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死の味 [海外の作家 さ行]


死の味〈上〉 (ハヤカワ・ミステリ文庫)死の味〈下〉 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

死の味〈上〉 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
死の味〈下〉 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2022/03/02
  • メディア: 文庫

<カバー裏あらすじ>
教会の聖具室で血溜まりの中に横たわる二つの死体は、喉を切り裂かれた浮浪者ハリーと元国務大臣のポール・ベロウン卿だった。二人の取り合わせも奇妙だが、死の直前の卿の行動も不可解だった。突然の辞表提出、教会に宿を求めたこと……卿は一体何を考えていたのか? 彼の生前の行動を探るため、ダルグリッシュ警視長は名門ベロウン家に足を踏み入れる。重厚な筆致で人間心理を巧みに描く、英国推理作家協会賞受賞作。<上巻>
不可解なのはポール卿の行動だけではなかった。前妻の事故死、母親を世話していた看護婦の自殺、家政婦の溺死……彼の周辺では過去に謎の怪死事件が続いていた。ふたたび捜査線上に浮かびあがってきたこれらの事件に、今回の事件を解決する鍵があるのか? それぞれに何かいわくありげなベロウン家の人々の複雑な人間関係から、ダルグリッシュ警視長が導きだした推理とは? 緻密な構成が冴える、英国本格派渾身の力作。<下巻>


2022年2月に読んだ5作目の本です。
P・D・ジェイムズの感想を書くのは初めてですね。
手元の記録をみると、2010年(!)に「わが職業は死」(ハヤカワ・ミステリ文庫)を読んで以来。
例によって長年の積読だったのですが、今般2022年2月に新版が出た、ということで、積読から引っ張り出して読みました。新しい書影も末尾に掲げておきます。

英国推理作家協会賞のシルヴァー・ダガー受賞作。
いや、もう、たっぷりジェイムズ節ですよ。
悠々たる雄編という下手な駄洒落しか出てきませんが、まさに堂々たる風格。
たっぷりとじっくりと、そしてじっくりとたっぷりと、これでもかというくらいに、微に入り細を穿ち、細かく細かく、書き込まれていきます。
建物の外観、部屋の様子、調度品、登場人物たちの衣装に至るまで、作者の筆は事細かにつづっていきます。
これらの中から登場人物が立ち上がってくる、という仕掛けです。
若いころ、そうですね、高校生や大学生の頃だったら途中で投げ出していたかもしれないほどの濃密さ。

被害者は浮浪者と、国務大臣を辞任したばかりの貴族。
執拗と言ってもいい描写から浮かび上がる人間関係。
こういう作品は、トリックだとかストーリー展開を過度に期待してはいけませんね。(あくまで過度に期待は禁物ということであって、ストーリーやプロットはまずまず凝っています。)
幸い(歳を取ったおかげか)楽しく読みましたが、ちょっと日本人向きではないテーマかな、とも思いました。
というのも、宗教(観)が絡むからです。

タイトルもそうですね。
A Taste for Death
「死の味」と訳されていますが、単語としては簡単ながら、いろいろと解釈できるフレーズです。
巻頭のエピグラフ
「血と息を、人はこう言う、/死に惹かれる心を呼び起こす、と。」(A・E・ハウスマン)
では、「死に惹かれる心」と訳されています。
Tasteは 味、であり、味わい、であり、嗜好あるいは選好、です。

テーマが手強かったのでしょうか、シルヴァー・ダガー受賞作とはいっても、ミステリとしての建付けは今一つ。
数多の描写、装飾を取り払ってみると、被害者も犯人も、果ては捜査側である刑事まで、このテーマの周りをぐるぐると回っていた印象。これら登場人物たちは、テーマのための描写だったのかもしれません。

この後の何作かも、絶賛積読中。
いずれ読みたいですね。


<蛇足1>
「ダルグリッシュはスーツケースをオフィスに置いて、荒模様の秋の朝に備えてツイードのコートを着込み、セント・ジェイムズ駅を抜けて省舎に向かった。」(上巻39ページ)
1986年刊行の作品ですから、この時ダルグリッシュのいるスコットランドヤードは未だ現在の場所に移転する前ですね。
しかし駅名はセント・ジェイムズパーク駅です。”パーク”はどこにいったのでしょう?


