了衛
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2010/03/19
  • メディア: 文庫

<裏表紙あらすじ>
大量破壊兵器の衰退に伴い台頭した近接戦闘兵器体系・機甲兵装。『龍機兵(ドラグーン)』と呼ばれる新型機を導入した警視庁特捜部は、その搭乗要員として姿俊之ら3人の傭兵と契約した。閉鎖的な警察組織内に大きな軋轢をもたらした彼らは、密造機甲兵装による立て篭もり事件の現場で、SATと激しく対立する。だが、事件の背後には想像を絶する巨大な闇が広がっていた……“至近未来”警察小説を描く実力派脚本家の小説デビュー作!


この文庫本を買って積読にしてぼやぼやしている間に、「機龍警察〔完全版〕」 (ハヤカワ・ミステリワールド)なんてものが出てしまいました。
なので、この感想は文庫本である旧版のものです。

あらすじにもありますが、警察で機甲兵装に搭乗してうんぬんかんぬんって言ったら、これはゆうきまさみの「機動警察パトレイバー」 (小学館文庫)ではありませんか。ああ、懐かしい。
しかし、コミックではない、小説で? うーん、と思って読みましたが、いや、ちゃんとおもしろかったですね。
付け加えておくと、(当然ながら)「機動警察パトレイバー」とはテイストがずいぶん違います。

機甲兵装は「龍機兵」
特捜部がSIPD (Special Investigators, Police Dragoon)

警察小説の枠組みで書かれているのがまず第一のポイント。
そしてその機甲兵装(警察の隠語では、キモノ)に乗るのが、傭兵--すなわち警察プロパーでないというのが第二のポイントですね。

正直読む前は、アクションに傾斜した雑なつくりの小説かも、なんて思っていたのですが、たいへん失礼しました。
定型といえば定型かもしれませんが、3人の傭兵が過去も含めそれなりに描かれていて(それなり、というのは巻を追うごとにもっともっと深掘りされていくのだろうなと思えたからです)、既存の警察組織や警察官との摩擦もきちんとフォローされています。
そして、魅力は文体ですね。きびきびしていて、心地よいテンポ。緊迫したシーンと、緩んだシーンの緩急もついて、リズムよく読めます。
これらのことが、第1章(この文庫で62ページまで)を読むだけでわかります。
派手な戦闘は冒頭とラストだけで、途中はちゃんと警察捜査になっているのも、ミステリ好きにはポイント高い。

とても面白かったですが、この「機龍警察」は、
「機龍警察 自爆条項」〈上〉  〈下〉 (ハヤカワ文庫JA)
「機龍警察 暗黒市場」 (ミステリ・ワールド)
「機龍警察 未亡旅団」 (ハヤカワ・ミステリワールド)
「機龍警察 火宅」 (ハヤカワ・ミステリワールド)
と続いていくシリーズの導入部、いわばご紹介といった感じなので、続きを読むのが楽しみです!



nice!(19)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:

シチュエーションパズルの攻防 [日本の作家 た行]


シチュエーションパズルの攻防 (創元推理文庫)

シチュエーションパズルの攻防 (創元推理文庫)

  • 作者: 竹内 真
  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2013/02/27
  • メディア: 文庫


<裏表紙あらすじ>
銀座の文壇バー『ミューズ』に夜な夜な現われる大御所ミステリー作家・辻堂珊瑚朗。普段はホステスにちょっかいを出しながら葉巻と酒を楽しむサンゴ先生だが、一度不思議な謎に遭遇すると、さりげなく推理を披露する。ライバル作家と競う推理ゲームの顛末、男女の駆け引きに絡む謎など五つの事件を、ボーイの「僕」の視点から軽やかに描く、遊び心あふれる安楽椅子探偵ミステリー。


タイトルにもなっているシチュエーション・パズルというのは、wikipedia から引きましょう。
「シチュエーションパズルは通常何人かのグループで遊ぶ。一人が問題を出し、他の人はイエス(はい、肯定)・ノー(いいえ、否定)で答えられる質問を出す(場合によっては「関係ありません」などのイエス・ノー以外の答もあり得る)。質問者は、出題者が考えているストーリー、あるいは物を推測して語る。それがすべての謎を説明できたとき、このパズルは解けたことになる。」

