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あなたは誰? [海外の作家 ヘレン・マクロイ]

あなたは誰? (ちくま文庫)

あなたは誰? (ちくま文庫)

  • 作者: ヘレン マクロイ
  • 出版社/メーカー: 筑摩書房
  • 発売日: 2015/09/09
  • メディア: 文庫

<裏表紙あらすじ>
「ウィロウ・スプリングには行くな」匿名の電話の警告を無視して、フリーダは婚約者の実家へ向かったが、到着早々、何者かが彼女の部屋を荒らす事件が起きる。不穏な空気の中、隣人の上院議員邸で開かれたパーティーでついに殺人事件が……。検事局顧問の精神科医ウィリング博士は、一連の事件にはポルターガイストの行動の特徴が見られると指摘する。本格ミステリの巨匠マクロイの初期傑作。

ヘレン・マクロイの作品の見直しが進んでいて未訳作品の翻訳も進んできているのですが、この「あなたは誰?」 (ちくま文庫)が2015年に出たときにはちょっとびっくりしました。なにしろ版元が筑摩書房でしたから。
筑摩書房、偉い! 
この「あなたは誰?」 は、
「死の舞踏」 (論創海外ミステリ)(感想ページへのリンクはこちら
「月明かりの男」 (創元推理文庫)
「ささやく真実」 (創元推理文庫)
に続くヘレン・マクロイの第4作で、ウィリング博士が探偵役をつとめる第4作でもあります。
「月明かりの男」 は既読ですが感想を書けずじまい、「ささやく真実」 は未読で買ってあったのですがイギリスに持ってくるのを忘れてしまいました...
というわけで、この「あなたは誰?」 です。

冒頭のフリーダ宛の脅迫電話から、田舎のお屋敷あたりに舞台を移し、殺人事件が起こり、と典型的な展開を見せ、登場人物が極めて限定された中での犯人捜しとなるのですが、当時としては極めて前衛的な作品だったんじゃないか、と思いました。
別に明かしてしまっても構わないのではないかとも思うものの、訳者あとがきではプロットの特徴に触れると注意喚起されているので、ここでも伏せておきますが、多重人格を扱っているのですね。
探偵役がウィリング博士、というのもぴったりです。
おもしろいのは、幾多の多重人格を扱った作品と異なり、謎解き(犯人当て)を面白くするためのツールとして使われているところでしょうか。
謎解きの直前、第十章「誰も眠れない」で、各登場人物の心理に分け入ってみせるところなんて、予想外の展開にわくわくしてしまいました。確かに、多重人格を前提にすると、自由気ままに登場人物の心理に入っていけるかもしれません。

興味深かったのは、ポルターガイスト。
一般的には、作中でも
「ポルターガイストって、ノックをする霊のことじゃありません?」(171ページ)
と会話されているように、悪さをする霊、なのですが、ウィリング博士はあっさりと
「こうしたいたずらは、かつてなら実体のない死者の精神が引き起こすものとされたのです」
「しかし、今日広く認められている考えでは、こうした悪ふざけは、生きた人間によるもので、その人間に強く根差している異常心理に由来するものなのです」(172ページ)
と通常の意味合いを否定し、人間の仕業=犯人がいるもの、として扱います。
まあ、犯人がいなけりゃ、普通のミステリには仕上がりませんけど、こうもきっぱりと割り切ってしまうのがおもしろかったです。
これと、多重人格が絡み合って、
「異常心理学の研究者には周知のことがありましてね。皆さんにはこれを受け入れていただく必要があります--つまり、このポルターガイストによる一連の行動は、無意識に行われたものだということです」(272ページ)←ここも伏字にしておきます。
という風につながっていきます。
本格ミステリとして現実的な謎解きに美しく仕立て上げられています。

タイトルの「あなたは誰?」というのは、原題の Who's Calling? を訳したものですが、訳者あとがきにもあるように「電話を受けた際に言う『どちら様ですか?』と意味する言葉」です。
しかし、本書の場合、脅迫電話(いたずら電話)に対するもので、電話の受け手であるフリーダの性格からすると、「あなたは誰?」などという丁寧な物言いをするとは思えませんので、日本語では「お前は誰だ?」とか「あんた誰?」とかいう感じが正解かもしれませんね...
それにしても、脅迫電話でいくら声を変えているとはいっても、この作品のシチュエーションで誰からのものかわからないというのは考えにくいのではないかと思えてならないのですが、そのあたりは時代的に電話の性能が悪かったから、とでも考えて納得するしかないのでしょうね...
あとミステリ的には、フリーダの視点となっている部分は、かなり危ない橋を渡っているな、と読後ニヤリとしてしまいました。


<蛇足1>
「その日は涼しくて、ツイードのジャケットを着ていたが、帽子なしで屋外に座る程度には暖かかった」(20ページ)
えっと...帽子なしで屋外で座れない状態となると、涼しいどころか寒くて仕方がないのではないでしょうか? ツイードのジャケットくらいではおさまらず、ダウンのコートとか必要では?

<蛇足2>
「”幸福は自分自身から来る。不幸は他人から来る”というバラモン教も格言の正しさを証明しているみたいだった」(109ページ)
とあります。そういう格言がバラモン教にはあるんですね。興味深いです。

<蛇足3>
「デュミニーの菓子箱は以前に見たことがありますか?」
「あると思います。デュミニーはパリのマドレーヌ広場の一角にある店ですわね」(159ページ)
というやりとりが出てきます。デュミニー、わからなかったのでネットで調べてみましたが、出てきません。Hotel Duminy Vendome というホテルは見つかりましたが、マドレーヌ広場の一角ではありませんので、別物ですね... 今度パリにいくことがあれば、マドレーヌ広場のあたりをうろうろしてみようかな...

<蛇足4>
「ダンス会場を出たのは、金曜の午前三時頃だ。」「二人でハンバーガーショップに立ち寄り、ホットドッグにコーヒーという消化によくない朝食をとった。」(308ページ)
とありまして、こんな時間に食べる食事も朝食と呼ぶのかな? とふと思いました。



原題:Who's Calling?
作者:Helen McCloy
刊行:1942年
翻訳:渕上痩平


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