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クリコフの思い出 [日本の作家 た行]


クリコフの思い出 (新潮文庫)

クリコフの思い出 (新潮文庫)

  • 作者: 陳 舜臣
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 1989/01/01
  • メディア: 文庫

<カバー裏あらすじ>
香港の一流ホテルの空室で、スラブ系の西洋人が殺された。被害者はバンコクのソ連大使館員で、腕ききのKGB謀報官であったことが判明する。しかも使用された毒物は漢方系の極めて特殊なもの。「私」と中垣は、共通の知人で、しばらく消息を絶っている薬学者クリコフの仕業だと睨むが──。網の目のように張りめぐらされた伏線が読者を推理の陥穽に陥れる表題作などミステリー8編。


2024年最初に読んだ本です。
陳舜臣の「クリコフの思い出」 (新潮文庫)
カバー裏にバーコードがなく、奥付は平成元年!
年末年始実家に帰省しますと、通常の積読本を手に取ることができず、実家にある太古の積読本を手に取ることになりまして、こういう次第となります。
こういう相当古い分は自分では積読サルベージと呼んだりしているのですが、今年はサルベージもある程度進めていきたいな、と考えています。

表題作である
「クリコフの思い出」
のほかに
「枯葉のダキメ」
「四人目の香妃」
「キッシング・カズン」
「透明な席」
「蜃気楼の日々」
「その人にあらず」
「覆面のひと」
を収録した短編集です。

「蜃気楼の日々」を除く7作品は、陳舜臣を思わせる私が語り手を務めます。
(権田萬治の解説では「キッシング・カズン」も「私」という一人称形式で書かれていないことにされていますが、私として登場します)
陳舜臣を思わせるからといって、この ”私” が陳舜臣とは限らないわけですが、陳舜臣と思って読んで興趣が増したのは事実です。
もともと陳舜臣の作品は、大人の風格漂うと評されることが多く、初めて接したのは乱歩賞受賞作の
「枯草の根」 (講談社文庫)で中学生(ひょっとしたら小学生かも)の頃だったと思うのですが、日ごろ読んでいる作品との手触りの差を不思議に思った記憶があります。派手なところのない作品なので、中学生にしてみたらつまらないと思ってもおかしくなさそうだったのに、結構いい印象を持っていた記憶。
そういうちょっと別の風格漂う作品の作者が語り手を務めると思ったからかもしれません。

このことは冒頭の表題作「クリコフの思い出」を読むだけではっきりとお分かりいただけるような気がします。
知り合いからの年賀状をきっかけに、CIAやGPU(KGB)などの名前が頻出する物騒なお話に転じていくのですが、そういういわば非現実的な話が ”私” という架け橋によりひょっとしたらという気にさせる。それでいて物語の基盤は地に足のついたまま揺るがない。
このあたりのバランス感、さじ加減が陳舜臣の特長なのだと思われます。

「枯葉のダキメ」は、ゾロアスター教の葬送の在り方(!) が描かれます。タイトルのダキメというのは、鳥葬用に建てられる塔のことらしいです。そのダキメを枯葉で作った後日談なのですが、とてもトリッキーに思えました。

「四人目の香妃」はカシュガルからの囚われの身であった娘がウルムチで逃走するという事件。これと漢の哀帝と董賢の逸話から書名を取った怪しい『断袖篇』のエピソードを結びつける。これ、かなり変な話ですけど、陳舜臣の筆の魔術ですね。

「キッシング・カズン」というのは、幼馴染でキスはし合うが、結婚しないいとこ同士(121ページ)のことを言うそうです。わりとわかりやすい話だと思いましたが、当事者だと気づかないのかもしれませんね。

「透明な席」は、
「シンガポールという尼さんに似合わないまちで、私は寛如という尼さんに会った。」(148ページ)
というちょっと洒落た(?) 書き出しです。せっかく尼なら、インドネシアにしとけばいいのに、とも思いましたが、華僑社会の広がり等を考えるとシンガポールが自然ですよね。
この美しい尼から語られる話が、尼さんに似合わない遺産相続に絡む話で、私が空想を巡らせるのがポイント。

「蜃気楼の日々」は南ベトナムの華僑が残した巨額の資産をめぐる陰謀を扱っています。
ぐわーっと盛り上げておいてストンと落としてみせるところが陳舜臣らしいのかもしれません。この種の作品に多い後味の悪さがないのがポイント高いと思います。
せっかくだから、この作品にも「私」を登場させればよかったのに。

「その人にあらず」辛亥革命後の中国の騒乱を背景に、日本を舞台にした勢力争いを描いているのですが、そこにシンガポールから日本を訪れる車椅子の老女と、当時14歳で争いに加担した老人の回想が重なるところがポイント。
「隆茂号」という雑貨商、当時南京町に実際にあったのでしょうか?

「覆面のひと」というのは、シンガポールで日本に抵抗する ”不良華僑” を日本憲兵が取り締まっていたころ、「日本側のスパイを、シンガポールの人たちは『走狗』と呼び、そのなかの重要な人物を『蒙面人』(覆面のひと)と称していた。」(254ページ)と説明されています。
この「覆面のひと」に対する復讐劇を扱っています。

煽情的に書こうと思えば書けそうな題材でも、落ち着いた筆致で描かれていくところに大きな特徴があります。
いま陳舜臣のミステリーはあまり手に入らない状況ですが、どこかで復刊してほしいですね。




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