<蛇足2>
「マトロックの後ろから、古い厩とガレージに入る二番目のドアを通った。」(上巻220ページ)
原文だと Mews だろうと思われ、確かに厩。
でも今や厩として使っていることはなく、普通に改造して人が住んでいます。〇〇 Mews という地名や物件名はあちこちにあります。
この作品でも、使用人が住んでいます。したがって、ここは厩と訳すべきではないように思いますが、かといって、では何と訳すのか? となると難しい。厩を改装した建物あるいは元厩では締まらないですしねぇ。

<蛇足3>
「法曹界は今もって特権階級に独占され、労働者階級の子弟が法曹学院のテーブルで夕食をとる身分になることはめったにない。」(上巻223ページ)
こういうことがさらっと書かれるのだから、イギリスはすごいですね。

<蛇足4>
「運の悪いロブスターを、生きながら煮湯に落とすのと、店の敷地内で客が溺死するのとでは、話がまったく別ということらしいですね。ロブスターが何も感じないなんて、どうして言えますか?」(上巻344ページ)
今では、ここで書かれているような”残虐な料理法”は禁止される国が相応数ありますよね......

<蛇足5>
「その時には支払はすでにすませていたんでしょうね」
「ああ、もちろん、すべて清算ずみだった」(上巻345ページ)
間違いではないのですが、この「清算」には違和感があるんです。「精算」であってほしいところです。

<蛇足6>
「セント・ジェイムズ公園の野外音楽堂を背景に、宮殿の園遊会のために着飾って、芝生をそぞろ歩く男女。」(上巻360ページ)
セント・ジェイムズパークには、野外音楽堂はなかったと思うのですが......??
あと、セント・ジェイムズパークはセント・ジェイムズ公園なんですね。ハイド・パークはハイド・パーク(262ページ)。
本書ではありませんが、グリーン・パークもグリーン公園とはあまり言われないですね。リージェント・パークは時折リージェント公園と訳されているのを見かけます。
固有名詞はなかなか難しい。

<蛇足7>
「ミスター・ヒギンズの店は大繁昌だった。夏季には昼食あるいは夕食のテーブル予約は遅くても三日前にとらなければだめだし、」(10ページ)
おそらく原文は "or" が使われているのだと思いますが、この場合は「あるいは」と訳すのではなく「昼食であれ夕食であれ」と訳さないとおかしいですね。

<蛇足8>
「ポルシェがドライブウェイから出てゆくのを、この目で見ました。」(下巻17ページ)
ドライブウェイ。日本語では、観光道路などの有料道路を連想してしまいます。
ここでは、レストランの駐車場(あるいは車寄せ)から一般道路までの間の(私有地内の)車道のことを指しますね。でも、あの道、確かに日本語では言いにくいですね。何というのがいいのでしょうね?

<蛇足9>
「軍人恩給があるんですが、臨時収入が少々あっても邪魔にはなりません。」(下巻20ページ)
レストランで働いている人物が語るセリフです。
この場合「臨時収入」ではないですね。余分とか追加とかいうイメージでしょうか?

<蛇足10>
「ダルグリッシュは室内を調べ出した。将軍の心配そうな期待の眼ざし、マズグレイヴの初めて在庫調べをする見習い店員を見守るような鋭い視線を感じた。」(下巻30ページ)
心配そうな、期待の、とはまた変な取り合わせを一緒くたにしたものですね。
原語が知りたくなります。まさか ”expected” を安直に「期待」と訳したりはしないでしょう、中学生でもあるまいし。


<蛇足11>
「洗礼を受けたからといって、特に害はなかったようだ。積極的な反感を持っているわけでもないのに、先頭を切って伝統を破ることもないじゃないか」(下巻105ページ)
神や教会、宗教を信じていないのに子供ができたら洗礼させるのはなぜ、との質問への答えです。
典型的なイギリス人らしい回答だなぁと感じ入りました。

<蛇足12>
「詩は嫌いだった。詩そのものが悪いわけではないが、詩を書くことで声望が高まるので、釣りや園芸、木彫りなど邪気のない趣味と同列には見なせない。警官は警察活動で満足すべきだというのがニコルズの考え方だった。」(191ページ)
ダルグリッシュに反感を持つ警視監の考えです。
その是非はともかく、こういう書き方がされるということは、詩は邪気のある趣味なのですね......

<蛇足13>
「お風呂に入っている間に、服を脱水機で絞りました。洗濯機はありません。一人暮らしですから、必要もないのです。シーツもノーアイロンのが出回っているので、何とかなります。でも脱水機はないとどうにもなりません。」(下巻228ページ)
脱水機、ですか。検索するといろいろあるみたいですが、見ないですね...... 


原題:A Taste for Death
作者:P. D. James
刊行:1986年
訳者:青木久恵


最後に、新版の書影です。






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