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昨日の海と彼女の記憶 [日本の作家 近藤史恵]


昨日の海と彼女の記憶 (PHP文芸文庫)

昨日の海と彼女の記憶 (PHP文芸文庫)

  • 作者: 近藤 史恵
  • 出版社/メーカー: PHP研究所
  • 発売日: 2018/07/09
  • メディア: 文庫

<カバー裏あらすじ>
どちらかがどちらかを殺した?――。夏休みのある日、海辺の小さな町の高校生・光介の家に、母の姉・芹とその娘の双葉がしばらく一緒に暮らすことになった。光介は芹から、二十五年前の祖父母の死が、実は無理心中事件であったと聞かされる。カメラマンであった祖父とそのモデルを務めていた祖母。二人の間に何が起こったのか。切ない真相に辿り着いたとき、少年はひとつ大人になる。


25年前。無理心中だった祖父母。どちらがどちらを殺したのか?
ここだけ見ると、アガサ・クリスティーの「象は忘れない」 (ハヤカワ文庫)ですが、当然違います。

舞台は四国の南側にある海辺の町・磯ノ森。
父母と三人で暮らしていた高校生の光介のところに、伯母芹とその八歳の娘双葉が越してくる。
そして今まで光介には知らされていなかった、祖父母の事件を光介は知ることになる。

祖父母の死の謎を追うというのは、自分探しの一環でもありますが、
「祖父が祖母を殺したのだとしても、祖母が祖父を殺したのだとしても、どちらにせよ、光介には殺人者の血が流れているのだ。」(111ページ)
という厳しいシチュエーションですね。
田舎でのんびり暮らしていた光介にはかなりの衝撃でしょう。

最終章の章題が「大人になるということ」であることからも明らかですが、祖父母の心中事件の謎を追うと同時に、光介の成長物語になっているのがポイントです。

大人と子供、という視点が何度も出てきます。
「子供が思うよりずっと、大人にとっての十年は短いの。」(35ページ)
「双葉を子供だと侮ってはいけない。おべんちゃらを言うことも、建前を取り繕うことも知っている。」(56ページ)
「早く大人になるのは悲しいわ。大人にならなきゃいけないと思うから、大人になるの。子供のままでは対処できないことがあるから、大人になるの」(80ページ)
「でも、子供でいいわよ。いずれ否応なしに大人になるんだし、大人から子供には返れないものね」(81ページ)

「いい子にしていないと、ひどいこと言われるのよ。シングルマザーの子だから。」(57ページ)
などと言う大人びたところもある双葉も、光介の思考に刺激を与えていますね。
『双葉はためいきをつくように言った。
「子供って本当に損。大人の都合にばっかり左右されて」
「早く大人になりたいと思う?」
「まさか。絶対にいや」
 そう。子供も薄々感づいている。大人になったからといって、どんなものからも自由でいられるわけではないのだ。』(227ページ)
などというやりとりもあります。

この一冊の物語の中で、光介が着実に成長していっていることがわかります。

「平凡な人間だって、他人をひどく傷つけたり、簡単に消えない傷を刻むことができる。人と人が関わるということは、もともとそういうことなのだ。」(207ページ)
「光介はもう知っている。
 騒ぎ立てて、なにもかも明らかにするばかりが正しいやり方ではない。
 口をつぐんで、知らなかったふりをすることだってできる。
 正しいということが、なんの力も持たないときだってあるのだ。」(336ページ)

この物語の背骨部分がしっかりしているので、悲しい事件であってもしっかり受け止められるように思いました。


<蛇足>
「ここに活気があって、客がひっきりなしに訪れていたような時代はどんなだったのかと。
 地球上の人口は爆発的に増えているというのに、なぜこの町は寂れていくのだろう。」(15ページ)
過疎という語が似合いそうな磯ノ森について光介が思うシーンで、地球全体との対比という発想に驚くと同時につい笑ってしまいました。





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