裏表紙側の帯に、各話の紹介があります。
街角でホステスが目撃した、拉致事件の真相は? 「クロロホルムの厩火事」
差出人不明のFAXを元に、ライバル作家と推理ゲームを繰り広げる。 「シチュエーションパズルの攻防」
大御所作家ふたりを手玉に取って姿を消した、銀座一のホステスの伝説を追う。「ダブルヘッダーの伝説」
若き日のサンゴ先生とミーコママが遭遇した名画盗難事件の謎。 「クリスマスカードの舞台裏」
文壇バー『ミューズ』を訪れるひとりの紳士。彼の抱える悩みとは。 「アームチェアの極意」

こういうクイズを扱う作品は難しいのですね。
なんだかおもしろそうに思って手に取ったのですが、結論からいうと、期待外れでした。
かなり手のかかった作品だとは感じるのですが、それを素直にそのまま楽しむことはできませんでした。

シチュエーションパズル自体が試行錯誤を楽しむものであるため、結論に至っても鮮やかな推理とはいきませんし、舞台を銀座のバーに設定していることもあって、謎を解くよりもどう落としどころを見つけるか、ということに気を付ける必要もあります。
であれば、大人の物語になるか、というと、確かにそういう側面もないではないですが、人物の書き込みもさほどなされているわけではないので(なにしろ各話短いです)、そこにまでは至っていない。
全般的に中途半端な印象で終わってしまいました。

登場人物はかなり気に入ったんですが。
サンゴ先生って、北方謙三みたいだし、とすると、藤沢先生はやはり(何がやはりだ!?)大沢在昌?




タグ:竹内真
nice!(17)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:

僕はお父さんを訴えます [日本の作家 た行]


僕はお父さんを訴えます (宝島社文庫 『このミス』大賞シリーズ)

僕はお父さんを訴えます (宝島社文庫 『このミス』大賞シリーズ)

  • 作者: 友井 羊
  • 出版社/メーカー: 宝島社
  • 発売日: 2013/03/06
  • メディア: 文庫


<裏表紙あらすじ>
第10回『このミステリーがすごい!』大賞優秀賞受賞作。何者かによる動物虐待で愛犬・リクを失った中学一年生の向井光一は、同級生の原村沙紗と犯人捜しをはじめる。「ある証拠」から実父に疑念を持った光一は、司法浪人の友人に教わり、実父を民事裁判で訴えることを決意する。周囲の戸惑いと反対を押して父親を法廷に引きずり出した光一だったが、やがて裁判は驚くべき真実に突き当たる!


昨日の「弁護士探偵物語 天使の分け前」 (宝島社文庫)が大賞を受賞したときの「このミステリーがすごい!」大賞優秀賞受賞作です。
この年は、大賞作にも優秀作にも法廷が出てきたんですね。

まず、「僕はお父さんを訴えます」というキャッチーなタイトルがなかなかよいではないですか。
タイトルをみたとき、どういう話になっているんだろう、といろいろと想像したんですが、あらすじを読んでびっくり。タイトル通り、息子が父親を民事で訴える。なんとまあ、ストレートな。
中学一年生が、父親を訴える、というのは、あちこちに無理がありそうです。ちょっと危ないところもありますが、訴訟に持ち込むまで、それなりに丁寧に、130ページまで描かれていきます。ここが結構楽しい。

ミステリとして作品を構成する以上このまま単に民事裁判を進めていっても意外性はないので、作者は何を仕掛けているのかな、と想像しながら読んでいくことになるわけですが、そう考えると逆に作者の狙いに見当がついてしまいます。
かなりあからさまな部分(伏線?)もありますし、ミステリを読み慣れた人にとっては、この結末は「驚くべき真実」ではありません。でも、そこへ至る道筋が楽しい。
その意味では、帯に書かれた乙一の
「想像の斜め上! 僕はこの本を推薦します。」
という推薦文が光っていますね。
想像を超えている、と言い切るのはちょっとためらってしまいますが、想像の範囲内でつまらない、というわけでもない。「斜め上」って、ステキな表現だと思います。

とても重苦しいラストではありますが、全般的にあっさりした筆致で、主人公の光一を取り巻く人間もそれなりに個性的に描かれていますし、次作が楽しみだと思いました。


nice!(5)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:
前の10件 | 次の10件 日本の作家 た行 ブログトップ